第253話 アイザック世代の苦悩

 ウォリック侯爵と会おうとしても、彼は領地に戻っている。

 他の有力者も基本的には自分の領地に戻っているので、会ったりする事はできない。

 地方に住む貴族が王都に集まる社交界シーズンまでは、アイザックも王都でできる事をやるしかない。

 とはいえ、今はまだ学生になったばかり。

 学校生活に慣れるまでは大きな動きをするつもりはなかった。


 その学校生活はというと、あまり順調であるとは言えない状況だった。

 やはり、男友達が増えていないという事が大きい。

 女友達は増えてはいるものの、異性という事もあって意識してしまいがちだ。

 気楽に話せる同性の友達が作れないというのは、少し寂しいところだった。


 しかし、同性の友達ができないのはアイザックにも責任がある。

 女の子達と仲良くなるのはいいのだが、特定の相手を決めようとしないアイザックの姿が「女の子を独占しようとしている」ように見えていた。

 そのため、同世代の男の子達からアイザックは敬遠されてしまう。

 王立学院は婚活の場でもあるのだ。

 女の子を独占するような者はどうしても嫌われてしまう。


 それはニコルも同じだった。

 彼女も男の子の注目を集めているので、同世代の女の子達からの評判は悪い。


 ――ある意味お似合いの二人。


 アイザックとニコルがくっつけば丁度いいのにと思う者は、そこそこの数がいた。

 だが、アイザックがそれに気付く事はなかった。

 今のチヤホヤされる状況が嫌いではなかったからだ。

 女の子の扱い方には困るが、前世では経験できなかった事を経験できている。

 多少なりとも今の状況を楽しみたいという気持ちもあった。

 アイザックがそんな態度だから、周囲の男子は不満を持って避けるという悪循環に陥っていた。

 前世で少しでも女性経験があれば違っていたかもしれない。


 そんな状況なので、アイザックの学生生活は順調とは言い難いものだった。

 男友達は今までの友人+ルーカスと言ったところ。

 寂しい限りである。


 とはいえ、この状況をアイザックは焦っていない。

 肝心なのは、実権を持つ学生の親世代・・・・・・だ。

 卒業時に学生を味方にしているよりは、学生の両親や祖父母を味方にしている方が役に立つ。

 その点だけを考えれば、同世代の男友達が少ない事は致命的ではなかった。



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 アイザックは数少ない友人達と休日を過ごしていた。

 特にカイはポールやレイモンドと違って友人になったのは最近である。

 みんなで集まって話をする機会を作るのは、彼が溶け込むのに必要な事でもあったからだ。


「そういえば、この間のテストはどうだった?」

「それなりに良かったけど、成績優秀者組に選ばれるほどじゃなかったかな」

「まぁ、悪くはなかった」


 レイモンドの成績は確認していたが、カイとポールの成績は確認していなかった。

 そのため、ここでアイザックは成績を尋ねる。

 将来の側近候補の成績は確認しておきたかったからだ。

 カイは良い感じらしいが、ポールの方はイマイチらしい。


「僕は成績をあまり気にしないけど、あんまり悪いと本人が気まずいらしいから気を付けてね」


 アイザックはノーマンの事を思い出す。

 決して悪い成績ではなかったが、侯爵家の跡取り息子の側近になるには物足りないものだった。

 本人が成績を気にして肩身が狭い思いをするくらいなら、学生の間にできるだけ頑張っておいてもらいたい。

 だが、ポールにはあまり気にしている様子はなかった。


「大丈夫、武官として頑張るから!」

「武官も書類仕事多いから、勉強しなくてもいいってわけじゃないよ……」

「えっ、そうなの?」

「うん」


 戦争の時にアイザックは騎士達が書類に目を通している姿を見かけていた。

 武官だからといって槍働きだけができればいいというわけではない。

 兵士達の管理から弓矢や食料の残りを確認したりもしないといけない。

 そして何よりも、命令書から指揮官の意図を読み取ったりする必要がある。

 命に係わる重要な仕事だけに、腕力自慢の馬鹿では武官は務まらない。

「武官になるから勉強ができなくてもいい」というわけにはいかないのだ。

 その事を理解していないポールに、みんながやれやれといった視線を向ける。


「ただでさえカイのせいでハードルが上がってるっていうのに……。俺達の世代って、結構世間の目が厳しいんじゃないか?」


 ポールがレイモンドに同意を求める視線を向けた。

 アイザックはもとより、カイもジェイソン世代のハードルを上げている元凶だ。

 初陣で敵将を討ち取るなど、子供に読み聞かせるおとぎ話の主人公のような存在である。

 アイザック抜きに考えれば、カイがジェイソン世代筆頭となっていてもおかしくない。

 そんな大人物が身近にいるせいで、同世代の子供達にとっては比べられてしまう悩みの種である。


「いや、僕は文官を目指しているから気にしてないよ。武官を目指すポールにはカイの存在が大きいだろうけどさ」


 レイモンドは呑気な表情でお茶を飲んでいる。

 武官を目指すのなら同世代のカイの存在が大きく立ちはだかるが、文官を目指すならカイはライバルではない。

 どちらかと言えばアイザックがライバルとなるが、アイザックくらいになれば誰も比べようとは思わないので、ライバルになったりはしない。

 今のレイモンドが目標としているのはノーマンだ。

 ノーマンは常識の範疇に収まる人間なので、目標とするにも比較的楽なものである。


「ライバルがいるといいって言うけど、存在が大きすぎるライバルは迷惑だよなぁ」

「お前はまだいいよ」


 ポールの呟きにカイが反応する。


「『あいつが俺のライバルだ』とか思う方だろ。俺なんてフレッドにライバル視されてるんだぞ。毎日生きた心地しないよ……」

「あー……。それは辛いな」


 カイはフレッドと同じクラスだ。

 身近にいるせいか、戦争で手柄を立てたカイをフレッドは強くライバル視している。

 侯爵家の跡取り息子に強くライバル視されているのだ。

 その精神的負担は大きい。

 特に「さぁ、勝負だ!」と言い寄られるのは辛い。

 相手がウィルメンテ侯爵家の子息なので、邪険に扱うわけにもいかないので尚更だ。


(てっきりニコルに夢中だからだと思ってたけど、良い標的が身近にいたからこっちに来なかっただけか)


