第161話 エリアスの頼み
王宮は大きく分けて四つの区画に分けられる。
――行政区画。
――典礼区画。
――王族の居住区画。
――後宮。
居住区画は保安上の問題からか、門から離れた奥にある。
だが、アイザックは居住区画などよりも、さらに奥にある後宮に興味があった。
(ただでさえ美人揃いの世界なんだ。王様の側室とかどんな美女が揃っているんだろう)
その事を考えただけで、沸き立つような高揚感に包まれる。
自分が美女に囲まれる姿を想像するだけで、ワクワクとして鼓動が高鳴るのを感じていた。
だが、アイザックは忘れていた。
この世界では、ニコルのような者が美女とされる世界だという事を……。
しかし、世の中には現実を知る事なく、夢のまま終わらせた方が良い事だってある。
アイザックは夢を膨らませるだけで十分に満足している。
現実を知る必要はないだろう。
アイザックは年配の女官に先導してもらって歩いている最中、さりげなく周囲の様子を探る。
とはいっても、初めて訪れた区画を見回す田舎者のような醜態は晒せない。
首を動かしたりせず、目を動かして見える範囲だけで我慢していた。
(居住区って思ったより平凡だな)
王族の居住区画だからといって、廊下までゴテゴテと飾りつけているわけではなかった。
他の区画と同じような内装をされており、特徴的な内装はされていない。
女官に先導されていなければ、王宮内で迷ってしまいそうだった。
(そうか、保安上の仕組みなのかもしれないな)
アイザックは「迷ってしまいそうだ」と思った事から、迷いそうな構造になっている理由を考えた。
一度や二度通っただけの者が、重要な部屋の位置を覚えないようにするためかもしれない。
(いや、そんなわけないか。内部に詳しい奴が内通してたら意味ないしな。どうせ、原作ゲームのグラフィッカーが背景を手抜きしたとかそんな理由だろうな)
クソゲーの中には、同じマップをコピーしただけの手抜きした物もある。
ゲーム本編に深く関わらないから、王宮の内部も適当に作られたのだろうという結論に至った。
変なところで、ここはゲームの世界だったと思い出させられてしまう。
アイザックが考え事をしていると、前を歩いていた女官が立ち止まり、廊下の脇に退く。
その理由は一目でわかった。
まだ距離はあるが、エリアスが部下を引き連れて歩いているのが見えた。
このままでは彼とすれ違う事になるので、脇に退いたのだ。
廊下ですれ違う時、大臣クラスならば三メートルから五メートルの距離で身分が下の者は道を開ける。
だが、王族の場合は、姿が見えた時点で道を開けるのが宮廷内の作法となっている。
アイザックも廊下の真ん中で棒立ちになったりせず、女官と同じように廊下の脇に退いた。
エリアスが五メートルほどの距離に近づいたところで、三十度の角度でお辞儀をする。
王の姿を興味本位でジロジロと見る事は許されないので、視線を合わせないための作法だった。
つい忘れがちになるが、アイザックも立派な貴族の子息。
ちゃんと貴族の作法を身に着けている。
挨拶くらいはしておきたいが、王にこちらから話しかけるのは無礼な行為。
客人として訪れた時くらいは、礼儀作法を守って大人しくしようとしていた。
お辞儀をしたまま、ジッとエリアスが通り過ぎるのを待つ。
だが、その時――
「ん。アイザックではないか。どうした、また何か面白い話でも持ってきたのか?」
――アイザックの姿を見つけた、エリアスの方から声を掛けてきた。
これでは返事を返さないわけにはいかない。
「おはようございます、陛下。これからジェイソン殿下と面会する予定でございます。ご期待にお応えできず、申し訳ございません」
アイザックは頭を下げたまま答える。
「そういえば、そなたはジェイソンと会いたいと言っていたな」
アイザックがいる理由に合点がいったのか、エリアスは「うん、うん」と頷いている。
顔を上げていないので正確にはわからないが、アイザックもなんとなく気配でエリアスの仕草を感じていた。
「面を上げよ」
「はっ」
アイザックが顔を上げると、エリアスが笑顔で立っていた。
(面白い話はないって言ったのに?)
