第160話 ジェイソンに会う準備
王都に来て一週間。
旅の疲れも取れ、妹成分も補充できた。
そろそろ行動する時期が来たと、アイザックは判断する。
「そろそろ殿下と面会したいから、王宮に使者を出しておいて」
「かしこまりました」
アイザックに使者を出すように命じられたノーマンは、チョコレートタルトを食べながら答えた。
彼は決してアイザックを軽んじているわけではない。
こういう対応をしたのは、今はお菓子を食べる事が彼の仕事だからだった。
「僕はこっちが好きー」
マイクがチョコブラウニーを満面の笑みで食べている。
彼はティファニーに連れられてきていた。
今はティファニーやマイクも呼んで、ジェイソンに持っていくお菓子の検討会を行っている。
リサは太る事を恐れて少ししか食べないと言っていたので、代わりにノーマンが参加させられていた。
――やっぱり、お偉いさんに会うなら菓子折り持っていった方がいい。
アイザックがそう思ったので、どれを持っていくかの最終確認をしているところだ。
いつかは王子の地位から追い落とすとはいえ、今はまだ野心をかくしておかなくてはならない。
お土産を持っていって、下手に出た方が心証がいいだろうと、何を持っていくのか考えるのを手伝ってもらっていた。
持っていくお菓子は、チョコレート菓子を予定していた。
なので、当然のようにクロードも参加している。
ブリジットは、ティファニーとのお話し目当てでの参加だった。
「マイク、口の周りにチョコレートが付いてる」
ティファニーが弟の口元を拭いてやる。
母のカレンは、ルシアと別室でお茶を飲んでいるので、今は弟の保護者役だった。
マイクの口元を拭き終わると、ティファニーがアイザックにパンケーキの皿を指差す。
「私はこれがいい。苦味のあるチョコソースか、甘みがあるチョコソースを好みの量かけられるし、口を大きく開けて食べないでいいから女の子には嬉しいかな」
「ムムゥ」
ブリジットがティファニーの言葉に反応する。
今まさに、大口を開けてチョコレートと果物を挟んだサンドイッチにかぶりついていたからだ。
「まるで私が下品みたいじゃない」と抗議したいところだったが、口の中には食べたばかりの物が入っている。
その状態で喋ろうとする方が下品なのはわかっているので、急いで飲み込もうとしていた。
ブリジットの姿を見て、ティファニーはクスリと笑った。
いつまで経っても、ブリジットはブリジットのまま。
久しぶりに会った相手が変わらないというのも、安心できて嬉しいと感じていたからだった。
「小さく切り分けられる物がいいって事かな?」
「殿下だったら私達よりも厳しく教育されているだろうから、食べやすい物を持っていく方がいいんじゃないかな。お喋りする時に口元がベタベタになるのも避けた方がいいと思うよ」
ティファニーは、マイクの口元を見る。
先ほどはチョコたっぷりのブラウニーを食べたせいで、口元が酷く汚れていた。
アイザックがジェイソンとお茶会をするのなら、美味しさだけではなく、食べやすいものを選んだ方がいい。
彼女は、食べやすい物がいいという意見を主張する。
「なら、チョコチップクッキーでいいんじゃないか? 一口サイズで小さめに作れば食べやすいだろう」
「うーん。でも、持っていくにしても無難過ぎる気が……」
クロードの意見に、アイザックが渋る様子を見せた。
王子相手に持っていく手土産がクッキーでは面白味がない。
そんな物は普段から食べているはずだった。
「いや、だからこそだ。いきなり奇抜な物を渡されても困るだけだろう。最初は無難な物を持っていって、親しくなってから変わった物を持っていくといい」
「それもそうか。そうするよ、ありがとう」
アイザックも、かつてマチアスにイナゴや蜂の子を出されて困った覚えがある。
