第354話 ティファニーの誤解に気付かされる

 ロレッタとアマンダの衝突のあとも、残念ながらパーティーは続く。

 アイザックは主役なので、さっさと家に帰る事もできない。

 気まずい雰囲気のまま家族と共に貴族達の挨拶を受ける。

 当然、その中には見知った顔もあった。


「なんだか大変そうだったね。いつかこうなるだろうとは思ってたけど……」


 両親と共に挨拶したあと、心配そうな顔をしたレイモンドが話しかけてきた。

 その内容はアイザックにとって、ウェルロッド侯爵家関係者にとって触れてほしくないものだ。

 しかし、友人としてどうしても触れてしまう内容でもあった。


「思ってたんなら教えてくれても……」

「あの様子だと、ロレッタ殿下以外からもハンカチを受け取ってたんだろ? 僕にはそこまで予想できなかったよ。女性関係で問題を起こしそうだなって思ってただけさ」

「エンフィールド公は女子に人気がありますからね」


 アビゲイルは呆れたような表情だった。

 彼女は「ティファニーが好きなのに、他の子にも良い顔するなんて」と思っていた。

 だから、今回のアイザックの行動には呆れるばかりだ。


「好きな相手がいるのなら、誰にでも気があるような素振りをしていたらダメですよ。誰だって自分にだけ優しいとか、特別な対応をしてほしいものなんですから」

「それはそうなのかもしれないけど……」


 アイザックは答えてから気付く。


「えっ、なんでその事を知ってるんです?」


(俺がパメラの事を好きだって知られているのか!? ヤベェ、マジかよ!)


 先ほどの状況も恐ろしいが、一番知られてはいけない事を知られたという事の方が恐ろしい。

 彼女もレイモンドの出世のために、アイザックの秘密をベラベラと喋らないはずだ。

 知られているのがアビゲイルというのが、唯一の救いだろうか。


「僕達はみんな知ってるよ。あんなわかりやすい態度を取ってたんだから、隠す気なんてなかったんだろ?」

「えぇ……」


 レイモンドの言う僕達・・がどの範囲かはわからないが、少なくとも親しい友人には知られていると考えた方がいいだろう。

 予想以上にバレバレだった事に、アイザックの背中に冷や汗が流れる。


「もしかして、あれで気付かれていないと思ってたの? だとすると……、恋愛に関してはからっきしだね」

「いや、まぁ特別優れているとは思わないけど……。そこまでダメかな?」

「隠せてないからね。仕事はできるから、恋愛にも慣れたら大丈夫なんじゃないかな。婚約者ができるのも遅かったし、こればっかりは仕方ないのかもね」


 いつまでもレイモンドだけと話しているわけにもいかないので、これで話を切り上げた。

 他の友人達も挨拶にきたが「こいつらも俺がパメラの事を好きなのを知っているのか」と、顔を合わせるたびに気が気ではなかった。

 友人達との挨拶が一通り終わるかという時。

 今、最も来てほしくない相手がやってきた。


「アイザックくん、見てたよ。ドラゴンと話し合いをしたって事よりも、ロレッタちゃん達の事の方がびっくりしちゃった。やっぱり恋多き男の子だね」

「ニコル! エンフィールド公やウェルロッド侯爵家の方々の前なのですよ。言葉に気を付けなさい」


 場をわきまえないニコルの発言を、同行していた母のジェニファーが咎める。

 彼女の顔は蒼白となっていた。

 それもそのはず。

 今のアイザックは王族に次ぐ地位にあり、アイザックの周囲にはウェルロッド侯爵家の面々がいる。

 リード王国有数の有力者相手に、公の場で失礼な態度を取っているのだ。

 いくらニコルが美しい娘でも、叱られる程度で済むはずがない。

「貴族として叩き潰される」という覚悟までしていた。


「あっ、そっかぁ。でも、アイザックくんは厳しい事を言わないよね?」


 だが、肝心のニコルはというと、母とは違い余裕の笑みを浮かべていた。


(こいつ……。俺が指摘すれば、パメラの事をばらすって脅してるのか?)


