第308話 勉強会にて、思わぬ参加者

 アイザックはパメラの意見を参考にし、リサにフォローする手紙を送った。


 内容は――


「最初にちゃんと説明する事が大切だと思っていただけであって、他の誰かの代わりとして好きだったわけじゃない。リサを愛しているから、そばにいてほしいと思ったんだ」


 ――という方向性で書いていた。


 一番そばにいてほしい女性はパメラであるが、リサをパメラの代わりに欲した事はない。

 リサはリサ個人として、これからもそばにいてほしいと思っていたことは事実。

 その辺りの事に触れながら「また会う日が待ち遠しい」という文章で締めくくった。

 この時期に送っても、婚約者に送る初々しい手紙として不自然ではないはずだ。

 誰かに言われたから手紙を送ったとは思われないだろう。


 ニコルとは違い、パメラとの話では得るものがあった。

 だが、パメラにリサとの付き合い方を、事細かに聞く事はできない。

 そんな事をすれば「えっ、この人頼りなさすぎっ」と思われてしまう。

 それだったら、他の友達に婚約者との付き合い方を教えてもらう方がいい。

 アイザックも、少しくらいはパメラに見栄を張りたかった。


 そして、婚約者との付き合い方に困っているのはアイザックだけではない。

 ルーカスも困っていた。


「アイザックくん、酷いよ。僕の気持ちをわかっていたはずなのに、あんな風にシャロンの隣に座らせるなんてさ。あれからシャロンと顔を合わせるたびに気まずいんだけど……」


 放課後、勉強会の教室へ向かう途中でアイザックにその事を愚痴る。

 彼は告白するにしても、手順を踏んで告白するつもりだった。

 なのに、突然の告白をさせられてしまった。

 そのせいで予定が大きく狂ってしまう。

 シャロンとの関係は進展したが、心の準備ができていなかったので、ルーカスはシャロンにどう接すればいいのかわからず困っていた。


「ごめんよ、悪気はなかったんだ。大きなお世話だったのかもしれないけど、僕も一歩踏み出してよかったと思う事もあった。ルーカスにも一歩踏み出すだけで変わる世界があるとわかってほしかったんだ」


 アイザックは、ルーカスがシャロンに気がある事をサッパリ忘れていた。

 だが、そんな素振りは一切見せず「婚約者がいる」という素晴らしい経験をしてもらいたいという態度を取ってみせた。

 相手の事を考えているという態度を取る事によって、恨みよりも感謝を得やすくするためだ。

 現にルーカスは、まんざらではない顔をしている。


「確かに良い方向に変わったけどさ……。やっぱり、一言教えてほしかったかなぁって思っちゃうかな」

「悪かったって。お詫びにあのお店の個室を好きな時に使っていいからさ。デートにでも使ってよ」


 アイザックは、個室を優先的に利用できる権利を与える事でこの場を誤魔化そうとした。


「やっぱり、そっちは面白い事になってるんだね。クラス替えがあって残念だよ……」


 話を聞いていたレイモンドが寂しそうに呟く。


 ――カイのように成績優秀者クラスに移ってきた者。

 ――逆に一般生徒のクラスに移っていった者。


 そういった者達を含めて、一組と二組の間で生徒が入れ替えられていた。

 彼もその一人だ。

 レイモンドも交流を広めるためだと理解しているとはいえ、アイザックと同じクラスのままでいたかった。

 友人と一緒の方がよかったというのもあるが、やはり面白い事に遭遇できるかどうかの違いが大きい。

 ダリルに決闘を申し込まれた時も、同じクラスだったなら近くで見る事ができて、一生の思い出になっていただろう。

 せっかく友人に面白い奴がいるのだから、そばで見ておきたいという思いが強かった。


「やっぱりって……。人をなんだと思ってるんだよ」

「だって、そうじゃないか。新学期早々、学院中――いや、王都中の噂になるような出来事もあったばかりだ。クラスが変わっても、アイザックがどんな様子なのか噂だけでわかる時点で面白いよ」

