第169話 両親との交流
――ジェイソンの弱点を調べようとして、接触すればするほど陥れる事に抵抗を持つようになる。
これは当然の結果だ。
アイザックも人である以上、好感を持てる相手には矛先が鈍ってしまう。
そして、ジェイソンは好感を持てる相手だった。
親友のフレッドの肩を持つのではなく、アイザックの事も考えてくれる優しさがある。
まだ子供なのにだ。
あれが人の器というものだろう。
アイザックは、器の大きさで素直に負けを認めた。
逆の立場であれば、どうしても自分の友人の肩を持ったはずだ。
それに「ジェイソンの器は俺よりも大きい」と感じた時点で負けてしまっている。
自分に言い訳をして、負けを認めようとしない事はできる。
だが、その時点で
その事を理解しているので、素直に負けを認め、アイザックは自分を成長させる道を選んだ。
今負けているのであれば、いつか勝てるようになればいい。
――負けているからといって努力する事を諦める。
それこそ、本物の敗者になってしまう。
アイザックは勝者になりたいと思っている。
だから、勝てるように努力するだけだ。
別にジェイソンのようになれなくてもいい。
器の大きさだけではなく、人として総合的に上回ればいいだけだ。
その点に関しては、アイザックは優位である。
――人を陥れる事。
そちらの分野では、ジェイソンに勝っている自信があったからだ。
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年が明けた頃。
アイザックは、ランドルフから弓を教わっていた。
これは将来に備えてだ。
今はまだいいが、もう少し年を取れば他の貴族から狩りに誘われるようになる。
その時は弓を使う事になるので、今からでも慣れておかねばならない。
馬上で使うので弓の本体が長い物ではなく、短い弓を使って練習している。
最初は「矢を飛ばすくらい簡単だ」と思っていたが――
「あっ、また外れた」
――やはり、慣れない弓は難しかった。
飛ばすだけならアイザックにもできる。
だが、左右のズレだけではなく、上下のズレを合わせるのも難しい。
放物線を描く事はわかるので、その予測が必要だというのはわかっている。
問題は、力の入れ具合だった。
弓を引き絞る力を毎回同じにする事が非常に難しかった。
力の微妙な差のせいで矢が的の手前に落ちたり、的の上を飛び去っていく。
「最初はそんなものだ。私もそうだったよ。いきなり的を当てようと思わなくてもいい。まずは正しいフォームを身に着けないといけない。それには練習あるのみだ」
ランドルフは矢を放つ。
その矢は、見事に的の中央に刺さった。
「練習すれば、こうして当てられるようになる」
「確か、狩りは馬に乗って矢を放つんですよね? それで当てるなんて凄いですね」
「大丈夫、アイザックも当てられるようになるさ」
そう言って、ランドルフは笑顔を浮かべる。
彼は久々に息子とまともな交流ができて喜んでいた。
アイザックも、父が喜んでくれているので嬉しかった。
これは、アイザックがケンドラと遊んでいる時に「自分が可愛げのない子供だった」と気付いた事がきっかけだった。
たまには父と遊ぶのも悪くないと思い、アイザックが声をかけたところ、ランドルフの提案で弓を練習する事になった。
アイザックも新しい事に挑戦する事ができて楽しかったので、お互いにとって有意義な時間となっていた。
「ところで、乗馬の方はどうなんだ?」
「乗馬は大丈夫ですよ。少しずつ練習していますから」
かつてネイサンを殺すために剣の練習をしていた時に、一緒に乗馬の練習もしていた。
――馬で草原を駆ける。
その姿が格好良さそうだったからだ。
それだけではなく、アイザックは頭の中でパメラを後ろに乗せて駆ける姿を想像していた。
ちょっとしたドライブ気分である。
「一緒に出掛けよう」と誘った時に、馬車で出掛けるよりも風情があるだろうと思ったからだ。
もちろん、体が密着するという点も見逃せない。
いつの日かやりたい乗馬デートのために、アイザックは今も練習を続けていた。
「なら、乗馬は大丈夫そうだな。なら、馬上で槍を扱う練習とかもやっておいた方がいいな。今は平和だが、いつ戦争になるかわからない。戦場に出た時に、槍も振るえないのでは恥をかく」
「それこそ弓でいいのでは? この短弓ではなく、クロスボウとかを使えば近寄らずに戦えます」
アイザックの当然の疑問。
だが、ランドルフは首を横に振った。
「それはダメだ。貴族たるもの、戦場で飛び道具など使えない。貴族が使うのは槍や剣といった物だけだ」
「侯爵家の人間でもですか?」
「侯爵家の人間でもだ。とはいえ、さすがに先陣を切って戦うという事はしない。私達は人を率いる立場だからな。でも、本陣を襲われる事だってある。その時のために武芸はおろそかにはできない」