そこまで奇抜でないとしても、普段食べ慣れた物を用意された方が安心感はあるだろう。
今回はクロードの意見を採用する事にした。
「それにしても、アイザックは『殿下に会いたい』って望めば会えるようになったんだね。なんだか遠く感じちゃうなぁ」
ティファニーが感慨深げに呟いた。
アイザックは侯爵家の後継ぎだ。
だから、ジェイソンと会う事のハードルは他の貴族よりも低いという事はわかっている。
それでも、身近にいたアイザックが王子と会いに行くなど、ティファニーにはなかなか信じられなかった。
「いやまぁ、それは今更な気もするけど。殿下どころか、すでに陛下とも会っちゃってるからね」
「凄いよねー。同じ十三歳とは思えないよ」
「そうよ、十三歳に思えないのが困るのよ」
アイザックとティファニーの会話に、リサが首を突っ込んできた。
彼女が「責任を取れ」とアイザックに迫った事は、ティファニーも知っている。
この機会に、気になっていた事を質問する事にした。
「リサお姉ちゃんは、まだアイザックの事を狙ってるの?」
「ちょっと、そんな言い方されると恥ずかしいんだけど! 私はアイザックがどうこうじゃなくて、頼れそうな婚約者が欲しかっただけよ」
「だから、アイザックに言い寄ったんだよね」
ティファニーはクスクスと笑う。
リサの顔は真っ赤になった。
「まぁ、その気持ちはわからないでもないよ。アイザックは頭がいいもんね。私もチャールズと婚約してなかったら、他の男の子よりアイザックを選んでたかもしれないもん」
「さりげなく婚約者の自慢をしないでよ」
ティファニーの婚約者でありチャールズ・アダムズ。
彼はジェイソン世代の中で、アイザックほどではないがずば抜けた頭脳を持つ若者として噂され始めている。
アイザックに次ぐ未来有望な若者として、社交界で注目されている若者だ。
リサもその事を知っているので、婚約者を自慢されているようにしか受け取れなかった。
「言っておくけどね、私はモテないわけじゃないのよ。ただ納得のできる相手がいないだけよ。出会いさえあれば私だって――」
そこでフフフと笑い声が聞こえた。
リサが声の聞こえた方を見ると、笑い声の主はクロードだった。
彼は人を笑うようなタイプではないので、なんで笑っているのかと皆の視線が集まる。
「村にも同じような事を言っている娘が居たなと懐かしくなってな。エルフも人間も関係無く、年頃の娘は似たような事を言うのだなと思うと、つい笑ってしまっていたんだ。リサの事を馬鹿にして笑っていたわけじゃない」
クロードは、リサの事を嘲笑ったのではないと弁明する。
「へー、その人は結婚できたの?」
「……俺の知る限りまだだな」
「そ、そう……」
リサはついその娘の事を聞いてしまったが、聞くんじゃなかったと後悔した。
このままでは、自分まで行き遅れだと思われてしまう。
――なんとか誤魔化す方法はないか?
クロードの顔を見つめながら、リサは必死に考えていた。
その時、彼女は一つの答えを導きだした。
「そうだ! クロードさんがいるじゃない!」
「えっ?」
リサの突拍子もない発言に、クロードは呆気に取られる。
浮かべていた笑みが凍り付くくらいに。
「落ち着いた雰囲気の大人で包容力もある。付き合いも長いから安心できる。最適じゃない!」
リサは椅子から立ち上がり、ジワリジワリとクロードに近づいていく。
そんな彼女の姿を見て、アイザックはリサに迫られた時に感じた恐怖の理由がわかった。
(まるで獲物に襲い掛かろうとしている肉食獣だ。食べられそうっていう本能的な恐怖を感じていたんだろうな)
もちろん、食べられそうというのは食人という意味ではない。
性的にという意味だが、それでも異性を寄せ付けない威圧感のようなものを身に纏っているように見える。
その姿に、アイザックは既視感を覚えた。
(あぁ、あの姿は……。あの姿は前世の俺だ!)
