第212話 裏切り者の存在
ファーティル王国、王都アスキス。
この街はファーティル王国の中央部ではなく、やや西寄りにあった。
分離独立したロックウェル王国との国境線から少しでも遠い位置に首都を置きたかったのだろう。
だが、ここに王都を築いた者の考えは虚しいものとなった。
独立から二百年。
ロックウェル王国軍がついに王都アスキスまで攻めてきていたからだ。
総司令官はロックウェル王国二十代目国王ギャレット。
国家の命運を左右する戦いなので、ギャレット自らが指揮を執っていた。
補佐はザカライア・ダッジ将軍。
齢六十を超える老将である。
「陥落までにもうしばらくかかるか」
「はい、おそらくは。慌てずにいきましょう」
ギャレットは、予想以上にしぶとい抵抗を受けて焦れていた。
この戦争は時間との勝負。
多少の被害を覚悟の上で強襲攻撃を仕掛けたいところだった。
だが、王都アスキスとソーニクロフトを陥落させたあと、援軍に来たリード王国軍を追い払うために一戦を覚悟しなければならない。
今はまだ兵を無駄に消耗する事はできない。
急いで攻め落とさなければならないのに、じっくりと腰を据えて戦わねばならないのだ。
ギャレットはどうしても焦ってしまう。
こういう時、初陣となるギャレットをダッジ将軍がよく補佐してくれる。
彼は年季が入った将軍だけあって、腰が据わった指揮を執るタイプだった。
ギャレットに「フォード元帥がいなければ、すでに元帥になっている」と思われるほどの信頼を寄せられていた。
――落ち着いて攻めれば大丈夫。
そう思っていた彼らに悲報が届けられた。
「爺が死んだだと! しかも、シャーリーンやレオまで! いったいどうなっている!?」
ギャレットが吠える。
たった一晩で状況が大きく変わってしまった。
――リード王国軍がソーニクロフト近郊に到着し、奴らに夜襲を仕掛けたらフォード元帥達が殺された。
そんなわけがわからない出来事を、誰かに説明してほしかった。
だが、誰も説明ができない。
しかも、報告書には「暗殺だろう」と推測された事が書かれているだけで、詳細な情報は書かれていなかった。
真実は戦争が終わり、フォード元帥を殺した相手に聞かなくてはわからないだろう。
この知らせを聞き、ギャレットやダッジ将軍を含めた全ての者達が一時放心状態に陥った。
本来ならば、リード王国からの援軍が到着するのは、もうしばらく先になるはずだった。
なのに、もう姿を現した。
そのうえ、フォード元帥を討ち取るなど大暴れしている。
さすがにリード王国軍がここまで早く現れる事態など想定していなかったし、強いとは考えもしなかった。
フォード元帥にこの状況にどう対応するか相談したいところだが、すでにこの世にいない。
今回の戦争計画が根底から崩れ去った瞬間だった。
この状態からいち早く立ち直ったのは、ダッジ将軍だった。
「陛下、落ち着いてください。いくらなんでも援軍が来るのが早すぎます。しかも、フォード元帥が後れを取るなどとは信じられない事です」
「ならば、この者がわざと虚報を持ってきたという事か」
ギャレットが伝令を睨む。
今の状況を打開するため、ファーティル王国の人間が伝令に化けて偽の知らせで混乱させようとしていると思ったからだ。
だが、ダッジ将軍がそれを否定する。
「その者は以前見かけた事があります。ですから、ファーティル王国の者が我々を混乱させるために虚報を流しに来たというわけではないでしょう。もしかすると、フォード元帥がこのような知らせをわざと送り、何かの作戦に使おうとしているのではないでしょうか?」
「この時期に味方に対して、そのような虚報を使う作戦とはどんなものだ?」
「フォード元帥の考える事は、私にはわかりません。ですが『リード王国から援軍がもう到着し、フォード元帥が討ち取られた』という話を信じるよりはマシでしょう。一度、こちらから使者を送って確認してみてはいかがでしょうか」
「……そうだな。にわかには信じられん。こちらからも使者を出して確認をしよう。慌てるのはそれからでも遅くはない」
ギャレットも「慌て過ぎた」と思い、一度深呼吸して落ち着こうとする。
今回の作戦計画は彼もよく聞いていた。
最重要であるリード王国から来る援軍に関する事もだ。
リード王国東部の領主や領主代理に好戦的な者達はいない。
援軍に向かう用意ができたとしても、王家直轄の軍や西部の貴族達と途中で合流できるように、歩調を緩めて進軍をしてくるだろうと思っていた。