 最強の騎士を目指すフレッドにとって、個人の武勇で手柄を立てたカイの方がライバル視しやすかったのだろう。

 本当ならもっとフレッドが絡んでくると思っていたところだ。

 カイが居てくれるおかげで楽ができている。

 アイザックは、心の中でカイに感謝した。


「学校って思っていたよりも楽しくないね。アイザックは楽しそうで羨ましいよ」

「僕?」


 ポールに話を振られて、アイザックは不思議そうな表情を浮かべる。


「そうだよ。女の子に囲まれてるじゃないか。俺もあんな経験をしてみたいよ」

「殿下に匹敵する人気だもんね。婚約者がいる身とはいえ、確かに羨ましいかな」


 ポールの言葉にレイモンドが同意する。

 アイザックの周囲は女の子に囲まれている。

 数の上ではジェイソンと互角。

 ただし、ジェイソンに比べてアイザックは女子の比率が多い。

 女子人気という点ではジェイソン以上のものを持っている。

 ちなみに、女子人気二位はフレッドだ。

 やはり、婚約者が決まっていないというのは大きいらしい。


「そんないいものじゃないよ。やっぱり男子とも仲良くしたいし……」

「これがモテる男の余裕ってやつか……。ティファニーさんの友達の子かな? あの子を紹介してほしいけど……」

「モニカさん? 婚約者はいないみたいだし、紹介しようか?」


 口ごもるポールにアイザックは「紹介するよ」と返事をするが、ポールは乗り気ではなさそうだ。


「いやいいよ。友達ならともかく婚約者候補として意識されると、フリーのアイザックと比べられるわけだ。……あれ? 俺の周囲って手強い奴ばっかりじゃないのか?」


 ポールは頭を抱える。

 武官としてはカイが。

 男性としてはアイザックの存在が邪魔をする。

 平凡な男子としては、ジェイソンと同じ世代だと素直に喜べない地獄のような状況だった。


「アイザックも早く婚約者を決めてくれよ。アマンダさんとか可愛いし、家柄もピッタリじゃないか。せめて婚約者が決まれば、俺達も相手探しが楽になるだろうし」


(可愛い……事は可愛いけど……。そうだよな。この世界基準だと可愛いんだ)


 アイザックの好みからは離れているが、アマンダの小柄な体形もこの世界基準では人とは違う魅力的な特徴なのだろう。

 可愛くて家柄も良い子なら、アイザックのような公爵位を持つ相手にもふさわしいと思われる。

 だが、その事はわかっているものの、そう簡単に婚約者として決めてしまうわけにはいかなかった。


「うーん、もうちょっと考えたいんだよね」

「できるだけ早く決めてくれよ。アイザックに決めてもらわないと、俺みたいな微妙な立場の男はなかなか決まらないんだからさ」


 ポールの弱音は、同世代の微妙な立場の男子に共通するものでもあった。

 アイザックやフレッドのように、侯爵家の息子がフリーな状況にあるのは歓迎できない事態だった。

 リード王国に四家しかない侯爵家の内、二家の跡取り息子がフリーなのだ。


 ――もしかしたら、自分が婚約者に選ばれるかも?


 そう思える可能性があるだけで、カップルの成立率が悪くなる。

 アマンダもフリーなので、男子の中には彼女と親密になろうと考える者もいる。

 しかし、こちらはアマンダがアイザックに気がある素振りをしているので、早々に諦めてしまっていた。

 特定の相手に気を持っていないように見えるアイザックとフレッドだからこそ、女子達も玉の輿の夢を捨てきれずに希望にすがってしまっていた。


「良い相手がいればね」

「今以上に良い相手って……。あっ!」


 はぐらかそうとするアイザックの言葉を聞いて、ポールは何かを思い出した。

 彼はレイモンドに耳打ちする。


「アイザックって……」

「そういえばそうだったな」

「えっ、何々?」


 カイもヒソヒソ話に参加する。


「あー、そういえばそんな話を聞いた事があるな。だったら、アイザックが選んだ後も可愛い子が残ってるんじゃないか?」

「おい、何話してるのか丸わかりだぞ!」


 彼らが話しているのは「アイザックはブス専」という内容だろうというのが見当がついた。

 美的感覚が違う事によって「可愛い子を独占されない」という安心感を与えたようだ。

 しかし、それはそれで面白くない。

 アイザックだってちゃんと可愛い子が好みなのだから。


「まぁまぁ、いいじゃないか。女の子の奪い合いにならないとわかっただけでもさ」

「ニコルさんが好みじゃないというだけで、なんでそこまで思われないといけないんだ」

「むしろ、あんなに可愛い子が好みじゃないというのが普通じゃないって、なんでわからないのか不思議なくらいだよ」


 カイの発言で「頭が良いのにそのことに気付かないアイザックはおかしいよな」という流れになっていった。

 おかげでポールが口にした「微妙な立場の男の事を考えてくれ」という発言をアイザックが考えるのは後回しになり、その発言が意味する事に気付くのが遅れてしまう事になった。

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