第254話 屋敷の提供

 アイザックは学校が休みの日に王宮に呼び出された。


 ――用件はエルフとドワーフの大使館設置について。


 アイザックにしてみれば「爺ちゃん達と勝手に話し合ってくれ」という内容だった。

 しかし、呼び出された以上は行くしかない。

 祖父と共に王宮へ向かった。


 王宮の会議室では、エリアスの他にはウィンザー侯爵などの文官が集まって話をしていた。

 用件が用件だけに武官の出番はないのだろう。

 アイザックの姿を確認したエリアスが席を勧める。

 場所はエリアスの斜め右前。

 最奥に座るエリアスに次ぐ位置であり、ウィンザー侯爵の正面という上座である。

 公爵になった以上、必然的に爵位に見合った位置になる。

 だが、モーガンよりも上位に座るので、アイザックは少し居心地の悪さを感じていた。


「よく来てくれた」


 まずはエリアスが笑顔でアイザックに話しかける。


「陛下のお呼びとあらば喜んで。しかし、エルフ達の大使館の件で僕が必要になるような事があったのでしょうか?」

「う、うむ。エンフィールド公の意見を聞いておかねばならない事があってな」


 エリアスがウィンザー侯爵に視線を送る。

 言い辛い事があって、それを自分の代わりにアイザックに告げてほしいのだろう。

 ウィンザー侯爵は嫌な役目を押し付けられても嫌な顔一つしなかった。


「エルフとドワーフの大使館を用意するにあたり、場所の確保が問題になりました。場所自体はあるものの、そのまま使用させていいものかという問題です」


 彼は淡々と現状を語る。


(それのどこに俺が関係するんだろう?)


 そのように疑問に思ったアイザックは、口を挟んだりせずに黙って話の続きを待つ。


「彼らとの関係を重要視している。決して軽んじるわけではない。諸外国にも友好関係を見せつける。それらの目的を達成しうる用地がちょうど二か所見つかりました。エンフィールド公爵家とヴィッカース公爵家の屋敷です」


「なるほど」


 ヴィッカース公爵家は、エンフィールド公爵家と王位を奪いあったもう一つの公爵家である。

 その両家の屋敷を使いたいというウィンザー侯爵の言葉により、アイザックはエリアスがなぜ言い辛そうにしていたのかを察した。


(エンフィールド公爵家の土地を使わせてもらいたいって事か)


 今のアイザックは未成年者なので、ウェルロッド侯爵家の屋敷に住んでいる。

 しかし、いつかは家を出てエンフィールド公爵家の屋敷に移り住む事になるだろうと思われていた。

 アイザックも成人後は引っ越すつもりだった。

 新婚時代を家族と共に過ごすのは恥ずかしいと思っていたからだ。


 屋敷はまだ引き渡しされておらず、今はまだ王国の管理物件となっている。

 とはいえ、いつかはアイザックに引き渡される物件。

 勝手に大使館として転用するような真似はできず、どうしようか困っていたというところだろう。


「他に良い場所がないのであれば、喜んで提供させていただきますよ」

「そうか、そう言ってくれるか」


 エリアスは、うんうんと頷く。

 彼は忠臣であるアイザックならばそう言ってくれると信じていた。


「一か所だけならヴィッカース公爵家の屋敷を大使館にすればよかったのだがな。エルフとドワーフで差をつけるわけにはいかん。対等に扱っているという意思表示をするためにも、同等の屋敷を用意する必要があったのだ」

「公爵家の屋敷なら安全も確保できますしね」

「そうだ」


 エンフィールド公爵家の屋敷は王宮の東側で、ヴィッカース公爵家の屋敷は西側にある。

 どちらも王宮に近く、治安の面では王都で一、二を争う安全地帯。

 諸外国もエルフやドワーフと接触しようとするだろうと思われるので、非常時に守りやすい場所にいてくれた方がリード王国側としても安心できる。

 公爵家の屋敷というのは、彼らの駐在大使を迎えるのには最適な場所だった。


「エルフがリード王国との関係を一歩進めようとしたところ、ドワーフもエルフと歩調を合わせて大使を送ってくれる事になりました。去年までならば問題なくスムーズに進んでいた話ですが……」

