第411話 既成事実の成立
「その点は大丈夫です。ジェイソンがネトルホールズ女男爵に惚れこんで、王妃にしたいと行動するはずです。これはチャールズ達の行動を見ていれば、わかる事です。その場合の障害は何です?」
「……陛下だ。陛下が許すはずがない」
「そうですよね。では、ネトルホールズ女男爵を王妃に迎えるために、ジェイソンはどのような行動を取ると思われますか?」
ウィンザー侯爵は、目を大きく見開いた。
ジェイソンが取るであろう行動を考えれば、確かに大義名分を得られる。
だが、失うものの大きさを考えれば、彼の立場としては防がねばならない行動でもあった。
「ネトルホールズ女男爵とは結婚できるだろうが、王妃にするのは認めないはずだ。そのような暴挙を陛下が絶対に認めるはずがない。どうしても王妃として迎えたい場合は……、陛下を弑逆するか、どこかに幽閉して王位を禅譲させるかといった強引な手段を取るしかないだろうな」
普通に考えればあり得ない行動だ。
しかし、ジェイソンが暴走する事を前提にアイザックが話している。
という事は、そうなるように仕向けるつもりだろう。
いや、すでに準備が終わっているのかもしれない。
パメラを手に入れるために、どれほどの根回しをしてきたのだろうか。
「その努力を正しい方向に使ってくれればよかったのに」と、どうしても思ってしまう。
「そうでしょうね。ジェイソンとパメラさんとの婚約は、貴族派の融和策として王家から提示されたと聞いています。パメラさんを第二夫人にしたり、婚約を解消したりするような真似を陛下が認めるはずがありません。ネトルホールズ女男爵を王妃にしたいのなら、誰にも文句を言わせないだけの権力を必要とするでしょう。であれば、女に目が眩んだジェイソンなら、かなり高い確率で暴走してくれるでしょう」
「女に目が眩み、誰にも文句を言わせないだけの権力を手に入れて暴走している男が言うのだ。その言葉には説得力があるな」
半ばヤケになったウィンザー侯爵が、アイザックに皮肉をぶつける。
だが、アイザックは軽く笑って受け流す。
「まだまだですよ。今の私がパメラさんを奪い取れば、貴族達からも非難の声があがるでしょう。だから、ジェイソンが醜態を晒すのを待っているのです」
「パメラを手に入れられればいいのなら、殿下の失策などどうでもいいだろう? ネトルホールズ女男爵との仲を推してやれば感謝されるはずだ。別れたパメラを引き取るという形で済ませればよかろう」
ウィンザー侯爵は、穏便に済ませようとする。
もちろん、ニコルに王妃の座を奪われたという腹立たしい気持ちはある。
しかし、反乱が起きるよりはマシである。
血が流れずに済むのなら、そちらを選ぶべきだ。
だが、ウィンザー侯爵の願いを打ち砕く事をアイザックが告げる。
「いいえ、それではダメなのです。婚約者を奪い取られれば、誰だって恨みを持ってしまいます。特にウィンザー侯爵家を実家に持つパメラさんに恨まれる事は避けたいでしょう。私と結婚すれば、ウェルロッド侯爵家の力も加わる。王家の力があっても無視できないほど大きな力となります。ネトルホールズ女男爵は、きっとジェイソンに頼んで排除しようと考えるはずです。陛下はともかく、ジェイソンとネトルホールズ女男爵は、あちらにやられる前に排除せねばなりません。私はその機会を逃すつもりもありません」
「むぅ……」
――危険だから排除する。
その考えの根本は、アイザックもニコルも同じ。
穏やかな生活を過ごすためである。
そのために血生臭い手段を惜しまないのも同じである。
話を聞いていたローザは「あなたとネトルホールズ女男爵は、ある意味お似合いよ」と考えていた。
「ジェイソンが陛下に対して武力を行使すればやりやすい。何故なら、私には動く大義名分があるからです。私が陛下の愛剣を賜った事はご存知でしょう?」
「無論だ」
