第345話 交渉方法とは、相手によって臨機応変に変えるもの

 アイザックは拡声器を握り締める。

 これは骨の削りカスを集めて作られた小型の魔力タンクを搭載したものだ。

 作ってくれと頼まずとも、過去に作られた品物を借りる事ができた。

 先祖の作った物を大切に残しておくドワーフの風習のおかげである。


「それは気球といって、僕が作ったものです」


 体は震えているが、声は震えていない。


 ――これでドラゴンにも侮られずに話しかけられる。


 アイザックはそのように考えたが、ドラゴンの目がこちらを向くと、そんな考えなど簡単に吹き飛んでしまった。

 だが、ここで黙ってしまえば、不快に思ったドラゴンによって殺されるかもしれない。

 始めてしまった以上は続けるしかなかった。


「め、珍しいものを作った人間の、珍しい提案に興味はありませんか?」


 内容自体は珍しくはないが、ドラゴンにとっては・・・・・・・・・珍しいはずだ。

 きっと食いついてくれる。

 そう思っていたが、ドラゴンは黙ってアイザックを見つめるだけだった。


(なぜだ? 言葉が通じているのなら、何か意見を言ってもいいはずなのに……。あっ、そうか!)


 アイザックは気付いた。

 今は反応するほどの内容ではないという事と、人間相手に返事をしてやるのはもったいないと思われている可能性に。

 一度振り向いて、ドワーフ達がどの程度集まっているのかを見る。

 近場で待機しているように伝えてはいたが、まだ集合には時間がかかる。

 肝心要の彼らが集まるまで、説明をして少し時間を稼ぐ事にした。


「はじめまして。実はドラゴン様に、とっても良い話があって参上いたしました。お時間をほんの少しいただくことで、ドラゴン様の人生をより良いものに変えられる話なのです」


 ここでアイザックは軽く笑って間を取った。


「本当にちょっと考え方を変えるだけで、今までの人生とは違う世界を見る事ができるようになるんです。人間ごときがそんな提案をできるのかと疑っておられるでしょう。でも、これって本当の事なんですよ。建物を壊して自分好みの品物を探す。そういう楽しみもあるという事を理解しているつもりです。で・す・が、お好みの品物をより簡単に、より良い方法で集める方法があるんです。その方法に興味はございませんか?」


 アイザックの口調は軽いものだが、言葉とは裏腹に心の中では必死になっていた。

 ネイサンの時とは比べ物にならないプレッシャーを感じている。

 それでもドラゴン相手に話しかけられているのは、前世で友人に紹介してもらったアルバイトの経験があるからだ。

 その時覚えたセールストークが役に立っている。


「どんな方法だ?」


 話が気になったのか、ドラゴンが喋って先を促す。

 ドラゴンの声は、エコーがかかったかのような声だった。

 体格同様に声も大きいので、周囲に反射して響いているだけかもしれない。

 その言葉一つで、またアイザックの足が震えだす。

 だが、アイザックはズボンのポケットを押さえて堪えようとした。

 そこには、パメラにもらったハンカチが入っている。

 彼女に再び会うため、気合と根性と精神力という、前世の職場で身に付けたものをフル稼働させる。


「他の地方にお住まいのドラゴンの方々も採用されているという方法です。ドラゴン様は、その方法を採用されておられませんので、きっとご存じないのでしょう。他の方々がやられているのに、ドラゴン様はその事を知らない。何故だと思われますか? それは、みんな言わないだけ。自分だけが知っていればいいと思っているほど素晴らしい方法なのです」


 ドラゴンの真っ赤な目が光彩を帯びて輝きだす。

 怒りかどうかわからないが、アイザックは早く先を話さなくてはならないという気分にさせられた。


「ドラゴン様が人間の作った物よりも、ドワーフが作った物を好むというのは、コレクションとしての価値が高いと理解されておられるという事ですよね? カラスとは違って、ただ光り輝くものを集めるだけではない。高尚なたしなみとして集めておられる。その点、私共の認識は間違ってはいないでしょうか?」