「曽お爺様の時のようにですね」
「そうだ」
先代当主のジュードは、ファーティル王国の援軍に向かったリード王国の本陣滞在中に奇襲を受けた。
安全な場所にいるからと油断せず、最低限でも身の危険を守れるようになっておいた方がいい。
しかし、ここでアイザックは一つの疑問を口にした。
「相手が飛び道具で襲ってきたらどうすればいいんですか?」
「それはだな……。そういう状況にならないように、上手く兵士に戦わせるんだ」
「確かにそうですけど……」
弓で攻撃されても、自分が弓で反撃する事は許されない。
貴族の見栄か何かは知らないが、なかなか理不尽なものである。
「それに、自分一人が反撃しても効果がない。有利な戦況を作るという事が私達に求められている事だ。弓は狩猟用と割り切った方がいいぞ」
「そうですね。お父様の言う通りです。それに、この腕前では味方に当たる心配をしないといけませんしね」
アイザックは、的の周囲に散らばる矢を見て笑う。
これにはランドルフも合わせて笑った。
「まずは練習だ。最初から何もかも上手くはいかない。まずはフォームを固める事から地道にやっていこう」
「はい」
ランドルフの「地道にやっていこう」という言葉は、自身にも向けられていた。
アイザックの事はわかっているつもりだったが、ネイサンとメリンダを殺さなくてはならないほど追い込まれていたとは思っていなかった。
上辺だけで知ったつもりになっていただけだったと、ランドルフも反省している。
今までは血が繋がっているというだけの関係だった。
これからは本当の親子になれるように、地道にアイザックの事を知っていこうと考えていた。
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アイザックは、ルシアとも話す時間を作った。
もちろん、弓の練習などではなく、ただのティータイムだ。
しかし、共通の話題は少ない。
どうしても、アイザックにとって聞いてほしくない話題にも触れられる。
「ねぇ、アイザック。あなた、もしかしてまだパメラさんの事を想ってたりするの?」
あらかじめ人払いはしている。
この場にいるのは、アイザックとルシアだけだ。
誰かに聞かれる心配はないので、かなり突っ込んだ内容を話題に出された。
「まったくない……、とは言えませんね。色々と努力はしています」
「そう……」
アイザックは「パメラを自分のものにするための努力」をしている。
だが、ルシアは「パメラを忘れようと努力している」と受け取った。
これはアイザックもわかっていて誤解させた。
まだパメラの事を想っていると知られれば、何か行動を起こされるかもしれない。
何か動かれるよりは、今の状態のままにしておいてくれた方が良かったからだ。
「あなたなりに考えているんでしょう。けれど、そろそろ婚約者を作った方がいいと思うの。その方が彼女の事を忘れられやすくなると思うわ」
ルシアは彼女なりにアイザックの事を考えている。
普通であれば他人の婚約者を愛しても、その愛が成就する事などない。
ましてや、王太子の婚約者ともなればなおさらだ。
早く他の女の子と親しくなって、パメラの事を忘れてしまう方がずっといい。
それがお互いのためでもある。
しかし、アイザックはこの提案を受け入れられなかった。
だから、ルシアに言い訳をする。
「それでは、その婚約者が可哀想です。いずれ本当に愛する事になるかもしれませんが、他の女性の代用品として扱うような事はしたくありません」
半分くらいは本心である。
婚約者を踏み台にするつもりなら、とっくにアマンダあたりと婚約している。
親のクエンティンが乗り気だ。
アイザックが一言「アマンダと婚約したい」と言えば、その日のうちにラッピングしてアイザックのもとへ送り届けてきそうな印象すらある。
婚約者を作るという事は、そう難しくないとわかっていた。
だが、なんとなくその方法は間違っていると思い、選べなかった。
これは相手が戦う力を持っているかどうかの違いかもしれない。
ブラーク商会は、ウェルロッド侯爵領一の大きな商会だった。
メリンダとネイサンは、傘下の貴族全てが味方していた。
カーマイン商会は、エリアスと接触して頼み事ができる立場だった。
ブリストル伯爵は、領地持ちの伯爵家で、王都の商人達が味方だった。
アイザックが攻撃した相手は、皆がある程度の力を持っていた。
それに対し、この世界の女の子達は、基本的に家の命令に逆らえない弱い立場だ。
もちろん、アイザックも婚約は政治の手段の一つとして理解しているが、罪のない女の子を自分の踏み台にしてしまう事に、どうしても抵抗を感じてしまっていた。
だから、したくもない婚約をして、女の子を利用する事ができなかった。
