第434話 ブレーキを踏む覚悟
一通りパーティーに出席すると、アイザックはモーガンとマーガレットに現状を報告する。
「なるほどな、概ねの事はわかった。上手くいっていない部分もある。これは当然だから不思議ではない。むしろ、計画の大きさを考えれば、事態は順調に進んでいると言っても過言ではないだろう」
ウィンザー侯爵の説得は上手くいっていないが、それは仕方がない。
彼は長年宰相として国家を運営してきた。
侯爵家に対するものほどではなくとも、国に対して我が子のような愛着を持っているはず。
簡単に国を乱すような事に賛同はできないだろう。
ウィルメンテ侯爵は、底なし沼に両足がドップリ嵌ってしまった。
ジェイソンのためとはいえ、貴族達にアイザックの支援をさせると約束した。
きっと積極的に自分から動いてくれるだろう。
この動きは、以前から反乱に加担していたと見られてもおかしくない。
なし崩し的に協力せねばならなくなる可能性が高い。
ウォリック侯爵が王家に不満を持っていた事はわかっていたが、アイザックに誘いをかけるほどだとは思わなかった。
「それほどまでにアマンダと結婚させたいんだな」という考えが浮かぶが、それはプラス材料である。
婚約をエサにすれば、ウォリック侯爵は簡単に味方に付くという事だ。
アイザックにその気がないのが困るところだが、彼が強い不満を持っているという事実は悪くはない。
あとは領地持ちの伯爵家の動向ではあるが、こちらはなんとかなる目算が立っていた。
「ランカスター伯爵家は……、まぁどうにかなるだろう。サムの奴は王家への忠誠心もあるが、それ以上にブランダー伯爵家の敵に回ろうとするはずだ。ブランダー伯爵家がお前と反目する道を選ぶなら、説得に苦労はせん」
ランカスター伯爵は友好的な関係にあるという事もあり、モーガンにとって説得が簡単な相手だった。
特にブランダー伯爵が敵に回りそうだというのは好都合である。
彼はブランダー伯爵と同じ旗の下に付くのは嫌がるだろうからだ。
「ブリストル伯爵は難しいかもしれんが可能性はゼロではない。陛下の前で大失態をしでかして権威が失墜したあと、お前に助けられたからな。損得で動くところはあるが、恩義を感じない男だというわけではない。これまで話した感触では、王家側の動き次第では味方に付いてくれるはずだ」
モーガンも、彼なりに動いていた。
接触のできた貴族に、それとなく王家への印象を聞くなどの情報収集をしていたのだ。
当然、領地持ちの貴族は優先的に接触している。
ブリストル伯爵は、ウェルロッド侯爵領と接しているだけあって最優先の相手である。
彼がどちらに付きそうかは、すでに確認済みだった。
「ウリッジ伯爵は特に厳しいだろうな。王家への忠誠や損得で動くのではなく、自分なりの正義感や道徳観で動く。息子が王立学院を卒業して領主としての仕事を学び、そろそろ代理として独り立ちできる頃。なのに、何かの役職に就かせようという話がないのも、奴が扱いにくいと皆が知っているからだ。一見すると普通の男に見えるが、ある意味一番厄介な男だぞ」
――賢王と呼ばれて、その肩書きにふさわしい生き方をしようとするエリアスですら、大臣や将軍という役職に就かせようとは思えない男。
一瞬アイザックの頭の中では、ちゃぶ台をひっくり返す頑固親父のようなイメージが浮かんだ。
しかし、アイザックが話した感じでは、物腰の柔らかい男という印象だった。
堅物という印象は受けなかったので、モーガンの評価は意外なものである。
(いや、そうでもないか。田中みたいに特定の事にこだわりを持つタイプなのかもしれないな)
――ミラーマン田中。
大学時代の友人である。
彼は階段などで女性のスカートの中を手鏡で覗き込むという痴漢癖を持っていた。
ある日、他の友達が「靴にカメラを仕込んだ方が安全じゃないか?」と言ったところ、彼は激怒した。
「リアルタイムで見るからいいんだよ!」と。
普段は温厚で人当たりがいいのに、譲れないところに触れられると突如激怒する。
方向性はともかくとして、ウリッジ伯爵もそういうところがあるのだろう。
だとすると、自分独自の正義感を持つ相手を説得するのは骨が折れそうだ。
先輩だった息子のアーサーは人当たりが良く、損得も見分ける事ができそうだったので、アーサーから説得していった方がいいかもしれないとアイザックは思った。
「他家の説得も重要だけど、問題は他にもあるわ。ランドルフ達にいつ話すのかという事ね。これまで話していないのには、何か考えがあるの?」
マーガレットが、アイザックに尋ねる。
これはランドルフ達だけでは済まない重要な問題だった。
他家の当主にも、いつかは「反乱を考えている」という事を話さなければならない。
反乱の準備が遅れれば、決起する前に潰されてしまう。
どのタイミングで準備を始めるのかは、非常に重要な問題だった。
領主代理であるランドルフにも、伝えておく必要があった。
だが、アイザックも考えていなかったわけではない。
考えた上で、伝えていなかったのだ。
「父上は……、話を聞けば表情に出てしまいそうで……。それだけではありません。今から準備をしていれば『前もって裏切るつもりだった』と言われてしまうでしょう。まずはジェイソンに失態を演じさせてからです。それならば国を憂いての行動だと強弁する事もできるでしょう。大義名分は重要ですから。それに……」
「それに?」
「多くの貴族に反乱の準備をするようにと伝えてしまうと、後戻りできなくなってしまいます。ジェイソンが最後の最後で思いとどまって、パメラさんを王太子妃として迎え、ニコルさんを側室にするという選択をする可能性も残っています。それだけではありません。パメラさんを捨てるという選択を取っても、反乱の成功が見えない時は……中止しようと思っています。家族のためにも……」
