第252話 エリアスからの使者

 中間テストが終わり、一息ついた頃。

 アイザックのもとに一人の客人が訪れた。


 ――アルヴィン・レーマン伯爵。


 彼はエリアスの友人で、エリアスが表立って行動できない時に裏で動くと噂されている。

 そんな男が訪ねてきた。

 彼がやってくるような用件に覚えがないアイザックは、笑顔で応対しながらも内面では戸惑っていた。

 お互いに自己紹介をしたあと、軽く世間話をしながら様子を見る。


「そういえば、陛下がエンフィールド公には感謝をしてもしきれないとおっしゃっていましたよ」

「それはそれは、とても光栄な事ですね」


 しばらく世間話をしたところで、レーマン伯爵が本題らしき話題を持ち出してきた。

 エリアスに感謝されているというのはアイザックもわかっているので、笑顔を浮かべたまま平然と受け取った。

 エルフとの交流再開を皮切りに、立て続けにリード王国の名声を諸国に轟かせる事をやってきたのだ。

 当然、国王であるエリアスの名声も高まっているので、さぞかしいい気分になっている事だろう。

 そのきっかけを作ってやった自分に感謝しているというのは、誰かに聞くまでもない事だった。

 レーマン伯爵はアイザックの態度を見て感心する。


「なるほど、さすがはエンフィールド公。わざわざ私が言うまでもなく、すべてわかっていらっしゃるご様子」

「すべてではありませんけどね」


 微笑みをたたえるアイザックに、レーマン伯爵は深い感嘆の溜息を吐く。


「またまたご謙遜を。わかっておられたからこそ、この間学院で陛下を手放しで褒め称えたのでしょう? エンフィールド公のおかげで陛下を取り巻く状況が好転しました。陛下が自慢の家臣だと自慢話をされるのもわかる気がします」


 一方、アイザックは「さっぱりわからない」という意味が込められた溜息を吐いた。

 同席しているノーマンに視線を送って意見を求めたいが、そういう空気ではなさそうだ。


(いったい、何があったっていうんだ……)


 ただおべっかを使っただけなのに、エリアスを取り巻く状況が変わったという。

 まったくもって理解不能な事態に、アイザックは少し引きつった笑顔を浮かべている事しかできなかった。


「事の始まりは先代ウォリック侯の病死でした」


 レーマン伯爵は、一から全てを話したい気分なのだろう。

 始まりから話しだそうとする。


(いいぞ、もっとやれ! さすがはエリアスの友人というだけある。気が回る良い奴だな!)


 アイザックは神妙な顔をしながら黙って彼の話に耳を傾ける。


「心優しい陛下は平民の直訴を聞き入れ、ウォリック侯に減税するよう命じられました。ですが、あれはどう考えても致命的な失策。先代ウォリック侯が存命であればなんとかなったのかもしれませんが、突然の減税と当主の交代が重なった事によって、ウォリック侯爵領は未曽有の大混乱となってしまいました」


 その事はアイザックもよく知っている・・・・・・・

 ちょうどこの場にいるノーマンと「本当に大変な事になったね」と話をしていた覚えがある。


「あの一件以来、王党派の中にも『王党派代表ともいえるウォリック侯爵領の事情も知らない王を無条件に支えていいものか?』と疑問に思う者が増えたそうです。ウォリック侯などは、兵士を集めるなど挙兵にすら見える不穏な動きもあったそうですね」


(えっ、そうなの!?)


 思わず聞き返してしまいそうになってしまう。

 だが「アイザックが全てを理解している」と勘違いしているから話してくれているのだ。

「何もわかっていなかった」と知られてしまうと口をつぐんでしまうかもしれないので、アイザックはそっと目を伏せて我慢する。

 その仕草がレーマン伯爵には「そうでしたね」と、アイザックが同意しているように見えた。


「領内の混乱があったので実行には移されなかったようですが……。それだけ強い恨みを持っていてもおかしくはありません。ですが、ドワーフとの交易が始まり、経済の立て直しに希望が見えた事で矛を収めたみたいですね」

