第162話 フレッドの直感

 ジェイソン・リード。


 彼は『世界の果てまでを君に』のメイン攻略キャラの一人。

 リード王国の王太子であり、頭脳明晰でスポーツ万能、次代の国王にふさわしい包容力とカリスマを持つ。


 ――これらの事はあくまでも設定だけの事であり、中身は残念な王子。


 アイザックは、そう思っていた。

 だが、実際は違う。

 彼の前に立つと、同じ年齢だとは思えないほどの気品が感じられた。

 それだけではなく、キラキラエフェクトや花柄の背景が浮かんでいるような気さえする。

 本人の資質もあるだろうが、王子様補正を受けてかなりの存在感を持った大人物に見えた。


(これに勝てるのか……)


「こんなに立派な若者が、本当にニコル一人で道を踏み外すのか?」と、アイザックは不安になってくる。

 それほどまでに十歳式の時よりも、ジェイソンは明らかに成長して見えた。

 このまま成長すれば、王立学院に入る頃には誰もが認める立派な若者になっているだろう。

 思っていたよりも強敵になりそうなジェイソンに、アイザックは危機感を覚えていた。

 だが、まずは挨拶からだ。


「殿下、お久し振りです」

「久し振り? フフフッ、そうだったね。アイザックとは十歳式で会って以来か」


 挨拶をすると、なぜかジェイソンが笑った。

 アイザックが不思議そうにしていると、ジェイソンが朗らかな笑みを浮かべて笑った理由を説明し始めた。


「いや、すまない。君の噂をよく聞いているのでね。今まで会っていないとは思えなかったんだ」


 そう言って、ジェイソンはまたフフフと笑う。

 最近はドワーフ関連の事もあり、アイザックの噂は貴族社会で広がっている。

 蒸留器を発明するなど、学者達の間でも注目されているくらいだ。

 ジェイソンの耳にもよく入っているのだろう。


「今日はフレディもいるんだ。かまわないかな?」

「はい、大丈夫です」


 アイザックは、いつの間にかジェイソンの背後に立っていたフレッドに視線を向ける。

 本当は居てほしくないが、さすがにジェイソンの友人に直球で「帰れ」と言うのは印象が悪い気がする。

 同席してもいいと言う事しかできなかった。


「久し振り、フレディ」

「お前がフレディと呼ぶな! お前がジェイソンに危害を加えないか心配だったから来ただけだ。お前に会いたかったわけじゃない。そこのところを勘違いするなよ」

「わかってるよ」


(勘違いなんてしたくもない)


