第357話 それぞれの想い ロレッタ アマンダ ジュディス

 パーティーから大使館に戻ると、ロレッタの表情に悔しさが浮かび上がる。


「なんなんですか、あのアマンダさんの態度は。もう少しでアイザックさんに想いを告げるというところだったのに邪魔をして。しかも、本人はちゃっかり自分の想いを告げるなんて。あまりにも酷い態度でした」


 悔しさの原因は、アマンダに先を越された事だった。

 だが、それだけではない。

 他にも理由はある。


「ジュディスさんの行動もありえません。私とアマンダさんが言い合っている時に、さり気なくアイザックさんに抱き着くなんて……。やり方が卑怯です!」


 ロレッタは真剣だった。

 おそらく、アマンダも真剣だった。

 なのに、ジュディスは二人の想いがぶつかっている横をすり抜けていった。

 それが何よりも腹立たしい。

 告白の邪魔をしたアマンダと同じくらい、ジュディスの事が許せなかった。


「ランカスター伯爵家は、ウェルロッド侯爵家と懇意にしております。子供同士の仲が良くてもおかしくはありません」


 大使がロレッタをなだめようとする。

 アマンダの方はどうしようもない。

 だが、ジュディスの方は、まだフォローできる。

 両国のためにも、余計なわだかまりは残したくなかったからだ。


「そうですよ。エンフィールド公には、僕達が知らないこれまでの交友関係があります。それに嫉妬する必要はありません。殿下には僕がいるではありませんか」

「ニコラス……」


 ニコラスの言葉を聞いて、ロレッタは感動しなかった。

 それどころか引いた。

 彼の婚約者であるソフィアは悲しそうな顔をし、他の者達は何とも言えない複雑な表情を浮かべる。

 その反応を見て、ニコラスは慌てた。


「ち、違います。そういう意味じゃないんです。エンフィールド公の又従兄弟で、一緒に旅をして色々と知った者がいると言いたかったのです。けして誤解を招くような意味ではありません」


 パーティー会場でアマンダが言った言葉。


 ――ニコラスは、ロレッタの元婚約者。


 すでに皆が忘れていたような事だが、アマンダのせいで皆が思い出していた。

 そのせいで、先ほどの言葉が誤解を招いてしまったのだと、ニコラスは気付いた。

 すぐに自分の持っている情報の事だと訂正する。


「王都に到着して、すぐに王宮へ向かったので報告する時間がありませんでしたが、かなり重要な報告があります。日記として書き残しておりますので、是非とも聞いていただきたい。エンフィールド公について少しでも多く知っておいた方が、殿下にとっても良い事だと思いますので」

「そうね、気分転換になりそうだし……。教えてちょうだい」

「かしこまりました。ですが、これにはエンフィールド公に口外しないでほしいと頼まれた内容も含まれますので、外部には漏らさないでください」


 ニコラスは、アイザックの傍で見た事を話し出す。

 その内容は、アイザックに検閲される前のものだった。


 例えば日記には――


「ドワーフがエンフィールド公を出迎えた時、彼らは我を競ってひざまずいた」


 ――と書き記された箇所がある。


 それをアイザックは――


「彼らは友人なんだから、そんな風に言ったらダメだろう。良き隣人として出迎えてくれたって言いなさい」


 ――と訂正していた。


 だが、ニコラスはファーティル王家に忠誠を誓っている。

 そのため、ロレッタには包み隠す事なく、真実・・をすべて話した。

 彼が語った内容は、ロレッタに大きな驚きを与える。


「まさか、あのブリジットさんまで……。手強いですわね」


 アマンダやジュディスも美しいが、エルフであるブリジットの美しさは別格だ。

 非常に手強いライバルが登場してしまった。

 ブリジットの存在を危惧すると共に「あぁ、やはりアイザックさんはエルフまで魅了するお方。是非とも婚約したい」という想いを抱かせる。

 しかし、それはニコラスが報告したかった内容ではない。


「殿下。そこも重要ですが、今回は二点に注目していただきたい。ケンドラとブリジットさんへの対応です」


 ニコラスは、アイザックと行動を共にして重要な事に気付いた。 

 そこをロレッタに知ってほしいと思っていた。


「ケンドラはエンフィールド公が可愛がっている妹です。僕にとっては又従兄妹という事もあり、親族として、そしてエンフィールド公と親しくなる手段の一つとして近付きました。ですが、下心を持ってケンドラと接している事に気付かれたのでしょう。時折、殺意の籠った視線を送られました。ドラゴンの仕業に見せかけて暗殺されるのではないかと思うほどに」


