第210話 立て続けに届く報告

 これは十日ほど未来の話。


 王都グレーターウィルにて、リード王国首脳陣が集まっていた。

 議題はファーティル王国への援軍について。

 しかし、出席者の顔は暗かった。

 特にリード王国西方に領地を持つウィルメンテ侯爵とウォリック侯爵の表情は浮かない。

 会議のために早く王都に来ているだけで、彼らの軍は領地でまだ動員中だったからだ。


「王国正規軍は各伯爵家の軍と国境付近で合流。兵数はウェルロッド侯爵家やウィンザー侯爵家などの軍を合わせておよそ五万。……数はファーティル王国軍と合流すれば問題ないと思います」


 フィッツジェラルド元帥が現状をエリアスに報告する。

 彼の言う通り、数は・・足りている。


 ――足りないのは時間だ。


 ファーティル王国から援軍の要請が届いた時には、すでにロックウェル王国が侵攻を始めている。

 これほどまでに素早い侵攻作戦など聞いた事がない。

 リード王国軍が到着するまでに決着する自信がある計画だろう。

 今から援軍を送っても間に合わないかもしれない。

 悔しい事だが、ロックウェル王国が上手だったと認めなくてはならなかった。


「先に出立したウェルロッド侯爵家とランカスター伯爵家の軍が、どこまで時間を稼いでくれるかによってファーティル王国の命運が左右されます。彼らに期待しましょう」


 そう言うフィッツジェラルド元帥自身が、両家の奮闘など期待していなかった。

 おそらく、ソーニクロフトなどの西部地方には不測の事態に対応するために最精鋭を当てるはずだ。

 文官の家系である両家が太刀打ちできるはずがない。

 大惨事にさえならなければいいと思っている程度だ。


 それはエリアスもわかっている。

 せめて時間稼ぎをしてくれればと思う程度だ。


「初期対応が早かったのはよかったが、二万程度の援軍で足りるかどうかというところだな。ところで、なぜウェルロッド侯爵家は兵の動員が間に合ったのだ?」


 エリアスがモーガンに尋ねた。

「ウェルロッド侯爵家が援軍に向かった」と聞いていた時から持っていた疑問だ。

 この機会に尋ねる事にした。


「アイザックが傘下の貴族を見て『最近の貴族達は腑抜けているので、一度大規模な演習を行って戦争に出る可能性がある立場だという事を思い出させるべきだ』と言ったので……。遠征を想定した大規模の演習をするようにと息子に命じました」

「……それは、アイザックがロックウェル王国の動きを予想していたという事か?」

「恥ずかしながら、アイザックの考えは私にはわかりかねます。もしかしたら、戦争の予兆を感じて少しでも戦える軍を作ろうとしていたのかもしれません」


 エリアスの質問にモーガンははっきりと答えられなかった。

 アイザックがあの時言った言葉は本心だろうとは思う。

 しかし、こうなると本当は何を考えていたのかがわからなくなる。


 ――遠い国の異変を感じ取り、貴族達の生存率を高めるために演習をしていた。

 

 もしもそんな事を考えていたのなら、アイザックはジュードを越える化け物だ。

 物理的な距離・・・・・・という大きな壁を越えて、異国の動きを察知するなどありえない。


「おそらく、偶然ではないかと思われます」


 モーガンの言葉を聞き、エリアスはクスクスと笑う。


「偶然? アイザックが偶然に頼ると思うか? おそらく、奴はロックウェル王国の動きを見破っていた。しかし、確証がなかったので誰にも言えなかったのであろう。フフフ、恐ろしいまでに頼もしい奴だ」


