第282話 大使の就任パーティー
十一月中旬。
エルフやドワーフの大使達が王都に到着した。
今までと違い、彼らはウェルロッド侯爵家の屋敷に立ち寄る事はなかった。
王宮に向かい、エリアスと面会してから大使館に直行する。
ウェルロッド侯爵家は、彼らとの仲介人としての役割が終わったという事だ。
これからは、リード王国が直接話し合う事になる。
とはいえ、完全にウェルロッド侯爵家が無関係というわけでもない。
エルフやドワーフの事を知っている者として、グレンが外務省の文化交流課長として採用されたからだ。
彼はエルフとの折衝役を交流開始初期に経験しており、これまでドワーフとの折衝役もこなしてきた。
双方をよく知る者として、大使の相手を円滑にするために外務省に採用されたのだ。
外務大臣がモーガンだというのも、ウェルロッド侯爵家の配下である彼を採用しやすくしていた。
当然、外務省の職員も彼の下に配属される予定だ。
グレンが代表者となり、後進の育成をしながら、彼らと交流をしていく事になる。
ほとんどの者は、この人事を妥当だと思っていた。
功名心で「自分がやる」と名乗り出てもいいが、エリアスがエルフやドワーフとの関係を重要視しているのは皆が知っている。
だが、それだけに失敗した時の処罰も厳しいものになるはずだ。
――エルフやドワーフと関わりたいと思っても、急がずにグレンの後釜を狙う方が安全確実。
そう思う者が多かったので、彼の人事に口出しする者はいなかった。
この人事に異論があるのは、むしろグレン本人だった。
元々グレンは、秘書官見習いだった。
それも、嫡男とはいえ幼いアイザックのお守りを任される程度の期待しかされていない、出世コースから外れていた見習いである。
本人も出世したいという野心があっても、半ば諦めている状態だった。
それが今では、仕事に関する上司は外務大臣であるモーガンと、宰相であるウィンザー侯爵。
そして、エリアスの三人だけ。
一気に出世コースを駆け上ってしまっていた。
――本人も望まないほどのスピードで。
モーガンも部下から頭角を現す者が現れたので、彼をサポートしていくつもりだった。
部下の栄達は、育てた上司の評価にも繋がる。
上手く育ててやれば、将来的にアイザックの役にも立つ。
そして何よりも、彼自身外務大臣として大使達との付き合いを上手くいかせたいと思っている。
協力しないという選択肢などなかった。
大使達を連れてきたのはランドルフだ。
道中の話し相手として彼らに同行していた。
当然、彼らを王宮に連れていったあとは自宅に直行である。
「アイザック、会いたかったぞ」
「お疲れ様です、父上」
出迎えたアイザックに、ランドルフが抱き着く。
次はマーガレットに挨拶をしようとしたところで、彼は異変に気付いた。
――ケンドラがマーガレットに懐いている。
確かに前からそれなりに懐いていたが、出迎えの時などはリサの手を握って待っていた。
しかし、今はマーガレットの手を握って隣に立っている。
「数か月前に会った時から、母と娘の間に何があったのか」と、ランドルフが不思議がる。
だが、すぐに気にしない事にした。
家族の仲が良いのは大歓迎だ。
上手くやってくれていたのなら、それに文句をつける気はない。
ランドルフは母を抱きしめ、ケンドラを抱き上げる。
「お婆様と仲良くやってたみたいだな?」
「うん!」
ケンドラが屈託のない笑みを見せると、ランドルフの顔もほころんだ。
こうしている間に、ルシアもアイザックやマーガレットに再会の挨拶を交わしていた。
「クロードさんやブリジットさんと一緒に暮らしていたからエルフには慣れているのに、相手が大使となると緊張しちゃったわ」
「あの二人は話しやすい方ですからね」
「そうね」
特にブリジットの方は気軽に話しかけられる雰囲気があった。
もう少し落ち着きがあった方がいいのではないかとも思うが、あれはあれで立派な個性といえる。
「もしかして、大使の方は結構な堅物でしたか?」
「いいえ、そんな事はなかったわ。でも、エルフの大使は六百年も生きていらっしゃる方だったの。立派な方だったし、年も離れているからどんな事を話せばいいのかわからなくて苦労したわ」
