第233話 入学試験の結果

 一月末にあった入学試験は簡単だった。

 小学生レベルの国語や算数、この世界の歴史と地理といったものだったからだ。

 歴史は難しかったが、生まれてからこの世界の事を調べていたので何とかなった。

 国語や算数は復習によって、前世で学んだ事を思い出せたので上手くやれた。

 受験のために知識を身に着けるよりも、ケアレスミスを減らすために腐心したくらいだ。


 ――しかし、入学試験で問題が起きたらしい。


 二月中旬、アイザックはリード王立学院に呼び出された。

 用件は試験内容について。


(全教科満点はお見事! ってわけじゃないだろうな)


 そんな用事だったら、わざわざ呼び出す必要などない。

 手紙で褒めれば済む事だ。

 呼び出すような事態が起こったのだろう。


(となると、カンニングの疑いとかかな? 頑張り過ぎてもダメかー)


 小学生レベルと言えば簡単そうだが、それは義務教育が行われている前世基準だからだ。

 この世界では貴族や商人など、限られたものだけしか教育を受けられない。

 必然的に教育の平均水準は下がり、前世ほど高水準の教育は要求されなかった。

 ただし、それは一般的な者に対してであり、専門分野を専攻するものには相応の教育水準が要求される。

 なので、今のアイザックは一般教育の範囲内に限り、極めて高水準にあると言えるだろう。

 だから、カンニングを疑われたのだと考えた。


(っていう事は、目の前で試験問題を解かされるかもしれないな。まぁ、それくらいならいいか。それよりも、通学の方が心配だ)


 アイザックは馬車の窓から外の景色を眺める。

 今日は急な呼び出しなので馬車を使っているが、これからは歩きで学校に通わなくてはならない。

 ウェルロッド侯爵家の屋敷は王宮の南東。

 リード王立学院は王宮の北にある。

 歩きだと片道三十分程度は掛かるだろう。

 王宮に近い屋敷からでも、それだけ掛かるのだ。

 貴族街の外周部に住む下級貴族の子弟は、一時間以上掛けて登校する事になる。


(これも全て『登下校は歩き』とかいう決まりを作ったシナリオライターのせいだ。デートしたい時だけ馬車を使わなかったらいいだけじゃないか。最初から制限するなよな)


 いくら治安が良いとはいえ、暗殺の危険性はある。

 アイザックのように若くして要人になってしまった子供も今までにもいただろう。

 下校デートのために、とんでもないルールを作ってくれたものだ。


(まぁ、いい。俺も活用してやる!)


 そもそも、王立学院の近くにお菓子屋を作ったのも下校デートで使うためだ。

「キャッキャッウフフな状況を自分も楽しんでやる」と考える事で、面倒臭い登下校を前向きに受け取り始めていた。



 ----------



「あれ、ニコルさん」

「アイザックくん! 久しぶり!」


 王立学院に着くと、アイザックは応接室に通された。

 そこでは、先にニコルが待っていた。


(もしかして、こいつが裏で手を回して俺をどうにかしようとしているとかか!?)


 アイザックはそんな事を考えてしまうが、すぐにその考えを捨てた。

 いくら主役補正があっても、入学前から王立学院の人間を動かせるはずがない。

 それに、ニコルはこんな回りくどい事をせずに屋敷を訪ねてくる。

 わざわざ学校にまで呼び出す必要性がない事に気付いたからだ。


 ニコルが隣の席を手でポンポンと叩いている。

「自分の隣に座れ」という意思表示だろう。

 アイザックは嫌そうな顔をしないように気を付けながら、彼女の正面・・に座る。


「今回の呼び出しの理由を聞いてますか?」

「ううん、入学試験の事で話があるとしか聞いてないよ」


 ニコルは首を横に振って答える。

 先に来ていた彼女も、まだ理由を聞かされていないようだ。


「アイザックくん、おめでとう。凄いよね、戦争で勝って公爵になるなんて」


 ニコルが熱の籠った視線でアイザックを見つめている。


「ありがとう、偶然だよ……」


(やめろ、こっち見んな)


 お礼を言いつつも、アイザックは視線を逸らす。

 相手がニコルだからというのもあるが、身内の女の子以外にこうして見つめられるのに慣れていない。

 だから、どことなく気まずさを感じてしまう。

 アイザックは、女性の好意的な視線を見つめ返す事ができなかった。

 これはこれから練習していかなくてはならないだろう。


「あっ、ごめん。公爵閣下って呼ばないといけないんだっけ」


 アイザックの微妙な反応を、ニコルは「呼び方を誤ったからだ」と受け取った。


「公式の場ではそうですね。ここは王立学院ですから、気軽にエンフィールド公と呼んでください」

「全然気軽じゃないよ。もう」


 ニコルがクスクスと笑う。

 どうやら冗談として受け取ったようだ。

 だが、冗談ではない。


(いや、お前も女男爵だろ? 男爵家の当主としてそこは気を付けろよ!)


