第281話 パメラとニコルの話し合い、再び

 十月も半ばが過ぎ、中間テストも終わった。

 テスト結果に、多少の変動があった。

 もちろん、それはアイザック達ではない。


 ――アイザック、ジェイソン、パメラ、そしてニコル。


 この四人は同率一位のまま。

 変わったのは周囲の人間だ。


 前回五位だったティファニーが、今回二十位にまで順位を落としていた。

 これはチャールズの影響だと思われる。

 表向きは立ち直っていても、夏休み中からずっと勉強が手につかなかったのだろう。

 手が止まっているところを、しっかり勉強していた他の者達に追い抜かれてしまった。


 騒動の元だったチャールズも大きく落としている。

 前回の順位はティファニーの件があったので確認していなかったが、今回の三十五位という順位よりは上だったはずだ。

 これは婚約を解消した件によって家庭内がゴタゴタした事よりも、ニコルとの接触を制限されたことが影響していた。


『ニコルと話したい。だけど、家を追い出されて退学になると会えなくなってしまう。働き始める事のできる卒業までは、ほどほどで我慢しよう』


 そう思って我慢しているものの、日に日に「ニコルと話したい」という気持ちは増していくばかり。

 勉強が手につかなくなっていた。

 このままではニコルと離れ離れになってしまうので、焦り始めている頃だろう。


 レイモンドとルーカスは七位と十位と、すぐに見つけられる順位に名前が書かれていた。

 彼らはアイザックの友人だ。

「あんな馬鹿がどうして友達に?」と思われないよう頑張っていた。

 特に最近は、勉強会でアイザックのサポートをしているので、他の者達に侮られないように必死だった。

 立場のある者の友人である事は大変なのだ。


 アイザックは成績表を順番に見ていく。

 レイモンドやルーカスのように、原作では登場しなかった優秀な人物の名前を覚えるためだ。

 即戦力にはならなくとも、将来的にはきっと役立つはずだと思ったからだった。

 とはいえ、一組や二組の見慣れた名前が連なるばかり。

 目新しい名前はなかった。


(ん?)


 五十番まで進んだところで、見慣れた名前を見つけた。

 だが、それは今までの名前とは意味合いが違った。


「やった! 五十番だ!」


 アイザックの隣でカイが喜びの声を上げる。

 自分の名前を探して、いつの間にかここまで来ていたようだ。


「カイ、おめでとう。頑張ったね」

「アイザック! やったよ。ここまで成績が上げられたよ!」


 カイもアイザックに気付き、アイザックの肩を叩いて喜びを表す。


「これで来年は一緒のクラスになれるといいなぁ」


 ――自分と一緒のクラスになるために頑張ったのかもしれない。


 そう思うと、アイザックも嬉しくなる。

 ティファニーやチャールズのような理由で成績を落とす者は稀。

 当然ながら他の生徒も勉強を頑張っているので、成績の順位を上げるのは大変な努力を必要とする。

 彼はそれをやり遂げた。

 それが自分と同じクラスになるためだと思うと、カイの成績が上がってアイザックも嬉しくなる。


「これくらいの順位なら、来年は一緒になれるかもね」

「そうなると嬉しいよ」


 カイがアイザックの耳元に口を近づける。

 そして、小さな声で話しかける。


「フレッドと一緒のクラスは、もううんざりだしね」


 カイが喜んでいる理由は、アイザックと一緒のクラスになりたいというものではなかった。

 いや、それは望みの一つではあるのかもしれない。

 だが、一番喜んでいるのは、フレッドと離れられる事だったというだけだ。

 その理由を、アイザックは察する事ができた。

 彼自身も、フレッドにうんざりしていたからだ。


(そういえばそうか。一緒のクラスだもんな……。カイの本音にガッカリするんじゃなくて、感謝しないといけないところだ)