六百歳といえば、人間の六十歳程度。
しかし、単純に同じとは言い切れない。
実際には五百四十歳分の差があるのだ。
モーガンやマーガレットと話すのとは違うのだろう。
マチアスを見ているので気楽に話せそうなイメージがあったが、普通のエルフは違うのかもしれない。
「お茶でも飲みながら、エルフやドワーフの大使がどんな方だったか教えてください」
彼らと接するつもりのアイザックは、どんな情報でも欲しかった。
両親の長旅をねぎらい、両親から土産話を聞き出すつもりだった。
リビングに行く途中、ケンドラがランドルフとルシアの間に入り、二人の手を取る。
久し振りに両親と会えて嬉しいのだろう。
満面の笑みを浮かべて、二人を交互に見ている。
その姿は可愛らしく、アイザックの抱えている悩みなどが全て吹き飛んでしまうほどのものだった。
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三日後、地方貴族が王都に集まったところで大使の就任パーティーが開かれた。
病気などの理由で出仕できない者を除き、ほぼ全ての貴族が王宮に集まる。
基本的に成人以上の者のみが出席しているが、爵位を持つアイザックとカイ。
そして、王国の未来を担う者として生徒会関係者は出席が許されていた。
当然、ジェイソンとパメラも出席している。
遠目にではあるが、アイザックはパメラがジェイソンの腕に手を回しているのが目に入った。
(ジェイソンめ……)
アイザックはニコルに似たような事をされたのでよくわかる。
――パメラの胸がジェイソンの腕に当たっている。
今ならそう確信できた。
アイザックもニコルより、パメラの方がいい。
羨ましさのあまり、感情が顔に出てしまいそうなので視線を逸らす。
今回は彼らにだけ気を取られているわけにはいかない。
爵位持ちの出席が許可されているという事は、ニコルもどこかにいるかもしれないからだ。
公爵という立場もあるので、アイザックは派手な服を着ている。
遠目にも目立つはずなので、ニコルの襲来が予想される。
警戒は解けなかった。
エリアスがエルフの大使とドワーフの大使を紹介する。
そして、三人で手を重ね合わせて、新しい時代の幕開けである事を皆に見せた。
難しい言葉はいらない。
三人が手を重ねる事で、誰にでも見てわかる形で新しい関係の構築を見せつける。
それだけで効果は十分だった。
だが、エリアスはそれだけでは終わらなかった。
そのあと、興奮気味に所信表明演説を始める。
アイザックはウンザリするが、そんな気持ちは心の中に押し隠して笑顔で聞き続ける。
公爵という事もあり、最前列にいるからだ。
エリアスが話し終わったあと「やっと終わってくれた」という喜びを籠めて盛大な拍手を贈る。
すると、エリアスと目が合い、彼は満足気にうなずいていた。
アイザックが本気で感動の拍手を贈っているとでも思ったのだろう。
そのあと、各国の駐在大使がエルフやドワーフの大使に挨拶をする。
彼らは、各国の王の代理である。
公爵のアイザックよりも先に挨拶をする権利があった。
それに、こうして大使達にも挨拶をさせる事で、エルフやドワーフと正式に国交を持ったリード王国の威信を見せつける事もできる。
序列と政治的にも、彼らを優先する意味はあった。
大使達の挨拶が終わると、次はアイザックの番だった。
ジェイソンも王太子ではあるが、今回は生徒会の学生枠での出席である。
順番は最後の方に回されている。
アイザックはまず、エルフの大使に話しかける。
「お久し振りです、エドモンド様。アイザック・ウェルロッド・エンフィールド公爵です。十歳式の時にマチアス様と一緒に来られて以来ですよね」
「覚えていてくださったか。やはり人間の成長は早いですな。当時はまだまだ子供だったのに、ほんの六年ほどでこんなに大きくなられるとは」
エルフの大使は、クロード達のモラーヌ村の近くにあるブレゲー村の長老エドモンドだった。
彼は十歳式の時に、マチアスと共に招待された一人だ。
ランドルフやルシアから聞いた話では、マチアスと違って最前線で戦うのではなく、後方で治療や陣地の建築などを手伝っていたらしい。
長いアゴ髭は特徴的で、優しそうな顔つきをしている。
