第202話 浸透戦術

 まずは主要人物だけが集まった会議が開かれる。

 今後の方針を決めるためだ。

 ここでアイザックは気になっていた事を質問する。


「ウィンザー侯爵家の軍は、いつ頃到着するのでしょうか?」

「早馬が着いてから二週間ほどだ。兵の動員速度は大体ウェルロッド侯爵家と同じくらいだから……。あと十日といったところかな」


 ウェルロッドから、ランカスター領の領都までは四日ほど。

 動員に時間が掛からなかった分を差し引いて考えると、約十日という答えが出た。


「ウィルメンテ侯爵家やウォリック侯爵家の到着は、さらに二週間といったところか。だが、主要な街道はエルフによって整備されている。もう少し早くなるかもしれんな」


 ――インフラ整備の効果。


 その効果をこんなに早く見られそうだとは、アイザックも思っていなかった。


(これはまずいか? いや、交通が便利になって軍が動かしやすくなったとは思われるだろうけど、俺が何を考えているかまではわからないだろう)


 今のアイザックは、エリアスのお気に入りだ。

 国王に気に入られているという事は、未来の栄達は約束されているようなものである。

 そんな者が国家に不利益を与えるような真似をするはずがない。

 あくまでも「軍の移動速度アップは、街道整備の副産物」程度の認識を持ってくれるはずだ。


(まぁ、大丈夫だろう。何か言われたら『馬車が揺れるのが嫌だったんです』とでも言っておけばいい)


 気付くとしたら家族の誰かだろうが、反乱まで企てているとは思うまい。

 今のところは怪しまれる要素などなかった。


「ウィンザー侯爵家の軍を待ちたいところだが、ファーティル王国側からは『すぐに援軍を送ってほしい』という要請が来ている。とりあえず、国境までは軍を進めておきたいところだが……。どうだろうか?」


 ランカスター伯爵がランドルフに尋ねる。

 ランカスター伯爵家の軍は五千ほど。

 主力となるのは、一万五千の兵を有するウェルロッド侯爵家だ。

 年長者であっても、ランドルフの意向は無視できなかった。


「いいと思いますよ。私達だけで助けに向かうかどうかは、国境付近のファーティル王国軍の者に聞けばいいでしょう。アイザックはどう思う?」

「僕も国境までは進んでいいと思います。お婆様の実家であるソーニクロフト侯爵領も近いんですよね? いっその事、そこまで進んで合流してもいいんじゃないでしょうか?」

「そうかもしれないな」


 ランドルフは一度うなずくと、ランカスター伯爵に向き直る。


「ソーニクロフト侯爵家には、こちらから使者を送っておきましょう。我々が国境に着く頃には返事が来ているでしょう」

「では、そうしよう。おい」


 ランカスター伯爵は部下を呼んで、いつでも出立できるように命じる。

 同じようにランドルフも側近に命じていた。


「マチアス様、本当にエルフも我々に同行してくださるのですか?」


 ランカスター伯爵は、次にマチアスへ確認を行う。

 治療の為とはいえ、彼にはエルフが手助けしてくれるという事が不思議で仕方がなかった。


「我々もついていくが、後方で治療行為に専念する。もちろん、リード王国にだけ肩入れするのではなく、ロックウェル王国の兵士も分け隔てなく治療を行うという事に関してはご理解いただきたい。我々にも立場というものがあるからな」

