第309話 パメラを呼び出す口実

 アイザックは、パメラともっとお近付きになりたい。

 だが、ジェイソンという婚約者がいるせいで、堂々と会う機会を作れない。

 そこで一計を案じた。


 ――会う正当な理由があればいい。

 ――なければ作ればいい。


 しかし、いきなり二人っきりで会おうとする勇気もない。

 まずは家に呼んだりする事に慣れていくべきだろうとアイザックは考えた。

 そこで身近にいて、普段から家に呼んだりしていない者にも声をかける事にした。

 放課後、アマンダを誘う。


「今度の週末、予定は空いてますか? 実は僕の家で会わせたい人がいるんですけど」

「えっ、アイザックくんの家で? ……誰と?」


 今までであれば、アマンダは誰と会うか確認せずに了承していただろう。

 だが、父との会話で今のアイザックが自分との婚約に動く事はないとわかっている。

 そのおかげで、まずは状況を確認する事ができるようになっていた。


「エルフのクロードさんとブリジットさんです。パーティーとかで会う事はあっても、ゆっくり膝を突き合わせて話すという事はなかったでしょう? これからのためにも、一度経験をしておいた方がいいかなと思ったので。二人は大使のエドモンドさんよりかは話しかけやすいですので、エルフに慣れるのにちょうどいいですよ」


「やっぱり」とアマンダは思った。

 しかし、予想が当たった事を喜べなかった。

 むしろガッカリしていたくらいだ。

 アイザックから婚約しようという気配が見えないという事は、モーガンがまだ婚約を許していないという事。

 祖父の言いつけを守る律義さは立派なものだが、こういう時はその律義さを捨ててほしいと思ってしまう。

 そして、それだけではない。


「他には誰か来るの?」


 当日になってガッカリしないためにも、今のうちに確認する事も忘れなかった。

「二人で会う」とぬか喜びにならないよう、あらかじめ聞いておく。


「パメラさんと……。フレッドも呼ぶ予定だよ。大勢呼んだら、ゆっくり話ができないからね。まずは侯爵家の子供達だけで話す機会を作ろうと思ったんだ。懇親会にフレッドを呼ぶかどうかは迷ったけど、彼だけのけ者にはできないから……」


 またしても「やっぱり」とアマンダは思った。

 だが、フレッドの名前を口にする時に言い淀んだので、アイザックが気遣ってくれている事がわかった。

 完全にどうでもいい存在扱いはされていない。

 それだけでも、アマンダにとってはちょっとした収穫だった。


「フレッドの事は気にしなくてもいいよ。ボクも参加するね。聞いてみたかった事もあるから」


 アマンダは屈託のない笑みで了承した。

 アイザックと婚約するには、モーガンの許可が必要だ。

 だが、そこに至るまでに日頃の関係も積み重ねておいた方がいい。

 アイザックが最終的な判断を下す時に、それまでの関係が多少なりとも影響するかもしれないからだ。


「わかった。それじゃあ、よろしく」


 アイザックはアマンダが了承してくれた事を喜ぶ。

 ルーカスやシャロン抜きでパメラと会えば、きっとクロードやブリジットの存在を邪魔に思ってしまう。

 自然と失礼な態度が出てしまうかもしれないので、彼女が同席してくれるのはアイザックにとってありがたかった。



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 アマンダを誘えたおかげで、アイザックはパメラにも気楽に声をかける事ができた。

 ついでにフレッドにも……。

 週末、三人がウェルロッド侯爵家の屋敷を訪れた。

 今回はモーガンやマーガレット抜きの気楽な集まりだ。

 アイザックはさり気なくパメラの隣の席を確保する。


(それにしても、なんでブリジットは残ったんだろう)