東部諸侯だけでファーティル王国への援軍に来るとは到底思えない。
「何かの間違いか、フォード元帥の作戦だ」という方が信じられる。
まずは確認をするべきだというダッジ将軍の意見が取り入れられた。
その日のうちに、伝令がまたしても信じられない知らせを携えてやってきた。
この伝令は、撤退中のフェリクスが送ったものだった。
「ソーニクロフトを包囲していた軍が敗北!? しかも、テスラ将軍達が敵の包囲下にあるだと! ふざけるな!」
またしてもギャレットが吠える。
今回も驚いてはいるが、怒りの色の方が濃い。
「こんな情報でどう反応すればいいのか」という思いが強いからだ。
しかし、怒りを吐き出したら冷静になった。
「待て、いくら何でもこんなにしつこく負けたという知らせを送る必要があるか? おい、お前。フォード元帥に厳命されているのだろうが、私はロックウェル王国国王だ。真実を話せ」
ギャレットは伝令に凄んで命じる。
「全て本当の事です。ソーニクロフトを包囲していた部隊は敗走中です。フェリクス様の指揮の下、本隊と合流するために撤退中であります!」
伝令は嘘を言っていないので、ギャレットに問い詰められて体を震わせ始める。
恐怖で目には涙を浮かべているくらいだ。
その姿が偽りを述べているものではないと、言葉以上に証明していた。
「まさか……、本当に負けているのか? フォード元帥達も死んでしまったのか?」
「信じられないかもしれませんが、残存部隊は敗走中です。フォード元帥戦死のご報告が届いておりませんでしたでしょうか?」
伝令は「先に出た伝令が到着していなかったのだ」と考えた。
だから、いきなり敗戦の報を知らされて信じられなかったのだと。
事実は違う。
フォード元帥達が戦死した報は届いていた。
だが、信じられなかったので「フォード元帥に何か考えがあっての事だ」と思っていた。
とても受け止めきれない知らせだったので、心が自然と信じる事を拒否していたのかもしれない。
こうしてソーニクロフトを包囲していた部隊が撤退中だという知らせを受け、信じざるを得ない状況になって、ようやく事実だったのだと理解し始めた。
「いったいどうなっている?」
ギャレットはダッジ将軍に説明を求める。
「もし、ファーティル王国侵攻の情報が漏れていてリード王国が援軍の用意をしていたとしても……。こんなに早くフォード元帥が討ち破られるはずがありません。夜襲を仕掛けた時に討ち取られたというのが本当で、指揮を引き継いだテスラ将軍が混乱していたとしても、そう簡単に敗走したりは致しません。あり得ない事です」
だが、彼も今の状況が信じられなかったし、説明もできなかった。
「フォード元帥が暗殺された」というところは認めてもいい。
戦場では不確定要素が数多くある。
その内の一つとして「指揮官の死」というのはよくある事だ。
しかし、軍が敗走するとまではいかないはずだった。
フォード元帥の率いていた軍が、たった一日で敗走するはずがなかった。
リード王国軍との戦いは数日から数週間は粘れたはず。
よほどの強敵が現れたのでもない限り、こんな短期間で戦いが終わるなど信じられない。
彼の方こそ、何が起きているのか聞きたいくらいだった。
「ならば、なんだ? リード王国軍の指揮官にフォード元帥を上回る実力者がいて、たった一日で彼らを打ち破ったというのか?」
ギャレットは声を荒らげて周囲に怒鳴り散らす。
その言葉を吐き出してから、彼は少し冷静になった。
「すまん。フォード元帥が亡くなった事で少し動揺していたようだ」
「いえ、我らも同じ気持ちです。……ですが、陛下が今おっしゃられた事は意外と間違っていないのかもしれません」
「なに?」
ダッジ将軍はギャレットがやけくそになって口にした内容に同意する。
「リード王国が戦場に出向くのは二十年振り。その間に若手が育っていたのかもしれません。たとえ才能を持った者がいたとしても、戦場で能力を証明する機会がなければ無名のままです。今回戦争になった事で、その者が頭角を現し始めたのではないかと……」
彼は思いついた事を述べる。
それは自分が信じたい事だったのかもしれない。
この説でもリード王国が素早い行動をできた理由ができていない。
ソーニクロフト方面で起きている事は説明ができないものばかりだ。
一つくらいは納得のできる説明が欲しかった。