アイザックが、エリアスから愛用の剣を賜り「リード王国の敵を討て」と命じられた話は有名だった。
何故なら、モーガンが孫馬鹿のフリをして「アイザックが陛下から全幅の信任を得た」と話していたからだ。
当然、ウィンザー侯爵も知っている。
だから「アイザックが反乱を企てている」という報告を試そうともせずに諦めたのだ。
もし、そんな事を言えば「あなたは人を見る目のない馬鹿です」とエリアスに言ったも同然。
事実かどうかは関係ない。
言ってしまった時点で、エリアスからの印象が悪化するから言えない。
ここまで用意周到だと、ウィンザー侯爵も「そこまでやるのか」と呆れてしまう。
「ジェイソンが陛下に対し危害を加えれば、非道を正すためという名分で討伐できます。何しろ、私は陛下に『リード王国の平和を乱す者を討て』という許可を得ていますからね。これに文句を付ける貴族はいないでしょう。私の行動は、陛下によって認められているんですよ」
「陛下が考えておられたものとは違うだろうがな……」
最も信じるべきではない者を信じてしまったために、国がひっくり返ってしまうのだ。
普通なら多少の混乱が起きる程度で終わるはずだが、アイザックの考えている混乱は王家を滅ぼしかねないようなもの。
エリアスには不満はあるものの、そこまでの恨みがあるわけではない。
ウィンザー侯爵も、この状況ではエリアスに同情してしまう。
「ランカスター伯爵家のジュディスさん。彼女の事はご存知ですよね?」
今度はマーガレットが、ウィンザー侯爵に話しかける。
彼は突然ジュディスの話を振られて戸惑った表情を見せる。
「彼女は知っているが、その質問がどこまでのものかによるがな」
「占いの的中率に関してもご存知でしょうか?」
「それなら知っている」
望む結果が出なかった者達に魔女扱いされたとはいえ、聖女ジュディスの占いが当たるというのは有名な話である。
妻が占ってもらいにいった事もあるので、ウィンザー侯爵も当然知っていた。
それがどう関係するのかが不思議で仕方がなかった。
「ジュディスさんは、ランカスター伯やダニエルさんの未来を占ったそうよ。その時、アイザックと馬を並べて王家の軍と対陣していた光景と、玉座に座ったアイザックにひざまずく姿を見たと話していたの。二人の結婚を認めれば、自然とパメラさんは王妃になり、ウィンザー侯爵家も外戚になります。ただ、相手が変わるというだけです」
「なんだと!」
ウィンザー侯爵が驚く。
だが、驚いた理由はアイザックが勝利するという部分ではない。
ジュディスが家族を占い、それをウェルロッド侯爵家に伝えていた事にだった。
当然、ランカスター伯爵家の面々も知っているはずだ。
なのにランカスター伯爵からは、不穏な態度を一切感じなかった。
「黙っていろ」と言われても、人間である以上は王家に対する後ろめたさくらいは見えるはず。
その後ろめたさを感じられないほど、彼を上手く操っているアイザックの統率力に驚いたのだった。
「まぁ、ジュディスさんが」
「それは頼もしいですわね」
ローザとパメラも反応する。
こちらはウィンザー侯爵のような驚きではなく、結果に対して驚いていただけのようだ。
二人ともジュディスに占ってもらった事があるのだろう。
占いの結果を疑う気配がない。
「それは、いつ頃占われたものなのかな?」
だが、ウィンザー侯爵は疑っていた。
聖女の占いを馬鹿にはできないが、それだけで家の命運を賭けるつもりはない。
あまりにも古い占いだと途中経過が変わって、結果が変わってしまっているかもしれないと思って慎重になっていた。
そして、この質問は
「ブランダー伯爵家との和解が終わったあとです。アイザックが占われるのを嫌がっていたので、家族を占って間接的に二人の仲がどうなっているのか調べようとしたのでしょう。あの子もすっかりアイザックに惚れてしまっていた様子でしたし」
(おいぃぃぃ! それを今言うなよ!)
