第398話 許可
フェリクスは、アイザックの頼みを引き受ける事に決めた。
彼の意思表示を受けて、アイザックは次の行動に出る。
色々と許可を得るために、エリアスに面会を申し込んだ。
その時、ある人物の同席を頼んでいた。
「突然の申し出にお応えいただきありがとうございます。二つ、陛下の許可を得ておきたいものがありましたので」
「かまわんとも。フェリクスに関する事だろう。どうなっているのかは聞いておるが、やはり本人の口から聞いておきたいと思っておったところだ。こちらにとっても、ちょうどよかった。しかし、どのような用件かが本当に気になるな」
今回、アイザックはフィッツジェラルド元帥と御料局長官も呼び出していた。
フィッツジェラルド元帥を呼んだ理由は、エリアスにもわかる。
軍人の事は軍人に尋ねるべきだ。
元帥の助言を聞きながら、許可を得たい事があるのだろう。
――しかし、御料局長官の方はわからなかった。
御料局長官は、王家の直轄地にある山林や原野を管理する宮内省御料局の長官である。
アイザックが何かしようと考えているのだろうが、どう考えてもフェリクスとは繋がらない。
別件だとしても、山林や原野にどのような用件があるのか、エリアスにはさっぱりわからなかった。
それだけに期待も高まる。
「まずは御料局に関するお願いですね。正規の手続きを取って申請してもよかったのですが、陛下も聞きたいだろうと思いましたので、このような形でお願いする事に致しました」
アイザックは「お前じゃ話が通じないから、エリアスに直接頼むわけじゃない」という事を、さり気なくアピールしておく。
官僚と仲良くやっておくに越した事はない。
エリアスの楽しみのためにやむなしという形を取った。
「確かに聞きたいな。わざわざフィッツジェラルド元帥まで呼んだくらいだ。よほどの事なのだろう」
エリアスは前のめりになり「早く聞かせろ」と思っている事を態度に表していた。
苦笑が浮かびそうになるが、アイザックは我慢する。
「こちらの用件は元帥閣下とは関係ないのですが……。将来的には興味を持たれるかもしれませんね」
普通の笑みを見せ、秘書官見習いに地図を出させる。
ノーマンは、今日のところはモーガン付きで勉強中なのでいない。
そういう時もあるので、これはいい練習になる。
地図を出すだけなのに秘書官見習いは手を震わせてもたついていた。
エリアスとフィッツジェラルド元帥の前では、さすがに緊張するのだろう。
だが、エリアス以外の者達は「早くしろ」という表情を見せたりはしない。
経験の浅い者に、この面子を前にして落ち着けという方が無理とわかっているからだ。
彼はもたつきながらも、テーブルの上に地図を広げて見せた。
アイザックは、その中の一点を指差す。
「王都から西に二十キロのところにある小高い丘を使わせていただきたいのです」
「かまわんが……。何をする?」
「空を飛ぶ乗り物の実験場にしたいのです」
「なにっ!」
エリアスが、ガタリと音を立てて立ち上が――ろうとして堪えた。
さすがに家臣の前でみっともない姿を見せられないという、国王の面子でなんとか我慢したようだ。
しかし、その目は続きを話せと、子供のように爛々と輝かせていた。
「気球は舟の帆に使う帆布などを使えば、人が乗れるようなものを作れるかもしれません。ですが、エルフの魔法に頼らねばならない乗り物です。そこで、魔法を使わずに空を飛ぶ事はできないかと考えてみました」
「それで?」
「試作品はできました。おそらく、人を乗せても短い距離なら空を飛ぶ事ができるでしょう」
「許可する! それで、いつ乗れる?」
アイザックが説明をしている途中だが、エリアスが食い気味で話しかけてくる。
彼の興味は惹けているようだ。
予想以上に。
「陛下は乗れません。乗せられません」
「なぜだ! なぜ乗れん!」
「危険だからです」
アイザックは紙を受け取り、紙飛行機を折り始める。
「飛ぶところではなく、床に降りるところを見てください」
そう言って、紙飛行機を飛ばす。
真っ直ぐ飛んで、そのまま床に着地した。
エリアス達は、見たままの事なので首をかしげる。
「これは紙です。軽いものですから、ふわりと降りました。では、人が乗れる飛行機はどうなるでしょう? 最低限、人が乗っても壊れない強度が必要です。強度を求めると、必然的に重くなります。重いとどうなるか。それも見ていただきましょう」
今度は使用人に命じて、木製の飛行機を持ってきてもらった。
これは折って作るタイプの紙飛行機を、そのまま木彫りで作ってもらったものだ。