「そうだ」

「それならば話が早い」


 アイザックは、もう一度振り向く。

 今度は、それなりの数のドワーフが集まっているのが確認できた。

 とはいえ、彼らもドラゴンが怖いのか距離を取っている。

 近くに来てくれないと困るので、安心させねばならない。


「これから少しお時間をいただきます。時には早くしろと思われるかもしれませんが、お付き合いいただくだけの価値があるものだとお約束致します。他の方もやっておられる事ですので、何卒最後までお付き合いください」


 だから、アイザックは彼らを安心させるために――


「暇だからって暴れたりせず、最後まで付き合ってくれよ。えっ、他のドラゴンができる事ができないわけじゃないよね? それくらいできるよね?」


 ――という確認を取った。


 プライドが高いドラゴンならば「他のドラゴンもできている事ができない」などという醜態を晒すわけにはいかない。

 開き直って暴れられる可能性はあるが、良い話を自分から蹴るような知能の低さなら、それはそれでやりようがある。

 まずは、ドワーフに向けて安全だと知らせる事ができればいい。


「それでは、刀剣部門の方ー。手を挙げてください。……はい、では槍部門の方ー」


 アイザックは順番に呼びかける。

 これはドワーフを部門ごとに分けるためだった。


 ――ドラゴンによる被害を抑えるためにはどうすればいいのか?


 それを考えた結果、アイザックはある考えが浮かんだ。

 その考えを実行するため、ドワーフ達に自信のある一品を持ってきてもらった。

 アイザックが待ちきれずに行動を起こしたので、今はまだ全員集まっていないが、協力してくれる各地のドワーフにも頼んでいる事である。

 これがドラゴンの被害を抑えるために必要な要件だった。


「まだ全員揃っていませんが、ドラゴン様を待たせるわけにはいきません。刀剣部門の方はこちらに並んでください」


 アイザックは数の揃っている刀剣部門をドラゴンの前に並ばせる。

 当然、勇ましいドワーフとはいえ、ドラゴンを前にすればさすがにビビる。

 一人でドラゴンの前に立つアイザックの姿がなければ、彼らも黙って並んだりはしなかっただろう。

 ギリギリのところで、恐怖よりも意地が勝っていた。


 だが、それも並ぶまでの事。

 彼らが並び終わり、手に剣を持っているのを見ると、ドラゴンから怒りの感情が見え隠れする。

 それはアイザックも気付いていた。

 だからこそ慌てず、落ち着いて対応する。


「もしや、このすべてが貢ぎ物だなどと思われてはいませんよね?」

「違うのか?」


 ドラゴンが目を細める。

 表情は読めないが、ドラゴンなりに怪訝な表情でも浮かべているのだろう。


「もちろん、差し上げます。ですが、すべてを差し上げるわけではございません。お気に召されたものだけでございます」

「どういう意味だ?」


 ドラゴンが尋ねてくるようになったので、アイザックは内心ほくそ笑む。

 先ほどとは違い、わざわざ尋ねてくるのは興味を持ち始めたという事を証明している。

 この流れは悪くない。


「そのままの意味です。僕の祖先が偉大なるドラゴン様に貢ぎ物を贈ろうとして、不興を買ったという話を聞いております。その理由は、我々のような矮小な者達が選んだものを押し付ける事だったのではないかと考えました」

「その通りだ」


 アイザックは一瞬「ん?」と思ったが、ドラゴン相手に余計な事を考えている余裕などない。

 話を続けて、興味を惹き続ける事しか頭になかった。


「そこで、僕達にできる事は選択肢を用意する・・・・・・・・事だと考えたのです。ここに用意させたものは、近辺の街に住むドワーフ達の自慢の一品です。随時説明いたしますので、これはと思われたものを選んでくださいませんか?」