 以前、フレッドと話した時以降「ネイサンの仇!」とは言わなくなった。

 代わりに「お前は俺のライバルだ!」とアイザックをライバル視する発言をするようになっていた。

 アイザックはクラスが違うので、フレッドとはたまに顔を合わすだけで済んでいたがカイは違う。

 彼はフレッドと同じクラス。

 きっと毎朝……。

 下手をすると、休み時間毎にライバル視する発言をしていたのかもしれない。


 これはカイが戦争で手柄を立てたせいだ。

 アイザックは策で功績を立てたが、カイは槍働きで功績を立てた。

 最強の騎士を目指すフレッドが、カイの方をよりライバル視するのは十分に想像できる事だった。

 つまり、彼がフレッドを引き付けていてくれたから、アイザックはフレッドに絡まれなくて済んでいたという事だ。

 さすがに侯爵家の嫡男に絡まれ続けるのは、カイに大きな負担となっていたのだろう。

 だから、必死に勉強をして、フレッドから離れようとした。

 そう思うと「今までお疲れ様」という思いで、アイザックの胸の中がいっぱいになった。

 アイザックはカイの肩に手をポンと置く。


「気持ちはわかる。自分のためにも頑張ってくれ。勉強の予習、復習も言ってくれれば付き合うしさ」

「ありがとう。部活のない時に頼むよ。ポールも勉強を頑張ってるみたいだし、みんな一緒になれるといいな」


 二人ともフレッドが成績優秀者組に入る可能性をまったく考えていなかった。

 これはフレッドの日頃の言動が大きく影響していた。

 彼は「文字は自分の名前が書ければ十分。勉強などできる者がやればいい。俺は剣の道を極める!」と公言している。

 どこかの英雄っぽい言葉のようで、どこか違っている内容だ。

 彼の言葉を最大限好意的に受け取れば、そう間違っている事でもない。

 侯爵家の嫡男という立場である以上、自分が全て完璧にこなせるようになる必要はない。

 最低限の知識さえあれば、あとは部下に任せてもいいからだ。

 適材適所・・・・と考えれば、正しいやり方かもしれない。


 とはいえ「剣を極める」などという理由は、侯爵家の嫡男として正しい方向性ではない。

「最強の騎士になる」と言えば聞こえはいいかもしれないが、人を率いる立場の者が一兵卒気分では部下が困る事になる。

 その事を理解している父親のウィルメンテ侯爵によって、フレッドの教育はちゃんとされているのだろう。

 本人の意思とは裏腹に、人並みの成績は残せているようだった。

 しかし、それでも人並みである。

 これ以上、成績が向上する気配はないので、一組か二組に選ばれれば「フレッドと同じクラスにはならないだろう」という安心感があった。

 失礼極まりない認識ではあるが、これもフレッドの日頃の行いが悪いせいである。


「ポールも成績順が上がってるなら、今日の放課後はお祝いでみんなでどこか食べにいかない?」

「いいね。今日くらい部活を休んでもいいだろう。ポールを誘っておくよ」


 カイにとって、成績順が大幅に上がっためでたい日。

 アイザックの提案を断る理由などなかった。

 喜んでみんなで放課後を過ごす事を選んだ。

 これは部活が休みやすいというのも理由の一つである。

 貴族の子弟が揃う学校だけあって、学生同士の交流も教師から重要視されている。

「友達と遊ぶから」という理由で気楽に休んでも、顧問教師は物言いたげな顔をする事はなかった。


「じゃあ、また放課後で」

「わかった」


 また放課後に集まろうと話して、アイザック達は自分の教室へと戻っていった。



 ----------



 放課後。

 アイザックはレイモンドやルーカスを誘って、カイやポールと合流した。

 そして、戦技部の使っているグラウンド近くまで同行する。

 彼らが「今日は休む」と教師に伝えに行くからだ。


「あっ、ちょっとトイレに寄っていくから、先に行っておいて」


 グラウンドに向かう途中で、アイザックが小用に向かうと言った。


「わかった。それじゃあ、伝え終わったら玄関口で待ってるよ」

「オッケー」


 他の者達は、特に催していないからかアイザックについていかなかった。

「自分もトイレにいきたい」と思っていない限り、彼らはトイレにまで同行はしない。

 これはアイザックにとってありがたい事だった。

 さすがにトイレにまで群がっていくのは避けたい。

 大きい方だった時に、なんとなく気まずい思いをしてしまうからだ。

 前世ほど学生がトイレの個室を使用するのに抵抗感のない世界だったが、前世の記憶があるアイザックには個室が使い辛かった。

 トイレに気楽にいけるというのは、それだけでありがたい事だった。

 アイザックは友人達と別れ、トイレに向かう。


「――でしょう」

「でも――」


 トイレに向かう途中、空き教室の前を通ると中から声が聞こえてきた。


(このパターン。まさか……)


