第433話 立場による反応の違い
実家であるウェルロッド侯爵家はもとより、ウィンザー侯爵家、ウィルメンテ侯爵家のパーティーにも出席したのだ。
ウォリック侯爵家のパーティーを無視するわけにはいかない。
嫌な予感はしたが、一応出席する。
その予感は的中した。
十歳になったばかりの子供達が――
「エンフィールド公の元で働けると嬉しいです」
――と口々に言ってくるのだ。
これは「ウォリック侯爵の元を離れて働きたい」という意味ではない。
「アマンダと結婚して、ウォリック侯爵領も統治してほしい」という意味が含まれている。
ウォリック侯爵が傘下の貴族の子供達に吹き込んでいたのだろう。
アイザックは「またか」とうんざりする。
子供を使った手法は有効である。
無垢な子供にすがるような目で頼まれれば、断るのは難しいからだ。
だが、だからといって、それが婚約する理由にはならない。
「僕がアマンダさんと結婚しても、領主として統治するのはかなり先になるよ。ウォリック侯がおられるからね。それにあれほど混乱したウォリック侯爵領を、たった数年で立て直したウォリック侯も素晴らしい領主様だよ。今から代替わりを期待するのは失礼だからやめようね」
アイザックはそう言って、子供達に優しく諭した。
ウォリック侯爵に命じられたとはいえ、これ以上続けてしまえば本当にウォリック侯爵の引退を望んでいるかのように思われてしまう。
子供達は、アイザックの領主就任を願う事ができなくなった。
だが、そうでない者もいる。
「それは心配ない。アマンダと結婚していただけるのであれば、すぐにでも家督を譲りましょう。では、障害はなくなったという事で――」
「いやいやいやいや、何を言ってるんですか! 冗談でも言って良い事と悪い事があるでしょう。王家から授かった爵位を何だと思っているんです? そんなあっさり譲るとか言ってはダメでしょう!」
――ウォリック侯爵本人だ。
彼は子供達を使う手がダメだとわかると、自分で行動し始めた。
あまりにもストレートな申し出に、アイザックは戸惑った。
とっさに常識的な事を言って諭そうとしてしまう。
しかし、彼には効かなかった。
「なぁに、エンフィールド公が婿になってくれるなら王家などどうでもいい。いや、どうせなら王に推してもいいですぞ」
ウォリック侯爵の言葉に、アイザックの顔が強張る。
いくらアマンダと結婚させたいとはいえ、そこまで言うとは思わなかったからだ。
「ウォリック侯……、今の話は聞かなかった事にしておきます。いくらアマンダさんと結婚させたいとはいえ、それは言い過ぎでしょう」
アイザックの顔は、笑顔のまま引きつっていた。
ウォリック侯爵の申し出はありがたいが、あまりにも露骨過ぎる。
ここで「そうしましょう」と答えれば、アイザックも反王家の考えを持っていると知れ渡る事だろう。
うなずく事などできないし、否定するしかない。
「馬鹿な事を言うな」と説得してもらおうと周囲を見回す。
だが、アマンダのみならず、子供達までもが真剣な目でアイザックを見つめていた。
(えっ、なに? なんで?)
アイザックは知らなかったが、この子供達は多感な時期に親から王家への愚痴を聞かされていた。
そのため、リード王家に対する忠誠心も薄い。
親の苦境を知っているため、恨みを持っている者もいるくらいだった。
わかりやすい功績を残しているアイザックへの敬意の方が高い。
子供達はウォリック侯爵の意見に賛同しており、その意見を否定しようとは思っていなかった。
「アマンダさんからも何か言ってくださいよ。ジェイソンやパメラさんとも生徒会で付き合いあるでしょう?」
困ったアイザックは、アマンダに意見を求める。
ジェイソンとも生徒会役員として交流がある。
彼女ならば、ウォリック侯爵を止めてくれると信じていた。
「あるけど……ね。パメラさんは良い人だけど、ジェイソンくんの方は……。最近の様子を見ている限りあまり頼りにならなそうな感じがして不安なんだ。みんなのためにどうするのがいいかって考えたら、お父さんの考えも否定しきれないよ。それにアイザックくんなら、きっと上手く国だって治められそうだし」
(今は困る!)
