第418話 火薬を使った新兵器

 たくましい相手は手強い。

 恋愛感情で突っ走っている相手は特に。

 今までアイザックが相手にしてきたのは、みんな大人だった。

 彼らは損得勘定で自分が取るべき行動を弾き出し、貴族として妥当だと思う判断をしていた。


 だが、アマンダは違う。

 彼女は己の感情に従い、失敗を恐れずに突き進んでいる。

 しかも自分一人だけ抜け駆けしようとせず、ロレッタやジュディスにも声をかけていた。

 そのせいで「抜け駆けしようとする人を好きになれない」と突き放す事もできなかった。

 計算しての行動か直感的な行動かはわからない。

 だが、いずれにせよアイザックには対応しにくい行動だった。

「どうすれば彼女に諦めてもらえるのか?」と考えると気が重くなる。

 肩を落としての帰宅となった。


 帰宅したアイザックは、まもなくジークハルトがやってくると伝えられる。

 これは昨日のうちに聞いていた事だ。

 王都に来るまでの道中でランドルフが招いており、手榴弾の事を話しにくるそうだ。

 服を着替えて、リサと共にケンドラの相手をしながら彼の到着を待つ。


 やがてジークハルトが二人のお供を連れてやってきた。

 アイザックはランドルフと共に出迎える。


「やぁ、久し振り」

「久し振りだね」


 しかし、ジークハルトはご機嫌斜めのようだ。

 アイザックを恨みがましい目で見ている。


「……どうしたの?」

「どうしたのって……」


 不機嫌の理由がわからないアイザックに「信じられない」という表情を見せる。


「飛行試験場の事だよ! あんなに面白そうなものを作るのなら、国に帰ったりしなかったのに!」


 彼の言葉に合わせ、同行していたドワーフ達も表情を曇らせる。

 ジークハルトのように感情を露わにはしないが、彼らも誘ってほしかったという思いがあるのだろう。

 彼らの反応を見て、アイザックはかつて言われた事を思い出した。


(あぁ、新しい物を作るのなら手伝わせてくれって事か)


 以前、大使館に勤めるドワーフに「手伝わせてくれないと、お前の胸元で乙女のように泣くぞ」と脅された事がある。

 ジークハルトも最初からハンググライダーを作りたかったのだろう。


「ジークハルトには新しいものを作ってほしいと頼んでいたじゃないか。何もなかったわけじゃないから機嫌を直してよ」

「どう考えても飛行機の手伝いの方がよかったんだけどなぁ……」

「まぁまぁ、アイザックも悪気があったわけではないですから」


 不満気なジークハルトを、ランドルフがなだめる。

 王都に来るまで護衛も兼ねて同行していたので、すでに顔馴染みになっている。

 ドワーフ相手でも緊張などなく、子供をなだめる大人という体裁で自然に話していた。


「そうだよ。ただ完成品を見せて驚かせたかっただけさ。飛行機には、まだまだ発展の余地がある。これから一緒にやっていけばいいさ」

「そうかもしれないけど……。すでに人を乗せて飛ばす段階になっているって聞いたら我慢できないよ。大使館職員から話を聞いた時には、そのまま馬を走らせようと思ったくらいさ」

「それだけ楽しみにしてくれているのは嬉しいけど、文化祭で披露するつもりだから、もうちょっと待ってくれない?」

「無理無理、今も試験場まで行きたいっていう気持ちを抑えてるんだ。他の予定だったら中止にしているくらいにね。明日は大使館職員に付いていって、朝から見学させてもらうよ」


 ジークハルトは今にも駆け出していきそうな様子を見せていた。

 それだけ心を掴んでいるのなら、反乱時に物資の支援などの協力も期待できるだろう。

 それに背後から襲われる危険がなくなるので、敵にならないだけでもありがたい。


「わかった。我慢できないなら仕方ない。でも、まだ乗ったりはしないでよ。首の骨を折って即死とかだと治療できないからね。他国の要人という意識は持って行動してほしい」

「……大丈夫だ。そこはわきまえている」


 ジークハルトの返事は、イマイチ信用できないものだった。

 アイザックは「ハンググライダーに乗りたいと言い出しそうだな」と思ったものの、本人がわかっていると答えたので、これ以上言うわけにはいかない。

 一応信じるしかなかった。


 再会の挨拶が終わったところで、ジークハルト達を応接室へ案内する。

 話の内容が内容なので、お茶の用意が終わると人払いをした。


「今日、ジークハルト殿を招いたのは、アイザックに教えておきたかったからだ。新兵器の破壊力を」


 最初にランドルフが口を開いた。

 彼は紙の束をアイザックの前に置く。

 紙には鎧の絵が描かれている。

 そして、黒い点も描かれていた。


「その黒い点は、鉄の球が穴を開けた箇所だ。多くの鎧を壊してしまったが無駄ではなかったと確信している。さすがに一発で十人を倒せないだろうが、密集隊形の中に放り込めば五人は倒せると思う。音も大きくて驚くから、動きも止まる。それに陣形も乱れるから、兵士の負傷者数以上の影響を及ぼすだろう。手榴弾は凄いぞ。多勢を相手に戦えそうだ」