 アイザックは、ブリジットが王都に残った事を不思議がる。

 クロードは「アイザックが心配だから」と一緒にいた事はあったが、ブリジットはウェルロッドに行ったりしていた。

 今年に限ってなぜ残ったのかが不思議で仕方がなかった。

 だが、それはそれで都合がいい。

 クロードだけなら真面目な雰囲気になってしまうが、彼女がいれば和やかな雰囲気で話ができるはずだ。

 最初から良い雰囲気で話ができるだろう。


「フレッドは知ってるけど、パメラさんとアマンダさんとはゆっくり話した事なかったね。よろしく」


 ブリジットがフレンドリーな態度で話しかける。

 こういう集まりでは最初の挨拶が重要だ。

 軽く挨拶をすれば、その軽い雰囲気で他の者も話しかけられる。


 これはあらかじめアイザックがお願いしていた事だった。

 公式の場では無理だが、私的な場なら効果がある。

 とはいえ、アイザックが同じ事をやっても意味がない。

 エルフのブリジットがやるから意味があるのだ。

 実際、パメラ達の挨拶は礼儀正しいものであったが、言葉の端々から気楽さが窺えた。


「こうしてエルフと話せるのは嬉しい。けど、いいのか? ジェイソン抜きでやって」


 挨拶が終わると、いきなりフレッドがアイザックに疑問を投げかけた。

 それは、せっかくブリジットに頼んで作ってもらった軽い雰囲気を吹き飛ばしかねない内容だった。


「殿下は大使のエドワルドさんと会う機会があるけど、みんなはなかなかエルフやドワーフの人達と会う機会がないよね? 未来のリード王国を担う者として、実際に話す経験をしておいた方がいいと思ったから、この場を設けたんだ。もちろん、陛下や殿下にも話して許可を取っているよ」


 だから、アイザックはすぐに否定した。

 本音を言えば、パメラと・・・・気楽に話せる雰囲気のままにしたかった。

 それだけに、アイザックも心の中では必死だった。


「それに、大使という立場のあるエドワルドさんよりも話しやすいと思うよ。特にブリジットさんの方は」

「それはわかっている」

「ちょっと、それはどういう意味!」


 アイザックとフレッドの話に、頬を膨らませたブリジットが割り込んでくる。

 彼女としては不本意な内容だったらしい。


「だって、ブリジットさんは結構子供っぽいところあるじゃないですか。俺やネイサンと遊んでいる時に結構ムキになってたし」

「遊びだからって手を抜く方が失礼でしょ」

「当時の俺達、七歳とか八歳だったんだけど……」


 フレッドが呆れた態度で言い返すと、パメラがクスリと笑った。

 アイザックも口を開けて大笑いしてしまいそうだったが、最近ブリジットの様子がおかしいので必死に我慢していた。


「お前、子供相手にムキになってたのか……」


 さすがにクロードも呆れ顔をしていた。

 ブリジットが子供達の遊び相手になっていたのは知っていたが、大人げない態度を取っていたとは彼も知らなかったからだ。


「仕方ないでしょう。人間の子供との付き合い方なんて知らなかったんだし。そもそも、アイザックのせいで基準が狂っちゃったのよ。人間の子供がそういうものだって最初に思っちゃったんだもん」


 ブリジットは、アイザックに責任をなすりつけようとする。

 エルフの子供ではありえない、個性的な子供と最初に接触してしまったのだ。

 強く印象が残ってしまうのも無理はない。


「あの、アイザックくんとはどうやって知り合ったんですか? ティリーヒルで知り合ったとは聞いていたんですけど、詳しい事はあんまり知らなくって」


 アマンダがクロードとブリジットに尋ねる。

 この質問には、パメラやフレッドも興味津々といった表情を見せた。

 エルフと知り合うなど、尋常ならざる事だ。

 よほどの事があったに違いない。

 是非とも聞いてみたい事だった。


 そして、これは興味だけではない。

 出会った内容の中に、アイザックがエルフやドワーフと親密になる秘密が隠されている可能性が高い。

 その知謀と人脈形成の秘訣を知るきっかけになるかもしれない。

 この場にいたメイド達も、クロードやブリジットがどのような事を話すのか耳を傾けていた。


「あー、出会い方ね。最初は私がアイザックと森で出会ったの」

「えっ、森で?」


 皆の視線がアイザックに集まる。

 アイザックはフィールドワークを行うタイプではない。

 誰もが森の中で何かとんでもない事をしようとしていたのではないかと息を呑んだ。


「そうよ。松茸を食べようとして、火を焚いていたところを見つけてね。一緒に火を使わせてって話しかけたのが知り合ったきっかけね。……そうか。今思えば、エルフと人間の友好関係が復活したのも私のおかげって事ね」