もうじき卒業式である。
卒業式直前になって、反乱計画に加担したという疑惑を持たれるのは非常に困る。
あくまでも主犯は自分でなければならない。
ウォリック侯爵家の誘いに乗ったという形だけは避けねばならなかった。
「不安だからというだけで見限ってはいけないですよ。誰だって調子の悪い時はあるんです。そういう時には、まず支えてあげないと。信頼はありがたいのですけどね」
アイザックは優しくアマンダを諭す。
「なんで俺が諭さなきゃいけないんだ」と思うものの、これはタイミングの問題である。
ジェイソンが暴走したあとなら大歓迎だったかもしれない。
「そこまでおっしゃるのであれば仕方ないですな」
ウォリック侯爵は大人しく引き下がった。
理屈や直感ではなく、願望かもしれない。
だが、アイザックの反応から、何か感じ取ったものがあるのだろう。
その表情は明るいものだった。
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アイザックは他の家が主催するパーティーにも顔を出した。
ランカスター伯爵家では、大体ウォリック侯爵家のパーティー同様、ジュディスとの婚約を強く勧められた。
こちらは王家への反逆などは言葉にしなかったが、ウェルロッド侯爵家との繋がりの強さで攻められた。
だが、ウォリック侯爵家の方法よりは常識的な分だけ断るのは簡単だった。
ブリストル伯爵家やウリッジ伯爵家のパーティーは、問題もなく無難に終わった。
アイザックは「ようやく普通のパーティーに出席できた」と安心したくらいである。
だが、アイザックは自分からそうでないところに行くと決めていた。
――ブランダー伯爵家のパーティーである。
「……ようこそおいでくださいました」
ブランダー伯爵は「えっ、なんで来たの?」と不満そうだった。
公爵という爵位に対して、礼儀として招待状は出したが本当に来てほしかったわけではない。
アイザックも来たくないだろうと思っていたので、彼も油断していた。
だが、アイザックには訪問する理由があった。
ブランダー伯爵が、どの程度反感を持っているのかを調べなければならない。
それには彼から招待状が送られてきたタイミングで訪問するのがちょうどよかったのだ。
パーティーでは、ブランダー伯爵が苦々しい表情を隠せない状況となっていた。
子供達や彼らの家族は、ブランダー伯爵にではなく、アイザックに親近感を持った対応を取っていたからだ。
ブランダー伯爵家傘下の貴族が、公爵とはいえ他家の当主の方に媚びる。
その姿は、ブランダー伯爵にとって不愉快なものだった。
しかし、彼らの対応もまた当然のもの。
困っているのはお互い様という状況なのに、貸し剥がしするような者を信用しきれない。
困った時に手を差し伸べてくれた相手に感謝するのは自然な反応である。
ブランダー伯爵家の絆は、すでにズタズタになっている事が窺えた。
アイザックがブランダー伯爵自身に仕掛けたのは、パーティーが終わってからだった。
「今のところ、ブランダー伯爵家傘下の貴族との関係は良好とはいえないようですね」
「…………」
ブランダー伯爵は「誰のせいだ」と言いたげな目で、アイザックをジッと見ていた。
「ですが、ブランダー伯爵家のためでもあったのですよ。僕が直接お金を貸していれば、ランカスター伯の溜飲は下がらなかったでしょう。ブランダー伯が必死にお金を集めて慰謝料を支払ったから、ランカスター伯もその誠意を感じ取ったのです。一時的に関係は悪化しても、時間が経てば関係は修復されるはずです。彼らもきっとわかってくれるでしょう」
「だといいのですがね」
ブランダー伯爵は疑ったままだった。
それもそのはず、ランカスター伯爵家との関係を考えれば、そう簡単にアイザックの言葉を信じられるはずもない。
「何か裏があるはず」と疑ってしまうのだ。
「そういえば地道に鉱山の拡張もされているそうですね。少しずつではありますが、鉱夫も増えて収入も増えてきたのではありませんか?」
「そうですな。もっとも、鉱山の収入に比べれば微々たるものですが」
――人足の収入はブランダー伯爵家のもの。
鉱山を拡張し、働く者を増やせば増やすほど税収は増える。
だが、直接鉱山から入る収入に比べれば少ない。
いくら抜け道はあるとはいえ、鉱山の利益をランカスター伯爵家に奪われるのは面白いものではない。
ブランダー伯爵は、原因を作ったアイザックに不満を隠せなかった。
(……ダメだな、これは。俺の言葉をまず否定する事から入ってきている。あわよくばと思ったけど……)
アイザックは、ブランダー伯爵を味方にするのを諦めた。
彼は現状の不満を誤魔化すために敵を求めている。
その対象が、アイザックなのだろう。
ジュディスを助け、ランカスター伯爵家の味方をしたというわかりやすい敵だ。
ランカスター伯爵家には引け目があって非難し辛いが、アイザックには恨みしかない。
だから、目の仇にするにはもってこいだ。
そんな相手を説得するのは至難の業。
説得する労力を他の事に使うべきだろう。
来訪する前からわかっていた事だが、実際に確認してみるとよくわかる。
――誰が味方で誰が敵か?
それを確かめられただけでも収穫である。
ブランダー伯爵家が敵に回るなら、それ相応の対処が必要になるだろう。
ウィンザー侯爵家かウォリック侯爵家に対処してもらわねばならない。
その対応を考えておかねばならなかった。
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