第224話 自分の変化

 パトリックの遺体は、アイザックの花壇の近くに埋める。

 墓穴はアイザックが自身の手で掘った。


 穴を掘っている最中――


 アイザックが球根を埋めたら、何を埋めたのか興味を持ったパトリックが掘り返す。


 ――そんなやり取りがあった事を思い出した。


 けど、もう掘り返される事はない。

 当時は「邪魔をするな」と思っていたが、今となっては懐かしいやり取りだった。


「パトリック、ねむっちゃったの?」

「ええ……。疲れたみたいだから寝かせてあげましょうね」


 アイザックが穴を掘っている横で、ケンドラがパトリックを見つめている。

 リサがどう説明していいのかわからず、ケンドラを抱き締めて誤魔化している。

 彼女自身、目が潤んでいた。

 穴を掘り終わると、リサがパトリックを抱き上げてアイザックに差し出す。


「アイザック、はい」


 パトリックが家に来た時と同じやりとり。

 しかし、その言葉の意味合いは大きく異なる。


 ――出会いと別れ。


 あまりにも極端過ぎる。

 リサから遺体を受け取った時、初めてパトリックを抱き上げようとした時と同じように重く感じた。


「ケンドラ。パトリックにおやすみって言ってやってくれ」

「おやすみ、パトリック」


 ケンドラはパトリックの頭を撫でて別れの挨拶をした。

 パトリックの遺体は、ずっとベッド代わりに使っていたクッションと共に穴の底に置く。

 アイザックは穴から抜け出すと、大きなシャベルで土を埋め戻す。

 リサとケンドラも、園芸用のスコップで土をパトリックの上にかけ始めた。


「パトリックー。やぁぁぁ!」


 子供ながらに何かを感じ取ったのだろう。

 パトリックの姿が土で見えなくなると、ケンドラが泣き出した。

 痛ましい姿を見て、リサがケンドラを抱き締める。

 彼女の目からも涙がこぼれ落ちていた。

 アイザックも泣きながら、土を被せていった。


 穴を埋め終わると、アイザックは花壇から花を三本もぎ取った。

 それをケンドラとリサに一本ずつ渡す。


「パトリックおやすみ。今までありがとう」

「ゆっくり休んでね」


 アイザックとリサがパトリックの墓に花を置く。


「……またあそぼうね」


 二人の真似をして、ケンドラも花を置く。

 死というものをまだ理解できていないのは仕方がない。

 これからの生活で「パトリックがいない」という事を実感して学んでいくだろう。


「お兄ちゃんがいない時は、ケンドラが時々お花をパトリックにあげてほしいんだ。そうしてあげれば、パトリックも寂しくないしね」

「……うん」


 アイザックはケンドラを抱き寄せて一緒に泣く。

 友達を失ったのはケンドラも同じ。

 最近は人間の友達もできたとはいえ、ずっと一緒にいたパトリックを失ったのは辛いはずだ。

 寂しさを紛らわせる方法を考えてやらねばならない。

 アイザックがこれからの事を考えていると、誰かが花を摘み取る気配を感じた。

 そちらを振り向くと、ティファニーの姿があった。


「ティファニー、どうしたの?」

「『どうしたの?』じゃないわよ。パトリックが死んじゃったんだったら、私にも教えてほしかったな」


 彼女はパトリックの墓に花を供える。


「お爺様からアイザックも帰っていると聞いて様子を見に来たの。それでお屋敷に来たら、パトリックを埋めているって教えられてビックリしたわ。私もお別れしたかったのに」

「ごめん、動転してたみたいだ。伝えるのを忘れていたよ」


 恨めしい目で見るティファニーに、アイザックは苦笑を浮かべて返す。

 彼女もパトリックの友達。

 ちゃんと教えてやるべきだった。

 だが「パトリックが死んだ」という事実を目の当たりにして、そんな考えは頭の中から吹き飛んでしまっていた。


「寂しくなるね」

 