「はい、理解はしているつもりです」


 マチアスは「エルフがリード王国に肩入れした」としてロックウェル王国を始め、他国の攻撃対象にされる事を恐れていた。

 これは過去に戦争の道具のような扱いをされていた事が影響している。


 ――歩兵の密集しているところに広範囲の魔法を使っての殺害。


 魔法を使って相手を倒す事ばかり手伝わされてきた。

 今も交流のない他国の人間達には脅威として認識されているはず。


 そのため――


「治療行為に専念する」

「相手を選ばない」

「戦いには一切参加しない」


 ――この三つが協力するための最低条件だった。


 あくまでも人道支援に専念する。

 これはマチアスが提示した条件である。

 もっとも、アイザックがさりげなく誘導して思いつかせた条件だったが。


 しかし、これも今のところは・・・・・という限定的な決め事。

 モラーヌ村とその周辺に住む者達が強く反対すれば、エルフには帰国してもらう事になる。

 これは「戦場で治療活動してもいいっていう人を追加で募集できますか?」と尋ねる手紙の返事と共に、同行の可否が返ってくる予定だ。


「我々が向かった時点で、ロックウェル王国が引いてくれれば一番いいのだがな」


 ランカスター伯爵が理想を呟く。

 予想よりも援軍が早く到着した事で「計算とは違う」と引いてくれるのが一番いい。

 そうすれば無駄な血を流さずに済むし、エルフにも無茶を頼まなくてもよくなる。


 もし、相手が先代のサイモンであれば、ランカスター伯爵の望みは叶ったかもしれない。

 だが、今のロックウェル国王は息子のギャレットだ。

 外務大臣だった頃に彼とは面識はあったが、穏健派というよりも強硬派という印象を受けた。

 彼とは「一戦も交えずに終戦」とはいかないだろうというのが、彼の予想だった。


「ところで、戦争の助言とかはやってもいいんですか?」


 アイザックがマチアスに気になっていた事を尋ねる。


「魔法で攻撃すれば気付かれるが、ワシが何を言ったかなんて証明できんだろう。……でも、念の為にアロイス達には内緒にしておいてくれ。手柄はいらんから」


 マチアスはニヤリと笑った。

 彼の目的は人間との関係を強固にするためなどではなく、久々に戦場の空気を感じたいだけなのかもしれない。


(やっぱり困った爺さんじゃないか……)


 戦闘経験豊富なのはいいが、このままだと遠慮なく魔法をぶっ放しかねない。

 クロードに任せるだけではなく、マットかトミーを追加で見張りにつけておいた方がいいような不安をアイザックは感じていた。



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 アイザック達が国境の検問所に到着すると、ファーティル王国側の兵士から熱烈な歓迎を受けた。

