第203話 待ち伏せ

 アイザック達は、ソーニクロフトまで十キロの地点まで接近した。

 道なりに丘を登り、その場で一時休止となった。

 折り畳みの椅子に座り、軽く会議が行われる。


「これ以上接近するのは危険だ。急いでいたので、本格的な戦闘になる前に兵士も一晩は休ませたい。この丘の上に宿営地を設置するのがいいだろう」


 ランカスター伯爵の意見に反対する者はいない。

 アイザックも休ませる理由はわかっていた。


 ――ファーティル王国は、リード王国と違って街道が整備されていない。


 馬に乗っていたアイザックでも疲れを感じている。

 ぬかるんだ道を歩いていた兵士達の疲れは、かなりのものだろう。

 ソーニクロフトの街から見えるところに陣取って勇気を与えるのも大事だが「疲れて戦えない」では意味がない。

 休ませる必要性を考えれば、ランカスター伯爵の発言は妥当なものだった。


「ちょっといいですか」


 ここでアイザックが発言の許可を求める。

 皆の視線がアイザックに集まった。

「何を言うのだろうか」という期待と不安が入り混じった視線だった。


「『戦場の近くに布陣した最初の夜が、もっとも夜襲を狙われる』って本に書いてあったんですが、その対策は何か考えておられるんでしょうか?」


 これは前世の知識だった。

 正確にどの本で読んだかまでは覚えていないが、歴史漫画か何かで読んだ覚えがあった。

「戦う前に一休み」というところを狙われてしまうのだろう。

 専門書での知識ではないので鵜呑みにするのは危険だが、聞いておいて損はない。


「丘の上に宿営して、警戒を密にする。それで夜襲されても防ぎきれるはずだ」


 この質問には、ランドルフが答えた。

 それは無難な答えだった。

 アイザックも普段ならこの方法に賛同しただろう。

 だが、今回は普通・・ではなかった。


「でも、相手はフォード元帥なんですよね。無難な対応で大丈夫でしょうか?」

「それは……」


 アイザックの質問に、ランドルフは答えられなかった。

 道中で合流したファーティル王国の騎士によって「ソーニクロフトを包囲している部隊の陣地に元帥旗が立っている」という情報がもたらされた。

 ロックウェル王国の元帥といえば、フォード元帥しかいない。

 文官の家系であるウェルロッド侯爵家やランカスター伯爵家が相手をするには、かなり厳しい相手だった。


「それに相手にはレオ将軍もいます。さすがにここまで近づけば僕達の事に気付いているでしょうし、奇襲を仕掛けてくるんじゃないでしょうか?」


 この世界の本で読んだだけだが、アイザックもフォード四天王の事は知っている。

 特にレオ将軍は曽祖父のジュードを殺した相手。

 その印象は強く残っていた。


「では、どうしようというのだ?」


 ランカスター伯爵がアイザックに尋ねる。

 代案があるのなら聞いておきたかったからだ。


「丘の下に布陣しましょう」

「それはおやめください」


 パートリッジ子爵が即座にアイザックの考えを否定する。


「丘の下に降りるのは危険です。右手側には川、左手側には畑。そして、背後に丘を構える事になります。奇襲を仕掛けられたら逃げられません」


 丘の下はソーニクロフトまで続く平地がある。

 しかし、街道に沿うように南側には川があった。

 武装した者が川を渡るのは困難だし、丘を駆け上がるのも難しい。

 逃げようとすると簡単に追い付かれてしまう。

 しかも、隠れて接近しやすいように北側には畑が広がっている。


 ――丘の下に布陣したら大惨事が起きる事は明白。


 これはパートリッジ子爵以外にも共通した思いだった。

 だが、アイザックはなぜか笑顔を浮かべた。


「だから、いいんですよ。逃げ場のない状態で奇襲を仕掛けてもらいましょう」


 アイザックの言葉に、皆が絶句する。

 ファーティル王国の者達などは「自分の命を捨てて窮地を楽しむイカれた奴なのか?」と顔をしかめる。


「パートリッジ子爵が今言った通りです。丘の下だと側面と背面に逃げ場がなく、畑側から奇襲を受けてしまう。ですが、逆に考えてください。水の音で気付かれるので川から敵は来ないでしょうし、わざわざ丘の上に登ってから攻撃を仕掛けるような事はないでしょう。正面の街道や平地は隠れるところがないので、当然そちらからは来ない。ほら、敵がどこから襲い掛かってくるのか限定できましたよ」


