第171話 外出許可

 エルフの村を訪ねるに際し、もっとも大きな壁となるのが外出許可・・・・だった。

 アイザックは自由に行動しているように見えて、外出の自由はかなり制限されている。

 もう十三歳なので街を出歩きたいところである。

 しかし、誰かと面会する予定がない限り、自由に屋敷の外へ出る事すらできなかった。

 予定もないのに出かけられるのは、自分の作った菓子屋の視察に出向くくらいだ。

 それ以外は「どこに行くのか」をはっきりさせて予定を組んで出掛けねばならなかった。

 これは「アイザックが何かしでかす事を心配して」という理由もなくはないが、どちらかというと「アイザックが誘拐されたり、暗殺されたりすると困る」という心配からだった。


 ケンドラが生まれたとはいえ、アイザックはウェルロッド侯爵家にとって貴重な男児の後継ぎ。

 それに加えて、エルフやドワーフと友好的な関係を築く事に多大な影響を与えている。

 アイザックの影響力は、諸外国にも知られている。

 将来、ジュードのような大物になる事を恐れている国が、子供のうちに暗殺しておこうと考えているかもしれない。

 そのため、アイザックは王都や領都を自由に動き回れなかった。


 だが、アイザックには遠出を認めてもらう勝算があった。

 ジュードの再来を恐れている国があろうと、それは人間の国に限られる。

 エルフやドワーフ達には、ジュードの存在は関係ない。


「危害を加える理由がない以上、王都を出歩くよりは安全なはずだ」と、アイザックはモーガンとランドルフに熱弁していた。


「――というわけで、春にクロードさんやブリジットさんが里帰りする時に、僕も友達と一緒に行かせてください」

「確かにアイザックの言う通り大丈夫だとは思うけど……」


 だが、ランドルフは渋る。


「子供がメインで行くんだろう?」

「はい。さすがに武装した護衛をたくさん連れていくのはよろしくないと思いますので」

「その分、武器を持たない者を大勢連れていけばいいだろう」

「確かにランドルフの言う通りだ。武装した者は無理でも、子供の面倒を見れる大人もそれなりの数を同行させるべきだろう」

「では、私が同行しましょうか? 数日の滞在なら問題はないでしょう」


 ランドルフは、自分が同行するならどうかとモーガンに尋ねる。

 しかし、それはモーガンには受け入れられなかった。


「いや、お前には領主としての仕事があるから私が行こう。彼らとの交流も外務大臣としての職責の一部だ」

「いえいえ、大臣である父上が同行すれば、気楽な交流とはいかないでしょう。ここは私が」

「何を言う。お前とアイザックに何かあったら、ウェルロッド侯爵家を継げるのがケンドラしかいなくなる。お前はウェルロッドに残るべきだ」


 二人は、ムムムと睨み合う。

 膠着状態に陥ったのを見て、アイザックが口を開いた。


「あの……、僕が遊びに行く事自体は許してもらえていると受け取っていいんですよね?」

「ああ、そうだ。領都や王都を遊び歩くよりは安全だろうからな。それに、子供同士で交流したりするのは将来の事を考えればプラスになる」


 ランドルフからアイザックへ視線を移したモーガンが答えた。

 彼らもアイザックを自由にさせてやりたいとは思っている。

 だが、今までは安全を考慮して、安全そうな場所への訪問しか許可を与えていなかった。

 それに、アイザックは男友達と外に出て遊ぶ機会がなかった。

 たまには自由を満喫できる機会を作ってやってもいいだろうと思い、アイザックの頼みを無下に却下するつもりはなかった。


「では、付き添いの大人はノーマン達秘書官でいいと思いますよ。わざわざお父様やお爺様が出る必要はないと思います」


 アイザックは、もっともな事を口にする。

 

