第211話 ソーニクロフトの解放

 クロードのおかげでアイザックが助かったので、周囲は落ち着きを取り戻しつつあった。

 結果だけを見ると、リード王国軍の手柄が増えただけではあるが、素直に喜べない。


「おそらく、彼の行動が最後の賭けだったはずだ。失敗に終わった事を包囲下にあるロックウェル王国軍に伝えて、降伏を勧告しろ。ランカスター伯爵にも降伏勧告するという事を伝えるんだ。伝えてからしばらくは攻撃の手を緩めてやるように」


 落ち着きを取り戻したランドルフが部下に指示を出す。

 とりあえず戦闘を終わらせ、アイザックをソーニクロフトの中で休ませてやりたかったからだ。

 体が治ったからといっても、やはり真っ二つになった体を見ていたので「本当に大丈夫なのか怖い」と思う気持ちがあった。

 彼もアイザック同様に「何かの拍子にくっついた体がバラバラになってしまうのではないか」と心配していた。


 降伏勧告自体はすんなりと受け入れられた。

 トムの行動が成功したか失敗したかは関係ない。

 ウェルロッド侯爵家の軍の一部で大きな動きがあったのを確認したエドワードの部下達が、降伏を受け入れられるように準備していたからだ。

 彼らが降伏を受け入れた時点で、ソーニクロフト周辺で行われていた戦闘は終了した。

 リード王国軍では歓声が沸き、ロックウェル王国軍は戦意を喪失して武器を手放して座り込む者が続出する。


「これで終わった」と思うのはまだ早い。

 捕虜の武装解除や負傷者の治療、死者の回収など、やらねばならない事が山積みだ。

 この辺りの事は、ソーニクロフト侯爵と話し合わなければならない。

 まずは街に使者を送ろうとしたところで、ランカスター伯爵が見慣れない男達と共にランドルフのもとへやってきた。


「ランディ! 色男だと思っていたが、今日は今までで一番恰好良く見えるよ」

「クリスも出撃していたのか。結婚式以来だな」

「当然だろ。ここは俺の国だ。人任せにして見ているだけなんてできないさ。ランカスター伯爵と共に打って出た。しかし、凄いな。フォード元帥の軍を退けるなんて」


 ランドルフとクリスが馬上で握手を交わす。

「クリス」と呼ばれた男を、アイザックは何とか思い出そうとする。


(確か、ソーニクロフト侯爵家の嫡男がクリストファーって名前だったっけ。親戚だから一応付き合いもあったのか)