 以前にもあった事だ。

 アイザックは、そっと教室のドアに耳を押し付ける。

 しかし、前回の時とは違って、ドアの建て付けが悪かったようだ。

 ガタリと音がする。


「誰!?」


 中から誰何の声がかけられると同時に、こちらに近付く足音が聞こえた。

 アイザックは咄嗟に逃げ出そうとするが、後ろめたい事はない。

 慌てて逃げて後ろ姿を確認されて、後々「盗み聞きをしていたの?」と思われる方がダメージが大きいかもしれない。

 そう思ったアイザックは逃げる事なく、堂々とした態度で自分からドアを開いた。


「アイザックさん?」


 パメラがアイザックの姿を見て驚いた。


「通りがかった空き教室から女性の声が聞こえてね。何か問題が起きていたら助けようと思って様子を見ようと思ってたんだ。二人ともこんなところで何を話していたの?」


 パメラから質問される前に、アイザックから言い訳と質問をした。

 そうして盗み聞きしようとした事を誤魔化そうとしたのだ。


 ――だが、そんな事をする必要はなかった。


「アイザックくん! よかった。助けにきてくれたんだね!」


 ニコルがアイザックに駆け寄り、腕に抱き着いてきたからだ。

 その行動のせいで、アイザックが何故ここにいたのか詳しく聞くどころではなくなった。


「ニコルさん、そういうところですよ。腕に抱き着くなんてはしたない!」

「だって、パメラさんが怖いんだもん。アイザックくんがいいところに来てくれて助かったよ」


 以前のようにパメラがニコルの行動を注意していたのだろう。

 そこにタイミングよくアイザックが現れた。

 彼女にとって、アイザックは自分をパメラから助けにきてくれた白馬の王子様のような存在に感じているのかもしれない。


(胸が、胸が当たってるんですけど!)


 だが、アイザックの耳には彼女らの言葉が入っていなかった。

 ニコルが腕に抱き着いたため、ボリューム感のある胸が腕を挟みこんでいる。

 相手がニコルとはいえ、今まで体験する事のなかった貴重な経験に、そちらへ意識を集中してしまっていた。


「助ける? あなたが誰かに助けを求めるような事など言っていません。男の人をたぶらかすような真似はおやめなさいと注意をしただけでしょう」

「だって、それは私の責任じゃないよ。みんなが私の事を好きになってるだけだもん」


(くそっ、なんで俺はあんな無駄な事を……。この温もりと柔らかさ。オープンカーで感じる風なんかとは比べ物にならない!)


 アイザックは、前世で無駄な時間を過ごしていた事を後悔する。

 あれはあれで楽しんでいたとはいえ、あくまでも代用品。

 本物の温もりと弾力に比べれば、所詮は空気に過ぎない。

 手に掴めないものよりも、ちゃんと感じ取れるものの方がいいに決まっている。

 アイザックは前世で「偽ブランド品でも、本物のブランドに似てるんならいいんじゃないの?」という程度の軽い認識しか持っていなかった。

 だが、今ならそれは間違っていると断言できる。


 ――本物には、偽物にない本当の魅力があると知ったからだ。


「何を言っているんですか。今もそうやって抱き着いたりして、アイザックさんをたぶらかそうとしているではありませんか。そういう行為を控えなさいと言っているんです」

「……そもそも、ジェイソンくんに対してだったら注意されるのはわかるんだけど、なんでアイザックくんにまでダメだって言うの? 私もアイザックくんも婚約者がいないんだよ。そういうのって、お門違いっていうんだよ」


(いや、待て。落ち着くんだ、俺。これはきっとニコルの罠だ。早く抜け出さないとどんな事になるかわからないぞ)