 これは先日の「魔法をどう使うか発想を変える」という事から思いついた事だった。

 川や丘で行動が制限されるという事は、当然ながら相手も行動が制限される。

 想定していない敵に攻撃を仕掛けるとすれば、まずは夜襲だろう。

 ならば、必然的に身を隠せる方向から来るはずだ。

 奇襲はどこから来るのかわからないから怖い。

「どこから来るのかわかっていれば、対応する事は可能だろう」と、アイザックは考えていた。


「しかし、どこから来るのかわかったとしても……。どうしようというんだ?」


 ランドルフが不安そうな顔をしている。

 アイザックが何を考えているのか聞くのが怖いからだ。


「丘の下に布陣して、敵の奇襲部隊を引き寄せて待ち伏せしてやりましょう。初戦で痛撃を与える事によって、今後の戦いを優位に進める事ができます」


 もちろん、アイザックは今後の戦いに期待していない。

「歴戦の勇士相手に勝つなんて無理だ」と考えていた。

 この日のために、兵士の訓練だってしっかりやっていたはずだ。

 しかも、相手は戦闘経験豊富な指揮官で、こちらは戦場未経験の者が多い。

 小規模な演習しかやってきていないウェルロッド侯爵家の軍で太刀打ちできるはずがないと思っている。

 だから、相手の奇襲を誘って、奇襲部隊を狙う作戦を考えた。


 奇襲をするには存在を気付かれてはいけない。

 万単位の軍で奇襲してくる事はないだろうと思われる。

 どんなに多くても、三千から五千程度で収まるはずだ。

 その程度なら、力量差があっても待ち伏せして数で包み潰せばまだ勝てる。


 ――奇襲部隊を潰して戦果を挙げていれば、敵本隊との戦いに負けても言い訳ができる。


 自己保身のために頭を最大限に働かせて考えた事だった。

 短期間で考えないといけなかったため、ネイサンを排除する時よりも必死に頭を使っていた。


 だが、その考えは受け入れられなかったらしい。

 皆が渋い表情をしていた。


「奇襲が来るとは限らない。それに相手はフォード元帥だ。小細工をするよりも警戒をしっかりと行い、明日からの戦いに備えた方が良くはないか?」


 ランカスター伯爵も不安そうだ。

 相手のフォード元帥は、先代のウォリック侯爵やウィルメンテ侯爵達ですら互角の相手。

 彼らも数で勝っていたから、フォード元帥に勝てていただけだ。

 文官の家系である自分達が勝てるはずがないと思い込んでしまっていた。


 だが、アイザックも引く事はできない。

 そんなに強い相手だからこそ、まともに戦いたくはなかった。


「フォード元帥は優れた指揮官なのかもしれません。ですが、僕達の存在は完全に誤算のはずです。きっと焦りを感じてもいるでしょう。優秀で対応策を思いつくからこそ、必ず早い段階で手を打つはずです。そもそも、フォード元帥と正面から戦って勝つ自信がある方はおられるのですか?」

「それは……」


 ないとは言えない。

 言葉の端々に自信のなさがあっても、面子が断言する事を許さなかった。


「僕はありませんよ。才能がどうとかいう以前に、戦場にいた時間が違います。だったら、戦闘経験の差が顕著に出る野戦に賭ける前に、少しでも敵の数を削っておいた方がいいと思います」


 だが、アイザックは違う。

 若さが彼の味方をした――のではなく、侯爵家令息とは思えないプライドの低さが言葉にする事を許した。

 前世で染み付いた平民根性はなかなか抜けないらしい。


 しかし、周囲の受け取り方は違う。

 ロックウェル王国の動きを察知して準備を整えていたアイザックですら「自信がない」と言うのだ。

 他の者達が「勝てる」と思えるはずがない。

 段々と「アイザックの提案した作戦を採用するしか光明を見いだせないのでは?」という気になってしまう。

 しばしの沈黙のあと、耐えきれなくなったランドルフが質問する。


「何か具体的な案はあるのか?」

「丘の下に布陣したら、食べきれないほどたくさんの食事を作ってお昼寝しましょう」

「おい、アイザック」


 アイザックがふざけているように感じたランドルフが咎める。

 しかし、意外な者がアイザックの言葉に反応した。


「なるほど、確かにノーランの子孫だ」


 ――マチアスだ。


 今まで黙って聞いていたマチアスだったが、アイザックの話を聞いて口を挟んだ。

 ウェルロッド侯爵家の初代当主と似たところがあったので口を出したくなったのだろう。


「大量の食事は炊煙でこちらの存在を気付かせるのと、油断しているという振りをするため。昼寝は兵士の体を休ませて夜襲に備えるためだな」

「その通りです」

「ノーランも似たような事をやっていたぞ。あいつは正面切っての戦闘に弱かったからな。どうやって敵とまともにやり合わないかを必死に考えておったわ」


 昔馴染みとアイザックの姿が被って見えたので、マチアスは懐かしさを感じて笑みを浮かべた。


「ちなみに、その時はどうなったんですか?」

「思ったよりも敵の数が多くて押し切られた。あの時は死ぬかと思ったな」


 マチアスは笑い声をあげるが、アイザックは笑えなかった。


(おいおい、もうちょっと空気を読んでくれよ……)


