第234話 家臣団結成

 パメラへの弁解は容易ではなかった。

 まず手紙に書く内容に困った。

 ストレートに「ニコルには興味がない。興味があるのはあなただ」と書けるはずがない。

 そんな事を書いた手紙を誰かに見られてしまっては大変な事になる。

 パメラの誤解以上の大問題が起きてしまうかもしれない。

 書面に証拠を残すのではなく、自然な形で話せる機会を作るしかなかった。


 だが、それはそれで難しい。

 会うとしたら、面会の予約を取らなければいけない。

 家族連れで行けば疑われる事なく会えるが、踏み込んだ話ができない。

 当然、アイザックがパメラと二人でコソコソ会ったりすれば周囲に関係を疑われてしまう。

 弁解すればすぐに誤解は解けるだろうが、そのための場を作る事が容易ではない。

 アイザックは頭を抱える。


(ちくしょう、こうなったのは全部ジェイソンのせいだ! 俺はニコルが好みだなんて言ってないぞ。なのに、誤解を招く言い方をしやがって!)


 アイザックはジェイソンを恨む。

 見惚れていて「アイザックは好みではないと言っていたが、あなたの事を美しいと話す人は多いと聞いていたが、これほどとは」と言えなかったのはわからないでもない。

 アイザック自身、咄嗟にそこまで機転が回る自信がないからだ。

 それでも、少しくらいは気を回してくれてもいいんじゃないかと思ってしまう。


(パメラもパメラだ。もっと俺の事を信じてくれてもいいのに……。でもあんな状況じゃあ無理か……)


 アイザックはパメラの事を思い出す。

 ジェイソンがニコルを「可憐だ」と見惚れていたところまでは耐えていた。

 その理由はアイザックにもわかった。


(俺も第二夫人を持つ可能性があるんだ。ジェイソンだって側室を持つかもしれない。だから覚悟していたんだろう。でも、俺までニコルに惚れていると思ってしまって、感情を抑えきれなかったんだろうな)


 ニコルはこの世界の人間には絶世の美女に見えている。

 誰もが美しいと思うのだ。

「きっと自分までニコルの美しさに心を惹かれていると思って、パメラは絶望してしまったのだ」とアイザックは考えた。

 すぐに誤解を解いて楽にしてやりたいところだが、今はまだ会いに行く事ができない。

 やはり、入学してから機会を見てという事になるだろう。

 ニコルに心を奪われていない事を早く説明したいが、説明できる状況ではないのが悔やまれる。

 だが「説明を聞いてくれなかったらどうしよう」という思いも強い。


(考えてみれば、パメラと話した事なんて数えるほどしかない。それで俺の気持ちを理解してくれるはずがないんだ。俺がニコルの事を可愛いと本気で思っていると受け取られていても仕方がない)


 祖父の決めた約束が、非常に効果的だったと認めざるを得なかった。

 会わない・・・・という制限だけで、二人の間を完全に分断している。


(……こんなところで無駄に手際の良さを発揮されてもなぁ。もっと違うところで力を発揮してくれ)


 アイザックは、ついそんな事を考えてしまう。

 そして、気付かなくても良い事に気付いてしまった。


「あぁっ!」


(そういえば、パメラも俺に気があるような感じだったけど、ニコルみたいにそこまで好きじゃなかったりするんじゃないか!)


 思わず驚きの声が漏れてしまう。

 ニコルなど、ルシア達に積極的に接触するくらいアイザック攻略に乗り気だった。

 だが、ジェイソンの反応で「アイザック以外もいけるのでは?」と思ったのか、狙いはアイザックオンリーではなくなった。

 アイザックが感じていたほど、ニコルは本気ではなかったのかもしれない。


 ――そして、問題はそれがパメラにも当てはまるかもしれないという事だ。


 今まではパメラも自分の事を好意的に見てくれていると思っていたが、実は全部気のせいで勘違いしているだけなのかもしれない。

 少なくとも、今回パメラに失望されたせいで、今では本当に一方的な想いになっている可能性がある。

 ちゃんとお互いの気持ちを話し合う機会を作らないといけないだろう。

 国家転覆まで考えているくらいなので、この事に関してはキチンと意思疎通を行う必要があった。


(こうしてみると、ニコルの態度は役に立ったか……。いや、まぁ腹が立つけど)


 アイザックは感謝しつつも、ニコルのやり方にムカついていた。

 キープしておくにも、やり方というものがある。

 あそこまで露骨なキープのやり方はない。

 せめて「一、二年の間はお互いを知る時間にしましょう」とか「いきなりデートするのは恥ずかしい」とか言って断ってくれればよかった。

 そう言ってくれれば、アイザックも「ニコルって意外と慎重なんだな」と思っただけだっただろう。

 

(いや、恨み言はなしだ。あいつは年相応の女の子。貴族としてはどうかと思うけど、若いんだから上手く立ち回れない事だってあるだろう。何らかの理由で断られる可能性も考えておけばよかったんだ)


 最初から「断られる可能性」を考えていたのなら、ニコルの反応も素直に受け入れられただろう。

「自分に気がある」と思い込んで、断られないと信じていたからショックを受けるのだ。


(あれっ? それじゃあ、パメラの反応って……)


 ここまで考えて、ようやくアイザックはパメラの失望の意味に気付く。


(もしかして、結構俺に気持ちが傾いていた? だから、その分ショックが大きくて、ぶすっとした表情になったとか?)