 結婚式以来というからには、十年以上も会っていなかったのだろう。

 だが、愛称で呼び合うくらいには仲が良さそうだ。

 ランドルフの事を「色男」と言っていたが、前世の基準では彼も十分に美形だった。


 アイザックは知らなかった事だが、ジュードが生きている頃はモーガンがマーガレットを連れて里帰りをしていた。

 その際に、二人は従兄弟同士として交流を持つようになった。

 ジュードの死後はモーガンがソーニクロフトに連れていく事もなくなり、結婚式などで会うくらいとなっていたのだった。


「ところでアイザック。その恰好はどうした?」


 二人の様子を見ていると、ランカスター伯爵がアイザックに話しかけてきた。

 今のアイザックは上半身の鎧を脱いでいて、服には血が付いている。

 明らかに何かがあった状態だ。

 理由を聞かないという選択肢などなかった。


「ええ、実は――」


 アイザックは正直に何があったのかを話した。

 今回は自分の油断が招いた事態だ。

 反省はしているが、自分でも気づかぬうちにまたミスを犯すかもしれない。

 ちゃんと周囲に知ってもらう事で、前もって注意してくれる事を期待していた。


 この話はランカスター伯爵だけではない。

 周囲にいた者達も聞いていた。

 クリストファーもその一人だった。


「君がアイザックか。……噂で聞いていたよりも無茶をするようだな。だが、テスラ将軍とトムの二人を討ち取ったのは大きい。この戦争、大きく動くぞ」


 クリストファーは、満面の笑みを浮かべる。

 ロックウェル王国軍をソーニクロフトから追い払っただけではない。

 大きな被害を与えて撤退させられたからだ。

 優秀な指揮官は、千の兵よりも得難い存在。

 四天王の二人を討ち取った事による戦局への影響は非常に大きい。

 これからの戦いに希望を持てる出来事だった。


 しかし、ソーニクロフト侯爵家の者以外は誰もクリストファーの意見に賛同しない。

 ジッと見ているだけだった。

 ここでランドルフが動く。


「クリス、フォード元帥を討ち取ったという声は聞こえなかったのか?」

「はぁ? あれは攻撃を仕掛ける前に士気を高めるために言っていたんだろう?」


 クリストファーは「冗談を言うな」と言わんばかりの目で周囲を見回す。

 だが、リード王国の者達は誰もが真剣な目をしていた。


「まさか、そんな……。本当に?」


 クリストファーは、にわかには信じられなかった。

「フォード元帥を討ち取った」と叫んでいたのは、士気を高めるのと敵を一時的に惑わせるための流言だと思っていたからだ。

 彼はランドルフがやったのかと思って見る。


(いや、違うな。こいつは治世で輝くタイプだ)


 次にランカスター伯爵を見た。


(こちらも違う。外務大臣だったとはいえ、戦場でフォード元帥を欺くほど腹黒くはなかった)


 その他、パートリッジ子爵などリード王国軍に同行していた者達の事を考えるが、フォード元帥を打ち破る事のできる者は誰一人思い浮かばなかった。

 クリストファーは「もしや!」と思い、アイザックを見つめる。


 ――成人もしていないのに、何故か戦場にいる若者。


 明らかに不自然だ。

「おそらく、この若者が鍵となっているに違いない」と、直感的に感じた。

 血に塗れていて、上半身は鎧を着ていないという不思議な恰好をしている。

 なぜ血を拭わず、新しい鎧を着ないのか?

「あえてこの恰好をしているのだとしたら?」と思うと、その恰好が不気味さを醸し出していた。


「クリス、改めて紹介しよう息子のアイザックだ。フォード元帥を倒す案もアイザックが考えたんだ」


 ランドルフに説明されても、クリストファーは「やはりな」という感想しか浮かばなかった。

 それだけ、アイザックはインパクトのある恰好をしていた。


「お初にお目にかかります。ウェルロッド侯爵家ランドルフの息子アイザックです。以後、お見知りおきを」


 アイザックは、初対面の相手に普段通りの挨拶をする。

 だが、血塗れの恰好をしているので、普段通りの挨拶・・・・・・・をするだけでも、得体の知れない大物感を感じさせる。


「ソーニクロフト侯爵スタンリーの息子クリストファーだ。君の従伯父になるが、面倒なのでオジサンと呼んでくれてかまわない。よく助けてくれた。フォード元帥をどうやって討ち取ったのかなど、色々と話を聞かせてほしい」


 アイザックの恰好は気になるが、フォード元帥に関する事に比べればどうでもいい事だった。

「まずはどうやって勝ったのか」を聞きたいと思っていた。

 だが、アイザックは笑みを浮かべながらかぶりを振る。


「僕も伯父上と話がしたいです。ですが、今回の戦争は時間との勝負です。周辺の街で手をこまねいている者達に合流するよう使者を出されてはいかがでしょうか? その他にも平民の徴兵も行って兵士を集めた方がいいと思います」