 アイザックの言葉が終わるや否や、ドラゴンは首をスッと動かしてドワーフ達が持っている剣を眺め始める。

 さすがに気合を入れて並んでいたドワーフ達も「ヒィッ」と悲鳴をあげる。

 恐れられる事など当たり前だと言わんとばかりに、ドラゴンは彼らの反応を無視した。

 端から順番に見ていき、五人目のところで首が止まる。

 そして、ドワーフの前の地面を爪で引っ掻いた。


 まだ国中の職人が集まっていないとはいえ、この街近辺で腕に自信のある刀剣職人だけでも百名はいる。

 しばらくの間、同じ事が繰り返されていた。

 時には前足の爪で柄を握り、刀身を確認するなどの仕草も見せた。


(爪楊枝でもつまむ感覚なのかな)


 アイザックは呑気な事を考えていた。

 ドラゴンの意識が剣に向いているため、プレッシャーから解放されたおかげだ。

 だが、まだまだ油断はできない。

 今もまだドラゴンの首の下にいるからだ。

 アイザックの頭越しに剣を見ているため、ちょっとバランスを崩されるだけでプチッと潰されかねない位置にいる。

 剣を見るのに夢中になって、アイザックの事を忘れてしまい、地べたに座り込まれたりしたら即死するだろう。

 呑気な事を考えているのも、現実逃避なのかもしれない。


「選んだぞ」


 どうやら、ドラゴンはアイザックの事を忘れていなかったらしい。

 アイザックは安堵の溜息を吐く。


「選ばれた方は一歩前へ。選ばれなかった方は一歩後ろへ。そして、もう一度並び直してください」


 選ばれた者と選ばれなかった者を分けるため、改めて並び直すように指示を出す。

 まだ終わりではないからだ。

 選ばれた二十人ほどが前に出て並び直す。


「それでは、選んだ者達の中で順位をお決めください。これはドラゴン様の好みを知るために重要な事です。これから先、豊かな人生……竜生を過ごすためのプロセスです。面倒だと思われるかもしれませんが、今だけは信じてください。損はさせません」

「……まぁよかろう」


 ドラゴンも癇癪を起こす気などなかった。

 ここまで付き合ったのだ。

 今更やめると損をするような気がするような気がしていたので、付き合ってやろうと思っていた。

 もちろん、つまらぬ内容であれば、それ相応の報いを受けてもらうつもりである。


 ドラゴンは気に入ったものの中から、一番いいものはどれかを選び出す。

 いざ一番を選ぶとなると、悩ましいものだった。


「順位を決めねばならぬのか?」


 そのため、決めるのが煩わしく感じられる。

 差し出すというのならば、順位など決めずに差し出せばいいのではないかと考えてしまった。


「いけません」


 だが、その考えはアイザックによって否定された。


「気に入ったものを全部持ち帰る。その考えもありでしょう。ですが、不要なものがいくらか混じるというだけで、私共が用意したものをそのまま持ち帰るのと大差ありません。それでは献上品と大した違いがないではありませんか。それで満足されるのであれば、そう致しますが」

「むぅ……」


 アイザックは、ドラゴンのプライドを刺激してまで選ばせようとする。

 これにはちゃんと意味があった。

 だから、ドラゴンには順位を決めてもらわねばならない。

 そうする事で、ドワーフの安全を確保するのだから。


 ドラゴンは渋々と選別し始める。

 自分に利益があるのなら我慢できるのだろうか?

 それとも、暇だから「たまには変わった事に付き合ってやろう」と考えているのだろうか?