 ティファニーが呟く。

 パトリックのお腹を枕にして寝るというのは、ティファニーが始めた事だ。

 もう一緒に寝る事ができないし、抱き着かれて重さを感じる事もできない。

 こんな事になるなら、もっと遊びに来ておけばよかったと後悔していた。


「本当に寂しくなるね。でも、もうあの時とは違うから……」


 今のアイザックには家族がいるし友達もいる。

 ティファニーやリサもいるので、挫けて立ち直れないという事はない。

 友達がいなくて辛い時期は、パトリックのおかげで乗り越えられた。

 その事に感謝するばかりだ。


 かつてパトリックと遊んだ三人にケンドラを加え、皆でパトリックの冥福を祈った。



 ----------



 その日の夕方、アイザックは執務室を尋ねた。

 ランドルフと話をするためだ。


「パトリックの事は残念だったな」


 彼もパトリックの事を知っていたようだ。

 開口一番、残念だということを言ってきた。

 だが、そこにあまり感情は籠められていない。

 目の前の書類に頭を悩まされているからだ。


「ええ、パトリックの事で話があったんです。ケンドラに新しい犬か猫を飼ってやってくれませんか? 五歳の誕生日も近いですし、ちょうどいいでしょう」

「そうだな。ケンドラが寂しくないようにプレゼントしてもいいかもしれない。アイザックは欲しくないのか?」

「ええ、僕は必要ありません。これから学生になって忙しくなりますからね。構ってあげる時間がないと可哀想でしょう」


 本音を言えば、ちょっと欲しいと思っている。

 だが、今言ったようにこれから色々・・と忙しくなる。

 新しいペットと遊んでやれず、寂しがらせるような事はしたくなかった。

 ケンドラにプレゼントされたペットと遊ぶくらいでいいと思っていたので、アイザックは自分の分までは欲しがらなかった。


「わかった。今年は褒美を与えるために、いつもより早めに王都に来いという連絡を受け取っている。お前の誕生日が過ぎてから出発すれば、ケンドラの誕生日前には王都に着くはずだ。父上に頼んで用意しておいてもらおう」


 ペットを見繕う事をモーガンに任せるつもりだった。

 ランドルフ自身には、そこまでの余裕がないせいだ。


「それにしても、現金の支出を見るだけでも恐ろしい。ドワーフの品を一度納品させて商人に売り払うなんていう事をしていなかったらどうなっていた事か」


 ランドルフの悩みの種である書類をアイザックに見せる。

 そこには兵士の戦地手当や戦死者の遺族への弔慰金、兵糧の購入代金などが書かれていた。

 百億リードを超える出費に、アイザックも眉をひそめる。


「凄い額ですね」

「現金収入がなければ、換金に時間が掛かっていただろう。お前のやっていた事のおかげで助かった。おかげで明日は皆に戦費を補填できる。まったく、戦争なんてやるもんじゃないな」


 侯爵家は莫大な資産を持っている。

 だが、今までは現金という形ではあまり持っていなかった。

 もし、ドワーフとの交易においてアイザックが商人から金を集めていなければ、まだ現金をかき集めるのに必死になっていただろう。


「王家から補填はないのですか?」

「褒美という形ではある。だが、それは王都に行ってからだし、それほど期待はできないだろう。私達はいいけど、傘下の貴族の中には戦費で懐が厳しくなっているものもいるだろう。今のうちに多少なりとも渡しておいた方がいいんだ」

「ああ、なるほど」


 今回の戦争は侵略戦争ではなく防衛戦争。

 褒美として分け与えられる領地がない。

 当然、リード王家から出せる褒美もあまり多くないはずだ。

 参戦した諸侯はファーティル王国からの謝礼金や、ロックウェル王国の装備を鉄くずとして売った金を頼りにする事になるだろう。


(元寇のあとの鎌倉幕府みたいになってくれないかな)


 アイザックはそのような事を考えてしまう。

 鎌倉幕府は御家人に十分な恩賞を出せなかった。

 同じように不満を持った貴族達が、王家に対する忠誠を失ってくれれば万々歳だ。

 戦場で死に掛けはしたが、戦争の利益は十分にあったのかもしれない。


「コツコツと貯めてきた金が一気になくなるのは辛いな」

「仕方ないですよ。金は貯めるために貯めるのではなく、使うために貯めているんですから。その時が来たと思って諦めましょう。ドワーフとの関係が続く限り、お金は貯まっていくんですから気にするだけ無駄です」