 せっかく自分の望む方向に話を持っていけそうだったのに「失敗した」と言われると「やっぱりなしで」と言われかねない。

 結果まで聞くのは間違いだったと、深く反省する。


「ちゃんと対策は考えています。そちらを聞いてから判断していただけませんか?」


 アイザックはみんなの意識をマチアスから逸らさせようとして話を続ける。

 彼も必死だ。

 本格的な戦闘になって、命懸けの撤退戦などやりたくない。

 小規模な戦闘で手柄を立て、あとは腰の引けた状態でもいいから安全な戦いがやりたかった。


 その必死さが伝わったのだろう。

 丘の下に布陣する事を認めてもらえた。

 ただし、ランカスター伯爵軍はエルフの護衛を兼ねて丘の上に布陣する事も決まった。

 高所を空っぽにするわけにはいかないからだ。

 丘の下にはウェルロッド侯爵家とファーティル王国軍が布陣する事になった。


 望みが叶ってアイザックも一安心。

 あとは「敵が奇襲に来なかった」というマヌケな結果にならない事を祈るだけだ。


「アイザック、さっきは言わなかった事がある。ノーランと似たような事をするのなら、昔はこういう事もやっていたぞ」


 マチアスがアイザックに耳打ちする。

 それはアイザックにとって魅力的な提案だった。

 しかし、疑問もある。


「そんな方法で上手くいくんですか?」

「ああ、ノーランは成功させていた。本当に重要なところで使うだけで、滅多に使わない方法だったがな。明らかに強い相手には、こういうやりかたもあるとだけ伝えておきたかった」