「僕がエンフィールド公爵になったから調整が必要になったというわけですね」


 モーガンの言葉にアイザックは理解を示す。

 公爵位が誰にも授与される事なく、空位のままならば問題はなかった。

 しかし、アイザックが若くして授かってしまったので、正式な場で許可を得なければならなくなってしまった。

 学校が休みの日というのは、基本的に大臣や官僚達も休みの日である。

 使者を送って確認すればいいだけのようにも思えるが、わざわざアイザックが休みの日に王宮へ集まり、こうして話し合いの場を設けてくれているのは十分な配慮といえる。

 面倒な事ではあるが、頼み事をするにはこうして手順を踏むのが重要である。


 事実、頼まれる側であるアイザックとしても悪い気はしなかった。

 問題があるとすれば「新婚生活を親元で過ごさないといけなくなるのか……」という心配くらいだ。

 前世ならば「屋敷付きの土地!? 絶対ほしい!」と手放さなかっただろうが、今世では「どこかに新居を用意すればいいだけの事」と余裕を持って考える事ができた。

 持てる者の余裕である。


「まだしばらくは公爵位を与える者が出てこないと思っていたからな。嬉しい誤算ではある。エンフィールド公爵家の屋敷を取り上げる形になるのだ。何か他の物で報いたいと思うのだが、望みは何かないのか?」


 エリアスがアイザックに欲しいものはないかを尋ねる。

 しかし、アイザックからの答えを期待はしていなかった。

 いつも無欲な答えばかりだったからだ。

 だが、今回は違った。


「そうですねぇ……。では、屋敷を王国に貸し出すという形で家賃をいただけますでしょうか?」


 アイザックは見返りとして金銭を要求する。

 ささやかではあるだろうが王国経済への打撃である。

 咄嗟にこの程度の事しか思いつかなかった事を恥じつつも、そう悪い事ではないとアイザックは思っていた。

 いつまでも貸しを作るばかりでは、貸しを返してもらう時に返してもらいにくくなってしまう。

 適度な大きさの貸しにしておいた方が「返して」と言いやすい。


「それでいいのか? まぁ、何も要求されぬよりかはマシだが……。やはり、学生になってもそなたは変わらぬな」


 一方のエリアスは違う意味で受け取った。

 アイザックが金銭を要求したのは「わかりやすいからだ」と思っていた。

 家賃として金を払うだけで、契約・・という形で合意を得る事ができる。

 何も要求せずにエンフィールド公爵家の屋敷を差し出すよりも「納得済み」というのが目に見えてわかるからだ。

 要求なしなら「王家の要求だから渋々従うが、自分は納得していない」という態度にも取られかねない。

 アイザックが金銭を要求したのは、王家の側に配慮しての事だと受け取っていた。


 エリアスがそう思うのも無理はない。

 彼はアイザックが欲のない若者だと思っている。

 金銭を要求したのも「対価を払っている」という名分を王国側に与えるため。

 遊ぶ金が欲しいから要求しているのではないという確信があるからだった。


「そういえば、いつ頃から大使が駐在するようになるのですか?」

「今年の冬頃には大使一行が到着する予定だ。協定記念日には大使が駐在する事を広く知らしめたいからな」


 アイザックの質問にエリアスが答え、ニッと笑う。

 まるでそれは「エルフやドワーフが来たら一緒にパレードしよう。なっ」と言っているように見えた。

 アイザックは苦笑いを浮かべてしまいそうになるのをグッと堪えるので精一杯だった。



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 大使館の話が終わると、アイザックはエリアスに別室に呼び出された。

 どうやらまだ話があるらしい。

 この時出された飲み物には氷が入っていた。

 気温が上がってきた季節には心地良い冷たさ。

 アイザックは暑くなると氷を作ってくれたクロードやブリジットの事を思い出し、懐かしい気持ちになった。

 まだ彼らと別れて二か月ほどだというのに。


「こうして別室に来てもらったのは、どうしても聞きたい事があったからだ」


 いつになくエリアスは真剣な表情だ。

 冷たい飲み物の喉越しを楽しんでいたアイザックも姿勢を正し、真剣な表情になる。


「学校でのジェイソンの様子はどうだ?」

「へ……、殿下の様子ですか?」


 てっきりもっと重要な案件だと思っていただけに、アイザックは拍子抜けしてしまう。

 しかし、すぐに思い直した。


(親なら心配もするか……)


