第346話 説得方法の説明
アイザックが目を覚ますと、ベッドの上にいた。
「起きたか!」
ハリファックス子爵が声をあげる。
ベッドの周囲には彼だけではなく他の者達もいた。
「状況は?」
「ドラゴンが去ったあと、閣下は意識を失われました。意識を失っていた時間は、町外れからホテルに運び入れ、これからどうしようかと話し始めたくらいの長さです」
誰が運んだかなどはわかりきっているので聞くまでもない。
ノーマンの報告は、アイザックが求めているものだった。
「そうか……。ドラゴンと話した事で力尽きてしまったみたいだね」
「それも仕方ない。あのような怪物を相手にしていたのだから」
ハリファックス子爵がアイザックの頭を優しく撫でる。
――ドラゴンと対峙したあと、力尽きて倒れた孫の頭を撫でる。
孫とはいえ、アイザックはウェルロッド侯爵家の子供であり、公爵家の当主でもあるのだ。
こうして頭を撫でる機会など、今後は得られないだろう。
彼にとって一生忘れられない思い出になるはずだ。
「たとえ最高級の魔剣を持っていても、ドラゴン相手に一歩前へ踏み出せたかどうか……。ご立派でした」
「童話ですら剣や槍だというのに、声を大きくする道具を片手にドラゴンへ立ち向かうなど……。本当に凄い光景でした」
マットがアイザックの勇気を褒める。
すると、近衛騎士も感動に身を震わせながら続く。
やはり、拡声器片手にドラゴンに近寄っていったのは印象的だったようだ。
「あれはブリジットさんが勇気をくれたおかげだよ。あの時、応援してくれなかったら、僕も動けなかったはずだ。ありがとうございます。いやぁ、本当に怖かった」
「よくもまぁ、あんな事ができたもんだな」とアイザックが笑った。
アイザックが元気そうなので、様子を見守っていた者達が安堵の表情を浮かべる。
そんな中、ブリジットだけがなぜか顔を赤らめながら目を泳がせていた。
「ドラゴンを大人しくさせる方法は聞いていたけど、まさか他の地域に住むドラゴンに使っていた方法なんて言ってなかったじゃないか。成功例があるんだったら、先に教えておいてほしかったな」
アイザックが無事だとわかったので、ジークハルトがアイザックに不満をぶつける。
彼がその事を持ち出したので、他の者達も「確かにそうだな」という表情を見せる。
成功した例があるのなら、前もって教えておいてくれれば不安を感じる事もなかったからだ。
秘密にしなければいけない内容でもないので、アイザックが意図的に隠していたという事だ。
多少なりとも差異はあれども不満を持っても仕方がない。
そんな彼らの反応を、アイザックは困ったような表情をして見ていた。
「その事を説明してもいいけど……。とりあえず、ブリジットさん。膝枕してよ」
「えぇっ! そんな事、みんなの前だと恥ずかしくてできないわよ」
アイザックがベッドの縁を軽く手で叩いて「ここに座ってくれ」と指示するが、当然ブリジットは断った。
「ドラゴンとの話し合いが終わったあとのご褒美だよ。疲れたから癒されたいしね。こういう時、リサやティファニーはしてくれたよ」
「リサだけじゃなくティファニーも? ……じゃあ、特別にご褒美をあげるわ。ちょっとだけだからね。変なところを触ったら許さないわよ」
ブリジットはアイザックに釘を刺しながらも、その表情はまんざらではなさそうだった。
彼女がベッドの縁に腰かける。
アイザックは体を動かし、ベッドの縁まで移動してブリジットの膝に頭を乗せた。
(うーん。ペッタンコってわけではないけど……。やっぱり、リサと比べると物足りないな)
ブリジットの膝から見上げた光景は、リサの膝から見上げた時よりも天井が見えやすかった。
当然、ジュディスと比べるのは可哀想だろう。
この世界の平均サイズくらいのリサとでもハッキリとした差がわかるのだ。
ジュディスに膝枕をしてもらったら、きっとヒマラヤ山脈と日本アルプスくらいのインパクト差があるはずだ。
哀れになるほど種族の違いを実感させられる。
「というわけさ」
