第237話 入学式

 入学式の日が訪れた。

 家族はあとから式に出るので、アイザックは先に家を出る事になった。

 一人ではなく、屋敷に集まった友人達と登校する。


(まぁ、そうだよな。安全のために一人で登校はさせないよな)


 貴族の住む区画は治安が良いとはいえ、さすがに一人で登校させないようだ。

 だが、そうなると下校時が気になる。

「王子様と下校デート」というイベントがあるくらいだから、下校時はバラバラに帰る事になるのだろう。

 その場合、安全なんて有って無いものとなる。

 原作ゲームの都合に合わせたせいで、チグハグになっている部分があるようだ。


「ところで、アイザックは何組になった?」


 ポールがアイザックのクラスを尋ねる。

 この世界の学校では、クラス分けはあらかじめ知らされる。

 貴族の子弟に「掲示板で確認させる」という手間をかけさせないためだ。

 入学前にクラス分けと学校の地図が与えられるので、新入生でも迷ったりせずに教室まで行けるようになっていた。


「確か二組だったよ」

「よし!」

「あぁ、やっぱり……」


 アイザックのクラスを聞き、反応が二つに分かれた。


(えっ、そんなに俺慕われてるの?)


 そうだったら嬉しい事だ。

 だが、少し気になるところもある。


「やっぱりってどういう事?」

「アイザックが成績優秀者組のクラスだからだよ」


 同じクラスになり、一人喜んだレイモンドが答える。

 この答えにアイザックは「?」を頭に浮かべていた。


「人並みかそれ以下でクラス分けされるんじゃないの?」

「名目上はそうだけど、実際は成績優秀者も一部のクラスに集めるんだって。アイザックと同じクラスなら、僕も入試で良い点を取れてたみたいだ」


 レイモンドがホッとした表情を見せる。


「勉強を頑張ったのに……」

「戦争に行ってさえいなければ……」


 彼とは反対に、ポールやカイといった他の友人達は悔しそうだ。


「いやいや、まだ僕が成績優秀者と決まったわけじゃないよ」


 本当は入試で満点だった事はわかっているが、友人達を慰めるために気休めを言う。

 だが、彼らはその言葉に不満気だった。


「そんなはずないだろ。絶対成績優秀者だって」

「アイザックが平凡な成績だったら逆に驚くよ」


 アイザックは友人達の信頼を嬉しく思う反面、期待され過ぎているような気がして恐ろしくなった。


(やばいぞ、ニコルの事にかまけていられなくなったぞ。勉強も頑張らないと失望されてしまう。それはまずい)


