第419話 ウォリック侯爵家への根回し

 三日後。

 アマンダからウォリック侯爵が到着したと聞き、アイザックは面会を申し込む。

 到着してすぐに面会を申し込まれたウォリック侯爵は面食らったが、即座に許可を出した。

 使者の話では、その時ウォリック侯爵が「未来の婿殿の頼みであれば断れんな」と、ニヤニヤしていたらしい。

 会いたくなくなってしまうが、アイザックには必要な会談である。

 我慢して会う事にした。


 さすがに到着したその日のうちにというわけではない。

 使者を出した翌日、ランドルフと共に訪問する。

 彼を選んだのは、今回はモーガンよりも適任だと思ったからだった。


 屋敷に到着すると、ウォリック侯爵がアマンダと共に出迎えてくれた。

 アマンダはフリルが多めのドレスを着ていた。

 着慣れない服を着て恥じらっている姿が、いつもとは違う印象をアイザックに与えた。

 軽く挨拶を交わしたら、応接室まで案内される。

 到着すると、ウォリック侯爵が振り返った。


「ところで、人払いはどうなさいますか?」

「……? 不要ですよ。まぁ、聞いた話を誰にでもベラベラ喋るような人はお断りですけど」

「そうですか……。重要な会談では側近すら退席させるという話を聞いておりました。てっきりアマンダとの婚約を申し込まれるのではないかと期待していたのですが……」


 ウォリック侯爵が、チラチラとアイザックを見る。

「婚約を申し込みにきたと言ってくれ」と考えているのがよくわかる。


(目は口ほどに物を言うっていうのは本当なんだなぁ……)


 それだけウォリック侯爵がわかりやすい性格をしているという事だろう。


「重要な話ではありますが、ウォリック侯爵家の人間ならば聞かれても大丈夫なもの。それに外部に漏れたとしても、リード王国の人間ならば大丈夫という内容ですね。その辺りは、ウォリック侯が信頼してそばに置いている者を、私も信じさせていただきますよ」


 会談前に落胆されても面倒なので「重要な話ではあるものの、信頼できる者になら話しても大丈夫だ」と伝えておく。

 しかし、婚約の申し入れではなかったので、結局ウォリック侯爵は落ち込んでしまった。

 面倒ではあるが、アイザックの話を聞けば、いくらか機嫌も直るだろう。

 今は余計な事を言わず、席に着く。


「さて、本日お伺いしたのには重要な理由があります。それも、ウォリック侯がウィンザー侯と会う前に話しておかねばならない事です」

「ほう、ウィンザー侯と話す前にですか」


 同じ貴族派の筆頭だからか、それとも宰相だからかまではわからない。

 だが、アイザックが何かを求めており、それを得るためにウィンザー侯爵が障害になっているのだろうという事は感じ取れた。

 ウォリック侯爵家に協力を求めてくるのであれば、アマンダと結婚させるいい口実となる。

 チャンスを逃すまいと、ウォリック侯爵の目が鋭く光る。


「ウォリック侯爵領には鉱毒で汚染された地域があり、そこでは作物が育てられない。これは鉱山の開発が周囲に毒を垂れ流すと知らなかった大昔から受け継がれる負の遺産です。なんとかしたいと思った事はありませんか?」

「……もちろんあります」


 ウォリック侯爵は「なぜ鉱毒の話に? それとウィンザー侯爵の関係は?」と不思議がった。

 同席しているアマンダは「ウォリック侯爵家の未来に関係する話って、それかぁ」と、アイザックが何を話すのか強い興味を持った。


「ドワーフの方々と話していた時に不思議に思ったのですよ。彼らの性格を考えれば、ウォリック侯爵領以上の乱開発を繰り返していたはず。なのに、ノイアイゼンでは食料が不足しているという話が出なかった。そこで理由を尋ねたのです。すると、意外な事実がわかりました。エルフの魔法で土壌の浄化ができるそうです」


 これはアマンダと婚約せずに、ウォリック侯爵家を味方にできる方法がないか探していた時にわかった事だった。


「今は鉱毒の対策がされていますが、昔はウォリック侯爵領のような状態だったそうです。ですが、エルフの魔法で時間をかけて汚染された土地を浄化していき、今では普通に作物が取れるようになっているとの事。ならば、ウォリック侯爵領も浄化してもらえば、食糧問題による混乱も起きなくなるでしょう」

