第331話 ロレッタとパメラへの説明
ある日の事。
アイザックはファーティル王国の大使館を訪ねていた。
ロレッタにお礼を言うためだ。
とはいえ、彼女が何かをやったわけではない。
「気になっておられたでしょうが、これまで静観してくださった事感謝しております」
アイザックは花束をロレッタに渡す。
彼女が動いたわけではないので、ちょっとした感謝の気持ちだ。
ロレッタは嬉しそうに花束を受け取る。
「アイザック
「ほう、ニコラスがですか」
アイザックは同席しているニコラスを見る。
彼は少し緊張しているようだった。
「聖女であるジュディス様の問題は、リード王国内だけで済ませる問題だと思いました。アイザック先輩が貴族派と中立派の間で済ませようとしていたので、興味本位で話を聞こうとするという事も控えておくべきだと進言したのです」
ニコラスの言葉に、アイザックはうんうんとうなずく。
「ロレッタ
救国の英雄に褒められて、ニコラスは照れ笑いを浮かべる。
他の者達が羨ましそうな視線を彼に向けた。
そんな彼らに、アイザックは言葉をかける。
「主君が望む事だけを言うのが臣下の役割じゃない。たとえ嫌われようとも、状況に応じて必要な事を進言する事が重要なんだ。主君にいくつもの選択肢を用意するのが臣下の役割だ。君達もどんどん意見を述べるといい」
「はい!」
彼らはアイザックから貴重な助言を授けられた事を素直に喜んだ。
言っている内容は難しいものではない。
誰もがわかっているが、ついつい忘れがちになってしまいそうになる事だ。
だが「アイザックに教えられた」という事が彼らには重要だった。
ささいな事でも、尊敬する相手の言葉は非常に貴重なものに思えていたのだ。
「それで……。今日はどんな事があったのか教えてくださるのですか? 耳に入ってくる噂を聞くだけでも、とんでもない事だったそうですけれど。今までずっとアイザックさんのところを訪ねようとするのを我慢していたんです」
「もちろんです。そのために本日伺ったんですから」
アイザックは爽やかな笑顔を浮かべて答える。
(ファーティル王国と友好的な関係を築いておくのは悪くない。それにしても、他国の大使館で王女様相手に友達のように話すのは嫌だな……)
ロレッタが「アイザック先輩」でも「エンフィールド公」でもなく「アイザックさん」と呼んできたので、アイザックもそれに合わせていた。
だが、ここはファーティル王国の大使館。
ファーティル王国側の領域である。
ロレッタが望んでいるとはいえ「ロレッタさん」と呼ぶのには抵抗があった。
まるで初めて遊びに行った友人の家でトイレを借りるかのような居心地の悪さだった。
「まぁ、凄い!」
事情の説明が終わると、ロレッタが両手を口元に当てて驚いた。
男子は目を見開き、女子はロレッタと似たり寄ったりの反応をする。
中には「ニコルに見惚れていた自分の婚約者は大丈夫だろうか」と不安そうな視線を向ける者もいる。
「話を聞いている限りだと、ジュディスさんだけではなく、アイザックさんも神に選ばれた人のように思えますわね」
「えっ? なぜですか?」
ロレッタの言葉は、アイザックが考えた事もないものだった。
「あら。もしかして、アイザックさんが気付いていない事に気付けたのかしら?」
彼女はクスクスと笑う。
ニコラス達は「アイザックの事を笑っても大丈夫なのか?」と内心ヒヤヒヤしていた。
公爵家当主であるアイザックの方が、王族というだけのロレッタよりも形式上の立場は上だ。
談笑くらいならともかく、相手に勝ったという意味合いが含まれる笑いはまずい。
特に立場の弱い彼らには、恐怖を感じるくらいの行動だ。
二人は友好的な関係にあるようなのでここでは注意はしないが、あとで軽く指摘をしておこうと考えていた。
周囲は心配するものの、ロレッタ自身には悪意がなかった。
彼女は純粋にアイザックの一歩先を進めた事を喜んでいるだけだったからだ。
「セス大司教猊下が祈りを捧げ、ジュディス様を神が救った。一見そのように見えますが、神がアイザックさんに人を殺めさせないため、ジュディス様を傷つけないようにした。……という風にも見えませんか?」
これにはアイザックも苦笑いを浮かべる。
確かにそういう見方もあるのかもしれない。