 ブリジットが胸を張って自慢気にしていた。

 そんな彼女に称賛の声が浴びせられる前に、クロードのゲンコツが浴びせられた。


「お前! 女の子が一人で人間と接触してはいけないと教えられていただろう! なにを自慢気にしているんだ、なにを!」


 そもそも、二百年前に起きた種族間戦争のきっかけがエルフやドワーフを奴隷化しようとした事だ。

 その中には魔法を使えるというだけではなく、美形揃いのエルフを相手に性的な搾取をしようとした事も含まれている。

 若い女の子が一人で人間と会うなど言語道断。

 ここは大人として、しっかりと叱りつける場面だった。


「でもいいじゃない。上手くいったんだから」


 頭を押さえながら、ブリジットが反論する。

 だが、クロードの顔は一段と険しくなる。


「それは結果論だ。アイザックだって、一人で森にいたわけじゃないだろう? 護衛がいたはずだ。そんなところに一人で行くなんてありえないんだぞ。反省しているならともかく、自慢するような事じゃない!」

「わかってるわよ。でも、それは済んだ事。村長に話した時に怒られてるんだから、もういいじゃない」

「まったく……」


 クロードが頭を抱える。

 彼もブリジットとアイザックの出会い方は知っていた。

 だから、不用意に接触した事を今更怒っているわけではない。

 自慢気に話すなど、反省していない事を怒っていたのだ。


 彼は本気で怒っていたが、パメラ達はその姿を見て萎縮したりはしなかった。

 エルフも人間と変わらないという印象を植え付ける事に成功していた。

 クロード本人にとっては不本意な形ではあったろうが。


「マツタケって……、きのこの松茸・・・・・・の事ですか?」


 なぜかパメラが松茸の話題に食いついた。

 アイザックは「えっ、そこに反応するんだ?」と思ったが、すぐに考え直した。

 ブリジットがクロードに怒られたので、彼女の行動に触れるのではなく、食べ物の話題に変えようとしているのだと思ったからだ。

 食べ物の話題は、どこでも使える無難な話である。

 まずは入りやすい話題にしようとしている彼女の気遣いに、アイザックは感心していた。


「ティリーヒルの近くに松林があったので『そういえば、松の木にしかできないとかいうキノコがあったなぁ』と思い出して食べてみたいとオルグレン男爵にお願いしてみたんです。松茸の味よりも、ブリジットが現れた事の方に驚きましたけど」

「そうなんですか。エルフの方も食べるという松茸……。私も一度食べてみたいですね」


 パメラの言葉を聞いて、アイザックは「あれ、もしかして本当に松茸に興味を持っているだけか?」と思った。

 ひょっとすると、グルメにうるさいタイプなのかもしれない。

 知らなかった彼女の一面を知る事ができて、アイザックは一つの収穫を得る事ができた気分になっていた。


「ん? パメラは松茸なんかに興味があるのか? 匂い以外は普通のきのこみたいなものだぞ。匂いは……、戦技部の男子更衣室に来ればよくわかるぞ」


 フレッドが元も子もない事を言う。

 この世界の人々には、松茸の匂いが悪臭のように感じるそうだ。

 当時同行していた騎士もフレッドと似たような事を言っていたので、フレッドだけの感想ではなかった。


「男子更衣室は遠慮しておきます。フレッドも食べた事があるの?」

「ウィルメンテ侯爵領でも採れるからな。領地で採れるものは一通り食べさせられて、覚えさせられたよ」


 武官の家らしく、戦場で食料に困らないよう食べられるものを覚えさせられたのだろう。

 しかし、アイザックはその事実よりも、パメラとフレッドが親しそうにしている事が気になった。


(パメラはジェイソンの婚約者。ジェイソンの親友であるフレッドと親しくてもおかしくはない……か)


 接する機会はアイザックよりも多かったという事はわかる。

 だがそれでも、パメラと親しそうに話すフレッドに対して強烈な嫉妬を覚える。


(俺だってそんな風に話したいのに!)