 まるで戦争に勝ったかのような歓声を挙げている。

 まだ何もしていないのに凄い喜びようだ。

 彼らの中から立派な鎧を着た中年の男が前に歩み出る。

 その傍らには、ランドルフが送った伝令の姿もあった。


「お待ちしておりました。お疲れでしょうが、まずはあちらでお話ししたい事がございます」


 男は深刻な表情をしている。


 ――いや、その男だけではない。


 伝令に送った騎士の表情も強張っていた。

 二人の表情を見て「何かあったんだ」と、アイザック達の間にも緊張感が漂い始めた。

 兵士達に休むよう命令を出し、男の案内に従い検問所に併設された建物の中へと入っていった。


 その途中でアイザックは違和感を覚えた。

 国境の検問所なのに、兵士が千人ほど待機していた。

 戦争中にもかかわらずにだ。

 同盟国側に兵を配置する余裕があるとは思えない。

 もし、ファーティル王国が裏切るつもりだとしても、襲い掛かるまでは兵は隠すはずだ。

 アイザックは得体の知れない不安を感じ始めていた。


 会議室のような広い部屋に案内されると、まずは挨拶から始まった。


「近くの街で代官をしておりますパートリッジ子爵家当主のラッセルです。国を代表できる立場ではありませんが、援軍に来てくださった皆様に感謝申し上げます」


 そう言って、彼は頭を深く下げる。

 ランカスター伯爵がリード王国側の紹介を始める。

 立場で言えば、侯爵家の当主代理であるランドルフがリードするべき場面かもしれない。

 だが、ランカスター伯爵は、かつて外務大臣を務めた男。

 格の違いで、今は彼が代表者となっていた。


 ウェルロッド侯爵家からは、アイザックとランドルフ。

 ランカスター伯爵家からは、サミュエルと息子のダニエル。

 あとは、彼らの秘書官と護衛が同行している。

 重要そうな話だ。

 聞かせるのは最低限でいいという判断だった。

 パートリッジ子爵が机に地図を広げて、重大な情報を打ち明けた。


「ロックウェル王国軍が王都アスキスや領都ソーニクロフトにまで攻め込んできております」

「なんだと!」

「国境の要塞都市はどうしたんだ!」


 ランドルフとランカスター伯爵が驚く。

 ファーティル王国とロックウェル王国は幾度となく戦ってきた間柄。

 国境付近には強固な要塞都市が築かれていた。

 ロックウェル王国が要塞都市を短期間で突破するほどの力を持っているとなると、二万の援軍では焼け石に水となる。

 場合によっては、ファーティル王国を見捨てなければならなくなるかもしれない。


「詳しい情報が入ってきていないので断言できませんが、要塞都市のメナスは無事のようです。包囲する兵士を残して他の部隊がアスキスなどに攻め込んでいるらしいです」

「ひょっとして、兵士は普段からメナスに多く配置されていましたか?」

「ええ、国境の守りは重要ですから。主力はメナスに駐留するようになっていました」

「なるほど」


 アイザックが地図を見ながらうなずく。


(これは電撃戦……。いや、浸透戦術か。トラックもない時代によくやるよ)


 ――強固な防衛拠点を迂回し、手薄なところを狙う。


 戦術的な包囲ではなく、戦略的な包囲によって防衛拠点を降伏させるつもりなのだろう。


(あー、そうかそうか。兵士の動員速度って遅いもんな。それに連絡も馬による伝令しかない。リード王国の援軍が来る前に戦争を終わらせるつもりだったのか)


 文化レベルを考えれば、数百年は先に進んだ戦術のように思える。

 アイザックは、この作戦に感心していた。


(いや、感心してる場合じゃねぇ! 初陣からヤバイ相手と戦う事になったって事じゃねぇか。ヤバイって、ほんとマジヤバイ)


 アイザックは「優れた相手と戦える喜び」などという精神を持ち合わせていない。

 むしろ「弱い相手と戦いたかった」という思いの方が強かった。


「アイザック。一人で納得していないで、何かわかったのなら説明してくれないか?」


 ランドルフが不安そうな声で、アイザックに説明をうながす。


「僕も上手く説明できるかはわかりませんが……」


 アイザックは戦争の専門家ではない。

 前世でFPSやSLGといったゲームで歴史に興味を持ち、戦争に関する本で読んだというだけだ。

 細かく説明できる自信がなかった。

 だが、求められた以上は答えたい。

 アイザックは、まず地図を指差した。


「メナス公爵領は東側にあります。では、アスキスやソーニクロフトが陥落した場合、メナスに籠る軍はどういう行動を取るでしょうか?」

「……敵中に孤立すれば、降伏しかあるまいな」


 ランカスター伯爵の返事に、ランドルフもうなずいた。

 ファーティル王国は南にエルフ達の住む森が広がり、北には高い山脈が東西に広がっている。

 そのため、横に長い長方形のような国土を有していた。

 中央にある王都アスキスが陥落すれば危険。

 西のソーニクロフトまで落とされれば、リード王国からの援軍が絶望的になる。

 要塞都市の指揮官が「士気を保てなくなったので降伏する」と決めても責められない。


「その通りです。要塞都市があるからといって馬鹿正直に攻めなくてもいいんです。街の中で主力に閉じこもっておいてもらって、抑えの兵士だけおいておけばいい。『援軍が来るまで守っていればいい』と考えている主力が動かない間に、兵士の少ないアスキスなどを攻め落としてしまえばいいんです。だから、今までにない大軍で攻めてきたんじゃないでしょうか。抑えの兵と攻める兵が必要ですからね」

「だが、補給はどうする? いくらなんでも、そんな大軍を維持する補給部隊をロックウェル王国は持っていないだろう」

「僕達と違って、あちらは略奪できます。だから、収穫直前のこの季節なのではないでしょうか。短期間で戦争の趨勢を決めるつもりでも、かなり投機的で無謀な計画ではありますけどね。ですが、現状を見る限りでは成功のようにも思えます」


