第275話 初めての勉強会

「貴族派の考えは正しいよ。異変にすぐに対応できる体制を整える事に集中した方がいい」

「僕は王党派の考えの方が正しいと思う。だってさ、やっぱり正規軍として指揮権が統一されている方が戦いやすいと思う」

「地方貴族が反乱を起こす時もあるし、指揮権を預けた将軍に地方の軍を任せた方が安心もできるね」

「でも、その将軍が裏切る事もあるんじゃない?」

「あっ、そうか」


 ――家族から聞いた事を自分なりに解釈して、他の生徒達と意見を交換する。


 勉強会はアイザックの予想通りに進んでいた。

 意見交換という形であっても、今まで接点のなかった相手と話すのは親しくなる第一歩だ。

 こうして交流し「顔を知っている」というだけの関係から「知り合い」や「友人」になっていけばいい。

 それに、他人の意見を聞くだけでも勉強になる。

「次の一手はどうしようか?」と悩むアイザックにとって、未来に繋がる有意義な時間を過ごせるのはありがたかった。

 

「将軍に地方の軍を任せるというのは良い考えだ。その分、ポストが増える」

「ポストが増えた分、コストも増えるから良い考えとは言い切れないけどね」


 上級生達も議論に参加していた。

 武官志望らしき上級生と、文官志望の上級生の意見が真っ向からぶつかる。

 まだ学生だというのに、武官を目指すか文官を目指すかの差が、考え方の違いになって表れている。


 ――だが、彼らのように建設的な意見の者ばかりではなかった。


「僕の家は利益を求めて、王党派から貴族派に乗り換えたみたいだ。みんなの家みたいに信念を持っている家が羨ましいよ……」


 アイザックも見た覚えがある生徒が悔しそうな顔をして発言する。

 派閥を乗り換える者がいる以上、利益を求めて乗り換える者も一定数はいる。

 彼の家は、その利益を求めるタイプだったらしい。

 この発言で場が静まる。

 彼の件は他人事ではないからだ。

 いつ、自分も同じ立場になるかわからない。

 煽る言葉も、慰める言葉も出てこなかった。


(まずいな……。なんとかしないと)


 アイザックは、この状況を打開しようと考える。

 お通夜ムードが続くよりも、活発に意見が交換される方が、勉強会を始めた自分の評価が高まる。

 それに、この状況を打破するのは、司会進行役としての役目でもあった。


「確か、君は一組の生徒だったよね?」

「そうだよ」

「という事は成績いいんだよね?」

「……体が弱いから、その分勉強を頑張っているんだ。それがどうしたの?」


 ――関係ない事を聞きだして何が言いたいんだ?


 そう言いたげな表情を浮かべるが、相手がアイザックなので彼は遠慮をしてしまう。

 どうせ「頭が良いのにそんな事もわからないの?」と、馬鹿にされるのだろうと思って覚悟する。

 だが、アイザックには、馬鹿にするような事を言うつもりなどなかった。


「じゃあさ、もうちょっとだけ考えてみようよ。当主がお父上かお爺様かまでは知らないけど、君の事を考えて移ったんじゃないかな?」

「えっ?」


 予想外の事を言われて、彼の思考がフリーズする。


「体が弱くて、頭が良い。となると、軍の官僚としてよりも文官として働く方が向いている。それだったら、属する派閥も文官の多い貴族派の方がいい。君が働き始める頃には、人脈が広がって働きやすい環境になっているだろうしね」

「あっ……」


 アイザックの言った事が「祖父が派閥を移動した理由かもしれない」と思うと、固まっていた思考が動き出す。

 しかし、それは鵜呑みにできる内容ではなかった。


「でも、お爺様はそんな事は一言も……」


「派閥を移った方が利益になるからだ」と言うだけで、祖父は孫を思っての考えだなどと一言も言わなかった。

 言ってくれていれば、悔しがったりもしなかったのだ。

 アイザックは、まだ不十分だと判断して話を続ける。


「そりゃあ、言えないよ。君のためだなんて言ったら『自分のために……』と思って、君は気に病むだろう? それに、君のお爺様は普段から孫の心配をするような素振りを見せる人かい?」