 今のアイザックは、エリアスのお気に入りとなっている。

 それだけに期待度は高い。

「きっと全てを読んだうえで、演習という形でいつでも出陣できるようにしていたのだ」と、エリアスは信じていた。

 頼もしい若者の登場により、リード王国は当面の間は安泰だ。

 きっとリード王国は今まで以上に繁栄していくだろうと思うと気分が良くなる。


 エリアスが上機嫌になっている時、会議室のドアがノックされた。


「緊急の伝令です!」

「入れ」


 エリアスが命じると、ドアの近くにいた文官がドアを開くと、伝令が文官に連れられて部屋の中に入る。

 大事な会議の最中にわざわざ訪れたのだ。

 誰もが重要な知らせだと思い、浮かない顔をしていた。


 ――ファーティル王国の王都アスキスがもう陥落したか。


 そのように思う者が大半だったからだ。

 しかし、それは伝令の報告によって間違いだったと教えられる。


「ファーティル王国への援軍に向かった軍が、ソーニクロフト近郊にて夜襲を受けました」

「なんだと!」


 場が騒然とする。

 特にモーガンの動揺が大きい。

 戦場には息子のランドルフと友人のランカスター伯爵が向かっているはずだ。

 彼らの安否を心配していた。


「しかし、アイザック・ウェルロッドの機転により、伏撃に成功。逆に敵指揮官のレオ将軍を討ち取る大戦果を挙げられた模様です。詳しくは報告書をご覧ください」

「はぁ!? 待て、アイザックも戦場にいるのか?」


 モーガンが思わず伝令に尋ねてしまった。

 戦場に同行していても安全な場所にいるものだと思っていた。

 最前線にいるなど聞いてはいない。

 まさかこんな形で知る事になるなど、まったくの予想外の出来事だ。

 アイザックの事を尋ねられた伝令は困惑する。


「はい、ランドルフ様と共におられます」

「そうだったのか……」


 モーガンは愕然とした。


 ――アイザックとランドルフが戦場にいる。


 片方に何かあっても大事だが、二人共に何かあれば家の一大事だ。


(せめてアイザックだけでもウェルロッドに帰さねばどうなる事やら)


「おめでたい事だ!」


 最悪の事態を考え始めたモーガンに向かって、隣に座っていたウィンザー侯爵がとんでもない事を言い出した。

 モーガンは「跡取りがいなくなるのが、そんなにいい事か」と不満に思った。


「いえ、それは」

「レオ将軍と言えば、先代ウェルロッド侯を討ち取った者だったはず。曾孫が仇を取るとはな」

「えっ……」


 ――アイザックが最前線にいる。


 そのインパクトで驚き「ジュードの仇を取った」という事がモーガンの耳に入っていなかった。

 喜ぶどころか、周囲で何が起きているのかわからず戸惑っていた。

 周囲はモーガンの反応を「あまりの大戦果に驚いているのだろうな」と受け取っていた。


「ランカスター伯がレオ将軍の顔を確認したそうだ。本人に間違いなさそうだな」


 エリアスが報告書の内容を確認した事により、ようやくモーガンは状況を理解した。


「本当に……、アイザックがレオ将軍を?」

「いや、さすがに本人ではない。マクスウェル子爵アイヴァンの息子カイが討ち取ったそうだ。確か、このカイという若者はドワーフとの協定締結時に近くの街で会っていたな?」