「くっ……」


(くやしいが、確かに面白い……)


 ――本人と会わずとも、噂だけでどんな様子かわかる。


 自分が当事者だから笑えないだけで、レイモンドと立場が逆であれば、きっとアイザックも「あいつ、面白い状況になってるな」と笑っていただろう。

 その可能性を否定できないだけに、アイザックは言葉が詰まってしまう。


「ま、まぁいいさ。笑えない事態になった時、どういう反応をするか楽しみだよ」


 こうして強がりを言うのが精一杯だった。


「そういう事を考えている時点で笑えないから!」

「ルーカスの言う通りだ。やめてくれよ。もう面白がったりしないからさ」


 だが、これはこれで非常に有効的な発言だった。 

 二人が必死になってアイザックに考え直すようになだめ始める。

 

「だから、人をなんだと思ってるんだよ……」


 なだめられても、それはそれで釈然としないものを感じさせられる。

「最近は穏便な解決方法を学んでいるというのに」と少しがっかりする。


 だが、二人がこんな反応をしてしまうのも無理はない。

 こんな反応をするのも、アイザックの行動は予想外なものが多く「笑えない事態」というものがさっぱり予測できないからだ。

 過去の暴力的な行動よりも、予測不可能な事態・・・・・・・・という未知のものに対する恐怖が強い。

 穏便な解決方法を取り始めた事は、周囲に理解されている。

 今ではアイザック自身が過去の事を一番引きずっているのかもしれない。



 ----------



 勉強会で使っている教室はざわついていた。

 最前列にロレッタやニコラスがいたので、アイザックは彼らの出席が影響しているのだと思った。

 だが、騒がしいのは彼女らから少し離れたところだった。


(なんでニコルが……)


 ニコルがいる場所を中心としてざわつきが起きていた。

 気軽に話しかけられそうな機会を得たおかげだろうか。

 多くの男子生徒が彼女に話しかけている。


(婚約成立率が悪いのって、こいつのせいでもあるんじゃねぇの? アマンダより、こいつが悪いって連れていったほうがよかったな)


 ニコルは婚約者の有無にかかわらず、男子に人気がある。

 ジェイソンはジェイソンで女子に人気であるので、自分やアマンダの他にも責任のある者がたくさんいる。

 アイザックは、自分だけがジェイソンに責められた理不尽さを感じてしまう。


(それだけジェイソンがニコルにのめり込んでいるって事だろうからいいんだけど……。釈然としないなぁ)


 この不満の分はいつか返してやろうと、アイザックは心に刻む。

 ニコルになんでここにいるのか聞こうとも思ったが、王女であるロレッタを無視して話しかけるわけにはいかない。

 まずはロレッタに話しかけることにした。


「ロレッタ殿下、なぜここに?」

「参加自由の勉強会なのでしょう? アイザック先輩・・のお話をみんなで聞かせていただこうと思って、参加する事に致しました」


 王女・・隣国の公爵・・・・・よりも、後輩・・先輩・・という関係の方が距離が近い。

 彼女はアイザックに「殿下」と距離のある呼ばれ方をしたので、あえて「先輩」と言って距離を縮めようとしていた。

 この対応をアイザックは「ああ、そういえば学院内ではロレッタと呼ぶんだったな」と思っただけだった。


「これはリード王国に属する貴族のための集まりです。ロレッタさん達は参加できません」

「あら、どうしてですか? 参加は自由と伺っておりましたが?」


 ロレッタは純粋にアイザックと接する機会を求めて来ているだけだった。

 それに、この勉強会の参加条件は、参加しようとする本人の意思だけ。

 アイザックの言うような条件は何もなかった。


 困ったアイザックはレイモンドやルーカスを見るが、二人は「お前がなんとかしろ」という視線を返すだけだった。

 それもそのはず、同盟国の王族相手に意見を言う度胸などない。

 正式な使者などの仕事であれば、もちろん言いにくい事も言うだろう。

 だが、ここは非公式の場。

 ロレッタに対して、何かを言えるのはアイザックくらいしかいない。

 アイザックが自分で対処するしかなかった。


「ロレッタさん。これはリード王国内の派閥間の事を話す会合です。時には他の問題を話す事もあります。同盟国とはいえ、さすがに他国の方の前で話すのは憚られる内容にも触れる時があるでしょう。ロレッタさん達がいるから遠慮して深いところに踏み込めないというのでは、話を聞く価値もありません。それでは本末転倒だとは思いませんか?」