 実験に立ち会ったランドルフは興奮を隠せないようだ。

 アイザックも報告書を読み進めていくうちにテンションが上がっていく。

 頭や胴体にあたっているのもあるが、地面で爆発したものは足に多くあたっていた。

 これならドワーフやエルフに結果が知られても「怪我はさせるけど殺さない兵器」で押し通せるだろう。

 足でも失血死の可能性はあるが、そこまで教える必要はない。


「空中で爆発したものもあるようですね。これはまだ標的の頭上なのでいいですが、投げる前に爆発しないよう安全には気を付けないといけませんね」

「それは問題ない。投げるまでに全員が同じだけ回転させて投げるわけじゃない。一人一人に合わせて導火線の長さを調整していた時のものだ。今では投擲時間に余裕のある導火線の長さを見つけたから、手元で爆発するという事はないだろう」


 アイザックは兵士が自爆しないか不安に思ったが、それに関してはすでに対処済みのようだ。


「導火線の長さを間違えると大変だという事はよくわかっているからね。こちらから指導させてもらったよ」


 ジークハルトが、それはドワーフ側からの指導のおかげだと話す。

 彼らとしても、自分達が納入したもので人間に被害が出るのを避けたかったのだろう。


「ありがとう、助かるよ。今更だけど、ノイアイゼン側は輸出を認めてくれたのかい?」

「当然、反対する人もいた。だけど、手榴弾は人間だけが使うものじゃない。数に劣る僕達が数で勝る人間と闘う事になった時、僕達が人間に使ってもいい。そう言って説得したよ。人間の資金で実物を作って試せるんだから、不満は最小限だったね」


 この人間の資金というのは、アイザックが得ているライセンス料だった。

 ジークハルトの祖父が経営するルドルフ商会が、ノイアイゼンでライセンス料を代理で徴収してくれている。

 その資金は、ジークハルトに運用を任せている。

 手榴弾の開発、生産にかかる費用は、そこから出してもらっていた。

 ドワーフ側は、新兵器のノウハウを無料で手に入れている。

 不満が少なかったというのは事実だろう。

 ただ、人間に対して強力な武器を渡すという行為に関しては、忌避感を持つ者がいたかもしれない。

 飛行機関係の研究が、ドワーフの不信を緩和してくれる事を願うしかない。


「どの程度の数を引き渡せる?」

「今は月産五百発といったところだね」

「少ないな……。兵士に練習もさせたいから、その十倍はほしいところなんだけど」

「それはちょっと厳しいかな」


 ジークハルトが渋い顔をする。

 彼は目配せをしてお付きのドワーフに袋をアイザックの前に置かせた。


「これは?」

「生産数が少ない原因だよ」


 ――生産数が少ない原因。


 そう言われると、袋の中身を見るのが怖くなる。

 しかし「怖い」と言って逃げてもいい状況ではなさそうだ。

 渋々ながらも、アイザックはズシリと重い袋を持って中を覗く。


「鉄球?」


 アイザックは袋に手を入れ、2cmほどの鉄球を取り出す。

 鉄でできているという事以外は、ビー玉のように綺麗な球体だった。

 だが、これがなぜ生産数が少ない原因なのかがわからない。


「そう、その鉄球が原因なんだよ。どうしても数を作れなくてね。それに、鉄球ばっかり作るのを嫌がるんだ」

「えっ、こういうのって鋳物じゃないの?」

「鋳物だよ。でも、仕上げにこだわるからね。綺麗な球になるまで磨き上げるんだよ。そのせいで数が作れない」

「使い捨ての量産品って事は伝えた?」

「話してるよ。それでも職人はこだわるんだ」


 商人を目指しているジークハルトはともかく、職人肌のドワーフには量産品とはいえ手を抜けないらしい。

 アイザックは机の上で鉄球を転がす。

 ふらついたりしないので、限りなく真円に近いようだ。

 機械に頼らず、手作業でこんなものを作り出すのは立派なもの。

 しかし、数が必要な使い捨ての量産品には、こだわりは不要である。


(困ったな……。訓練に使う分を考えれば、全然足りないよ)


 最速、四月には開戦となる。

 月産五百発では、四月までに二千発程度しか揃っていない事になる。

 訓練で使えば、さらに少なくなるだろう。

 戦場で最初の一撃にしか使えない。

 これは大きな誤算だった。


「他の仕事もあるし、鉄球ばかり作らせるわけにはいかない。だから、各地の職人に仕事を依頼して少しずつ作ってもらう事にした。一か所の生産数は少ないけど、全国の職人が仕事の合間に小遣い稼ぎとして作れば、それなりの数になる。来月以降は月産千発くらいは作っていけると思う」

「それならよかった。できるだけ多めに作ってくれる事を期待してるよ」


 アイザックは、ホッとした表情を見せる。

 月産五百発と千発では大違いだ。

 開幕に一撃、とどめとなる場面で一撃と、二回使えるかどうかの差は大きい。

 国元にいるジークハルトの部下が頑張ってくれる事を祈るばかりだった。


(口止めは……、いらないか)


