第339話 パメラからの贈り物
自宅に帰ったアイザックの顔は蒼白だった。
出発まで数日の時間をもらったが、その程度では心の動揺を抑えられそうにないくらいの衝撃を受けていた。
相手はドラゴンである。
ゲームでは主人公に狩られる敵キャラでしかないが、現実では違う。
素手で戦闘機と戦えと言われているようなものだ。
実際にドラゴンを見た事がなくとも、象の数倍もの大きさがあると考えればアイザックにも厄介な相手だと想像がつく。
人間は象どころか馬に蹴られても死ぬ。
ドラゴン相手ならどうなるかなど考えるまでもない。
家族や友人達に事情を説明すると、アイザックは肩を落とした。
「……さすがにあなたもドラゴン相手は難しいの?」
マーガレットがアイザックに尋ねる。
「エルフやドワーフは人間と姿や価値観が似ているので、話が通じる相手だと思って会話ができました。お婆様は空飛ぶトカゲと話が通じると思いますか?」
「……無理でしょうね。力が違いすぎます。人間の訴えなど聞く耳は持たないでしょう」
答えるアイザックの表情は暗い。
マーガレットもドラゴンを見た事はないが、屋敷のような――もしかするとそれ以上の大きさの化け物だという事は知っている。
その力は圧倒的で、退治したという話はおとぎ話の英雄譚にあるくらいだ。
歴史書には、嵐が過ぎ去るのを待つようにじっと耐えるしかないと書かれている。
「ここ二百年は人間と関わる事がなかったのに、どうして……」
マーガレットも肩を落とす。
アイザックに「生きろ」と叱りつけたばかりなのに、死を覚悟せねばならない役目を与えられてしまった。
戦場ならば、最悪の場合は捕虜にでもなればいい。
アイザックは公爵なので、身代金目当てに命は助けてくれるだろう。
だが、ドラゴン相手に肩書きは通じない。
戦場に行くよりもずっと危険だった。
「それはドワーフが人間と別れて暮らすようになったからでしょう。ドラゴンもドワーフが作るものの方に興味があり、自然とドワーフの居住地近辺に住むようになったのだと思われます」
「そんな事、今は関係ないでしょ!」
マーガレットの「なんで今更ドラゴンと関わる事になってしまったの?」という嘆きに、クロードが推測を話す。
それをブリジットが咎めた。
クロードは、ばつが悪いといった表情を浮かべる。
それくらいしかこの場で言う事が思い浮かばなかったからだ。
何といえばいいのか、彼にはわからなかった。
今思い浮かぶのは、批判的な事しかない。
あまり、そういう事は言葉にしない方がいいだろうと思うと、ドラゴンの事に関してしか答えられなかったのだ。
「なんで断らなかったの? 考えなくても危ないってわかるじゃない」
だが、ブリジットは違う。
アイザックの判断を真っ向から非難した。
「最初は断ろうとしましたが、陛下に助けてやれと命じられれば断れませんよ。……気球の件で騒動を起こした負い目もありますしね。さすがにドラゴン相手は自信がないので、後悔してますけど」
ブリジットに言われるまでもない。
アイザックだって危険だと思って断ろうとした。
人目を気にする必要がなければ、エリアスの足元にすがりついて涙ながらに「勘弁してくれ」と訴えていただろう。
とはいえ、今は面子を考えた判断を後悔している。
二手三手先の事を考えていても、一手先でつまずいていては意味がない。
生きてこそ、未来に繋がるのだ。
「決まってしまったものは、もうどうしようもありません。ご先祖様がドラゴンと交渉したという記録があったはずです。書斎でヒントになるものがないか調べましょう」
マーガレットが前向きな意見を述べる。
拒否ができないのなら、生きて帰ってこられる可能性を高めるべきだ。
過去の文献が役に立つかもしれない。
祖先の英知に頼る時がきた。
「そうですね。そうした方がいいでしょう」
アイザックも祖母の意見に同意した。
先祖には、かなりえげつない人間が多い。
ドラゴン相手にも上手く交渉した者がいるかもしれない。
そんな人物はアイザックの記憶になかったが、資料を見逃していただけかもしれない。
それでも万が一の可能性に頼りたい。
か細い蜘蛛の糸にすがりつく気分での賛同だった。