 アイザックには、ニコルの態度の理由が自分の秘密を握っているからだとしか思えなかった。

おかげで「無礼者」と言えなくなってしまっている。

 厄介な相手に、厄介な秘密を握られてしまった。


「……そうですね。ネトルホールズ女男爵には、エッセンシャルオイルなどで助けてもらってますし……。ですが、公の場では控えていただきたいですね。周囲に礼儀作法も知らない馬鹿だと思われて困るのは、あなたなんですよ。堅苦しいと思われるかもしれませんが、場にそぐわない態度は改めた方がいいでしょう」


 とはいえ、アイザックもこんな態度を取られたまま何も言わないわけにはいかない。

 やんわりとニコルをたしなめる。

 アイザックの態度に、ニコルは渋い顔をしていた。


「へー、アイザックくんはそういう考えなんだぁ……。ジェイソンくんは何も言わなかったけど、やっぱり人によるのかな? わかった。これから気を付けるね」

「ええ、ご自分のためにもそうされた方がいいでしょう」


 アイザックはそう答えながらも「こいつ、頭大丈夫か?」と心配してしまう。

 いくら可愛く思われているからと言えども限度があるはずだ。

 天真爛漫な娘という評価で済む範囲を超えている。

 こんな態度を許しているジェイソンもどうかと思う。

 好きな相手であればこそ、恥をかかさないように気を付けてやるべきだ。

 本当にニコルの事を好きなのか疑問に思えてくる。


「じゃあ、また学校で」


 そう言い残して、ニコルはこの場を去っていった。

 彼女の向かう先にはジェイソンがいた。

 ジェニファーがアイザックに何度も頭を下げながら娘についていく。

 それにしても、パメラがいるにも関わらずジェイソンと接触しようとするとは、なかなか剛毅なものである。

 その度胸だけは見習いたいものだ。


 しかし、そんな事を考えている場合ではなかった。

 モーガンがアイザックの肩に手を置き、耳打ちする。


「家に帰って話す事が増えたな」

「べ、別に何も……」


 ――レイモンドと話していた「好きな相手」と、ニコルが言った「恋多き男の子」という言葉。


 この新事実は到底無視できるものではない。

 家族として、確認しておかなくてはならないものであった。



 ----------



 パーティーが終わると、ハリファックス子爵家やバートン男爵家の面々と共に屋敷に戻る。

 モーガン達大人は酒を飲んでいたはずだが、彼らに酔った様子はない。

 やはり、アイザックの問題が大きく影響していた。

 この問題を解決しなければ、酔うに酔えない。

 酒を飲んでいても、嫌でも酔いを醒まさせられる。


 家族だけの話し合いをするはずだったが、リサの強い要望によってブリジットも同席している。

 彼女の付き添いとして、クロードも同席していた。


「今回の件で、少しの朗報と大きな悲報が判明した」


 この厄介な状況に触れたくはない。

 だが、触れねばならない。

 ウェルロッド侯爵家当主として、モーガンが最初に口を開く。


「ロレッタ殿下達の件を考えるのは辛い。だが、避ける事はできない事でもある。だから、まずは良い事から触れよう」


 モーガンはリサとティファニーを見る。


「かつてアイザックに『ネトルホールズ女男爵が好きなのか?』と聞いた事がある。その時『まったく美しいとは思わない。リサとティファニーの方が美人で好みだ』とアイザックは答えていた」


 その言葉を聞いて、リサは頬を赤く染めながらも不思議そうに首をかしげ、ティファニーは顔を真っ赤にしてうつむいた。

 他の者の反応は、まちまちだったが、大方がリサと同じように首をかしげていた。

 気楽な者は「まぁ」と微笑ましい話を聞いたという反応をする。


「その時、私は『あぁ、この子は美意識が欠けているのだな』と思った。あぁ、リサとティファニーの事を悪く言っているわけではない。ネトルホールズ女男爵の事を美しいと思えないというところに関して言いたかっただけだ。悪く思わんでくれ」


 モーガンは「悪口を言うつもりはない」と、ハリファックス子爵やバートン男爵に誤解せぬよう伝えておく。

 だが、彼らはモーガンが「リサやティファニーは、ニコルに比べて地味だな」と思っている事がわかっていた。

 それは彼ら自身も「ニコルと比べると、うちの娘は……」と、嫌でも認めざるを得ないほどの差がある事を理解していたからだ。

 パーティーでニコルを直に見たという事もあり、その思いは誰もが持っていた。

 リサやティファニーですら、自分とニコルとの美しさの差を思い知らされていたくらいだった。


「しかし、アイザックの美意識はおかしくなかったという事がわかった。ロレッタ殿下も、アマンダも、ジュディスも、それぞれ個性的でとても魅力的な女性達だ。彼女らに粉をかけるだけの美意識は持ち合わせているという証明だろう」


