第247話 状況の確認、そして・・・

「では、先生。その装置は差し上げますので、研究はお願いしますよ」

「もちろんだ。任せておけ」


 目の前で動く蒸気機関のひな型を見て、ピストが鼻息を荒くして興奮している。

 クランも同じだ。

 レイモンドだけが、いまいちわからないような顔をしていた。


「湯気で歯車を回すのが、そんなに凄いんですか?」

「凄いよ!」

「凄いわよ!」


 ピストとクランの二人が食い気味にレイモンドの意見に反応した。


「どこでも必要な力を引き出せるっていうのは、それだけで凄い事なんだぞ!」

「そうよ。自然の力に頼らず、自分で風を起こすなんて……。神への挑戦よ!」

「いえ、神に挑戦した気はないんですが……」


 興奮しているクランの言葉に、アイザックは眉をひそめる。

 本人には、そこまで大それた事をしているつもりなどない。

 前世であったものをうろ覚えで再現しているだけだ。

 そもそも、科学を探究している学生が神を気にしてどうするのだろうか。


「ゼンマイバネなど比べ物にならん力を使えるようになるんだ。歴史が変わる瞬間に立ち会っているんだぞ。アイザックに感謝するんだな」


 現にピストは蒸気機関に釘付けだ。

 クランはまだまだ科学者として未熟なのかもしれない。


「これは蒸留器からヒントを得たのか?」

「……そうです。パイプから吹き出す湯気を見て、その勢いを何かに使えないかと考えたのが始まりです」


 答えを知っていたとは言えない。

 ピストの問いかけを利用して、そのまま答えに流用した。


「くそう! 私だって吹き出る湯気を見ていたんだ。あの時、他の事に使えないか考えていればっ!」

「偶然気付くかどうかの差ですよ。先生が気付いていてもおかしくなかったです」

「その差が紙一重の差のようで大きいんだ。これが才能の差か……。いや、そう言って簡単に諦めたりはしないぞ。これを使える物にしてみせる!」 


 落ち込みそうだったピストが、歯を食いしばり、目を見開いてやる気を絞り出す。

 発想では負けてしまったが、これから蒸気機関を実用レベルの物に発展してみせればいい。

 そうすれば、アイザックにもできなかった事が自分にできると証明できる。

 彼は簡単には諦めなかった。


「グレイ商会やドワーフにも開発をお願いしています。グレイ商会となら、共同開発ができるかもしれませんね」


 しかし、アイザックの言葉でピストは「我が子を食らうサトゥルヌス」のような驚愕に満ちた表情をした。

 そして、それはすぐに悲しみに満ちたものへと変わった。


「今まで君と会えなかった時間は長く重い。どうしてもっと早く会ってくれなかったんだ……。君と会えてさえいれば、もっと多くの事を知る事ができたのに……」

「色々と忙しかったですしね。ただの学校教師との面会は優先順位が低いので、後回しにされてたんでしょう」


 面会の優先順位は貴族が優先だった。

 その辺りはノーマンが上手く調整してくれていた。

 面識もコネもない一教師が「アイザックと会いたい」と希望しても、普通は後回しにされる。

 アイザックは、ピストに面会を申し込まれていた事すら知らなかったくらいだ。

 ノーマンの判断は当然の事なので、責められるようなものではない。


 だが、アイザックには気になる事があった。

 まるで長い間会えなかった想い人に対して思いを打ち明けたかのようなセリフに、クランが少しムッとしたところを見せた事だ。


(それは他の生徒が教師に褒められた事に対する嫉妬か? それとも……)


 もし、クランがピストに思いを寄せているのなら面白い。

 似た者同士惹かれているのか。

 それとも、ピストに恋い焦がれているから科学を好きになったのか。


(ニコルに攻略されるサブキャラも、独り身ばかりじゃなくて相手がいるパターンもあるんだな)


 どちらにしても、今後の展開が楽しみだ。

 ニコルが我が世の春を謳歌するのも面白くないので、クランには頑張ってほしいところだ。


「とりあえず、必要な予算は都合しますので、あとはお願いしますね」


 これ以上、ピストに何か言われるのも気持ちいいものではない。

 アイザックは、そう言い残してこの場を去っていった。



 ----------



(ニコルにしろ、クランにしろ。どっちを選んでも教え子に手を出すヤバイ教師っていう結果は変わらないか)


 校舎への帰り道。

 アイザックは、先ほどの事を考えていた。

 卒業後なら合法だが、学生の間に恋仲になるのは教師としてどうかと思う。

 科学一筋なだけに、不慣れな恋愛沙汰になるとコロッといってしまうのだろう。


(俺も気を付けないとな)


 恋愛経験がないのはアイザックも同じ。

 色気に騙されて目が眩んだりしないように気を付けなければいけない。


(あっ、ジュディスだ)