「いや、しかし……」


 ランドルフが口ごもる。

 その歯切れの悪さから、アイザックはなんとなく察した。


「もしかして、エルフの村に行ってみたいだけ。とかでしょうか?」


 二人はそっと視線を逸らす。

 その仕草を見て、アイザックは予想が当たっている事を確信する。


「お爺様は、十歳式に出席してほしいと話に行ったのではないのですか?」

「あの時は交易所で話し合ったから、村までは行っておらんのだ。エルフやドワーフがどのような暮らしをしているのか興味はあるな」


 モーガンは頬を掻く。


「父上はまだいいじゃないですか。私なんてドワーフとの調印式も留守番だったんですよ。アイザックと一緒に観光をしてみたいと思っています」


 対するランドルフは、羨望の眼差しをモーガンに向ける。

 彼もウォルフガングとはあったが、他のドワーフ達とは会っていない。

 殴り込みをかけられた時の初期対応をしたのに、その後の交渉では留守番だった。

「割に合わない」という思いが胸中にあったので、今回は自分が行きたいと思っていた。


「ちょっと待ってください。今回は子供を中心にして行きたいんです」


 ここでアイザックが待ったをかける。

 二人とも、どちらかが同行する事が当たり前のように話している。

 アイザックは、ドワーフ達と保護者のいないところでしかできない話をしたいと思っている。

 彼らの同行を止めておきたかった。


「お爺様が同行すれば、個人の付き合いではなく、公的な付き合いとなってしまいます。それはお父様が同行しても同じです。公的な立場のない子供同士の交流を先に行って、人間を受け入れられやすい雰囲気の下地作りを行う方がいいのではないかと思っています。ですので、今回は控えてくださった方がいいと思うのですが……。どうでしょう?」


 またしても、モーガンとランドルフは顔を見合わせてムムムと唸る。

 今度は睨み合ってはいなかった。

 どうしようかと、視線で相談していた。


「確かにアイザックの言っている通りだな。勘違いしてほしくないから言っておく。私は外務大臣として、エルフやドワーフの事に興味を持っただけだ。他意はない」

「父上、それはないでしょう!」


 モーガンが威厳を保とうとして、自分だけ言い訳した事をランドルフが咎める。

 彼は「観光したい」と言ってしまったので、言い訳しようにもできないからだ。

 自分一人だけ言い逃れしようというのは裏切りにしか思えなかった。

 モーガンが、フッと鼻で笑う。


「言葉に気を付けるのだな。二手先、三手先を考えて口にしろ」

「さすがに家族の話し合いで、言葉に警戒し過ぎでしょう」


 これはどちらの言い分も正しかった。

 だが、この事で言い合っても話に進展はない。

 それどころか、アイザックに愛想を尽かされるかもしれない。

 そう思うと、自然に別の話題へと変わっていった。


「エルフはおそらく大丈夫だろう。ドワーフは手紙を送って返事待ちとなるが……。そろそろ、鉄道を見せるのか?」

「はい、そうしようと考えています。陛下からも他国への贈答品にできそうな物を仕入れてほしいと頼まれていますので、それくらい目新しい技術を渡した方がいいかと思います」