「僕達にも手伝わせてください。僕達でも閲覧可能なものがあるのならですけど」
レイモンドが協力を申し出た。
文献を調べるのは、文官志望の彼にとって得意とする分野だ。
本職の文官が手伝うかもしれないが、ここで手伝うべきだと直感的に動いた。
「ええ、手伝ってもらいましょう。文献は私が選別します。ドラゴンの記述があるものを探しなさい。あなた達も手伝ってくれますね?」
「はい!」
ポール達も即答する。
彼らは「実験が上手くいったと喜んでいる裏でアイザックが窮地に陥っていた」という状況についていけていなかった。
正確に言えば、今もついていけていない。
だが、何かをやらねばならないという事はわかっていた。
マーガレットの要請に快く応えた。
マーガレットが彼らに協力してくれるように言ったのは、秘書官や政務官を呼ぶまでもない事だからだ。
文献からドラゴンの記述を探せばいいだけなので、文官を呼ぶ必要はない。
文字の読める者なら誰でもよかったからだ。
それなら、やる気のある彼らで十分だった。
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「うわぁ……、マジかよ」
「これが僕達も読んでいい内容なの?」
「ウェルロッドの屋敷に保管されている文献とか、どんな事が書かれてるんだ?」
「嫌だ、知りたくもない。さすがはウェルロッド侯爵家だ」
アイザックの友人達は、ウェルロッド侯爵家の先祖の経歴が書かれた文献を読んでドン引きしていた。
歴史の教科書に出てくる者なら、どんな事をしたかは知っていた。
しかし、歴史の表に出ない部分を知ると恐ろしくなる。
アイザックもなかなかだが、政治が関わる分だけエグさでは先祖の方が上だったからだ。
親族以外閲覧不可の極秘資料なら、どんなやり方をしていたのかも書かれているはず。
彼らは知らないという事が、どれほど幸せな事なのかを実感していた。
「こら、あなた達。楽しむために読ませているのではありませんよ。ちゃんと探しなさい」
「はい! ですが、どうしても内容が目に入ってしまうので……」
「我が家の歴史に比べると濃密なのでつい……」
マーガレットが注意するが、その効果が薄くなってしまうほど彼らが受けた衝撃は大きいようだ。
過去の当主が行なった
詳細に書かれていない文献だったからこそ想像の余地を与え、より悪辣な行為を思い浮かばせたせいかもしれない。
――どんな問題が起き、その結果どうなったか。
それが書かれているだけで、畏怖の念を抱かせてしまう。
皆に「さすがはアイザックの先祖」と思わせるのに十分な内容だった。
「あった! これじゃない?」
三代毎に現れる傑物の所業にドン引きしながらも、ルーカスが文献からドラゴンの記述を見つけた。
彼は文献をアイザックに見えるように差し出す。
そこには――
「ロイドが王国西部を荒らすドラゴンと交渉。失敗に終わる」
――と書かれていた。
ロイドというのは、ウェルロッド侯爵家の七代目の当主だ。
彼は四代目当主のオースティンが王位を奪い合っていた二つの公爵家を潰したあと、十三代リード王国国王に就いたロイによって、自分の名前に似た名を付けられたという逸話がある人物だ。
七代目として期待され、数々の功績を残していた彼でもドラゴン相手には無理だったようだ。
失敗だった事にアイザックは落胆するが、彼について詳しく書かれた書物を探す。
(ロイドが交渉の末、大量の貢物と生け贄を提案するところまで話を進めたが「何を食い、何を求めるかは我が決める事だ」と、却って怒りを買ってしまった……か)
「どうなんだ?」
心配そうな表情でポールが尋ねる。
「ドラゴンは圧倒的強者だけあって、プライドが高いらしい。これからわかる事はそれだけだね」
「そうか……。でも、他にもあるかもしれないし、探し続けよう」
アイザックが希望のない答えをしたため、ポールは希望を持てるような返事をする。
しかし、アイザックには一つの考えが浮かぶ。
(ご先祖様は交渉に失敗した。だがそれは、ドラゴンのプライドが高い事を知らなかったからだ。プライドが高いと知ったうえでなら、やりようがあるんじゃないか?)