彼がなぜ笑顔でいるのかわからないが、不機嫌ではないので良い事だ。
アイザックはそう思ったが、なんとなく嫌な予感がする。
「さっさとどこかに行ってくれないかな」と、失礼極まりない事を考えていた。
「やはり、ドワーフの進歩した技術は素晴らしいな。しかも、二百年前の物よりも洗練されている。ドワーフの品物を周辺国に贈ったところ非常に喜ばれたぞ。よくやった」
「ありがとうございます」
ドワーフから輸入した品物。
その第一陣は、全て王家が買い取っていた。
もちろん「自分が独り占めしたい」という理由で買い占めたわけではない。
先ほどエリアスが言ったように、友好国への贈答用として確保したり、王国貴族に下賜したりするためだ。
一度王家を経由して渡す事で、品物に「国王からの下賜品」という付加価値を与えていた。
「そういうやり方もあるのか」と、アイザックも感心していたくらいだ。
人心掌握の手段は、やはり王家に一日の長がある。
「ところで、去年ブリストル伯爵の件で私に見せた紙の事を覚えているか?」
「はい、覚えております」
ブリストル伯爵を罠に嵌めた時の小道具の事なら忘れてはいない。
アイザックは、今もしっかりと覚えていた。
(まさか、あのメモを今更持ち出されるとはな……)
やはり嫌な予感が的中してしまったと、アイザックは心の中で溜息を吐く。
適当に作った内容だったので、深く追及されれば厳しいものがある。
見せるだけではなく、ちゃんと証拠品を回収しておけば良かったと後悔していた。
(何か脅迫されて命令されるのか?)
アイザックは、そのような不安すら感じてしまう。
だが、エリアスにはアイザックを脅迫する気など微塵もなかった。
「あの中にあった一人のドワーフ。彼を通じて、飾り用の剣と盾を四セット手に入らないか?」
「剣と盾を四セットですか……」
おそらく、ウォルフガングの事を言っているのだろう。
ドワーフは人間に武器を売ってくれない。
だから、アイザックに裏ルートを使ってコッソリ仕入れられないかと聞いている。
脅迫やなにかの責任追及などではなく、仕入れに関する話だったのでアイザックは安心する。
「飾り用ですと、盾に刻むのは国旗と紋章のどちらが好まれるでしょうか?」
「国旗よりも紋章の方が好まれるだろうな」
エリアスは、ニヤリとした笑みを浮かべる。
詳しく言わずとも、アイザックが
未来の王国を担う若者が、優秀であればあるほど頼もしい。
そして、アイザックが今の段階でも使える者であることを再確認できて、エリアスは満足していた。
とはいえ、これは他の者でも気付いた事だ。
先にドワーフの品物を贈答用にした話をし、
この四セットというのは、リード王国の同盟国と同じ数だ。
同盟国の国王に贈り物にするつもりだろうというのは、アイザックにもすぐにわかった。
だから、国旗と王家の紋章のどちらを盾に刻むかを尋ねたのだ。
これは日本における「日の丸と菊の御紋」や、イギリスの「ユニオンジャックとイギリスの国章」の関係と同じようなもの。
この世界でも、国旗と王家の紋章は違う。
エリアスが言った「国旗よりも紋章の方が好まれる」というのは、ドワーフ製の品物が「国に贈られた」か「王家に贈られた」かの差によるものだ。
国に贈れば、相手の国を尊重しているという事になる。
これはこれでいい。
では、王家に贈ればどうなるか?