 アイザックも今の状態は危険だと感じてはいるが、本能が逃げ出す事を許してくれなかった。

 頭で考えているのとは反対に、腕がピクリとも動いてくれない。

 ニコルが抱き着く力はたいした事はないので、本当に不思議なくらいだった。

 渋々ニコルの胸の感触を味わい続けるしかなかった。

 しっかりと抱き着かれているので仕方がない。

 この状況は不可抗力である。


「アイザックさんも何か言ってください」

「えっ、あっ……」


 パメラに話を振られて、アイザックの意識は現実の世界に戻ってきた。

 ニコルの胸に意識を集中し過ぎて、彼女達の話を聞いていなかった。

 いくら素晴らしい体験をしていたとはいえ、迂闊な行為である。


 アイザックが返事をできずに戸惑っていると、パメラが悲しそうな顔をする。

 それも当然の事。

 アイザックが顔を赤らめているのを見たからだった。

 今の姿は「ニコルに抱きつかれて喜んでいる、彼女に恋する少年」のようにパメラには見えていた。

 そのため、パメラはアイザックに裏切られたように感じてしまった。

 彼女の目を見て、アイザックは「ニコルの胸は、やっぱり罠だったんだ!」と思い込む。


「そうだよ、アイザックくんも何か言ってあげてよ。私は何もしてないんだよ。チャールズくんの時だって、私からは何も言ってないもん。チャールズくんが私の事を好きになったっていうだけだしね」


 ニコルもアイザックが何か言うのを求める。

 アイザックはティファニーの従兄弟なのだが、彼女への配慮がないのがニコルらしい。

 だが、ニコルも嘘は言っていない。

 一言たりとも「婚約者を捨てて、私と婚約して」などという事は言っていない。

 彼女にしてみれば、パメラの言い分は言いがかりでしかなかった。


「……気持ちはわからないでもないけど、パメラさんも感情的になっていたようだし、まずは落ち着いて話し合いをしたらどうかな? ちゃんと腹を割って話せば、分かり合える事もあるかもしれないよ」


 何か言えと言われても、アイザックはニコルの胸に夢中でよく話を聞いていなかった。

 そのため、アイザックはそれっぽい事を言ってお茶を濁そうとした。

 適当な事を言っているようで、大きな間違いではない。


 ――この時、二人が腹を割って話していれば、歴史は大きく変わっていただろう。


 しかし、実際はそうならなかった。

 パメラが拒否したからだ。


「落ち着いて話せ? ニコルさんがやってきた事を知っているアイザックさんがそれを言うのですか?」


 彼女は「ニコルと話せ」と言うアイザックの言葉が信じられなかった。

 パメラにしてみれば、ニコルはジェイソンを奪おうとする危険人物。

 しかも、チャールズにまで手を出していた。

 そんな相手と腹を割って話し合うという選択肢などなかった。


 一方、アイザックはなぜこんなに拒まれるのかがわからなかった。

 パメラはジェイソンを奪われる事を危惧していたが、自分が処刑される・・・・・・・・事までは知らないはずだ。

 普通なら「ニコルがジェイソンの第二夫人になる」と思うところだろう。

 多少は嫌悪感があるかもしれないが、ジェイソンが王族である事を考えれば、側室を迎えるのは十分にあり得る事だった。

 パメラもそれくらいは考えた事があるはずだ。

 なんでここまで話し合いすら拒むのかが不思議だった。


「パメラさんって、こんな風にいつも私に厳しい態度を取るの。アイザックくんが助けに来てくれてよかった」


 ニコルもニコルで不思議だった。

 助けにきたわけではないのに「アイザックが自分をパメラから守りにきた」と勘違いしている。

 確かに、パメラがヒートアップする前に割って入った形になるタイミングではあった。

 だが、こうして「アイザックが助けにきた」と信じ込んでいる理由が、アイザックにはわからなかった。

 アイザックには助ける理由がないからだ。


(なんだ、この状況……)