 アイザックの質問に、彼は首を横に振る。

 普段は厳格で、自分を甘やかすような人ではなかった。

「体が弱いのは、鍛錬が足りないからだ!」と、厳しく教育するタイプである。

 自分のために派閥を移るとは思えなかった。


「人に素直な気持ちを伝えるのは難しい。普段から本心を見せない人は特にね。……君は派閥の事だけじゃなく、他にも家族と話さなくてはならない事があるようだね。素直に答えてくれるかはわからないけど」


 アイザックは彼の反応を見て、優しい笑みを見せてから、そう言った。

 事実はどうでもいい。

 そんなものは確かめようがない。

 とりあえず、彼を前向きな考えにできればそれでよかった。


「あっ、しまった! 話には口出ししないとか言っておいて、ガッツリ口出ししちゃった。慣れるまでは大目に見てください」


 アイザックが照れ笑いをする。

 これは普通に忘れていた事だ。

 だが、それを咎める者はいなかった。

 むしろ、それが親しみやすさを生み出し、アイザックに対する印象を良くしていた。


「さて、では意見交換を再開しましょう」


 雰囲気が変わったところで、アイザックが話を元に戻した。

 周囲の反応とは違い、本人は恥ずかしいという思いが強かったからだ。



 ----------



「では、また来週」


 勉強会に使う時間は短い。

 アルバイトしている者がいるというだけではなく、最初から何時間も話し込んでも疲れる。

 まずはこうしてみんなで意見を出し合う事に慣れていく事が大切だと、アイザックは考えていた。

 教室を出ていく者達を見送ると、レイモンドとルーカスの方に振り向く。


「二人もお疲れ様」


 彼らには書記をしてもらったりして、裏方で働いてもらっていた。

 まずはねぎらいの言葉をかける。


「気にしなくていいよ。僕らも勉強になったしね」

「こうして意見を書き留めていると、他の人の意見を覚えやすいですし、意見を言わない分だけ考える事に集中できました」


 アイザックを気遣って嘘を言っているような感じではなかった。

 二人にとっても、有意義な時間となっていたらしい。

 だが、だからと言って二人の厚意に甘えるつもりはなかった。


「そう言ってくれると助かるよ。お礼ってわけじゃないけど、このあとの予定は空いているかな? 会わせたい人達がいるんだ」

「会わせたい人達?」


 レイモンドがそう呟くと、ルーカスの方を見る。

 ルーカスと視線がぶつかったので、彼の方もレイモンドと同じく「誰だろう?」と思ったのだろう。

 今度はアイザックに視線を移すが、アイザックはいたずらっ子のような笑みを浮かべているだけで、誰と会うかは教えてくれなかった。


「二人にとっても悪くない事だと思うよ。今頃は屋敷に着いているだろうから、ちょっと家に寄っていってくれたら会えるよ」

「予定が空いているから、僕は大丈夫だよ。アイザックくんが会わせたいと言う人と会ってみたい」


 まずはルーカスがOKを出す。

 パメラの伝令としての役割もあるので、彼は家族に「遅くなる時があるかもしれない」という事は伝えている。

 アイザックが紹介してくれる人なら、時間を使うだけの価値があるとも考えている。


「僕も行くよ。ここで帰ったら、どんな人と会わせるつもりだったのか気になって眠れないよ」


 レイモンドもウェルロッド侯爵家の屋敷に行くと決めた。

 アイザックがわざわざ紹介する者がただ者であるはずがない。

「僕の婚約者だ」といって、女性を一人紹介されるだけかもしれない。

 だが、真っ先に紹介してもらえるというのは、それはそれで価値のある事だ。

 どういう形であれ、エンフィールド公爵・・・・・・・・・直々の紹介という行為自体に価値がある。

 断るという選択肢など、彼の頭に浮かばなかった。


「なら、行こうか。きっと驚いてくれるよ」



 ----------



「うおっ!」


 ルーカスはアイザックが言った通り驚いて声を上げた。

 アイザックが紹介するだけあって、彼の予想以上に凄い面子だったからだ。

 レイモンドは見知った顔だったから、目を大きくして少し驚いただけだった。


「お久し振りですね、皆さん。初めての方もいらっしゃるようですので、まずは自己紹介からさせていただきます」


 ――クロードとブリジットという見慣れた顔に、外五名のエルフ。


 彼らだけではなく、ドワーフもいた。


 ――ジークハルトに大人のドワーフが七名。


 彼らは大使ではない。

 正式な大使が到着する前に、王都の貴族達に異なる種族と接するのに慣れてもらうためにきた先発隊だった。

 他にも、大使館に住んで細かい調整をする予定でもあった。

 大使館で働く執事やメイドは厳選された者ばかりだったが、二百年もの間交流が途絶えていたという事もあり、人間にしてみれば何でもない事がエルフやドワーフの逆鱗に触れる行為になっているかもしれない。

