第205話 一夜明けて
戦いが一段落して空が白み始めた頃。
安全になったと判断したアイザック達は丘を降りた。
後片づけを指示しているランドルフのもとへ向かう。
「お疲れ様でした」
「アイザックか。戦いに勝ったこの高揚感の前では疲れなんて吹き飛ぶさ。よくやった」
よほど嬉しかったのか、アイザックの肩を何度も叩く。
痛いくらい力が入っているが、気持ちがわかるので笑って耐えた。
「姿は見えなかったが、指揮をする声は聞こえていたぞ。おめでとう、本当におめでとう」
「ありがとうございます」
さすがにランカスター伯爵相手には肩を叩いたりせず、握手で済ませる。
ランドルフは、ダニエルやマチアスといった者達にも次々と握手をしていった。
その姿を微笑ましく見送ったランカスター伯爵が、アイザックの肩に手を置いた。
「フォード元帥の軍に対して、これだけの勝利を収めるなど思ってもみなかった。素晴らしい働きだぞ。きっと陛下もお喜びになられるだろう」
「だといいんですけど……」
アイザックは不安だった。
奇襲部隊は倒したが、まだフォード元帥の本隊が残っている。
本隊と戦って負けるのはいいとしても、あまりにも無様な負け方だと敗戦を責められるかもしれない。
もう少し結果が欲しいところだった。
(トミーとマットがどうなるかだけど、やっぱり行かせるべきじゃなかったかな……)
マチアスに暗殺計画を持ち掛けられて、その場のテンションで彼らに危険な任務を命じてしまった。
成功すればリターンは大きいが、彼らを捨て駒のように使っていいほど手持ちの人材がいない。
あんな危険度の高い任務を任せるべきではなかったと、今になってアイザックは後悔していた。
(そもそも五百年前のやり方なんて通じるはずがないんだ。対策だってされているだろうしな)
――マチアスの言う事なんてロクなもんじゃない。
彼の口車に乗った自分の愚かさを呪う。
アイザックに同行しているマチアスを見て、すぐに隣のクロードに視線を移す。
(クロードも全然爺さんを抑えてないじゃないか。もうちょっと抑えてほしいところだよな)
作戦を採用したのは自分なのに、アイザックはついそんな事を考えてしまう。
「閣下、大体の数字がわかりました」
ランドルフの秘書官が今回の戦闘報告を行うようだ。
全ての耳目が彼に向けられる。
「こちらの被害はおよそ三百名。その内、戦死者は六十名です」
この報告を受け、大きなどよめきが起きる。
戦闘開始当初は敵部隊を奇襲できたが、戦闘の終盤になると立ち直った敵兵の奮戦により混戦模様となっていた。
戦闘の規模と内容、相手を考えれば明らかに死傷者が少ない。
最初の一撃が与えたインパクトのおかげだろう。
「ロックウェル王国軍に与えた被害ですが、戦死者は約千五百。負傷者約六百です。負傷者は順次手当を受け、捕虜として捕らえております」
「なんと圧倒的な!」
「大勝利だ! 大勝利だぞ!」
話を聞いていた者達が騒ぎ出す。
数で言えばウェルロッド侯爵家の一万五千でロックウェル王国軍の三千と戦ったので、勝って当然だと思われるところだ。
しかし、文官の家系が多い中、フォード元帥の部隊に一方的な勝利を挙げる事ができた。
それは快挙といえる出来事だった。
ランカスター伯爵も「やっぱり参加しておけばよかったかな」と後悔するくらいだ。
しかし、アイザックやエルフの護衛も必要な事だとわかっている。
その分「次はアイザックに良さそうな任務を回してもらおう」と考えていた。
皆が喜びに沸く中、立派な鎧を着た死体が持ち込まれる。
兵士に死体を運ばせていたのはマクスウェル子爵。
その隣には息子のカイがいた。
「ランドルフ様。息子のカイが敵将らしき者を討ち取りました。ご確認いただけますか」
「カイがなんでここに?」
アイザックが疑問を口にすると、カイ本人がその疑問に答えた。
「最初は演習と聞いて参加していましたが、戦争になると聞いてそのまま戦場へ付いてきたのです。……何かアイザック様のお役に立てるかと思いまして」
アイザックにも、カイが過去の事を悔やんでいるという事がわかった。
何か手柄を立てて、アイザックの許しを求めようとしていたのだろう。
「カイ――」
「ぬおおおぉぉぉ」
――よくやった。