これはアイザックにとって苦渋の決断だった。
後先考えず行動していれば、もっと成功確率を高められていたかもしれない。
だが、ニコルが逆ハーを作る気配があるとはいえ、ジェイソンがパメラと別れると確定したわけではない。
上手くいかなかった時の事を考えれば、退路は確保しておかねばならなかった。
多少の傷は負っても、致命傷でなければ立て直せる。
しかし、この考えには大きな問題が残っていた。
「ウィンザー侯爵家はどうする?」
「場合によっては、見捨てるという事も考慮しています。もちろん、助けたいですけどね。ただ、僕のわがままでケンドラが処刑されるような事は避けたいとも思っています。後戻りできないほど突っ走った方が成功確率を高められるかもしれませんが……」
モーガンの質問は、アイザックの心をえぐるものだった。
パメラを見捨てる可能性について話したくなどなかった。
とはいえ、答えないわけにはいかない。
パメラがほしいという気持ちは自分のわがままである事を考え、ただの貴族として生きていく道もあるという事を伝えた。
だが、モーガンには不十分だった。
他にも聞いておきたい事がある。
「それだけではない。ウィンザー侯は反乱の話を持ち掛けた事を知っている。なのに約束を反故にすれば言い触らされるぞ」
「それはしらばっくれればいいでしょう。不利な状況を覆すために道連れにしようとしているとでも言えばいいはずです」
「お前、本気なのか?」
「勝ち目がない時は引く事も考えています。もちろん、パメラさんを始めとするウィンザー侯爵家の方々の助命懇願などはするつもりですけど」
「そうか」
アイザックは長年の想いを断腸の思いで断ち切る事も考えている。
ならば、実行に移す時は成功率が極めて高いという事。
自殺紛いの事はしないだろうと、モーガンは安心していた。
「後ろに退く事を考えてくれていて、正直なところ嬉しく思う。パメラに関しては前に進む事しか考えていないのかと思っていたぞ」
「いや、それをお爺様には言われたくないのですが……。やってしまえと乗ってきてましたよね?」
「さて、そんな事があったかな?」
「最近は年のせいか物忘れするようになりましたしね」
「あの話は忘れようがないでしょうに」
アイザックのツッコミを、モーガンとマーガレットは素知らぬフリをして流す。
二人はとことん「何の事?」というフリをするので、アイザックはそれ以上追及できず、ぐぬぬと顔を歪ませる。
それを見て、二人はクスリと笑った。
「確かに一時のテンションで悪ノリしてしまった事は否定できん。だがな、お前に歯止めをかける機会をどこかで作らねばならないとは常々思っていたのだ。自分で気付いてくれた事は嬉しい」
(なんだか嘘臭いなぁ……)
アイザックは祖父の言葉を疑った。
しかし、100%嘘だとは言い切れない。
あの時はティファニーの思わぬ告白で場が騒然としていた。
祖父も冷静ではいられなかっただろう。
いつもなら我慢できていた事でも、テンションが上がってつい言ってしまったという可能性が高い。
アイザックの手助けはするが、どこかでやめるという選択肢も望んでいたのかもしれない。
喜んでいるのは事実。
もっとも、それはアイザックの決断を喜ぶというよりも、どこかでストップをかけられるチャンスが残っているという事に対してだろう。
「そんな事よりも、前から聞きたかった事があったの」
マーガレットが話を切り替えようとする。
「ロレッタ殿下やアマンダさんとの婚約を何故あそこまで嫌がるの? 彼女らと婚約してしまえば夢の実現が現実的なものになるでしょうに。パメラさんを第一夫人にしたいという以外に何かあるの?」
彼女の疑問は以前から思っていたものだった。
パメラのために第一夫人の座を残しておいても、計画が失敗してしまっては意味がない。
成功率を高めるためにも、彼女達と婚約しておいてもよかったはずだった。
「……だって、可哀想じゃないですか。僕がパメラさんやリサとイチャついているところを横眼で見ているなんて。そりゃあ、結婚すれば気を使いますよ。でも、どうしても二人との差が出てしまうでしょう。寂しい思いをさせるなら、最初から結婚なんてしない方がいいと思っているんです」
「でも、政略結婚とはそういうものよ?」
「かもしれませんが……」
アイザックはモーガンを見る。
「お爺様だって側室を持ってないじゃないですか」
言われたモーガンは、マーガレットと顔を見合わせる。
マーガレットは「言うな」と睨むが、モーガンは諦めたように言う事にした。
「私の場合は、父上を警戒して婚約の話がなかったというのもある。だが、一番はマーガレットの嫉――痛っ」
モーガンが痛みで顔を歪ませる。
マーガレットがモーガンの太ももをつねっていたからだ。
彼女も孫に恥ずかしい過去を話されたくないのだろう。
少しきつめにつねったようで、モーガンは太ももをさすっていた。
「では、パメラさんも嫉妬する可能性があるじゃないですか。いくら王太子妃として教育されていても、中身は一人の女性です。複数の女性と婚約していては、あまりいい気がしないでしょう。それにロレッタ殿下達にも、自分一人を愛してくれる人と出会ってほしいと思っています」
「そう、その甘さが命取りにならなければいいのだけれど……」
マーガレットには心配するところがあった。
「来月にはバレンタインデーがあるわ。あなたに乗り切れるかしら」
「大丈夫ですよ。ちゃんと受け取れないと断りますから」
アイザックは自信を持って答える。
しかし、マーガレットには大丈夫には思えなかった。
三年生になるまで相手が決まらなかった女子生徒の必死さを舐めていいものではないからだ。
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