「小麦だけでもいい。領民の腹を満たす量が自給できていれば、先の混乱は抑えられていたでしょう。確かに耕作放棄した農地を使えるようになれば助かりますが……。それとウィンザー侯にどのような関係が?」


 ウォリック侯爵領が受け継いできた負の遺産を返上するチャンスである。

 本来なら、ウォリック侯爵はアイザックに抱き着いて喜んでいた内容だった。

 だが、ウィンザー侯爵の名を出されていたせいで喜びを表す事ができなかった。

 喜ぶのは、ウィンザー侯爵が関わっている理由を聞いてからだ。


「街道整備のように、道を平にして固めるだけというわけにはいきません。汚染された土地を浄化するには、多くの魔力を使うそうです。そうなると、広大な土地を浄化するのには時間と人数が必要になります。多くのエルフをウォリック侯爵領に集めるわけですが……。ウィンザー侯も一人の人間・・・・・としてならともかく、宰相として・・・・・だとどのように判断されるか……」

「容易には認められんだろうな」

「えっ、なんで?」


 ウォリック侯爵は、アイザックが何を言わんとするのかを察した。

 だが、アマンダはわからなかったようだ。

 アイザックとウォリック侯爵の間で視線を行き来させ、説明してほしいと目で訴える。

 ランドルフはあらかじめ聞いていたので、落ち着き堂々とした態度で、この場をアイザックに任せていた。


「ウィンザー侯個人であれば、ウォリック侯爵家に同情するだろう。だが宰相としてでは違う。出稼ぎにきているエルフの数は限られている。それをどのように分配するかは非常に難しい問題だ。鉱毒で汚染されている状況を知っていても、やはりウォリック侯爵家にばかりエルフを集めると、あちらこちらから不満が出るだろう。宰相としては、バランスよく分配せねばならないのだ」


 ウォリック侯爵がアマンダに説明を始める。

 その目は少し寂しそうだった。

 せっかく希望が見えたのに、娘に対してその希望を否定せねばならないからだ。


「お前も整備された街道を通った事があるだろう? 街道の整備に治水工事。それだけでもエルフの手は足りん。整備された街道も十年ほど経った今ではもう一度整備が必要になる。農地のために振り分ける余裕などないのだ。だから、この話を聞けばウィンザー侯は反対するだろう。ウォリック侯爵家だけを特別扱いできんとな」

「そんな……」


 認められない理由を説明されたアマンダの顔色が曇――らなかった。


「でも、アイザックくんなら……。エンフィールド公には何か考えがあるんですよね? だから、この話を持ちかけたんでしょう?」


 彼女には、アイザックがいる。

 アイザックなら、きっとなんとかしてくれる。

 だから、彼が何か解決策を提示してくれる事を期待した。


「もちろん、ありますよ。だからきたんです」


 アイザックは、彼女が期待した通りの言葉を発した。

 親子共々、安堵の表情を見せた。

 アイザックが自身の考えを説明し始める。


 エルフの日当は領主が支払い、半分は王国が補助金を支払っている。

 そこで、全額をウェルロッド侯爵家がエルフに支払う事にした。

 補助金を受け取らない事で、王国側に口出しする余地を与えないためだ。


 そして、追加で雇うエルフはウェルロッド侯爵領で働いている者を勧誘する。

 エルフには「交流を再開したとはいえ、いきなり遠くまで出稼ぎにいくのは怖い」という者達が多く存在する。

 そういった者達が多くウェルロッド侯爵領内で働いている。

 交流再開から十年以上経っているので、彼らも慣れてきているはず。

 ウェルロッド侯爵家が彼らを雇い、ウォリック侯爵領に派遣する。

 こうすれば現在出稼ぎにきているエルフを、ウォリック侯爵領に派遣する必要がない。

 他の領主も自分のところが損をするわけではないので、文句をつけにくい。

 ウォリック侯爵領に、追加でエルフを派遣する事は可能なはずだった。


「まずは両家の間で、以前からエルフの派遣に同意していたという事にしましょう。話がまとまる前であれば、宰相としての権限でストップをかけられるかもしれません。ですが、話がまとまったあとだと――」