 これが女の子なら「ツンデレか」とポジティブに受け取れる。

 だが、相手は男の子だ。

 そんな受け取り方はしたくなかった。

 ただ不愉快なだけの態度だった。


 三人はテーブルに向かう。

 ジェイソンとフレッドが並んで座り、ジェイソンの対面にアイザックが座った。


 メイド達がお茶とアイザックの手土産のクッキーをテーブルに並べる。

 最初にジェイソンが一口お茶を飲み、アイザックはクッキーを食べた。

「自分達の用意した物に毒はない」と証明するための行為だ。

 これは、かつて二つの公爵家が王位を巡り、暗殺の応酬をしていた時代。

 そのあとの時代に作られた慣習だった。


 もっとも、お茶もクッキーも、先にメイドが毒見をしている。

 なので、問題がない事は先に確認されていた。

 それでも、慣習は慣習。

 守るに越した事はない。

 毒が含まれているかどうかよりも、害意がないと示す行為自体が重要だった。

 このやり取りが終わると、アイザックが先に口を開く。


「殿下とはもっとお早くお話ししたかったのですが、家庭の事情を始めとした諸般の事情により機会がなかったのが残念でした。こうしてお会いする事ができて光栄です」

「私も君にはエルフやドワーフの話を聞きたいと思っていたんだ。こうして会える日を楽しみにしていたよ。今まで都合が合わなかったのは残念だった」


 まずは軽い挨拶を交わす。

 だが、軽く思えるその内容は重かった。


 アイザックはウェルロッド侯爵家の嫡男であり、ジェイソンと同い年の男の子。

 本来ならば、フレッド同様にジェイソンの友達になっていてもおかしくない。


 ――しかし、友達にはなれなかった。


 これは家督相続の問題が大きく影響していた。

 アイザックが嫡男だという事は王家も理解していたが、ネイサンを後継者に推す勢力が大きい事も理解していた。


 ――アイザックをジェイソンの友人とする事で、後継者をアイザックにするよう後押しした。


 長男であるネイサンが後を継ぐ可能性が高い状況で、後継者問題に介入したと思われる事をエリアスが嫌った。

 そのため、アイザックをジェイソンの友人として王宮に招く事を避けられていたのだ。

 ネイサンが王党派のウィルメンテ侯爵家の血を引いていた事も大きく影響している。

 エリアスにとっても、ネイサンが後継者になってウェルロッド侯爵家が王党派寄りになってくれた方がいい。

 後継者問題に介入しないという姿勢を見せつつ、静観しておいた方がエリアスにはメリットが大きい。

 だから、アイザックにはジェイソンの友人になる機会が用意されなかった。


 ――家庭内の事情。

 ――王家の思惑。


 それらが重なり合った結果、友人となるどころか会う機会すら得られなかった。

 反りが合わないなどではなく、政治の事情によって面会できなかったのだった。

 それがこうして会えるようになった。

 世の中、どうなるかわからないものである。


「僕もこうして会える日を楽しみにしておりました。今日は色々とお話しできればと思っております」


(まぁ、本当に探りたいところは聞けないだろうけどな)


 ほぼ初対面と言える状態で、いきなり深いところまでは聞けないだろう。

 ニコルを話題に出して興味を持たせるのも難しい。

 それにフレッドもいる。

 思慮深そうなジェイソンと、単純そうなフレッド。

 タイプの違う二人がいる事で、下手な聞き方をすると何か勘付かれたりするかもしれない。

 今日は軽い話で抑えた方が無難そうだと、アイザックは考えていた。


「ジェイソン、気を付けろ。こいつは油断も隙もない。下手な事を話すと、そこをきっかけにして殺されるぞ」

「フレディ……。従兄弟の事で恨みがあるのは知っているが、そのような事は言うべきじゃないだろう」


 いきなり、フレッドがアイザックの図星を突く。

 ジェイソンは軽くたしなめる。


(クソッ、フレッドウゼェな)


 アイザックは、ついフレッドを睨んでしまう。

 今のフレッドの言葉で、ジェイソンの警戒ランクが上がったかもしれない。

 今後、ジェイソンと話をする時に言葉を選ばれて、情報を得にくくなるのは困る。

 アイザックは「人の恨みを買い、足を引っ張られる厄介さ」を今になって実感する。


 ジェイソンは、アイザックがフレッドを睨んでいる事に気付いた。

 そして、その感情に理解を示した。

 王子に会いに来て、まともに話す前に理不尽な事を言われれば誰もが不愉快になる。

 この場の空気を変えようとした。


「アイザック、フレッドの言う事は気にする事はない。従兄弟を殺された事で君を嫌いになって、悪口をよく言うんだ。『ドワーフとの交易を独占しているのは、反乱を考えているからだ』とか『ブリストル伯爵の件はアイザックが罠を仕組んで陥れた』とかね」


 ジェイソンは、またフフフッと笑う。

 荒唐無稽な悪口だと思っているのだろう。


「そ、そうですか」


 アイザックは、そう返事する事しかできなかった。

 その悪口が見事正解を言い当てている。

 数多く言った悪口の中の一部が当たっているだけかもしれないが、言い当てられているだけにアイザックは落ち着かなかった。


「ジェイソン、きっとこいつはネイサンを殺した時と同じ事を考えている。油断させておいて、いつかお前の首を取るぞ。なんでわからないんだ」


 フレッドはフレッドで真剣なのだろう。

 ジェイソンに冗談を言っているように思われ、憤慨している。

 この状況を放置するのはよろしくないと、アイザックも流れを変えようとする。


「落ち着いてよ、フレディ」

「フレディと呼ぶな!」

「わかったよ、フレッド。まぁ、落ち着いて。僕が殿下を害する理由なんてないよ。さすがにそんな嘘を言ってまで僕の評判を落とそうとするのは酷いじゃないか」


 真っ当な反論。

 だが、それは反アイザックに燃えるフレッドには効かなかった。

 いや、逆効果だった。


「……パメラ嬢だ」

「えっ?」


 ボソッと呟いたフレッドの言葉に、アイザックは背筋が凍る。

 フレッドはピンポイントで正解を言い当ててきた。

 その直感が恐ろしい。


「俺は知っているぞ」

「……何をだ?」


 聞くのが怖い。

 だが、聞いておかねばならない。

 フレッドがどこまで知っているのかを知る事によって、対応策も考えなければならないからだ。


「お前は父上と会っている。ウォリック侯爵とも会っている。だが、同じ貴族派のウィンザー侯には全然会っていないそうだな。大方パメラ嬢に惚れたが、すでにジェイソンの婚約者だった。婚約を申し込んだが断られ、婚約者のいるパメラ嬢に近づかないように言われたから、ウィンザー侯爵に会いたくないんだろう」

