第186話 顔を合わせるのが気まずい相手

 ドワーフの街へ行くメンバーは、基本的にエルフの村に行ったメンバーと同じ。

 違うのはブリジットが行かない事と、護衛が少々増える事だった。


 ブリジットは「ドワーフの街って臭いし、煙たい気がするから行きたくないのよね」と言って拒んだ。

 この決定には、アイザック以外のメンバーが残念がった。

 旅の彩りが失われたからだ。


 護衛が増えたのは、ドワーフが魔法を使わないからだ。

「ドワーフは強いが、魔法のような理不尽な強さではない」という理由で、護衛が増員された。

 魔法一発でアイザックごと一網打尽になるのでは、護衛の意味がない。

「今度は出番があるかも」と思い、護衛はやる気を出していた。

 もっとも、彼らの出番があると困るので、やる気を出されても困るだけなのだが。


 一行は国境の街アルスターへ到着する。

 ここで一泊してからザルツシュタットへ向かう。

 もてなしは基本的にマクスウェル子爵が行うが、当然息子のカイも対応する。


 ――このカイが問題だった。


「ゆっくりしていってください」


 アイザック達の歓迎が終わると、子供だけ語り合う時間が作られた。

 しかし、ここで大きな問題が一つあった。

 カイはネイサンの友達の中でも上位の方にいた。

 だが、アイザックの友人達はネイサンの友達として最下層だった。

 それが今や、ネイサンが目の仇にしたアイザックの友人になっている。


 ――アイザックとその友人達は、カイにとってみれば敵のような存在。


 カイがアイザック達の相手をするには、あまりにも気まずい状況だった。

 実際にポールやレイモンド達は、カイに対して好意的な感情を持っていなさそうだった。

 子供同士なら仲良くできるだろうと、こんな状況に放り出していった父の事を罵倒したい気分だった。

「ゆっくりせずに、さっさと行ってくれ」というのが、カイの本心だった。

 カイの思いを知ってか知らずか、アイザックは微笑みをたたえていた。

 その笑みが「どういたぶってやろうか」と言っているように見えて、カイは今すぐにでも逃げ出したいと思っていた。


「そういえばさ、カイに聞いてみたかった事があるんだ」

「な、何でしょうか?」


「来たっ!」とカイは思った。

 ここで何を言われるのかはわかっている。

 どうせ「今の気分はどうだ?」とか、そんな事を聞かれるに決まっている。

 カイは勝ち組のネイサン派から、たった一日で負け組に転落した。

 近年でこんなに急激な変化を経験をしたのは、ネイサン派に付いていた者達くらいだろう。

 望んでなどいなかったが、カイもその貴重な経験をした一人だけあって、アイザックの一挙手一投足にビクビクしていた。


「昔さ『あいつ、本当は女なんじゃないか? いっつも女とばっかり遊んでるし』って、僕に言ったの覚えてる?」

「えっ、いや、それは……。覚えて……、ないです。多分、言ったとしても結構小さい頃だったと思いますし……」


 ――言った覚えのない言葉。


 内容を考えれば、おそらく七、八年前に言った事だろうか。

 覚えていないような昔の事を持ち出されても、カイは反応のしようがなかった。

「ああ、終わったな」という事で胸が一杯だった。

 これはカイだけではない。

 アイザックの横で話を聞いていたポール達も同じ事を思っていた。

 しかし、アイザックにはカイを追い詰めるつもりはなかった。


「あの時さぁ。女の子と遊ぶ事を馬鹿にしてたけど『あと十年もすれば女の顔色を窺うようになるのに』って思ってたんだよね」

「へっ?」


 思っていたのとは違う方向に話が向いたので、カイは間の抜けた声を漏らした。


「どう? 婚約者ができたって聞いたけど、女の子の顔色を窺ったりしてる?」


 カイがネイサン派の子供だった事は知っている。

 先ほど言ったように、減点対象の発言をしていた事も覚えている。

 だが、ドワーフとの交易が始まった事によりアルスターが重要な都市となった今、マクスウェル子爵家との関係は修復しておいた方が良い。

 粛清対象にするほどの減点ではなかったので、アイザックはカイに対して融和策を行う事にした。

 それが過去の話を切り出す事だった。


「いえ、特に気を使ったりはしていません」

「えっ、なんで!?」


 今度はアイザックが驚く番だった。

 もし、自分に恋人か婚約者がいれば、きっと気を使っているはずだ。

