第356話 モーガンの不満
アイザックは、モーガンとマーガレットの二人と共に別室へ向かう。
移動中は気まずい沈黙が訪れていた。
モーガンの部屋に向かう廊下が、アイザックには死刑台へ向かう道のようにしか思えなかった。
部屋に着くと、モーガンは酒を用意させて人払いをする。
自分とマーガレットの分をグラスに乱暴に注ぐと、二人はグィッと呷るように飲んだ。
「大抵の事は酒の肴として飲み込める。だが、今日起きた事はさすがに飲み込めんな」
「そうですね。あまりにも多くの事があり過ぎました」
マーガレットがワインを注ぐ。
今度は呷るようには飲まず、ゆっくりと香りを楽しみながら飲み始める。
「まさか、まだアイザックがパメラの事を想い続けていたとはな。あぁ、誤解だとかの言い訳はいらん。それで、どこまで準備を進めているのか正直に話せ」
モーガンは余裕のない態度をアイザックに見せる。
普段であれば、もう少し回りくどい言い方をしていただろう。
だが、今回ばかりはストレートに話を聞きたがった。
アイザックは正直に話すべきかどうか迷った。
これはハンカチの問題など吹き飛ぶほどの大問題である。
正直に話せば、どうなるのかわからない。
しかし、一点気になるところがあった。
(どこまで準備を進めているのか正直に話せ? 本当にパメラの事が好きなのかとか聞いたり、王家への忠誠はどうしたとか怒る前に、なんでそんな事を聞くんだ?)
まずは叱る場面だ。
なのに、準備がどこまで整っているのか聞いてくる。
順序がおかしいとアイザックは感じた。
ならば、いっその事正直に話してしまった方がいいのではないかと考え始める。
どうせいつかは話さねばならないのだ。
少し早めに教えておく機会だと思う事にする。
「ある程度の目途が付きそうなところまでです。今はウィルメンテ侯爵家を重点的に味方に引き込もうとしているところです。説得ではなく、ウィルメンテ侯が気付かぬうちに、味方をしなければならない状況を作るという感じですが……」
とはいえ、いきなり全てを話したりはしない。
巻き添えにしても問題なさそうな者の名前を出し、まずは様子を見る。
「そうか。ウィンザー侯やウォリック侯ならば味方に引き入れやすいだろう。最も難しそうな相手から取り掛かっているというわけか」
モーガンは右手の人差し指でテーブルをトントンと叩く。
何かを考えている様子だった。
アイザックとしては――
「王家に知らせ、ウェルロッド侯爵家は見逃してもらうように要請する」
――と言われなければマシ。
そういう気分で、モーガンが何かを言うのを黙って待つしかなかった。
「肝心のパメラの方はどうなの? 力尽くで手に入れたら満足なの?」
モーガンが考え事をしているので、マーガレットが質問してきた。
「パメラさんとは良い感じの仲になれ……そうでした。今回の件で、女性に節操がないと思われてしまった事の弁明はしないといけないでしょう」
「それもそうね。女の立場からすると『私の事が好きだったんじゃないの? なんで、他の女に手を出しているのよ』と考えてしまうでしょうしね」
リサやティファニー、ブリジットの三人だけに手を出していたのならまだわかる。
だが、ロレッタやアマンダ達は彼女らに比べて付き合いが薄いので、どうしても手あたり次第に手を出しているという印象を与えてしまう。
マーガレットも、パメラがアイザックの事を軽蔑した事に一定の理解を示した。
アイザックも女にだらしないという印象を与えてしまった事はわかっているものの、度々そういう印象を与えていたので、誤解を解くのは難しいだろうと思っていた。
「やっぱり、学院で会うようになってから恋が再燃したの? ……あぁ。そういえば、ずっと前からパメラを手に入れるために頑張っていたのよね。質問を変えるわ。もしかして、鉄鉱石の取引の時から、パメラを奪うための実績を積み重ねようとしてきたの?」
「あれは父上に舐めた真似をしたデニスに思い知らせるためにやった事です。ブリジットさんと出会ってからは、エルフと交流を持ったという強みを活かそうと考えましたけど」
「なるほど……。だから、醤油や味噌が好きといってエルフの気を引こうとしていたのね」
アイザックは本当に醤油や味噌が好きなだけだが、どうやらそれは見せかけだと思われてしまったらしい。
マーガレットには美味しいものだとは思えなかったので仕方がない。
二人の会話を聞いていたモーガンが深い溜息を吐く。