なお、ニコルは除く。
「それは良い考え方だと思うわ。でもね、貴族同士の結婚というものはそういうものでもあるのよ。私が言うのもなんだけれど……」
ルシアの声が段々と小さくなっていく。
自分は恋愛結婚したのに、息子には政略結婚を受け入れろというのはなかなか気まずい。
口籠ってしまうのも、仕方がない事だった。
「僕もその事はわかっています。王立学院に入学して、様々な人と出会ったりすると誰か良い人が見つかるかもしれません。婚約者の事は、まだ考える時間が欲しいんです」
「……ねぇ、もしかして、五歳の時からそういう風に考えていたの?」
「はい、時間が欲しいと思っていましたので」
「まったく、あなたって子は……」
ルシアが呆れたような溜息を吐く。
失恋から立ち直る時間が欲しいと言っていたのではなく、パメラを忘れられるような相手と出会う時間が欲しいと言っていたと思ったからだ。
「そんな五歳児がいるか!」と叫びたいところだが、目の前にそんな五歳児だった息子がいるので何も言えずにいる。
ルシアは紅茶を一口飲み、心を落ち着かせる。
「それじゃあ、もしかして……。あの時、リサを妻に迎えてもいいと言っていたのは、リサが婚約者を見つけられないって見抜いていたから?」
ルシアはあの時の事を思い出し、気になった事を尋ねた。
「いえ、それは違います。あれは例として出しただけで、リサお姉ちゃんに婚約者が見つからないなんて思ってませんでした」
「そうよね。いくらなんでも、あの時にそこまで見抜いていたら人の領域を越えてるわよね」
「しかも、あの時の事を理由に結婚を迫ってくるとは思いもよりませんでした」
「本当よね。私もビックリしたわ」
二人はクスクスと笑う。
リサには悪いが、あの取り乱しようはこれから先も身内の者にネタにされるはずだ。
それほど、インパクトの強い出来事だった。
「ところで、そのリサだけど。もし、あなたが大きくなったら第二夫人とかにしてあげるの?」
リサは今も婚約者が決まっていない。
彼女の将来を考えると「アイザックが引き取ってもいいのでは?」とルシアは考えてしまう。
アデラはルシアにとってお姉さんのような存在だったし、リサはもう一人の娘のように思っている。
彼女が幸せになれるのなら、アイザックと結婚するという選択もありなのではないかと思ってしまうのだ。
もちろん、第一夫人は苦労するという事がわかっているので、第二夫人という立場でと考えていた。
「うーん、嫌いじゃないです。むしろ好きですけど、家族としての好きですからね。もう少し時間が経って、一人の女性として見れるようになるかどうかがわからないと、何とも言えません」
「まぁ、そうよねぇ」
アイザックの返事に、ルシアも理解を示す。
今まで「お姉ちゃん」と慕っていた相手を、いきなり一人の女性として見るというのは難しいはずだ。
「それじゃあ、ティファニーさんはどう思う? 可愛いと思う?」
「……今日はそういう質問ばかりしてきますね」
アイザックは、母をジト目で見つめる。
しかし、ルシアは笑顔で受け流した。
「いいじゃない。こうして二人で話す機会なんてあまりないもの。それに、どんな女の子が好みなのか気になるもの」
そう、ルシアが女の子の話題を出したのは、アイザックの好みを知るためだった。
以前「ニコルが好みではない」と言っていたので、アイザックにはブス専疑惑が浮上している。
だが、アイザックはパメラが初恋という事は知っている。
パメラは可愛い女の子なので、ブスではない。
そこでルシアは「ニコル以外の女の子をどう思っているのか?」という事を聞き出し、アイザックの女の子の趣味を調べようとしていた。
もちろん、それだけではない。
単純に聞いてみたいという気持ちもあった。
ルシアは今までアイザックに、好みの女の子を聞いた事などない。
――息子の好みを聞くワクワク感。
ルシアは、その感情に突き動かされていた。
聞かれるアイザックはたまったものではないが、悪い気はしなかった。
母が楽しそうだったからだ。
(考えてみると、メリンダがいなくなったから家庭内のギスギスがなくなっていい雰囲気になった。人を陥れても、笑顔にできる事もあるんだなぁ)
そう思うと、少しはいい気分がした。
ターゲットに選ばれた者は不幸だが、結果的に他の誰かを幸せにできるのなら悪くないと思い始める。
(ジェイソンが不幸になっても、その分パメラを幸せにすれば釣り合うかな)
一つ一つの要因は小さくとも、様々な要因が積み重なる事でアイザックの罪悪感が薄れていく。
それに合わせて、ジェイソンにニコルを押し付ける事の後ろめたさも、段々と薄れていった。
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