 ニコラスは、その時の事を思い出して身震いする。

 あの時のアイザックは「兄さん」と呼んでいたアイザックではない。

 ウェルロッド侯爵家の跡継ぎとして、ふさわしいまでの恐怖があった。


「ですが、ブリジットさんの好意に気付いた時の反応はどうでしょう。まるで女性の扱いを知らないのではないかと思うような、うぶな反応でした。きっと、あれはわざとです。あのエンフィールド公が女性の扱いを知らないはずがありません。ブリジットさんの好意にどう対応するべきか迷って、はぐらかすという対応を取ったに違いありません。そこから導き出される答えは一つ」


 ニコラスは、もったいぶって一呼吸を置く。


「幼少期に複雑な家庭環境に置かれていたので、回りくどい事をされると警戒してしまうのでしょう。そして、きっとストレートな感情表現には弱いのだと思われます。エンフィールド公と親しくなりたいのであれば、直接的な表現で好きだという気持ちを伝える方がよろしいのではないかと思われます」

「なるほど……。確かにあなたの言う通りかもしれません」


 ロレッタは、ニコラスの考えに同意した。

 他の者達も、彼の考えが正しいような気がしていた。

 今までにもアイザックに婚約を持ち掛けていたが、それはいずれも政治的な色合いが濃く見て取れるものだった。

 その婚約に隠された裏を考え、警戒して断っていたものだと思われる。

 そうでもないと、ロレッタとの婚約を断る理由がわからない。

 普通であれば、男児のいない王家の第一王女との婚約を断ったりはしない。

 身の安全を考えて、婚約を断っていたと考える方が、彼らには理解しやすかった。


「ですので、出発前のやり取り。特にハンカチの件に関しては忘れられた方がよろしいかと思います。駆け引きに使う方が悪印象を与えてしまうはずです」

「そうね、そうしましょう。他の方に比べて、付き合いが短いというのは不安ですけど……。駆け引きでは、アイザックさんにはかないませんもの。駆け引きなしの勝負に出るべきですわね」


 ニコラスのおかげで、ロレッタの機嫌は直った。

 他の者達よりも一歩先んじたと思ったからだ。

 これで付き合いの短さを補えるかもしれない。

 アイザックにニコラスを同行させて正解だったと、ロレッタは満足していた。



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 アマンダもパーティーが終わると、まっすぐ屋敷に帰った。

 ジャネット達、友人も一緒だ。

 内容は当然、アイザックに関してである。


「アマンダからハンカチを受け取っておいて、他の子からも受け取ってたとはねぇ……。まぁ、アイザックくんの立場なら、何人かを娶ってもおかしくないけどさ」


 ジャネットは、アイザックの行動をよく思っていなかった。

 それもそのはず、彼女はアマンダが「アイザックくんがハンカチを受け取ってくれた」と喜んでいた姿を覚えているからだ。


「そんな風に言っちゃダメだよ。アイザックくんだって、悪気があったわけじゃないんだから。ドラゴンに立ち向かわないといけないなんていう難しい任務を命じられたんだ。仕方ないよ。お守りとしてでも、ボクのハンカチを受け取ってくれた。それで満足するべきだよ」

「じゃあ、このままロレッタ殿下に取られてもいいのかい?」

「それはダメだよ! それとこれとは話が違う!」


 アマンダは声を荒げて「アイザックがロレッタを選んでも仕方ないという事までは認めていない」と否定する。


「でも、アイザックくんがロレッタ殿下を選ぶのなら……。仕方ないのかも……」


 だが、すぐに勢いが弱まる。

 こればかりは、アイザック次第だ。

 アイザックに自分を選べなどとは言えない。

「フレッドに捨てられた魅力のない女」という事実が、今もアマンダを苦しめていた。

 自信のなさから、泣き出しそうな表情になる。

 そんな彼女の考えをジャネットはお見通しだった。


「何言ってんだい! これはあんた一人の問題じゃないよ! みんなの想いを預かっているって事を忘れられちゃ困るんだよ」


 アマンダを勇気付ける言葉をかける。

 彼女の友人の中には、まだ婚約者が決まっていない者もいる。

 それでも、万が一の可能性を期待してアイザックにモーションをかける者はいなかった。

 それには理由がある。


「アイザックくんには、あんたがふさわしいとみんな思っているんだ。容姿や家柄だけじゃない。人柄でだよ。アイザックくんは優しいところもあるけど、ウェルロッド侯爵家の人間だけあって怖いところがある。謀略や陰謀とかが得意な彼の背中を真っ直ぐ支えてあげられるのは、アマンダしかいないと思ってるんだ」