「その通りだ。……まったく、お前は思い切りがいい奴だな」


 そう言ってランドルフが笑う。

 アイザックは、これほどの大金を「必要な事だから」と考えて払う事にためらいがない。

 その器の大きさに、ランドルフは笑って受け入れる事しかできなかったからだ。

 もし、アイザックが「金額が大き過ぎて、それがどれほどの大金か想像できていないだけだ」と知ったら、彼はどう思うのだろうか。


「必要なものは仕方ありません。ケンドラにも奮発してあげてくださいよ。パトリックのような優しい子がいいですね」

「わかった。父上に伝えておこう」


 アイザックはランドルフにペットの事を頼むと、自室に戻っていった。

 そして、ノーマンを呼び出す。


「ノーマン、ランカスター伯に使者を送ってくれ。五十億リードまでなら僕の手持ちから無期限無利子、借用書なしでお貸しすると伝えてほしい」

「五十億ですか? 理由を教えていただけると助かります」


 あまりにも大きな金額なので、ノーマンは「はい、わかりました」と即答する事ができなかった。

 アイザックに理由を尋ねる。


「さっき父上のところに行った。今回の戦争でかなりの戦費を費やしていたようだ。ウェルロッド侯爵家はドワーフとの交易で稼いでいるからいいけど、ランカスター伯爵家は今まで通り。戦死者も出ているから、弔慰金などで大変なはずだ。共に戦った仲間に手助けをしたい」

「なるほど……。期限や利子なしというのはわかります。ですが、借用書もなしというのはよろしくないと思います」

「それは簡単な事だよ。借用書を取れば、また『アイザックが暗躍するために、ランカスター伯を雁字搦めに絡め取ろうとしている』と言い掛かりをつけられるかもしれない。借用書がなければ踏み倒すのも簡単だろ。お互いのためさ」

「そういう事でしたか。わかりました。すぐに使者を送ります」

「頼んだよ」


 ノーマンは使者を出すために部屋を出ていった。

 彼が出ていったのを確認して、アイザックは暗い笑みを浮かべる。


(あのおっさんは何だかんだで義理堅そうな感じがする。借用書がないからといって、簡単に踏み倒したりはしないだろう。恩を売っておけば、それが心の片隅に残るはずだ。味方にしやすくなるし、敵になりにくくなるだろう)


 お菓子屋自体は地味に売り上げがあったが、さすがに五十億リードも渡せるほど稼いでいない。

 ランカスター伯爵に渡すのは、かつてティリーヒルの街で鉄鉱石の入札で稼いだ金だ。

 やはり、金を使う時のために貯めておくというのは間違いではなかった。


(困った時に助けられたら、何もない時に比べて何倍も嬉しいもんだ。こういった行動がいつか実を結ぶ時がくる)


 そこまで考えて、アイザックは我に返った。


(パトリックが死んだばっかりなのに、なんでこんな事を考えてるんだ俺は! こんな時にまで……。俺自身、そういう奴だったのか? この体のせいか? それとも、子供時代の暮らしのせいか?)