「……家の存続は大事ですからね」


 ウォリック侯爵領が混乱している時は「道連れにしてやる」と思っても、見通しが明るくなれば考えも変わる。

 家の存続を優先に考えるのが貴族というものだからだ。

 その辺りの事はアイザックも学んでいるので、ウォリック侯爵が矛を収めた理由に見当がついた。

 同時に意地でもやり返そうという気持ちも理解する。


(それもそうか。あんな目に遭ったら王党派だからとか関係なく、全てをかなぐり捨てて一矢くらいは報いようとするよな)


 ウォリック侯爵は「うちの娘を嫁にどうだ?」とばかり言っているだけのおっさんではなかった。

 泣き寝入りするくらいなら、王が相手でもやり返してやろうと行動に移す気概のある人物だったようだ。

 アイザックの中でウォリック侯爵の評価がいくらか変わる。


「結局は何も起きなかったとはいえ、王家の求心力が落ちてしまっていたのは確か。そこをエンフィールド公に救っていただいた」

「……僕は何もしていませんよ」


 アイザックは否定するが、レーマン伯爵は「またまたご謙遜を」と笑って流した。


「エンフィールド公ほどのお方が陛下の失策を見落としておられるはずがない。先日、陛下を褒めちぎった事により、皆が『その理由は何か』と考え始めました」


(えっ、なんで?)


 ただのおべっかだから褒めちぎっただけだ。

 わざわざダメだったところなど言う必要がない。

 なのに、それが余計な憶測を生じさせる事になった。

 悪い内容ではないようだが、それはそれで不安になる。


「私はブランダー伯爵領の鉱山が開発されるきっかけを作ったからだと思っております。ブランダー伯爵領の鉱山が開発されていたおかげでドワーフという新たな需要にも応える事ができた。ウォリック侯爵家には申し訳ない事でしたが、リード王国全体としては利益になる。だから失策として考えなかったのではありませんか?」


(ではありませんかって聞かれても……)


「フフフッ、どうでしょうね」


 アイザックは、とりあえず笑って誤魔化すことしかできなかった。

 エリアスを褒めたのは何も考えていない行動だったからだ。

 ここまで深読みされても迷惑でしかない。


「やはり、政治に関わる事は教えていただけませんか。他の貴族達も似たような結論を出したようです。『結果的に悪くなく、エンフィールド公が褒めるのなら、それが正しかったのだろう』と陛下に不満を持っていた者達の心情が和らいだようです」


 そこまで言うと、レーマン伯爵は姿勢を正した。


「私は陛下の名代を務められるような身ではありませんが、陛下の友人として。そして、リード王家の臣下として。リード王国の安寧のために心を砕かれているエンフィールド公の働きに感謝し、ただただ頭が下がる思いです」


 思い・・どころか、レーマン伯爵は実際に頭を下げて感謝の意を示す。

 よくわからないところで感謝をされているが、アイザックも知らぬ存ぜぬで通すのもなんだか悪いような気がしていた。

 だから、少しだけ彼にリップサービスをしてやろうと思った。


「まだ未成年者とはいえ、僕もリード王国の貴族の一員です。臣下として当たり前の事をやったというだけですよ」

「閣下の当たり前は、他の者にはなかなかできないのですよ」


 レーマン伯爵は笑みを浮かべる。


 ――エリアスを褒める。


 ただそれだけで、ウォリック侯爵家の一件におけるエリアスの功罪を浮き彫りにした。

 誰かに説明されるよりも、自分で答えを導き出した方が人には受け入れやすい。

 以前から考えていたのか講義の際に思い付いたのかはわからないが、アイザックはより良い方法で皆に気付かせる事に成功した。

 それをあっさりと「当たり前」と言ってのけるアイザックの非凡さに、笑うという反応を示すしかなかったからだ。


「エンフィールド公が成人なされれば、きっと陛下はお望みの職を任せてくれる事でしょう。何かご希望の職はございますか?」

「いえいえ、まだそこまでは……。今は学生生活でいっぱいいっぱいですので何も考えられません」

「またまたご冗談を」


 レーマン伯爵が声を出して笑う。

 アイザックも彼に合わせて笑いながら、疑問を抱いていた。


(なんで望みの職を聞いてくるんだ? ……そうか! 表向きは個人として来ているとは言っても、実質的にはエリアスからの使者なんだ! 立場があるから直接言えない事もあるもんな)