 アイザックも両親からの手紙が届いている。

 新生活について心配するのはどこの親も同じ。

 王子という、ある意味隔離されていたジェイソンの事を心配するのも当然だといえる。

 エリアスも一人の親であるというだけだ。


「ジェイソンは『色んな人と出会えて楽しい』というくらいしか話さなくてな。少し気になっておるのだ」


 さすがにジェイソンがいじめの対象になったりはしないので心配はないが、周囲との関係を上手くやっていけているのか気になるのだろう。


「そうですね……。殿下が話されない事を裏でコッソリと陛下にお教えするというのはあまり気が進みませんね」

「むぅ……」


 アイザックの言う事はもっともである。

 言わばスパイの真似事をしろというようなもの。

 エリアスもわかっているのか、アイザックに無理強いをしようとはしなかった。

 その代わりに、国王という威厳がなくなるほどしょんぼりとした顔を見せる。


「ですが、すでに陛下に話されている範囲内なら問題ないでしょう」


 だが、アイザックはいくらかは話す事にした。

 都合の良いところ・・・・・・・・だけを。


「殿下は確かに色んな人と触れ合っておいでです。今まで会う事のなかった相手との出会いを大事にされているようですね。他のクラスの生徒とも交流されているようですが、特にクラスメイトとは関係を深めてらっしゃるようですよ。僕の目からは順調そうだとお見受けしますね」


 アイザックも国王であるエリアスに対して嘘を言ったりはしない。

 本当ならニコルの事は大問題かもしれないが、アイザックの目から見れば上手くいっているように見える。


 ――アイザックとエリアス。


 両者の立場の違いから、現実の受け取り方が変わっているというだけの事だ。

 しかし、エリアスには今の言葉で十分だったらしい。

 ホッとした表情を見せる。


「私も最初は集団生活というものに戸惑ってしまったからな。そなたはどうだったのだ?」


 エリアスが興味深そうな目でアイザックに尋ねる。

 今をときめくエンフィールド公爵の学生生活というものに興味があったのだろう。

 もしかしたら、こちらが本題だったのかもしれない。


「思っていたよりかは順調ですね。友達が少なかったのでどうなるか心配していましたが、学院に入ってからは友達が増えましたし」


「学校生活は前世で慣れている」と言う事はできないが、前世の経験がなくても上手くやっていけている方だとは思っている。

 階級社会だけあって、アイザックに絡んできたりする不良もいない。

 さすがに学校内において身分は関係ないとはいえ、公爵に喧嘩を売るほどの馬鹿はいないようだ。

 アイザックも喧嘩を売ったりはしないので、今のところは穏やかな学生生活を送っている。

 ニコル関連以外は。


「そうか、それは何よりだ。エルフやドワーフと上手くやれる分、同世代の子供と上手くやれるか心配だったが……。無用の心配だったな」

「なんですか、その心配は。まるで人間相手だとダメみたいじゃないですか」

「ウェルロッド侯爵家の血筋だからな。そういう事もあるのかと思っただけだ」


 エリアスが屈託のない笑みを浮かべる。

 その笑顔からはアイザックへの信頼と信用というものが見てとれた。

 少なくとも、年齢差を超えて軽口を叩けるだけの関係にはなれているようだ。


 同じように年齢差を超えた関係の者は他にもいる。

 年齢差だけで考えればブリジットですら信じられないほどの差がある。


(そういえば、クロードさんやブリジットはどうなるんだろう?)


 もし大使として来るならば、ウェルロッド侯爵家に滞在する事はなくなるだろう。

 子供の頃からの付き合いがあるだけに、それはそれで少し寂しく感じる。

 エルフやドワーフとの関係が進展するのはアイザックにとっても良い事。

 だが、変わりつつある環境の全てがアイザックにとって歓迎できるものではなかった。

 自分の思い通りのままにしたければ、やはり権力を確保しなくてはならない。

 そうなると、エリアスとは正面衝突する事になる。

 人生とはままならないものであると、改めて思い知らされていた。

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