 勝手な期待ではあるが、良い方向に期待してくれているのだ。

 それを無駄にするような事はしたくない。

 これからも彼らの期待を裏切らないように、勉強も頑張っていかねばならない。

 ハードルが上がるばかりだが、将来の目標を考えれば誤差の範囲だ。


「いいなぁ。レイモンドは進路選び放題じゃないか」

「そうは言っても、親の跡を継いで代官になるか、アイザックの側近として働くかの二択だしね」

「もったいねぇ」

「それってどういう事なの?」


 彼らの話についていけないアイザックが、またも質問する。


「成績優秀者は出世しやすいんだ。大臣とかも優先的に選ばれやすくなるしね。卒業まで成績を維持しないといけないけどね」

「あー、なるほど。そういう事か」


 レイモンドの説明で、アイザックは納得する。

 この国には貴族向けの学校が王立学院しかないので、学生の間の成績で卒業後の扱いが変わるのだろう。

 前世における「高卒と大卒の違いと似たようなものだろう」と考えれば、アイザックにも理解しやすかった。


「でも、親の跡を継ぐまでアイザックの部下として働くなら、成績が良くないとアイザックに恥をかかせる事になるぞ」

「俺は騎士を目指すから……って言っている場合じゃないか」


 カイとポールが頭を抱える。

 アイザックの部下になるだけではない。

 友人として、肩を並べるにふさわしい存在にならければならない。

 アイザックの評価が高くなっている分、彼らも自分の評価を引き上げる努力をしないといければならないという事を理解していた。


「まぁまぁ、勉強はこれから頑張っていけばいいさ」

「それはそうだけど……。一緒に戦場にいたのに、いつ勉強したんだか」

「小さい頃からコツコツとだよ」


 不思議そうな顔をするカイに、アイザックは笑って誤魔化す。

 前世からの分の積み重ねなどとは言えない。

 そんな事を言ってしまえば「頭のおかしい奴だ」と思われてしまう。

 すでに手遅れな部分もあるが、これ以上は評価を落とすような事をしたくはなかった。

 適当な雑談に話題を変えていった。



 ----------



 学校に上履きはなく、学校指定の革靴でそのまま校舎内を歩く。

 前世の高校では上履きに履き替えていたので、アイザックは少し違和感を覚える。

 廊下は混雑しており「1-2」と書かれた教室に着くまでの間、立ち話をしている者達の姿をよく見かけた。

 これからの学生生活について希望や不安を話し合っているようだ。


(俺も不安だ。同じクラスに知ってる人がいないかなぁ……)


 友達がレイモンド一人では少し寂しい。

 アイザックは、自分の交友範囲の狭さを嘆く。

 これはメリンダとネイサンのせいだけではなく、積極的に同年代の友達を作らなかった自分のせいだ。

 年長者とは知り合いになっていたが、子供達と知り合う事がなかった。

 有力者と顔繋ぎするのは大切な事だが、充実した学生生活を送るのには間違った行動だった。

 新しい友達ができるかどうか不安になるアイザックに、救いの女神がいた。


 ――ティファニーだ。


 彼女もどうやら同じクラスらしい。

 教室の中で見知らぬ女の子と話していた。


「おはよう。よかった、ティファニーも同じクラスだったんだ」


 友達がレイモンド一人ではないとわかり、アイザックはホッとした表情を見せる。


「おはよう。よかったのはこっちの方だよ。アイザックがいるなら、ここは成績優秀者クラスなんだなって思えるもん」

「ティファニーだって勉強を頑張ってたんだろ? 自分に自信を持ちなよ。そういえば、眼鏡をかけ始めたんだ」

「うん、入試の勉強を頑張り過ぎて視力が悪くなっちゃったみたい。変だよね?」

「いや、それはそれで似合ってるよ」


 アイザックにしてみれば、眼鏡をかけたティファニーの方が正しい姿のように思える。

 眼鏡に三つ編みのおさげという姿のおかげで、文学少女という彼女のキャラが立ち始めたように見えた。


(でも、眼鏡のレンズを作る技術があるのが不思議だけどな)


 綺麗な窓ガラスもあるので、ガラス技術だけは進んでいるのかもしれない。

 これもどこか歪な世界設定の影響だろう。


「チャールズは違うクラスなの?」

「うん、一組だって。あっちには殿下とパメラさんがいるんだって聞いたよ。だから、アイザックも一組だと思ってた。違うって事は、今年は二クラスか三クラス分は成績優秀者のクラスがあるのかもね」

「一年だけでも結構な数のクラスがあるしね。特に今年は殿下が入学する年だから生徒の数も多いし」


 二人の話にレイモンドが参加してきた。

 彼もティファニーとは何度か会っているので、顔見知りだったからだ。


 生徒の数が多いのは「王妃が懐妊された」と聞いて、みんなが子供を作り始めたからだ。

 ジェイソンと同級生という事は、顔見知りになって友達になれる可能性もあるという事。

「せっかくのチャンスを無駄にしてたまるか」と、貴族達は子作りに励んだ。

 そのため、ジェイソン世代とその一つ下の年代は子供の数が多い。


 そして、こうした行動は貴族だけではなかった。

 ノーマンのように「代々貴族の家で働いている者達」も子作りを頑張っていた。

 四代前、五代前からの分家で家名は名乗れないが、彼らも元を辿れば貴族の一員。

「王子の親友になり、何かをきっかけにして家名を授かる事ができれば」と、我が子に一縷の望みを託していた。

 そのため、今年の新入生は非常に数が多い。

 成績優秀者のクラスだけではなく、成績不良者のクラスも多いのかもしれない。


(そういえば、ニコルはどこにいるんだろう? 一組かな?)


