第215話 戦争の元凶

「待ってください、僕は何もしていませんよ。そもそも、ロックウェル王国なんて遠い国に手出しできるはずないじゃないですか。ただの言い掛かりです」


 さすがに戦争の責任を被らされるいわれはない。

 いくらなんでも、戦争犯罪者として処刑されるのは嫌だった。

 アイザックは慌てて否定する。


「言い掛かりではない」


 だが、ギャレットにはちゃんとした言い分があるようだ。

 言い掛かりである事を否定する。


「この戦争を通して色々考えさせられた。その結果、アイザック・ウェルロッドが裏で糸を引いていた事に気付いた」

「何を言っておられるんですか。戦争を決断したのは陛下でしょう?」

「そうだ。しかし、そう決断せざるを得ない状況に追い込んだのはお前だ」

「なっ……。いったいどんな理由で?」


 ――決断の後押しをしていた。


 そう言われて、アイザックは言葉が一瞬詰まる。

 まったく身に覚えのない事だ。

 本当に何もしていないのだから、責任を問われても困る。

 その理由を聞きたかった。


「一番大きな理由はドワーフ関連だ。リード王国がドワーフと交流を再開したと聞いて驚かされた。……そして、絶望した。リード王国がドワーフ製の装備を整えれば、今まで以上に戦力差が開く事になる。ファーティル王国を下し、旧領統一の夢は潰えると思わされた」

「……確かに僕が関係しているようですが、それだけなら元凶とまではいきませんよね。戦争を始めると決めた陛下の責任の方が重いでしょう」


 しみじみと語るギャレットに対し、アイザックは理由として弱い事を指摘する。

 当然、元凶だと言った理由はこれだけではなかった。


「確かにな。だが、この戦争を通じてわかったのだ。エルフとの交流再開からドワーフとの交流再開までなぜ時間がかかったのか。なぜ、リード王国からの援軍がこんなにも早く到着したのか。一見これらは関係のない事のように思えるが、アイザック・ウェルロッドという人物を中心に考えれば簡単に謎が解ける」


 ギャレットはジッとアイザックを見つめる。

 彼の目を見て、アイザックは嫌なものを感じる。


「私を殺すためだ」


(何を言ってるんだ、こいつは!? 深読みし過ぎだろ。馬鹿じゃないの?)


 アイザックはギャレットの馬鹿さ加減に驚いて目を見開く。

 その反応を見て、ギャレットは自分の考えに確信を抱いた。


「ダッジ将軍への手紙は悪手だったな。あの手紙のお陰で裏切り者の存在に気付く事ができた。もちろん、ダッジ将軍ではない。他の誰かだ。策士策に溺れるというやつだな」


 ギャレットは勝ち誇った笑みを浮かべた。


「祖父の事を思う優しい孫の振りをして大使に接触する。そして、大使が交代したあとも継続的な関係を持ち続ける。だが、これは隠れ蓑だ。大使やその親族に注意を向けさせておいて、本命の相手を利益か脅迫によって手駒にする。見事なものだ。今までそのような諜報活動をされているとは気付かなかった」


(やってないからな。なんでドヤ顔で妄想垂れ流せるんだ、こいつ……)


 アイザックはドン引きしていた。

 今はまだノーマンの忠誠を試すために、大使の親族に贈り物をさせていたところだ。

 確かにこれから有力者に贈り物をしようとはしていたが、まだどこの国にもやっていない。

 完全な言い掛かりでしかなかった。

 そのため、アイザックは呆れかえってしまい、否定する事なく話を聞き続けてしまった。


「ここ数年の行動はロックウェル王国に内通者を作り、準備が整ったからだろう。ドワーフと友好的な関係を築き上げ、我々が動かざるを得ない状況を作り上げた。そして内通者からの情報を得て、作戦計画を逆手に取り私の命を狙った」