 それはアイザックにはわからない。

 どちらにせよ、機嫌が悪くないから今の状況があるのだろうという事だけは確信を持っていた。


 順位を決めるのは、剣の選別よりも時間がかかった。

 最初に特に気に入ったものと、そこそこ気に入ったものを分け、大雑把に順位を決めていった。

 ある程度は順調に進んでいった。

 しかし、最後に一位と二位を決めかねているようだ。

 だが、口出しをしたりはしない。

 本人が自分の意思で満足いくように決めてもらわねば「貴様のせいで誤った選択をした」と逆恨みされてしまうかもしれないからだ。

「ドラゴンが自分の意思で決める」という事が重要なのだ。


「終わったぞ」


 一位を決めるのには、体感で半時間ほどかかったような気がした。

 しかし、不満を口にする者はいない。

 前もってアイザックが、ドラゴンを不快にさせるような言動をしないように注意しておいたからだ。

 もっとも、そんな事をしなくても、ドラゴンを前にしてそんな行動を取れる者などいなかったが。


「ご協力ありがとうございました。では、なぜこのような事をしたのかをご説明させていただきます」


 まずアイザックは、一位に選ばれたドワーフのところへ向かう。


「おめでとうございます。一位に選ばれた気分はいかがでしょうか?」

「最高です! このような喜びは感じた事がございません!」

「では、またこうして選んでいただける機会があるとしたら、どうされますか?」

「最高の品物を用意させていただきます!」


 ドワーフは、あらかじめ打ち合わせしていた通りの事を答えた。

 このやり取りは、拡声器を使ってドラゴンにも聞かせている。

 アイザックは彼と目配せをして、満足そうにうなずく。

 そして、今度は選ばれなかった者のところへ向かう。


「選ばれずに残念でしたね。今の気分はいかがでしょうか?」

「最悪だ……。腕は、腕はあいつに負けとらん! 好みが違ったというだけだ!」

「次の機会があれば、どうされますか?」

「大体の好みはわかった。次はワシの剣が選ばれる。そういうものを作るだけだ!」

「そ、そうですね……」


 この答えも打ち合わせ通りだが、芝居ではなく本気で怒っているようにしか見えない。

 熱意の籠った返答に、アイザックはちょっとだけ引く。


「このように、選ばれなかった者はドラゴン様のために素晴らしいものを作る事を目指し、選ばれた者はまた選ばれるために努力をしようとします。街の中を漁って気に入るものが見つかるかどうかわからない事をするよりも、こうしてドワーフ達が作ったものの上澄みだけを得る。それこそドラゴンという偉大な種族にはふさわしいのではないでしょうか? 他の皆様はこのようにされていますよ」


 アイザックは「他のドラゴンもやっている」という事を、さり気なく強調する。

 これは「自分だけが遅れている」と焦らせるためだ。

 アイザックの話を聞いているドラゴンの目が、赤から黄色へ変わっていった。

 それを見て、アイザックは「言い過ぎたかな?」と後悔する。

 だが、ここでやめるわけにはいかない。

 まだまだプライドをくすぐらねばならない。


「偉大な種族であるが故に、私共はどのような交流をされているのかは存じません。ですが、コレクションをされている以上、家族や友人の家に行った時に『これが自分のコレクションだ』と見せたりする事はございませんか? そんな時、自分のコレクションだけみすぼらしいものが混じっている。それで自慢できるでしょうか? 私共はドラゴン様に肩身の狭い思いをしていただきたくはありません。今後欲しいものがある時はドワーフを集めて、その中から気に入ったものだけを選ぶという方法を取っていただけないでしょうか?」


 あくまでも「あなたのために考えた方法です」という事を強調する。

 歯牙にもかけない存在であっても、他の者が自分のために行動するのが当然だと思っていても、ここまでされては無視できないはずだ。

 アイザックは固唾を呑んで、ドラゴンの反応を見守る。


「なるほど、確かに悪くない方法かもしれぬ」


 ドラゴンとしても、アイザックの提案は悪くないものだった。

 建物を壊して目当てのものを探すのも楽しかったが、がれきに埋まって見つけられない事も多かった。

 献上品としていらぬものまで押し付けられるのは不愉快だが、自分で選べるというのなら文句はない。

 こうして気に入ったものが多く手に入れられるのだ。

 これからが楽しみである。

 ドラゴンは平然とした素振りを見せていたが、興奮で目の色が変わっている事までは気付いていない。


「お気に召していただけたようで安心いたしました。これはコンテストという形式であります。よろしければ、コンテストの名前にドラゴン様のお名前を使いたいのですが、お教え願えますでしょうか?」


