第245話 パメラの頼み
アイザックが注文した飲み物と食べ物が届けられると、パメラが話を切り出した。
「ルーカス、アイザックさんに用件を伝えておいてくれた?」
「僕が会わせたい人がいると言っただけで、パメラ様と会う事まで見抜いておられました! さすがはアイザック様です!」
(おぃぃぃ、ルーカス! てめぇ何言ってやがるんだ! パメラが待っているなんて一言も言ってねぇだろ! 報・連・相は個人の感想で歪めずにちゃんとしろ!)
合コンだと思って「女の子が二、三人待っているんだな」とは言ったが、それがパメラだとまでは断定していない。
無駄にハードルを上げてきたルーカスを一発殴ってやりたいくらいだ。
だが、パメラの前で暴力的なところを見せたくないので、ここはグッと我慢する。
「さすがアイザックさんね。相談する相手に選んで正解だったわ」
パメラが笑みを浮かべる。
頼もしいと感じてくれて嬉しいが、その思いに答えられるかは別。
(だって、俺。用件聞いてねぇもん)
――古い友人から電話で遊びに誘われたと思ったら、マルチ商法の会場に連れていかれた。
今のアイザックは、そんな気分だった。
話の内容を詳しく聞かなかった自分の責任だが、ついルーカスを恨んでしまう。
しかし、恨んでばかりもいられない。
この場を切り抜けなければ、パメラを失望させてしまうからだ。
「ルーカスから詳しく話を聞かなかったのは、パメラさんの口から直接聞きたいと思ったからです。人を介してではなく、ご本人の口から説明を聞きたかったんです。それと本人の口から確認しておく方が、僕の予想と違った場合に対応しやすいですから」
アイザックは時間を稼ぐ事にした。
とりあえず、それっぽい事を言ってパメラに説明させ、その間にどうするか考えるつもりだ。
幸い、パメラは「もっともだ」という顔をしてうなずいてくれた。
「確かに私の口から説明するのが筋というものですね。まず、ご足労いただき、誠にありがとうございます。本日、このような形でお呼び出しをして申し訳ございません。これにはわけがございます」
「過去の約束ですね」
「はい」
ウェルロッド侯爵とウィンザー侯爵という両家の当主が決めた約束事。
――お互いに会いに行かない事。
そのため、今まで会える機会がごく僅かだった。
十歳式とその前くらいである。
学院内では、どうしても接してしまうため話すのは許されているが、学院外ではまだ会う事は許されていない。
おそらく、これからも。
だから、こうして人目を忍んで会うという方法しか取れなかった。
その事はアイザックもわかっている。
わからないのは、ルーカスを使った事だ。
「こちらにいるのはシャロン。私の乳姉妹です。アイザックさんにとってのリサさんのようなものですわね」
パメラが自分の隣に座る少女を紹介する。
彼女は控えめに頭を下げる。
アイザックと会うからか。
それとも、大きな話に関わってしまったからか。
かなり緊張しているように見えた。
「ルーカスは私の幼馴染です。二人とも信頼できる人間です。ですから、ルーカス経由でアイザックさんをここにお誘いさせていただきました」
パメラが彼らがここにいる理由を説明してくれた。
シャロンがいるのは「男二人と一緒に密室にいる」という状況を避けるためだろう。
万が一にも醜聞となって広まってしまうと困った事になってしまう。
「彼らの事はわかりました。ですが、ここから先の事を聞かせてもよろしいのですか? 踏み込んだ内容になると思いますが」
パメラの相談事は、きっとニコルに関してだ。
そうなると、ジェイソンの事も話す事になる。
場合によっては「王族を非難している」と受け取られかねない内容も出るかもしれない。
会話をするのなら、パメラと二人きりで話した方が安全だとアイザックは考えていた。
だが、それは下剋上を考えているアイザックだから思い至る事だ。
普通は違う。
「おっしゃる通り、一歩踏み込んだ内容になるかもしれません。ですが信頼という点では、二人はアイザックさんに負けてはいません」
「……なるほど」
パメラの返答でアイザックは悟った。
「アイザックに負けない」というのは、アイザックに対する配慮だろう。