「それは陛下の命を狙う理由があれば、という事ですよね」


 アイザックは呆れたおかげで、今は冷静になっている。

 平然とした表情で聞き返す事ができた。


「あるとも、メリンダ・ウィルメンテだ。私が彼女との婚約を解消したから恨んでいるのだろう? 私が結婚していれば、お前は幸せな幼少時代を過ごせたのだからな」

「えっ……、あっ!」


 しかし、アイザックの代わりに、ランドルフが驚きの声をあげた。

 これはギャレットがメリンダの婚約者だった事に驚いたのではない。

 そんな事は以前から知っていた事だ。

 彼が驚いたのは、アイザックがギャレットを恨んでいる心当たりがあったからだ。


 以前、先代の国王であるサイモンが崩御した際、モーガンが弔問の帰りにウェルロッドに寄っていった。

 その時、アイザックは「ギャレットのケツを蹴り上げてきてくれたか?」と言っていた。

「ギャレットがメリンダと結婚していれば、全て丸く収まっていた」とも。

 あれは二年前の出来事だ。

 ギャレットを殺す準備自体はメリンダが生きている頃からしていて、アイザックはメリンダの死後もギャレットを狙い続けていたという事になる。

 ランドルフはギャレットの言葉に信憑性があると思って反応してしまった。


 父親であるランドルフが「心当たりがある」という反応をしてしまったせいで、他の者達もギャレットの言葉を信じ始める。

 アイザックはギャレットが「なぜ戦争の元凶」についてなぜ話し出したのかという理由に、まだ気付けなかった。


「ドワーフとの交流を再開し、私の焦燥感を駆り立てて戦争を始めるように仕向け、内通者から情報を得ても私の首には今一歩届かなかった。残念だったな」


 気付いたのは、ファーティル王国側の出席者の見る目が変わってからだった。


(そうか、こいつは俺を戦争の元凶だと追及したかったわけじゃない! 俺に疑いの目を向けさせる事だけが目的だったんだ!)


 ギャレットが、なぜ言い掛かりをつけてきたのか気付いた時には遅かった。

 すでにファーティル王国の人間に、アイザックに対する不信の芽が植え付けられている。

「戦争の元凶」という馬鹿げた話を「妄想を垂れ流している」と思って黙って聞いていたのが悪かった。

 実際に何をしているのか知っているアイザックと違い、彼らはアイザックが何をしているのか知らない。

「フォード元帥に勝てたのも、ギャレットを殺すために入念な準備をしていたからではないのか?」と思われ始めていた。


 これはアイザックの発言力を削るにはいい方法だった。

 謀略家は「裏で何をやっているのかわからない」と思われるのが常である。

「ファーティル王国が戦場になったのはアイザックのせいだ」と思わせる事で、交渉の場から早々に退場させるつもりなのだろう。

 ギャレットがアイザックを高く評価しているからこそ、真っ先に狙ってきていたようだ。

 アイザックは後手に回った事を悟る。


「父上、何を驚いておられるのですか。ドワーフとの交流を再開するきっかけはウォルフガングさん達が来たからですよね? こちらから時期を計って交渉し始めたわけではありません。ただの言い掛かりですよ」

「あ、あぁ。そうだったな。すまない」


 まずは父を落ち着かせる事から始める。

 身内である彼に慌てられると、何を言っても無駄になってしまう。

 素直なところは人として魅力的なのかもしれないが、こういう時は「腹芸を身に着けておいてほしい」と思う。


「エルフと共謀し、都合の良い時期になるように仕向けたのかもしれないな」


 ギャレットの言葉に、またしてもランドルフはピクリと体を震わせて反応してしまう。


「完全な言い掛かりですね。証拠でもあるんですか?」

「ないな。だが、自分から『証拠を出してみろ』というくらいだ。証拠はすでに消し去られてしまっているだろう。謀略家とはそういうものだ」


 これもただの言い掛かりだ。

 だが、皮肉な事にアイザックがこの戦争で大きな結果を残してしまっているせいで、周囲には言い掛かりには聞こえなくなっていた。


・内通者を用意して作戦計画を入手する。

・自分は戦場へ向かう用意をして、ロックウェル王国がファーティル王国に攻め込むのを待つ。

・そして、予想以上に早く戦場に着き、計算を狂わせてギャレットを討ち取る。


 ――違うというのなら、なぜアイザックは演習という名目で兵を集めていたのか?


 アイザックが軍を集めていた理由を詳しく説明をしていなかったので、他の者達はこの理由で納得できるような気がしていた。

「ただの偶然です」とアイザックが正直に話していても「きっと攻め込む情報を知っていたはずだ」と思って信じなかったはずだ。

 その情報の入手手段を納得できそうな理由付きで説明されたため「アイザックが裏で戦争が起きるように仕組んでいたのではないか?」と信じられ始めていた。


 これは謀略家には誰でも起こり得る事だった。

 アイザックやジュードのような者が「今までご苦労だった」と部下の労をねぎらっても「色々と知っているから殺されるんだ」と思われてしまう。

 何ら含みのない言葉でも、真意を捻じ曲げられて受け取られてしまって言葉の意味が変わってしまうのだ。

 特にアイザックはまだ若く、ファーティル王国の者達にどんな人物か知られていない。

 彼らとの信頼関係を築く前に、疑念を抱かれてしまった。

 先制の一撃を食らってしまい、それが致命傷になりかねない状況だった。


「諸君らはこのような者と同席できるのか? きっと講和に反対し、私を殺すために徹底抗戦を訴えるだろう。ファーティル王国の事を考えずにな」


 ギャレットが本当に言いたかった事を切り出した。

 たとえ「アイザックに思考を誘導された王」という汚名を被る事になったとしても、交渉の席からアイザックを排除したかったのだろう。

 もしかすると、彼はアイザックにジュードの姿を重ねて見ているのかもしれない。

 ここで信用を失わせて、ファーティル王国との連携をさせないつもりだと思われる。


「しかし……、彼の同席は陛下が希望された事だ。私の判断ではどうにもできない」

「そうか、おそらくファーティル王国の望まぬ方向に話を転がそうとするだろう。大変だな」


 ギャレットは優しく微笑みかける。

 それに対し、ファーティル王国の外務大臣は苦笑を浮かべて返した。


(そうじゃねぇだろ! お前はなんで攻めてきた敵の方を信用してやがるんだ!)