だから「フォード元帥を討ち取る若者が出てきた」という意見を述べるに留まった。
「そうかもしれんが……。いや、そうだな。今までが弱かったからといって、これからも弱いままだとは限らなかった。当然、短所を補おうとするはずだ。我々も希望的観測のもと、作戦計画を立ててしまった事を認めざるを得ない」
この意見にギャレットも賛同の意を示す。
まずは過ちを認めなければ先に進めない。
しかし、この問題はどう先へ進めばいいのかわからないものでもあった。
「撤退中のフェリクス・フォードから詳しい話を聞かねば対応し辛いな。フォード元帥を失ったとしても、まだ戦争に負けてはいない。まずはアスキスへの攻勢を強める。援軍が来る前に陥落させれば、ファーティル王国を手に入れるチャンスもあるだろう」
ギャレットは、目の前の問題を解決する事を選択した。
フォード元帥の部隊が敗走したなど、信じようとしても現実味がない。
それに、ここで撤退すれば全てが無駄になる。
せめて王都アスキスを陥落させ、ファーティル王国の東半分の支配権程度は確立しておきたいところだった。
――しかし、それはすぐに間違いだったと思い知らされる。
数日後。
フェリクスが率いる部隊よりも早く、伝令がやってきた。
だが、それはフェリクスからの報告の伝令ではなく、リード王国軍に捕虜になった騎士が使者として遣わされたものだった。
「リード王国の援軍はおよそ二万。ウェルロッド侯爵家とランカスター伯爵家の軍で、エルフの治療部隊付きか」
「はい。エルフは中立でリード王国にだけ肩入れしないという事の証明に、私共も治療していただきました。詳しくは書状をお読みください」
騎士がカバンから手紙を取り出した。
ギャレットが内容を確認すると、周囲の者達に話して聞かせる。
「確かに『エルフは中立で敵味方関係なく治療するので攻撃しないでほしい』と書いてあるな。それともう一つ、我々の戦略目標はもう達成できない。講和を考えろとも書いてあるな」
「なんと!」
「もう勝ったつもりでいるのか!」
「二万程度なら蹴散らしてやりましょう!」
話を聞いた者達が、口々に戦う事を主張する。
「フォード元帥が死んだのは暗殺。軍が敗走したのは混乱を突かれたからだ」と思っているからだ。
正面から戦えば負けるはずがないと信じている。
リード王国軍を蹴散らし、アスキスを占領。
そのあとで全軍を以ってソーニクロフトを攻め落とせばいいと思い始めていた。
これはフォード元帥の仇を討ちたいという思いからでもあった。
ギャレットも周囲の勢いに飲まれそうになるが、そこはグッと堪えた。
確かにテスラ将軍達は混乱していただろうが、それでも戦闘の勝敗が一日で決まるのは異常だ。
正面から戦ってもいい相手なのか迷ってしまう。
「あの、よろしいでしょうか……」
「なんだ?」
使者として送られて騎士が何か物言いたげな顔をしている。
「私はロックウェル王国の騎士であり、陛下に絶対の忠誠を誓っております。私は決して裏切っていないという事を信じていただきたいのです。これからご報告する事は、それだけ大きな事でもあります」
「うむ、わかった」
騎士はカバンの中から、一通の手紙と革袋。
そして、元帥杖を取り出した。
「それは!?」
「ダッジ将軍に人目のない所で手渡すように頼まれました。『お手紙ありがとうございました』と『この杖はダッジ将軍が持つのにふさわしい』と言われました。袋の中身は金貨です」
騎士はチラリとダッジ将軍を見る。
いや、彼だけではなかった。
この場にいた者達が将軍を見ていた。
理由は簡単。
――裏切りを疑ったからだ。
裏切り者がいたのなら、リード王国軍の素早い対応やフォード元帥の部隊が敗走したのも説明がつく。
誰もが敗戦のわかりやすい理由を求め、生け贄となる者を必要としていた。
ダッジ将軍も、周囲が何を考えているのかに気付く。
「違います! 私は裏切ってなどおりません。その手紙を確認してくださってもかまいません。私は潔白です」
ダッジ将軍はすぐに否定するが、人間とは一度抱いた疑念を簡単には振り払えない。
周囲にはその否定が余計に疑わしいものに見えた。
「では、念の為に読ませてもらうぞ」
確かに疑わしいが、疑惑だけで処罰はできない。
ギャレットは手紙を読む事にした。
「お手紙ありがとうございました……か」
ギャレットが呟いた言葉で、ダッジ将軍は顔を真っ青にする。
自分が疑われそうになる言葉から始まっていたからだ。