「陛下から……か。羨ましいな。私などまだ名指しで使命を与えられた事もないのに」


 ランドルフが溜息混じりに愚痴る。


「ジェイソン殿下にお会いする時に偶然廊下で会っただけですよ。その時、ドワーフの品物の話になってというだけです」


 アイザックは、偶然会った時の話の流れで言われただけだと説明する。

 さすがに父や祖父の頭越しに勝手に引き受けてきたと思われるのはマズイ。

 しかも、なぜか自分の信用がないため「根回しをしてきた」と思われる可能性が高い。

 自分の意思でやった事ならともかく、エリアスから接触してきた事でいらぬ誤解をされたくなかった。


「陛下からそのような事を頼まれているとはな。ドワーフの方にも手紙を出して、是非とも訪問する許可をもらわねばならぬな」

「多分、ジークハルトに手紙を出せば大丈夫なような気がします」


 アイザックは、新しい物好きなジークハルトの顔を思い出す。

 バネを使った馬車では酷い目に遭わされたが、新しい技術への貪欲な好奇心を持っている。

 手紙を出せば、彼が祖父のルドルフ達に根回ししてくれるはずだ。

 ドワーフの街への訪問は、比較的簡単なものにアイザックには思えていた。


「そうだな。こちらでも手紙は書いておくが、一応お前もジークハルトに宛てて書いておきなさい」

「ありがとうございます! 家族へのお土産もちゃんと買ってきます!」

「だが、ノーマンの他に誰を連れていくかは、これからも相談が必要だからな」

「はい!」


 ここで「絶対ダメだ」と言われていたら、アイザックの計画が狂ってしまうところだった。

 すんなり許可された事はありがたい。


「ただし、ハメを外し過ぎたりはせんようにな」

「もちろんです」


 念のために釘を刺されるが、アイザックも友好をぶち壊しにするような気は毛頭なかった。



 ----------



 モーガンとランドルフとの話が終わると、アイザックは真っ先にクロードのもとへ向かった。

 クロードは、ちょうどブリジットと一緒にリビングでティータイムを楽しんでいた。


「お爺様とお父様の許可は得ましたよ」

「そうか。なら、村長からの返事待ちだな」


 クロードはアロイスへの手紙を書いて送っていた。

 すでに判断は委ねているので、他人事のようにくつろいでいる。


「村に来るのはいいけど、なにするつもりなの?」


 ブリジットがマフィンを頬張りながら、訪問の理由を尋ねる。


「そりゃあ、当然お話だよ。エルフの子供達とも遊んでみたいしね。それに――」

「それに?」

「ブリジットさんのご両親にも挨拶に伺わないとね」

「はぁ! あんた、何言ってんのよ!?」


 アイザックの爆弾発言に、ブリジットが慌てふためく。


「私よりちょっと背が高くなったからって、調子に乗ってんじゃないわよ」


 強い口調でアイザックの事を否定するが、その動揺は隠せない。

 やはり、不意打ちが効いたのだろう。

 アイザックは、心の中でニヤリとした笑みを浮かべる。


「クロードさんのご両親にも挨拶したいですね」

「えっ」


 今度はブリジットだけではなく、クロードも驚きの声を上げる。

 このパターンは予測できなかったようだ。


「マチアスさんとは何度も会っていますが、他のご家族とは会った事がありません。日頃お世話になっているので、挨拶くらいはしておきたいです」

「あぁ、そういう事か。気にしなくてもいいんだが……。村に来るなら会う事になるだろうし、その時紹介しよう」

「よろしくお願いします」


 クロードも一瞬動揺していたが、紛らわしい言い方をしただけだとわかり落ち着いた。


「ところで、ブリジットさんはご両親に挨拶される事に何か不都合があるんですか?」

「べ、別になんにもないわよ。あんたが紛らわしいのよ!」

「紛らわしい? どういう事でしょうか?」


 アイザックは、きょとんとした表情をする。

 これにはブリジットも、苦虫を噛み潰したような表情をするばかりで、何も言い返せなかった。

 勝手に勘違いしたのは自分だ。

 それによく考えれば、背が高くなったとはいえアイザックはまだ子供と言える年齢。

 今、口にした言葉に隠された意味を理解していないかもしれない。

「勘違いした自分が悪い」と思い、ブリジットは非難の言葉を口にする事ができなかった。


 もちろん、アイザックは全てわかったうえで言っていた。

 弓の練習をしていた時、最初にからかったのは自分だ。

 どちらが悪いかと言えば、考えるまでもなく自分が悪いとわかっている。

 しかし、ブリジットのつねりは本当に痛かった。

 だから、ほんのちょっとだけ意趣返しをするつもりだった。


 だが、前回のようにストレートにからかえば反撃される。

 そこで「ご両親に挨拶」という、告白にもとれる微妙な言い回しをしてからかったのだ。

 クロードは、その流れ弾に当たった被害者だった。


「ねぇ、どういう事なんですか?」

「くっ……。あんた、わかって言ってるんじゃないでしょうね?」


 ニヤニヤとした笑みを隠せなくなっているアイザックと、ギリギリと悔しそうに歯ぎしりするブリジット。

 その二人の姿を見て「本当に村に呼んでも大丈夫だろうか」と、今更になってクロードは心配していた。

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