第352話 家族からの追及
気まずいムードを残したまま、一同はパーティー会場へと移動する。
アイザックの周囲には家族の他に、ハリファックス子爵家とバートン男爵家の面々が集まっていた。
みんなそわそわとしていたが、その中でもリサとティファニーの様子がおかしい。
残念な事に、アイザックには心当たりがあった。
他の者達が近寄ってくる前に、モーガンがアイザックに小声で話しかける。
身内以外の者には聞かれたくない内容だったからだ。
「アイザック、私の面子に関して考えてくれていたのは嬉しい。感謝する。だが、その事を話すよりも、今後のためにも一つ確認しておきたい」
「……なんでしょうか?」
アイザックには嫌な予感しかしなかった。
「せめてリサやティファニーのいないところで聞いてくれ」と言いたかったが、それはできない。
後回しにして、これ以上悲惨な状況を招いたりする事は避けたかったからだ。
「ロレッタ殿下からハンカチを受け取ったのは、私が近衛騎士の話をしたあとの事だった。つまり『まともな護衛もなく送り出され、心細かったから受け取った』と言ったのは明らかにおかしい」
アイザックは、そっとモーガンから視線を逸らして床を見る。
その態度が「後ろめたい事があります」と雄弁に語っていた。
「……あなた、他の娘からもハンカチを受け取っていたんでしょう。しかも、その娘はあの場のどこかにいた。陛下が殿下の事を持ち出したから、慌てて誤魔化そうとした。そうじゃないの?」
マーガレットが鋭い指摘をする。
「うっかり忘れていた」という事が抜けている以外は、まったくもってその通りだった。
さらにアイザックが動揺を見せる。
その姿を見て、マーガレットは自分の考えが正しかったと確信する。
「正直に言ってくれ。誰から貰ったかによって対応が変わってくるからな」
「それは……」
(言えるわけねぇ!)
そう答える事ができたら、どれだけ楽だっただろう。
しかし、助けてくれるというのなら受けるべきだという事は理解している。
だが、言えない理由があった。
(まず、パメラは無理だ。絶対に無理。これは考えるまでもない)
――王太子の婚約者からハンカチを受け取っていた。
そんな事を言えるはずがない。
言ってしまえば、パメラの立場が悪くなる。
「ジェイソンがニコルのためにパメラを裏切った」という形が必要なのだ。
先に「パメラがジェイソンを裏切った」という事実を残すわけにはいかない。
それでは、ジェイソンとニコルの行動に正当性を持たせてしまう。
これだけは絶対に言えなかった。
(あれ? パメラがハンカチをくれたって事は、もしかして――)
「わ、私です」
アイザックが黙っているのは困っているからだと思い、ティファニーが名乗り出た。
彼女の親切心なのだが、そのせいでアイザックは思考を中断させられる。
「ティファニーが!?」
これには一同が驚いて彼女を見る。
チャールズと別れる事になったとはいえ、まだ彼の事を引きずっているはずだ。
そんな彼女がアイザックにハンカチを渡す意図が理解できなかった。
「違うの。ハンカチを渡したのはみんなが考えているような意味じゃないの。私はアイザックに無事に帰ってきてほしくて、お守りとして渡しただけなのよ。他に良い物が思いつかなくて……。本当にそういうのじゃないの」
周囲の驚きが予想以上だったので、ティファニーは説明を始める。
慌てて弁解し、否定する姿は嘘を言っているようにしか見えなかった。
「そうか。ティファニーもついにチャールズを振り切ったか……」
「違うってば」
ティファニーは感激するハリファックス子爵に抗議するが、それがより一層「恋する乙女の恥じらい」として大人達に見られてしまう。
しかし、アイザックは違う事を考えていた。
(ティファニーは俺を庇ってくれている? なんでティファニーはアマンダの名前を出さないんだろう? ……あぁ、そうか。ロレッタとアマンダから貰ったっていう事自体が大問題になりそうだからか)
――王女様と大貴族の娘。
その両方からハンカチを受け取るだけ受け取っておいて、婚約するつもりなどなかったと知られれば、当然アイザックは軽率だと怒られるだろう。
実際、アイザックの行動は軽率だった。
その二人から受け取っただけではないのだから。
――ティファニーの行動はアイザックを庇うというよりも、政治問題にならないように気を遣ってくれている。
アイザックはそのように結論付けた。
その考えは正しくあり、間違ってもいた。
ティファニーは一緒にハンカチを渡したので、アマンダがアイザックにハンカチを渡した事を知っている。
先ほどロレッタも渡していた事も知った。
この事実はとんでもない事態を引き起こすだろうという事は、ティファニーにもわかった。
そして、彼女は「アイザックが自分の事を好きだ」と思い込んでいる。
「ティファニーと婚約したいので断るためだった」と言われてしまっては困る。
――アイザックが何かを言う前に自分から名乗り出て、そんなつもりはなかったと言うしかない。
ティファニーもアマンダとロレッタの間で問題が起きそうな状況を理解していた。
そんな中「自分も渡した」と名乗り出るのは危険な事だ。
だが、彼女は自分の考えた事を思い返してテンパっていたせいで、つい名乗り出てしまったのだ。
アイザックを庇おうとしたわけではなかった。
「家族会議中、失礼する」
身内で話し合っている時に、ジェイソンがパメラを伴って話しかけてきた。
アイザックの目にはパメラしか入らなかった。
(あわわわわ、どうしよう……。どうすればいい?)