「松茸を食べに森に入ったという話を聞いていたが、本当はエルフと接触するためだったのだな。まさか五歳の子供がそこまで計算して動いていたとは……。いや、昔から賢い子だとは思っていたが、そこまで行動的だとは思っていなかったというべきだろうな。パメラとの出会いが、ウェルロッド侯爵家の血を目覚めさせたというわけか……」
ワインを一口飲むと、モーガンが話を続ける。
「今までの行動がパメラのためだと考えれば合点がいく。鉄鉱石の取引でデニスに格の違いを思い知らせて手駒とする。そしてデニスを使って、傘下の貴族がメリンダに協力すると思わせて暴走させた。メリンダも、まさか有利な状況がアイザックに用意されていたとは思わなかっただろう。十歳式でネイサンを支持するのが極一部だったと知った時は、さぞかし絶望しただろうな」
モーガンは身を乗り出してアイザックの目をしっかりと見つめる。
「同じ事を王家にもしようとしているのか?」
彼の目には怒りや失望といった感情が含まれていない。
それが、アイザックには不思議だった。
しかし、それ故に正直に話しても大丈夫だろうという気持ちにさせられていた。
「……はい」
「そうか」
モーガンは腕を組み、椅子に深く腰掛ける。
だが、アイザックが思っていたよりも反応が薄い。
「王家への反逆を考えている」と聞かされれば、誰だって驚いて腰を抜かすはずだ。
なのに「さて、どうしようか」と考えるだけで済んでいる。
逆にアイザックの方が「どういう事だ」と驚かされてしまう。
「パメラが欲しかったのなら、戦後の論功行賞や今回の褒美でねだったりもできたのに……。いくら女の子の気持ちを大事にしたいといっても、それくらいしないと――」
マーガレットはそこまで言葉にしてから、ふと何かに気付いたかのように黙ってしまった。
「いや、それではダメだ。婚約者を奪われたジェイソンは、必ずアイザックに不満を持つ。今後の事を考えれば、ジェイソンに恨まれ続けるような真似はしたくないだろう。だから、パメラを奪ったあとか同時に、後腐れのないように王位も狙うといったところだろう。だから、褒美として求めなかったのだろうな」
マーガレットの代わりにモーガンが話を続ける。
自分の考えを見透かされてしまい、アイザックは震えた。
(事情を知られてしまえば、こんな簡単に見抜かれる程度の計画だったんだな……)
自分なりに一生懸命になって考えた事だが、線が繋がればあっさりと見抜かれてしまう程度のもの。
情けなくて泣きそうになる。
だが、最後くらいはちゃんとしなくてはならない。
今こそ、見栄を張らねばならない時だ。
「ティファニーを慰めるためとはいえ、あの一言であっさりバレてしまうような計画を立てた僕が悪いんです。どうぞ、陛下に報告してください」
「……なぜ報告せねばならんのだ?」
「は?」
――覚悟を決めたのに、その覚悟を無駄にする言葉が返ってきた。
アイザックは「謀反を考えていた馬鹿を差し出すから、ウェルロッド侯爵家は助けてくれ」と頼むものだと思っていた。
なのに、そんな事はしないという。
アイザックの頭に浮かんだのは「家族だから」という至ってシンプルな答えだった。
「跡継ぎの孫を失いたくないというものでしょうか?」
「それは一つの理由だな」
モーガンが、うむとうなずく。
だが、他にも理由があるというので、アイザックは続けて質問する。
「……今すぐパメラの事を諦めるのなら、わざわざ僕を差し出すような大事にする必要はないという事でしょうか?」
「それもある」
「…………どうせならロレッタ殿下あたりと婚約させて、家のために役立てた方がマシというものですか?」
「そういう考えもなくはないな」
モーガンは、またしても溜息を吐く。
「どうしてもっと簡単な答えが出せんのだ」
「簡単ですか?」
そうは言われても、この状況ではどうしても難しく考えてしまう。
簡単に考えるなら「家族だから」というものしか思い浮かばない。
だが、それは理由の一つらしいので、家族の情以外のものが大きく影響しているはずだ。
アイザックは、先ほどのモーガンの言葉を思い出した。
彼は「ジェイソン」と呼び捨てにしていた。
「……王家が嫌いなのでしょうか?」
「その通りだ」
モーガンは「ようやくわかったか」という顔をする。
その顔を見て、アイザックはこの日何度目かの驚きを覚えた。
「いや、えっ、あの、えっ……。謝罪をあっさり受け入れたりするなど、関係は良好のように見えましたが……」