アイザックがそのように声を掛けようとしたところで、ランカスター伯爵が叫ぶ。
「これ、おまえ、やったの?」
驚き過ぎて言葉が片言になっている。
「はい、一騎打ちで仕留めたわけではありませんが……」
ランカスター伯爵の様子に戸惑いながらも、カイは答えた。
「ランカスター伯、この者がどうされました?」
心配になったランドルフがランカスター伯爵に理由を尋ねた。
この様子は尋常ではない。
彼の反応は「もしかすると、外務大臣だった時代の知り合いなのでは?」と周囲に思わせた。
「私は本人に会った事がある。レオ将軍だ。これはレオ将軍だぞ!」
「なんですって!」
ランカスター伯爵の発言でランドルフが驚く。
アイザックも同じく驚いた。
そして誰よりも、討ち取ったはずのカイ自身が一番驚いていた。
――レオ将軍は、二十年前にジュードを討ち取った男。
ウェルロッド侯爵家にとっての仇であるというだけではなく、リード王国にとっても恨みのある相手だ。
非正規戦に強い将軍とはいえ、まさか昨夜の指揮を執っていたとは思わなかった。
しかも、こうして討ち取られた姿を晒すなどと、誰が想像できただろうか。
思わぬ大戦果にアイザックも体を震わせる。
「カイ、よくやってくれた!」
ランドルフがカイに抱き着いた。
ジュードは恐怖の対象でしかなく好きではなかったが、それでも自分の祖父だ。
仇を討ってくれた事に全身で感謝の意を示す。
「ありがとう、突然の事でなんて言えばいいのかわからないけど。……ありがとう」
アイザックも笑顔で礼を言う。
自分が生まれた時には亡くなっていた曽祖父なので「仇を討った」という強い思いはあまりなかった。
だが、親族の仇を取ってくれた相手は労わなくてはならない。
功績には報いるのが上に立つ者の役割だ。
これだけの功績を立てたのなら、過去のわだかまりを捨てて受け入れてやってもいいと、アイザックは考えていた。
功績を立てた者を冷遇すると「アイザックに気に入られていなければ、一生懸命に働いても意味がない」と思われてしまう。
そう思われてしまったら、一部の者以外はアイザックのために働こうとしなくなる。
責められないように最低限の仕事を義務として行うだけになるだろう。
上位者として「頑張れば報われる」というやり甲斐というものを与えてやらなくてはならない。
これはアイザックが大物振る事ができるいい機会でもあった。
「カイ。戦争が終わったら、ゆっくり話がしたい。死ぬなよ」
「は、はい」
カイが笑顔を浮かべる。
その反応を見て、アイザックも「良い事を言った」と満足していた。
「ランドルフ。さっそく報告書を書いて、陛下に使者を出そうじゃないか。レオ将軍を討ち取ったと聞いたらさぞかしお喜びになられるだろう」
「そうですね」
ランドルフはカイから離れる。
そして、次にアイザックに抱き着いた。
「お前のおかげでお爺様の仇を取れた。父上も喜ばれるだろう。よくやったぞ」
「僕も曽お爺様の仇を取れて嬉しいです」
会った事がないので感慨深いとは言えないが、こうして父に喜んでもらえて悪い気はしない。
アイザックも段々と嬉しくなってくる。
ランドルフは自分の秘書官に命じて口述筆記をさせ、その書類に署名する。
同様にランカスター伯爵も「自分がレオ将軍の死体を確認した」と、署名を行う。
こうする事でレオ将軍を討ち取った事が事実であるという事と、ランドルフが戦果の過大報告を行っていないという証明になる。
「まずは軽く朝食を取ろう」
ランドルフがそう言うと、他の者達も賛同した。
ほとんどの者が昨晩から起きていて腹が空いていた。
とはいえ、今から食事を作らせるわけではない。
戦闘のあとなので、保存食料――乾パンや干し肉、チーズといったもの――で軽く済ませる。
ワインで祝杯といきたいところだが、急いで出陣したためそこまで用意されていない。
だが、今はこれだけでも十分にご馳走に感じられる気分だった。
皆がアイザックやカイを褒め称え、賑やかな時間が過ぎた。
そこへ、マット達が帰ってきた。
マットとトミー、それに道案内を行ったファーティル王国の兵士達。
彼らはアイザックの前に立つ。
「お帰り、無事に帰ってきてくれてよかったよ。やっぱり警備が厳重でダメだったかな」