彼女は「心を惹かれるものがあったとしても、今までまともに会話していなかったアイザックより、彼ら二人の方を信頼している」と言外に語っていた。
(それもそうだな。俺だってパメラがどんな食べ物が好きかすら知らないんだ。幼い頃から一緒にいた相手を信頼する気持ちもわかる)
パメラには心惹かれるものを感じるが、信頼できる相手という点ではリサやティファニーの方が上。
今更ながら、今まで会う事ができなかった事でできてしまった壁の存在を感じてしまう。
「アイザックさんに相談しようと思ったのは……、ニコルさんの事だからです。アイザックさんはニコルさんに魅力を感じていないとおっしゃっていましたよね?」
「ええ、ニコルさんは僕の好みではありません。パメラさんの方がずっと魅力的な女性に感じます」
これは本心だった。
心が惹かれるという不思議な感覚だけではない。
ニコルよりもずっと可愛く見えるし、胸も大きい。
服を着ているのでサイズが正確にわからないが、おそらくDカップはある。
本人が正面に座っているので、ジロジロ見られないのが残念なところだ。
アイザックが「魅力的だ」と言っても、パメラは嬉しそうな顔はしなかった。
それは引っ掛かる部分があるせいだった。
「ちなみに、シャロンの事はどう見えますか?」
「可愛いと思いますよ」
「……アマンダさんやティファニーさんは?」
「二人とも可愛いですよ」
これもアイザックの本心だった。
だが、この事は言うべきではなかった。
パメラの中で「ニコルを好きじゃないのはいいけれども、誰にでも可愛いって言う人なんだ」と、アイザックの評価が少し下がってしまっていた。
「……ニコルさんに心を奪われていないと聞けただけでも良かったです」
少し不満そうな顔をするパメラの事を、アイザックは不思議そうに見ていた。
パメラは一度咳払いをすると、話を本筋に戻す。
「実はニコルさんが殿下にちょっかいを出しているんです」
その事はアイザックも知っている。
言葉を挟んだりせず、黙って話の続きを待った。
「私も貴族の端くれです。立場のある者が側室を持つ事は納得しています」
(よし、リサはセーフ!)
神妙な面持ちで話を聞きながらも、内心ではそんな事をアイザックは考えていた。
「ですが、ニコルさんは違うんです。アイザックさんのところのルシア夫人とメリンダ夫人の関係。彼女が関わると、それよりもずっと悪いものになってしまいそうな気がするんです」
(うん、当たり。女の直感ってやつかな? 処刑されるとまでは考えてなくても、正室と側室の力関係がおかしくなるというくらい危機感は持ってるんだな)
アイザックは、パメラの直感を高く評価する。
婚約破棄とまではいかなくても、ニコルに対して強い危機感を覚えるくらいの何かがあったのだろう。
そのわけを尋ねる事にした。
「ニコルさんと何かありましたか?」
「ニコルさんというよりも……、問題は殿下にあります」
「ほう」
ジェイソンに言及するのは、かなり踏み込んだ内容だ。
しかも「問題がある」とまで言ってしまった。
ここから先を聞けば引き返せない。
アイザックは、ルーカスとシャロンを見る。
二人とも逃げようとはせず、ここから先を聞く覚悟を決めている様子だった。
「どのような問題ですか?」
アイザックも覚悟を決める。
元より逃げるつもりなどなかったが。
「殿下はニコルさんといると、その……。知能が落ちているように見えるのです」
「知能が?」
「はい。ニコルさんと話している時の殿下は普段とは違います。それほど魅力的に見えているのかもしれませんが……」
「あぁ、なるほど」
パメラはニコルの事を「男を惑わす魔性の女」とでも思っているのだろう。
だが、アイザックはパメラとは違う感想を抱いた。
(なんであんなに立派なジェイソンがニコルに傾倒して、パメラを処刑にまで追いやるのかがわかった気がする。きっとニコルからは男をダメにするフェロモンか何かが出てるんだろう)
フレッドは馬鹿、ダミアンは接触が少ないからよくわからない。
でもジェイソン、マイケル、チャールズの三人の事は少しわかる。
彼らは皆、婚約者を蔑ろにするようなタイプではなかった。
子供ながらもしっかりとしていて、自分との違いに驚かされたものだ。
――そんな彼らがなぜ婚約者を捨てる事になるのか?