 ニコルは自分の立場を考えていないようだ。

 しかし、その事を口に出して忠告はしない。

 下手に「貴族だ」という事を意識して、ジェイソンを攻略するのを躊躇されても困る。

 ハッキリ言おうとしても、今後に影響を与えるかもしれないと考えると言い出しにくい事だった。


 アイザックが「処罰されたりしないよう、ちゃんと教えておいてやった方がいいだろうか?」と迷っていると、応接室のドアがノックされてから開かれる。


「ん、アイザックもか」

「これは殿下。ご無沙汰しております。パメラさんも」


 ジェイソンとパメラが一緒に入室する、

 二人も呼び出されたのだろう。

 アイザックは立ち上がって、ジェイソンを出迎える。

 その動きに合わせてニコルも立ち上がり、ジェイソンに向き直った。


 ――その時、異変は起こった。


「なんと可憐な……」


 ジェイソンがポカンと口を半開きにし、頬を染めながらニコルをジッ見つめる。


(かれん? ああ、カレンさんね)


 アイザックはジェイソンの言葉から現実逃避するように、伯母の顔を思い出す。

 ニコルの事だとは思いたくはなかったからだ。


「殿下、お初にお目にかかります。ネトルホールズ女男爵、ニコルと申します」

「あ、あぁ……。ジェイソンだ。よろしく」


 ニコルは微笑みを称えながらジェイソンに挨拶をすると、ジェイソンもどぎまぎしながら答える。

 当然、ジェイソンにこんな反応をされてしまっては、パメラも不愉快だろう。

 アイザックがチラリと彼女を見ると営業スマイルのままだ。

 感情の変化は表向き見られなかった。


「パメラさんもお噂を聞いております。噂通りとても綺麗なお方ですね」


 ニコルはパメラにも笑顔で話しかけた。

 その笑みは「ジェイソンはもらった!」と言わんばかりに勝ち誇った笑みのようにアイザックには見えた。


「ありがとうございます。ニコルさんだってとても可愛らしいですわ」


 ここで本心を見せず、普段通りの声色で返事をするのはさすが侯爵令嬢というところだろう。


(いや、パメラも最初からわかっていたのかもな)


 公爵のアイザックだって、第二夫人、第三夫人というものを考える立場だ。

 王太子であるジェイソンにも、第二夫人以降の話はあっただろう。


 ――二人目以降も妻がいる。


 その事はパメラもわかっていて覚悟していた可能性がある。

「ジェイソンがニコルを気に入って第二夫人にするのなら、それはそれで構わない」と思っているのかもしれない。

 貴族社会で生きる女の覚悟をしているから、平然としていられるのだろう。


「しかし、これほどまでに美しい少女がいるとは……。女神が降臨されたのかと思ったぞ。アイザックからあなたは美しいと聞いていたが、これほどとは」

「えぇっ!」


(ちょ、ちょっと待て。お前このタイミングでそれはねぇだろ!)