 前世の自分であれば、一週間はへこんで何もできないくらい大きなショックだったと思っている。

 パトリックを失った事は、それだけ大きな出来事だった。


 ――なのに、今は悲しみながらもやるべき事をやっている。


 それが新しい体を得たせいか。

 それとも子供時代の境遇のせいなのかは、アイザックには判断がつかなかった。

 ただ、自分が前世とは違う人間になりつつあるという事だけは、嫌でも理解させられてしまった。



 ----------



 翌日。

 参戦した貴族達を集めて、ランドルフが補助金の事を説明していた。

 兵士達の手当などを全てウェルロッド侯爵家が支払ってくれる事を聞いて、彼らはホッと胸を撫で下ろしていた。

 場合によっては「半額は代官側で負担」と言われる事を覚悟していたからだ。

 この説明一つで、ウェルロッド侯爵家の羽振りの良さが窺える。

 ウェルロッド侯爵家の傘下の貴族だった幸運を神に感謝していた。


 とはいえ、今はとりあえず・・・・・の補助金だ。

「王都に行く金がない」という事がないようにするための支度金程度でしかない。

 報奨金は別途支払われるが、それは王家から出る褒美の金額を見てから決める。

 王家が一千万リードの褒美を渡したのに、ウェルロッド侯爵家が二千万リードの褒美を渡すわけにはいかない。

 それでは王家の顔に泥を塗ってしまうからだ。

 どれだけ渡すかは、王都に行ってから決められる。


 ここでアイザックは、とある二人に金銭ではない褒美を与えようと考えていた。

 その事は前もってランドルフとは話をつけている。

 褒美を与える者を発表するため、ランドルフが話終わったあと、アイザックが皆の前に立つ。


「僕からも個人的に功績を称えたい人が二人いる。おそらく、皆さんはもうわかっているでしょう」


 アイザックの言葉に反応し、貴族達は視線を動かす。

 その視線の先には、マットとトミーがいた。

 誰もが「自分の子飼いを自慢したいんだな」と思っていた。

 自分の部下が立派であるという事は、上司の誉れでもあるからだ。

 誰もが最初にマットの名を口にするだろうと予想していた。


「まずはカイから始めよう。カイ、前に来てくれ」

「はっ、はい!」


 ――多くの者の予想が外れた。


 確かにカイは先代ウェルロッド侯爵の仇であるレオを討ち取った。

 だが、彼はネイサンの友達でもあった。

 アイザックと仲が良いという事は聞いた事がない。

 疎まれているであろうカイが、真っ先に呼ばれた事に動揺が広がっていた。

 アイザックが何を語るのか皆が耳を傾ける。


「カイ、君とは色々とあったね」

「はい、その節は大変失礼いたしました……」


 悪い事は言われないだろうと思いつつも、カイは萎縮していた。

 やはり、過去の因縁が影響している。

 しかし、アイザックは過去の事を気にしている素振りを見せなかった。


「でも、曽お爺様の仇を討ってくれた事には非常に感謝している。その武勇を評して、ドワーフ製の槍を受け取ってほしいんだ」

「えっ」


 アイザックはノーマンから一本の槍を受け取り、カイに差し出した。

 カイはうやうやしく槍を受け取った。


「ありがとう、カイ。よくやってくれた。それと、もしよければ僕と友達になってくれないかな?」

「ですが、僕はアイザック様に……」


 アイザックの申し出をカイはあっさりと受け入れる事ができなかった。

 それだけ過去の事は忘れられない出来事だった。

「本当に許してくれているのか?」という不安もある。

 そんなカイの心配を吹き飛ばすように、アイザックはカイの肩に手をおいて真摯な眼差しで見つめた。


「従軍したのは僕の役に立ちたいからだって言っていたじゃないか。今回の手柄は過去の事を忘れさせるだけじゃない。新しい関係を築くだけの価値があるものだ。これからは友人としてそばにいてくれないか? それに、僕は友達が少ないから友達になってくれると嬉しいっていうのもある」

「アイザック様……」


 パトリックを失ったばかりなので、アイザックの言葉には多少湿っぽいものが含まれていた。

 それが言葉に説得力を生み、カイの体を歓喜で震わせる事になった。


「これからは俺、お前の仲で行こう。アイザックと呼んでくれ」

「アイザック、ありがとう。許してくれてありがとう」


 カイが涙を流して感謝の言葉を口にする。

 そんな彼の体をアイザックは抱き締めてやった。


「君はそれだけの事をやったんだ。お礼を言うのはこっちの方さ。ありがとう、カイ」


 このやり取りを見て、周囲からは拍手が沸き起こった。

 二人の和解は素晴らしい事だ。

 だが、それ以上の意味がある。


 ――アイザックがカイを許した。


 これはブリストル伯爵の件を含めて考えれば、アイザックがジュードとは違うタイプであるという事を証明する事となった。

 アイザックはアイザックで怖いところがあるが、ジュードよりはマシだ。

「ちゃんと結果を残せば、過去の事を水に流してくれる」という事実は大きい。

 厳しさだけではなく、厳しさと優しさを兼ね備えた人間が当主になる方が嬉しいのは誰だって同じ。

 この拍手はカイを祝福するだけではなく、アイザックの人間としての成長を祝うものでもあった。

 そして、自分達の未来にも。


 カイが槍を持って自分の席に戻ると、父親のマクスウェル子爵から「よかったな」と頭を撫でられているのがアイザックからでも見えた。

 