 アイザックはランドルフの質問に答えると、パートリッジ子爵に視線を移す。


「外にいた兵士。あれって、ソーニクロフトに集まれなかった兵士じゃありませんか?」

「その通りです」


 パートリッジ子爵は顔を強張らせる。

 アイザックがなぜその事を知っているのか不気味に感じたからだ。


「侵攻してきたという伝令が到着する時間。兵士を動員する時間。そのタイムラグを突いての侵攻です。王都アスキスだけではなく、ソーニクロフトまで攻めてきたのは集合する場所を潰すためでしょう。攻め込む時まで、よく軍の動員を隠せていたものです」


 まだ電話や無線がないので――


「ソーニクロフトに集まるのが無理になったから、〇〇に集合で」

「オッケー」


 ――というようにスムーズな連絡ができない。


 今はソーニクロフト周辺の街で「ソーニクロフトは無理そうだから、どこに集まる?」と伝令を送り合っている状態だろう。

 ソーニクロフトに近い街で集まれば、動きを察知されて各個撃破されるかもしれない。

 だが、安全のために距離を取れば取るほど伝令による連絡は遅れる。

 集合場所を潰されているため、すぐさま救援を行う事もできず、指を咥えて見ている事しかできない。

 この検問所にいた兵士達は、行き場に困った国境付近の街や村の兵士達だろう。

 だから、リード王国からの援軍と合流するため、ここに集まっていた。

 アイザックはそのように考えていたが、考えは当たっていたようだ。


「ロックウェル王国はリード王国が軍の動員や移動で時間を掛けている間に、アスキスやソーニクロフトを攻め落とすつもりでしょう。ただ、こんな攻め方では攻城兵器を持ち込む余裕なんてなかったはずです。よほど短期間で街を落とす自信がないとできませんよ」


 この点だけが疑問だった。

 確かにこの戦略を考えたのは素晴らしい事ではあるが、戦車どころか大砲すらない世界。

 街壁で囲まれた街を攻城兵器もなしで、短期間の内に陥落させる方法が思い浮かばなかった。

 せいぜいが「内通者を用意しておく」というものだが、国の命運を賭けるには不確定要素が多くて安心できない。

 何か他の方法を用意している可能性が高い。

 そんなアイザックの疑問にダニエルが答えた。


「魔法使いを集めたのではありませんか? この二十年の間に才能を発揮する者が多く現れたか。それとも、他国から雇い入れたのかまではわからないけど」

「えっ、魔法で城攻めみたいな事ができるんですか?」


 これはアイザックの想像の範囲外だ。

「エルフは威力の強い魔法を使えるが、人間の魔法は弱い魔法しか使えない」という先入観のせいだった。

 せいぜいが「野戦で鉄砲代わりに使う」程度の認識だったので、攻城戦に使えるとは思ってもみなかった。

 これは今まで人間の使う魔法を見た事がないせいだ。

 勝手に弱いものだと思い込んでいた。


「魔法で直接門を打ち砕くという事はできないだろうけど、門のある地面を魔法で掘ったりして城壁ごと崩したりはできるだろうね」

「そういえば、ロックウェル王国は鉱山の国でした。穴を掘ったりするのが得意な魔法使いを多く抱えているかもしれませんね」


 アイザックは、魔法での戦闘というものに先入観を持っていた。


 ――火や氷の魔法で相手を攻撃したりする。


 そういったRPG系統のゲームが強く印象に残っている。

 まさか、土木作業に使うような魔法を城攻めに使うなどとは考えもしなかった。

 これは前世の記憶がある事の弊害である。


(いや、もっと早く気付くべきだったんだ。エルフに土木作業を頼んだのは俺なのに……)


 ――街道整備や護岸工事を頼んでいたが、作業の方向性を変えれば城攻めにも使える。


 直接的な攻撃方法しか思い浮かばなかった自分が恥ずかしい。


(でも、城攻めの方法があるとなると……。あー、もうこの国はダメだな。そもそも、剣と槍の時代に浸透戦術を考えるような天才相手と戦うなんて絶対に無理。勝てるはずがない。言い訳のために一戦して、さっさと逃げよう)