「んー」


 アイザックは悩む。

 マチアスの提案で使える手駒が一人しかいない。

 彼を失った時の損失の大きさと、成功した時の利益の大きさを天秤に掛ける。


「マット。命を捨てる事になるかもしれないけど、頼みたい事がある」

「お任せを。アイザック様のためなら何でもやります」


 即答だった。

 だが、それだけに「マットを失う危険を冒してもいいのか」と思い悩んでしまう。

 アイザックには貴重な部下だったからだ。

 しかし、マチアスの提案を受ける事に決めた。

 使える手駒を出し惜しみをして自分が死んでしまっては意味がない。


「では、一つ仕事を頼む」


 アイザックはマチアスから聞いた作戦をマットに話す。


「アイザック様、私も行かせてください」


 説明を聞いていたトミーも作戦に志願した。

 だが、彼の志願にアイザックは渋い顔をする。


「トミーは奥さんがいるじゃないか。まだ危険を冒す時じゃないと思うよ」

「いえ、行かせてください。私はまだ何もアイザック様のために働けておりません」


 トミーは決意に満ちた目をしている。

 しかし、失敗すれば二人の部下を失う。

 リスキーな作戦だけに、さすがに二人とも行かせる事に抵抗があった。


「いいではないか、行かせてやっても。こういう時は本人のやる気が一番大事だぞ」

「うーん……」


 マチアスに言われても、アイザックは即断できなかった

 しばしの間トミーの顔を見つめ、溜息を吐く。


「無理そうだったら中断する事。いいね」

「はい!」


 初めてアイザックに大仕事を任され、トミーは意気込みを見せる。


「お主がマットか」


 マチアスがマットに話しかけた。

 彼とは因縁のある間柄だ。


「マチアス様の奥方に大変申し訳ない事を致しました」


 マットもその事をアイザックから聞いていたので、頭を深く下げる。

 だが、マチアスは優しくマットの肩に手を置いた。


「先祖がやった事だ。子孫には罪はない。無茶な作戦のようだが、意外といけるものだ。生きて帰ってこい」

「はっ、ありがとうございます」


 マチアスは優しく声を掛ける。

 マットの先祖に妻を殺された恨みをぶつける気などなかった。

 罪は罪を犯した者が償えばいいというのが彼の考えだったからだ。


「さてアイザック。今晩が楽しみだな」

「楽しみというよりも、不安の方が大きいですね」


 この時のアイザックは「冒険し過ぎたかもしれない」と、後悔し始めていた。



 ----------



 領都ソーニクロフト。

 そこには三万を超えるロックウェル王国軍がいた。

 指揮官はビクター・フォード元帥。

 現国王のギャレットが四人目の主君となるロックウェル王国が誇る宿将である。

 この世界では珍しく、九十歳を超える長寿の老人だ。


「作戦は順調のようだな。あと三日ほどこのまま続けよう」


 彼は今の状況に満足していた。

 ソーニクロフトを守る弓兵は着実に数を減らしている。

 もう少し減らせば、門や壁を破壊する魔法使いを安全に送り出せるようになるはずだった。


 ――全ては順調。


 綱渡りの作戦だったが、まずは一安心といったところだ。

 しかし、そこに一報が入る。


「報告です! リード王国軍を発見。ウェルロッド侯爵家とランカスター伯爵家の旗を確認致しました!」

「なにっ!?」

「馬鹿な、早すぎる!」


 天幕の中で参謀達が騒ぎ出す。

 ファーティル王国の状況を知るまでのタイムラグがあるので、動員速度は通常通りのはず。

 どんなに急いで軍を動員しても、まだ一週間以上は時間があったはずである。


 ――伝令の速度や動員の速度といった、物理的に解決不可能な問題を無視した異常な速さ。


 報告を受けた者達は、一時的に狂乱状態へと陥った。


「おたおたするんじゃないよ! 報告は最後まで聞きな」


 慌てる者達を逞しさを感じさせる女が一喝する。

 彼女はシャーリーン・フォード。

 フォード元帥の戦死した孫の妻である。

 だが、戦場にいるのは老人介護のためではない。

 彼女はフォード四天王と呼ばれる者達の筆頭とも呼べる存在だった。


 フォード元帥は才能あふれる指揮官だが、その才能に周囲がついていけなかった。

 若かりし頃から意思疎通が不十分で、作戦失敗という事もあった。

 ある日、彼女がフォード元帥の作戦計画書を見て「こうすればわかりやすくなる」と指摘した事がある。

 それ以来、彼女はフォード元帥の考える先進的な作戦案を周囲が理解できるように計画を噛み砕いて説明する手伝いをさせられるようになった。

 以後は筆頭参謀として戦場に同行している。

 周囲の者達にも思うところがないわけではないが「フォード元帥の作戦を理解して説明できる者」という事で当初は自分を納得させていた。

 しかし、度胸があって面倒見がいいという事もあり、徐々に周囲の者達に受け入れられていった。


「それで、どれだけの兵がどこまで来ているんだい?」

「およそ二万の兵が、十キロほどの距離にある平地に宿営地を築いているようです」


 報告を聞き、その場にいた者達はソーニクロフト周辺の地図を見る。

 この日のために長い年月を使って調べ上げたものだ。


「十キロほど西か。丘があるようだが、この上に宿営地を作っているのか?」


 フォード元帥は重要な事を確認する。


「いえ、丘の下です。川と小麦畑に囲まれた場所に陣取っております」

「馬鹿な、そんなはずがないだろう。そう見せかけた罠ではないのか?」


 丘は周囲を見渡せるし、駆け上がるのに体力を使う。

 丘の上に陣取られると、奇襲を仕掛ける時に対応する時間を与えてしまう事になる。

 だが、畑の近くで陣取るとなると話は別だ。

 身を隠して近くにまで接近する事ができる。

 まるで奇襲してくださいと言わんばかりの愚かな行為である。


「罠ではないようです。私達は森の中から様子を窺っていましたが、その森にリード王国軍の兵士が近づいてきました。ですが、奴らは薪拾いをするだけで周囲を警戒する素振りすら見せませんでした。天幕の外に出ていただければ炊煙もご確認いただけるかと」

「見よう」


 フォード元帥は即断する。

 天幕の中にいた者達も外に出る。


「あちらをご覧ください」


 見張りが指差した方向に煙が立ち上っているのが見える。

 二万の兵が食事していると言われれば信じてしまいそうだ。


「もしや、奴らは宿営しやすいというだけで丘の下に陣取ったのではありませんか? 丘の上では川の水を汲むのも一苦労です。それに、ウェルロッド侯爵家やランカスター伯爵家は弱兵。二十年もの平穏な時代を過ごしたせいで、平和ボケをしているのではないでしょうか?」