 生活をする上で問題がないかを探るために、比較的人間に慣れている者達に、一足先に大使館で生活してもらおうという事になっていた。

 先触れで今日到着するという事を聞いていたので、アイザックはレイモンドとルーカスにも会わせてやろうとしていたのだった。


 アイザックとレイモンドは、クロード達と面識はあるものの他の者達とはない。

 ルーカスは全員と初対面だ。

 まずは自己紹介とレイモンドとルーカスの紹介を行う。

 ルーカスの紹介が終わったところで、ブリジットが驚く。


「あんた、新しい男友達なんて作れたんだ。痛っ」


 即座にクロードがブリジットの後頭部を叩く。

 軽く注意するというものではなく、かなり強めだったので怒っているというのが一目でわかった。


「エンフィールド公との友誼を人前でひけらかすような事はするな。以前とは違うんだぞ」


 回りくどい言い方だったが「大勢の前で馴れ馴れしい口をきくな。今のアイザックの立場を考えろ。あと、それは友達相手でも言ったらだめだろう」という思いを込めて、ブリジットに厳しく注意する。


「冗談だったのに……」


 頭をさすりながら、ブリジットは恨みがましい目をクロードに向ける。


「初めて会う者もいるんだ。冗談か本当かわからないだろう。エルフの第一印象を悪化させるような真似はやめろ。エンフィールド公、申し訳ございませんでした」


 クロードがブリジットに代わり謝罪する。

 アイザックは笑顔で返した。


「いいんですよ。ブリジットさんもお変わりないようで安心しました」


 そう答えた事で、アイザックが面子に細かくこだわる人間ではないという印象を与える事ができた。

 一方で、この場にいる者達のブリジットに対する印象が固定されつつあった。


「お久し振りです。手紙をいただいてから、ずっとこっちに来る機会を探していました。なんとかコネを使って潜り込みましたよ」


 ジークハルトがアイザックに手を差し出す。

 アイザックは、彼の手を取って固い握手を交わした。


「手紙の返事をくれたら、それでよかったのに」

「手紙なんてまだるっこしい。こちらに来た方が直接お話ができますしね」


 ジークハルトは、次にレイモンド、その次にルーカスと握手を交わす。

 この時、ルーカスの手は震えていた。

 まさか、自分にドワーフと話せる機会が来るとは思わなかったからだ。

 ウィンザー侯爵のような立場ならエルフやドワーフと話した事もあるだろう。

 だが、自分のような下っ端に。

 しかも、こうして握手までする機会が来るとは思わなかった。

 感激のあまり、ルーカスは泣きそうになっていた。

 アイザックのサプライズは、モーガンのサプライズと違って、贈る相手にちゃんと喜ばれるものだった。


「挨拶は終わったか! それなら、あの馬車のおもちゃについて教えてくれ!」

「そうだ、そうだ! 分解する事もできないなんて酷い生殺しだぞ!」


 ドワーフ達からゼンマイを使ったおもちゃについて質問が相次ぐ。

 さすがに子供のおもちゃを取り上げて、分解して調べるような事はしなかったようだ。

 だが、その勢いから「このままではケンドラのおもちゃが分解されてしまう」という恐怖をアイザックは感じた。


「歓迎パーティーが終わって、数日してからになりますが、ちゃんと仕組みはお教えします。こちらで試作している蒸気機関とかも見ていただきたいですしね。慌てなくても大丈夫ですよ」