 自分の知らない状況だけではない。

 理解できない何かが裏にありそうな気配を、アイザックもさすがに感じ取っていた。

 だが、それがわからない不気味さも感じていた。


「アイザックさん、裏切ったのですか……」


 なぜかパメラがニコルの言葉を信じてしまったようだ。

 一筋の涙を流しながら教室を走って出ていった。

 さすがにニコルの胸の感触がどうのこうのと言っていられない状況になった。

 アイザックは後ろ髪を引かれる思いで、ニコルの腕を振り払ってパメラを追いかける。

 廊下に出ると、少し離れた角を曲がるところを確認できた。

 アイザックは彼女の後を追う。


 パメラの姿はすぐに見つかった。

 角を曲がったところで、壁に背を預けて泣いていたからだ。

 今度は逃げようとしない。

 アイザックがどう声をかけようか迷っていると、パメラが先に口を開いた。


「どうして、どうしてみんなニコルさんの事を好きになるの……。今まで築いてきたものを捨ててしまっても手に入れたいほど魅力的なの?」

「パメラさん、僕は裏切ってなんかいません。あなたの事を捨ててはいません」

「嘘です。なら、どうしてあんなにデレデレとしていたんですか?」


 ――おっぱいの感触を全身全霊で覚えようとしていたからです。


 などという事を正直に口にはできない。

 もう少し、格好がつく言い訳をしたいところだった。


「僕も男です。女性に抱き着かれると、どうしても、その、振り払う事がなかなかできなくて……」


 残念ながら、スマートな言い訳は思いつかなかった。

 だが「おっぱい最高でした!」という言い訳よりはマシな範疇である。

 パメラも予想がついたのか、泣きながら軽く笑う。


「殿方の生理的現象というものですね」

「婚約者もいないし、女性との接触も経験がないので……」


 アイザックは周囲を見回す。

 廊下の角の先にも誰もいない事を確認してから、真剣な表情でパメラに向き直る。


「でも、誰に抱き着かれても嬉しいというわけではありません。やはり、本当に好きな人が一番だと思います。そして、僕が好きなのはパメラさんです」

「えっ、私?」

「そうです。初めて会った時からずっと、僕の心の中にはあなたがいました。ですので、忘れられる日が来るまで婚約者を作りませんでした。でも、今も忘れられません。だから、せめてあなたの力になりたい。そう思ったから、力を貸すことに決めたのです。先ほどの事をどう思ったのかわかりませんが、今は僕の事を信じてください。パメラさんの味方でいる事を誓います」

「アイザックさん……」


 パメラが涙を流しながら、アイザックに寄り掛かる。


「ニコルさんは私なんかよりも魅力的な女性です。本当に信じていいんですか?」

「もちろんです。ちょっとデレデレとしたかもしれませんが、チャールズのようにニコルさんに求婚したりするほど入れ込んでいるように見えますか?」


 アイザックは営業スマイルの混じった優しい笑顔を見せる。

 先ほどの件は、ちょっとではなかったかもしれない。

 だからこそ、意識してそれっぽい表情を浮かべておいた。

 それが功を奏したのだろう。

 パメラの態度が軟化した。


「私も初めてお会いした時、アイザックさんに心を惹かれました……。ですが、私は殿下の婚約者という身である以上、殿下を好きになる以外の選択肢などありませんでした。でも、殿下はニコルさんの事を好きになったようで……」

「以前、ニコルさんが好みではないと言ったように、僕がニコルさんを本気で好きになる事はありません。絶対にです。僕は殿下とは違います」

「……最初からアイザックさんと婚約していれば、ニコルさんの事でこんなに苦しむ事もなかったのでしょうか。どうして、生まれた時に婚約者を決められていたのか残念でなりません」


 パメラが弱音を吐いた。

 そして、その内容はアイザックが自分の行動を正当化するのに十分な内容でもあった。


「わかりません。でも、それは思っても口にしてはいけません。今はまだ・・・・・。殿下がパメラさんを裏切ったわけではないでしょう?」

「そうですわね。失言でした、忘れてください」


 ニコルの事で感情が高ぶっていたとはいえ、口に出していい内容ではなかった。

 パメラも深く反省する。


「これも以前に言いましたが、僕があなたを守ります。最後の時まで信じてくださって結構です」

「ありがとうございます」


 さすがに婚約者のいるパメラはアイザックに抱き着かなかった。

 それでも、もう一度信じようという目をして、アイザックを見つめる。

 それだけで、今のアイザックには十分だった。

 婚約してから、堂々と抱き合えばいいのだから。


 パメラが落ち着いたところで、二人は別れた。

 あまり長居していては、誰かに見つかってしまうかもしれない。

 早めに解散しておいた方がよかった。


 今回、アイザックは大きな収穫を得た。


 ――パメラの本心。


 十歳式の前にも話してある程度は確認していたが、はっきりとした事は聞いていない。

 ジェイソンを排除したものの「えっ、今までずっと好きだったの? 引くわー」などと言って拒絶はされないという事だ。

「ニコルに心が傾いているジェイソンよりも、アイザックと婚約をしておけばよかった」というのは、そういう事だろう。

 一段と将来に向かってのやる気が増すというものだ。


 そして、もう一つ得たものがある。

 友人達と合流した時に「トイレ、長かったね」と誰も聞かなかった。

 アイザックは「いい友人を持った」と確信させてもらった事。

 それはそれで大きな収穫だった。

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