心の隙間にニコルが入り込んだというだけでは説得力に欠ける。
それだけなら、理性が婚約者を捨てたりするような真似を許さないはずだ。
しかし、ニコルと接触する事で思考力が低下。
それにともない、普通の状態ならやらない「婚約破棄」という事をしてしまったのだろう。
(これもメインシナリオライターの実力不足が招いた事なんだろうな……)
キャラクターはしっかりと作られているが、シナリオで活かす事ができなかった。
そのため「ニコルに攻略される過程で知能が落ちて見える行動を取るようになった」と考えるのが自然だ。
(現実の世界だと思ったけど、ニコル関係はゲームの設定を引きずってるのか。いや、それとも現実っぽいだけで完全にゲームの世界? くそっ、何を信じていいのかわからなくなってきた)
ニコルにわけのわからない力が働いているようなので、アイザックは混乱する。
「アイザックさんには、何か心当たりがあるのですか?」
アイザックが反応したため、パメラは何か思い当たるところがあるのかと思った。
期待に満ちた目でアイザックを見つめている。
「……この間、廊下で殿下とニコルさんがぶつかった時の事です。確かに殿下にも非があったかもしれませんが、顔を引っ叩くなど許されない事です。厳罰に処す事はなくとも、訓戒処分くらいは受けてもおかしくはなかった。でも、殿下は許されました。通常ならありえない事です。あの時にはもう、ニコルさんの魅力に取り憑かれていたのかもしれません」
だが、正直に「前世の記憶がある」などとは話せない。
それっぽい話をしてはぐらかした。
「そうですね。もしかしたら、初めて会った時から……」
パメラは下唇を噛んで悔しがる。
その姿を見て、アイザックは胸が痛んだ。
この痛みは、ニコルを喜んでジェイソンに押し付けているという痛みだけではない。
パメラがジェイソンとの仲が壊れていく事を悲しむのを見て、胸が張り裂けそうなくらい辛い気持ちになったからだ。
「パメラさんは殿下の事がお好きですか?」
だから、聞かなくても良い事を聞いてしまった。
この答え次第では二度と立ち上がれないかもしれない。
でも、聞くしかなかった。
「好きです」
パメラの返事を聞き、アイザックは静かに目を閉じる。
彼女の顔を見ると、涙が溢れてしまいそうだからだ。
「子供の頃からの婚約者です。子供の頃には他に気になる人がいたとしても、誰よりも一番好きになるしかありません。それに、この婚姻はリード王国に安定をもたらすものでもあります。上手くいくように努力するのが私の役目です」
その言葉を聞き、アイザックは少しだけ気が楽になった。
パメラの言葉は「婚約者だから一番好きになるしかなかった」というものだ。
もちろん、ジェイソンは立派な青年だ。
人として好きなところもあるだろう。
しかし「子供の頃には他に気になる人がいた」という言葉からは、アイザックにまったく気がないというわけでもない事が窺い知れる。
「もし、殿下がニコルさんとの結婚を優先して、パメラさんとの婚約を解消すると言われたら……。どうされますか?」
「その時は他の方と婚約する事になるでしょう。ですが、今言ったようにこの婚約はリード王国の未来に影響を与えるもの。婚約を解消した場合、ウィンザー侯爵家が不満を持つ事を恐れて、家のお取り潰しなんていう可能性も出てくるのではないでしょうか」
「そこまでは……」
アイザックは否定しようとしたが、はっきりと否定する事はできなかった。
(そうか! だから、パメラは処刑エンドしかないんだ)
パメラを蹴落とし、ニコルが王妃になる。
その場合、ウィンザー侯爵家の反撃が怖い。
ニコルを暗殺して、パメラを再度王妃にしようと動く可能性だってある。
だから、前もってパメラという駒を消してしまう事で、ウィンザー侯爵家の暗躍を防ぐ。
ついでに、
(やっぱり、ニコルはとんでもない悪女だよ!)