 アイザックは優しく諭すように語り掛ける。

 まずは正攻法を試す。

 これで引いてくれれば、それでいい。

 ダメだったらダメで、違う方法を使えばいい。


「それもそうですね……。私達もせっかく留学したのですから、リード王国の事をもっと学びたかっただけなのです。アイザック先輩を困らせるつもりはありませんでした」


 ロレッタが急にしおらしい態度を取った。

 それを見て、アイザックは心の中にチクリとしたものを感じる。


(問題のない範囲ならいいんだ。少しくらいは参加させてもいいかな)


 元々、新入生向けに考えていた案がある。

 それならば、ロレッタ達が参加しても問題のない範囲に収まるはずだ。

 アイザックが最初からその案を提案しなかったのは、多少なりとも打算があったからだ。

 最初から「うん、いいよ」などと軽く受け入れるよりも、一度渋った姿を見せてから受け入れた方が感謝される。

 今後の関係を考えるなら、少しは恩を売る形にしておきたいという考えから、最初は断るという方向で進めていたのだった。


「うーん、そうですねぇ……。せっかくの留学だというのに、その機会を活かせないというのは確かにもったいない。では、一学期の間だけ参加するというのはいかがですか?」

「よろしいのですか?」


 ロレッタの顔が、パッと明るくなる。


「一学期の間、一年生は二年生や三年生と分けて勉強会を開くつもりです。去年話し合った上級生にとって、新入生の話は一度通り過ぎた道。もう一度、新入生に合わせて話をするのは辛いでしょうし、新入生も上級生がつまらなそうにしているところで忌憚ない意見は言えないでしょうからね。まだまだ初歩的な段階の一年生の話なら聞かれても大丈夫だと思いますので、参加を認めましょう」

「ありがとうございます!」


 ロレッタが喜んでいる姿を見て、アイザックもささやかな成功を喜ぶ。

 だが、喜ぶばかりでもない。

 ちゃんと指摘するべき事は指摘しておく。


「これだけは覚えておいてください。部活動に入って交流を広めるのも、学生にとって重要な事です。勉強会に参加するからといって、どこにも属さないという事のないように」

「はい」


 こちらは素直に聞いてくれたので、アイザックは胸を撫で下ろす。


「さて、ロレッタさんの事はいいとして」


 アイザックは、ロレッタの同行者に視線を向ける。

 その中でも、またいとこのニコラスに狙いを定める。


「こういう時、前もって指摘しておくのが同行者の役割じゃないのか? どう思う、ニコラス」

「も、申し訳ありません」


 ニコラスは素直に謝る。

「みんなで宿題をやりましょう」という集まりでない事は最初からわかっていた。

 他国の内情に触れる内容を語る場だとわかっているなら、周囲の者が指摘しておくべき事だった。

 そうすれば、アイザックの手をわずらわせる事もなかったのだ。

 アイザックは厳しく言ったつもりはないが、ニコラス達は厳しい叱責を受けている気分になっていた。


 ――そこに、能天気な声で乱入する者がいた。


「あれ、アイザックくん。私の事を呼んだ?」


 ニコルだ。

 ニコラスと言ったのを聞き間違えたらしい。

 ロレッタのあとで話そうと思っていたが、彼女の方から来てくれた。

 その事自体は歓迎できないが、話しかける手間が省けた。

 だが、疑問に思う事もある。


(男子と話していたのに、こっちの言葉を聞き洩らさないって何者だよ……)