 今までのアイザックの行動のせいである。

 世の中の何でも知っているようなミステリアスな雰囲気は、少し見方を変えれば「ただ不気味な奴」となる。

 ギャレットはそこを上手く突いた。

 彼は子供とは思えない知謀を持つアイザックを恐れた。

 だからこそ、計り知れない知謀を持っている事を逆手に取ってファーティル王国の者達に不信感を抱かせた。


 如何なる助言をしようとも、それが受け入れられなければただの戯言である。

 アイザックの事を「一時的に汚名を被ろうとも、交渉の席から排除するだけの価値がある」と思っての行動だった。

 それは成功しつつある。


 この場にいる者達は、異常なまでに早い援軍とフォード元帥を討ち取った手腕から「アイザックが最初からファーティル王国をエサにして、ギャレットの命を狙っていた」と信じている。

 説明しているうちにギャレット自身「本当にそうなのではないか?」と考え始めていたくらいだ。

 他の者達も否定しにくい内容だった。


 アイザックも、どうやってギャレットの言葉を否定すればいいのかわからなくなってしまった。

 ギャレットの言葉は憶測に過ぎない。

 だが、はっきりと否定する証拠もないので嘘だと証明する事ができない。

 いやらしいやり方ではあるが、今は有効な方法であると認めるしかなかった。



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(くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!)


 陣地に戻ったアイザックは荒れていた。

 あのあと、予備交渉の席でアイザックはろくに意見を求められなかった。

 年齢的なものもあるのだろうが、ギャレットの言葉があったので、信用を失っているように思える。


(なんだよ、あいつは! 俺は殺そうなんて思った事なんてないぞ。今は思ってるけどな!)


 ギャレットを殺そうと思っているほど憎んでいるなら、その前にメリンダを引き取ったランドルフを殺している。

「ケツを蹴り上げてほしい」とは思っていたが、それだけだ。

 何か言いたい事があっても、ランドルフに嫌味を言ったくらいで済ませている。

 メリンダとネイサンを殺した事で、その件に関しては終わったものだとアイザックは考えていた。

 それをあのような形で蒸し返されて、アイザックは苛立ちを覚えていた。


「父上、交渉の席であのような反応をされては困ります。常識的に考えて、他国を巻き込んでの復讐などするはずがないではありませんか!」

「そ、そうだな。すまない」


 ランドルフも素直に謝ってはいるが「常識の範疇を越えた行動ばかりするアイザックに言われても説得力がない」と、心の中で思ってしまっていた。


「あんな講和条件受けないでしょうが……。リード王国の援軍に対する不信感から、ヘクター陛下がどんな決断を下されるかわからなくなりました」


 ギャレットは、ファーティル王国の東半分の割譲を要求してきた。

 さすがにこのまま簡単には受け入れないだろうが、最初に過大な要求を突きつけるのは交渉の基本だ。

 だが、ファーティル王国の大臣は「譲歩する」と言われたら一部地域は手放しそうな雰囲気だった。

 この状況は面白くない。

 自分一人を悪役にし、ギャレットが笑う結末など望んではいない。


(だったら、俺がやるのは徹底的に足を引っ張る事だけだ。殺してやりたいけど、今は無理だしな)


 さすがに本陣周りはガッチリと固められているはずだ。

 フォード元帥のように暗殺する事はできない。

 兵士の数は互角でも、質で大きく劣る。

 なので、正面から攻めて倒すという事もできない。

 ならアイザックの取れる道は一つ。


 ――ギャレットの思い通りに話を進めさせない事。


 それだけだ。

 今までは強い恨みを持ったりはしなかったが、あちらが仕掛けてきた以上はやり返さなければならない。

 このまま黙ってやられるばかりでは、腹の虫がおさまらない。

 徹底的に足を引っ張ってやろうと考えていた。


「父上、伯父上を通してヘクター陛下との面会を予約していただけませんか? 僕個人の信用を失ったのならともかく、リード王国自体に不信感を持たれるとマズイと思います。早めに誤解を解いておいた方がいいでしょう」


 今頃、あの外務大臣や将軍達がギャレットの言っていた事を報告しているはずだ。

 一晩経って「言い訳を考えてきたんだな」と思われる前に会っておきたかった。


「わかった。すぐに頼んでおこう」


 ランドルフも交渉の場であのような反応してしまった事を反省していた。

 それに、ギャレットの思い通りにさせるのもまずいという事も理解している。

 アイザックの望み通りにやらせてみようと考えていた。


(ちくしょう、お前の狙いは絶対にぶっ潰してやる!)


 素直に従ったのは、逆襲に燃えるアイザックが少し怖かったというのもある。

 ランドルフは「自分とルシアの間からよくここまで逞しい子供が生まれたものだな」と、ウェルロッド侯爵家の血の強さに改めて驚かされていた。

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