「どういうわけ? ……あぁ、そうか。他の人もやってるって、そういう事か」
アイザックが何を言いたいのかをジークハルトは理解した。
だが、彼以外の者達も知りたいはず。
他の者のために、アイザックは説明を始める。
「リサには膝枕をしてもらった事があるけど、ティファニーにしてもらった事はない。では、なんで二人に膝枕をしてもらった事があるとブリジットさんに言ったのか? それは心の壁を取り除くためだよ。初めてやる事には、どうしても抵抗を感じてしまう。今回もそうだ。ブリジットさんは断ろうとしていた。けど、リサとティファニーがしていたと聞いて、だったら自分も少しくらいはしてあげてもいいかと思った。ドラゴンも同じだよ」
「ティファニーにはしてもらっていない」というところで、ハリファックス子爵が残念そうな顔をする。
だが、他の者達はアイザックの話を真剣な表情で聞いていた。
「初めて行う事なら、人間の罠かもしれないと警戒されたでしょう。では、他のドラゴンもやっている事なら? 他のドラゴンもやっている事なら、話を聞いてみるくらいはいいだろうと思うはず。最初の接触はどうしても心の壁を作ってしまいます。他のドラゴンもやっていると聞いて、あのドラゴンの心の壁は低いものになっていたはずです。今のブリジットさんのようにね。ちょっとくらいならと思ってくれたので、ドラゴンにも話を聞いてもらう事ができました」
言い終わると、アイザックは起き上がる。
「えっ、ちょっと。せっかく膝枕をしてあげたのに」
勇気を出して膝枕をしたのに、あっさりと起き上がったアイザックにブリジットが不満そうな顔を向ける。
これにはアイザックも苦笑いを浮かべるしかない。
「いや、だってマチアスさんとかウォルフガングさんもいるし、僕のお爺様だっているんだよ。というよりも、ニコラス以外みんな僕よりも年長者だ。いくらなんでも女性に膝枕をしてもらったまま話すなんて失礼じゃないですか。今のは説明のためにしてもらっただけなので、いつまでもはしていられませんよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「膝枕をしてくれて嬉しかったですよ。ありがとうございます。嫌でなければ、またお願いしたいですね」
そう言って、アイザックは笑って誤魔化す。
(やばい、確かに失礼だったよな。説明って事で気にしてくれなきゃいいけど……)
アイザックは、さり気なく周囲を見回す。
幸いな事に「女の膝の上から語り掛けるなど失礼な!」と不愉快に思っている者はいない。
しかし、膝枕をしてくれたブリジット本人が、不満そうに思っている事には気付けなかった。
「
「他のドラゴンがいたらか……」
ジークハルトが考え込む。
彼は商人志望だ。
ドラゴン相手に有効なのだ。
商売にも使えそうな気がしているので、なんとかしてアイザックの考えを理解したかった。
だが、ここで真っ先に答えたのは意外な人物だった。
「あっ、もしかして……。本当は損をしていないのに、自分が損をするとか思ったのではないでしょうか? 私も呪いをかけられていた時に幸せそうにしている人を見て、自分が損をしているような気分になった覚えがあります」
答えたのはマットだった。
彼は呪いのせいで不自由な人生を送っていた。
そういう彼だからこそ、ドラゴンの気持ちが理解できた。
そして、彼の答えはアイザックが考えていたものと同じだった。
「その通り。これからも今までと同じく街を襲っていれば、あのドラゴンは何も損をしない。今まで通りなんだからね。でも、他のドラゴンが得をしている方法があると聞いて、僕の話を聞かないと損をするのではないかと思ったはずだ。得にならないだけで、損はしないのにね」
アイザックに説明されて、一同はアイザックの話術がどんなものだったのかを理解する。
今まで通りの暮らしをしていれば、プラスにもマイナスにもならない。
だが、他に大きなプラスを得ている者がいると聞いて、相対的に自分の立場をマイナスだとドラゴンは感じてしまった。