 そう思うと、曇っていた未来に光が射したような気がした。

 だが、すぐにアイザックの顔が曇る。


(っていう事は、それだけ失望も大きいって事だ。いや、でもやっぱり俺の勘違いかもしれない。あぁ、くそっ! お互いの事について誤解のないようにパメラと話がしたい)


 何もかもがもどかしい。

 今にもパメラのところに向かってしまいそうだった。

 しかし、アイザックは感情のままに動こうとはしなかった。


 この十年、ずっと準備をしながら機会を窺っていたのだ。

 一時の感情で全てを無に帰すわけにはいかない。

「入学すれば二人で話す機会もある」と思って、今はただ耐える事しかできなかった。



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 パメラの事で悩んでいる間も、アイザックは簡単に休む事はできない。

 まだ未来に向けて頑張らないといけない時期だからだ。


 とはいえ公爵家の家臣団に関しての忙しさは、ひとまず落ち着いている。

 書類選考を通った新人や中途採用者は、テストを受けた後ウェルロッド侯爵家で実務経験を積んでもらう。

 エンフィールド公爵家では、新卒未経験が仕官するのが困難な職場だ。

 それに、アイザック個人は領地を持っていない。

 領地運営のために、今すぐ家臣団を作り上げなければならないという制限もない。

 時間を掛けて家臣団を編成する余裕があった。


 領内の統治はウェルロッド侯爵家に仕える政務官がやってくれるので、今のところは秘書官数名だけでいい。

 武官も当面の間は、ウェルロッド侯爵家の騎士団からの出向という形で済ませるつもりだった。

 書類選考を通った者達は「エンフィールド公爵の家臣になれる」という希望を持って、ウェルロッド侯爵家の一員として働いてもらう事になる。


 ただ「エンフィールド公の直臣ではないのなら」と、辞退する者もいた。

 だが、アイザックは嘘を吐いているわけではない。

 ウェルロッド侯爵家で働く時点で、志願者の望みは大体叶っている。

 将来的にアイザックは侯爵家の当主にもなる。

 直臣になるのが早いか遅いかの違いしかない。

 焦らずに実務経験を積んでいれば、いつかはアイザックの直臣になれる機会もあったはずだ。

 しかし、そういった目先の事にしか考えのない者達が脱落するのは良い事でもある。


 アイザックは応募者達に――


「やりがいのある仕事です。未経験者歓迎、先輩達がしっかり教えてくれます。将来の幹部候補として若手も抜擢する予定です。できたばかりの新しい公爵家なので、アットホームな雰囲気です。情熱を持って仕事を頑張れる方を募集しています」


 ――という事を話すように伝えている。

 

 直臣になれないというだけで諦めるくらいなら、さっさと採用を辞退してくれて結構。

 やる気のある者に頑張ってもらいたい。

 そうアイザックは考えていた。


(領地を貰わなくてよかったよ。実家から領地運営に必要な人材を借りたとしても、新規採用者もかなりの数を雇わないといけなかった。当然混乱もするし、統率を取るのに手間を取られただろう。余計な手間が省けてよかった。ナイス判断だ、俺)


 アイザックは自画自賛する。

 もし「領地を貰って、その分だけ戦力を充実させる」という欲に駆られていたら、身動きが取れなくなっていたかもしれない。

 ただでさえ、パメラの事で大変なところなのだ。

 これからの学生生活を考えると、領地運営などやっている余裕などない。


 そこでアイザックは、さらに余裕を作るためにサブ攻略キャラ達に目を付けた――が、ダメ。

 アイザックの思い出せる限り、役に立ちそうなのは学校の教師くらいだった。

 他は服飾デザイナーや画家志望の若者など、政治や軍事面で役立ってくれそうにない者達ばかり。

 裏社会のボスであるゴンザレスを部下にできなかった事が悔やまれる。

 ある程度、能力があるとわかっている者ですら、そう簡単には部下にはできない。

 人材登用の大変さが身に染みる。


 人材を欲するアイザックのところに、一人の有力者が仕官を申し込んできた。


「……本気ですか?」

「もちろんです。エンフィールド公からの支援は助かりました。そのご恩をすぐには返せそうにないので、この身で支払いに来ました」


 ――ランカスター伯爵だ。


 彼は冗談のような内容を話しているが、表情は真剣そのもの。

 アイザック・・・・・ではなく、エンフィールド公爵・・・・・・・・・に対する態度を取っている。


「領地運営など、伯爵家当主としての役割もあるのではありませんか?」

「そちらはダニエルに任せるつもりです。そろそろ息子も独り立ちしてもいい頃。それよりも、まだお若いエンフィールド公の方が補佐役を必要としておられるはず。経験という点では自信がございますので、お役に立てるかと思います」