「人前で『お前が嫌いだ』などという態度を表に出せるものか。不満は胸の内に秘めておる。それに、不満があるのは私だけではない。文官、武官問わず、エリアスに不満を持っている者はいる。まぁ、大体はお前のせいだがな」
「僕のですか!?」
(今日だけで一生分驚いたような気がするな……)
しかも、まだ驚かされそうな感じである。
だが、これは嬉しい驚きだった。
アイザックは、一日の最後を笑顔で終われそうな気がしていた。
「ほう、かの有名なエンフィールド公も知らぬ事があるらしい。だがまぁ、それも仕方のない事か。学生の身では王宮内の事を知るすべがない。私も話しておらんしな」
アイザックの知らない事を知っているとわかり、モーガンは勝ち誇ったような表情を見せる。
「エリアスはな。事あるごとにお前の事を持ち出すのだ。例えば武官に『フォード元帥やフォード四天王もたいした事はなかったな。十四歳の子供に負けるくらいだ』といった感じでな。その時、武官がどう思ったかはわかるだろう?」
「間接的に『お前たちは子供にすら劣る』そう言われているように感じた者もいるでしょうね」
「そうだ。まぁ、中には一人で戦争を終わらせたお前に逆恨みをする者もいるだろうが、大方は無神経な発言をするエリアスに不満を持っている」
モーガンも無神経な事を言われた事を根に持っているのだろう。
もう「陛下」や「殿下」と付けなくなっている。
「お爺様もですか?」
「あぁ……」
自分の事になると、モーガンは一度口籠った。
だが、アイザックに話すべきだろうと思い、口を開く。
「今のリード王国で外交交渉を行うのは非常に難しい。これもお前のせいだな。他国に譲歩させるカードはいくらでもあるが、他国に譲歩するカードがない。あまりにも有利過ぎる今の状況。それがなぜ難しいのかはわかるな?」
モーガンは、アイザックに問題を出すかのような質問の仕方をする。
アイザックでも、これはテストだという事がわかった。
この程度の事も答えられないのなら、危険を冒してパメラを手に入れようする事などできるはずがないと思われているのだろう。
ここでモーガンが求める答えを、ちゃんと答えなければいけないとアイザックは気を引き締める。
「一度や二度なら、こちらが有利な条件を突きつけるのはいいでしょう。ですが、それが続くと不満を持つようになります。『援軍を出して助けてやっているのだから、もっといい条件を出せ』と増長してしまえば、いつかは今の同盟国が連合を組んで敵国になりかねません。適度に相手を満足させる取引などもしなくてはならないでしょう。相手に『今回は譲ろう』と言えるネタは、リード王国の安全と繁栄のためにも必要なものだと思います」
「うむ、その通りだ」
モーガンがうなずく。
どうやら、アイザックの答えに満足してくれたらしい。
「お前が気球を会議室に飛び込ませた日。あの日は他国から使節団を呼び寄せていただろう。あれは私が提案したものだ。リード王国を取り巻く状況があまりにも有利過ぎる。その理由の一つがエルフやドワーフと交流を持っているというものだ。だから、他国にもエルフやドワーフとの付き合い方を教えてやろうと思ったのだ」
それからモーガンは、その理由を話し始めた。
ドワーフは国単位で集まって暮らしているが、エルフは村単位で暮らしている。
せいぜいが小さな地方豪族程度の規模でしかない。
そのため、エルフは各国と国境を接する場所に住んでいたり、国内に存在する大きな森の中に住んでいたりする。
だが、交流がないため、何を考えているのか。
どんな思いを人間に対して持っているのかわからない。
何を考えているのかわからない者達が、すぐ隣に住んでいるのは恐ろしい事だった。
そこで、モーガンはエルフとの付き合い方を同盟国に教える事にした。
これにより、当面の間は他国に譲歩するネタの不足に困らずに済む。
そして、人間とエルフが仲良くする方法を積極的に教える事で、リード王国の名声を高める事ができる。
名声を求めるエリアスにとっても悪い話ではなかった。
「この提案はいかがでしょうかと聞いた時、奴はなんと言ったと思う? 『ほう、良さそうな案ではないか。エンフィールド公が考えたのか?』だ。ふざけるな!」
エリアスに言われた時の事を思い出したのだろう。
モーガンがテーブルに拳を叩きつけた。
空になったワイングラスが倒れて割れる。