グライダーの試作品とは大きく異なるものである。
それを飛ばすが、当然ながら紙とは違い、床に落ちると鈍い音を立てた。
「軽ければ床に接する時に衝撃が小さくなり、重ければ衝撃は大きくなる。その結果どうなるか? 王宮の三階や四階から紙を落とせばどうなると思われますか?」
「そのまま落ちるだけだな」
「落ちただけでは破れたりはしませんよね?」
「木の枝に引っ掛からん限りはそうだろうな」
「では、落ちたのが人間だったらどうでしょう?」
アイザックが「人が高いところから飛び降りたらどうなるか?」と言うと、少し場が静まった。
「死ぬだろうな」
エリアスが答える。
彼は「認めたくないものの、認めざるを得ない」と、渋々といった表情をしていた。
「その通りです。高いところから落ちれば人は死にます。よくて大怪我でしょう。空を飛ぶ時は、建物の二階や三階と同じような高さにはなるはずです。そこから勢いをつけて地面にぶつかる。非常に危険な行為だという事だとおわかりいただけますね?」
「しかし……」
「危険な状態で陛下をお乗せすれば、私が陛下を事故死に見せかけて暗殺しようとしていると言われてしまいます。安全に飛べるようになれば、真っ先に陛下にお教えしますので、実験が進むまで今しばらくお待ちください」
「むぅ……」
飛行機に乗ってみたいが、下手をすればアイザックが国王暗殺の下手人として処刑されてしまう。
アイザックがいなくなれば、ジェイソンが王位を継いだ時に苦労する事だろう。
もどかしいところだが、エリアスも我慢するしかない。
「完成すれば教えるのだぞ」
「もちろんです。お約束致します」
(嫌だけど……)
卒業を前に処刑されるような事態になるのは、アイザックとしては絶対に避けたいところだった。
エリアスが、こういう反応をするだろうとわかっていた。
しかし、それでも伝えておかねばならない理由もあった。
「御料局に申請するのではなく、陛下に直接お願いしようとしたのには理由があります。この地域は平原があるだけで、大きな森はありません。狩り場としても人気がない場所だと聞いたので、丘の周囲もしばらく借り上げたいのです。実験途中のものを誰かに見られて、他国に先に作られるというのは避けたいですから」
これはドワーフのご機嫌取りに必要なものである。
他の誰かに先を越されては面白くない。
コッソリ覗き見する者もいるかもしれないが、その可能性をできるだけ低くしておきたい。
人気のない場所とはいえ、広範囲で狩猟の許可を出さないとなると、普通に申請するだけでは許可が下りないだろう。
だから、エリアスの許可を求めようとしていたのだった。
「ふむ……。長官、どうだ?」
エリアスが意見を求める。
先ほどは「許可する」と言ってしまったが、今回は御料局長官が自分を見ている事に気付いた。
呼び出された彼の面子を考えて、出番を与えてやらねばならない。
そのため、今回は意見を求めたのだった。
「厳密にとは参りませんが、ご指定の丘の周囲五キロほどの平原を立ち入り禁止区域にする事は現段階でも可能です。禁止区域内に住んでいる住民の退去や街道の封鎖などを行う場合は、関係各所との調整が必要になってくるのでお時間をいただく事になります」
「そこまでは求めていません。空を飛べば遠くからでも見えるでしょうし、細かい作りを見られなければ、それで結構です。丘の使用許可と同時に必要な施設の建設許可などもお願いします。原状復帰できる程度のものですので。期限は半年ほどでお願いします」
「必要なものなら当然の要求ですね。大丈夫です。それくらいならば私の権限の範囲で決裁できます」
倉庫などの建設許可も、あっさりと認められた。
「もしかして……。陛下の決裁を必要とするほどの問題ではなかったのでしょうか?」
あまりにも簡単だったので、アイザックはエリアスの必要性を尋ねてしまう。
「空を飛ぶものは、ドワーフとの友好に使うものなのでしょう? それならば、念のためウェルロッド侯に一度確認してから許可を出していたでしょう。申請を却下する理由がございません」
「あ、あぁ、そうなんですね……。狩猟シーズン前なので、てっきり断られてしまうものだと思っていました。陛下に頼る前に、まずは申請してみるべきでしたね。申し訳ございません」
「気になさらないでください。エンフィールド公が狩りに行かれたという噂を聞いた事がありません。初めての事なので、どこまで許可を取れるかわからなくて当然です」
「陛下に話があるから一緒に頼めば話が早いと横着するべきではありませんでしたね。最初に専門家に聞くべきでした」
