第213話 予想外の終わり方

 王都アスキスへの進軍中、アイザックは一人ほくそ笑む。


(あの罠は避けられない。きっと、今頃疑心暗鬼になっているだろうな)


 アイザックが考えているのは、ダッジ将軍に送った手紙の件だった。


(いやー、偶然本隊にいてくれてよかった。おかげであんな手紙を送る事ができたんだからな)


 始まりは、ノーマンに任せていた仕事だった。

 ダッジ将軍の娘婿は、かつてリード王国に大使として駐在していた。

 今は大使を交代してロックウェル王国に戻っているが、その時の縁でドワーフの品を贈っていた相手だった。

 自分への忠誠を確かめるための仕事として、徐々にプレゼントを贈る範囲を広げていった。

 ダッジ将軍は、偶然ドワーフ製品をプレゼントする対象となっていた。

 この偶然が重要だった。


 ――かつて贈り物をしてくれた相手から手紙が届けられる。


 これは平時なら問題はない。

 だが、今は戦時だ。

 賄賂を渡して「こっそり渡してくれ」と頼んでも、フォード元帥の部下が馬鹿正直に手紙を渡すはずがない。

 きっとギャレットに渡してくれる。

 手紙の内容は「お手紙ありがとうございました」という礼状の類だが、フォード元帥が死んだ今なら裏に違う意味があると思ってくれるだろう。

 ギャレットも「ダッジ将軍が裏切ったのでは?」という考えが頭をよぎるはずだ。


(さぁ、ギャレットはダッジ将軍をどう処罰するかな)


 アイザックは「最低でもダッジ将軍は軍の中枢から遠ざけられる」と考えていた。

 フォード元帥が死に、ソーニクロフト方面で大敗を喫した。

 首脳部の混乱次第では処刑もあり得るが、そこまで期待するのは無理だろう。


 ――「処刑」か「左遷」か。


 そのどちらかになると確信していた。

 まさか、この状況で「ダッジ将軍は無実だ」と思えるはずがない。

 人間は責任を誰かに押し付けたがるものだ。

 おそらくギャレットは、敗戦を裏切ったダッジ将軍の責任にする。

 その判断を後押しするために、フォード元帥が持っていた元帥杖までダッジ将軍にプレゼントしたのだ。


(あの杖は絶対呪われてるよ。フォード元帥は死んで、俺も死に掛けた。そもそも、俺はあんな目立つ物を持ちたくなかったんだよ。戦場では地味が一番だ)


 アイザックは「自分が元帥杖を持っていたから狙われた」という事を理解していた。

 一番立派な鎧を着ていたランドルフを狙わなかったのは、元帥杖というこれ以上ないわかりやすい目標を持っていたせいだ。

 誰だって、これ見よがしに元帥杖を持っている者を見れば「フォード元帥の暗殺を命じた者だ」と思って狙う。

「大手柄だ」と調子に乗って、腰に下げていた自分が恥ずかしい。


 元帥杖をいつまでも持っていたくないアイザックは、ランドルフやランカスター伯爵と話してダッジ将軍をハメるために使う事にした。

「この杖はダッジ将軍が持つのにふさわしい」という言伝を頼んでおいたので、きっと「元帥の地位を望んでいたダッジ将軍が、フォード元帥を亡き者にした」と思い込んでくれるはずだ。

 ついでに呪われた杖をダッジ将軍に渡し、彼に不幸になってもらう。

 そうする事で、ロックウェル王国軍の戦力を少しでも削ぎ落とすつもりだった。


(俺も限られた時間でよく考えたよな。やっぱり才能があるのかも? ……ダメだ、ダメだ。調子に乗ったらまた失敗する)


 アイザックは「全て見抜かれたうえに、なぜか深読みされている」などとは考えなかった。

 そんな考えをするよりも、ダッジ将軍を疑う方が自然だからだ。


(とりあえず、俺は軍師的ポジションで頑張っていこう。前線で戦うのには向いていないからな)