そう思うと同時に、パメラの直感力と未来を予測できる知能の高さに感心する。
こんな女性がそばにいてくれれば、きっと頼もしいだろう。
一人の女性だけではなく、自分を裏から支えてくれる相手としても「パメラが欲しい」と思うようになっていた。
「確かに可能性として言えば……、ありますね」
「ですから、忠臣と呼ばれるアイザックさんのお知恵をお借りしたかったのです。リード王国のため。そして、できましたら私のためにもお知恵をお借りできないでしょうか?」
「嫌だ」と答えられれば、どれだけ楽だろうか。
しかし、パメラの懇願する目を見てしまっては断り切れない。
だが、彼女のために動いてニコルを止めるという事は、自分が二度と彼女を手に入れられないという意味でもある。
承諾するわけにもいかない。
アイザックは非常に困難な選択を迫られていた。
(ジェイソンをギロチンにかけてでも助けてやると言えたら、どれだけ簡単か……)
そう思っても、今の段階で叛意を持っていると伝えるのは危険だ。
万が一表に出てしまっては、もう陰謀とは呼べなくなってしまう。
ネイサンを殺した時と同じ。
事を起こすまでは、全て水面下で行わなくてはならない。
貴族という立場に翻弄されるパメラには申し訳ないが、今はまだ不安を解消してやることはできなかった。
「今しばらく時間をいただけますか? まずは対処可能かどうかを検討しなくてはいけません。軽はずみな事を言ってぬか喜びはさせたくありませんから。よろしければ、またルーカスを仲介にしてお話しする機会を作りたいと思います」
「ええ、大きな事ですもの。突然のこんな申し出を考えてくださるだけでも嬉しいです」
パメラはホッと胸を撫で下ろす。
アマンダとは違い、彼女の手の下には大きな膨らみがあった。
「それでは、今日のところはこの辺で切り上げましょう。僕達が先に店を出ます。パメラさん達は少ししてから出てください」
これ以上話していてもボロが出そうだと思い、アイザックはここで話を打ち切る事にした。
「一緒に出るわけにはいきませんものね。今日はお話を聞いてくださってありがとうございます」
「いいんです。以前、言ったじゃないですか。あなたを守ると。約束は守ります」
別れの挨拶を交わして、アイザックはルーカスを連れて店を出ていった。
その際、彼女達の分も料金は支払っておいた。
こういうさりげない行為が女性の心を掴むのに必要だと、前世の友達が言っていたのを思い出したからだ。
店を出てから、アイザックはルーカスに話しかける。
「ルーカス、君とは長い付き合いになりそうだ。これから形だけの友人ではなく、本当の友人としてよろしくね」
アイザックが手を伸ばすと、ルーカスは嬉しそうに手を握った。
「こちらこそよろしくお願い致します。パメラ様の事がきっかけとはいえ、アイザック様と仲良くなれるのは光栄です」
初めてクラスで会った時に「友達になろう」とは言っていたが、社交辞令のように受け取られていた。
それもそのはず、両者の立場が違いすぎるからだ。
だが、こうして秘密を共有した者同士、一歩進んだ関係になれるような気がしていた。
(パメラと会う機会を作る事は、これからもできる。でも、ニコル対策をどうしようかな……)
「事態を注視している」と言って時間を稼ぐのにも限度がある。
パメラに嫌われないように止める動きを見せつつ、ニコルの行動を阻害しないという難しい問題ができてしまった。
「パメラと密会できる」と喜んでいる場合ではないのが、残念極まりないところだった。
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