「その損をしていると思う感情が焦りとなり、僕の話を聞かないといけないと思い込むようになった。だから、途中で不機嫌な様子を見せても、感情に任せて踏み潰したりしなかったのです。一定の知能を持っていたからこそ通用した事でもありますね。言葉が通じても会話ができないという相手だったら、皆さんの魔法頼りになっていましたけど」
アイザックは笑うが、他の者は笑えなかった。
アイザックが考えた方法は、相手が話に乗ってくる事が前提だ。
見た目通り、ただの空飛ぶトカゲであれば全員死んでいたかもしれない。
一歩間違えれば危険なところだったので、笑うどころではなかった。
「でも、話に乗ってくるという自信はありました。ヴィリーさんの話では、ドラゴンは『今度はもっと良い物を作っておけ』と言い残していたそうですし。だから、良い物を確実に手に入る方法を提示してやれば、きっとドラゴンは話に乗ってくるはずだという確信に近いものはありましたね」
そんな周囲の反応を見て、心配させないようにアイザックがさらに説明する。
しかし、それだけでは足りなかった。
「だが、あれでは献上するのと大差ないだろう。不要なものが混じっているかどうかの差でしかない。それなら、全部献上品として貰っていてもおかしくないはずだ」
マチアスが最大の疑問を投げかける。
かつて、ドラゴン相手に似たような事をして失敗している。
彼は、自分なら全部貰える献上品の方が嬉しいと思っていた。
だから、コンテスト形式という一手間をかける意味がわからなかったのだ。
「あれは
「あぁ、なるほどな。自分で選んで、満足させる必要があるという事か。クロードは自分で選んだおもちゃも気に入らんとすねる時があったが」
「爺様、ここで俺の話は関係ないだろう」
マチアスだけではなく、子供を持つ大人は皆が理解した。
おもちゃを買ってやっても「あっちのおもちゃの方がよかった」と、子供はぐずる事がある。
同じおもちゃを買うにしても、
ドラゴンも子供と同じ。
自分で欲しいと思ったものをピックアップするという過程があったから満足した。
それだけだ。
だが、それだけなだけに、却って難しい。
相手は子供ではなく、とてつもなく大きなドラゴンなのだ。
そこまで思い切った判断など普通はできない。
アイザックの度胸と判断力があったからこその結果だろうというのは、皆の共通した認識だった。
「物自体を渡すのではなく、満たされたという思いを渡すと考えればいいんです。子供と違うところは、あとで『やっぱりあっちの方がいい』と駄々をこねたりしないというところでしょうか。あの大きさなら、結構年を取ったドラゴンのはずですしね」
「あの図体で駄々をこねられたりしたら大惨事だものね」
ブリジットの言葉に、皆の表情が緩む。
成竜が駄々をこねる姿は、それはそれで面白そうだからだ。
巻き込まれる街はたまったものではないので、ドワーフだけは少々引きつった笑顔になっていた。
「限られた情報からドラゴンの性格を読み取り、的確に対策を思いつくなんて……。アイザック兄さんはやっぱり凄いや」
ニコラスが感動に打ち震える。
過去の偉人達ですらできなかった事をやってのける。
そんな人物が自分の又従兄弟で、同じ時代に生きて、目の前で偉業を見る事ができた事は幸運だった。
なんとなく、帰国後ロレッタに「私も見たかった」と不満をぶつけられそうな予感はしていたが、そんな事など今回の一件に比べれば些事でしかない。
歴史の転換点に遭遇したという満足感に勝るものなどないのだから。
「ただ、今回のやり方がドラゴン相手だから使っただけで、今後は使う気はありませんし、皆さんにも使わないでいただきたい。特に商人を目指すジークハルトには『他の人もやってますよ』と嘘をつかないでほしい。普通の取引で使うのは邪道の類だろうからね」
「わかった、やらないよ。約束する」
前世でアルバイトしている時に「これってやっちゃダメな仕事では?」と、アイザックも薄々とは感じていた。