 モーガンは半ばヤケになっていた。

 自嘲気味に話しているのが、その証拠である。

 こうして無理にでも「良い事もあった」と思わなくてはやっていられない。

 それほどまでに、悪い事が心に重くのしかかる。


「リサやティファニーも魅力的ですよ」

「彼女らが魅力的ではないという意味で言ったわけではない。そこは勘違いするな」


 アイザックが二人を庇うと、モーガンは「ブスだと言ったわけではない」と説明する。

 そして、溜息を吐く。


「そうやって庇う優しさが誤解を生むのだろう。私自身、今日は庇われた。……まさか褒美として謝罪を要求するとは思わなかったから、あれには驚かされるばかりだったがな」


 アイザックには感謝をしているが、それ以上に「この状況をなんとかしないといけない」という使命感から、アイザックに厳しい追及もしなくてはいけない。

 モーガンもどこから話を始めればいいのかわからず、かなり混乱していた。 

 だが、なんとかしようと話を進める。


「さて、悪い事はアイザックには節操がないと判明した事だ。皆もアイザックが友人と話していたのを聞いただろう? アイザックには好きな人・・・・がいるそうだ。それがリサの事ならよかったが、ネトルホールズ女男爵の言葉を聞く限りでは、リサ以外に好きな相手がいる。しかも、それはおそらくロレッタ殿下達以外の事だろう。彼女達がアイザックに好意を持っている事は明白。両想いであれば、お互いの事をよく知らなくとも婚約を認めてほしいと言っていたはずだ。彼女達以外の誰かに意中の人物がいる」


 この場を逃れられないか考えていた時、アイザックの脳裏に一つの可能性が思い浮かぶ。


(……あれっ? パメラもハンカチをくれていたって事は、褒美として望んでほしかったって事か? もしかして、もうジェイソンを見限っていた? ジェイソンもニコルに心が移っているみたいだから、パメラを貰っても問題は起きなかった? ……ひょっとして、穏便に済ませる絶好のチャンスを俺は無駄にしたのか?)


 今更後悔しても遅いのだが、アイザックは丸く収まりそうな機会を逃した事に気付く。

 パメラからのみハンカチを受け取っていれば、今頃は反乱など考えなくても済む状況だったかもしれない。

「お互いの事を知らない相手を求める事はできない」というのは、あの場を逃れるための方便だった。

 彼女であれば、アイザックは褒美として求めていただろう。

 バレンタインデーの話を忘れていたのが心底悔やまれる。


「アイザック、私達は味方だ。お前を最大限サポートしてやる。だが、正直な気持ちを教えてくれねばどうしようもない。お前は誰の事が好きなのだ? それが誰かなのかを教えてくれ」


 モーガンがアイザックに好きな相手を答えるように求めた。

 これは当然の行動である。

 アイザックの心が誰にあるのかわからねば、モーガンも行動できない。

 その相手次第で、ロレッタ達への対応も変わる。

 どうするにしても、アイザックから話を聞かねばならなかった。

 しかし、それはアイザックにとって最大級の難問でもあった。


(パメラが好きだなんて言えねぇよ……)


 そんな事を言ってしまえば、そこから色々と勘繰られるかもしれない。


「いや、それは……」


 アイザックとしても家族の手助けは欲しいが、本命の事だけは言えなかった。

 さすがに大問題になる。

 だが「みんな大好きで選べない」と答えて誤魔化す事もできない。

 そんな事を言ってしまえば、曾祖父と違う形で家庭内で孤立するだろう。

 それはアイザックとしても避けたかった。


 ――状況を打開するには話した方がいいとわかっているのに話せない。


 アイザックは迷うばかりで、答える事ができなかった。

 大人達もアイザックが答えねばどうしようもない。

 気まずい沈黙の時間が過ぎていく。


「ねぇ、ティファニー。あなたなら何か知っているんじゃないの? アイザックの友達だけではなく、ネトルホールズ女男爵も知っているくらいだもの。同じクラスのあなたなら気付いた事もあるでしょう? 確信がなくても予想でいいから教えなさい」


