第244話 合コンの誘い?

 悩んだ末、所属する部活は科学部に決定した。

 ただし、幽霊部員としての所属である。

 たまには顔を出すが、基本的には籍を置くだけ。

 これは「部活に入らなくても、人に話しかけて交友を深めていけばいい」というアイザックと「とりあえず、アイザックに所属してもらいたい」というピストの思惑が一致したおかげで実現できた事だ。


 同世代の者達と交流を深めるのは先になるが、計画自体はそれなりに目途が立っている。

 それまではコミュ力を最大限に発揮して、周囲との関係を深めていく必要がある。


 コミュ力といえば、ティファニーはアマンダと仲が良くなったらしい。

 アイザックはティファニーのコミュ力の高さに驚いていたが、コミュ力が高いのはアマンダの方だと気付いた。

 積極的に話しかけているのが彼女だったからだ。

「ティファニーとはタイプが違うが、気に入るような何かがあったのだろう」とアイザックは思っていた。


「ねぇ、アイザックは本当に科学部でいいの?」


 放課後のホームルームが終わってから、ティファニーが話しかけてくる。

 ピストに勧誘されて嫌々入ったのではないかと心配しているようだ。


「大丈夫だよ。他にもやる事があって、毎日クラブに出るわけじゃないから。他のクラブだと休むと気まずい気がしてさ。とりあえず入部しておくなら、科学部がよかったんだ」

「まぁそうだよね。あの先生、アイザックが入部してくれるだけでも満足そうだったし」

「ティファニーはどうなんだ? 家庭科部でいいのか?」


 今度はアイザックが聞き返す。

 ティファニーは、アマンダに誘われて家庭科部に入った。

「侯爵家の令嬢に誘われて断れなかった」という事がないか確認しておく。


「うん。卒業後はチャールズの実家に住む事になると思うから必要ないだろうけど、やっぱり好きな人に手料理を食べてもらいたいなって思って」


 ティファニーが照れ臭そうに笑う。

 彼女の言葉にアマンダもうなずいて同意していた。

 きっとアマンダも同じ事を考えているのだろう。

 ならば、アイザックは言っておかないといけない事がある。


「ティファニー……」


 アイザックはティファニーの両肩に手を置き、少しかがんで目線の高さを合わせる。

 それはまるで、恋人がキスをする直前の姿のようにも見えた。


「な、なによ、アイザック。やだ……」


 ティファニーもアイザックの行動に動揺を隠せない。

 婚約者でもない相手に、こんな事をされるなんて思ってもいなかったからだ。


 ――真剣な表情をしながら、アイザックはとんでもない事を言い放つ。


「二つの事を忘れるな。基本を大事にして料理を自分なりにアレンジしようなんて思わない事。それと、自分で味見してみるという事だ」

「はぁ?」


 ――ロマンスの欠片もない言葉。


 これにはティファニーだけではなく周囲にいた者達までもが、間の抜けた声を出して「なにを言っているんだ、こいつ」という表情を浮かべていた。


「なんだ、その返事は。基本は大事なんだぞ。素人が『材料がないからあり合わせで』という甘い考えで作ったりすると大惨事になるんだ。チャールズに作ってあげたいんだろうけど『初めての料理を食べさせてあげたい』とか考えるんじゃないぞ。最初からちゃんと作れるわけがないんだ。ちゃんと練習をして、自分で味見をして人に食べさせても大丈夫だと思うものをチャールズに渡せよ」