アイザックは、ミスを誤魔化すために照れ笑いを浮かべる。
だが、御料局長官はミスだとは思わなかった。
エリアスに頼むのなら、自分まで呼び出す必要はなかった。
アイザックは、ドラゴンとの交渉の時に――
「問題が起きないように日々の仕事を頑張っている文官を、もっと評価してほしい」
――という内容の事を言っていた。
きっと、エリアスの前で「専門分野を任されている者達は、自分の知らない事を知っている」というアピールをしてくれているのだろうと、御料局長官はアイザックの言動を好意的に受け取っていた。
「他に御用はございますか?」
「いえ、許可を得たかっただけですので、これ以上はありません」
「それでは早速関係各所と連絡を取り、決裁を急がせます。数日中にはお知らせできるでしょう」
「よろしくお願いします」
彼は退席していった。
――アイザックの用件は二つ。
もう一つは、フィッツジェラルド元帥と話さねばならない内容のはず。
さすがに丘の使用許可を得る程度の話ではないだろう。
彼は分をわきまえているので、退席を促される前に出ていった。
「さて、他の者達も出ていってもらった方がよいか?」
エリアスは「近衛騎士や使用人達も出て行かせるか?」とアイザックに尋ねる。
どこまで重要な話なのかわからない以上、聞いておかねばならない事だった。
アイザックは、首を左右に振る。
「重要な話ではありますが、皆に知ってもらいたい内容でもありますので人払いの必要はありません。主にエルフやドワーフの耳に入らなければいいという類のものですので」
「ほう」
リード王国で一番異種族の受けがいいのはアイザックだ。
そのアイザックが、エルフやドワーフに聞かれたくない話をするというのだ。
気を緩ませて聞ける話ではない。
エリアスとフィッツジェラルド元帥の目が鋭いものになる。
「現在、ウェルロッド侯爵家では軍の拡張を行っております。その理由は覚えておられますでしょうか?」
「もちろんだ。異種族との交流が再開され、国境を接するウェルロッド侯爵家が、
備えは必要だとわかっているが「戦う気だ」と思われたくない。
この場には信頼できる人間しかいないとはいえ、エリアスは
エリアスは「空を飛ぶ話をするのに、ドワーフを呼ばなかったのは、このためだったのか」と、一人納得する。
「その通りです。現在ウェルロッド侯爵家では、万が一に備えて準備を進めております。兵士達の訓練は比較的簡単ですが、指揮官の確保が難しい問題として残っております。部隊を率いる事ができる指揮官の育成には時間がかかるせいです」
フィッツジェラルド元帥が、うんうんとうなずく。
剣や槍の達人であれば「我に続け」と命じるだけで兵士は付いてくるだろう。
しかし、それは数十名程度であればの話だ。
百を超える規模になれば、個人の武勇だけではなく、部下を統率する力が必要になってくる。
フォード四天王の一人だったトムが出世できなかった理由である。
腕っぷしだけでは、組織を運用できないのだ。
当然、フィッツジェラルド元帥も、その事をよくわかっていた。
「私は、その解決方法を思いつきました。フェリクスさんを通じてロックウェル王国から引き抜こうと考えたのです」
「なにっ!」
「それは!」
エリアス達が驚く。
他国から人材を引き抜く事は珍しくはないが、露骨にやれば恨みを買う。
ロックウェル王国の現状を考えれば戦争にはならないだろうが、あまり感心できる事ではないだろう。
「引き抜く事の是非はともかくとして……。おやめください。ファーティル王国侵攻作戦が成功していれば、主だった武官は肥沃な土地に領地を持てていたはずです。優秀な者であればあるほど、エンフィールド公への恨みも強いものとなっているはずです。誘いを受けたとしたら、フェリクス殿と共謀して暗殺を企む者だと思います。危険です」
フィッツジェラルド元帥は、アイザックの考えを否定した。
アイザックなので引き抜く事はできるだろうが、そのあとが怖い。
どんな企みを持った者がやってくるのかわからないのだ。
アイザックだけではなく、リード王国に混乱をもたらす可能性が高い。
この提案は、彼にとって受け入れ難い内容だった。
「確かに元帥閣下が危惧される事態になるかもしれません。ですが、フェリクスさんは真摯な態度で人探しをしてくれるでしょう」
「何か確信がおありで?」
疑問を投げかけられて、アイザックはニヤリと笑う。
「ソーニクロフト解放戦後のウェルロッド・ランカスター連合軍の状況が大きく影響しています。どうやらロックウェル王国には、まだこちら側の情報が流れていなかったようです。フェリクスさんは真実を知り、私に協力せざるを得ない状況になっています」