音で反射的にビクリとするが、ワイングラスが割れてもアイザックは気にならない状況だった。
もっと気になる事が目の前で起きているからだ。
聞き洩らさないよう、ジッと祖父の言葉を待つ。
「エルフやドワーフと交流するきっかけを作ったのはアイザックだ。そして、交流したいと思わせる条件を用意したのもアイザックだ。だから、アイザックの事を評価するのはわかる。だがな、そこから交流再開を実現可能な状態にしたのは誰だ? 友好的な関係を長期的に続けられる条件を作ったのは誰だ? それはアイザックではない。私達だ!」
モーガンの語気が、段々と荒くなっていく。
祖父がヒートアップしていく様を、アイザックは真剣な表情で見守っていた。
「そして、あやつはお前がドラゴンを大人しくさせたと聞いて『エンフィールド公が卒業すれば、すぐにでも引退できるな』などとぬかしおった! まるでお前がいれば、私は用済みだと言わんばかりにな! なぜ何もしないあやつが賢王と呼ばれているのか? それは多くの貴族が頑張っているおかげだ。それを忘れ、お前一人がいればいいという態度を取るのが気に食わん! なぜあのような者に、可愛い孫を突き出さねばならん。昔ならともかく、今のあやつにそこまでしてやる義理などない!」
一つ一つの言葉なら許せていても、積み重なった不満で許せなかったのだろう。
エリアスはアイザックとは逆に、臣下の不満を溜めてしまっていたらしい。
モーガンの言葉は、ここ最近で最も嬉しい言葉だった。
――貴族の心がエリアスから離れている。
――しかも、祖父も含めて。
てっきりパメラの事で頭を悩ます姿を見るハメになると思っていたが、正反対の姿を見る事になった。
――まさに僥倖。
このような幸運に巡り合う事など、もう二度とないかもしれない。
だが、さすがに二人の前で喜ぶ事などできない。
唇を噛んで、笑いそうになるのを堪える。
その姿は、モーガンとマーガレットには「祖父をコケにされて悔しがっている孫の姿」に見えていた。
グラスが割れてしまっているので、モーガンはビンから直接ワインを一口飲む。
そして、一度深呼吸をして心を落ち着かせる。
「正直なところ、ジェイソンの事もどうでもよくなっている。お前がパメラを欲するのなら好きにしろ。だが、ウェルロッド侯爵家を潰すような真似だけは認められん。お前とて、ケンドラを処刑台に立たせるような真似はしたくはないだろう?」
いくらエリアスが気に入らなくても、さすがに家の命運をかけてまでアイザックの行動を許すつもりなど、モーガンにはない。
だから、そこはしっかりと釘を刺しておく。
「もちろん、そのような真似はしたくありません。計画の目途が立たなければ諦めるつもりでした。……しかし、お爺様が不満を持たれるのはともかくとして、お婆様はどうなのでしょうか? やはり、王家への忠誠で板挟みになったりされているのではありませんか?」
計画の事を話したかったが、その前にアイザックはマーガレットの事が心配になった。
モーガンが仕事の愚痴を妻にこぼしていたとしても、ここまで大事になりそうな話となれば別だ。
上司への愚痴なら見過ごせるが、王家への反逆となれば普通は見過ごせない。
アイザックは祖母から王家に通報される可能性を恐れていた。
マーガレットは、アイザックに心配されているのがわかって微笑む。
その不敵な笑みは、アイザックにビクリとさせる。
「なんで私がリード王家に知らせるかどうか迷っていると思うの? 王家に忠誠を誓っている事は確かですが、それはファーティル王家です。リード王家ではありません。なんでわざわざリード王家に知らせねばならないのです」
だが、その心配は必要なかった。
モーガンが彼女の前で話していたのは、彼女が話を漏らす心配がないからだったのだ。
それには理由がある。
「……お婆様は王妃殿下と仲が良いのでは?」
「そうよ。王妃殿下には良くしていただいています。でも、家族ではないわ。家族と友人なら、どちらを選ぶか考えるまでもないでしょう」
「えぇ……」
あまりにもドライな考えに、アイザックは引いた。
自分にとって好都合ではあるが、あまりにも衝撃的なセリフだったからだ。
「私はウェルロッド侯爵家に嫁いでからは、ウェルロッド侯爵家の事を第一に考えています。その次にソーニクロフト侯爵家の事ですよ。血筋の存続を第一に考えて何が悪いのです。今まで私がやってきた事は、ウェルロッド侯爵家を存続させ、安定させるためです。それが引いてはソーニクロフト侯爵家を助け、ファーティル王国を助ける事にもなりますからね。物事には優先順位があります。リード王家は、さほど順位が高くないというだけよ」