アイザックの視点からみれば、
しかも、その下準備であるマジックナイフの用意まで済ませていた。
ジュディスを助けた者を神と呼ぶのなら、ロレッタの言う通りではある。
だが、あまり神格化されても困るので、すぐに否定する事にした。
「それを聞いて、神はやはりジュディスさんを助けるために奇跡を起こされたのだと確信しました。僕はすでに兄を殺していますので、それはないでしょう。神が僕を見守っているというのであれば、兄の時も奇跡を起こされていたでしょうからね」
「あっ、そういえばそうでした……」
ロレッタはアイザックへの恋心で目が曇ってしまっているのだろう。
「アイザックこそ聖人では?」という考えが真っ先に浮かんでいた。
だから、過去の所業がついうっかり頭から抜けてしまっていたのだ。
「アイザックさんを見ていると、自分の手で人を殺すような人には見えないのですよね。普通の人にしか見えません」
「手を汚さずに済むなら、それが一番なんでしょうけどね。あの時は追い詰められていましたから、やるしかなかったんです」
「やっぱり、仕方ない状況だったんですね。あまり暴力的な方には見えませんでしたので不思議だったんです。やる時にやれる人は……、素敵だと思います」
ロレッタは何故か頬を赤らめた。
アイザックは「頬を染める流れだったかな?」と不思議そうに彼女を見る。
他の者達は「あぁ、普段の物腰柔らかい態度は人を油断させるためなんだな」と畏怖の念を籠めてアイザックを見ていた。
だが、ロレッタもアイザックの事を褒めるばかりではなかった。
どうしても拭いきれない疑惑もある。
それを正直にぶつける。
「ですが、ニコル
ロレッタは初対面の印象が最悪だったニコルの事を嫌っていた。
だから、ニコルさんではなく、先輩と呼ぶ事で少しでも距離を取ろうという気持ちが自然と出ていた。
(ニコルも事件の一因なのに、助けられるっていうのは不自然かもしれない。だから、不思議に思うんだろうな)
アイザックはそう思った。
ロレッタに事情を説明しておくべきだとも考える。
「今回の件はマイケルの暴走が原因です。懲罰対象もマイケルでした。ですので、マイケルの望み通りにいかせるわけにはいきません。ニコルさんを守ろうとしたのも、マイケルの邪魔をするためです。ニコルさんのためではありませんよ」
「それは理屈としては理解できるのですが……」
アイザックの理屈は「マイケルを得させないため」というものだった。
それはそれで間違ってはいない。
だが、感情の面で納得できない事もある。
「噂で聞いた限りでは、マイケル先輩の事なんてどうでもよくて、まるでニコル先輩の事だけを考えて守ろうとしているように思えました。アイザックさんは本当にニコル先輩の事を好きじゃないんですか?」
「まさか! それは誤解です。僕はニコルさんに興味なんてありません。それに、僕には婚約者がいます。彼女の方がニコルさんよりも魅力的です。ニコルさんの事を好きになんてなってません」
「だといいのですが、ニコル先輩は悔しいくらい美しい方なので……」
ロレッタは、アイザックの事を心配そうな目で見る。
――女も認める美少女。
人によっては悔しさを感じないほどの差がある美しさだ。
顔の傷跡で自信を持てない人生を送っていたロレッタには、美しさでは勝ち目がない相手だという思いを持っていた。
そのため、アイザックがニコルの魅力に負けても仕方ないと考えてしまっている。
アイザックはロレッタがどう考えているかを察したわけではないが、彼女の発言により心中で焦る。
(あれ? なんだかまずいような気がするぞ……)
アイザックが焦った原因はロレッタにではなく、パメラにある。
カイのおかげで誤解は解けたが、そのすぐあとに疑惑を持たれるような事をしてしまった。
きっと、また不安になっているかもしれない。
(すぐにでも弁解をしておいた方がいいだろうな……)
――肝心なのはパメラである。
ニコルをジェイソンにけしかけ、ジェイソンが失態を演じたとしても、パメラの心が離れてしまっては意味がない。
早急に会って説明をしておかねばならない。
ロレッタと会わなければ気付かなかった事だ。
自分の愚かさが恨めしい。
「アイザックさん?」
黙ってしまったアイザックにロレッタが声をかける。