 手榴弾の事をわざわざ口止めするような事はしなかった。

 ランドルフも、人払いする程度には重要な新兵器だとわかってくれている。

 身内以外にベラベラ喋ったりしないだろう。

 ジークハルトもそうだ。

 彼はドワーフ以外に話さないはずだ。

 下手に注意すれば「お前を信用していない」と言っているように受け取られて、機嫌を損ねてしまうだろう。

 わざわざ「誰にも言わないように」と言う必要は感じなかった。 


「それにしても、この鉄球は凄いね。鉄だと危ないけど、木製なら子供向けのおもちゃで売れそうだ」


 アイザックは鉄球をいくつか机の上に取り出す。

 おはじきのように指で弾き飛ばすのは痛そうなのでやらないが、転がして遊ぶ分にはちょうどいい。

 だが、小さくても鉄球なので、子供が投げたりした時に危ない。

 ケンドラにプレゼントしたいところだが、安全を考えてやめる事にした。


(……あれっ? なんか思いつきそうだぞ)


 鉄球を手に取り、リラックスボールのように手の中で動かすと前世の記憶が刺激される。

 徐々に何を作るべきかが浮かび上がってきた。


「何か思いついたのかい?」


 ジークハルトが興味深そうに考え込むアイザックを見ていた。

 アイザックは、彼に笑みを返す。


「うん、まぁ……。車軸受けに使えばスムーズに回転するようになる……はずだよ。誰かいるかい!」


 アイザックは、扉の外に声をかける。

 すると、使用人がノックをしてから入ってきた。


「音楽室からタンバリンを持ってきてくれないか?」

「タンバリン……、ですか?」

「そう、タンバリン。鳴るやつがたくさん付いている丸いのがいいな」


 アイザックは手でタンバリンを鳴らす仕草をして見せる。

 それで使用人は、本当にタンバリンをアイザックが求めている事を理解した。


「かしこまりました」


 使用人は内心首をかしげて「この場でタンバリンがいるの?」と思ってはいるが、顔には出さず素直に命令に従った。


「タンバリン? 一曲歌ってくれるのかい?」


 言ったジークハルトも、本気でそんな事を思っていない。

 鉄球を利用した何かをするのだろうと思っていた。


「新しい物を作るより、歌を聞く方がいいならそうするよ。まぁ、持ってくるまで待ってよう」


 そう言って、アイザックは手榴弾の実験結果などを尋ね始める。

 その結果、想像していたよりは威力が弱いものの、戦争で使う分には十分そうだと確信する。

 やがてドアがノックされ、使用人がタンバリンを持ってきた。


「ありがとう。下がっていいよ」

「失礼致します」


 使用人は素直に命令に従ったが、内心では「それをどう使うんだ?」と後ろ髪を引かれる思いをしながら部屋を出ていった。


「タンバリンのシンバル部分を鉄球だと思って見てほしいんだ」


 アイザックは机の上にタンバリンを縦に置き、ゆっくりと手で回転させて見せた。


「鉄球を馬車と車軸受けの間に使う事で、滑らかな回転が期待できるんじゃないかな? 接触する面が少ないほど摩擦も少なくなると思うんだ」


 アイザックが思いついたのはベアリングだった。

 真円に近い鉄球を見た事で、使えるのではないかと頭に浮かんだ。

 もしベアリングが完成すれば、自転車のペダルの重さも解消できるはずである。


「うーん、それができるなら凄い事だけど……。どうやって固定するの?」

「……それは一緒に考えよう。物作りは試行錯誤するところが楽しいんじゃないのか?」

「確かにそうだね! 一緒に考えよう!」


 ジークハルトが満面の笑顔を見せた。

 いつもはアイザックが完成形を見せてくるので、最初から関わる事ができるのが嬉しかったからだ。


「皆さんも手が空いていて、暇な時があれば手伝ってくださると助かります」

「おぉ、よろしいので! ならば喜んで手伝わせていただきます!」


 ジークハルトに同行していたドワーフ達も喜んでくれた。

 アイザックもベアリングの仕組みはわかっていても、どのように固定されているのかわからない。

 共に研究してくれる者が増えるのは歓迎すべきところだった。

 そして、目的はベアリングだけではない。


「だけど、新しいものに気を取られず、今あるものの品質を向上させていくのも大切だ。飛行機もこれから発展させていかないといけないし、十年、二十年と研究していく事になるだろう。新製品を作るのはこれくらいにして、これからはゆっくりと腰を落ち着けて一つずつ品質向上を目指していこう」


 ――思いつくネタが尽きてきた。


 だから「これからは品質向上を頑張っていきましょう」という話に持っていきたかったのだ。

 それには共同研究は重要である。

「自分達が苦労して開発した」という製品ならば、品質向上に取り組む意識も高いはず。

 ジークハルトの新しい物を期待する気持ちが薄れてくれるだろうと、アイザックは強く願っていた。

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