いくら何でも指揮官を暗殺して、怪我一つ負わずに帰ってくるとは思っていなかった。
二人が無事に帰ってきた事によって、アイザックは「失敗だった」と判断した。
アイザックが「失敗した」と思っていると知り、マットはトミーと視線を合わせ、笑みを浮かべる。
「お土産を用意しております」
マットが背中から杖を取り出して、アイザックに差し出す。
汗で少し湿っていたので、アイザックは困った顔をする。
「は……、はうあ!」
アイザックが手を伸ばすよりも早く、ランカスター伯爵が奇声を上げた。
その目は杖に釘付けだ。
「その杖を見せてくれ!」
そう言うと、両手を突き出しながらゾンビのようにゆっくりとマットのもとへと歩いていく。
反応に困ったマットは、アイザックに視線で指示を求める。
アイザックは「見せてあげて」と、うなずく事で指示を出した。
マットはランカスター伯爵に杖を差し出す。
「まさか、まさか……」
ランカスター伯爵は舐めるように杖を隅々まで見ている。
「父上、どうかされましたか?」
父の行動を心配したダニエルが隣に付き添う。
ちょうどその時、ランカスター伯爵は腰を抜かした。
慌ててダニエルが体を支える。
「父上! 大丈夫ですか?」
ダニエルが抱き抱えながら、ランカスター伯爵をゆっくりと地べたに座らせた。
ランカスター伯爵本人はというと、自分の事よりも杖に気を取られているようだ。
「これは、これはどう見てもフォード元帥が持っていた元帥杖だ。なぜこれを持っている?」
マットに問いかけるランカスター伯爵の声は震えている。
想像している答え通りなら、とんでもない事が起きたという事だ。
「アイザック様の命により、フォード元帥の命を奪いました。その杖は証拠として持ち帰った物です」
ランカスター伯爵は両目を見開き、口をポカンと開いて驚いていた。
言葉に表せない状態なのだろう。
それは他の者達も同様である。
皆が驚く中、アイザックだけは普段通りだった。
――フォード元帥が死んだ。
それが意味する事を「敵の指揮官がいなくなって混乱するから、これから楽になる」という程度にしか思っていなかったからだ。
「ちなみに、どっちが元帥を討ち取ったの?」
アイザックは普段通りの声でマットに尋ねる。
二人の共同作業だとしても、やはりとどめを刺した方に褒美を多くやらないといけないからだ。
「私がフォード元帥を、トミーがシャーリーン・フォードを討ち取りました」
「はああああああ……」
アイザックが返事をする前に、ランカスター伯爵が鎧の上から胸を押さえて大声を上げる。
「クロードさん、ランカスター伯爵を見てあげて。体調が悪いのかもしれない」
「いや、あれはお前のせいだろう……」
「えぇっ! なんで?」
「敵の指揮官を殺したんだろう? だからだ」
アイザックがランカスター伯爵を見ると、彼はうなずいてクロードの意見が正しいという意思を表明する。
「道理で二人の姿が見えないと思っていた。アイザック、いつの間にそんな事を……」
話せないランカスター伯爵の代わりに、ランドルフがアイザックに尋ねた。
「敵の夜襲に関する事を話したあと、二人にフォード元帥の暗殺を頼みました。やるなら今、この時しかないと思いましたので」
マチアスに教えられたからとは言わない。
これは手柄を独り占めしようとしているのではない。
マチアス本人に「あんまり人間に肩入れするとクロードに怒られるから、自分で考えたという事にしておいてくれ」と言われたからだ。
「成功した時に手柄が欲しい」というよりも「戦場に関わる事ができる」という事の方が嬉しそうだったので、アイザックもこの申し出を受け入れた。
そのため、アイザックが功績と罪を一身に受ける立場となっていた。
「アイザック、お前……。あのあとフォード元帥を討ち取る事なんて考えていたのか……」
ランドルフは驚愕に満ちた表情になった。
いや、ランドルフだけではない。
この場に居合わせた者、全員が同じような表情を浮かべていた。
誰も彼もが、夜襲を仕掛けてくるであろう奇襲部隊に気を取られていた。
おそらく、フォード元帥も同じだったはずだ。
そんな中、アイザックだけが二手先、三手先を考えて行動していた。
――奇襲部隊の結果がどうなるか?