 相手がフレッドではなく、他の男であれば違ったかもしれない。

 話しているのがフレッドだったせいで「なんでこいつが」という思いが一段と強くなってしまっている。


「フレッド、お二人の前で失礼だよ」


 アマンダがフレッドを制止する。

 その言葉の後ろには「死ねばいいのに」と付いていそうなほど冷たい口調だった。

 だが、その発言自体は間違っていない。

 松茸を食べているエルフ相手に失礼極まりない内容を諫めるものだったからだ。


「大丈夫、大丈夫。私達も松茸は狩りに出かけた時に小腹が空いたなぁって思った時くらいしか食べないものだし。好き好んで食べようとするアイザックに驚いたくらいだもん」


 アマンダの冷え切った言葉を、ブリジットが笑い飛ばした。

 自然の恵みなので無下には扱わないものの、エルフに珍重されるようなものではないらしい。

 この話を聞いて、パメラも食べたいとは言い出さなくなってしまった。

 それだけに、アイザックが変わり者だという印象が強くなってしまう。


「そうだったんですね。アイザックくんと出会ったあとはどうだったんですか?」


 アマンダは、この機会に少しでもアイザックの事を多く知ろうとして、さらに尋ねる。


「それは私から話そう」


 今度はクロードが答える。

 交渉に出向いた時の事を、彼の視点から話した。

 特にマチアスがアイザックにイナゴの串焼きなどを食べさせようとして、クロードに怒られたところは衝撃的だったようだ。

 お茶目な一面に「あの建国の英雄が?」と皆が驚いた。

 ジェイソンと共にアイザックから話を聞いていたフレッドも、クロードの口から聞いて改めて驚いていた。


「マチアスさんは、黙っていたら結構渋いお爺さんなんだけどねぇ……」


 ブリジットも、マチアスを庇いきれなかった。

 同じ村に住んでいただけに、何かちょっかいを出されていたのかもしれない。

 彼女が庇えなかったのも仕方のない事。

 孫であるクロードですら庇いようがないのだ。

 マチアスのお茶目っぷりには困ったものだった。


「あの……、アイザックさんはなんですぐに断れたんですか? こんなに綺麗な人を妻にもらえと言われたら迷うと思うんですけれど」


 パメラがアイザックに尋ねたのは、交渉の際にアロイスから申し込まれた内容だった。

『友好のためにアイザック殿にブリジットを娶ってもらう』と言われたものの、アイザックはすぐに断った。

 その理由を聞いてみたかったのだ。


 アイザックはパメラに聞かれた事で、一瞬体をこわばらせる。

 しかし、すぐに立ち直った。

 これはいい機会だからだ。

 深呼吸をして、軽く間を取った。


「その時には好きな人がいましたから」


 アイザックはパメラに向かって笑顔で言い切った。

 今度はアマンダが体をこわばらせる。

 当時のアイザックは六歳。

 まだ自分と出会う前の事だからだ。


「というのは冗談で、本気でそんな事を申し込んでくるような人とは話をする必要はないと思ったからです。だから、お爺様も同じように席を立とうとしたんですよ」


 すぐにアイザックは先ほどの言葉を否定した。

 フレッドもいるのだ。

 否定しないままでいると、詳しく調べられてジェイソンに報告されるかもしれない。

 今回ばかりはヘタレて逃げたというわけではなかった。


「大体、当時はまだ六歳。綺麗な人を自分のものに、とか思うわけないじゃないですか」


 ハーレムを築きたいと思っていた事を棚に上げて、アイザックは正論っぽい事を口にした。


「それもそうですね。では、今はどうなんですか?」


 パメラはさらに突っ込んだ事を質問してくる。

 アイザックが彼女の事を興味あるように、彼女もアイザックの事に興味があるようだ。

 とはいえ、怪しまれないように世間話の範疇で収めてあるのは、彼女も自分の立場を理解しているからだろう。


 今度はアイザックも返答に困る。

 最近のブリジットは様子がおかしい。

 ハッキリと否定すると、また悪者扱いされてしまう反応をされるかもしれない。

 だが、当然肯定するような事も言えない。