「な、なんでそんな事を……」


(フレッドは馬鹿のはずだろう? なんでそんな事を知っているんだ? あの場にいた誰かが口を滑らせたのか?)


 ――全てを見透かされた恐怖。


 アイザックは、自分の計画全てが水泡に帰した事を悟った。

 いや、それだけではない。

 このまま刑場へ直行するかもしれないと、死をも覚悟した。

 あとは、家族への処罰の温情をすがるのみ。

 だが、そこまで覚悟したアイザックにジェイソンが助け船を出した。


「そうだぞ、フレディ。なんでそんな事を言う。いくらなんでも酷い言い掛かりだ。もうやめろ」

「だけどな、ジェイソン。こいつは小さい頃から女とばかり遊んでいる女好きだ。それ以外に考えられない」


(これだ!)


 どうやらフレッドは確証があって言っているわけではないようだ。

 直感だけで全て話している。

 そこにアイザックは反論の糸口を見つけた。


「フレッド、君なら知っているはずだ。思い出してくれ。同年代の男友達は、みんな兄上の友達だっただろう? あれはメリンダ夫人が手を回していたからだ。だから、僕は女友達しかいなかったんだ。僕だって男友達が欲しかったよ……」


 アイザックは、悲しみに満ちた顔で反論する。

「女好き」という点は反論できないが、それ以外はできる。

 女の子とばかり遊んでいたのは、ネイサンが男友達を独占していたからだ。

 確証があるわけではないので、どちらの言っているのが本当の事かはジェイソンにはわからないはず。

 ならば、荒唐無稽なフレッドの言い分よりも、アイザックの言い分を信じるはずだ。

 フレッドが正解を言い当てた事に焦ってはいたが、アイザックは自分が優勢になる事を確信して落ち着きを取り戻しつつあった。


「フレディ、君が私を心配してくれるのはわかる。けど、同席を許したのは口喧嘩をさせるためじゃない。ましてや、非難させるためでもない。それに今日のゲストはアイザックだ。これ以上、不当な言い掛かりをつけるのなら帰ってくれ」

「ジェイソン……、わかったよ。でも、俺は帰らない。こいつがお前を傷つけたりしないよう隣で見張っているからな」


 そう言って、フレッドは椅子に深く腰掛け、両腕を組んでアイザックを見つめる。

 それはそれでやり辛いが、言い掛かり正解を言われ続けるよりはマシだ。

 とりあえず、アイザックは現状を受け入れた。


「アイザック、すまなかった。フレディに君と会うと話すべきじゃなかったようだ。同席したいと言うから、和解するチャンスだと思ったんだが……。どうやら、軽く考えすぎたようだ。本当にすまない」

「いえ、殿下が謝られる必要はありません。僕が浅はかな行動を取った結果です。悪いのは僕なんです」


「その通りだ!」と、フレッドが言いたそうだった。

 だが、口にすれば追い出されそうなので、代わりに目で語っている。

 フレッドに睨まれたアイザックは、彼からそっと視線を逸らした。


「ちなみに誤解のないように言っておきますが、ウィンザー侯爵と会っていないのは理由がないからです。ウィルメンテ侯爵はメリンダ夫人や兄上との事で、ウォリック侯爵はドワーフ関連で鉄などの話をするために会っていました。そもそも殿下ならともかく、侯爵家の孫に過ぎない僕が他家の当主と気楽に会えませんよ」

「ああ、わかっているとも。できればフレディの事を嫌わないでやってほしい。君に関する事以外は良い奴なんだ」


(そんな事言われても……。俺にだけきついってとこが一番重要なんじゃ……)