皆がレオ将軍の部隊に注目して動きが止まっているところを見逃さず、アイザックはピンポイントでフォード元帥を討ち取った。
――アイザックだけ見えている世界が違う。
アイザックの敵の動きを先読みして手を打つ速さに、ランドルフは「末恐ろしい成長の仕方だ」と恐れおののいた。
「だって、フォード元帥って強いんですよね? だったら、早めにご退場願った方が戦争に勝ちやすくなるでしょう? それに、レオ将軍が曽お爺様を殺したのなら、命じたフォード元帥も仇の一人です。戦場で油断する方が悪いんですよ」
「いや、仇討ちどころではないぞ」
胸の動悸が収まったランカスター伯爵が、アイザックの言葉を否定する。
「フォード元帥、シャーリーンにレオ。この三名を殺したという事はとんでもない事なんだぞ。我が国で例えるなら、フィッツジェラルド元帥と将軍を二人殺されたのと同じくらいの大損害だ。いや、国への貢献度を考えれば宰相閣下も加えていいかもしれん。ソーニクロフトを包囲している軍だけではなく、ロックウェル王国軍全体を揺るがす大戦果だぞ!」
「……そうですか」
ランカスター伯爵の興奮とは逆に、アイザックは冷めていた。
(先代が死んだ時のウォリック侯爵領くらいの混乱かな?)
残念な事に、アイザックには混乱がどういうものか想像できなかった。
ランドルフが病に倒れた時にもウェルロッド侯爵領で混乱は起きそうだったが、それは未然に防いでいる。
ウォリック侯爵領の時も対岸の火事のような感覚だったので、大規模な混乱に対する想像力が欠けてしまっていた。
せいぜい「戦争に強い奴がいなくなったから、これで有利になったかな?」という程度だった。
アイザックは戦争に対する当事者意識が薄い。
しかし、そのおかげで「フォード元帥を討ち取ったにもかかわらず、なんてどっしりと構えているんだ」と、周囲に心強く思われていた。
「なんという奴だ。私など驚いて腰が抜けているというのに」
ランカスター伯爵は元帥杖をアイザックに差し出す。
アイザックはそれを受け取ったはいいものの、扱いに困った。
「えっと、これはどうすればいいんでしょうか?」
「その者が土産だと言っていた。腰にでも下げておけばいいだろう。お前にはその資格がある」
(杖を腰に下げる資格ってなんだろう? 戦利品って事かな)
アイザックはその程度の認識しかなかったが、ランカスター伯爵の意図した内容は違う。
――フォード元帥を討ち取った今、この戦場にいる最も優れた知恵者はアイザック。
だからこそ、元帥杖を持っていてもおかしくないと思っての発言だった。
当然、フォード元帥が持っていた元帥杖は、リード王国内において何の権限もないただの派手な飾りに過ぎない。
持っていてもフィッツジェラルド元帥の権限を侵すような真似にはならないとわかっているから言った事だった。
「そうですね。せっかく持って帰ってくれたんですしそうします。ありがとう、マット」
「アイザック様にお似合いですよ」
マットは満足そうに笑みを浮かべた。
ここで慌てたのがトミーだ。
「アイザック様、私もお土産があります!」
シャーリーンを討ち取った事で手柄は立てたが、やはり目に見えるお土産があった方がわかりやすい。
トミーは懐から折りたたまれた紙を取り出した。
「何かな……。おおっ!」
紙を広げるとファーティル王国の地図が目に入った。
それだけではない。
兵士の数らしき数字や侵攻ルートまで書かれていた。
「これは凄い! 計画が丸わかりじゃないか!」
アイザックは興奮する。
どこにどれだけの兵がいるのかわかれば、行動がしやすくなる。
派手な杖よりも、こちらの方がアイザックにとっては良い土産だった。
「父上もこちらで一緒に見ましょう」
アイザックは腰の抜けているランカスター伯爵にも見えるよう地面に地図を置く。
ランドルフも地図が見える位置にしゃがみ込んだ。
「最初に予想した範囲の通り、ソーニクロフトを包囲しているのは大体三万ほどのようですね。王都アスキスに五万、メナスに四万。合計十二万ですか」
とんでもない大軍だ。
だが、四万ずつにしなかった理由を、アイザックは何となく感じ取っていた。
王都を攻め落とすのが最重要という事もあるが、兵士の数が増えれば増えるほど行軍速度が落ちてしまう。
国境から一番遠い攻略目標であるソーニクロフトへは行軍速度を重視した編成をしていたのだろう。
「十二万!? そんなにいるのか!」
ランドルフが驚いた。
ファーティル王国軍は四万程度。
衛兵など治安維持に携わる者を動員しても八万前後だろう。
ウェルロッド侯爵家とランカスター伯爵家の軍を合わせても、まだ数で負けている。
王国軍本隊が到着するまで時間を稼げるのかどうか不安だった。
しかし、ランカスター伯爵の脳裏には疑問が浮かんでいた。
「おかしい、ロックウェル王国軍もファーティル王国軍と同程度の規模だったはずだ。根こそぎ動員しても八万前後のはずだ。残りの四万がどこから出てきたのか……」