その言葉でアイザックは目の前の問題を先に片づけないといけないと気付く。
「いえ、ロレッタさんがニコルさんの事で、なぜ心配そうな顔をされているのか不思議でして。美しさではロレッタさんの方が上でしょう? 確かに失礼な態度を取っていたので嫌うのは仕方ないですが、ロレッタさんが気にするような相手ではありませんよ」
アイザックは正直な感想を言った。
これに関しては嘘偽りがない本心だ。
だからこそ、聞いていた相手の心にも直接響く。
アイザックに「美しい」と言われ、ロレッタは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
他の者達も同様に、アイザックがロレッタの事を美しいと思っていると信じてしまうほど、言葉には真実味があった。
しかし、違う反応を示した者がいた。
話を横で聞いていたニコラスは、ただ一人真実を知っている。
――アイザックが世間一般とは違う価値観を持っているという事を。
(これだけは言えない。絶対に言えない。あぁ、大叔母様と世間話なんてするんじゃなかった……)
彼は他の者達の手前、特別扱いをしないとは言われていた。
だが、人前でなければ別だ。
ちょっとした用事でウェルロッド侯爵家の屋敷を訪ねた時に、彼はマーガレットと話をした。
その時「アイザックの女性の好みは、地味目な女の子だ」と話題に出ていた。
地味目というのはオブラートに包んだ曖昧な表現。
実際は「器量が悪い方が好み」という事も、会話の節々から感じていた。
そんなアイザックが「ロレッタさんは美しい」と言ったのだ。
世間の基準で言えば「ブサイクですね」と言っているようなもの。
ロレッタ本人がアイザックに評価されて喜んでいるのでまだいいが、それでもこの真実だけは話す事ができない。
ニコラスは、傷跡が消えてロレッタが喜んでいた事を知っていたからだ。
「傷跡が残っていた方が好かれていたのでは?」とガッカリするところを見たくはない。
バレそうになったら、詳しい事情を知っている自分が上手く誤魔化さねばならない。
(お爺様の言う通りだった……。大叔母様と話すんじゃなかった)
ニコラスは祖父のソーニクロフト侯爵と話した時の事を思い出す。
『困った事があればウェルロッド侯に相談しろ。ただ、マーガレットには気を付けろ』
『大叔母様に? 逆ではありませんか? 大叔母様は身内ですよね』
『確かに今はウェルロッド侯爵家に嫁いでいるとはいえ、ファーティル王家への忠誠も忘れてはいないだろう。しかし、あいつは油断ならんところがある。先代のウェルロッド侯が息子の嫁にと選んだ奴だぞ。両国のためになると思ってお前を何かに利用しようとするかもしれん。マーガレットと話す時は言葉に気を付けるように』
という話をしていた。
今は祖父の忠告を軽く思っていた事を悔やんでも悔やみきれない。
(何気ない雑談の流れ。でも、さり気なくほのめかされただけで、殿下とエンフィールド公の関係が上手くいくように動かざるを得ない状況にされてしまった。本当に油断ならない方だ……)
マーガレットも「祖国の王女との関係を持てればいいな」程度だったのかもしれない。
ロレッタとアイザックの仲を取り持つのは、両国のためにも悪い事ではない。
ニコラスとしても、それを助けるのに異存はなかった。
しかし、アイザックの好みが何かの拍子に知られはしないかと、ニコラスはハラハラとした思いを胸に抱えていた。
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一学期終業式の三日前。
アイザックは、ルーカスを通じてパメラと密会する事にした。
終業式の前日や当日は生徒会で忙しいだろうし、夏休みに入ってから誘うのも気が引ける。
そこで、余裕のある日を選んで会う事にしたのだった。
いつも通り、お菓子屋の個室で会う事にする。
今回は部活のないレイモンドとルーカスの二人を同行させている。
(大丈夫。ちゃんと説明すればわかってもらえる。俺は女の子の気持ちにはそこそこ詳しいんだ。自信を持て)
前世で話していた女の子は妹だけではない。
恋人はいなかったものの、女友達くらいはいたのだ。