ジュディスと婚約するつもりがない、という事は家族にまだ話していない。
そのせいで「ジュディスに好かれている」という事を、パメラの前で話されてしまった。
またパメラに疑いの目を向けられたのではないかと思い、恐る恐る確認する。
だが、彼女は態度を変えていなかった。
(よかった……。パメラにだけ本気だっていうのをわかってもらえたみたいだ)
ウィンザー侯爵にまで計画を打ち明けたのだ。
アイザックの本気度をわかってもらえたのだろう。
ようやく中間地点にたどり着いたような気がして、アイザックはホッと一息を入れる。
「ふむ……。ならば、ジュディスも娶るのか? アマンダはどうなのだ?」
――だが、すぐさま奈落に落とされてしまった。
ウィンザー侯爵のエグイ質問に、パメラの表情がピクリと反応したのが見えた。
これはさすがに聞き逃せない問題らしい。
アイザックの事を見返してきた。
「そういう話は……、まだしていませんでした。どうなのアイザック?」
マーガレットがキラーパスを出してくる。
「その話は、また今度で」と逃げ出したいところだが、みんなに話すチャンスかもしれないと思い、なんとか前向きに考える。
アイザックは突然の事態に泣きそうになりながらも、説明しようとする。
「ジュディスさんやアマンダさんとは結婚しようとは思っていません。政略的には正しいのでしょうが、王家を敵に回してでも手に入れたいと思っている相手がいるのです。婚約をエサに両家の力添えを得るような真似はしたくないと考えています」
アイザックの宣言に、皆が息を呑んで驚く。
同じ驚きでも、内容はウェルロッド侯爵家とウィンザー侯爵家の側で大きく異なっていた。
モーガンとマーガレットは「あれだけ気のある素振りをしておいて!?」という驚きだった。
ティファニーに気がないのは知っていたが、彼女らにまで気がないとは知らなかった。
特にジュディスが屋敷に泊まっていた時には「あわよくば、ベッドに誘おうとしているのでは?」と思ってしまうくらい優しい対応をしていた。
なのに、興味がないというのは、にわかには信じがたい。
あとで詳しく聞き出す必要を感じていた。
ウィンザー侯爵達は「そんなに甘い考えをしているのか!?」と驚いていた。
王家を敵に回す事を考えれば、その程度の事は些事に過ぎない。
なのに、アイザックは婚約で勢力拡大を狙わないという。
実の娘すら使い捨てにしたジュードがやってきた事と比べると、あまりにも甘い。
ここまで準備しておいて、なぜそこは甘いのかというのが不思議だった。
「……以前、パメラさんは夫が側室を持つ事を受け入れられると話していました。それでもやっぱり、好きな人は独占したい。少しでも長くそばにいる時間を増やしたいと思うはずです。少なくとも、私はそう思っています。ですので、パメラさんの気持ちを考えると、不必要に婚約者を増やすような事はしたくありませんでした」
周囲の反応から理由の説明が必要だと思ったアイザックが話を続けた。
「甘い」と思う者がほとんどだったが、パメラは違った。
結婚相手の立場上、多数の側室を持つ事ができるとはいえ、やはりあまり気分のいいものではない。
彼女は「側室を持つのはオッケー」という言質を取っているのに、アイザックが気を使ってくれていた事を喜んでいた。
だが、喜べない者もいる。
――ウィンザー侯爵だった。
彼は計画上、彼女らとの婚約が必要になると思ったからだ。
「それは甘いのではないか? ウォリック侯爵家やランカスター伯爵家の力を得たいのであれば、婚約して確実な支援を得られるようにするべきだろう。ただの協力者と、娘の婚約者とでは本気の度合いが……。あぁ、そうか。今の段階ではパメラを正室にするとは言えん。正室を誰にするかも言わずにアマンダを側室にするというのでは、ウォリック侯が納得できんか。それでは婚約をエサにはできんな」
しかし、一人で勝手に納得してくれた。
パメラの事を言わず、彼女達を側室にするのは無理だとわかってくれたようだ。
「だが、まだわからん事もある。ロレッタ殿下とは婚約せんのか? ファーティル王国が背後を襲わないという保証になるだろうに」
「国外勢力を引き込む事は考えておりません。確かに勝利を確定させるためには必要かもしれません。ですが、勝てばいいというものではありません。国外勢力の協力を得て反乱を成功させたとしても、彼らに頭が上がらなくなってしまいます。ですので、ファーティル王国に限らず、エルフやドワーフとも同盟を組んだりするつもりはありません」
「それも一理あるが……」
ウィンザー侯爵は、アイザックの意見が正しい事を認めながらも、これには簡単に納得できなかった。
王家への反逆を考えるのなら、取れる手段はすべて取るべきだ。
勝てばいいが、負ければすべてを失う。
勝ったあとの事を考えて、負けてしまえば意味がないのだ。
それだけ計画に自信があるという事なのかもしれないが、計画を知らないウィンザー侯爵には不安でしかなかった。
そして、彼はアイザックの計画を心配している自分に気付く。
(なぜだ? こやつが失敗したところで、我が家には痛手ではない。それにこんな計画に乗る気もない。なのに、なぜ成功させるために、こうすればいいのにと考えてしまうのだ?)