「表立って邪魔立てすれば、両家との関係が悪化する! ウィンザー侯とはいえ、容易には口出しできんだろう。もちろん、私は悪化させるという態度を隠さずに脅してみせる! なんなら暴れてみせよう!」

「いや、そうならないように以前から決まっていた話だという事にするので、暴れるのは勘弁してください……」


 ――計画が決まる前に反故にするのと、決まったあとで反故にするのとでは大違いである。


 決まる前なら「ダメなら仕方ない」で済むが、決まったあとだと「なぜだ!」と大きな不満を持ってしまう。

 ただでさえウォリック侯爵は、王家に不満を持っていると知られている。

 これ以上不満を持たせれば、不満が爆発しかねない。

 ウィンザー侯爵も、表立って待ったをかける事はできない。

 せいぜいが、アイザックに対して遺憾の意を表明するくらいだろう。

「以前から同意していた」というのは、誰にも手出しさせないためのものだ――と、アイザック以外の者達は思っていた。


「ですが、いくらなんでも無償でウォリック侯爵家に奉仕するというわけにはいきません。ちゃんと対価は支払っていただきます」

「むぅ……、仕方ない。さぁ、アマンダを持っていけ!」

「いや、そうじゃないです!」


 隙あらばアマンダと結婚させようとするウォリック侯爵に対して、アイザックもつられて大きな声で否定してしまう。

 真っ向から否定されてアマンダが悲しそうな顔を見せる。


(いやいやいや、否定したのは俺が悪いけど、あのタイミングで婚約を持ち掛けるこのおっさんの方が悪いだろ。恨まないでくれよ)


 彼女に恨まれれば、ウォリック侯爵も協力を渋るかもしれない。

 すぐに対価について説明しておかねばならないと、アイザックは焦る。


「私が求めている対価は、ウォリック侯爵家の協力です。ウェルロッド侯爵家が軍備を拡張している理由をご存知ですよね?」

「表向きは街道の警備ではあるが、実際はドワーフに対する備え。それは私も聞いていた事なので存じています」


 かつてアイザックがエリアスに鉄道を見せ、褒美として軍備拡張の許可を求めた。

 その時、ウォリック侯爵も居合わせたのだ。

 知っていて当然である。

 だが、アマンダは知らなかったので軽く驚いた。


「ウォリック侯爵領で稼働し始めた高炉。そこで作られた鉄はドワーフ達が使っているものと同じ。ならば、その鉄で頑丈なドワーフの鎧を打ち砕く武器も作れるという事ですよね?」


 大雑把な考えではあるが、同じ硬さのものをぶつければ破壊する事は可能なはずである。

 しかし、アイザックは本気でドワーフ対策を考えてはいなかった。

 考えているのは一つ。

「ウォリック侯爵を味方に付けている」という確証をウィンザー侯爵に示す事だけだ。


「しかし、ドワーフの力は強い。人間の力では鎧を捨てて、軽装で武器を振り回さねばならないでしょう。当然、それほどまでに重い武器を振り回せば訓練中に怪我もすれば死人も出る。ドワーフに備えるには兵の数だけではなく、兵の質も高めておかねばなりません。数はウェルロッド侯爵家が揃えるので、質の向上をウォリック侯爵家に頼みたいのです」

「ふーむ……」


 有事の際に軍を動かすのは当たり前の事だ。

 だが、アイザックが求めている協力というのは、援軍という意味ではない。

 過酷な訓練を施した精鋭部隊を作ってほしいという意味だった。

 ウォリック侯爵は、顎に手を当てて考え込む。


「ウェルロッド侯爵家の軍は編成したばかりで、ドワーフ対策の訓練どころではない。それにウェルロッド侯爵領で、そんな訓練をしていれば、ドワーフに気付かれて不要な警戒をさせてしまうかもしれない。だがウォリック侯爵は武官の家柄であり、ノイアイゼンからも遠い。だから当家が適任というわけですな」

「そういう事です。今は友好的な関係を築けていたとしても、いつ関係が破綻するかわかりません。例えば、御家と王家のように」


 アイザックが悪い笑みを浮かべて見せると、ウォリック侯爵は不敵な笑みを返した。


「備えは必要ですな」

「だからこそ、サンダース子爵にも同行してもらったのです。領主代理という肩書きですが、今のウェルロッド侯爵領の実質的な領主は彼です。領主としてお互いに特別な協力関係にあるという認識を持っていただきたかったからです」