 ここで痺れを切らしたマーガレットが動く。

 本人が言わないのなら、相手を知っていそうな者に聞くだけだ。

 マーガレットに尋ねられたティファニーは、見ていて哀れになるくらい狼狽している。

「アイザックが好きな相手を知っている」と、彼女の態度がこれ以上ないほどはっきりと語っていた。

 彼女は顔を赤らめ、周囲を見回し、最後にアイザックを見る。


「私の口からは、その……。アイザックが自分で言ってよ」


 ティファニーは、アイザックに話を振る。

 いくらマーガレットに問われても、自分の口からは言いにくい内容だからだ。


「いや、そんな事を言われても……。やっぱり、言えないよ」


 しかし、アイザックは話す事を渋る。

 パメラの婚約者がフレッドであれば、遠慮なく言えただろう。

 だが、実際の婚約者はジェイソンだ。

 王太子の婚約者に横恋慕しているなどとは言えなかった。

 そんな事を言えば家族は戸惑うだろう。

 ジェイソンが致命的な失態を犯し「それも仕方ない」と思ってもらえるチャンスが訪れるまでは、絶対に言えなかった。


「……いくじなし」


 ティファニーが小さく不満を呟く。

 その言葉は、彼女の隣に座るカレンにだけ聞こえていた。

 カレンも「確かに」と思ったが、このあとすぐにティファニーが不満を持った意味を理解する事になる。


「ティファニー、知っているなら教えてくれ。これはアイザックのためにも必要な事なのだ。ウェルロッド侯爵家の当主として、正式に要請する」


 ティファニーが知っているとわかると、モーガンも彼女に教えてくれるように頼む。

 親族ではなく、上位貴族としての立場を利用してでも聞き出そうと必死になっていた。

 その必死な態度と、アイザックのためという言葉がティファニーを動かした。


「実はアイザックが好きな人は――」

「ティファニー、ストップ。やめてくれ」


 アイザックが止めようとするが、ティファニーの言葉は止まらなかった。


「――私なんです」

「なんだと!」


 ティファニーの告白に、彼女以外の全員・・が驚いた。

 みんなに驚かれたので、ティファニーは慌てて事情を説明する。

「自意識過剰な女だ」と思われたくなかったからだ。


「チャールズに別れを告げられた時の事ですけど……」


 それから、ティファニーはチャールズを殴ったあと、アイザックが話した事を説明し始める。

 その内容は衝撃的なものだった。


 ――アイザックが好きだと思った時には、その相手にはすでに婚約者がいた。

 ――その婚約者から、好きな人を奪っても文句を言われない男になろうと頑張っていた。

 ――「自分にもそう遠くないうちにふさわしい男が現れる」と話してくれた。

 ――「大切な人だ」と言ってくれた。

 ――「婚約者に捨てられた相手にどういう対応をするのか?」と聞いたら「相手が失恋から立ち直るまで待つ」と話した事。

 ――「ティファニーが婚約してから十年間待ったんだから、あと何年待つのも平気だ」と語った事。


 ティファニーの話す内容は、どれもがアイザックがティファニーを強く想っているのだと思わされるものだった。


(いや、お前が婚約してから十年とか言ってねぇから! どこでそうなった!)


 アイザックだけはツッコミたい気持ちでいっぱいだったが、そこまでの話の流れを考えればティファニーが勘違いしてもおかしくないものだと気付く。

 あの場にいた者達みんながそう思ってしまったのも無理はない。

 アビゲイルの発言も、アイザックがパメラの事を好きだと気付いたのではなく、ティファニーの事を好きだと思っての発言だったのだろう。

 少しだけ気が楽になるが、目の前の状況がすぐにアイザックの気分を沈ませる。


「アイザックは本当に卑怯だと思いました。私が『アイザックの気持ちには応えられない』って言おうとしても、言わせてくれませんでしたし……」


(あぁっっっ! 恋愛漫画の真似なんかするんじゃなかった!)