「はい、アルスターの代官の息子です。アイザックと同じ年齢なので、まだ子供のはずですが……」


 モーガンは混乱の極みにあった。

 アイザックだけではなく、マクスウェル子爵の息子まで戦場に行っているという。

 今回の戦争は何かおかしい。

 今まで以上に、アイザックが何を考えているのかわからなくなってしまっていた。


「なるほど、未成年の若者に討ち取られるのは武人として屈辱の極み。曽祖父の仇を同年代の友人に取らせる事で、復讐としたのか」


 ウィルメンテ侯爵がアイザックの考えを代弁するかのように話す。

 彼にしてみれば、アイザックはそれくらいやってもおかしくない男だった。

 自分で言って「そうに違いない」と思い込み始めた。


「アイザックもそこまでは……、しないはずだ。アイザックは父上に会った事もないはず。そこまで熱心に祖先の仇を取るというタイプでもない。いったい何を考えているのか」


 ジュードの事を恐れていて好きではなかったという事もあるが、アイザックの事が気になり過ぎてモーガンは父の事を考えるどころではなかった。


「本人が仇の事を気にしていなくても、親族に気に掛けている者がいれば別ではありませんか? 例えば『父を討ち取られた息子のために』とか」


 ウォリック侯爵はアイザックに好意的な意見を口にする。

 彼は元々好意的だったところに、ブリストル伯爵の一件でさらに惚れ込んでいる。

 だから、きっとモーガンのためを思っての行動だと考えていた。


「私のためにか」


 その可能性を、モーガンは否定できなかった。

 アイザックは家族に甘いところがある。

 もしかすると、気を使ってくれていたのかもしれない。

 そう思うと、段々嬉しくなってきて涙腺が緩む。


「いい若者に育ちました」


 ウォリック侯爵は、うんうんと頷きながら満足そうな笑みを浮かべている。

 アマンダの婚約者として最高の相手だとでも思っているのだろう。


「先代ウェルロッド侯はリード王国にとっても国家の支柱という存在でした。仇を取れたのはめでたい事です。しかし、レオ将軍がいるという事は、他の者達もいるはずでしょう?」

「あっ……」


 ――浮かれ始めた空気。


 そんな空気の中で、フィッツジェラルド元帥が冷や水を浴びせる事を言い放った。

 これは重要な事だ。

 レオ将軍がいるという事は、フォード元帥本人がソーニクロフト攻略の指揮を執っている可能性が高いという事でもある。

 まだまだ浮かれていい段階ではなかった。


「こういう事を聞くのは酷であるとわかっているが、そなたはフォード元帥と戦って勝ち目があると思うか?」

「正直厳しい……、というのが包み隠さぬところであります。ウォリック侯爵家とウィルメンテ侯爵家の軍を含めてようやく太刀打ちできると思われます」


 エリアスの問いかけに、フィッツジェラルド元帥は顔を紅潮させながら真実を答えた。

 彼は元々軍政畑の軍人である。

 ウォリック侯爵が亡くなったので、軍を落ち着かせるために急遽任命されただけ。

 戦争になるとわかっていれば、他の人間が元帥を任されていたはずだ。

 ロックウェル王国の宿将、フォード元帥を相手に「勝てる」と言えるほどの自信はなかった。


 それはエリアスもわかっていた事だ。

「確認のためとはいえ、聞いて悪かったな」と思う。


「ウィンザー侯爵家の軍も、間もなく戦場に着く頃だろう。総勢で三万を超える軍になる。彼らを見捨てるわけにはいかん。正規軍は明日にでも軍を率いて出立した方がいいだろう」