 これはアイザックにとって重要な事だった。

 トムの一件でアイザックは懲りた。

 自分の周囲に顔見知りの騎士を置くため、少しでも兵士数を増やして代わりに戦ってほしいところだった。

 そのため、リード王国軍の本隊が到着するまでの時間を稼ぐ肉壁を用意してもらうつもりだ。

 ウェルロッド侯爵領から兵士を連れて来るには時間が足りないので、現地調達という手段を提案した。


「ああ、確かにその通りだ。まずは使者を出そう。徴兵も行うつもりだったから問題はない。けど、なぜ要求するのかその辺りの事情はあとで話してもらえるのかな?」

「もちろんです」


 アイザックがニコリと笑うと、クリストファーも笑った。


「では、まずは領主代理としての仕事を果たすとしよう。捕虜の扱いをどうするかという問題もあるしな。何が起きているのかはあとで教えてくれ」


 クリストファーは供回りを連れて、自分の軍のもとへ帰っていった。

 ソーニクロフト侯爵のスタンリーは財務大臣で王都にいる。

 領地の事は彼がやらねばならなかった。

 フォード元帥の事やアイザックの恰好の事などを聞きたかったが、今回は大量の捕虜を抱える事になった。

 まずはそちらの対応をしなくてはならない。

 戦争はまだ続くというのに、大量の捕虜は頭を悩ませる存在だった。


「そういえば、テスラ将軍がどうなったか知らないか? 我が軍の騎兵が手傷を負わせたらしいのだが、逃げられてしまったらしい」


 ランカスター伯爵が、自分の軍が挙げた手柄を確認していないか聞いてきた。

 アイザックとランドルフはしばし顔を見合わせ、ランドルフが答える。


「テスラ将軍の生首がありますよ。トムの死体もです」

「……またアイザックが何かやったか。人を驚かせて殺すつもりか?」


 ランカスター伯爵は今にも泣きそうな顔をする。

 今朝方のフォード元帥らの報告を聞いただけでも腰を抜かしてしまった。

 さらに多くの手柄を立てたと聞き、自分の頭がおかしくなりそうだった。


「ランカスター伯の部下をお借りしようと思っていましたが、ご本人もおられる事ですしご確認ください。その方が確かですしね。ちなみに、味方を驚かせて殺すつもりはありませんよ」


 さすがにランカスター伯爵を殺すつもりはない。

「とんでもない言い掛かりだ」と、アイザックは肩をすくめる。


 ランドルフが指示を出して、トムの死体とエドワードの首を持って来させる。

 彼らの顔をランカスター伯爵に確認してもらう。


「おおっ……、確かに本人だ。しかし、なぜテスラ将軍は首だけに?」


 ランカスター伯爵が不思議そうな顔をして尋ねるので、トムがやった事を軽く説明する。


「おそらく、テスラ将軍はランカスター伯の手勢によって重傷を負って死んだのではないでしょうか? だから、その首を使って潜入しようと考えたんだと思います」


 ついでに、エドワードの首を持っていた事の理由を教えた。

 いくら考えても、それ以外に首を持ってきた理由が考えられなかったからだ。

 ランカスター伯爵は、アイザックの考えを聞いて唸る。


「むぅ……、まさかそこまでやるとは。さすがトム。度胸だけなら元帥級と言われていただけはあるな」


 アイザックがフォード元帥の命を狙ったように、敵の本陣に乗り込んで大将首を狙うなど危険過ぎる。

「昨晩やった事をやり返さないだろう」という油断に付け込むにしろ「警戒されている」と思う方が自然だ。


 ――そんな状況でも、一か八かで実行する。


 ランカスター伯爵はトムの度胸に感心した。


「テスラ将軍はすでに生首になっていました。という事は、ランカスター伯爵の手勢による手柄になるのですか?」


 アイザックはランドルフに質問する。

 この「誰の手柄になるか」は重要な事だった。

 もちろん、アイザックは一人占めするつもりなどない。

 すでに十分な手柄を立てている。

 ランカスター伯爵にエドワードの手柄を譲り、心証を良くしようと考えていた。


「そうなるな。すでに死んでいたという事は、致命傷を負わせていたランカスター伯爵の手柄になる」


 ランドルフも同じ思いだった。

 さすがにアイザック一人で「フォード元帥とフォード四天王を討ち取った」という事にするには、手柄があまりにも大き過ぎる。

 尊敬もされるだろうが、嫉妬も相応に大きなものとなるだろうと思われる。

 ランカスター伯爵の手勢が傷を負わせていたのなら、それを口実にして適度に手柄を分散しておいた方がアイザックのためになるとランドルフは考えていた。


「本当にいいのか?」

「ランカスター伯が手傷を負わせていなければ、テスラ将軍はまだ生きていたでしょう。トムも首を使った計画を立てなかったでしょうし、ロックウェル王国軍も降伏していなかったかもしれません。テスラ将軍を討ち取ったのは、ランカスター伯の手柄ですよ」

「そうか。では、ありがたく手柄をいただこう」


 ランドルフが「手柄を譲る」と言ってくれたので、ランカスター伯爵は恍惚の笑みを浮かべる。

 これほどの大手柄は滅多にない。

 ランドルフもアイザックのために「フォード元帥と主だった部下はアイザックの知恵で討ち取った」と言いたかったはずだ。

 手柄を譲ってくれた事に感謝する。


「しかし、今日は凄い日だ。一日で三度も大きな報告を携えた伝令を送る事になるのだからな。レオ将軍を討ち取った事から始まり、テスラ将軍達を討ち取る事で終わる。王都にいる者達は何が起きているのかわからず、喜ぶどころか混乱してしまうだろうな」