 トムに襲われた時、アイザックは剣を抜く事すらできなかった。

 あんな醜態を晒した以上、才能がないと認めざるを得ない。

 幸い、アイザックにはマットという部下がいる。

 侯爵家の後継者らしく、指揮官として指示を出す側でいる方が自然だろう。

 それに、安全でもある。

 もう二度と死ぬような思いをしたくないアイザックは「格好良く戦場を駆ける騎士」などにはならないと、強く心に決めていた。



 ----------



 昼食のために歩みが止まる。

 その時、母方の祖父であるフィルディナンド・ハリファックス子爵がアイザックに話しかけてきた。


「何やら楽しそうだったが、何かあったのか?」


 かつて、初めての王都行きの最中でルシアにも聞かれたのと同じ事を尋ねられる。


「……お爺様と一緒にいれる事が嬉しかったんですよ」

「私も嬉しいぞ」


 フィルディナンドは微笑をたたえる。

 彼がここにいるのは、ハリファックス子爵家が補給部隊の護衛をしてソーニクロフトに到着したからだ。


 ソーニクロフト到着後、アイザックが命を落としそうになっていた事を聞いて驚いた。

 そして、彼が取った選択は「ハリファックス子爵家の部隊を息子のアンディに任せ、自分はアイザックの護衛につく」というものだった。

 彼がアイザックと会う時は、ろくでもない事のあとばかりだった。


 ――ネイサンとメリンダを殺害した。

 ――ブリストル伯爵家の件で王宮に連行された。


 そこに、とどめとばかりに「胴体を真っ二つにされた」という話を聞かされた。

「老い先短い自分が体を張ってでも守ってやらねばならぬ」と思い、フィルディナンドはアイザックのそばにいる事を選んだ。

 これは孫可愛さだけではなく、彼が二十年前の戦争で従軍していた事も大きい。

 アイザックが殺されかけたという話を聞いて、ジュードが殺された時の事を思い出した。

 そのため「もう二度とウェルロッド侯爵家の者をロックウェル王国軍に殺させない」という思いも胸に秘めていた。


「しかし、こんなにも早く轡を並べる日が来るとはな。これが最初で最後になるのかもしれないと思うと少し寂しいが」


 フィルディナンドが感慨深げに呟く。

 アイザックが成人する頃には、アンディに当主の座を譲って隠居している可能性が高い。

 こうして共に戦場にいられる事が嬉しかった。


「お爺様もお元気ですし、また機会はありますよ」

「あるかもしれないが、戦争なんて度々起こってほしいものではない。これで最後でいいんだ」


 戦争が起きれば、またアイザックが危険な目に遭うかもしれない。

 だから、フィルディナンドは、この戦争が最初で最後でもいいと思っている。

 寂しくもあるが、可愛い孫の命には代えられない。


「そうですね。戦争なんて起きない方がいいですよね……」


 アイザックは、三年後くらいには国家を二分しての内戦を起こす予定だ。

 祖父の思いを踏みにじる立場なので、複雑な感情を抱いていた。


「話が弾んでいるようですね」


 二人が話しているところに、ランドルフが声を掛けてきた。


「アイザックとゆっくり話す機会があまりなかったので、今はいい機会です」


 フィルディナンドも、ランドルフ相手には口調が丁寧なものに変わる。

 アイザックは血の繋がった孫だが、ランドルフは娘婿で侯爵家の後継ぎだからだ。


「それなら、普段から会いに来てくださればいいのに」

「そうはいかない。仲良くする事はいいが、周囲に仲の良さを誇示するような事をしたくはない」


 フィルディナンドはアイザックにもっと会いたいと思っていたが「血縁をこれ見よがしにアピールし、外戚として威張り散らす」という行為に忌避感を持っていた。

 娘がランドルフに見初められたからといって、今までもその立場を利用するような事はしなかった。