 これはアイザックなりの優しさだ。

 チャールズがニコルになびきかけているところに、不味い料理を渡してしまっては余計に心が離れて行ってしまう。

 美味い料理を作るのが難しくても、不味くない料理を作るのは比較的簡単だ。

 レシピに忠実な料理を作るだけでいい。

 余計なアレンジをしないよう、アイザックは先に釘を刺しておいた。


「大丈夫よ。そんな事しないから」

「わかってるならいいんだ。初めて作った料理を食べさせたいという気持ちはいじらしいけど、まともに食べられそうにないものを渡すのは、ただの嫌がらせだしね」


 アイザックは笑いながらティファニーから手を放す。

 この忠告は前世の経験からだった。

 母が病気で寝込んだ時、妹が「私が一番早く家に帰るから、晩御飯は作っておくね」と言ってくれた。

 だが、その料理は酷いもの。


 味噌汁を例に挙げると――


「そうめんつゆが味噌汁の出汁に使えるって何かで見た」


 ↓


「でも、そうめんつゆがないから焼き肉のタレでいいや。似たようなもんでしょ」


 ――と、とんでもないアレンジをしていた。


 作ろうという気持ちだけはありがたいが、味見もせずにアレンジ料理を誰かに食べさせるのは嫌がらせ以外の何物でもない。

 だから、アイザックはティファニーに教えてやったのだが、彼女はちゃんと理解していた。

 昌美にティファニーの爪の垢を飲ませてやりたいくらいだ。

 近くで話を聞いていたアマンダがアイザックの言葉を聞いてビクリと体を震わせたが、アイザックはティファニーに忠告するのに夢中だったので気付かなかった。


「そういえば、アイザックはアマンダさんが家庭科部に入るのをどう思う?」


 ティファニーがアマンダのために質問する。

 彼女のように上級貴族という立場があると、料理を自分で作るかどうかすら人の目に気を付けなければならない。

 普通の貴族はアイザックのように思うまま行動したりはできないのだ。


「あぁ、いいんじゃない。侯爵家の令嬢が手料理なんてって言う人もいるだろうけど、たしなみ程度なら問題ないと思うよ。それに、家庭科部って刺繍とかも含めて色々な事をやるんだろ? 家庭科部に入っただけで悪い印象を持つ人の方が最低だと思うから、そんな人の心証なんて無視でいいんじゃないか?」


 アイザックの意見を聞き、アマンダが胸を撫で下ろす。

 ジャネットが入部するというので「自分もアイザックのために料理を作ってみたい」と興味を持った事が始まりだ。

 だが、すぐに間違いだったかもしれないと気付く。

 上級貴族の中には「自らの手で料理を作るなど、婚約者である私に恥をかかせるつもりか」と怒る者もいる。

 アイザックもそういう考えを持っているかもしれないと思うと不安だった。

 ティファニーは、そんなアマンダの不安を感じ取って、アイザックに質問していたのだ。


「うん、アイザックらしい答えで安心した」

「僕らしいってどういう意味だよ……」


 アイザックは複雑な表情をして聞き返す。

 少なくとも、良い意味ではなさそうだ。


「まぁ、いいじゃない」


 ティファニーが笑って誤魔化した。

「上級貴族らしくない考え方だ」という事をわざわざ言う必要はない。

 貴族という枠に囚われない行動をするのがアイザックだ。

 今回はそれがアマンダにとってプラスになっている。

 それに今まではこれで上手くいっているので、今更アイザックの考え方を訂正しようとは思わなかった。


「それじゃあ、私達は部活に行くね」

「部活、頑張れよ」


 アイザックはティファニー達を見送ると、話しかけてくる者がいなくなった。

 他のクラスメイトも部活に向かっているので、途端に寂しさを感じてしまう。

 こういう時は「やっぱり人の多い部活に入っておけばよかったかな」と後悔する。


(でも仕方ない。楽しい学生生活と引き換えに、行動の自由度を選んだんだからな)


 ――ゲームがやりたい。

 ――勉強に集中する。


 そういった理由ではなく、国家転覆を狙うためというのが人とは違うところだ。

 努力の方向性を間違っている気がしないでもなかったが、ここまで頑張ってきた以上無駄にはしたくないという思いもある。

 目標に向かって、このまま突き進むつもりだ。


 アイザックの狙いは教師だった。

 教師は多くの貴族の子弟にとって恩師である。

 彼らを味方に付ける事によって、芋づる式に味方を増やそうと考えていた。


(さて、行くか)


「あの、アイザックくん」


 アイザックも教室から出ていこうとすると、ルーカスがアイザックに声をかけてきた。


「なんだい?」

「よかったら、学校帰りにお菓子屋に寄っていかない? 実は会わせたい人がいるんだけど……」


 ルーカスの表情から「申し訳ない」という気持ちがにじみ出ていた。

 その表情を見て、アイザックは察する。


(ははーん、さては合コンの誘いか)