 まさかニコルに興味を持たせるため、ジェイソンに「ニコルは可愛い」と吹き込んでいた事がこんなところで暴露されるなどとは考えてもみなかった。

 このジェイソンの暴露で驚いたのはアイザックだけではなかった。

 パメラとニコルも驚きの声を上げて、アイザックを見つめている。

 特にパメラは営業スマイルすらやめて、無表情で冷え切った視線を投げかけてきている。


「いや、それは違――」

「嬉しい! アイザックくんって普段は冷たいフリをしてるのに、本当はそんな風に思っていてくれたんだ」


 ニコルが喜んでアイザックの右手に抱き着いてくる。

 服越しに感じる弾力は嬉しいが、今はそんな事を喜んでいる場合ではなかった。


「とても仲がよろしいのですのね」


 パメラの声には感情が含まれていなかった。

 だが、それだけに恐ろしい。

 失望されてしまったのではないかと思い、アイザックは動揺する。


「そうなんです。子供の頃からの付き合いなんですよ」


 アイザックとパメラの間にある何かを感じ取ったのかもしれない。

 ニコルは勝ち誇った顔をする。

 もしかしたら、偏見があるアイザックから見て、そう見えただけの可能性もある。

 しかし、パメラからニコルに向けられる視線に敵意が含まれるようになったので、アイザックの気のせいではないのだろう。


「しかも、ご家族にご挨拶する仲です」

「いや、それは本当に挨拶しているだけだからな!」


 これだけは絶対に否定しておかねばならない。

 アイザックはこの状況に戸惑いながらも、必死に否定した。


「もう、アイザックくんってば照れちゃって」


 だが、ニコルには効かなかったようだ。

 それどころか「アイザックはツンデレ」とでも思っているのだろう。

 グイグイと押してくる。


「そうか、アイザックに婚約者がいなかったのは彼女がいたからか」

「違いますよ」


 ジェイソンは少し嫉妬しているような表情をしていた。

 王族で感情を簡単には露わにしないという教育を受けている事を考えると、内心ではかなり嫉妬しているようだ。

 それを見て、アイザックは少しだけ落ち着きを取り戻せた。


(金に余裕ができたニコルは、すでに魅力が高いようだな。ジェイソンに興味を持たれるほどになっている。ニコルに興味を持たせるという第一段階は上手くいったと考えていいだろう)


 アイザックは腕に抱き着くニコルを振りほどきながら、そんな事を考えていた。


「僕とニコルさんは何の関係もありません」

「そうですね。今は・・特別な関係にありません」


 アイザックが否定しても、ニコルが追撃をしてくる。

 いっその事、権力を使って叩き潰してやりたくなる。

 だが、今ニコルを潰して困るのは自分だ。

 下手に手出しができないだけに、アイザックは苛立ちを覚えた。


 そこで、アイザックは考え方を変える。

「ここまで手強いニコルは頼もしい」と考え直し、仏の心で許す事にした。

 ジェイソンが嫉妬するくらい興味を引いてくれている。

 少しニコルの興味を持つ方向を変えてやれば、きっとジェイソンを上手く攻略してくれるはず。


(それよりもパメラだ。パメラを何とかしないと……)


 彼女は能面のような無表情でアイザックを見ている。

 アイザックは「ジェイソンの婚約者だから本当に結婚はできないのがわかっているとはいえ、いくらなんでもあっさり他の女に靡き過ぎじゃない?」と責められているような気分だった。


「あの――」

「揃ったようなので、早速説明を始めようか」


 パメラに弁明しようとしたところ、長い白髪の髭を生やしたハゲ親父が邪魔をする。

 アイザックはムッとするが、文句は言わなかった。

 彼はルーファス・チェスター。

 このリード王立学院の学院長である。

 これから学校に通う事になるのに、学院長に喧嘩を売って学生生活を過ごしにくくするわけにはいかない。

 仕方がないので、大人しく席に座って説明を聞く事にした。


「入学試験の成績最優秀者が、入学式で新入生を代表して挨拶をするという事は知っているだろう。今年は入学試験で満点を取る者が四人もいた。こんな事は前代未聞だ。誰を代表にするかを話し合おうと思って来てもらった」

「ジェイソン……殿下ではダメなんですか?」


 ニコルが「ジェイソンくん」と言いそうになりながらも、ルーファスに質問する。

「代表者を誰にするか?」と言えば、当然ジェイソンが代表するものだと誰もが思うだろう。

 だが、ルーファスは首を横に振って否定する。


「そうやって決める事ができるのなら呼び出したりはせん。学院内において、身分を考慮しないという決まりがある。これは学院を設立された初代国王陛下の決定であり、覆すわけにはいかん。そもそも、地位と実績で言えばエンフィールド公を選んでもおかしくはない。誰を代表にするかを皆で話し合ってくれればと思っておる」


(あぁ、責任回避か)