その時、以前に手紙を出した事を思い出した。
「差出人は誰ですか? もし、ウェルロッド侯爵家のアイザックであれば、礼状を出した覚えがあります」
「アイザック・ウェルロッド……。確かにこの手紙にはその名が書かれているな」
この名前はギャレットも聞き覚えがあるものだった。
ギャレットはメリンダが婚約者だった時期がある。
しかし、今の王妃であるスカーレットに対し酷い対応をしていたため、メリンダをリード王国に送り返した。
リード王国に戻ったメリンダがウェルロッド侯爵家に嫁いだという事。
そして、第一夫人の息子に殺されたという事を聞いていた。
このアイザック・ウェルロッドという者が、メリンダを殺した子供なのだろう。
その事を思い出すと、この手紙を信じてはいけないような気がしてくる。
手紙の内容自体は、お礼状のようなもの。
この時期に送る内容のものではないが、だからこそ送ってきたのかもしれない。
――こうして疑念の種を蒔くために。
「ダッジ将軍。なぜ礼をせねばならなかったのだ?」
「私の娘婿が五年ほど前まで、リード王国に駐在大使として派遣されていた事をご存じでしょうか?」
「ああ、知っている」
五年前といえば、ギャレットは王太子だった。
直接自分が任命していなくても、どこに誰が派遣されているのかは大体把握していた。
ダッジ将軍のような有力者の身内は特に詳しく覚えている。
「アイザック・ウェルロッドは『祖父と仲良くしてください』と、自分で育てた花やお菓子を各国の大使達に送っていたそうです。駐在大使をやめた今でも、季節の花とお菓子を送り届けてくれています。そして去年、ドワーフと順調に友好関係が続いているからと、縁戚である我が家にも燭台などの調度品を送ってくれました。その時に礼状を書いた覚えはあります。ですが、作戦計画などは決して漏らしておりません」
ダッジ将軍は冷静に落ち着きながら、何があったのかを説明する。
その説明を聞き、ギャレットの脳裏に答えが浮かび上がった。
「……そうか。ダッジ将軍は裏切ってなどいない」
ギャレットの言葉に、周囲の者達が「本当にそれでいいのか」と言いたげな表情をする。
当然、自分がそう考えた理由を説明し始める。
「第一に、ダッジ将軍は『待てばいい』という事を知っている。どんなに長くとも、あと二、三年もすればフォード元帥は引退する。そうなると、次の元帥に任命されるのはダッジ将軍だ。今ここでリード王国に情報を流してフォード元帥を亡き者にする理由がない。元帥杖は遠くないうちにダッジ将軍のものとなっていたであろう」
ギャレットは周囲にそう説明する。
フォード元帥が「この戦争を機に引退するだろう」という噂はあったので、聞いていた者達も納得を示す。
「第二にリード王国の援軍が二万程度だという事だ。本当に情報が漏れていたのなら、全軍を動員していたはずだ。おそらく、何者かがこちらの動きを察知して急遽対応してきたのだろう。こちらの作戦計画を知っているにしては、リード王国軍の数が少なすぎる」
これも説明されれば納得のいく内容だった。
冷静になれば、他にも気付いていた者がいただろう。
フォード元帥の戦死とダッジ将軍の疑惑は、それだけ大きな動揺を皆に与えていた。
「そして最後に、相手がアイザック・ウェルロッドだという事が。この手紙に嘘は書いていないだろうが、本当に必要な事も書かれていない」
「それはどういう事でしょうか?」
周囲がざわつき始める。
アイザックに関して、そこまで詳しく知らないからだ。
「アイザック・ウェルロッドは、エルフやドワーフと友好的な関係を築き、駐在大使達の評判もいい。だが、忘れてはならぬ。アイザックは継承権争いでメリンダと腹違いの兄を自らの手で殺した男だぞ」
ギャレットも、メリンダが関わっていなければアイザックの事など知らなかった。
せいぜいが「エルフやドワーフと友好的な関係を築く事のできるやり手」といったところだっただろう。
だが、彼はメリンダが関わっていたから知っていた。
メリンダの事を愚かな女だとは思っていたが、勝算もなしに継承権争いで実際に行動に移すほど愚かではないと思っている。
実際、彼女が行動に移した時には勝算があったのだろう。
しかし、それは仮初のもの。
実際は内部を切り崩され、アイザックの手によって誘発された暴走だろうとギャレットは考え始めていた。
その考えは、手元にある手紙が正しいと証明してくれている。