 考え事をしながら歩いていると、校舎の中で女子生徒達に取り囲まれているジュディスの姿が見えた。

 アイザックも、この光景を見た当初は「いじめか?」と思っていた。

 彼女は大人しくて口数が少ない。

 見た目も不気味だ。

 いじめの対象に選ばれそうな女子NO1と言っても過言ではなかった。


 だが、それは間違いだった。

 彼女の占いはよく当たる。

 占ってもらいたい女の子が集まっているだけだ。

 いじめの対象どころか、学年で一、二を争う人気者となっていた。


(でも、男が群がらないのが不思議だよな)


 アイザックの視線はジュディスの胸元に向けられる。

 巨乳で胸元が膨らんでいるというだけではない。

 彼女だけは成人向けゲームのように、制服が胸の形に合わせて作られている。

 普通の制服では膨らみに合わせたなだらかな流線形に見えるが、彼女だけはドンと大きな山ができている。

 男子生徒が群がらないのが不思議なくらいだった。


(もし、パメラが可愛いだけなら……。特別な何かを感じなかったら、ジュディスが最優先候補だったな)


 アイザックは、ついそのような事を考えてしまう。

 胸の大きな生徒は他にもいるが、彼女だけは格別のものを持っていた。

 なのに、男子生徒に人気がないのは、見た目の不気味さのせいだろうか。

 非常にもったいない事だ。


 ――いつまでも見ていたいし、触れてみたいし、胸に顔を埋めてみたい。


 だが、ガン見していて悪い噂が立つのも嫌だ。

 アイザックは名残惜しむように、その場を離れた。

 今日はパメラと密会する日。

 ジュディスに目を奪われ続けるわけにはいかない。

 パメラと会った時に、何となく後ろめたさを感じてしまいそうだ。


「最強である俺に挑もうっていうのか。フフッ、良いだろう、女とはいえ手加減はせん。さぁ、かかってこいっ!」

「お手柔らかにお願いします」


 ルーカスと合流しようと校門に向かっていたアイザックの耳に聞きなれた声が入ってきた。

 声が聞こえた方を見ると、ニコルがフレッドと剣を持って対峙していた。


 王立学院では男子は青のジャージ、女子は赤のジャージが体操着として使用されている。

 二人はジャージの上に革の防具を着て、木刀を持っていた。

 戦技部の活動だろう。


(ニコルはフレッドも狙ってるのか。頼もしい限りだが、戦技部にまで入るとはアグレッシブな奴だな。その情熱をジェイソンにつぎ込んでくれないかな)


「あっ、アイザックくん」

「何っ!」


 アイザックが見ている事に気付いたニコルが駆け寄ってきた。

 なぜかフレッドまでも。


「戦略の授業で聞いたよ。限られた情報から戦争が始まりそうな気配を読み取るとかさすがだね」


(あぁ、そうか。ニコルも一応男爵家の当主。万が一に備えて剣の腕前を鍛えておこうと考えているだけなのかもしれないな)


 アイザックは、原作とは違うニコルの境遇を思い出す。

 今のニコルは父親と祖父を立て続けに亡くし、本人が男爵家の当主になっていた。

 歴史上には女当主が兵を率いて戦った記録も残っている。

 フレッド狙いではなく、万が一に備えて鍛えているだけなのかもしれない。


「さすがは俺のライバルだとだけ言っておこう。……誤解のないように言っておくが、彼女とは何でもないからな。俺が強すぎて戦う者がいなくなって暇になったから相手をしてやっているだけだ。勘違いするなよ」


(そんな、浮気がバレた旦那みたいな事を言われても……)


 ピストに続けて、フレッドにまで変な事を言われてしまった。

 元が乙女ゲームの世界だから仕方ないのかもしれないが、そういう事は女の子に向けて言ってほしいものだとアイザックは思った。


「早くもフレッドには戦う相手がいなくなったみたいだって噂は聞いたよ」

「そうさ。だから、彼女が俺に挑んできて喜んでいたところだ」


 フレッドは「自分が強いからだ」と喜んでいるが、それは半分正しくて半分間違いだ。

 100%本気の相手ではなくても、現役の騎士相手に場数をこなしている効果はあったようだ。

 確かにフレッドは同世代の中では強い。

 トップの力ではないが、学年上位に入る力を持っている。

 だが、それだけで避けられているわけではない。

 フレッドは負けそうになると、露骨に不機嫌になる。


 侯爵家の跡取り息子。

 それも、武官の家系であるウィルメンテ侯爵家の人間だ。

 騎士を目指している者は、将来の事を考えるとフレッドの機嫌を損ねたくなく、どうしても手加減をしてしまう。

 原作ほどではないが、まだまだウィルメンテ侯爵家は軍の実力者なのだ。


(そういえば、こいつは軍務大臣の孫息子だったはずなんだよな……)