アイザックも前世では「彼女が欲しい」と必死だったが、女の子に相手にされなかった。
その理由が今わかった気がした。
今のリサのように「恋人が欲しい!」という思いが表に出過ぎていて、声を掛けた相手に引かれてしまっていたのだろう。
相手を求めるという行為自体は悪くはない。
この場合、求める度合が問題となる。
だが、度が過ぎてガツガツし過ぎると「好かれて嬉しい」と思うよりも「怖い」と感じてしまう。
何事も匙加減が重要になるのだと、アイザックはリサの姿を見て学んだ。
「ま、待て。落ち着くんだ、リサ」
クロードも、以前アイザックが感じた恐怖のようなものを感じているのだろう。
慌ててリサを止めようとする。
「エルフと人間では上手くいくはずがない」
「そこは愛で乗り越えていけば大丈夫です」
「違う、そうじゃない。寿命が違うだろう。私はまた妻を失うような思いはしたくないんだ」
クロードにジワリジワリと近づいていたリサの動きが止まった。
それを見て、余裕ができたと判断したクロードが話を続ける。
「私は妻を病で失った。リサも、あと五十年か六十年もすれば老衰で死んでしまうだろう? 先に妻が死ぬという思いはもうしたくないんだ。だから、お前とは結婚できない」
「あっ、その……。ごめんなさい」
リサは自分の求婚活動がクロードに辛い事を思い出させてしまったと思い、反省して素直に謝った。
クロードはリサが落ち着いたと見て、微笑みを浮かべる。
「いいんだ。どんな理由であれ、結婚相手として見てもらえるのは光栄な事だと思う。だが、種族の違いというよりも、寿命の違いという壁は大きいんだ。私はもうおじさんと呼ばれる年齢だが、それでもリサよりずっと長く生きる。良い相手と思ってくれるのは嬉しいが、同じ時間を生きられる相手を選びなさい」
リサの予想外の行動で最初は慌てていたが、落ち着いたクロードは大人としての余裕を見せる。
アイザックは、生きた年月の長さだけではなく、その人生をどう生きてきたのかの違いを感じさせられた。
(俺もこういう人間になれるかな)
そう思うくらいには、クロードが立派に見えた。
「だから、アイザックがちょうどいいんじゃないか? 二人は気の置けない間柄だし、幼馴染との結婚というのもいいものだぞ。私の妻も幼馴染だった」
「ちょっと、クロードさん!?」
(訂正、やっぱないわ。なんで人に擦り付けようとしてんの!)
さりげなく面倒事を他人に擦り付けて自分は逃げようとするなど酷過ぎる。
せっかく、大人の対応だと感動していたのが台無しになってしまった。
「でも、リサお姉ちゃんがアイザックと結婚するなら私も嬉しいかなぁ。知らない人と結婚して、遠く離れちゃったりすると寂しいし」
(ティファニーも、なんて事を言いやがる!)
最近は付き合いがなかったので、ジェイソンに持って行くお菓子を口実に呼び寄せたが、まさかリサを煽り立てるような事を言われるとは思わなかった。
さすがに勢いではなく、真剣になったリサに頼まれれば断り辛い。
あまり本気にさせるような事を言ってほしくなかった。
「ティファニー、ありがとう。そう言ってくれると嬉しい。私もあなたとずっと身近な友達でいたい」
リサはアイザックの方に視線を向ける。
「ふつつか者ですが――」
「いやいやいや、そうじゃないよね? リサお姉ちゃんも、自分で探すって方向で納得してたよね?」
「ちぇっ、気付かれちゃったか」
「そりゃあ気付くよ。もう」
言葉とは裏腹に、残念そうな顔をしていないリサをアイザックが笑う。
それに釣られて、他の者達も笑い出す。
結婚についてよくわかっていないマイクだけが、きょとんとしていた。
久しぶりにティファニーを交えての集まり。
だが、アイザックは大人になれば友達とずっと居られるわけではないと知っている。
こうして気軽に集まり、楽しく笑っていられるのも今だけだと思うと、アイザックは一抹の寂しさを感じていた。
少しだけ「本当にリサを妻にするのも悪くない」という考えが浮かんだくらいだった。
とりあえずはジェイソンへの手土産も決まった。
手土産の検討会は終わり、自然と笑い声が上がるただのお茶会へと変わっていった。
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