――与えられるのが嫌なら、ドラゴンの望む方向性で話を進めればいい。
少なくとも、昔は話し合いには応じてくれたのだ。
まずは交渉のテーブルについてもいいと思わせて、そこから魅力的かつプライドを傷つけない提案をすればいい。
そうすれば、街を襲わないでくれと頼めるかもしれない。
(いや、頼むのはダメだな。こちらから下手になって頼んでも、あちらが少しでも強制されたと感じたらアウトだ。あくまでも「自分で襲うのをやめようと判断した」と思わせなくてはいけないだろう)
困難ではあるが、可能性がゼロではないという事がアイザックの希望となる。
前世で酔っ払った客を相手にしていた事を考えれば、ドラゴンの方がしらふなだけ話が通じるかもしれないという思いもあった。
「今ので、なにか考えが浮かんだの?」
文献を見ながら考え込むアイザックの姿を見て、ブリジットが尋ねた。
こういう時のアイザックは、何かアイデアが浮かんでいる状態だという事が多い。
――その直感は正しかった。
アイザックの頭の中では、多少なりともアイデアらしきものの形ができつつあったからだ。
「糸口らしきものは見つけられたと思う。あとはそこからどう広げていくかだね」
「今のがヒントになったんだ……」
ブリジットは、アイザックの頭脳に感心するのを通り越して呆れた。
どう考えても、希望のない事実しか書かれていなかったからだ。
そこから成功への道筋を見出すなど、彼女には想像もできなかった。
「他にも情報があれば、いい案が思い浮かぶかもしれない。みんなにはこれからも協力を頼む」
「わかった」
アイザックの表情が少し和らいだ事で、友人達の表情も和らいだ。
マーガレットやクロードも少し落ち着いた表情を見せるが、まだ安心はしなかった。
アイザックは「糸口を見つけた」と言っただけだ。
未知の相手であるドラゴンに、アイザックの頭脳がどこまで通用するかわからない。
アイザックが自信を持った答えを見つけるまで、大人達は安心する事などできなかった。
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結局、ドラゴンに関する記述で役立ちそうだったのは、ロイドの一件だけだった。
他にもあるにはあったが、ドラゴンによる被害がどこそこであったというものくらい。
アイザックが望んでいたヒントとなるものは書かれていなかった。
残念ではあるが、アイザックはこの状況を前向きにとらえていた。
まだ領地の屋敷にも文献はあるし、絶対に失敗すると決まったわけではない。
それに困難な任務だからこそ、成功したら見返りが大きいという事にも気付いた。
エリアスの褒美はどうでもいい。
成功すれば、ドワーフからの信頼が一気に高まるはずだ。
そうすれば、ジークハルト以外にも積極的に協力してくれる者が現れるはず……である。
今はただの願望でしかないが、ドラゴンの襲撃を防ぐ事など誰も達成できなかった事だ。
――ウェルロッド侯爵家の先祖ですら。
これを達成すれば、名声は望むがまま。
ひょっとすると、リード王国内でも王家以上の支持を得られるかもしれない。
ニコル頼りの現状のままでいるよりも、ずっといい未来になる可能性がある。
そう考えると、命を懸ける価値があるように思えてきた。
アイザックが前向きに考え始めた事で、友人達も緊張の糸が途切れる。
調べものを中断して一服する頃には笑顔を見せていた。
一方、マーガレットとクロードの二人は大人だけあって、そこまで楽観的にはなれなかった。
三百年以上生きるクロードですらドラゴンなど見た事がない。
アイザックならなんとかするかもしれないと楽観的にはなれなかったのだ。
「もしかしたら、村の者がドラゴンについて知っているかもしれない。使者を送って確かめてみよう。それと、ノイアイゼンには私もついていこう」
クロードはアイザックを心配し、同行を申し出た。
「私も行く。魔法が使える人がいた方がいいものね。怪我くらいなら治してあげられるし」
すかさず、ブリジットも同行を申し出る。
彼女も当然アイザックを心配していた。
「ありがとうございます。お二人が同行してくれるのなら頼もしいです」
アイザックは素直に感謝した。
心の中では――