だから、この方法は今回だけにするつもりだった。
ジークハルトも、真っ当な取引で使うのは卑怯なやり方だと感じていたので素直に従う。
そんな方法を使わなくても、ドワーフ製の品は品質で勝負できるからだ。
友人が手段を選ばずに儲けるという性格ではなく、アイザックは胸を撫で下ろす。
その時、自分のお腹が鳴るのを感じた。
「そういえば、昼食前にドラゴンが現れたからご飯を食べてなかったね。お腹が空いちゃった」
「あっ、私も」
「僕もだよ。でも、宴会の用意をしているから、もう少し時間がかかるかも?」
ドラゴンとの交渉が好調に終わったので、ドワーフ達は前祝いとして騒ぐつもりだった。
新たな英雄の誕生を祝う事も兼ねている。
大人達はどうなるかを予想して、半ば諦めた表情を浮かべる。
ドワーフの酒に付き合わされるというだけで、どうなるかをわかっているからだ。
だが、今回ばかりは少しだけなら付き合いたいという気分もある。
大陸全土でも初めてかもしれない場面を見られたので、共に喜んで騒ぐのは大歓迎だ。
少しだけなら……。
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三日後、アイザックは町外れにいた。
せっかくなので、コンテスト会場を作って街の住人も見学できるようにするためだ。
ドラゴンが選別するコンテストを常態化すれば、他の街から見物客も来るようになるかもしれない。
そうすれば、今まで街が受けた被害の分を取り戻せるかもしれないからだ。
エルフが二百人もいるので、すぐに終わるはずである。
なのに、造成工事を始めたのが、なぜ三日後なのか?
それは至ってシンプルな答えがあった。
――全員酔い潰れていたからだ。
ドラゴンの被害がなくなるかもしれない喜びと、退治ではなく交渉による解決はドワーフ達に大きなインパクトを与えた。
そのインパクトの大きさに比例して、酒を飲めないアイザック達若者が疎外感を覚えるほど盛大な宴となっていた。
祝いのめでたい雰囲気によって自然と酒の量は増え、人間とエルフの大人達は二日間苦しむハメになった。
少しだけでは済まなかったのだ。
だが、アイザックも他人事ではいられない。
二十歳になれば、自分もあの中に混ざる事になるのだ。
ジークハルトと付き合いがある以上、避けられない災厄だと覚悟を決めておかねばならない。
アイザックはそんな状況から目を背けるように、この街の顔役達と観客席の配置などについて熱心に話し合っていた。
ドラゴンが審査するゾーンから、どれだけ距離を取るのかというのは重要だ。
近すぎると「目ざわりだ」とドラゴンが怒るかもしれないし、遠すぎると面白みにかける。
スケールが違いすぎるので、不快に感じられない距離というものが難しかった。
「おい、あれ!」
地縄張りをしていたドワーフが空を指差しながら叫んだ。
彼の指す先には、ドラゴンらしきものが飛んでいるのが見えた。
「何か用かな?」
アイザックの呟きに答えるものはいなかった。
ドラゴンの考えなどわかるはずがない。
「アイザックがわからないのなら、わかるはずがない」とすら思われていた。
ドラゴンは建築現場の五百メートルほど上空を何度か往復すると、どこかへ去っていった。
「……結構、楽しみにしてるんじゃない?」
「いや、まさかそんな事……」
ブリジットの言葉を否定しようとするが、アイザックは否定できなかった。
「今まで楽しみが街で宝漁りくらいしかなかったのなら、ワクワクしたりしているのかな?」
「だとすると、思ったよりも面白くないと感じられた時が怖いな」
「クロードさん、やめてくださいよ。本当に怖いじゃないですか。……腕自慢の職人達に期待しましょう。きっと満足してもらえるものを持ってきてくれますよ」
「だといいがな……」
クロードは、まだ不安そうだった。
アイザックも、その気持ちはよくわかるので不安になる。
――もっとたくさん気に入るものが集まると思っていたのに、思っていたのと違う!