「もちろん、フレディにもちゃんと言っておく」


 アイザックの考えている事を感じ取ったのか、ジェイソンが補足を付け加えた。


「ありがとうございます。仲良くなれずとも、争わない関係になれればいいんですが……」


 フレッドが言い掛かりで言ったことが本当だと思われたくない。

 ずっと口を閉ざしてくれた方がいい。

 嫌われていても、公然と非難してくるほどではない程度には関係を修復したいところだった。


「フレディとの事は私も協力しよう。王国の未来のためにも、二人に仲違いされていたら困るからな」


 今はまだ子供だからまだいい。

 将来、侯爵家の当主が仲違いをしていれば、それはいつか王党派と貴族派という派閥を巻き込んだ争いを引き起こすかもしれない。

 ジェイソンも王国の安定のために、二人の関係を早い段階で修復したいと思っていた。


 ――アイザックとジェイソンの利害が一致した。


 あとは肝心のフレッドだけだ。


「俺は別に王国をどうこうしようって考えているわけじゃない。こいつが――」

「フレディ」

「……わかったよ」


 不満そうにしているが、フレッドは口を閉じる。

 基本的に、根は素直なのだろう。

 だが、ジェイソンに言われたとしても、アイザックにはどうしても敵対意識を拭いきれないようだ。

「その辺りは、時間を掛けて解決するしかないな」と、ジェイソンは考えていた。


「さて、アイザック。エルフとの出会いの話とかを聞かせてくれないか」

「はい、殿下」


 アイザックとしても、場の空気を変えるのは歓迎するところ。

 まずはブリジットとの出会いから話し出した。

 それからは、和やかな雰囲気へと変わっていった。


 アイザックが蜂の子を食べた事を話すとジェイソンが驚き、ブリジットに「チェンジ」と言った話でフレッドが笑いを堪えられず噴きだした。

 三百歳を超えているクロードがチョコレートに目がない事を話すと、二人の頬が緩む。

 ブリジットが花の蜜を吸っていた蝶々を捕まえて、ヒョイッと口の中に放り込んだ話をすると二人は目をひん剥いて驚いた。


 ウェルロッド侯爵家の人間以外の者にとって、エルフの話はなかなか興味深いようだ。

 フレッドも大人しくして、アイザックの話を聞いていた。

 当初とは違い、軽い雑談程度ならまともに受け答えができるようになっていく。

 ひとまずは、険悪なムードから抜け出す事ができたようだ。

 アイザックはお茶を一口飲み、一服する。


(それにしてもフレッドには困ったな。ジェイソンだけじゃなく、フレッドにも注意しないと……)


 もともと、フレッドはアイザックの眼中になかった。

 すでにアマンダとの婚約を破棄していたし、ウィルメンテ侯爵とも余計な争いにならないよう約束していたからだ。

 ネイサンの件でアイザックに恨みを持っていたのは仕方ないにしても、まさか直感だけでアイザックの野心とその理由を見抜いてくるとは思わなかった。

 ここでアイザックが助かったのは、フレッドの頭が良くない事だ。

 もし、頭が良くて、その発言に信憑性があると思われていれば、アイザックは窮地に立たされていたかもしれない。

 とはいえ“直感でなんとなく”というものであっても、放置するのは危険だ。

 アイザックの足を引っ張ろうとする者が、いつかどこかでフレッドの発言を利用しようとするかもしれない。


 今回はジェイソンと会い、反乱を起こすためのいいアイデアが浮かばないかと思っていた。

 しかし、今回の面会は大きな悩みが新たに一つ増えるだけの結果になってしまった。

 だが、それでもアイザックは悪い結果だとは思っていない。


 ――フレッドがアイザックに対して強い敵意を持っている事。

 ――おそらく直感ではあるが、アイザックの本性を当てている事。


 その二つが判明しただけでも十分な収穫だった。


(これから二人まとめて相手してやるさ。……ニコルがな!)


 ニコルを擦り付ける相手。

 それがジェイソンだけから、ジェイソンとフレッドの二人になっただけの事。

 まったく興味のない自分が心を惹かれるような気分になるのだ。

 きっとこの二人も心を惹かれる事になる。

 特にフレッドは、まだ新しい婚約者が決まっていない。

 ニコルが董卓と呂布の信頼関係を引き裂いた貂蝉のような存在になってくれれば、色々やりやすくなる。


 今はまだジェイソンと会ったばかり。

 まだまだ焦る時ではないと、アイザックは落ち着きを取り戻していた。

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