 戦術は武器の進化と長年の経験を積み重ねて生み出される。

 前世の知識を活用している仮初の天才であるアイザックと違い、自分で新しい戦術を考え出すような本物の天才相手には勝ち目がない。

 アイザックは戦う前から諦めてしまった。

 だから「援軍に向かったけど間に合いませんでした」と言い訳をするために、軽く一戦して退くべきだと考え始める。


「ところで、伝令に行けずに帰ってきたって事は、ソーニクロフトが囲まれているのを見たんだよね? どれくらい敵がいたかわかる?」


 アイザックは伝令に向かった騎士に尋ねる。

 戦う前に目の前の敵の数だけでも知っておきたかった。


「おそらく、一万五千から二万程度だと思います。ですが、こちら側から視認できただけですので、街の反対側までは……。申し訳ございません」

「いいよ、その情報を持ち帰ってくれただけでも助かるよ」


(最低二万。多くて四万くらいかな? 王都に向かってる兵士とか考えると……。危険だな。王都が攻め落とされるまでにソーニクロフトの敵と一度戦って早めに逃げないと命を失いかねない)


 間を取って三万の敵兵がいると考えても、アイザック達の軍よりも数が多い。

 リード王国軍の本隊が到着するまで時間稼ぎするのも辛そうだ。

 敵に合流される前に、軽く一戦して逃げる口実を作っておく必要性を感じた。


「街壁などの防衛施設を突破する方法があるなら、早めに援軍に向かった方が良さそうですね。ウィンザー侯爵家の軍を待っている時間はありません。我々だけでもソーニクロフトに向かった方がいいのではないでしょうか?」


 アイザックは淡々とした口調で考えを述べた。

 ウィンザー侯爵家だけではない。

 王国正規軍も間に合わない状況で、先に一戦していれば「あなた達は戦闘に間に合わなかったじゃないですか」と言って、責任の追及を逃れられる。

「保身としては悪くない考えだ」と自画自賛する。

 さっさと逃げる事を考えているので、アイザックは冷静でいられた。


「確かにその通りだ。幸いにもこちらには二万の兵がいる。ソーニクロフトを攻撃している敵部隊を退けられるかもしれん」


 アイザックの考えにランカスター伯爵も同意した。

 彼はアイザックのような保身ではなく、盟友を救う・・・・・という意識を強く持っていた。


「ソーニクロフトには伯父上もおられる。早めに助けたいですね。ウェルロッド侯爵家の動員が早かったので、そこが彼らの誤算となるでしょう」


 マーガレットの兄弟や自分の従兄弟もいるので、ランドルフもアイザックの案に乗り気だった。

 彼らは「ウィンザー侯爵家の到着を待つ時間はなさそうだ」と、直感的に感じとっていた。

 ならば、一刻も早くソーニクロフトに向かい、敵を打ち破って合流するべきだと思い始める。


「当然、我々も同行致します。他の拠点に連絡を取れば、さらに千か二千は集められるでしょう。せめて、奴らに一泡吹かせてやります」


 パートリッジ子爵は拳を握り締めて、意気込みを語る。

 その鼻息は荒い。

 その原因はアイザックだった。


 ――敵がアスキスやソーニクロフトにまで攻め寄せてきた。


 たったそれだけで、敵の戦略を見抜いてしまった。

 アイザックの噂は聞いていたが、戦争にまで造詣が深いとは知らなかった。

 しかも、まるで「すでに勝敗は決まった。この戦争は絶対に勝てる」と確信しているかのように、落ち着き払った態度をしている。

 子供だとはとても信じられない胆力だ。

「勝てるかもしれないと思っただけで興奮している自分とは大違いだ」と、器の違いを思い知らされていた。


 ――アイザックの底知れぬ知謀は、得体の知れない恐怖を感じさせるもの。


 だが、その大物ぶりは恐怖を塗り潰して余りある信頼感を、この場にいた者全員に与えていた。

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