 ルーファスの言葉を聞いて、アイザックはそう感じた。

「ジェイソンを選べば、アイザックを軽んじている」と思われ「アイザックを選べば、ジェイソンを軽んじている」と思われる。

 学院側ではなく、アイザック達で話し合って決めたという結果が欲しかったのだろう。

 アイザックは彼の考えに乗ってやる事にした。

 さっさとこの話を終わらせて、パメラに弁明しないといけないからだ。


「やはり殿下が代表になられるべきでしょう」

「なぜだ、アイザック? 君がなってもおかしくはないはずだ」


 ジェイソンの質問にアイザックは一呼吸置いて答える。


「パメラさんやニコルさんが代表者になれば『女が男を差し置いて』と言われてしまうでしょう。それは避けた方が二人のためです。僕が代表になれば『殿下を差し置いて代表になるなんて、あいつは公爵になったからって調子に乗っている』と言われるでしょう。学院内で身分は関係ないと言っても、学院の外では関係あります。殿下に挨拶をしていただければ丸く収まります」


 ルーファスは、うんうんとうなずいて聞いている。

 ジェイソンが代表を務めるのに賛成のようだ。

 本当は彼が話をそのように持っていくべき事なのだが、そうするとアイザックの顰蹙を買う事になるかもしれない。

 こうしてアイザックがジェイソンを立てて話を進めてくれるのは、かなり助かっているはずだ。


(一つ貸しだからな)


「けど、アイザック。その意見は僕の事を考えてくれていないね。『王子というだけで戦争の英雄を差し置いて代表になった』と言われてしまうかもしれないよ」


 ジェイソンがアイザックの意見の穴を指摘する。

 だが、この答えは十分想定内だ。


「それは甘んじて受け入れてください。殿下もいつかは人の上に立つ身。時には賛美されるだけではなく、批判にさらされる時もあるでしょう。その練習だとお思いいただければいいのです。そもそも、入学試験で満点を取っているんです。有象無象の非難など聞き流してください」

「厳しいね、君は」


 フフフ、とジェイソンが笑う。

 その含み笑いは、前世で寝る時に聞こえていた笑い声と同じだった。


「……いいだろう。いつかは僕も君の上に立つ日が来る。その練習だと思って引き受けよう」


 ジェイソンは他の者達よりも、アイザックを意識しているようだ。

 負けないように頑張ろうという意気込みが見えた。


「なるほど、それではジェイソン殿下に代表者の挨拶をお願いするとしよう。あっさり決まって良かった」


 ルーファスは満面の笑みを浮かべている。

 学院長とはいえ、やはり雇われの身。

 王家の顔色を窺わないといけないので、波風が立たずに代表者が決まるのは大歓迎だろう。

 アイザックがパメラの前だからと余計な意地を張ったりせず、ジェイソンに代表を譲った事が決め手だった。

 これはアイザックが意地を張る場を理解していたからだ。

 今はまだジェイソンに譲っても痛手ではない。


 そう、今は。



 ----------



 その後「代表にならなくとも、成績優秀者なのだから他の生徒の模範になるように」という話をされて解散となった。

 本当に学院長の責任逃れのために呼び出されたらしい。

 馬鹿馬鹿しいと思うが、非難するつもりはなかった。

 立場が逆なら、アイザックもきっと同じような事をしていただろう。


 それに、ルーファスの事などどうでもよかった。

 今はパメラに言い訳がしたい。

 だが、馬車のところまで来ても、パメラと二人で話すような機会はなかった。

 ジェイソンがパメラの隣にいて、ニコルがアイザックの隣にいる。

 こんな状況で下手に言い訳をしようものなら、アイザックの気持ちが二人にバレてしまう。

 それはパメラの立場も悪くしてしまうはずだ。

 パメラに嫌われてしまうという気持ちと、後日言い訳すればいいという気持ちが心の中でせめぎ合っていた。


「では、先に失礼するよ。学院で会うのを楽しみにしている」


 ジェイソンが別れの挨拶をするが、どちらかと言えばニコルに向けて言っているように感じられた。

 以前の彼ならば、アイザックとニコルの二人に向かって言っていただろう。

 ニコルに対して興味を惹かれている事が見て取れた。

 その事に関してアイザックは満足していたが、それよりも今はパメラの事が気掛かりだった。


「ごきげんよう」


 今は無表情ではないが、明らかに営業スマイルとわかる笑顔を向けられていた。

 その表情を見て「失望された」とアイザックが感じるのも無理はない。

 アイザックは「ジェイソンにニコルっていう可愛い子がいると話すんじゃなかった」と後悔していた。


(ジェイソンの方からニコルに興味を持ってくれていたというのに。もっと主人公補正を信じるべきだったんだ……)