 アイザックは原作との違いをここでも実感する。

 しかも、ウィルメンテ侯爵家どころではない。

 アイザックだって軍内部の変化とは無関係ではなかった。


 ――とある軍の実力者が、ランドルフを未来の元帥候補に推したからだ。


 先の戦争で実績を残した『闘将ランドルフ』を将軍とし、数年ほど実務経験を積ませたうえで元帥にする。

 そのうえで、フィッツジェラルド元帥を軍務大臣に任命する。

 フィッツジェラルド元帥は元々軍政畑の人間なので、書類仕事がメインの軍務大臣の方が実働部隊を率いる元帥よりも適任であるという考えもあった。


 当然、ランドルフが「偶然の戦果であり、元帥は自分の器ではない」と言って、この申し出を固辞した。

 彼を推薦した軍の実力者は「元帥の息子と我が家の娘ならピッタリの婚姻だったのに」と、大層悔しがったそうだ。


 今は順当にウィルメンテ侯爵が未来の元帥候補として見られている。

 フレッドが領地を任せられる年齢になれば、ウィルメンテ侯爵は元帥に就任するだろう。


 原作とは違う流れになっていると言っても、フレッドの背後関係は有力なままだ。

 フレッド本人ではなく、ウィルメンテ侯爵家に睨まれる事を恐れて、フレッドの機嫌を損ねないよう距離を置かれていた。

 それを「自分の実力が頭一つ抜けているからだ」と勘違いしているフレッドの事が少し哀れに思えてきた。


(ニコルに攻略された方がこいつのためかな……。どうせ、ニコルに一本取られたら惚れるとかそんな感じだろう)


「フレッド。勝負をするのはいいけど、ニコルさんを傷つけないようにな」

「なぜだ? 女性とはいえ、挑んできた者に手加減するなど失礼だ」

「騎士であるなら女性を守るのも役目だろう? 相手を傷つけずに勝つ。制約があるから時には負けるかもしれないが、これも最強の騎士として自分を高める手段の一つだ。それに、嫁入り前の女性に傷を付けるのはよくないだろう?」

「それもそうか……。お前に忠告されるのは癪だがな」


 フレッドは苦々しい顔をしている。

 それに対して、ニコルは「私を心配してくれているのね」と思っている事が一目でわかるくらい嬉しそうな顔をしていた。


(……これも必要経費だ)


 ニコルに好意的に受け取られるのは困るが、今はフレッドを攻略しやすくする方がアイザックにとって優先順位が高い。

 その方が都合がいいからだ。


「お前達、何を立ち話している! グラウンドを五周してこい」

「はい! 怒られちゃった。またね」

「前は上手く言い包められたが、いつかは勝負してもらうぞ」


 戦技部の顧問に注意され、二人はグラウンドの周囲を走り始めた。

 これ以上ここにいる理由もないので、アイザックは顧問に軽く頭を下げて校門へと向かった。



 ----------



「――というわけで、ニコルさんはフレッドと仲良くなるように仕向けました。彼は婚約者のいない身軽な立場ですし、ニコルさんのように美しいと言われる方を婚約者にするのは自然でもあります。これからも同じクラスという事で殿下と話をしたりはするでしょうが、フレッドの方に異性として見る目が向くと思いますよ」


 アイザックはパメラにニコル対策の話をする。

 ニコルがどこまで・・・・望んでいるのか・・・・・・・はわからないので、ジェイソンに手出しをしないという確証がない。

 だが、ニコルがフレッドと接触しているのは事実だ。

 ならば「自分がニコルの気をフレッドに向けさせたと言ってもいいだろう」とアイザックは考えた。

 これで「ニコルの邪魔をしないで、パメラの頼み事に答えた」という形にできたはずだ。

 しかし、パメラの顔は浮かない。


「もし、殿下とフレッドさんの二人共を自分のものにしようとしていたら……」

「さすがにそれはないでしょう。人の婚約者を奪ってまでと考えるのは普通の人間ではありえませんよ。ハハハハハ」


(女の勘って怖ぇな。ただ、二人だけで終わる可能性は低いだろうけど)


 ニコルの事を警戒され過ぎるのは困る。

 パメラの心配をアイザックは笑い飛ばしたが、その勘の良さに恐れ入る。


「それもそうですね。こんなに早く対策してくださってありがとうございました」


 パメラがお礼を言う。

 それをアイザックは笑顔で受け取った。


「そういえば、アイザックさんも婚約者がいないようですが……。良い相手は見つかりませんでしたか?」


 パメラが深く立ち入った事を尋ねてくる。

 これにはアイザックも、苦笑いを浮かべるしかない。


「僕には婚約者がいませんでしたしね。それに、初恋の人ほど大きく心を動かされる人と巡り合えませんでしたので……」

「そうですか……」


 二人はそれ以上の言葉を口にしなかった。

 多く語るのは無粋だと感じたからだ。

 お互いに立場がなければ、感情のままに行動できただろう。

 だが、貴族という立場がある以上、理性ある行動を強要されてしまう。

 貴族という立場は恵まれてはいるが、同時に制約も多い。

 もどかしい思いを胸にしまい込みながら、密会はお開きとなった。

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