 ランカスター伯爵が意地の悪そうな表情をする。

「現場にいる自分でもわけがわからないのだ。報告書を送られただけでは理解できないだろう」という思いが顔に出ていた。

 こんな思いを自分だけするのは納得がいかないので「道連れにしてやろう」とでも思っているのだろう。


「僕達も怪我人を運んだり、死者の回収を手伝うように指示を出しましょう。特に怪我人は敵味方関係なく、重傷者を優先するという事を周知した方がいいでしょう」

「そうだな、そうしよう」


 本当ならここで祝杯を挙げたいところだった。

 だが、戦争はまだまだ続く。

 怪我人の治療など、早めに行動した方がいい。

 ランドルフ達も、まずは今やるべき事に取り組み始めた。



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「ありえないだろう。そんな事……」


 部下に指示を出したあと、クリストファーがまたアイザック達のもとへやってきた。

 今回は馬上ではなく、折り畳み式の椅子に座って話す事にした。

 街の中に入らないのは、時折兵士達に指示を出すからだ。


 フォード元帥を殺した時の事などを話すと、クリストファーは両手で頭を抱えて地面を凝視する。

 彼のお付きの者達も困惑し、同僚達と顔を見合わせていた。


「事実だ。元帥杖も外務大臣だったランカスター伯爵に確認してもらった。一番信じられないのは彼らの方だろう」


 ランドルフは、ロックウェル王国軍の兵士達に視線を向ける。

 武装を解除され、囲いの中へ連れていかれる。

 囲いといっても、急遽丸太を組み立て始めた簡易の柵だ。

 しかも、まだ周囲を囲い切れていないので、逃げようと思えば逃げられる。

 それでも逃げようとしないのは、戦意を完全に失っているからだろう。


「そりゃあそうだろう。たった一日で主だった将官がいなくなるとか、どんな悪夢だ。俺も事実だと信じたい内容だが、にわかには信じられん。それぐらいとんでもない事だぞ」


 クリストファーも喜びたいところだが、一日で上げた戦果だとは到底信じられない。

 喜びたいところだが、驚きが大き過ぎて素直に喜ぶ事もできず、複雑な心境だった。


「とりあえず、アイザックが無事でよかった。ランドルフの息子と会う前に死んでしまったなんて悲しいからな」

「以後は身辺に気を付けます」


 アイザックもあんな思いは二度としたくない。

 言われずとも、身の周りの安全には気を使うつもりだった。


「それで、これからの計画とかは何かあるのか? 俺は街に籠っていたから情報がわからん」


 クリストファーが、アイザックに今後について尋ねた。

 正直なところ「俺に頼られても……」とアイザックは思ったが、これは都合が良い事だと考え直す。

 自分の身は自分で守らねばならない。

 そのためには、意見を言える立場というのは美味しいところだった。


「まずは地図を見てください」


 アイザックはノーマンに地図を広げさせる。

 トミーがフォード元帥のところから持ち帰った地図だ。

 その地図をクリストファー達に見せながら、フォード元帥の作戦計画について話し始める。


「――というわけでして、今回はロックウェル王国軍との闘いは重要ではありません。どちらかといえば、時間との勝負が全てを決めます」

「もう何がなんだかわけがわからないな……」


 アイザックの説明した内容は、従来の戦争を越える新しい戦争だ。


 ――軍同士の闘いではなく、後方拠点の奪取による敵軍の分断、崩壊を狙う。


 戦術でならありえるやり方だが、戦略規模でそんな方法を取るなど考えられない事だった。

 しかも、伝令と軍の動員に掛かる時間まで綿密に考えられた作戦計画は画期的だ。

 今まで誰も考えなかった事を行ったフォード元帥は「凄い」の一言に尽きる。


 ――だが、アイザックはさらに上手うわてだった。


 ロックウェル王国軍の動きを読み、演習という形で軍をいつでも動かせるように集めていた。

 そもそも、ロックウェル王国軍の作戦計画を理解していたという事が信じられない。

 クリストファーは、アイザックに説明されても「速さが大事な戦いで、王都も危険なんだな」という事くらいしか理解できなかった。

 しかし、アイザックは違う。

 この画期的な作戦計画を理解し、その弱点まで見抜いている。


(フォード元帥が味方にいればこんな感じだったのだろうか?)