「ダッジ将軍に宛てた手紙は『お手紙ありがとうございました』という内容でしかない。今、この状況だからこそ内通の手紙のように見えるだけだ。考えてみろ。内通に対する感謝の手紙だった場合、初めて会った者に賄賂を渡して頼み事をするには問題のある内容だ。私の手に届く事を計算に入れて書かれている」
ギャレットはダッジ将軍を見つめる。
「もし、ここでダッジ将軍を処刑して、後日『殺してしまったのですか? ただの手紙だったのに』と言われたらどうする? ダッジ将軍が本当に裏切っていた時よりも大きな衝撃を受けるだろう。手紙に書かれている感謝は本物だろう。だが、内通に対する感謝だとは一言足りとも書かれていない。我々のミスリードを狙ったものだ」
ギャレットは、次にエルフに関して書かれていた手紙を手に取る。
「こちらもそうだ。エルフは中立なので攻撃しないでほしいと書かれている。だが、誤ってエルフに攻撃した場合の事は書かれていない。おそらく、奴は我らがリード王国の継戦能力を削ぎ落とそうとしてエルフに攻撃するのを待っている。こちらから攻撃してしまえば、中立を標榜するエルフも堂々と参戦できるからな」
「なるほど、嘘ではないが真実を全て書いているわけではない。詐欺師のような奴ですな」
ギャレットの説明を聞き、周囲の者達は理解し始める。
――これはダッジ将軍を陥れるための罠だったのだと。
「私はダッジ将軍を信じている。この元帥杖を正式に渡せる日を楽しみにするくらいにはな」
「陛下……、ありがとうございます」
ダッジ将軍は感涙にむせぶ。
ギャレットにそこまで信用されているのは、臣下の身としてこの上ない光栄な事だ。
しかも、勢い余ってフォード元帥が戦死した原因を押し付けられてもおかしくない雰囲気だった。
そんな中、自分を信じてくれた事が嬉しかった。
「だが、こうして元帥杖を見ると、本当にフォード元帥が亡くなったのだなと実感させられるな……」
ギャレットはジッとフォード元帥が持っていた杖を見つめる。
フォード元帥は自分が物心がついた時から老人で、いつまでも老人のまま生き続けるのではないかと思っていた。
ギャレット自身、時には「爺」と呼ぶくらいには懐いていた相手だ。
そんな老人が「この世にもういない」と思うと、言葉に言い表せない寂しさを覚える。
「……講和を考えてもよさそうだな」
「陛下!」
周囲の者達が弱気になったギャレットを諫めようとするが、彼は片手でそれを制した。
「だが、リード王国軍がアスキス近郊に到着したらだ。それまでにアスキスを落とせば、リード王国と決戦を行ってもいい。まずはやれる事をやろう」
ギャレットもここまで来て手ぶらで帰りたくはない。
――アスキスを落とすのが先か。
――それとも、援軍の到着が先か。
時間との勝負を行うつもりだった。
もちろん、援軍が来るから講和を考えたわけではない。
――ギャレットは
(ダッジ将軍は裏切っていない。それは確かだ。だが、ダッジ将軍以外の誰かが裏切ったとなると、誰を疑うべきか……。範囲が広すぎて手に負えん)
――ダッジ将軍に疑いの目を向けさせたのは、本当の裏切り者から目を逸らすため。
ギャレットは、そのように考えていた。
これは「レオ将軍の部隊に皆が集中している時に、フォード元帥をこっそり殺した」という報告を聞いていたから気付けた事だ。
敵には虚実を上手く扱う知恵者がいる。
馬鹿正直なやり方でダッジ将軍に疑いの目を向けさせたのも、本当の裏切り者の存在を隠すためだろう。
――ダッジ将軍が処罰されてもよし、疑惑が晴れても本命からはしばらく目を逸らさせる事ができるのでよし。
どちらに転んでも、リード王国軍にとって悪い結果にはならなかった。
(いや……。もしかすると、裏切り者はいないのかもしれない。裏切り者がいると思わせる事によって、こちらの行動を制限しようとしているのかもしれん。……こうして考えさせられている時点で、すでにアイザックの術中にはまっているな)
たかが紙切れ一枚で講和すら考えさせられた。
若かりし頃は「ジュード・ウェルロッドのような口先だけの男を、なぜ父上達は恐れるのか?」と、ギャレットは思っていた。
しかし、こうして自分が相手にするようになって、ようやく優れた謀略家を敵に回す本当の恐ろしさを理解できたような気がしていた。
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