 年齢で考えれば中学生だ。

 異性との付き合い方がわからず、丁重な扱いをしていてもおかしくない。

 カイの対応が不思議で仕方がなかった。


「なんでって言われましても……」


 このアイザックの反応に、カイも困るだけだった。

 思わず、救いを求める視線をレイモンドに向ける。

 レイモンドは「やれやれ」といった感じで、助け船を出す事を決めた。

 これはカイだけではなく、アイザックのためでもあるからだ。


「アイザック。僕達は代官の息子で、しかも後継ぎだ。相手が侯爵家とか有力な伯爵家に縁のある娘ならともかく、同格の相手とかだったら向こう側が気を使ってくれる立場なんだよ」

「へー、そうなんだ。てっきり女の子の顔色を窺ったりしてるのかと思ったのに」

「いや、アイザックはそれくらい知っておくべきだろ」

「だって、恋人も婚約者もいないからわからないよ」


 そう言って、アイザックが笑う。

 他の子供達は、どう反応していいのかわからず困惑する。

 ただ一人。

 同じく恋人も婚約者もいないポールだけが苦笑いをしていた。


「でもつまんないなぁ。『昔はあんな事を言っていたのに、今は自分が女の子の顔色を窺ってる』ってからかいたかったのに」

「申し訳ありません」


 カイが頭を下げて謝る。


「別にいいよ。謝られるような事じゃないしね」


 アイザックは軽く手を振って、気にするなと鷹揚な態度を取った。


「ありがとうございます。アイザック様との付き合い方を昔からもっとよく考えておけばよかったと後悔しております」


 カイは悔しそうな顔をする。

 ただ、これは「友人として付き合いたかった」という純粋な思いだけではない。

 アイザックのような有力者と仲良くしておけばよかったという、政治的な判断ミスを悔やむ思いも多く含まれていた。

 とはいえ、ネイサンの友達になったのは親の命令。

 さらに言えば、マーガレットが根回ししていたからに過ぎない。

 幼く自分で判断できなかったカイ一人の責任ではなかった。

 しかし、カイは己の判断を悔やんでいた。

 実際に行動していたのは自分だったからだ。


「僕はあんまり気にしてないよ。レイモンド達も元々は兄上の友達だったけど、今は僕と友達になってるし。まぁ、根に持つような事が起きるほど接触もなかったってだけなんだけどさ」

「そう言っていただけると助かります」


 カイはホッと安堵の溜息を吐く。

 確かにアイザックの言うように、ネイサンの友達だった者全てを遠ざけたりはしていない。

 行動で示しているので、その言葉を信じる事ができた。


「でも、カイと他の子達の関係は別。実際に付き合いがあっただけに、思うところもあるだろうしね」


 アイザックが友人達に視線を向けると、彼らは無言でうなずいた。

 ネイサンの友達だったとはいえ、その中にはヒエラルキーがあった。

 上位にいたカイと、下位にいたポール達では扱いが違ったらしい。

 その辺りの事にまでは首を突っ込む気はないので、当事者間で解決してもらいたいとアイザックは思っていた。


「カイもザルツシュタットに連れていっても良かったんだけど、まずはその辺りの事を解決してからだね。ギスギスした空気で交流に出向くなんてできないからさ」

「はい……」


 カイもアイザックの態度を見て「一緒に行けるかも」と、少しは期待し始めていただけに残念そうだった。

 だが、理由はわかる。

 ポール達との間にギクシャクとした空気があれば、ドワーフ側に悪感情を抱かせてしまうかもしれない。

 渋々ながらも認めるしかなかった。

 そんなカイの感情を感じ取ったアイザックが話を変えようとする。


「そういえばさ。人間の街で物価を調べるためにドワーフが来てたよね。その時に話したりしなかったの?」

「話しました。世間話程度ですけど……」

「だったら、少しその話を聞かせてよ。会う前にちょっとでも情報は欲しいからね」


 アイザックの言葉に従い、カイは少しずつアルスターを訪れたドワーフの話をし始める。

 その合間にアイザック達が質問し、カイが答える。

 ギクシャクとした空気は残っているものの、沈黙が訪れる事なく話は続いていた。



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 アルスターで一泊したあと、アイザック達はザルツシュタットに向けて出発する。