 パメラの前で下手な対応はできず、ただただ困っていた。


 ――そんな状況を変えてくれたのは、ブリジット本人だった。


「もー、こいつってば最低なのよ。この間も私に向かって『チェンジ!』って言ってくるのよ。女性の扱いが酷いと思わない?」


 いくら冷徹な判断を下せる男とはいえ、アイザックは割り切りが良すぎる。

「婚約できないにしても、もうちょっと優しくしてくれればいいのに」という思いがあったので、アマンダは同意しそうになってしまう。

 しかし、ここで反応するとアイザックに嫌われるかもしれないので、彼女は必死でうなずきそうになるのを必死で我慢していた。


「えっ、ブリジットさんにそんな事を……」


 だが、パメラは違う。

 彼女は女性に対して失礼極まりない事を言ったアイザックを信じられないといった目で見る。

 これにはアイザックも慌てた。


「いえ、それは冗談です。ブリジットさんとは軽口を言い合う仲なんです。ですよね、ブリジットさん」


 アイザックはブリジットに助けを求める視線を送る。

 受けたブリジットは「やれやれ」といった表情を見せた。


「そうね。出会った当時から私に『チェンジ』って言ってたくらいもだもん。今更よね」

「えっ、ちょ……」


 ブリジットのせいで、パメラがより一層強くなった「信じられない」という目でアイザックを見てくる。


(あぁ、しまった! パメラはライバルになりそうなニコルに勉強を教えたりするほど気高い性格だったんだ! ブリジットへの発言で軽蔑されたかな?)


 彼女はリサの心配をしたりもしていた。

 迂闊な発言は彼女の好感度を下げるだけだ。

 過去の不用意な発言の代償が、今になって自分に返ってきていた。


「アイザックさんは政治に関する事だけではなく、女性の扱いに関してもう少し学ばれた方がよろしいのではありませんか?」

「はい、精進します……」


 気安い相手だからといっても、軽口を叩いていいわけではない。

 その事を思い知らされる。

 アイザックがシュンとしているのを見て、なぜかフレッドが上から目線になっている。


「お前もまだまだだな」

「さすがにフレッドに言われたくないと思うよー」


 フレッドに冷たくされたアマンダが「なんで勝ち誇っているんだ」と指摘する。

 彼女の中で二人は同レベルだったが、好意がある分「アイザックの方が少しはマシ」という評価であった。

 彼らのやり取りを見て、ブリジットがクスクスと笑う。


「見た目だけが立派に育ってもダメよね。中身が伴わないと」

「それをお前が言うのか? もう少し落ち着かないとダメだぞ」

「エ、エルフと人間じゃあ年の取り方が違うからいいの」


 ブリジットの発言に、クロードが素早くツッコミをいれる。

 年齢で言えば、ブリジットはアイザック達の十倍は長く生きている。

 だが、エルフとしては未成年。

 すぐに大人になる人間と同じ扱いをされてはたまらない。

 年の取り方を理由に、時間の猶予を確保しようとしていた。


 ここでアマンダが何かを感じとったかのように、ブリジットに質問する。


「あの、エルフから見てアイザックくんって格好いいんですか?」


 彼女がしたのは、容姿に関する質問だった。

 人間基準で見れば、クロードは格好いいし、ブリジットは可愛い。

 では、エルフ基準で人間を見た場合、どのように見えるのかが気になった。


 この質問に、ブリジットは「むむむ」と唸りながら悩み込む。

 先ほどアイザックを非難した口で茶化すような事は言えない。

 しかし、真剣に答えれば答えたで問題が起きそうだ。

 それなりに真剣で、浅い答えが求められていた。


「まぁ、嫌悪感を持ったりはしないわね。生き様とかを含めて考えると……。格好いい部類になるのかな? 他の人とは違うっていうのは、物凄い特徴よね」

「そうなんですか」


 ――ブリジットの答えは無難なもの。


 だが、アマンダはアイザックに好意をもつ者として、ブリジットの発言から直感的にただならぬものを感じ取った。


(エルフの女性の目にも魅力的に映るんだ。さすがはアイザックくん)