マーガレットは、アイザックに理由を説明する。
しかし、それはそれでドライな考え方をしていると強調するだけに終わった。
だが、その考えが間違っているわけではない。
家の存続は貴族にとって基本的な考えである。
大なり小なり誰もが持っているもの。
彼女は、それを隠す事なく話しただけ。
これは「自分は味方だ」というアイザックへの親切心で話しただけだった。
「アイザック、お前がどんな事を考えているのかはわからん。だが、教えてくれれば、場合によっては協力してやれるかもしれんぞ。私としても、どうせならあんな男よりもお前の下で働きたい。文官の働きをちゃんと認めてくれる男の下でな」
「お爺様……」
――自分はそんな立派な男ではない。
そう言って否定したいところだが、祖父にそこまで言ってもらえた感動の方が強い。
アイザックは前世で「こんな事を上司にされて嫌だったな」と思っていた事をやらなかっただけだ。
そういった行動が評価され、自分の下で働きたいと言ってくれた。
今までの苦労が報われたような気がして、涙がこぼれ落ちてしまいそうになる。
アイザックは考えていた計画を話そうとした。
だが、部屋の扉をノックする音で中断させられた。
「父上、アイザックを叱るのであれば私も同席させてください」
ランドルフの声が聞こえる。
父親としてアイザックを一緒に叱りにきたのだろう。
「詳しい話は、また今度だな」
「そうですね」
モーガンに言われずとも、ランドルフに話すつもりはなかった。
良くも悪くも、こういう話に向いていない性格である。
モーガン達と話し合ったあとならともかく、今の段階で話す相手ではなかった。
「入れ」
ランドルフに関しては後回しにするという共通の認識を確認すると、モーガンはランドルフに入室を許した。
「そこに座れ」
そして、アイザックの隣に座るようにうながす。
ランドルフは言われるがままに、指定された席に座る。
「ちょうどよかった。お前を呼ぼうと思っていたところだ」
もちろん、これは嘘である。
だが、ランドルフに話があったというのは嘘ではなかった。
「なぜお前が話を止めなかった! 父親であるお前の役割だろう!」
「えっ、私がですか……」
いきなり思っていたのとは違う方向に話が逸れてしまい、ランドルフは戸惑いを見せる。
「もし、アイザックが誰かに『責任を取る』とでも言っていたらどうする? 後日説明させていただきますくらい言うべきだろう。もしや、メリンダの時の事を忘れたわけではあるまいな?」
「いえ、それは忘れておりません……」
そのように言い訳するものの、ランドルフの目が泳ぐ。
彼はかつてロックウェル王国から送り返されたメリンダに「僕が引き取るよ」と公の場で言ってしまった。
そのため、メリンダを娶らねばならなくなってしまった。
今回のアイザックも似たような立場だった。
誰かに「ハンカチを受け取って、期待させてしまった責任を取る」と一言でも漏らしてしまっていれば、リサがルシアのような立場になっていたかもしれない。
経験者であるランドルフ本人が、そうならないように立ち回るべきだった。
モーガンは、その事を咎めている。
「アイザックを叱りにきたのは結構。だが、自分の行いを棚に上げてもらっては困るな。過去を悔い改め、息子に同じ道を歩ませないように指摘してやるべきだろう。お前も反省しなさい」
「はい、それはその通りです……」
――アイザックを叱りにきたら、自分が叱られる流れになってしまった。
ランドルフは肩身の狭い思いをする。
その姿を見て、アイザックは懐かしい思いを感じていた。
(そういえば、ブリジットの膝蹴り事件のあとに一緒に怒られたっけ)
共通の思い出といえば聞こえはいいが、内容自体はあまりいい思い出ではない。
だが、今回は違う。
見かけ上は叱られている振りをしているが、アイザックには心強い味方を得られるチャンスだった。
家族の協力を得る方法は思い浮かばなかったので、この千載一遇のチャンスをなんとしてでも掴みたい。
そして何よりも、今回の一件は悪い事ばかりではなかったとわかった事が、アイザックにとって大きな心の助けとなっていた。
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