――私達は王家同士仲が良いですよ。
そうアピールする事で、相手の国を尊重するだけではなく、王家の権威を補強する事になる。
これは間接的に「そちらの王家と仲が良いから、国同士が仲良くやれているんだ。王家を蔑ろにするなよ」と、他国の貴族達に言っているようなものだ。
――国旗ではなく、王家の紋章の入った品物を贈る。
そうする事で、王家を軽んじる不届き者を牽制する目的があった。
近年で最も不届きな事を考えている本人に頼んでいなければ、立派な配慮だと言える。
「かしこまりました。
アイザックも実際に行動する時までは、本心を隠して忠臣としての姿を見せておかねばならない。
ここでリード王国の分も含めてドワーフに作ってもらえるかを聞く事にした。
同盟国に配るだけではなく、当然自分の分も欲しいと思うのが人間というもの。
だが、自分から欲しいとはなかなか言い辛い。
だから、アイザックが自分の考えで一セット増やして要求する事にした。
エリアスにも配慮している事を見せておくに越した事はない。
「実はそろそろエルフやドワーフの街を見てみたいと思っていたところです。祖父にもまだ話していないので、正式な許可が出ているわけではありませんが、できる事なら直接頼んでみようかと思います」
「なら、私が行ってもいいと許可を出したと言ってかまわないぞ」
エリアスが上機嫌でアイザックの肩をポンポンと叩く。
やはり、リード王家の分も用意しておくと言った事が効いているのだろう。
だが、その申し出を素直に受け入れる事はできなかった。
「ありがとうございます。ですが、僕はまだ子供なので、まずは家族と話し合おうと思います」
さすがに根回しは大切だといっても、いきなり頭越しにエリアスから許可を取っては、モーガンやランドルフが面白く思わないだろう。
まずは家族で話し合い、それでダメだと言われたら根回しをする。
その流れの方が彼らも受け入れやすい。
アイザックは、権威でゴリ押しという手っ取り早い手段を選ばなかった。
ちゃんと話し合って決めるという事くらいは考えられるようになっていた。
「国王である自分が許可を出したにもかかわらず、家族と話し合う」というアイザックの返事を、エリアスは不快には思わなかった。
アイザックの言う事はもっともであったし「行ってもいい」と許可を出しただけ。
「行ってこい」と命じたわけではない。
命令を拒否されたわけではないので、不快に思う理由がなかったからだ。
「必要な費用に関しては請求するといい」
「ありがとうございます。鉄道を使って、良い条件で色々と取引できるように交渉してみます」
エリアスは、アイザックの言葉に満足そうにうなずく。
「それにしても、エルフやドワーフの街か。行ってみたいな」
エリアスは少年のような目をして、見たこともない街の光景に思いを馳せる。
インターネットや写真のない世界では、気軽に異文化に触れるという事ができない。
だが――
「陛下、さすがにまだドワーフの街に行くのはお控えください」
――身分がエリアスの邪魔をする。
まだ国交が復活して一年も経っていない。
そんな相手の懐に国王自ら足を運ぶような事は、家臣として認められない。
安全のためにも、今はまだ様子を見る時期だ。
秘書官らしき同行者がエリアスを諫める。
「わかっている。行ってみたいと思っただけだ」
エリアスは、やれやれといった表情を浮かべる。
「国王というのも、存外つまらぬものだ。そなたも侯爵家の後継ぎ。自由に動ける子供のうちに見聞を広めておくのも悪くないだろう。大人になってから身動きが取れなくなる前に行動するといい。贈答品の件は任せたぞ」
いつまでも立ち話をしている暇はないのだろう。
エリアスは、アイザックにそう言い残して去っていった。
(王様がつまらない? そんなはずないだろう)
アイザックは、エリアスの後ろ姿を見ながらそう思った。
国王であれば、自分の上に立つ者は誰もいなくなる。
家臣の反逆にさえ気を付ければ、あとはやりたい放題だ。
そんな美味しい立場を「つまらない」というエリアスの事が信じられなかった。
この時点において、アイザックの「国王」という立場に対する認識はその程度のものでしかなかった。
確かに自由に行動する事もできるが、当然ながら行動には責任が伴う。
それは自由であれば自由であるほど責任が重くなる類のものだ。
アイザックには「王になりたい」という欲望はあっても、王になった時にどうなるかという事をまだ深くは考えていなかった。
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