 アマンダは自分の目に狂いがなかった事に自信を持つと共に、ロレッタ以外にも強敵がいる事を知った。

 身近にいて、気安い関係なだけにロレッタより手強いかもしれない。

 とはいえ、種族が違うという要素が彼女に安心感を与えていた。

 種族の壁は高い。

 冷静沈着なアイザックが、寿命の事に考えが至らないわけがない。

 寿命の違いという命に直接係わるものだけに、アイザックがブリジットを選ぶ事はないだろうと思ったからだ。

 ただ、アイザックも男である。

 ブリジットの美しさに負けてしまうかもしれないので、いくらか安心はできても油断はできなかった。


「アマンダちゃんはどう思ってるの?」

「へっ!」


 ここで思わぬ返しがきた。

 ブリジットにしてみれば、ただの世間話の一環として聞き返しただけである。

 だが、アマンダにしてみれば、ライバルからのキラーパスにしか思えなかった。

 アイザック本人を前にして、どう答えればいいのかわからずうろたえる。


「えっと、格好いいと思うかな。容姿とか、頭のいいところとか」


 アマンダは良い答えが浮かばなかった。

 だからといって、黙り込むのはブリジットに対して失礼である。

 なので、うろたえた結果、素直に話す事しかできなかった。


「へー、そうなんだ。まぁ、性格以外は特に悪くはないよねぇ」


 重く考えるアマンダとは違い、ブリジットは軽く受け流した。


「ブリジットさん。それって性格が悪いって言っているようなものですよ」


 アイザックが顔をしかめて指摘する。

 その指摘を、ブリジットはまたしても軽く受け流す。


「女の子に『チェンジ』っていう男の子の性格っていいのかなぁ?」

「悪いですね」


 フレッドがブリジットの質問に対して、即座に反応する。

 アイザックはイラッとするが、ブリジットの言葉に言い返すいい言葉が浮かんでこない。

 そのせいで、フレッドに対するいい返事も思い浮かばなかった。

 悔しそうな表情を浮かべるだけで精一杯だった。


 ――ここで助け舟を出してくれたのは、やはりクロードだった。


「まぁまぁ、その話はいいじゃないか。それよりも、食べ物の話にしないか? 人間と交流を再開して、エルフの食生活も大きく変わった。米食からパン食に変わったりもした。その中でも、一番大きかったのはこれだ」


 クロードがチョコレートクッキーを一枚掴む。


「チョコレートは素晴らしい。さすがに醤油をかけて食べたりしたら不味かったが、そのまま食べる分には最高の食べ物だ」


 クロードのとんでもない発言に、フレッドとアマンダは首をかしげるだけだった。

 そんな中、なぜかパメラが顔をしかめる。

 だが、アイザックは彼女の反応を確認する事はできなかった。

 彼自身、他の誰よりもクロードを奇妙な顔で見つめていたからだ。


「クロードさん、なにをやってるんですか。果物にチョコレートをかけるのを『時代が追いつかない』と否定していたのに、チョコレートに醤油をかけて食べるなんて……。冒険のし過ぎですよ」


 アイザックが「想像するのも嫌」といった感じにクロードの冒険を否定する。

 彼はそれを笑い飛ばした。


「さっきも言ったが、パン食に変わった事で醤油が食事に合わなくなってな。エルフと人間の料理で上手く合いそうなものがないか試していたんだ。いやー、あれはまずかった」

「そりゃそうでしょう。でも、新しい味を作り出そうとするのは凄い事だと思います」


 クロードのおかげで話の流れが変わりそうなので、アイザックも否定ばかりではなく肯定する。


「あの、お醤油があるんですか? もしかして、お味噌とかも?」


 ここで、またしてもなぜかパメラが食いついた。

 アイザックの中で、彼女が食いしん坊キャラになりつつあった。


「ありますよ。リード王国から岩塩を輸入できるようになったので、大量に作り始めていたんです。とはいえ、交流が再開したおかげで需要がなくなりつつあるというのは皮肉なものですけどね」