 ジャネットの言葉に反応して、何人かの女の子が力強くうなずく。

 彼女らはアマンダの邪魔にならないよう、万が一の可能性に期待するのをやめた者達だ。

 搦め手に強いアイザックだからこそ、アマンダのような実直な者が妻として支えるべきだと考えている。

 夫婦の役割を考えれば、その方が二人のためになるはずだからだ。


「支えるという点では、占いが得意なジュディスさんが手強いライバルになるかもしれないけど……。婚約者候補としては、あんたの方がずっと前から有力な相手だと思われていたんだ。アイザックくんも少なからず意識はしているはずだよ。でなきゃ、お守りとしてでもハンカチを受け取ったりなんかしない。自信を持っとくれよ」


 ジャネットがアマンダを励ますと、アマンダの目に力が戻った。


「もちろん、諦めたりなんかしないよ。アイザックくんは付き合いの長い相手を選ぶ傾向がある。だから、ロレッタ殿下よりもボクを選んでくれる可能性が高い。せっかく得た大きなチャンスが肩透かしになったけど、まだまだこれからさ。まだ時間はあるから、負けたりしないよ」


 目に力が戻ったのは、ジャネットが発破をかけたからというわけではない。

 アイザックがティファニーの事を愛しているのを思い出したからだ。

 リサもティファニーも付き合いは長い。

 謁見の間では「婚約を政治の道具にしたくはないと考えている」と熱弁を揮っていた。

 ならば、ロレッタよりも付き合いの長い自分の方が有利なはず。


「以前は気のある素振りを見せてくれていたんだ。でも、それに甘えて自分の気持ちを伝える事を怠っていた。だから、今度はちゃんと気持ちを伝えてみるよ。ありのまま、すべてを真っ直ぐに」


 アマンダは顔を真っ赤に染めながら言った。

 アイザックの前で「アイザックくんの事がずっと好きだったんだ」と言ってしまった事を思い出したからだ。

 だが、それでよかったとアマンダは思っていた。

 そうでもなければ、いつまでも自分から思いを告げようとはしなかっただろう。

 ちゃんと話し合って、ちゃんと想いを伝えておくべきだ。

 今回の件はいい機会だった。


「そうだ。お前は真っ直ぐにいけ! 回りくどい事は私に任せろ!」


 ウォリック侯爵が娘の決断を後押しする。


「今までは水面下に隠されていたが、ロレッタ殿下が参戦してきた以上、状況が変わった。お前との婚約が国内の政治バランスを崩すなどという言い訳はさせない。ウェルロッド侯には私が掛け合う。お前はエンフィールド公に専念しろ」

「うん、わかった! アイザックくんとの話し合いがどうなるかわからないけど……。でも、頑張る!」


 ――アイザックが他の誰かと結婚する。


 それ自体は、アマンダも認める事ができた。

 アイザックにはリサという婚約者がいるし、ティファニーという愛する人がいる事を知っているから。

 しかし、ロレッタは違う。

 彼女は国を助けてくれたアイザックに感謝しているだけ。

「感謝の気持ちと愛を混同しているのではないか?」と、アマンダは考えていた。

 そんな彼女にアイザックを奪われたくはなかった。


 強敵ではあるが、自分には有利な条件がある。

 そして、応援してくれる心強い友人達もいる。

 アマンダは自分の想いを精一杯伝えようと覚悟を決めた。



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 ランカスター伯爵一行が屋敷に帰ると、すぐに家族会議が開かれた。


「いかんなぁ……。ジュディス、あれはいかんぞ」


 ランカスター伯爵がジュディスを咎める。

 彼が言っているのは、アイザックの腕に抱き着いた事に関してだった。


「どうせなら、もっとギュッと抱き着いた方がよかった。あの年頃の若者は女の体に弱いものだ。婚約者がいようとも、お前の事を強く意識する事になっただろう。チャンスは無駄にはせんようにな」