 ドラゴンが話に乗ってきたので、アイザックも安心して次の段階へ進もうとした。

 しかし「名前を教えろ」と言ったところで、ドラゴンの首がアイザックの前に瞬時に移動してきた。

 巨体であるにも関わらず、俊敏な動きを見せる。


 ――生臭い鼻息がかかる距離。


 アイザックは、ビビッて漏らしそうになる。

 むしろ、漏らさなかったのが不思議なくらいだ。


「我が名を知る権利があるのは死にいく者だけだ。死にたいか?」

「いいえ、死にたくはありません。ドラゴン様のお名前を知る事にそのような意味があるとは存じませんでした。申し訳ございません。今後は同様の過ちを他の者が行わないよう、広く知らせておきます」


(ドラゴンの風習なんて知るかボケぇぇぇ!)


 そう叫びたいところだ。

 だが、今までドラゴンとまともにやり取りをした者などいない。

 命のやり取りをした者なら、数えきれないほどいるだろうが、それでは風習や文化など知りようがない。

 知らなくて当然なのだ。


(攻略サイトにも載ってなかった情報なんて知るはずがねぇんだよ。……こいつらと関わるようになったのは、俺のせいなんだろうけど)


 アイザックは自分の行動がある意味失敗だったと思った。

 エルフやドワーフという種族も、設定だけで本編に出てこなかった。

 シナリオライターが使いきれなかったのだろう。

 ドラゴンもそうだ。

 存在にちょっと触れているだけで、本編に出てきたという記述はなかった。

 アイザックが色々とかき回したせいで、設定だけだったはずの存在が現れ出した。

 何もしなければ、ドラゴンなどとも会わなかったはずだ。

 こうして命の危険を感じているのも、ある意味自業自得である。


「では、貰っていくぞ」

「お待ちください」 


 ドラゴンが選んだ品を持っていこうとするのをアイザックが止める。


「今回はドラゴン様がお好みの品を調べるためにコンテストを開いたのです。十日後にはドワーフの腕に自信があるものが全員集まるでしょう。その時に、ドラゴン様がどのようなものを好まれるかを、皆に見せてやらねばなりません。持ち帰るのは十日後までお待ちください。そうすれば、より良いものを持ち帰る事ができるでしょう。十日だけお待ちいただけませんか? 用意ができれば、また気球をあげてお知らせいたしますので」


 ドラゴンは唸り声をあげる。

 アイザックには威嚇しているようにしか見えなかったが、それは違う。

 彼は迷っていた。

 久し振りに気に入ったものを見つける事ができたのに、このまま手ぶらで帰らねばならないなど気に食わない。

 しかし、ここで持ち去ってしまえば、十日後にどんなものが用意されるかわからない。


 ドラゴンには一定の知性があり、理性もあった。

 だからこそ悩む。


 ――欲求に負けるべきか、打ち勝つべきかを。


 人間やエルフ、ドワーフ達に罠に嵌められるかもしれないなどとは考えなかった。

 多少の事なら無傷で切り抜けられる。

 以前に戦った事もあるが、少々ばかり傷を負うだけで済んだ。

 だが、それ以来闘いになる事はなかった。

 それは自分の力を思い知ったからだと、彼は思っている。

 ならば、もう二度と歯向かう事はない。

 自分の偉大さを知ったから、自らひれ伏すようになったのだと考えた。


「いいだろう。なら、十日後に受け取ってやる」


 だから、十日だけ待ってやる事にした。

 これ以上のものを得られるのなら、十日くらいなら時間をやってもいい。

 自分の偉大さを理解した上での行動であれば、無下にする必要もないからだ。


「ありがとうございます。厚かましいのですが二つほどお願いが……。もちろん、ドラゴン様のための進言でございます」

「なんだ」

「一つ目は、建物を壊して探すのをやめていただきたいという事です。これはドラゴン様の邪魔をするためではなく、コレクションを集めやすくするためです」


 アイザックは、もう一度一位に選ばれたドワーフのもとへ向かう。


「この者の親は腕のいい職人でしたが、建物のガレキに圧し潰されて亡くなってしまいました。ドワーフはドラゴン様と違ってか弱い生き物ですので、石が頭にぶつかれば死んでしまうのです。今までに街で気に入ったものを見つけられた事もあったはずです。職人が死んでしまえば、もう二度と新しいものを作る事ができなくなってしまいます。これはドラゴン様にとっても損失と言える事ではありませんか? 他の方々はそれに気付き、建物を壊して探すような真似はもうしていらっしゃいません」