 参謀の一人が意見を述べる。

「そうであってほしい」という願望が多く含まれている事が透けて見えるが、フォード元帥も思わず納得してしまいそうになる。


「いや、さすがにそれはないだろう。この速さで軍を率いてきた者達だぞ……」


 参謀の意見に納得しそうな自分を戒めるように、フォード元帥は否定した。

 しかし、自分の中にも「そうであってほしい」という思いが強くある事を実感する。

 今回の作戦計画は、フォード元帥にとって人生の集大成ともいえる傑作だ。

「戦争に弱い」という事で有名な文官の家系に邪魔をされたくなどなかった。


「レオを呼べ」


 フォード元帥がそう命じると、すぐさま伝令が走る。


「罠かもしれん。だが、何もせずに奴らが来るのを待ってはおれん。今晩レオに奇襲を仕掛けさせて様子を見る。意見のある者はおるか?」


 フォード元帥は周囲を見回すが、反対意見は出てこなかった。

 誰もが「何もせずにやってくるのを待つ」という考えを捨てていた。

 待っているだけでは、この戦争に負ける。

 まずは奇襲を仕掛けて、リード王国軍の様子を確かめてみたかった。

 撤退するかどうかは、それから考えても遅くはない。




「お待たせいたしました」


 レオは隣の陣地にいたので、すぐにやってきた。

 獅子を連想させる名前とは裏腹に、痩せぎすのキツネのような容姿をしている。

 彼は元々猟師だったが、過去の戦争で森の中を案内した時に才能をフォード元帥に見いだされた。

 それ以来、奇襲作戦など困難な任務を任されるようになり、将軍にまで出世していた。

 彼もフォード四天王と呼ばれる者の一人である。


「レオ、リード王国軍が西方十キロの地点に到着した」

「なんとっ!」


 レオは目を大きく見開いて驚いた。

 今回の作戦計画は、リード王国軍が動く前に侵攻を終わらせる事を主目的としている。

 リード王国軍が来た時点で作戦は失敗したものと思われた。


「奴らを野放しにはできない。まずは一撃を加えて様子を見ると同時に時間を稼ぐ必要がある。今晩にでも奇襲を仕掛けて足並みを乱してやれ。報告によると、ウェルロッド侯爵家とランカスター伯爵家の混成軍らしい。……縁があるな」

「はい、そのようで」


 レオはニヤリと笑った。

 彼は二十年前の戦争でジュードを討ち取っている。

 ウェルロッド侯爵家相手に「もう一度」と考えるのも当然の流れなのかもしれない。


「三千ほど連れていけ。それと、近くには小麦畑や森があるそうだ」

「なるほど、それはやりやすそうですな」

「だが、こんなに早く軍を整えて援軍に向かってくるような相手だ。油断はするなよ」

「もちろんです。お任せを」


 命令を受け、レオは自分の部隊へと戻っていった。

 しかし、命令を出したものの、フォード元帥は言葉には言い表せない不安を感じていた。


 ――やはり、この速さで援軍を送り出してきた事が気になる。


「もしかすると、行動を全て見抜かれていたのでは?」という可能性を考える。

 だが、隣国であるファーティル王国ですら、誰も気付いた者はいない様子だった。

 さらに遠くにあるリード王国で、ロックウェル王国の動きを感じ取れる者などいないはずだ。

 そんな事ができる者は人間の領域を越えている。


 ――全てを見通す目を持つ者などいない。


 そう思う事で、フォード元帥は自分を落ち着かせようとしていた。


「レオの結果を待つ。場合によっては街の包囲を解いて遅滞行動に移るぞ」


 フォード元帥は、レオの奇襲が失敗した時の事を考えて命令を出す。

 奇襲が失敗すれば、リード王国軍を相手に遅滞行動を行い、アスキス攻略軍のために時間を作ってやらねばならない。

 そのためには、街の包囲を解かねばならなかった。

 包囲したままでは、リード王国軍とソーニクロフトの軍とで挟み撃ちになってしまうからだ。

 ソーニクロフトを陥落させられないのは残念だが、王都アスキスだけでも落とせれば、まだ勝機を残す事ができる。


 ベストの選択に固執せず、ベターな選択をするのは難しい決断だ。

 だが、今回の作戦にはロックウェル王国の命運がかかっている。

 こういう不測の事態に備えて、フォード元帥はソーニクロフトを任されていた。

 しかし、その不測の事態が本当に起きるとは思いもよらなかった。

 こんな状況になった事で、自分が久し振りに焦っている事をフォード元帥は自覚しつつあった。

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