「どういう事だ?」
エリアスは、フィッツジェラルド元帥に尋ねる。
彼には理由が思いつかなかった。
知ってはいるが、すぐに思い出せなかったせいだ。
「確か、ソーニクロフトを包囲していた軍の一部が包囲される前に撤退していたはずです。指揮官は――フェリクス殿です」
「なるほど! 撤退せずに戦っていれば、フォード元帥がいなくても勝てたかもしれない。そんな事実を知られれば、国元には帰れなくなるだろうな! なるほど、なるほど。思わず同情してしまいたくなる状況になっているというわけか」
フェリクスの状況を知ると、エリアスは何度もうなずいた。
他の国でも、裏切り者として糾弾されても仕方のない状況である。
大規模な混乱が起きていたロックウェル王国なら、見せしめに処刑されてもおかしくないだろう。
特にフェリクスは、一度アイザックへの捧げものにされたくらいだ。
再び生け贄にされるハードルは低い。
積極的にアイザックに協力しないといけないという点に関しては、エリアスにも明白だった。
「彼には軍の縮小で役職を失った指揮官を誘ってもらいます。狙いは兵士からの叩き上げで、百人程度の部隊を任されていた者達です。貴族出身者や関係者に比べれば出世が遅く、クビにされやすい。国に対する忠誠心も、貴族に比べれば薄いでしょう。経験豊富な指揮官で、国への忠誠心も薄い。解雇されたあとなら『このご時世に仕事を奪うなんて酷い』と恨んでいるくらいでしょう。もちろん、私に対する恨みもあるでしょうが、そこは上手くロックウェル王国に対して逸らす方法を考えます」
アイザックの説明を聞けば、指揮官の引き抜きは実現可能なものに思えてくる。
それだけに、フィッツジェラルド元帥は自分が呼び出された理由を考える。
「私が呼び出されたのは、実現させるにはどうすればいいのかという相談ではなさそうですね。国内向けの工作活動でしょうか?」
「さすがは元帥閣下。話が早い」
「これでも軍政に携わっていましたので」
実働部隊を指揮する軍令と事務を担当する軍政とでは、出世争いのやり方が違う。
軍政は官僚のようなもの。
他の官僚と同じように、実力だけではなく周囲との調整能力も重視される。
相手が何を望んでいるかを読み取る能力が必要になってくる。
フィッツジェラルド元帥は、エリアスとの信頼関係という最強のカードを持ってはいるが、それだけで元帥になったわけではなかった。
「ウェルロッド侯爵家が軍の拡張を行っている。それはつまり、地方貴族とはいえ軍のポストが増えているという事です。ロックウェル王国から指揮官を受け入れるとなると、リード王国人が座る事のできる席が減ります。ウェルロッド侯も悩んでおられますが、どこから何人仕官候補を受け入れるかというのは難しい問題です。軍内部の不満を抑えていただきたいと思っています」
――よそ者に役職を奪われる。
自分達のものになると期待していたのに、他国出身者に役職を奪われるのは腹が立つはずだ。
約束などしていないので知った事ではないが、どこで恨みを買うかわからない以上、対策はしておく必要がある。
だが、自分でいちいち説明していくのは面倒だ。
軍のトップであるフィッツジェラルド元帥を説得する事で、軍内部の不満を一気に抑えようとアイザックは考えていた。
「協力は惜しみませんが……。何か説得の材料があれば助かります」
「もちろん材料はあります。ロックウェル王国の人材を引き抜く事で、再軍備が困難になります。十年後、国が立ち直ったから再軍備をしよう。そう思った時、軍の規模に応じた指揮官の数が必要になるでしょう。一度解雇した人材を呼び戻そうとするでしょうが、ウェルロッド侯爵家で抱え込んでおけば簡単には呼び戻せません。再軍備に時間がかかるようになるので、対応する時間を稼げるはずです」
「今のウェルロッド侯爵家が直面している問題と同じ事を、ロックウェル王国にも起こさせるというわけですね。問題があるとすれば、ウェルロッド侯爵家から引き抜こうとするかもしれないという事でしょうか……。いえ、大丈夫ですね」
「どういう事だ?」
フィッツジェラルド元帥が一人で納得しているので、エリアスが説明を求める。
「ロックウェル王国から引き抜くのは、職を失った者達。それに対し、ウェルロッド侯爵家から引き抜く時は現役の指揮官になります。職を失った者に声をかけるのと、働いている者を引き抜くのとでは意味合いが変わってきます。エンフィールド公なら、報復措置を取られるでしょう」