 エリアスも心の中では、すでに敗戦を覚悟していた。

 あとは援軍に向かった者達の被害を少なくして、素早く撤退させるだけだ。

 ファーティル王国を助けるには手遅れでも、アイザック達を救うにはまだ間に合うだろうとエリアスは考えていた。


「かしこまりました。微力ながらも尽力いたします」


 フィッツジェラルド元帥も「友軍の撤退を手伝ってこい」と言われている事に気付いていた。

 しかし、戦場では何が起きるかわからない。

 最悪の場合、フォード元帥と正面から戦う事を覚悟しておかねばならない。

「元帥になって最初で最後の戦争になるかもしれない」と、彼は思い始めていた。



 ----------



 しばらくして、出陣する軍の指揮官や参謀達が王宮の前庭に集められる。

 そこから見える王宮の二階にあるバルコニーにはエリアスの姿があった。

 その背後には四侯爵や大臣達も並んでいた。


「諸君、ファーティル王国は未曽有の危機にある。今回の戦いは非常に困難なものとなるであろう」


 前庭にいる者達に向かってエリアスが語り掛ける。

 エリアスの演説は、軍関係者なら今更な内容だった。


 ――伝令のタイムラグを利用した戦略。


 素晴らしい作戦に「おそらくフォード元帥が考えたのだろう。さすがだな」と賛辞を口にしていたくらいだ。

 そんな相手がいる戦場へ向かうのだから、困難な戦いになる事はわかっている。

 せめて、先代のウィルメンテ侯爵かウォリック侯爵がいれば話は別だった。

 彼らは二十年前の戦争にも参加し、フォード元帥と戦った事もある。

 戦争経験者は他にもいるが、全軍を率いるには少々小粒だった。

 経験豊富な大物を失った事の影響が今になって表に現れてしまっていた。


 誰もが死を覚悟し始めたその時、一頭の馬が駆け込んできた。


「陛下の話されている時に、なんと無礼な!」


 前庭とはいえ王宮内部である。

 騎乗したまま駆けるような真似は決して許されない。

 一部の者が不届き者を罰しようとする。


「やめぬか。その者も王宮内の決まり事を知っているはずだ。よほどの知らせがあるのだろう」


 エリアスが罰しようとする動きを止める。

 法を破ってでも急いで伝えなければならない知らせを持っていると思ったからだ。


「危急の知らせにて、失礼致しました。この知らせはすぐにお届けしなければ――」

「かまわん。話せ」


「今度こそ敗戦の知らせだろう」と思うと気が滅入る。

 しかし、聞いておかねばならない事だ。

 皆が伝令のどんな報告をするのか耳を傾ける。


「アイザック・ウェルロッド配下のマット・モーズリー、トミー・オルコットの両名が、ビクター・フォード元帥とシャーリーン・フォードを討ち取りました!」

「それは真か!」


 エリアスが思わずバルコニーから身を乗り出す。

 ロックウェル王国には、フォード元帥以外にも優秀な指揮官がいる。

 だが、フォード元帥が実績、名声ともに一番だった。

 その彼を軍師ごと討ち取ったとあっては、戦争の勝敗を左右する大事件だ。

 にわかには信じられない。


「ランカスター伯爵がフォード元帥の所有していた元帥杖を確認しております。詳しくは書状をご覧ください」

「ば、馬鹿な。本当に?」


 エリアスは背後を振り返る。

 そこには、信じられないといった表情の者ばかりがいた。

「同じ思いを持った仲間がいた」と思うと、エリアスの心が少し落ち着く。

 落ち着いたからこそ、出さねばならない指示に気付いた。


「元帥、主だった者達を集めて会議室に集合せよ!」

「りょ、了解致しました!」


 予想外の知らせに、フィッツジェラルド元帥も驚いているようだ。

 誰が見ても明らかなくらいに戸惑っている様子が見て取れた。

 いや、彼だけではない。

 今の報告を聞いた者達全てがざわつき始めている。

 だから、フィッツジェラルド元帥の反応が一人だけ浮いているというわけではなかった。




「アイザックのやり方をどう思うか?」


 フォード元帥を殺した方法を聞き、モーガンは胸を押さえながら息を荒らげていた。

 頭の中が混乱しているので、武官の面々に質問をした。

 この質問にウィルメンテ侯爵が答える。


「常人ではあり得ない事です。相手がフォード元帥の率いる部隊だと知っていれば、奇襲部隊の方に警戒が向くはず。なのに、奇襲部隊の動きに誰もが注目していた瞬間を狙って刺客を放つなど……。視野が広いだけではなく、度胸もなかなかのものですな」