「ぐぅ……」


 ちゃんと教えると言っても、ドワーフ達は待ちきれないようだ。

 しかし、彼らも先発隊として来た身。

 歓迎パーティーなどを投げ捨てて、知識欲に身を委ねる事はできないと理解していた。


 彼らの歓迎パーティーは、王都にいる貴族の当主だけで行われる比較的小規模なもの。

 女房、子供まで参加させて質問攻めに合わせたら困惑するだろうという配慮からだった。

 正式に大使を迎え入れるにあたり、エリアス達も慎重になっているようだ。


 そして、それはドワーフも同じ事。

 本当なら知識欲を満たすために行動したいところだが、これからの付き合いを考えてギリギリのところで我慢していた。


「あれもエンフィールド公が考えられたのですか?」


 ジークハルトがキラキラとした目でアイザックを見ている。

 きっと、アイザックの頭脳がアイデアが無限に湧き出る知識の泉だとでも思っているのだろう。

 だが、今回は違った。


「違うよ。あのゼンマイというパーツは、ピストっていう科学教師だった人が作ったんだ」

「アイザック以外にもいたんだ!」


 ――他にも新しい物を作り出す者がいる。


 その事実はジークハルトを驚かせた。

 驚きのあまり、エンフィールド公と呼ぶ事を忘れてしまったくらいだ。

 ジークハルトがアイザックの腕を掴む。


「そのピストって人と会わせてよ」

「いや、だから歓迎パーティーが終わったあとにね」

「そんな殺生な!」

「数日待つだけだよ」


 ジークハルトがピストに会わせてほしいとアイザックに頼み込む。

 だが、それは彼だけではなかった。


「わしらも会いたいぞ」


 興味を持つ対象が増えた事で、我慢できなくなったらしい。


 他のドワーフもアイザックの周囲に集まり――


「ピストに会いたい」

「ゼンマイというのを教えてくれ」

「人間の作る蒸気機関はどうなっている?」

「酒が欲しい」


 ――と口々に希望を述べる。


 これにはアイザックも戸惑うばかりだった。

 その姿を見て、ブリジットがクロードに言う。


「あっちは放っておいていいの?」


 自分は叩かれたのに、ドワーフ達はほったらかしだ。

 注意しなくていいのかと、クロードに尋ねる。


「よそはよそ、うちはうちだ。彼らにとって、ああいう接し方がやりやすいというのなら好きにさせておこう。エンフィールド公も本気で嫌がってはいないようだしな。限度を超えそうになったら止めればいい」


 クロードは「自分がエルフの代表者の一人である」という事を理解していた。

 個人としてならともかく、エルフの代表の一人である以上は、異種族であるドワーフの面倒まで見る必要がない。

 それどころか、良い対比になって、人間のエルフに対する感情がより良いものになるかもしれないとすら考えていた。

 これは「人間がドワーフと仲良くしたいと思っている事を考えれば、多少の無礼は許されるだろう」という計算の上で導き出した答えだった。

 魔法でインフラ整備という売りしかない今のエルフと、多くの物を売買できるドワーフとでは人間の興味の強さが違う。


 ――今後の事を考えると、心証で多少は優位に立っておいたほうがいい。


 そう思ったから、クロードはドワーフ達を止めようとしなかった。

 それは他のエルフ達も同じ事。

 ただし、他のエルフは「いつも通りのドワーフだ」と思い、黙って見ているというだけだったというのもある。

 誰もアイザックを助けに動かないと思ったブリジットが、アイザックを助けるために動く。


「はいはい、そこまで。みんなもいい年をした大人なんだから、もう少し落ち着きなさいよ」

「なんじゃ、まったく。さすがに150近いオバサンは口うるさいな」

「はぁ!? 今の誰が言った!?」


 ドワーフの寿命は人間の約四倍で、エルフは約十倍。

 2.5倍の寿命差があるので、エルフでは少女といえる年齢のブリジットも、ドワーフ基準ではオバサンになる。

 アイザックに対する要求を邪魔されて不快に思ったドワーフの一人が、ボソッと呟いた事をブリジットは聞き逃さなかった。

 躍起になって犯人を捜そうとする。

 そんな彼女の姿を見て、クロードは頭を抱えていた。


「なんだか……、凄いね。エルフもドワーフも思っていたのと違う気がする」


 ルーカスがアイザックに話しかける。

 それは彼の率直な意見だった。


「まぁ、うん……。強いけど、本に書かれているような凶暴さとかはないから安心していいと思うよ。ちゃんと話せば分かり合える相手だから」


 アイザックはそう答えたものの「あんたが言ったの?」とドワーフに詰め寄るブリジットの姿が、アイザックのフォローを台無しにしてしまっていた。

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