 道中では何台もの荷馬車とすれ違った。

 道の周囲は荒地なので、開拓時代に荒野を進む馬車のように見えた。


(だからって、馬車強盗まで出てこられても困るけどな)


 周囲に街がないので、どうしても治安面での不安が残る。

 一応、兵士を多く配備して巡回させている。

 だが、運んでいる荷物の価値を考えれば、奪い取ろうと考える者もいるはずだ。

 今は交易路の安全確保に気を使っているが、いつか気が緩んだ時が怖い。

 怪しい者がアルスター周辺に出入りしていないかのチェックも必要だろう。


 しかし、アイザックは「さすがにそこまで俺が考える事じゃないか」と考えた。

「あれはどうなっている?」と確認するくらいは良いとしても、何でもかんでも細かく口出しするのはよろしくない。

 ある程度は現場の判断で動いてもらわなくては困る。

 そのためにも、過剰な介入は避けるべきだと思ったからだ。

 問題が起きそうな時に、改善案という形で口出しするだけに留めておこうと考えた。


 それに、今回はエルフの村を訪ねた時とは違う。

 出迎えに来てくれるジークハルト達、ドワーフを味方に付けるために交渉なども進めていかなくてはいけない。

 余計な事を考えている余裕などなかった。

 警備の事なら、帰ってからでも考えられる。

 無理に今考えなければならない事ではなかった。


 しばらく馬車に揺られていると中間地点の休憩所が見えた。

 今日はここで一泊する事になる。

 アイザック達の泊まるところは、先行したノーマン達によって確保されていた。

 

 夕食は休憩所に用意された調理台を使ったバーベキュー。

 焼かれた肉を前にして、ポールがポツリと呟いた。


「バーベキューかぁ。エルフの村は可愛い子がたくさんいて楽しかったなぁ……。ドワーフの女の子って可愛いの?」


 まだ婚約者のいないポールは、どうしても女の子の事が気になるようだった。

 しかし、それはアイザックも同じ。

 まだ見た事のないドワーフの女の子の事が気になっていた。

 だが、期待はしていなかった。


「ドワーフってさ。おじさんもだけど、まだ子供のジークハルトも結構ムキムキの体だったんだよね……。あんまり女の子には期待できないんじゃないかな?」

「そうなのかなー。クロードさんはドワーフの女の子の事どう思いました?」

「ドワーフの女の子か」


 突然女の子の話題を振られたクロードは少し驚いたが、すぐにいつも通りの表情に戻った。


「可愛いんじゃないか? 人の好みにもよるとは思うけどな」

「可愛いんですか! 仲良くなれるといいなー」


 ポールは表情を明るくする。

 他の子供達も同じように、少し期待するような表情を見せる。

 しかし、アイザックだけはそこまで楽観的にはなれなかった。


(友好的な関係の相手に可愛くないとは言えないよな)


 それに、クロードの性格を考えると相手を悪く言うとは思えない。

 いくらか割り引いて考えた方がいいだろう。


(別に女の子に期待しているわけじゃない。ないけど……、どうせなら可愛い子の方がいいかなぁとは思う)


 ついでに「仲良くなれるといいなー」ともアイザックは思った。

 だが、今回の目的は女の子と仲良くなる事ではない。


 ――五年後に必要な量の火薬を売ってもらう。


 最低でも、この話だけはまとめておかなければならない。

 気にはなるが、女の子の事で脱線している余裕など、アイザックにはなかった。

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