「むぅ……」


 またしてもドラゴンが唸る。

 見つけにくいとはいえ、街を漁るのはそれはそれで楽しみでもあった。

 だが、アイザックが言うように、素晴らしいものを作る職人を殺してしまうのはもったいない。

 ほとんどの品が「まぁ、これで妥協するか」というものばかりである。

 ドワーフの数は多いとはいえ、自分が気に入るものを作っている物は少ない。

 アイザックの言葉に一理あると感じていた。


「二つ目は?」


 だから、答えを先延ばしにした。

 人間に強制されたのであれば、その意見を跳ね除けるだけだ。

 だが、この問題は自分でどうするか考えねばならない。

 考える時間を欲していた。

 そのため、次の話を促す。


「褒美をください」

「なんだとっ」


 厚かましい要求に、ドラゴンはまたしても顔をアイザックの目の前に移動させる。

 アイザックのとばっちりを受けたドワーフが尻もちをつく。


「例えば、この者です。『ドラゴン様に自分の作品が気に入られた』と他の者に話すとしましょう。ですが、その者はきっと『お前の作ったものがドラゴン様に気に入られたはずがない』と思うはずです。そのような愚かな振る舞いをさせるわけにはいきませんので、証拠の品を与えてほしいのです。寝床に鱗が落ちていたりはしませんか? そういったものを選ばれた者達に与えていただければ、より一層良い働きをするようになるでしょう」


 アイザックの言葉は、ドラゴンのプライドをくすぐった。

 自分が「良い物だ」と認めたのに、自分が偉大過ぎるが故に誰も信じない。

 そんな事は許されない。

 自分が良い物だと認め、それを作った者も評価されるべきだと考えさせられた。

 しかし、すぐに認められない事もある。


「我の体の一部を与えるのはやり過ぎだ。縄張りを荒らしにきた愚か者の骨や鱗などでは不足か?」

「縄張り荒らしの骨ですか!? ……それで十分です! ドラゴン様に挑む勇者の骨ならば、授かった者は感涙いたしましょう。特に気に入った者達に縄張り荒らしの骨と鱗を与え、いくらか気に入った者達には鱗のみを与える。というのでいかがでしょうか?」


 骨は魔力タンクに使えるので、できれば欲しい。

 自然と骨の方が重要だと考え、アイザックは「骨を受賞者全員にくれ」と言えず、鱗は受賞者用に配ってもらい、貴重な骨は優秀者に授けてくれという要求をしてしまった。


「そうか。ならば、先ほどの話は十日後に答えてやろう。気に入るものが多ければ、話を受け入れてやってもいい。だが、少なければ……わかっているな?」

「はい、最高の品を用意するように伝えておきます」


 肝心の街を襲わないというところは保留にされたが、今の流れは悪くない。

 あとはドワーフ次第だ。


「それでは、引き続き選別のほどよろしくお願いいたします」


 アイザックは次に槍や鎧というものを見せていく。

 好みの傾向を知るには、剣だけでは不足だからだ。

 一通り見せ終わったのは、日が暮れ始めた頃だった。


「十日後を楽しみにしているぞ」

「お待ちしております」


 アイザックは皆と共にドラゴンを見送る。

 ドラゴンの姿が小さくなっていくのを見て、アイザックの緊張の糸が切れた。


「アイザック!」


 倒れそうになったアイザックの体を、近くにいたハリファックス子爵が受け止める。

 神経をすり減らしたアイザックは意識を失っていた。

 しかし、その表情に苦しみはない。

 やるべき事をやってのけて、いくらか満足そうな表情をしていた。

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