そう言って暴れられるかもしれない。
こればかりは自分ではどうにもできない。
すべてドワーフ次第なので、なんとかなる事を祈るしかなかった。
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ドラゴンと接触して七日目。
コンテスト会場は完成した。
コロシアムのようにぐるりと囲むのではなく、半円状に見学席を設置する。
ドラゴンに不自由さを感じさせて、機嫌を損ねないようにという配慮からだった。
観客がいる事自体が目障りだと言われたら、その時は素直に引き揚げさせる。
とりあえず、盛り上げる準備だけは整えておこうとしているだけだ。
そしてこうしている間にも、ノイアイゼン各地から続々と職人が集まっている。
自慢の一品だけ持ってきている者もいれば、品物をいくつか持ってきている者もいる。
ドラゴンに選ばれた品を参考にして出品物を選んだり、ドラゴンの嗜好をああだこうだと語り合っていた。
物事は順調に進んでいるように見え、アイザックも今のところは安心していた。
――ドラゴンが来るまでは。
まだ準備完了の気球をあげていないのに、ドラゴンがコンテスト会場の近くに降りてきた。
前回は上空を飛んでいただけだったので、これには作業を行なっていたエルフやドワーフ達も「何事か」とざわつく。
無数の視線が「確認してきてくれ」とアイザックに語りかける。
仕方がないので会場に置いておいた拡声器を持って、ドラゴンに近付く。
「何か御用でもございますでしょうか?」
アイザックが尋ねても何も答えない。
前足には骨を持っているので、争うために来たのではないはずだ。
様子がおかしいなと思って見ていると、ドラゴンが頭を地面に近付けて、口から緑色のものを吐き出した。
「これで足りるか?」
「少々お待ちください」
ドラゴンが吐き出したのは鱗だった。
一枚あたり二十センチ四方のものから、一メートル四方のものまで大きさはまちまちだ。
大きいのは上位入賞者に渡せばいいので、サイズの違いは問題にはならないだろう。
(気持ち悪っ)
問題になるとすれば、唾でネットリしている事だ。
しかし、ドワーフはそれはそれでいいのかもしれない。
「唾液まで手に入った」と喜んでいる姿が目に浮かぶ。
(変態かな?)
アイザックは失礼ながらも、前世で唾を買う趣味がある人とドワーフを混同して考える。
すべて自分の想像なので、本当に失礼極まりない。
少なくとも、ドワーフは素材として喜ぶはずだ。
前世で唾を買う人とは明確な違いがある。
アイザックは一度首を左右に振った。
馬鹿げた考えを振り払い、ドラゴンに問われた事に答えなければならないからだ。
「三十枚では足りないかもしれません。先週とは比べ物にならないほど参加者が増えています。先週は二十名ほどが選ばれましたので、その五倍。百名分はあった方がいいかもしれません」
「ほう、五倍か」
ドラゴンがニヤリと口角を上げる。
喜んでいるのだろうが、牙が剥き出しになってしまうので、アイザックには威嚇しているようにしか見えなかった。
「骨もお持ちのようですが、前回は特別気に入ったというものは、どの程度ありましたでしょうか?」
「三つほどだな。となると、骨も十五本は用意した方がいいか」
「その方がよろしいかと思われます。私共は偉大なるドラゴン様と違って矮小な存在。ドラゴン様の事をケチだと思う不届き者が出るかもしれません。もちろん、それは教育の行き届かせられない私共の責任ではありますが……」
「ふん、つまらぬ心配だ。縄張りを侵した者達の亡骸は数え切れぬほどある。もっとも、褒美が欲しいのならば、相応のものを用意してもらわねばならぬがな」
「ごもっともでございます」
アイザックが出した数字は、あくまでも大雑把な計算で出した数字でしかない。