 もちろん、人並みの上昇志向はあるが、どうしても権力が欲しければ、自分の力によって手に入れるべきだと考えていた。

 だから、今まではアイザックから距離を置いていた。


 とはいえ、一緒にいる機会があるのなら別だ。

 アイザックを守るためにそばにいる時くらいは、話をしてもいいだろうと思っていた。


「アイザックの言う通りです。親族の親交を深めるのは良い事ですよ」

「父上もクリストファーさんと仲良くしてますもんね」

「そうだ」


 ランドルフもクリストファーと仲良く話をしていた。

 長年離れていたとは思えないほどに。

 これはソーニクロフト侯爵家の雰囲気によるものだと、アイザックは思っていた。


 ソーニクロフト侯爵家の家族仲は良好だ。

 クリストファーには腹違いの弟や妹もいたが、みんな家族ぐるみで仲が良さそうに見えた。

 腹の内に含むところを抱えている者もいるかもしれないが、表向きは仲の良い家族。

 アイザックも「幼い頃にこういう家庭と付き合いがあったから、親父も羨ましくなってみんなで楽しい家族を作ろうとしていたんだな」と考えさせられるくらいだった。

 やはり、ウェルロッド侯爵家の家庭は歪なものだったように感じられる。


「義父上に来ていただいたほうが、ルシアやケンドラも喜びます。いつでも来てください」

「……前向きに考えさせていただこう」


 フィルディナンドも「普段からアイザックと会っていて、戦場でもずっとそばにいれば違った結果になったかもしれない」と、少し思うところがあった。

 アイザックのためにも接し方を考えようと思い始めている。

 しかし、即答もできないので「考える」という返答しかできなかった。


「閣下、ロックウェル王国から使者が到着しました!」

「わかった」


 三人の話は報告によって中断させられる。

 ひとまず話を切り上げ、ランカスター伯爵やクリストファーを呼んで使者の話を聞く事にした。



 ----------



「アスキスまで来るなら交渉の席に着いてもいいと。決断が早いな」


 使者の話を聞き、クリストファーが驚いていた。

 これだけの大規模な戦争を仕掛けておいて、引く時はあっさりと引き下がる。

 平凡な者なら、もう少し戦果を求めてダラダラと戦争を長引かせているところだろう。


「ギャレット陛下はどんな方なのかご存じですか?」


 アイザックはランカスター伯爵に尋ねる。

 相手がどんな人物か気になったからだ。

「会ったのは十年ほど前だから、今はどうかわからない」と前置きしたうえで、ランカスター伯爵がギャレットの人となりを説明し始める。


「若かりし頃は少々浅はかなところがあったな。だが、年を取るにつれて思慮深くなっていった。決断力があって行動的だったから、今は厳しい状況でも決断を下す事ができるようになっている良い主君になっているのではないだろうか」


 ランカスター伯爵が口にした内容は、アイザックが感じていた印象そのままだった。

 どうなっているのかは、外務大臣を辞めた彼にはわからないのだろう。

 だが、今回の戦争のように、一見無茶に思える作戦計画を採用するくらいだ。

 度胸の面でも一級品だろうと思われる。


「講和を考えてもいいというのなら、徴兵したばかりの平民を置いて早めにアスキスに向かった方がいいんじゃないか? 足並みが乱れてしまう」


 ランドルフが急ごうと提案する。

 他の者達がその意見に同意するような気配を見せたところで、アイザックが動いた。


「僕は反対です」

「どうしてだ? 王都が落とされたら交渉どころじゃなくなってしまうぞ」


 アイザックの異議に、ランドルフは不思議そうな顔をする。


「急ぐ事には反対しません。ですが、徴兵した者達も連れていった方がいいでしょう」


 これはアイザックにとって譲れない一点だった。


(人間の盾がいなくなったら困るだろう!)