攻撃的な人物よりも、落ち着いた人物が代表に選ばれるのは理解できる事だった。
とりあえず、マチアスが大使に選ばれるよりはアイザックも安心できた。
「エルフにとっては短くても、人間には長い時間です。あの頃よりも様々なものが変わっています。エルフとの付き合いは長いので、何かございましたら気楽にご相談ください」
「うむ、その時はよろしく頼む」
このあと、挨拶をする者は数多くいる。
あまり長々と話をしていても迷惑であるし、エドモンドの負担にもなる。
じっくりと話をするのは後日でもよかったので、最初の挨拶は軽めに切り上げた。
次にアイザックは、ドワーフの大使に向かう。
「お初にお目にかかります。アイザック・ウェルロッド・エンフィールド公爵です」
「ヴィリーです。エンフィールド公の噂はかねがね聞いております。今後ともどうぞよしなにお願いします」
彼は従来のドワーフ像とは違う物腰柔らかな態度だった。
長い髭はもじゃもじゃではなく、ワックスのようなものを塗って綺麗に整えられている。
両親から聞いた話では、元々商会の代表だったが、息子に会長の座を譲って評議会議員をやっていたらしい。
職人よりも商人としての道を選んだタイプなのだろう。
本心を曝け出すタイプよりも、こういう本心を隠すタイプは厄介だ。
しかし、その分一歩心の中に踏み込められれば、あとはやりやすいはず。
「ヴィリー大使とも仲良くやっていきたいですので、何か良い物を思いついたらお見せしますね」
「それは楽しみです。実を言うと、大使の座を勝ち取ったのもそれが目的でした」
ヴィリーがフフフッと笑う。
お世辞かもしれないが、ジークハルトの様子を見ている限りでは、ドワーフの遺伝子単位で新しい物好きは刻み込まれているような気がする。
アイザックは彼の言葉を信じる事にした。
大使の付き添いにも軽く挨拶をして、アイザックはその場を離れる。
次は侯爵であるウィンザー侯爵家の番だ。
その中にパメラの姿はない。
彼女もまた、生徒会の者達と一緒に待っていたからだ。
フレッドやアマンダも同じく、実家ではなく生徒会役員として順番を待っている。
やはり、成年か未成年かの差は大きいようだ。
だが、そんな事を気にしている暇はアイザックにはない。
近くにいた他の侯爵家や伯爵家とは挨拶をしたが、他の者達とはしていない。
今度はアイザックが、順番待ちをして手持ち無沙汰になっている貴族達から挨拶を受ける番だった。
しばらく挨拶の受け答えをしていると、カイが父親のマクスウェル子爵と共に挨拶にきた。
「おや、今日のルメイ男爵は落ち着かれてますね」
「エンフィールド公、いじめないでください。前回は一緒にいた方々が凄かったせいですよ」
ルメイ男爵というのは、カイが貰った家名だった。
そして、前回というのはクロードやジークハルト達先遣隊の歓迎パーティーの事である。
あのパーティーの時、カイはマットやトミーといた。
アイザックがブリジットやジークハルトの相手をするため、カイの相手まではしていられなかった。
だが、マットやトミーと一緒にいる事で「ロックウェル王国との戦争で活躍した英雄」が三人も一か所に集まる事となる。
休む間もなく話しかけられて、カイはテンパっていた。
「ルメイ男爵も立派ですよ。自信を持ってください」
「ありがとうございます。ですが、今日は父の近くにいますよ」
カイは父親のマクスウェル子爵を見る。
「いやぁ、それはどうだろう。アルスターは重要な交易拠点。正式に大使が着任した事で、マクスウェル子爵の周りも騒がしくなると思うよ」
「うっ……」
アイザックはいたずらっ子のような笑みを見せ、カイに現実を突きつける。
すると、カイは嫌そうな顔をした。
だが、これは避けられない問題だ。
マクスウェル子爵はわかっているからか、覚悟を決めている様子だった。
「頑張ってね」
「善処します……」
アイザックはカイとも別れて、また違う者と挨拶をしていく。
ある程度終わったところで、ニコルが挨拶にこなかった事に気付いて、アイザックは安心する。
残るは、生徒会メンバーに対する挨拶だった。
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