 ――モテ男っぽいムーブをしていたら、誤解を解く肝心なセリフを聞き逃した。


 恥ずかしさと後悔から、アイザックは両手で頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

 耳まで真っ赤になっている。

 その姿を見て、ランドルフは「おやおや」と呟き、ルシアは「あらまぁ」と優しく微笑んでいた。

 他の者達も似たようなものだった。

 リサも「私と婚約した理由を考えたら、身近にいたティファニーを好きになるのも当然か」と、この事実を受け止めていた。

 バートン男爵やアデラも、リサと似たような事を考えていたので「娘をないがしろにして!」と思ったりはしなかった。

 だが、二人だけ他の者達と違った反応を見せた者達がいた。


「な、なるほど……」

「ま、まぁティファニーならいいんじゃない。ティファニーなら」


 ――モーガンとマーガレットだ。


 彼らは、アイザックが本当に好きな相手がわかってしまった。

 なぜなら、彼らはアイザックが今までにないほど強い執着を見せた相手を知っているからだ。

 そして、その現場に居合わせていた。


 今の話を聞く限り、一見ティファニーの事が好きなように思える。

 だが、それはティファニーの事を家族として・・・・・大切に思っているだけだろう。


 ティファニーの一件は去年の事。

 そこから十年前に遡れば、パメラと出会った時期も近い。

 二人は「十年間待った」と言ったのは事実でも「ティファニーが」の部分は、ティファニーの覚え違いによるものだろうと考えた。

 勘違いしていたので、客観的な説明ができなかったのだろうと。


 モーガンとマーガレットは顔を見合わせる。

 二人とも口を半開きにし、目を見開いて顔色は蒼白だった。

 お互いの反応を見て「自分の考えは正しかった」と再確認する。


「ティファニーならいいんじゃない」というのは、他の者に気付かれるわけにはいかない内容なので、マーガレットが願望混じりに言った言葉だった。

 しかし、他の者達にはそうは思わなかった。


 ――マーガレットからは許可が出た。


 そう受け取られた。


「なら、決まりですな。ティファニーもアイザックの事をよく知っているし、嫌いではないだろう? ならば、婚約するのに問題はない」

「ええっ、でも……」

「どうしたの? アイザックの事が嫌い?」

「嫌いじゃないけど……。それどころか、ドラゴンを大人しくさせた褒美として求められるなんて絵本みたいな事になったら……、チャールズの事を忘れられるかもとは思ったけど……」


 ハリファックス子爵夫妻に問われ、ティファニーも実はまんざらでもなかったという反応をする。

 その姿を見て、アイザックは自分が追い詰められている事を嫌というほど思い知らされる。


(あれぇ……。これでティファニーの事じゃなく、パメラが好きだって知られたらどうなるんだ? 絶対にヤバイ事になるよな……)


 ここまで期待されているのだ。

 本当は違ったなどと知ったら、勘違いしたティファニーの立場がない。

 前世なら「実はドッキリでしたー」と、一時的にはひんしゅくを買うものの、この場を誤魔化せそうな方法も使えない。

 人をドッキリさせる番組なんて存在しないからだ。


(いや、いけるか!)


 アイザックが思い出したのは、祖父のサプライズだった。

 ランカスター伯爵から教えてもらった家族とのふれあい方。

 ああやって驚かすのがありならば、自分がやってもいいのではないかとアイザックは考える。


(ダメだ。さすがに今回はダメだろう。爺さんの時も論外だという反応だったし……。どうすればいいんだ……)


 アイザックは、ティファニーをもう一度見る。

 今度は彼女と目が合った。

 照れてすぐに視線を逸らされてしまう。


(これって責任を取った方がいいのか? 確かに嫌いじゃないけど、どちらかというと好きだけど家族としての好きだし……)


 ティファニーは家族に話した事で吹っ切れて、かなり本気になっているようだ。

 ここで「違います」なんて言える雰囲気ではない。

 パメラを第一夫人、ティファニーを第二夫人、リサを第三夫人とする方向で動くのもやむを得ないかもしれないと考え始める。


「でも、アイザックは考える時間を作ってくれたから……。だから、焦らずに考える時間を作ろうと思ってるの。一時の感情で動かず、ちゃんと考えたうえで答えを出したい。それが私にもできる精一杯の誠意の見せ方だと思うから」


 ティファニーの返事を聞いて、ハリファックス子爵達は残念そうにする。

 他の女にあっさりなびくチャールズなどよりも、一本筋の通ったアイザックを選んでほしかったからだ。

 家柄や実績などではなく、一人の男としてどちらが良いかなど、彼らには比べるまでもないものだと思っている。

 ティファニーの答えは、彼らにとって非常に残念なものだった。


「えっと、アイザックがティファニーの事を好きだったっていうのはわかったんだけど……。問題の原因になったハンカチってなんだったの? 謁見の間でも大問題みたいになってたけど。そこのところを教えてほしいんですけど」


 ここで今まで黙って事態を見守っていたブリジットが、ずっと抱えていた疑問を投げかける。

 今まで「なにか大事になっている」とは思っていても、なかなか聞けなかった。

 話が一段落したところで、聞いておこうと思ったのだ。


 ハンカチの話は、アイザックにとって触れてほしくないものだった。

 残念な事に、ハンカチ問題からは逃げたくても逃げられない。

 それほど重要な問題であった。

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