ウィンザー侯爵は、少し興奮している自分に気付いた。
アイザックに計画を打ち明けられてから、ずっと興奮しっぱなしだった。
だが、その興奮の中には、違う方向を見て感じているものも含まれていた。
それを振り払うかのように、かぶりを振る。
「わかりました。さすがにこの場で返事はできるものではないので、今後どうするかを考えさせていただきたい」
ウィンザー侯爵は、考えを保留する事にした。
――王家に付くか、アイザックに付くか。
そのどちらを選ぶにしても、ウィンザー侯爵家の立ち回りなどをよく検討しておかねばならない。
この場での即答だけはできなかった。
彼の返事を聞き、アイザックはガッツポーズを取りそうになる。
ウィンザー侯爵が、不俱戴天の敵に対するような態度をやめたからだ。
反乱の話を聞いておきながら、態度を軟化させたのだ。
かなり前向きに捉えてくれているという事だろう。
だが、パメラの前なので、できる男を気取るためになんとか我慢する。
「かまいません。ですが、ウィルメンテ侯やウォリック侯が王都にやってくるまでには決めてください。そうすれば、ウィンザー侯爵家が他の家よりも先に協力を申し出てくれていたという事にしておきます」
「最初に協力しようと動いた」という事実は大きい。
これはウィンザー侯爵家への配慮というよりも、
しかし、実際は違う。
ウィルメンテ侯爵やウォリック侯爵の説得がまだなので、アイザックがウィンザー侯爵の名を利用したいからだった。
「パメラさん。あの時、本当は追いかけたかった。でも、今の私ではあなたを抱きしめて慰める事はできません。あなたはジェイソンの婚約者だからです。ですが、それもあと半年ほどの我慢です。その間、嫌な思いもするでしょうがもう少しだけ待ってください。その後は、幸せにできるよう全力で努力しますから」
「はい……」
パメラは嬉しそうにしていたが、彼女には不安もあった。
すべて、ウィンザー侯爵の判断次第である。
考えた結果「王家に付く」と決められたら台無しである。
祖父に望む方向で決断してもらえるよう頼み込む必要があると感じていた。
「では、これまでの話を考慮しつつ、陛下にどう説明するかの打ち合わせをしましょうか」
「……そうだな。そうしよう」
モーガンが話を進める。
今日、ウィンザー侯爵家に来たのは「パメラの言い分を聞くため」である。
明日は王宮でジェイソン側の言い分を聞かねばならない。
その上で、仲裁に動くというフリをする必要がある。
王家を騙すためにも、最低限の打ち合わせをしておく必要があった。
もちろん、それだけではない。
ウィンザー侯爵が冷静になる前に――
「反乱を考慮した条件で仲裁を頼む」
――というのを既成事実とするためだった。
一度、深みに嵌ってしまえば簡単には抜け出せない。
あとで冷静になった時に「しまった! もう協力するしかない!」と思ってくれれば勝ちである。
アイザックにばかり気を取られているのはエリアスだけではない。
ウィンザー侯爵も、アイザックにばかり気を取られて、サポートに徹するモーガンの事まで警戒する余裕がなかったようだ。
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