「次はキンケイド男爵。前に来てください」


 今度はキンケイド男爵を呼ぶ。

 彼には褒美を与えておく理由がいくつかある。

 だが、それは将来アイザックが領主代理になった時に渡すはずだった。

 今回はその褒美を堂々と渡せるいい機会だ。

 アイザックは、この機会を逃すつもりはなかった。


「キンケイド男爵。あなたは父上をよく補佐してくれました。おかげで多くの人が無事に帰ってこられました」

「いえ、アイザック様が考えられた作戦のおかげです」


 キンケイド男爵はアイザックを立てる発言をする。

 だが、アイザックは首を横に振って否定した。


「それは違います。大物過ぎて例えるのが失礼かもしれませんけど……。僕がビクター・フォードなら、キンケイド男爵はシャーリーン・フォード。あなたが僕の考えた作戦を実行可能にしてくれました。その功績は大きいと僕達は考えています。ですので、父上やお爺様と相談し、今政務官を派遣して統治させている街の代官を新たにお任せします」

「えっ、代官をですか!」


 いつかはアイザックに協力した報酬として貰える事がわかっていたが、まさかもう貰えるとは思っていなかった。

 キンケイド男爵にとって嬉しい誤算だった。

 しかし、問題もある。


「政務官などはそのまま使っていただいてもいいのですが、今年の王都行きで新しく官僚候補を雇っておいたほうが今後のためになるでしょう。新規雇用などに掛かる費用などはウェルロッド侯爵家に申し出てください」

「ありがとうございます」


 アイザックが先に心配の種を潰してくれたので、キンケイド男爵は安心する事ができた。

 今いる官僚をそのまま使ってもいいが、やはり先代の代官だった者の部下をそのまま使うのは気分が良くない。

 仕事に慣れているので、新しい代官に気付かれぬよう裏でこっそり不正を働かれてはたまらないからだ。

 適度に人を入れ替える必要があるので、入れ替えのための補助金を出してもらえるのはありがたかった。


「こちらの槍も受け取ってください。次は知恵だけではなく、槍働きもお願いするかもしれませんので」


 キンケイド男爵にも、ドワーフ製の槍を渡す。

 今は参謀役を任せているが、いつかは前線で闘ってもらう事になるかもしれない。

 頼りになる者には、良い装備をもたせて生き残る確率を高めておきたかった。


 アイザックは最後に出席者全員を見回す。


「これは目立った働きをしてくれた方への僕からのお礼です。もちろん、皆さんが働いていなかったというわけではありません。来年王都から戻った時に父上から十分な報奨金が出されるでしょう。少しお待ちいただく事になると思いますが、楽しみにしておいてください」


 アイザックの言葉は、出席者達に安心を与えた。

 人間はすぐにものを貰えないと不安になる生き物だ。

 約束だけでは「どうなるんだろう」と考えてしまう。

 だから、アイザックは最初にカイに褒美を渡した。


 ――過去に因縁があっても、働きに見合った褒美をもらえる。


 その保証がアイザックの行動だった。

 カイは個人的・・・に褒美をもらった。

 槍やアイザックの友人という立場以外にも、マクスウェル子爵家には十分な報奨金が与えられるはずだ。


 キンケイド男爵にも新しく街の代官を任せるという大きな褒美を与えた。

 他の者達にも新しい代官職を任すという事はないだろうが、金銭による褒美は期待できる。


「僕は来年から学生になります。僕がいない間、皆さんが父上の事を支えていってください」

「はい!」


 カイを使ってのは、十分に効果を発揮していた。

 特にネイサンの友達だった子を持つ親は目の色を変えている。

「結果を出せば、過ちも許される」とわかったので、将来の事を考えて何ができるのかを考え始めた。


 この一件は、ブリストル伯爵を許した事で「良い」と「悪い」の間で揺れ動いていたアイザックの評価を良い方向で固める事となった。

 それは将来に向けて、小さくも大きな一歩となる。

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