「この二十年の間に徴兵したのでは?」
「いえ、それはないでしょう。さすがに四万人もの増強なら気付くはずです」
ダニエルの答えを、パートリッジ子爵が否定した。
大規模な人の動きがあれば、商人達が商機と思って飛びつく。
百や二百ならともかく、千人単位で徴兵すればどこかで噂として流れてきているはずだ。
完全な情報統制などできないはずなので、この事には自信があった。
「八万という数字は、ちょうどソーニクロフトとアスキスの兵士で数が合いますね」
アイザックが地図で二か所を指差した。
そして、次にメナスを包囲しているであろう四万の兵士のところに動く。
「この四万が不自然に多い。という事は……」
アイザックはそこで言葉を切った。
「という事は、なんだ?」と皆が疑問に思う中、アイザックは近くにいる兵士から槍を借りる。
そして、その槍をノーマンに持たせた。
「こういう事でしょう」
「どういう事だ?」
「これならわかる」と思ってやった事だが、ランドルフからすぐさま聞き返されてしまった。
他の者達も同じような反応なので、アイザックはちゃんと説明する事にした。
「戦えない者に武器を持たせて兵士の水増しをするんです。農民でも鉱夫でもいい。武器と防具を身に着けていれば、最低限の働きができる兵士だと思ってしまう。戦わずに遠巻きに包囲するだけでいいメナスの部隊は、ハリボテの部隊かもしれませんね」
――不自然に多い四万もの兵士。
アイザックは、それが見せかけだけなのではないかと見抜いた。
これは前世での知識のおかげだった。
歴史漫画の中では「大軍がいるように見せかけて、敵を足止めする」という策略がよく使われていた。
その事を思い出したアイザックは、主力が立てこもる要塞都市に対して、その策略が使われているのではないのかと見抜く事ができた。
もちろん、確認する手段がないので、今の段階ではただの想像でしかない。
だが、見せかけの兵士だとわかったところで何の救いにもならない。
四万の兵士が偽物でも、ファーティル王国の主力二万がメナスの中に閉じ込もっている事には変わりはないからだ。
まだまだ予断を許さない状況のままだった。
「それで、アイザックはこれからどうするのがいいと思う?」
「兵士達も疲れているでしょうが、すぐにでもソーニクロフトを包囲している部隊に攻撃した方がいいかもしれません。今ならフォード元帥を失った混乱から立ち直ってはいないでしょうし、王都の部隊と合流される前に数を削っておきたいところです」
アイザックは昨日までとは一転、強気な発言をする。
これはフォード元帥を討ち取ったからだ。
部下に優秀な者がいるとしても、今なら悲しみに満ちてまともに戦えないはず。
相手が本気を出せる状況まで待つ必要がないと判断し、攻撃するべきだと発言した。
これにはランドルフだけでなく、ランカスター伯爵も同意した。
彼らの中にも「勝てるのは今しかない。ならば、勝てるうちに勝っておかなければならない」という思いがある。
なら、行くのは今だ。
アイザックも攻めるべきだと言っているので、彼らは「もう勝ったようなものだ」という気分になっていた。
「まずは陛下への報告書を作らねば。レオ将軍を討ち取った報告のあとに、フォード元帥を討ち取ったと報告するのだ。先ほどの私のようにならないか心配だな」
ランカスター伯爵が苦笑交じりで言うと、アイザック達も苦笑いを浮かべる。
敗戦の報告で発作が起きるのではなく、戦果を挙げたという報告で激しい動悸に見舞われるなど前代未聞である。
――戦勝報告がきっかけでエリアスが死んだ。
そんな事が起きてしまったら、本国にいる者達も困惑するだろう。
本人は意識していないだろうが、ランカスター伯爵の言葉はこれから攻撃を仕掛けようとする者達の緊張を和らげてくれた。
「ノーマン。マットとトミーの戦果を記録しておいて。それと、案内をしてくれた兵士達の名前と所属もね。あとでソーニクロフト侯爵に伝えるから」
「かしこまりました」
アイザックの言葉で、案内をしていた兵士達は色めきたった。
フォード元帥を討ち取ったマット達を案内したのだから、褒美も期待できる。
しかも、この危機的状況を救ったとなれば尚更である。
この兵士達に対する気遣いを見て、パートリッジ子爵達は感動で身を震わせた。
凡百の人間ならば「俺の部下が元帥を討った」と功績を吹聴して歩いているところだ。
なのに、アイザックは冷静にも案内役にまで気を回している。
これは並大抵の者ができる事ではない。
よほど器の大きな人物なのだろうと思われた。
この場に居合わせた者達は、稀代の英雄が誕生する瞬間に立ち会えた事を神に感謝していた。
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