 しかし、その内容はちょっとズレていた。

 孫娘に「積極的に胸を押し付けていけ」などと言うべきではなかった。

 だが、彼は「ジュディスを幸せにできるのはアイザックくらいだろう」と思っているので、きっかけはどうであれ親しくなっておいてほしいという気持ちが勝っていた。

 それ故の発言である。


「でも……、恥ずかしいから……」


 ジュディスも顔を真っ赤にしている。

 アイザックが無事に帰ってきたと喜んでいただけなのに、気が付けば腕に抱き着いていたのだ。

 わざとやったわけではないので、今は恥ずかしさで胸がいっぱいだった。

 アイザックにもらったカチューシャで髪を上げているので、家族にも彼女の心境が表情でわかった。


「そもそも、モーガンの奴が悪い。婚約者が決まっていないのなら孫同士で婚約をさせようかと申し入れても、あいつは『これからどうなるかわからないから』と断った。あの時、婚約が決まっていれば、このようにやきもきされる事はなかったのだ。……まぁ、ネイサンとの婚約が決まったりしていた可能性もあるがな」


 ランカスター伯爵が愚痴る。

 もし、幼い頃からアイザックとの婚約が決まっていれば、今頃は悠然と構えていただろう。

 マイケルのような外れを引く事もなかった。

 モーガンも友人の孫娘を家中の混乱に巻き込みたくなかったのかもしれない。

 だが、どうしても「アイザックの婚約者だったら?」と考えてしまう。


 それは他の者達も同じだった。

 第一夫人にふさわしい相手が決まっていれば、心細いと思っていたとしても、複数人からハンカチを受け取ったりはしなかっただろう。

「無事に帰ってきてほしい」と心配するだけでよかったはずだ。


 ――ロレッタは美貌と王族という地位があり、アマンダは4Wの一つであるウォリック侯爵家の一人娘。


 彼女らに対抗するには、ランカスター伯爵家の力では弱い。

 ジュディスの占いを売りにしなければ、対抗するのは厳しいだろう。

 しかし、それはできない。

 アイザックが占う力を望んでいないからだ。

 ジュディスの最大の魅力だったはずなのに、それを売り込む事ができない。

 娘の身と心を救ってくれた事には感謝しているが、今はアイザックの優しさがもどかしかった。


 ジュディスが席を立ち、部屋を出て行った。

 家族は「考えている事がわかったのか」と反省する。

「お前は十分に魅力的だ」と言ってやるべきだが、占いの事ばかり気にかけていた自分達が言っても説得力がない。

 こういう時、今までの接し方を深く反省するべきだと思い知らされる。


 だが、ジュディスは家族の視線が嫌で部屋を出ていったわけではなかった。

 手に水晶玉を持って戻ってきた。


「どうした? 自分の事は占えないのではなかったのか?」


 ジュディスの父であるダニエルが娘に理由を問う。

 彼女には彼女なりに考えた答えがあった。


「お父様と……、お爺様……。二人を占う……」

「そうか! どちらかがお前とアイザックの結婚式でエスコートをしているところが見えれば、これから上手くいくという事だな」


 ランカスター伯爵の言葉に、ジュディスはコクリとうなずいて返した。


 ――自分自身を占えないのなら、家族を占えばいい。


 それが彼女の導き出した答えだった。

 父や祖父がアイザックの近くにいる時に、自分の姿も水晶に映っているかもしれない。

 映っていても、そばにいるだけで結婚しているという保証はない。

 だが、それでも期待ができるかどうかの差は大違いだ。

 占う力を積極的に活用しようと思ったのは初めてかもしれない。

 ジュディスなりに思い切った一歩だった。


「なら、私から占ってもらおう。父上の年齢では結婚式まで持たないかもしれないからな」

「おい」


 息子の残酷な一言を聞いて、ランカスター伯爵が睨む。

 しかし、それは否定できない言葉でもあった。

 それに当主ではないダニエルの方が、アイザックの傍で働いている可能性は高い。

 だから、睨むだけで済ませていた。


 ジュディスは、どちらからでもよかったので言われるがままダニエルから占う事にした。

 テーブルに水晶玉を置き、両手をかざす。

 家族の視線も、自然と水晶玉に集まった。


「えっ!」


 しばらくすると、ジュディスが驚きの声をあげた。

 その目は驚きで大きく見開かれている。


「どうした? 問題でもあったか?」


 ダニエルがジュディスに尋ねる。


「戦場で隣にいる……」

「戦場? あぁ、なんて事だ。またどこかと戦争になるのか。金を貯めておかないと……」