 アイザックは、レーマン伯爵が訪れた理由に当たりを付けた。


 エリアスの立場ならアイザックを王宮に呼び出せるが、礼を言う相手を呼びつけるというのは非礼にあたる。

 だが、エリアスが自分からウェルロッド侯爵家に出向くのでは大事になって、周囲の耳目を集めてしまう。

 だから、友人にお礼を伝えるよう頼んでおいたのだろうと。


(わかりづれぇ……。普段から会ってる相手だったら気付かなかったぞ)


 とりあえず、この事に気付けただけマシだろう。

 エリアス本人と会った時に「何の事?」と恥をかかずにすんだ。

 知ったかぶりなどしない普通の子供であれば、それとなく誰かが教えてくれていただろう。

 頭がいい振りをしていると教えてもらえない事もあるので、知ったかぶりも一長一短である。

 今回は得るものが多かったので良しとする。


 このあとは軽い雑談をして、面会はお開きとなった。

 今回の話は予想外の内容だったが、アイザックにとって大きなメリットもあるものだった。


(ウォリック侯が蜂起を覚悟するほどの恨みを持っていたとはな)


 エリアスを恨んでいるだろうとは思っていたが、そこまでだとは思わなかった。

 だが、言われてみれば納得だ。

 エリアスのせいで父を失い、領地は混乱し、娘の婚約は破談になった。

「この野郎、ぶっ殺してやる!」と思っても不思議ではない。


(王党派だからって盲目的に忠誠を誓ってるわけじゃあない。あくまでも王家に権力を集中させた方がリード王国のため。ひいては自分達のためになると考えている一つの派閥に過ぎないってわけだ。王党派の連中も利益を見せれば寝返ってくれる可能性がある。そう考えると、レーマン伯爵は良い情報を教えてくれたな)


 ――ウォリック侯爵家は、侯爵本人を説得するだけで味方してくれる可能性が高い。


 この情報は大きな収穫だ。

 子供の耳には入らないような重要な情報を教えてくれたレーマン伯爵には感謝してもしきれない。

 知ったかぶりをしていてよかったと、アイザックはこの時初めて感じた。


(ウィルメンテ侯爵家はフレッドがどうなるかわからないけど、次男のローランドを人質みたいに差し出そうとしているくらいだ。もしかしたら、俺とやり合うのを避けてくれるかもしれない。……そうなると、一気に王家側が不利になるな)


 今のニコルの様子を見る限り、ジェイソンは上手く攻略できそうだ。

 そうするとウィンザー侯爵家は反王家になるはず。


 ウェルロッド侯爵家、ウィンザー侯爵家、ウォリック侯爵家の三家が組み、王家側は中小貴族しか味方しなかったとしたら。

 その場合は、数で勝つ事ができる。

 今のアイザックは名声も高まっているので、勝ち組に乗ろうとする者も味方してくれるだろう。

 未来は明るいものに思えた。


(なんだ、あともう一押しじゃないか。このまま頑張っていけばいつかは……)


 ウォリック侯爵家の一件はまったくの偶然で自分が狙ってやった行動ではないのが引っ掛かるが、それでも遠回しに考えれば自分の起こした行動の結果の一部である。

 今まで自分がやってきた事が実を結び始めた事を実感し、アイザックは少し自信を持った。


(でもまぁ、さっきの話を聞く分だと、ウォリック侯は俺がエリアスを褒めたのを面白くは思わなかったかもしれない。その辺りのフォローは考えておかないといけないな)


 ――あちらを立てればこちらが立たず。


 とはいえ、目下のところ最も有力な味方候補であるウォリック侯爵の機嫌を取っておくに越した事はない。

 今はド派手な活躍よりも、地道な根回しが必要とされる時だ。

「そのうち、裏でこっそりとエリアスの愚痴くらいは聞いてやろう」と、アイザックは考えていた。

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