「経済が立ち直ったから再軍備をするというのなら、経済を再び混乱させる。それで再軍備を諦めてくれると考えています」
「なるほどな。後々の事も考えているというわけか」
――ウェルロッド侯爵家の軍を強化するだけではなく、ロックウェル王国を押さえ込むための一手だった。
一石二鳥の妙策である。
「元帥。ロックウェル王国の再軍備を邪魔するためという理由なら、軍内部の不満は抑えられるか?」
だからこそ、エリアスはアイザックの考えを実現させてやりたいと思った。
アイザックに一人一人説得させるなど時間がもったいない。
それならば、他の者達にやらせる方がいいと考える。
「可能だと思われます。若手の中には戦争が起きてくれた方がいいと考える者もいるでしょうが、それくらいは簡単に押さえ込めます。エンフィールド公の考えを邪魔しないように注意しておけば済むでしょう。問題は、ロックウェル王国に漏れ伝わるかもしれないという点ですが……」
「その心配は無用です。適度に情報が漏れた方がロックウェル王国も動きにくいでしょう。牽制という点では、適度に漏れた方が都合がいいと考えています。もちろん、引き抜きを仕掛けたあとの話ですが」
「説得するのは実際に引き抜きが行なわれたあとになるでしょう。タイミングは問題ないと思われます」
フィッツジェラルド元帥は、アイザックの手助けに関して問題はないとエリアスに伝える。
エリアスは満足そうにしていた。
「では、その線で動いてくれ」
「かしこまりました」
「ありがとうございます」
エリアスから許可が出た事で、アイザックは遠慮なく動く事ができるようになった。
許可を得ずとも「ウェルロッド侯爵家内部の問題」として動く事はできたが、それではいらぬ反発を買ってしまうだろう。
「許可を得る」という一つのプロセスを省かない事で、物事が円滑に進むのなら安いものだ。
相手の面子を立てるというのは重要なのだ。
「それともう一つ、許可というよりも相談がございました」
「なんだ?」
「フェリクスさんが家族の身を危惧して、リード王国に連れてきた場合の事です。ウェルロッド侯に尋ねたところ、亡命貴族を受け入れる事自体は前例があるので問題ないと言われました。しかし、相手がフォード伯爵家という事もあり、判断が難しいところなのです。フォード元帥の名声は今も高いままです。我が国で受け入れた場合、陛下に迷惑をおかけするのではないかと悩んでおります」
「そういう事か……」
例えば、敵国にアイザックがウェルロッド侯爵家ごと亡命したとしよう。
その場合、エリアスは必死に引き止める。
引き止められなければ、徹底的な妨害を行うだろう。
でなければ「アイザックに見捨てられた」と周囲にエリアスが思われてしまうからだ。
フォード伯爵家の名声は、ロックウェル王国内にとどまらない。
他国にもその名が轟く名家である。
ロックウェル王国も、指を咥えて見てはいないだろう。
「……引き抜きが上手くいけばよし。リード王国の貴族として迎えよう。上手くいかなければ、ウェルロッド侯爵家の客分として預かる。どうなるかはフェリクスの働き次第というのでよいのではないか?」
エリアスは常識的な範囲で答えた。
手柄のない者を優遇するのは他の者の手前よくないが、功績があるのなら周囲を納得させられる。
それに、フォード伯爵家がリード王国を頼って亡命してきたというのは、エリアスの名声を高める要因にもなる。
アイザックならロックウェル王国を黙らせる方法も考えているはずなので、彼に拒否する理由はなかった。
「それではフェリクスさんにも、そのように伝えておきます。きっといい働きをしてくれるでしょう」
フェリクスのやる気を引き出すには、こちらの条件もエリアスに認めてもらうのが重要だった。
ロックウェル王国から抗議がきた場合、モーガンだけではなく、エリアスも巻き込んでおいた方が「リード王国の問題」として対処できるようになる。
そのために近衛騎士や使用人を退出させず、証人として残しておいたのだ。
一度許可を出してしまった以上、エリアスも簡単に判断を覆す事はできない。
言質を取ったので、あとはアイザックの思い通りである。
(フェリクスが上手くいけばよし。失敗しても、火薬兵器である程度は補えるだろう。元々考えていなかった事だから、上手くいけばラッキー程度に考えて置こう)
失敗すれば残念だが、残念だと思うだけで済む。
ダメージを受けないボーナスタイムがやってきたと考えれば、アイザックはギャレット達に感謝したいくらいだった。
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