「今は鉱山収入があるから大丈夫でしょう」

「そうだったな」


 妻のローリーに指摘され、ダニエルはブランダー伯爵家からの慰謝料として、鉱山収入がある事を思い出した。

 何もしなくても大金が入ってくるとはいえ、ジュディスとマイケルの事があるので喜べない金だ。

 忘れてしまいたいという思いから、つい忘れがちになってしまう。


「エンフィールド公のおかげで軍資金には困らない。それに、近くにいるという事はきっと無事に帰ってこられるはずだ。覚悟さえ決まっていれば怖くはないよ」


 本当は戦争が怖かったが、ダニエルは強がった。

 金と策があるにも関わらず、怖がる姿を見せたくなかったからである。

 だが、ジュディスが驚いた理由を知れば、恐れおののいたかもしれない。


(なんで? なんで、アイザックくんが王家と戦っているの?)


 彼女が見たのは、ウェルロッド侯爵家とランカスター伯爵家の軍が、王家の正規軍と対峙している場面だった。


 その光景は――


「お父様がアイザックくんと一緒に戦っているという事は、きっと私はアイザックくんと結婚しているんだ」


 ――などと喜べるものではなかった。


 しかも、二人は今と顔が変わらない。

 つまり、そう遠くない時期に内戦が起きるという事だ。

 とんでもない未来を知ってしまった。

 王家とウェルロッド侯爵家の間に何があるのかわからないが、両家が決別する可能性が高い。

 とはいえ、この事は誰にも話す事ができない。

 未来は変わるものだとアイザックが語っていた。

 未来が変わった時、この占いの結果がアイザックの足を引っ張る事になるかもしれない。


 ――本人に確認してから、誰かに話すべきだろう。


 そう思ったので、ジュディスはどこと戦っているのかは言わなかった。

 次に祖父を占おうとする。

 そちらでは、違う結果が出るかもしれない。

 何かの間違いであることを願って、祖父を占う。


「そんなっ……」


 今度は玉座に座ったアイザックに、祖父が臣下の礼を取っているところが映っていた。

 つまり、今のままだとアイザックが王家に反旗を翻し、王家を打倒してしまうという事である。

 アイザックの事を愛しているが、この事を本当に黙ったままでいた方がいいのか迷い始める。

 彼女も王国貴族として、王家に一定の忠誠心は持っている。

 とんでもない未来を知ってしまい、安易な気持ちで占いに頼ろうとした事を後悔する。


「どうだ? 何が映った?」


 占いの結果を知らないランカスター伯爵は、期待を籠めてジュディスに尋ねる。

 あまりよくなさそうだという事だけは、聞く前からなんとなくわかっていたが、それでも聞かずにはいられない。


「お爺様が……、臣下の礼を取っていました……」

「あぁ、なんだ。そんな事か。お前がガッカリするのも無理はない。今はエンフィールド公爵家の外部相談役だが、その前に下で働かせてほしいと頼んだ事がある。何かの拍子に臣下の礼を取っていてもおかしくない」


 占いの結果を聞いて、ランカスター伯爵もガッカリしていた。

 アイザックの下で働かせてくれと頼んだ事があるのだ。

 将来的に、本当の部下になっていても不思議でも何でもない。

 外部相談役というのも、アイザックが年長者の面子を考えてくれたもの。

 アイザックが成人してからなら、部下として迎え入れてくれてもおかしくない。

 成人したアイザックの部下になるのなら、面子が傷つく事などないのだから。


 ランカスター伯爵は、ジュディスが語った未来を疑問に思わなかった。

 彼女が語った未来は、自分でも容易に想像できるものだったからだ。

 他の者達も似たような反応を示していた。

 だからこそ、ジュディスは絶対に話してはいけないと確信する。

 本当の事を教えた場合の反応が予想できないからだ。


(アイザックくんに何があったの? いったいどういう事なの? これから何が起きるというの? 本当に必要な事を知る事ができないんだもん。なんで、こんな力を持って生まれてきちゃったんだろう。もどかしいな……)


 ジュディスは誰にも言えない重大な秘密を抱えてしまった。

 その重さ故に、すぐにでも誰かに打ち明けたい気分だった。

 だが、それができない。

 恋焦がれて会いたいという気持ちだけではなく、違う意味でもすぐにアイザックと会いたいと思うようになっていた。

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