 これも彼女のスペックの高さによるものだろうか。

 問題があるとすれば、自意識過剰で名前を聞き間違えている事だ。

 もしかしたら、男子と話していたから聞き間違えたのかもしれない。

 それでも、似たような言葉に反応するのはたいしたもののように、アイザックには思えた。


 ロレッタは嫌な表情を見せたりはしなかった。

 しかし、どことなくニコルに「邪魔だからどこかに行って」という雰囲気を纏っているように見える。

 アイザックもそれには同感だった。


「ニコルさんの事は呼んでませんよ。またいとこのニコラスの名前を呼んだんです」

「へー、そうなんだぁ。奇遇だね。似たような名前だから、私もアイザックくんと縁があるのかも」

「いや、それはないです」


 変なところから近づこうとするニコルの事を、アイザックは真っ向から否定する。

 だが、彼女はまったく気にしていない。

 ニコニコと笑っているだけだ。


「ニコルさんは部活があるんじゃないですか? 勝手に休んで先生に怒られませんか?」


 早く追い払おうと、アイザックは話を切り出した。


「やだなぁ、私だって貴族だっていう事忘れちゃった? 男爵家の当主だから、こういう勉強も必要だってわかってるよ。それに先生にはちゃんと許可をもらってるから大丈夫。アイザックくんと、一緒に過ごす時間が増えるしね」


(お断りだ)


 そう言ってニコルを追い払いたいところだが、あまり邪険に扱って、こちらに全力を尽くされても困る。

 ジェイソンを攻略するまでは、適度に機嫌を取っておかなくてはならない。

 表向きは露骨に嫌う事などできなかった。


「皆と議論する場であって、僕とゆっくり話し合う場ではないので、そこを勘違いされると困るんですけど」

「わかってるって。アイザックくんとだけ話すつもりはないよ」


 ニコルがチラリと視線を先ほど話していた男子達の方に向ける。

 アイザックもそちらを見ると、男子の中にマイケルがいた事を確認できた。


(そうか、マイケル狙いでもあるってわけか……)


 マイケルとはクラスが違うので、会う機会というものがなかなか得られない。

 この勉強会は、アイザックとマイケルの二人と会えるのでちょうどいいと思ったのだろう。

 権力確保第一弾と思って用意した場が、ニコルの草刈り場となってしまった。


(狙ってやったのか、本能的に気付いたのか。どちらにせよ、やっぱり厄介な女だな……)


 ニコルはピンポイントで嫌なところを突いてくる。

 主人公だからかどうかまではわからないが、その嗅覚はなかなかのものだ。

 アイザックは改めてニコルの恐ろしさを感じる。


 しかし、これは特別な力があってという事ではない。

 ロレッタが参加しているように、アイザックが勉強会を開いている事は広く知られている。

 去年は部活動に集中していたが、今年は違うところにも手を伸ばそうとして、勉強会に出席しようとニコルが考えただけだ。


 ニコルに大きな影響を与えたのは、入学前のロレッタ達に学院を案内していた時の事だった。

 あの時、ロレッタがアイザックに抱き着いているのを見て、彼女は焦燥感を覚えた。


 ――同時にアイザックの態度にイラつきも。


 そのため、今までのように進展があるのを待つのではなく、アイザックに対して行動に出始めたのだ。

 こういう状況になったのは、ニコルを煽ったアイザックの自業自得である。


(でも、その肉食っぷりが頼もしくもある。近くにいるのは怖いが、その分ジェイソンに気を向けさせる機会もあるって事だ。この状況を嘆くんじゃなく、前向きに考えよう)


 問題は、アイザックのニコル以外に対する危機感が薄い事だ。

「自分は大丈夫」と思っているが、ニコルに対しては大丈夫でも、ニコルに触発された者まで大丈夫だとは限らない。

 アイザックの事を狙っている者は、絶世の美女がアイザックの近くをうろついている事をどう思うか。

 そこまで気を回しておかなければならないという事に、アイザックはまだ気付いていない。

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