 アイザックの前世でも女の子から「一緒に飲みに行かない?」と誘われて「行く」と答えたら「じゃあ、〇〇くんも誘ってきてね」と言われた悲しい記憶がある。

「友達狙いかよ!」と思ったので、自分のささやかなプライドを守るために断ったが、アイザックはルーカスにプライドがないとは思わなかった。

 この世界において、学校は婚活の場でもある。

 少しでも良い相手と結婚するためには、なりふり構っていられないという事情を理解していた。

 前世とは事情が違うのだ。

 クラスメイトと仲良くなるためのきっかけとして、アイザックは快く承諾する。


「行ってもいいよ。今日は予定が入ってないしね。……そこには女の子が二、三人待っていて、一人は僕と話したい子。そしてもう一人はルーカスが気になっている子なのかな」

「詳しい事は何も言ってないのに、どうしてそこまでわかるの!」


 ルーカスが全身を震わせて驚きを表現する。

 どんな相手と待ち合わせしているか言っていないのに、アイザックは全てを見透かしていた。

「さすがは古今無双の英雄と言われる男だ」と、ルーカスは息を呑む。


「なんとなく、ね。女性を待たせるのは悪いから行こうか」

「う、うん」


 アイザックは深く理由を聞かなかった。

 ただお菓子屋に誘っただけなのに、アイザックの洞察力の高さが垣間見える。

 ルーカスは、とんでもない男とクラスメイトになった事にプレッシャーを感じると共に、同じ時代に生きられる喜びを感じていた。



 ----------



 お菓子屋の二階には個室が用意されている。

 アイザックが「いつかはパメラとこっそり逢引きするのに使おう」と思っていたものだ。

 だが、今回は違う。

 合コンという未知の集会のために使う事になった。

 ルーカスが店員に「待ち合わせをしている」という事を伝え、女の子が待つ部屋まで案内される。


「お連れしました」


 部屋に入ると、ルーカスが最初に声をかけた。

 言葉遣いを考えると、ルーカスよりも上位の女の子らしい。

 アイザックも部屋に入って挨拶をしようとする。

 そして、待っていた女の子を見て驚いた。


「パメラさん……」

「お久しぶりです。アイザックさん」


 パメラともう一人女の子が個室で待っていた。

 パメラはニコリと笑うが、目が笑っていない。

 口元だけが微笑みを湛えていた。

 そのぎこちない笑みが、アイザックには死刑宣告のように見えてしまう。


(ルーカス! てめぇ、謀りやがったな!)


 アイザックは、この間の一件を思い出した。

 彼女はニコルと話している最中に「アイザックにも注意する」と言っていた。

 人前で叱りつけるのは、人の上に立つ者として二流。

 人目に付かないところで叱りつけようというのだろう。

 ニコル相手にも配慮していたのだ。

 アイザックにも、それくらいの配慮はするはず。

 楽しい合コンが行われるはずだった個室が説教部屋に一変してしまう。


 ルーカスはウィンザー侯爵家の人間である。

 パメラの命令で動くという事を考慮しておくべきだったのだ。

 罠にハメられたと気付いたがもう遅い。

 アイザックはお説教される覚悟を決めた。


「アイザックさんにお話があります」

「はい……」


 こういう時は大人しく従うのが一番だ。

 パメラの前に神妙な顔をして座る。


「用件はなんでしょうか?」

「アイザックさんのお知恵をお借りしたいと思いまして……」

「知恵を?」


(なんだ、お説教じゃないのか)


「女の子をはべらすなんて慎みに欠けます」とお説教されるのかと思っていたが、彼女はアイザックに相談したいという。

 その言葉を聞き、アイザックの緊張は一気に解けた。

 だが、大事な話のようなので、神妙な面持ちは維持したままである。


「僕がお力になれる事なら何でもどうぞ」

「実はニコルさんの事なんです」


(いや、それはちょっと……) 


「何でもどうぞ」と言っておいてなんだが、ニコルに関してはノータッチでいたい。

 しかし、思っていたのとは違う形になったが、パメラと話をするいい機会でもある。

 とりあえずアイザックは、話を聞くだけは聞く事にした。

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