 ランドルフとウォリック侯爵が顔を見合わせる。

 いざ戦争となれば、肩を並べて戦う立場だ。

 しかも、秘密裏にドワーフ対策を立てているという特別な関係である。

 彼らは、どこか共犯めいた連帯感を感じていた。

 ウォリック侯爵は、アイザックに視線を移す。


「なるほど。当家とリード王国の人間・・に聞かれても問題ない話とは、こういう事でしたか」

「ええ、そうです。ですが、色々と調べている動きをウィンザー侯に勘付かれてしまったようです。だから、ウォリック侯が王都に着いてすぐ面会を申し込ませていただきました。長旅でお疲れのところ申し訳ありませんが、話を聞くだけの価値はあったと自負しております」

「領内で自給自足ができるようになるのは、ウォリック侯爵家の悲願。アマンダとの婚約を申し込みにこられたわけではないというのは心残りですが、確かに十分な価値がありました。しかし、本当にドワーフにも対応できるように兵を鍛えておくだけでよろしいのですか?」

「かまいません。平時に熟練兵を失う危険を冒すのは、どの家もできればやりたくないでしょう。その代償として、兵士の家族が安心して暮らせるようにする手助けをさせていただきます。もちろん、当家の経済状況などで派遣するエルフの数は増減するでしょうが、支援は可能な限り継続させていただきます」


 アイザックの返事を聞いて、ウォリック侯爵は「無欲な忠臣」というアイザックの二つ名を実感した。

 ドワーフ対策はリード王国の問題である。

 それをウェルロッド侯爵家の自腹で済ませようとしている。

 ウォリック侯爵家には利益があり、王家にも利益がある。

 これならウィンザー侯爵も、文句の付けようがないだろう。


「ただ、もう一つお願いがあります。これはまだ約束の段階で、正式に実行されたわけではありません。現段階でウィンザー侯に知られると『せめてウォリック侯爵領に派遣する半分は他領に回してほしい』と頼まれるかもしれません。今のところは素知らぬふりをしていただく必要があります」


 だが、アイザックの求めている本題は、ここからだった。


「ウィンザー侯が何をしようとしているのか探りをいれてくるでしょう。その時の会話では『以前からウェルロッド侯爵家に協力する事を約束していた』というのと『今のところはウィンザー侯に話せるような話ではない』の二点を忘れないでいただきたいのです。しつこく聞いてくるようであれば、私に聞くように言ってくださってかまいません。細かい調整はこちらでやらせていただきます」

「至れり尽くせりですな。それでいいのでしたら、そうさせていただきましょう」


 当然、ウォリック侯爵に異論などない。

 兵に危険な訓練をさせる事になるが、本格的な訓練をすればどうせ死傷者は出る。

 メリットが大きく、デメリットはほぼないと言っていい内容だ。

 断る必要性など微塵も感じなかった。


「それでは、念の為に書面にサインしていただきましょう。ノーマン」

「こちらに」


 ずっとアイザックの背後に控えていたノーマンが、カバンからあらかじめ用意していた書類を取り出す。


 書かれている内容は――


「ウォリック侯爵家は兵士に厳しい訓練を課し、ウェルロッド侯爵家の求めに応じて兵を出す準備をする。ウェルロッド侯爵家は対価として、汚染された土地の浄化に尽力する」


 ――というものだった。


 ウォリック侯爵は疑う事なくサインする。

 兵を出す対象が「ドワーフ」と書かれていないのは、この文書が外部に流出してしまった時の備えだろうと思ったからだ。


 アイザックとしても、現段階ではサインを書いてさえもらえればよかった。

 これはウィンザー侯爵に見せるためのもの。

 ウィルメンテ侯爵のように、協力を認めた文書があれば「アマンダと婚約しろ」とまでは言ってこないだろう。

 そのために「リード王国を守るため」ではなく「ウェルロッド侯爵家の要請で動く」という文面にしていたのだ。

 それに、いずれはこの文書がウォリック侯爵の足枷となり、アイザックの味方になるしか選択肢がなくなる事にもなる。

 ウォリック侯爵家を味方につけるためにも、必要な第一歩だった。

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