パメラは顔に感情を出すような事をしていないが――
「他の女からもハンカチを受け取っているなんて」
――と言われているかのように感じてしまう。
アイザックは「女なら誰でもOK」というような軽い真似はしていないつもりだ。
なのに、肝心のパメラに誤解されたくはない。
すぐに誤解を解きたかったが、人前ではパメラとそんな話はできないという事くらいはわかっている。
ドラゴンを前にした時のように、精神が擦り減っていくのをアイザックは感じていた。
「エンフィールド公、すまなかった。君ならなんとかするだろうという安心感があったんだ。ドワーフとも仲良くしているし、助けにいく口実を用意してあげた方がいいだろうと思って言ったんだ。あれほど嫌がるとは思わなかった。悪い事をしたと思っている」
ジェイソンが謝罪の言葉をアイザックに述べる。
その内容は、好意的とは言えない視線を向けていたモーガン達の敵意を和らげる効果があった。
アイザックがエルフやドワーフと仲良くやっている事は周知の事実だ。
公人としてではなく、私人としての付き合い方を優先している。
そのため、アイザックが「ドワーフを助けに行きたいと思っている」と考えたというのも一理ある。
そして何よりも、ジェイソンも優秀とはいえ、まだ子供だ。
「完璧に配慮しろ」と要求するのも酷な話だ。
責めるべきは決定を下したエリアスであり、ジェイソンを責めるべきではないと大人達は気付かされた。
「ドラゴンなどという本でしか知らない存在に会うのは本当に怖かったですよ。ドラゴンと正対した時は想像など遥かに超える恐ろしさでした。ドワーフを助けるためとはいえ、もうこりごりです。もう二度と会いたくないですね」
ジェイソンに対して含むところはあるが、アイザックは普通に返事をした。
「この分は来年以降に仕返しさせてもらうから、おあいこだ」と思う事で心を落ち着かせている。
アイザックは絶対にドラゴン以上の驚きを与えてやるつもりだった。
そう考えれば、感情を表に出さずに返事くらいはできた。
「そんなに恐ろしい存在だったのですね。エンフィールド公が無事に戻られるかどうか心配しておりました」
アイザックは意識してパメラを見ないようにしていたが、声をかけられてしまえば目を逸らし続けるわけにはいかない。
恐る恐る彼女の目を見る。
(……あれ? 大丈夫そう? いや、待て。女の心はわからないっていうし、上手く隠しているだけかも。何を考えてるんだろう? 俺にも占いの力があればなぁ……)
パメラはアイザックを睨んだりはしていない。
それどころか、好意的な視線を向けられていた。
彼女の考えがアイザックにはさっぱりわからず、余計に混乱させられる。
「先ほど謁見の間で話されていた事に感動しました」
「えっ!」
これにはアイザックだけではなく、話を聞いていた全員が驚く。
――お前の言う事、もう聞かねぇから!