みんな「高橋君はいい人だけど、お友達のままでいたいの」「これからもいいお友達でいれたらいいな」と言ってくれていた。
ネイサンを殺した時に離れていってしまったが、今世では幼い頃から周囲に女友達がいた。
前世の経験と今世の経験を合わせれば、パメラを誤魔化す事くらいできるはずだ。
(よし、いくか)
アイザックは、パメラが待っている部屋のドアを開ける。
すると、ハンカチで目元を押さえて泣いているパメラの姿と、彼女を慰めているシャロンの姿があった。
(帰りたい……)
決意から三秒でアイザックの心が折れる。
気まず過ぎて、踵を返して家に帰りたくなった。
しかし、ここで逃げ帰ってしまえば、状況はさらに悪化する。
逃げる事はできず、その場に立ち尽くしてしまう。
そんなアイザックの背中を押す者がいた。
比喩ではなく、手で物理的にだ。
アイザックが振り向くと、押していたのはレイモンドだった。
目で「行くしかない」と語っている。
(そうだな。逃げる事はできない。むしろ、不安を取り除く事で好意を持ってもらえるチャンスと考えた方がいいかもしれない。いくか)
物理的に背を押されたため、アイザックは部屋の中に踏み込む。
パメラがハンカチを離し、アイザックの姿を確認したところで、また顔を隠す。
泣いてぐしゃぐしゃになった顔を見られたくなかったからだ。
「お久しぶりです。パメラ様は……。先ほどまで大丈夫だったのですが、そろそろアイザックさんが来られる頃だと仰ると泣き出されて……」
「そ、そうですか」
シャロンの言葉は、アイザックの心をえぐる。
それだけパメラの心に負担をかけてしまっているという事だ。
悲しませるつもりはなかったが、誤解させてしまったのは自分の責任である。
至急、誤解を解く必要があった。
「なんで……。なんで、アイザック……さんは、ニコルさんを……。何を信じて、いいのか……。私には、わかりません」
アイザックが喋るよりも早く、パメラが涙声でアイザックを責める。
彼女からすると、アイザックがニコルになびいたようにしか思えなかったからだ。
信頼しようと思ったばかりなので、そのショックも大きかった。
(やばっ、普通の言い訳じゃダメそうだな)
パメラの様子を見て、アイザックはそう思った。
「違います」と言うだけだと、おそらくわかってもらえない。
ここは逆に開き直る方がいいと考えた。
アイザックは冷静なフリをして、パメラの正面に座る。
「僕を疑う? なぜですか? その理由がわかりません」
その言葉にパメラは「信じられない」と言わんばかりに、大きく目を見開く。
だが、彼女が何かを言う前にアイザックが続ける。
「ニコルさんに守ると言った事ですか? その事が何故悲しませる理由になるんです? あれはマイケルの望みを一つも叶えようとさせないためでした。ニコルさん本人を守るためではなかったんですよ」
「でも、ニコルさんは……。殿下を……」
「わかっています。ですが、僕がパメラさんに頼まれたのは、殿下から引き離してほしいという内容でした。ニコルさんの事を
「それは……」
パメラは何も言えなかった。
本心ではニコルに対する厳しい対応を望んでいたとしても、それを少なからず心を惹かれているアイザックに頼む事はできなかったからだ。
表面上は「ジェイソンから引き離してほしい」という姿勢を取るしかない。
そうしないと、アイザックに失望されてしまいそうだったからだ。
もちろん、パメラがニコルの暗殺を頼んでいても、アイザックは失望したりはしなかった。
彼女の立場を考えれば「卒業式にどうなるか知らないのに過剰反応し過ぎじゃないか?」と思う程度で済んでいただろう。
しかし、それはアイザックがパメラとジェイソンの未来を知っているからだ。
アイザックとしては「未来を知らないんだから、ジェイソンを引き離してほしい」とだけ、パメラが願っていると思っていた。
残念ながら、女性の本当の願いを見抜くような力はアイザックになかった。
「僕はパメラさんの頼みを忘れたわけではありません。これからもニコルさんを殿下から遠ざけるためにお手伝いします。ですが、それは頼まれた範囲内です。僕が勝手にニコルさんを処理したりしたら、きっとパメラさんは気に病む事でしょう。人を殺すという事は、思っているよりも心の負担になるんですよ」