「ドラゴン相手に怪我で済むかな? 踏み潰されたら、それどころじゃないと思うけど」
――と思っていたが、それをわざわざ言葉にする必要はない。
手足が潰されるだけで、即死を免れる可能性だってあるのだ。
治療できる者に同行してもらって損はない。
生き残る確率は少しでも高めておきたかったので、彼らの申し出は本当にありがたいものだった。
「俺も行く。何ができるかわからないけど手伝うよ」
カイが彼らに続いた。
しかし、アイザックは彼の同行には渋い顔をした。
「来てくれようとする気持ちは嬉しい。でも、カイには違う事を頼みたいんだ」
「どんな事だ?」
彼は同行を断られて残念そうな表情をするが、自分にも役割があるのなら仕方ないとも考えた。
「僕に何かあったら、ケンドラを守ってやってほしい。これはカイだけじゃない。ポールも、レイモンドも、ルーカスにもだ。みんなは王都に残って、今後に備えておいてほしい」
「アイザック!」
「ドラゴン相手だ。万が一の事も考えておかないといけない。大丈夫だと無責任に確信して、なにもせずにいる方が僕は嫌だ。失敗しても、あとは安心だという保証があるからこそ、僕も危険な場所にいけるんだ。そして、ケンドラを任せられる友人は君達くらいだ。だから、頼むよ。請け負うと言ってくれ」
友人達は顔を見合わせる。
どうするのかを目で語り合っているのだろう。
しばらくしてから、カイが答える。
「……わかった。なにかあったら、妹さんを守るのに全力を尽くそう。けど、生きて帰ってくるのを諦めるなよ。俺達をまとめるのは、やっぱりお前しかいないんだ」
「当然だ。僕もやり残した事がたくさんあるんだ。簡単には死ねないよ」
アイザックはニヤリと笑う。
そう、彼にはまだやり残した事がたくさんある。
――その中でも、恋人とイチャイチャしていない事は心残りだった。
リサという婚約者ができたが、イチャイチャする暇がなかった。
その先も今回の人生で経験しておきたいので、本当に死ぬ気などなかった。
やばくなったら適当なところで逃げる事さえ考えている。
やり残した事を達成するまで、命を軽んじるつもりなどない。
だが、アイザックの言葉を聞いていた者達は違った。
アイザックの言葉は「まだまだエルフやドワーフとの関係も十分ではないし、他国との関係にも懸念がある。それを解決するまでは死ねない」と言っているように聞こえていた。
今までの印象のおかげで、彼らにはアイザックの本心が気付かれる事はなかった。
それからしばらくは、雑談を交わしていた。
――カイ以外の者達も「ドラゴンを見たかった」など、アイザックについていきたかった事を冗談めかしてアピールするが、当然アイザックは却下した。
――「ケンドラが心配ならローランドに頼めばいいのではないか?」と言われれば「あんな子供になにができる」とアイザックが否定する。
いつもであれば何気ない会話。
それをアイザックはいつも以上に楽しんでいた。
そこに、来客の知らせが入る。
――パメラだった。
マーガレットはアイザックがパメラに対してどういう思いを抱いていたのかを知っていたが、少しだけならという条件をつけて、別室で二人きりで話す事を許した。
彼女なりに、アイザックの心残りがないようにという配慮をしてくれたのだろう。
このタイミングで訪れたという事で、用件を察していたというのもあるかもしれない。
アイザックはみんなに「少しだけ席を外す」と伝え、パメラの待つ応接室へ向かった。
アイザックが部屋に入ると、パメラが頭を下げて謝る。
「ジェイソンが……、殿下が余計な事を言ってしまったせいで窮地に陥らせてしまい、申し訳ございませんでした」
パメラはジェイソンに代わって謝りにきたようだ。
だが、その内容は彼女の立場を考えれば危ういもの。
マーガレットが二人きりにしてくれたおかげで、彼女の発言は使用人に聞かれる事はなかった。
他に人がいないからこそ、彼女も思い切った発言ができたのかもしれない。
その事はアイザックにも理解できた。
「パメラさん、そのような発言は危険なのでは?」
「ですが……。ですが、あのような発言でドラゴンの生息地域へ送りだすなど無責任です。それにきっと、アイザックさんをニコルさんから引きは――」