どうしても、エリアスに対して命令の拒否権を求めた事が真っ先に浮かんだからだ。
しかし、それは一瞬の事。
すぐに違う話だと皆が理解した。
「女性の扱いに関しての事です。褒美として女性を求める事はない。とても先進的な考えをお持ちな事に驚きました。普通の貴族であれば、ロレッタ殿下との婚約を望むでしょう。ちゃんと相手が幸せになれるのかを考えておられます。
周囲に驚かれたので、パメラは少々早口になって理由を説明する。
彼女が感動したのは「女性を物扱いはしない」という点についてだった。
だが、感動したのは
女性の一般的な視点で感銘を受けたもの。
その意見は胸の奥底にしまいこんでいた。
「あ、あぁ、あれは先ほど話したように、リサやティファニーといった者達が子供の頃からそばにいたから思いついた考えなのです。幼い頃から男友達と遊んでいれば、きっと他の大人達と同じように政略結婚が当たり前という考えになっていたでしょう。特殊な家庭環境で育ったから、他の人とは違う考えをするようになった。それだけですよ」
そんな彼女の想いに、アイザックはまったく気づかなかった。
怒っていないとわかった事で安心しきってしまっていた。
「後日話せばいい」と、今は普通の世間話をすればいいと考え始める。
「ちゃんと自分の事を知ってもらった相手でないと婚約はできないと仰っていましたものね」
パメラがリサを見る。
見られたリサは、恥ずかしそうにしていた。
彼女の美しさは、この世界では平均程度。
上位に位置するパメラに見られると、自分が場違いなところにいると言われているように感じてしまう。
それは今でも「自分がアイザックの隣にいてもいいものか?」と思ってしまっているせいだった。
アイザックはリサの事を美人だと思っているが、それはこの世界の人間の価値観とは違うせいだ。
前世の価値観に引きずられない彼女が自分に自信を持つ事は難しかった。
「リサさんが羨ましいですわ。そのネックレスは、ノイアイゼンのお土産なのでしょう? やっぱりドワーフ製は綺麗ですね」
「え、ええ。そうなんです」
リサはホッと安心する。
パメラはアイザックからの立派な贈り物に目を向けていただけ。
「アイザックに不釣り合いだ」と思われたりしているわけではないとわかったからだ。
「無事に帰ってくると信じていましたので、お土産に公爵夫人にふさわしいものをお願いしたんです。思っていたよりも立派過ぎて肩が凝りそうというのが贅沢な悩みですね。でも、それ以上に嬉しい事でもあるんです」
そう言って、リサは十歳式の時の事を話しだす。
地味なドレスを着て出席するのが嫌だったが――
「赤紫の髪が薄い緑色のドレスのお陰で映えるよ。あくまでもドレスは脇役で、主役はリサお姉ちゃんなんだから、お姉ちゃんの魅力を際立たせる良いドレスだと思うな」
――とアイザックが言ってくれたおかげで、地味な色のドレスが嫌ではなくなったという事。
そして、その時のやりとりを覚えていて、緑色に輝くエメラルドを選んでくれて嬉しかったという事を話した。
パメラはリサの話を聞いている時に、一瞬だけ寂しそうな顔を見せた。
その表情は誰にも気付かれなかったが、アイザックにも気付かれなかったのは残念な事だった。
「フフフッ、二人はお似合いだね。ロレッタと婚約しても、きっと愛のある夫婦生活はできる。ロレッタを第一夫人に、彼女を第二夫人とすれば問題ないだろう。ハンカチを受け取った責任を取ってもいいんじゃないか?」
ジェイソンがとんでもない事を言い出した。
おそらく、アイザックをニコルから離したいのだろう。
だが、この申し出をアイザックに受ける気はない。
もちろん、ニコルが欲しいという理由などではなかった。
「いいえ、それはできません。いつかは公爵の第一夫人にふさわしい家から妻を娶らねばならないとはわかっているつもりです。ですが、ちゃんと好きになってからの結婚でないと、疎外感を感じて寂しく思われるでしょう。リサと上手くやっていけるかどうかも判断基準になりますので、すぐには決められません。卒業式には決めるつもりですけどね」
パメラを手に入れる事ができれば、リサと仲良くできるように尽力するつもりである。
パメラ以外の者を娶らねばならないとなった場合は、リサと上手くやっていける相手を優先して選ぶつもりだった。
少なくとも、リサはアイザックが自ら望んで婚約した相手だ。
アイザックは彼女を第一に考えて行動しなくてはならない。
だから、半年ほどしか付き合いのないロレッタを家柄だけで選ぶつもりなどアイザックにはなかった。
この時、ティファニーが体をビクリと震わせた。
彼女に思うところがあったからだ。
――リサと仲良くやっていける相手。
――性格をよく知っている相手。
――長い付き合いのある相手。
これらすべての条件に当てはまる相手は数少ない。
ハリファックス子爵達も「もしやティファニーの事か?」と期待を持ち始めた。
「あら、それは残念ですわ。でも、これから知っていってもらえればいいという事ですから、希望はあるという事ですものね」
近くで話を聞いていたのだろう。
ロレッタが話に入ってきた。
本来ならアイザックとジェイソンとの話に割り込むのは失礼なのだが、ロレッタはリード王国内では準王族扱いを受けている。
エリアスが、なぜかジェイソンの義理の妹のように扱っているので「身内の話に加わった」という扱いになり、ギリギリセーフ判定の行動だった。
(うわぁ、きたぁぁぁ!)
アイザックは恐れおののく。
ニコルに感じた嫌悪感が混じったものとは違い、純粋な恐怖である。
パメラと話している時には絶対に来てほしくなかった。
絶対にハンカチの話になり、どうしても気まずい方向に話が向かう事がわかりきっている。
(お願い、あとにして)
アイザックはそう願うが、話しかけられてしまった以上はそうはいかない。
ロレッタを交えて話さねばならない状況になってしまった。
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