気に入るものが多くなる事もあれば、少なくなる事も十分に考えられる。
「ですが、今回はこの近辺で初めての開催。至らぬところもあるでしょうが、二回、三回と続けていくうちに質は向上していくはずです。他の地域のドラゴン様方のように、長い目で見ていただければと思います」
「わかっている。お前達に最初から多くは求めておらん」
ドラゴンは文字通り高いところから見下ろしている。
だが、アイザックは不愉快にはならなかった。
(言質はもらったぞ)
むしろ、愉快な気分だった。
これで多少の不手際があっても「あなたも多くは求めていないって言ってたでしょう」と言う事ができる。
プライドが高そうなので、簡単に前言撤回などしないだろう。
とはいえ、万が一の事を考えて機嫌取りはしておくべきだ。
本番の時に尋ねようとしていた事を聞く事にする。
「ところで話は変わりますが、これはコンテストという形式なのです。そして、コンテストにはどんな内容かをわかりやすくする名前を必要としています。コンテスト名に『ドラゴンセレクション』と名付けてもよろしいでしょうか? これならば『ドラゴンセレクションの受賞者だ』というだけで、ドラゴン様に選ばれるような品物を作りあげた栄誉ある受賞者だと誰にでもわかります。偉大なお方が関わる賞には、それにふさわしい名も必要です」
「……ドラゴンの名を使う以上、つまらぬものを作らせるなよ?」
「もちろんでございます。受賞者はその栄誉にかけて、最高級のものを作り続けるでしょう」
「ならばよかろう。三日後を楽しみにしている」
そう言い残すと、ドラゴンがもう用はないと飛び去っていった。
羽ばたきの煽りを受けてアイザックは吹き飛ばされるが、服が汚れるだけで済んだ。
(楽しみにしているか。嘘ではなさそうだな)
アイザックの視線は骨と鱗に向けられる。
前もって褒美を準備しているくらいだ。
度合いはわからないものの、楽しみにしているという言葉は事実だろう。
(あとはドワーフの実力次第だ。でも、まぁだいじょう――)
大丈夫だろうと考えようとしたが、嫌な人物の顔がアイザックの脳裏に浮かんだ。
――もしも参加者の中にピストのような者がいたらどうなるか?
ドラゴンの反応がわからないだけに不安だ。
わけのわからないものを出して怒りを買うような事だけは避けておきたい。
真っ先にそういう人物の参加を除外しておかねばならない。
(部門分けの徹底をしないと。分類できない変な機械を持ってきてる奴がいたら、今回は出展を諦めてもらおう)
初回だからといって、ドラゴンの寛容さに期待し過ぎるのはよくない。
「不思議な機械部門」は次回以降に回すべきだろうと、アイザックは考えた。
(あぁ、それとあの骨と鱗に見張りもつけないと。コッソリ盗む奴がいたら大問題だ)
ここにきて新たな問題が降って湧いた。
とりあえず見張りは、近衛騎士とエンフィールド公爵家の騎士、ドワーフの混合でやらせておけばいいだろう。
前世で文化祭委員をやった時とは違い、命懸けな分だけ心が休まる暇がない。
(本当にブリジットの膝枕で眠りたくなってきたぞ)
だが、今のアイザックが誰かに甘えたりする余裕などない。
あと三日は必死に頑張らなくてはいけないのだ。
(よし、ウェルロッドに帰ったらリサとケンドラに甘える。ニコラスを押しのけてでも甘える。さぁ、もう一踏ん張りだ)
ドラゴンセレクションの成功=自分の成功となる。
ドワーフが味方になってくれなくても、友好的な関係を築いてウェルロッド侯爵領の背後が安全になるだけでもありがたい。
明日を笑って迎えるために、今日は辛くても頑張る時だとアイザックはわかっている。
アイザックは気合を入れ直して、皆のところに戻っていった。
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