 ソーニクロフト解放戦において、ウェルロッド侯爵家とランカスター伯爵家の損害は大きなものだった。

 死者三千、負傷者八千と、両家合わせて二万いる軍勢の半数以上が被害を受けていた。

 元々フォード元帥の部隊の方が数が多かったという事もあるが、圧倒的有利な状況でこの被害である。

 エルフが負傷者を治療してくれていなければ「あっ、もう無理っす。帰りますね」と撤退しないといけないくらいの大損害だ。

 この被害の大半は、最後にトムとエドワードの率いる部隊と戦った時に出ていた。

 もし、敵部隊の一部を撤退させていなければどうなっていたか……。

 優勢ムードに見えても、兵士の練度や戦意の差で覆されていたかもしれない。


 そこでアイザックは、徴兵したばかりの兵士達に活躍してもらうつもりだった。

 彼らに難しい機動を求めたりはしない。

 ただ敵の前に立ち塞がって、正規兵が敵の側面に回り込んだりする時間を稼いでくれればいい。

 そうする事でリード王国軍の被害は少なくなり、戦闘力の高い――徴兵したばかりの者達に比べれば――部隊を温存できる。

 ウェルロッド侯爵家の軍が温存できれば、自分の身も安全になる。

 自分の命を失いかけた事によって、アイザックは保身を考えるようになっていた。

 ランドルフの意見に反対したのも、兵士の数が減って危険が増す事を恐れたからだ。


 だが「怖いです」とは言えない。

 周囲から「臆病風に吹かれたな」と思われたくないという見栄もあった。

 そこで、もっともらしい言い訳をする。


「リード王国からの援軍が二万程度だという事は、すでに知られているでしょう。『王都に来い』というのは、ソーニクロフト侯爵家の軍と一緒にまとめて叩き潰すためかもしれません。では、徴兵した者達も一緒に連れていけばどうでしょう? 予想以上に多い兵士を見て、戦意を喪失させられるかもしれませんよ」