 そう思ってしまうほど、アイザックが頼もしく見えた。

 王都が危険な状況にあっても、彼ならなんとかしてくれるように思えるので落ち着いていられる。

 個人の武勇はそれほどではないのかもしれないが、軍司令官として必要な能力をすでに身に着けている。

 ジュードの後継者どころか、それ以上のものを期待できるのではないかと思わされた。

「親族にこのような若者がいて助かった」と、クリストファーは神に感謝する。


「とりあえず、時間が大事だという事はわかった。しかし、アスキスに向かうには今ソーニクロフトにいる軍だけでは不安だ。周辺で様子を見ている軍を集めたり、徴兵するのに最低でも二日は欲しい」

「私達も兵士達を休ませたい。今日の戦いで被害も受けているから、部隊の再編とかも必要になるだろう。それに、明日くらいには補給部隊が到着する。二日は休んでもいいんじゃないかな」


 クリストファーの「二日」という期間を聞き、ランドルフも同意する意見を述べる。

 今日は激しい戦闘だった。

 再編成を別にして、休ませるだけでも二日は休ませたいところだった。

 これにはアイザックも同意する。


「僕も初めての戦闘で落ち着く時間が欲しいと思っています。同じように二十年前の戦争を知らない初陣の兵士達もいるでしょう。休むという事には賛同致します。ただ、二日間何もしないというわけにはいきません。ロックウェル王国軍に使者を送りませんか?」

「使者か。どんな使者を出す?」


 ランカスター伯爵が興味深そうに尋ねた。

 使者を出すとなれば、彼の部下に任される事になりそうだからだ。


「まず一つ目は、エルフは敵味方問わずに治療する中立の立場だから攻撃しないでほしいという事です」

「ああ、今回はソーニクロフトを包囲していた連中に伝える暇がなかったからな。それは必要だろう」


 一つ目については納得のできる内容だった。

 これは人間同士の問題ではなく、種族間の問題になるほど重要な事だ。

 ちゃんと伝えておかねばならなかった。

 ランカスター伯爵も「必要な事だ」と同意する。


「二つ目は、リード王国から援軍が到着しているのでもう負けは決まった。講和の準備を整えるべきだと伝える事です」

「それは無理があるのではないか? 少なくともまだ五万は残っているのだろう。数で勝っている以上、奴らも諦めないはずだ」


 クリストファーがアイザックに疑問をぶつける。

 アスキスには、兵が一万かそこらいる程度だと思われる。

 ソーニクロフト周辺で集められるのも一万程度。

 リード王国軍を合わせても、合計四万。

 街を守る側の優位があるとはいえ、一万の差は大きい。

 しかも、逃がした敵が合流するので差は広がるばかりだ。

 だが、アイザックは「心配ない」というように首を横に振る。


「リード王国から援軍が到着した時点で、ロックウェル王国軍の作戦計画は根底から崩れ去りました。これ以上は被害を無駄に拡大するだけです。ですから、徴兵が重要になります。集めた平民は戦えなくてもいいんです。軍の数を水増しして『大軍が助けに来た』と思わせられれば、それでいいんです」


 これはロックウェル王国軍が、要塞都市にいるファーティル王国軍を足止めしている方法から思いついた。

 実際にどれだけ戦えるかではない。

 武装した兵士がいる・・・・・・・・・という事実を見せつける事が重要なのだ。

 もちろん、アイザックは非常時になれば、自分が逃げるための時間稼ぎをしてもらう事を考えていた。


「偽兵の計か……。いけそうだな。フォード元帥の軍を討ち破ったのだ。かなりの大軍が来ていると思ってくれるだろう。わかった。できるだけ多くの領民を集めよう」


 クリストファーはアイザックの提案に乗った。

 数で圧倒する事で講和を考えさせられるのなら、正面から戦うよりもずっといい。


「馬を走らせれば五日ほどで着く。すぐに出すか?」

「場合によっては使者が切られたりするんですよね? まずは捕虜の中にいる騎士から手紙を届けてもらう使者を選びましょう。自国の者なら切ったりしないでしょう。できれば、実際にエルフの手で治療された者がいいですね」


 アイザックの提案に皆が同意した。

 戦時において使者は、戦意を示すために殺されて送り返されたりする事もある。

 手紙を送るだけなら捕虜を使えばいい。

 それに、エルフによって治療をされた者なら、エルフの事は事実だという事も証明できる。

 良い事尽くめの内容だった。


 そう、一見良い内容に思える。

 だが、アイザックはさらに追加で一通の手紙を用意しようと考えていた。

 それは少しでも状況が自分達に有利に働くようにする嫌がらせの手紙だった。

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