 ウィルメンテ侯爵は話している間ずっと、なぜか全てを諦めたかのような目をしていた。

 彼の話を聞いて、エリアスのテンションが上がる。


「なんだなんだ。アイザックの奴め、将来は宰相になるのかと思いきや元帥の座まで狙っているのか? 欲深い奴め」


 エリアスがフフフと含み笑いをする。

 もちろん、これは冗談だ。

 無欲で忠誠心あふれるアイザックが、そこまで権力を望んでいるとは思っていない。

 まさか軍事面でも活躍するとは思っていなかったので、彼には嬉しい誤算となっていた。

 そのせいで、つい軽口を叩いてしまう。

 だが、初陣でこれほどの戦果を挙げたのだ。

 本人が望むのなら、成人したあとは将軍くらいにしてやってもいい。


 ――政治家か軍人か。


 どちらの道に進むにせよ、片方だけをやらせるのはもったいない才能だと思っていた。


「ウェルロッド侯、素晴らしい孫を持ったな。歴代でも類を見ない文武両道の当主になるかもしれん。おめでとう」


 エリアスがモーガンに拍手を贈る。

 素晴らしい若者を育ててくれた感謝の印だ。


 ――ジェイソンの時代には、きっとリード王国は最盛期を迎えるに違いない。


 そう思うと、自然と拍手をしていた。

 他の者達もこれに続く。

 その中でも、ウォリック侯爵などは「さすが婿殿」と言い出しかねない様子だった。

 しかし、婚約も決まっていないのに人前でそんな事を口にしないだけの冷静さもあったようだ。

 目だけで「娘をもらってくれ」とモーガンに強くアピールするだけに留めていた。


「しかし、こうなると褒美をどうすればいいのかが困るな。何か欲しい物を言っていなかったか?」

「特には何も……、陛下のお褒めの言葉をいただければ喜ぶかと」

「いやいや、それでは他の者達が褒美を受け取りにくくなる。宰相、何か良い案はあるか?」

「爵位や領土、宝物を与えるというくらいでしょうか。功績が大き過ぎて今すぐには思いつきません」

「それもそうだな。まだ時間はあるからじっくり考えよう」


 エリアスは悩ましい問題に直面していた。

 他の者ならどんな物でも喜んで受け取ってもらえる。

 彼が「どれだけの物を用意すれば喜んで受け取ってもらえるか」と悩む相手などアイザックだけだ。

「用意した物を喜んで受け取れ」と思う反面、こうして悩む事が少し楽しかった。


 もし、この時モーガンかウィンザー侯爵が「パメラを欲しがっている」と一言でも伝えられれば歴史は大きく変わったかもしれない。

 だが、パメラは王太子のジェイソンの婚約者。

 アイザックがどれだけ大きな功績を立てようとも、彼らにはそんな事を口にする事はできなかった。


「陛下。フォード元帥を討ち取ったという事は、戦勝の目もあります。おそらく、ロックウェル王国軍の動揺はかなりのもの。上手く時間を稼いでくれれば、援軍も間に合うかもしれません」


 フィッツジェラルド元帥の目には輝きが宿っている。

「援軍が間に合わない。フォード元帥相手に勝つ自信がない」という状況から一転したからだ。


「うむ、まさかたった一日でここまで戦況が変化するとはな。今晩の激励会は盛況なものとなるであろう」


 エリアスもまさかここまでアイザックがやれるとは思わなかった。

 もしかすると、このまま援軍など必要なく勝利に導いてくれるのではないかとすら考え始めていた。



 ----------



 その日の晩。

 出陣するフィッツジェラルド元帥や各将軍達を見送るための晩餐会が開かれた。

 王都に来ている貴族達も、軍人達を激励するために訪れていた。

 ダンスを踊る者や食事を取る者、談笑する者など、それぞれが思い思いの時間を大広間で過ごしていた。

 そこへ、またしても伝令が飛び込む。


「またか」


 今日ほど騒がしい日は今までになかった。

「今度はどんな朗報で驚かせる気だ」と、エリアスは苦笑する。


「敵将トムの手によってアイザック・ウェルロッド負傷。一時重体に陥りました!」

「なにっ!」


 だが、伝令の口からは悲報が知らされた。

 エリアスは伝令から報告書を受け取った侍従からひったくるように報告書を奪い取る。

 モーガンも報告書を覗き込みたいところだったが、さすがにエリアス相手に失礼な振る舞いはできないので伝令に視線を送る。


「しかし、エルフのクロード様によって一命を取り留めました。その際、ランドルフ様がトムを槍の一突きで討ち取られた模様です。同時にランカスター伯の軍がエドワード・テスラ将軍を討ち取ったとの事です。ソーニクロフトの街を包囲から解放致しました」