 彼女も入試は満点なので一組か二組にいるはずだが、とりあえず今はこの教室にはいない。

 同じクラスではなく、ジェイソンと同じ一組である事を願うばかりだ。


「ねぇねぇ、ティファニー」


 ティファニーが話していた女の子が、ティファニーの袖を軽く引っ張って自分の存在をアピールする。


「あっ、ごめんね。アイザック、この子はモニカっていうの。さっき知り合ったばかりだけどよろしくね」

「お初にお目にかかります。ジェファーソン男爵家ウォルターの娘モニカです」

「初めまして、アイザック・ウェルロッド・エンフィールド公爵です。学校では気楽にアイザックとお呼びください。こちらは友人のレイモンドです」


 アイザックが紹介すると、レイモンドも自己紹介をした。


(それにしても、いまだにこの自己紹介は慣れないな)


 ランドルフの息子だというのではなく、自分が公爵家の当主だと名乗るのがどこか気恥ずかしい。

 だが、こればっかりは避けるわけにはいかない。

「公爵位を嫌っている。王家への叛意を持っている証拠だ」と、どこかの誰かフレッドに言い触らされたりしてはたまらないからだ。

 恥ずかしくても、ちゃんと名乗っていかねばならなかった。


(それにしても、モニカっていう子は地味めだな)


 文学系少女のティファニーが話しかけたのも、モニカが大人しそうな見た目をしているからだろう。

 アイザック基準では十分に美人だが、この世界の基準だと彼女は地味な女の子だった。


「ティファニーも友達とは離れ離れになったのか」

「うん。私はチャールズのために勉強してたけど、みんなは『婚約者が普通のクラスだろうから』ってほどほどに勉強してたみたい」


 どうやら彼女達は婚約者と過ごせる時間を作るため、あえて相手に合わせていたようだ。

 ティファニーはチャールズと同じクラスにはなれなかったが、その努力は評価すべきだろう。


「そうか、チャールズと一緒のクラスになれなくて残念だったな」


 このあとニコルに攻略されてしまうかもしれないが、今はまだ彼女の婚約者。

 努力したのに報われないのは可哀想だ。

 アイザックはティファニーを慰めるつもりで、彼女の肩に手をポンと置いた。


「ああっ!」


 すると、背後から驚きの声が聞こえ、アイザック達はビクリと体を震わせる。

 アイザックが振り向くと、アマンダが驚愕の表情を浮かべて立っていた。


「……お久しぶりです。アマンダさんもこのクラスですか?」

「その子……、誰なの?」


 挨拶もせず、アマンダはジッとティファニーを見つめる。

 困惑と絶望が入り混じった複雑な視線だ。

 アマンダに見つめられたティファニーが体をすくめる。


「従姉妹のティファニーです。婚約者と一緒のクラスになれなくて残念だったなと話していたところです」

「従姉妹? 婚約者? あ、あぁ、そういう事だったんだ。なぁんだ」


 アマンダが胸を撫で下ろした。

 アイザックは、アマンダの手の動きに合わせ、彼女の胸元に視線をやる。

 身長は150cmくらいと小柄だが、前世で見たキャラ画像とは違って少しは胸があるようだ。

 アイザックにはわからない事だったが、これはフレッドとの婚約を解消したおかげだった。

 運動量が減ったおかげで脂肪が貯まり、それが胸に付いていた。

 とはいえ、心持ちあるかなという程度。

 残念な事にアイザックの好みからまだ離れていた。


「驚いていたみたいですけど、何か驚くような事がありましたか?」

「ううん、別になんでもないよ!」


 アマンダが笑って誤魔化す。

 そんな彼女を見ながら、アイザックは彼女がこのクラスにいる理由を考えていた。


(そういえば、アマンダも侯爵家の令嬢だ。勉強をしっかり仕込まれているんだろうな)


 体育会系の彼女が成績優秀者が集まるクラスにいる理由を「侯爵家の娘だからだ」と結論付けた。

 実際は「アイザックと同じクラスになりたい」という動機からアマンダが頑張ったのだが、アイザックはその答えにたどり着く事ができなかった。

「自分のためにそこまで頑張ってくれる女の子はいない」という考えが根底にあったからだ。

 パメラやニコルのように特別なものを感じている相手や、リサのように長い付き合いのある相手には積極的になれるが、そうでない相手に奥手なのは前世でモテなかったせいである。

 目の前にティファニーという好例がいて、ついさっきまでその話題をしていたのにもかかわらず、アイザックはアマンダの気持ちに気付けなかった。


 女性の気持ちに対する察しの悪さが、今後どう影響していくのかはまだわからない。

 今のアイザックは見知った顔と同じクラスになれて安心しているだけだった。

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