 アイザックの言葉に、ランドルフ達は「うーん」と頭を悩ませ始める。

 現在、ソーニクロフトの軍勢は兵士を総動員して一万二千を集めていた。

 だが、捕虜が一万近くいるので、四千の兵を捕虜の見張りにおいている。

 捕虜の方が数は多いが、戦意を失い非武装なので四千の見張りで大丈夫だろうと考えられていた。

 なので、アスキスに向かっているのは八千。

 リード王国からの援軍は今は一万七千なので、合わせて二万五千だ。


 それに対し、急遽徴兵した兵士の数は二万。

 多くの者が槍や剣の扱い方も知らない数合わせの存在だったが、二万・・という数は大きい。

 アイザックが言うように、ハリボテとして使うのには有効だった。

 しかし、ここでクリストファーが疑問を口にする。


「でも、それは見抜かれるのではないかな? 我々が近くの街や村から成人男性を徴兵したと見抜かれるだろう」

「大丈夫です。彼らにはリード王国の旗を掲げさせておけばいいんですよ。そうすれば、リード王国から続々と援軍が到着しているように見えるでしょう」


 クリストファーが「うーん」と首を捻って考え始める。

 どこの旗を掲げているかは重要な事だ。

 リード王国の旗を掲げている部隊が戦闘になって勝った場合、ソーニクロフトの活躍ではなく、リード王国軍の活躍となってしまう。


 ――被害を受けるのはソーニクロフトの領民となるのに手柄はなし。


 どこか釈然としないものを感じていた。


「その提案を受けよう。今は国難の時。旗にこだわる時じゃない」


 しかし、クリストファーは決断した。

 手柄にこだわっても戦争に負けてしまったら意味がない。

 まずは戦争に勝ち、そのあと手柄を主張すればいいと考えたからだ。


「ありがとうございます」

「ウィンザー侯爵家の軍が到着すればいいんだがなぁ……。まだ一週間はかかるだろう。兵士が多い方がいいというのなら、歩みが遅くても連れていった方がいいだろう」


 本来なら、ウィンザー侯爵家と合流してからファーティル王国の援軍に向かっていたところだ。

 しかし、それではソーニクロフトも陥落していたかもしれない。

 ソーニクロフトを助けたアイザックが「徴兵したばかりの兵士達も必要だと言うのだから、本当に必要なのだろう」と、ランドルフは思っていた。


「とりあえず、リード王国にも伝令を送ろう。交渉となれば当事者だけではなく、仲介役が必要になる」

「お爺様ですね」

「外務大臣だからな」

「曽お爺様の時のようにならないよう、警戒しないといけませんね」

「そうだ」


 ――ファーティル王国とロックウェル王国との仲介。


 それだけで、ジュードの事を連想してしまう。

 モーガンはジュードとは能力や性格が違うが、それでも警戒をしておくに越した事はない。


「この戦争がどう終結するのかが、さっぱりわからん。外務大臣を辞めておいてよかったと安心しているよ」


 ランカスター伯爵が冗談とも本音ともとれる発言をして肩をすくめる。

 そのおどけた姿が滑稽で、この場に和やかな雰囲気をもたらした。

 アイザックも頬を緩めて笑みを浮かべる。

 そして、フィルディナンドは「立派に成長したな」と、しみじみとした目でアイザックを見守っていた。



 ----------



 王都アスキスに到着した時には「遅かった」と皆が思った。

 街の門は破壊され、街中からは煙が上がっている。

 アイザックも一目見て「あっ、やべぇ。間に合わなかった」と冷や汗を流していた。


 ――しかし、それは街中から聞こえた爆発音によって否定される。


 まだ戦闘は継続中のようだ。

 アスキスはまだ落ちてはいない。


「クリス! まだ間に合いそうだ」

「まだ落ちてないなら助けられる。皆の者、喊声をあげよ」


 クリストファーの命令に従い、兵士達が「オーッ!」と叫び始める。

 意気軒昂たる兵士達の声は、アイザックの体まで震わせるような力が籠っていた。

 特に徴兵された者達の声が大きい。

 彼らの中には食料を奪われた者達もいる。

 ロックウェル王国を恨んでいる者の声は、怒声となって力強い声になっていた。


 その声は、まず眼前に立ち塞がるフォード元帥の残党部隊に届いた。

 彼らは時間を稼ぐ役割を任されているのだろうが、残存兵は一万にも満たない。

 いくら復讐に燃えていようとも、五万近い大軍の前にはあっさり飲み込まれてしまう。

 その事を理解しているからか、積極的に戦おうとする意志を見せていない。

 クリストファーは「今がチャンスだ」と強気に攻めかかろうとする。


「待て、クリス。こちらに誰か来るぞ」


 ランドルフがクリフトファーを止める。

 白旗を持った騎兵がこちらへ近づいてきていたからだ。

 この場合、降伏の使者というよりも交渉の使者といったところだろう。

 攻撃を仕掛ける場面ではなかった。


「講和交渉のため一時休戦を申し入れたい」


 ある程度援軍に近付いたところで騎兵が大声で叫ぶ。


「何を言っている! 今もアスキスで戦闘しているではないか! こんな状況で軍を止められるか!」


 クリストファーがもっともな事を言い返した。


 ――休戦を口にしながら、自分達は攻撃を続けている。


 ここで足を止めるのは愚かな事だ。

 アスキスの陥落を指を咥えて見届ける理由などない。

 一時休戦をしたいのなら、先にロックウェル王国軍が兵を引くべきだ。


「その点は了解しております。まもなく撤退し始めますので今しばらくお待ちを」


 使者の言葉が届いているわけではないだろうが、ちょうどタイミングよく遠くで鐘を鳴らす音が聞こえる。

 しばらくすると、街の中からロックウェル王国の兵士達が外へ出ていくのが見えた。


「アスキスから我が軍が撤収すれば、中に入ってファーティル王家と接触してくださってもかまいません。我々は交渉の場を設けたいとおもっております」

「……本当だと思うか?」

「いや、わからない」

「しかし、兵を引いているのは事実だ」


 ランドルフ達が顔を突き合わせて話し合っている。

 自然と彼らの視線はアイザックへ移っていった。


「まずはファーティル王国首脳部と接触して、今後どうするかの意思を確認するべきでしょう。さすがに休戦をどうするかまでは手に余ります」

「そうだな。その通りだ」


 あまりにもあっさりとしたロックウェル王国の対応に混乱してしまっていたようだ。

 その事に気付いたランドルフ達は少し恥ずかしそうにする。


「一時休戦は受け入れられないが、少しの間様子を見る。撤退を確認後、我らの使者をアスキスに派遣する。本格的な休戦になるかどうかは国王陛下の判断次第だ」

「了解致しました。そのように伝えます」


 騎兵は自分達の陣地へと帰っていった。

 もし、これで時間を稼ぐ嘘だったら大変だが、王都から出てくる兵士の数は多い。

 さすがに虚偽の休戦というわけではなさそうだった。


「もう何がなんだかわけがわからない。戦争が終わったら、ロックウェル王国は戦争を始めた原因と終わりを決心した理由を説明してくれるのかな?」

「いや、無理だろう」


 ランドルフとクリストファーの思いは、この場にいた者達の思いを代弁したものだった。

 何もかもがわからない事だらけ。

 彼らは全てを理解していそうなアイザックに視線を向けるが、アイザックは何も答えず、気付かない振りをするだけだった。

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