「ランドルフがトムを!? フォード元帥の軍を相手に勝利?」


 モーガンが驚きのあまり、床に片膝を突く。


 ――アイザックが死に掛けたと思うと助かり、ランドルフが猛将トムを討ち取った。


 何もかもが理解できない。

 戦場には不確定要素が多いというが、それでも多くの事が起き過ぎている。

 本人達を呼び寄せて、何があったのか問い詰めたいところだった。


「大丈夫か?」


 ウィンザー侯爵がモーガンの隣にしゃがみ込む。

 どう見ても平静ではない。

 先代のウォリック侯爵のように倒れたりするのではないのかと心配していた。


「大丈夫……、とは言い難いですな。少し落ち着く必要がありそうです」


 ウィンザー侯爵が近くのメイドに声を掛けて水を持ってこさせる。

 その水を一口飲み、モーガンは深呼吸をした。

 だが「アイザックやランドルフが死ぬのではないか?」と危惧していた事が起きた。

 これくらいではまだ落ち着けそうにない。

 モーガンの視線は、情報の書かれている報告書に向けられていた。


「我が軍の兵士に変装した敵に近付かれて切られたそうだ。負傷の程度は書かれてはいないが、治療魔法で元通りになったので心配は不要らしい。敵にやった事をやり返されたようだな。情けない」


 エリアスは吐き捨てるように言った。

 その言葉に、ウィルメンテ侯爵は同意し「どうせならそこで死んでいてほしかったな」と思っていた。

 彼にとって、アイザックの存在は自分の死活問題だからだ。


「周囲の大人達は何をしていた? アイザックはまだ子供だぞ。いくら頭が良いからといっても、絶対的な経験の不足から不覚を取る事もあるであろう。こういう時こそ大人が補佐してやらんでどうする!」


 エリアスは怒りに震える。

 先ほどの言葉はお気に入りのアイザックにではなく、ランドルフ達に向けられたものだったようだ。


「ウェルロッド侯、そなたには軍と同行してもらわねばならんようだな。初戦でこれだけの動きがあったのだ。講和の仲介も早めに必要となるかもしれん。それと、アイザックに会ってよく言い聞かせよ。子供が敵の剣が届く位置にいてはならん。少しは自重せよとな」

「はっ。その任、喜んで承ります」


 モーガンとしても本人達に事情を確認したいところだ。

 フィッツジェラルド元帥達と一緒にファーティル王国に向かう事に異論はない。

 今すぐにでも向かいたいくらいだった。


「戦闘初日でフォード元帥とその主だった配下を全滅……。なんという事だ」


 フィッツジェラルド元帥が思わず呟いた。

 自分は「フォード元帥に勝てない」と思っていた。

 なのに、アイザック達は奇襲部隊を退けてから一日の間にソーニクロフトまで解放したという。

「本当に才能のある者とはこれほどの差があるのか」と、打ちのめされてしまった。

 しかし、嫌な気分はしなかった。

 これほどまで大きな差を見せつけられてしまっては、嫉妬するどころかただただ尊敬するしかない。

 詰めの甘いところを経験で補えば、大陸中に名を轟かせる逸材になると思っていた。



 ----------



 モーガンとフィッツジェラルド元帥達が出立して十日ほどが過ぎた。

 この頃になると大きな知らせを持つ伝令も来なくなり、エリアスは少し寂しさを感じていた。

 大きな知らせが立て続けに届いたあの日がおかしいのだが、それでも物足りないと思ってしまう。


「最近は大きな知らせが来ないな」

「はい。しかし、それは戦線が安定しているという事ではないでしょうか? 我らの軍が到着すれば国境まで押し返せるかもしれません」


 ウォリック侯爵がエリアスに答える。

 今はウォリック侯爵家とウィルメンテ侯爵家の軍が王都に向かっているところだ。

 あと二週間程度で戦場まで行けるだろうと思われていた。

「援軍が間に合わない」から「国境まで押し返せるかもしれない」までに状況が変化したのはめでたい事だった。

 リード王国西側諸侯の軍が到着すれば勝てると思うのも当然の考えだろう。


「伝令です!」


 そこに、伝令が飛び込んできた。

 エリアスは「ようやく来たか」と目を輝かせる。


「ロックウェル王国と停戦できるかもしれないので、至急権限のある者を送ってほしいとの事であります」

「もうそこまで進んでいるのか!」


 今回の戦争には驚かされるばかりだ。

 ロックウェル王国の侵攻が早ければ、撃退も早い。

 このような戦争など聞いた事がなかった。

 エリアスはウォリック侯爵やウィルメンテ侯爵と顔を見合わせ、目まぐるしい状況の変化に驚くばかりだった。

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