「そうなのですか。なら、輸出したりする予定はございますか?」

「ええ、ありますよ。つい先日、アイザックからある程度まとまった量を売ってほしいという要望があったので、一か月後か二か月後には到着するはずです」


 王都からティリーヒルまで、馬車の往復で一ヶ月はかかる。

 荷物を積載した荷馬車なら、もっと時間はかかるだろう。

 すぐに手に入らないとわかっても、パメラは興味深そうにしていた。


「アイザックさん、よろしければ少し分けていただけませんか?」

「いいですよ。エルフの文化を知るために、ロレッタ殿下や家庭科部などにも分けるつもりで多めに仕入れるつもりでしたから。パメラさんはどこで醤油などの事を知ったんですか?」

「えっ、えぇっと……。エルフの事を調べていたら古い文献に書かれていたので、どんな調味料だろうってずっと思っていたんです」

「なるほど」


(そんな文献、本当にあったんだ)


 アイザックも醤油になんで興味を持ったのかと聞かれた時に、本で読んだと適当に答えていた。

 そんな本が本当に存在していたんだと知ると、それはそれで驚かされる。


(でも、これでパメラも美味しいって言ってくれると嬉しいな。やっぱり、夫婦間で味覚が似ているっていうのは重要だろうし)


 今までパメラに切り出す機会がなかったが、クロードが最高の形で切り出してくれた。

 もしアイザックが「醤油とか味噌っていうエルフの調味料が美味しかったですよ」と言って、パメラに「不味い」と思われたら、アイザックの味覚が疑われてしまう。

 しかし、今回はクロードが醤油の話題を出してくれた。

 おかげで、パメラの舌に合わなくても、アイザックに被害は及ばない。

 彼はアイザックにとって最高の助っ人だった。


「醤油や味噌を使った料理を調べたり、実際に使ったものを作ったりしていますので、実物が届いたらお作りしますよ」


 さり気なくアイザックは、またパメラを屋敷に呼ぶきっかけを作ろうとした。

「エルフの料理を食べてもらうため」というのならば、不自然ではないだろう。


「あっ、私も食べてみたいな」


 アマンダが自分の存在を主張する。

 料理自体には興味がないが、アイザックが作った料理には興味がある。

 アイザックの手作り料理を食べる機会を見逃すつもりはなかった。


「もちろん歓迎です。機会が来たら、お誘いします」


 アイザックはアマンダを邪魔だとは思わなかった。

 まだまだパメラと二人で会うには関係が浅い。

 フレッド以下の関係のままでは、誰かを一緒に呼ばないと厳しいだろうと考えていた。

 ティファニーあたりを呼んでもいいが、アマンダが来たいと言うのなら彼女でもいい。


(家庭科部だから、エルフの料理に興味があるんだろう)


 アイザックはそう思うだけだった。


「松茸に興味を持つアイザックが美味いと思う調味料か……。でも、エルフの調味料っていうのには興味があるな。届いたら俺も呼んでくれ」

「うん、いいよ」


 内心では「来るな」と言いたいところだが、表向きはアイザックと親戚になる相手である。

 無下には扱えないので、表面上は歓迎する素振りを見せた。


 それからは、クロードやブリジットの趣味や好みといった話をしてお開きとなった。

 アイザックの考えた通り、ブリジットのおかげで和やかで気楽な雰囲気の懇談会だった。

 肝心のパメラの好感度が下がりそうな場面もあったが、なんだか盛り返せそうな感じのまま終わる。


 今回の懇談会はアイザックにとって一歩進むものであったが、収穫があったのはアイザックだけではなかった。

 他の者達も、それぞれ自分なりに満足できる内容を話す事ができた。


 ――特にパメラは、誰よりも満足そうな顔をして帰っていった。

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