 ジェイソンとパメラを乗せた馬車を見送りながら、アイザックは肩を落としていた。


 ――久しぶりにパメラに会えたと思ったら、ニコルの事を可愛いと言っていた事がバラされた。


 最悪と言っても過言ではない再会の仕方だろう。

 ニコルはこの世界の者にとって絶世の美女。

 きっとパメラは「アイザックはこういう可愛い子の方が好きなんだ」と思ったはずだ。

 それは間違いだというのに。


(人を呪わば穴二つっていうけど、どん底に突き落とされたのは俺の方じゃないか)


 こんな再会の仕方をするとは思っていなかったので、アイザックは対応できなかった。

 いや、対応策を考えていても、あんな風にポロッとこぼされては止めようがない。

「ニコルという可愛い女の子がいる」とジェイソンに吹き込んだ時点で、いつかはこうなっていただろう。

 強力な武器に頼り過ぎた結果、扱いこなせず自爆する事になってしまった。


(全部ニコルのせいだ。こいつが……)


 アイザックは自分の隣に立つニコルを睨む。

 だが、ニコルは笑顔で「なに?」と聞いてくる。

 その反応を見て、アイザックは自分を恥じた。


(いや、悪いのは俺だ。俺が失敗したからパメラに失望されてしまっただけだ。こいつは悪くない)


 以前のアイザックならこんな事は考えなかったはずだ。

 しかし、今は違う。

 原作ゲームのニコルはとんでもない悪女だったが、今のニコルは変わっている可能性が高い。

 となると、この世界的に可愛いだけの女の子を利用しようとしていた自分が悪いという事になる。

 ニコルが悪女なら喜んで手伝っていたが、そうでないのならこのまま利用するのは悪いような気がする。


「良ければ、お菓子でも食べていきませんか? 学院の近くに店を持っているんですよ」


 ――彼女はプレイヤーに操られる悪女ではない。

 ――この世界に生きる一人の人間だ。


 そう思うと、謝罪の意味を込めてニコルを誘ってしまった。

 パメラには今すぐ会えないが、ニコルは今目の前にいる。

 ニコル本人には意味がわからないだろうが、謝罪は早めにしておこうとアイザックが考えたからだ。


「本当! 嬉しい!」


 ニコルは可憐な笑顔を見せた。

 好みではないとはいえ、女の子にこんな笑顔を見せられてはアイザックも少しだけドキリとする。

 先ほどのルーファスの笑顔とは大違いだ。

 しかし、すぐにニコルの顔は曇った。


「でも、ごめんね。今はまだデートしてるって噂されると恥ずかしいし」

「えっ?」

「私とデートしたいなら学生になってから、できれば三年生くらいになってから誘ってくれると嬉しいな」

「えっ、ちょっと……。デートじゃないんだけど」


 ニコルは「バイバイ」と手を振って自分の馬車に乗り込んでいった。

 呆気に取られたアイザックは、棒立ちのまま馬車を見送る。


(なんで? 俺に興味を持ってたんじゃないのか?)


 自分に興味を持つニコルなら、お菓子を食べに誘うだけでも喜んでくれる。

 そう思ったから、ちょっと誘っただけだ。

 なのに、なぜか断られてしまった。


(いや、待てよ。三年生になってからって事は……。あいつ、ジェイソンを攻略する気か!)


 断られた理由について、アイザックはすぐに答えにたどり着いた。

 三年生までアイザックと出かけたりしないのは、おそらくそれまでの間にジェイソンを攻略するつもりなのだろう。

 ダメだったら、アイザックで妥協するつもりなのかもしれない。

 先ほど二人が出会った時の反応を見れば一目瞭然。

 あれほどジェイソンが興味を持っていれば、アイザックとはほどほどの仲を維持しておいてチャレンジするのもおかしくはない。


(それだけじゃないぞ。もしかすると、逆ハーを狙っているのかもしれないな。俺の事はデートに誘ってくるくらい仲良くなったから、キープしておくとかいう可能性も……)


 可能性を考えれば考えるほど、ニコルはさほど原作から離れていない性格のように思える。

 それならば、スタート時点からステータスMAX状態のニコルは頼もしい。

 ジェイソンもフレッドもどんどん攻略していってくれるだろう。

 気掛かりなのは自分に関してだった。


(お菓子屋に誘ったのがデレて攻略寸前だとでも思われたのか? っていうか、とりあえずキープしておこうってなんだよ。来るなら全力で来いよ!)


 アイザックは、ニコルの事を頼もしいと思いながらも「とりあえずキープ」という扱いに釈然としないものを感じていた。

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