 それもそうだろう。

 外務大臣経験者など、経歴と経験の面で得難い存在だ。

 今まで仕官を望んで来た者達とは比べ物にならないくらいに。

 だが、アイザックには即答しかねる申し込みでもあった。


「ですが、いくら何でも格が違い過ぎるでしょう。公爵になったとはいえ、まだ学生にもなっていない若造に大臣経験者が仕えるなど……」


 心配はこの事だった。

 アイザックに肩書きはあっても、人としての格が違う。

 ランカスター伯爵は年長者であり、大臣経験者であり、領主として自領を安定して治めてきた者でもある。

 リード王国の貴族の中でも、上から数えた方が断然早い有力者だ。

 本人が望んだとしても「いいよ」と簡単に部下にする事などできない。

「アイザックは大臣経験者を軽んじている。調子に乗ってるんじゃないか」と噂されたりするかもしれないからだ。


「心配ご無用。エンフィールド公の事をただの若造と思う者などおりません。リード王国内だけではなく、周辺諸国にもです。格という点では、エルフやドワーフと交流を再開しただけで十分。彼らと交流を再開するなど、外務大臣だった私にもできなかった……。いえ、考える事すらできませんでした。誰も格が足りないなどとは陰口を叩いたりはしないでしょう」


 ランカスター伯爵は、アイザックの考えている事を察して心配はないと説明する。

 アイザックに「威厳がない」と思う者がいても「人としての格がない」と思う者はいない。

「公爵に十分な実績と格がある」と思われているからこその爵位授与である。

 格がないという者は、爵位を与えたエリアスまで否定する事になるのでいないはずだ。


 だが、ここまで言われてもアイザックは首を縦に振る事はできなかった。

 アイザックはチラリとノーマンを見る。

 彼は「えっ、何か意見を言わなきゃいけないの?」といった様子で、焦っているのかまばたきの回数が目に見えて増えた。

 しかし、アイザックは意見を求めてはいなかった。


(ランカスター伯爵が家臣になるのはプラスになるとは思うけど……。絶対、ノーマンはやりにくいだろうな)


 問題は、ノーマンとランカスター伯爵の格の違いが明白であるという事。

 ランカスター伯爵が家臣になったとしても、アイザックはノーマンを文官のトップとして使っていくつもりだ。

 だが、アイザックがトップに据えるとはいえ、さすがにランカスター伯爵とは仕事がやり辛いだろう。

 仕事の割り振りなどでも、遠慮が出てしまう。

 その態度を見て、他の者達がノーマンを軽んじるようになってしまうかもしれない。

 そういった事態は好ましくない。


 アイザックはノーマンやマットを中心に家臣団を作るつもりだ。

 徐々に新しい者を入れていき、家臣団に厚みを持たせる。

 そうする事で、組織として強固なものにしていく。

 そんな中に、いきなりランカスター伯爵のような大物が加入すればバランスが大きく崩れてしまう。

 加入してもらうにしても、ある程度形になってからの方がいいだろう。

 喜ばしい申し出ではあるが、積極的に歓迎するわけにもいかなかった。


「ありがたい申し出ですが、お断りさせていただきます。今はノーマンを中心に家臣団を形成中です。やらせてダメなら代わりの者を探すでしょうが、やらせる前から交代させるような真似はしたくありません」

「家宰などは望んでおりません。ただお力になれればと思っている次第です」


 ランカスター伯爵の返事に、アイザックはかぶりを振る。


「部下にするには、ランカスター伯は大物過ぎます。誰もがランカスター伯を頼るようになり、ノーマンの立場がなくなってしまうかもしれません。家臣団が安定してからならともかくとして、今はまだお力をお貸しいただくわけにはいきません」

「なるほど、まずは若手の育成をしていくつもりですか」

「そのつもりです。貴族としての義務を果たさなくてもいい時間があるんです。それを活用して、育てていきたいと思っています」


 アイザックの返事を聞き、ランカスター伯爵がノーマンを見る。


「良き主君に仕えられたようだな」

「はい!」


 ノーマンの言葉には歓喜が含まれていた。

 公爵家の事を一手に任せてもらえるなど、まずありえない経験だ。

 その経験を積む機会をあたえてくれるというのはありがたい。

 アイザックからの信頼を感じ取り、ノーマンは大きく心を動かされていた。


「もしよろしければ、ランカスター伯には外部相談役をお願いしたいと思います。ノーマンが実務面で困った時に相談に応じていただけるだけでも、かなり助かると思いますので」

「喜んで引き受けましょう」


 アイザックは実質的に「はっきりとした上下関係よりも、仲の良いお友達でいましょう」という答えを出した。

 これは言い方が大事だった。

 ただ「困った時に相談に応じてくれ」というだけでは、今までの関係と何も変わらない。

 外部相談役・・・・・というお飾りの役職を与える事で、仕官を申し込んできたランカスター伯の面子を立てつつ、ノーマンの立場も守った。

 将来的にはランカスター伯爵に協力してもらうつもりなので、形だけでも肩書きを与えて繋がりを保っておく事も大切である。


「関係をキープしておくにも、やり方というものがある」とニコルに教えてもらった。

 この間の一件は失うばかりではなく、アイザックにも得るものはあったようだ。

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