アイザックはパメラの依頼が「引き離す」という事を主張して泣く勢いが緩んだところで、あくまでもパメラの事を考えてニコルを暗殺したりはしていないのだと優しく語り掛ける。
それは兄殺しの経験があるアイザックが言うと、不思議な説得力があった。
パメラは徐々に泣き止み、ある程度落ち着いたところでルーカスを見る。
見られたルーカスは、その視線の意味に気付いて慌てる。
「いえ、あれはどう見てもニコルさんを守ろうという意思が強く見えたので……。僕の見間違いだったかもしれません。でも、誤解しないでいただきたいのですが、僕がアイザックくんの考えを見抜けるわけないじゃないですか。見たままの事を話しただけなんです」
ルーカスの弁解により、アイザックはパメラが彼の報告で勘違いしていたのだと気付く。
だが、ルーカスを咎めるつもりはなかった。
彼の立場を考えれば、パメラに報告するのは当たり前の事だ。
アイザックが何をしたのかを報告するのかはわからないが、ニコルに関するものを報告する役割を任されているのはわかっていた。
「ルーカス、報告をする時は客観的にしないといけないよ。主観が混じるといらぬ誤解を生む事になる」
アイザックはルーカスに一言注意すると、次はパメラに向けて言葉を放つ。
「パメラさん、僕はあなたを守ると言った。その言葉に嘘偽りはありません。そして、ニコルさんに守ると言った言葉にも嘘偽りはありません」
パメラの顔が引きつる。
アイザックをニコルに取られたように気分になったからだ。
「僕がパメラさんに言った言葉は範囲を限定していませんが、ニコルさんへの言葉はブランダー伯爵家に限定したもの。けっしてニコルさんに全面的な協力をするという意味ではありません。肝心なところを勘違いしないでください」
「はい……」
パメラが顔を真っ赤にして、またハンカチで顔を覆う。
今度は泣いて紅潮したものではなく、アイザックがニコルに攻略されたと疑ってしまって恥ずかしかったせいだ。
「ごめんなさい。私、アイザックさんの事を――」
「気にしなくてもかまいません。疑わしい行動をしたのは僕なのですから。ですが、覚えておいてください。僕とニコルさんの関係が良好なものであればあるほど、彼女の動きを自然な形で見張る事ができるんです」
アイザックはパメラの言葉を遮った。
彼女から疑っていたなどという言葉を聞きたくなかったし、彼女に言わせたくなかったからだ。
「人前ではなく、こっそりどこか二人きりで話していたら、それはそれで不安になるでしょう? だから、やむなく人目のあるところで言ったんですよ。噂としてブランダー伯爵の耳に入るようにと思ったのでね」
「そうだったんですね。私って本当にバカで……」
パメラは返事をするが、ハンカチで隠された顔は不安でいっぱいだった。
アイザックは頼りになる。
だが、ニコルに近付けば近付くほど、アイザックが正気でなくなるような気がしていたからだ。
今回の行動も、ニコルと
これから先、アイザックを無条件で信じてもいいものか不安になる。
しかし、アイザックだけは信じてもいいような不思議な感覚があった。
相反する思いに駆られて、パメラは胸が締め付けられるような思いをしていた。
一方、アイザックはアイザックで不安で胸いっぱいだった。
(やばいな。あの時、ニコルの顔を見て「言わないといけない」と思ったから言っただけなのに……。でも、なんであの時、みんなの前で言っちゃったんだろう……)
パメラにはその場しのぎの言い訳で取り繕ったが、アイザックは自分の行動が理解できなかった。
密会していると噂されようが、二人で話せばよかった。
そもそもニコルに言わず、ブランダー伯爵に使者を出せば済む問題だったのだ。
教室の中でニコルに直接言う必要などなかった。
(まったくもう……。その場の思いつきで行動すると、本当にロクな目に遭わない。これからはより一層、慎重な行動が要求されるっていうのにさ。気を付けよう)
アイザックは、そのように考えた。
うっかりやらかす事は今までにもあった。
今回もその一つだと思う事で、自分のミスという程度にしか思えなかったのだった。
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