「パメラさん!」
ここには二人しかいない。
それでも、言っていい事と悪い事がある。
みんながそう思っていたとしても、婚約者であるパメラがそれを言葉にする事は許されない。
一度言葉にしてしまえば、またどこかで出てしまう。
それがジェイソンの耳に入れば、今度はパメラが窮地に陥る事になる。
卒業式までは、彼女には安全な状態でいてくれなければアイザックが困るのだ。
「お気持ちはわかっているつもりです。これからしばらくは対策に協力できなくなりますが、戻ってきたらお手伝いさせていただきますよ。だから……、僕の帰りを待っていてください」
「アイザックさん……」
――アイザック自身が窮地に陥っているというのに、自分の事を心配してくれている。
そんなアイザックの優しさに、パメラの瞳が潤む。
彼女はポケットからハンカチを取り出した。
アイザックは、そのハンカチで目元を拭うのだと思っていたが、彼女はそれをアイザックに差し出した。
「私が刺繍をしたハンカチです。お守り代わりに持っていってください」
ハンカチを差し出す彼女は、なぜかすがるような目をしていた。
(そうか、ニコルに関しては俺しか頼れる人がいないもんな。俺が助けてやらないといけないんだ)
「ありがとうございます。必ず生きて帰り、あなたに会いにいきます」
「無事に帰ってきてくださる事を祈りながら、その日をお待ちしています」
二人はしばらく見つめ合う。
少ししてから、パメラが顔を赤らめながら視線を逸らす。
「それでは、そろそろお暇します。あまり長居をしても怒られてしまいますし」
「そうですね。残念ですが仕方ありません。こうして話していられるのも、お婆様がちょっとしたお目こぼしをしてくれているからです。最初の話は聞かなかった事にしておきます」
「ええ、そうですね。婚約者の身でありながら、殿下に代わって謝罪するなど出過ぎた行為でした……。成功するよりも、私はアイザックさんが無事に帰ってきてくださる事の方が嬉しいので、お気を付けてください」
「もちろんです。実は解決の糸口らしきものを見つけたので、まったくダメというわけでもないんです。失敗する確率の方が高いですけどね」
アイザックはパメラを安心させるように笑顔を見せると、彼女を玄関まで見送った。
(ジェイソンの行為を謝りにきたっていうよりも、心配する気持ちを伝えにきてくれたって感じかな。心強いお守りも貰えたし、きっと無事に帰ってこられるだろう)
アイザックの考えは間違ってはいない。
だが、すべてが正しいというわけでもなかった。
これは彼女なりの助けを求めるメッセージでもあったのだ。
大昔、どこかの国の姫が騎士に恋をした。
しかし、身分違いの恋。
思いが叶うはずもない。
そこで、自らの手で刺繍を施したハンカチを、他人に気付かれぬようにプレゼントした。
せめて、自分の縫った物を持っていてもらいたくて。
――それが二月十四日の事で、バレンタインデーと呼ばれるようになる。
プレゼントを受け取った騎士は、姫の思いに気付いた。
しかし、身分違いの恋。
思いが叶うはずもない。
そこで、当時その国の王都付近を騒がせていた小型のドラゴンを倒す事にした。
その狙いは成功。
ドラゴンを討ち取った褒美として、姫との結婚を勝ち取る。
――それが三月十四日の出来事で、後にホワイトデーと呼ばれる日になる。
――ドラゴンを討ち取り、自分を褒美として求めてほしい。
そんな願いが刺繍入りのハンカチには籠められていた。
だが、ここでパメラに大きな誤算が生じる。
――アイザックが、この故事にまったく気付いていなかった事だ。
この世界では、バレンタインデーに義理チョコを渡すという風習などない。
本命の相手に自分の人生を懸けてプレゼントを贈るのだ。
そのため、義理チョコなどのプレゼントを貰えなかったアイザックは「この世界でも俺はモテないんだ」と思い、バレンタインデーの事を記憶の底に封印してしまっていた。
だから、アイザックはパメラから貰ったハンカチを、千人針のようなお守り代わりにもらえたのだと思い込んでしまっていた。
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