第134話 友人達との再会

 ポールやレイモンドも王都にやってきたので、アイザックは普段通りの生活に戻る。


「それで、どうかな?」


 アイザックは二人に紙束を見せていた。

 その感想を求める。


「面白いけど、一巻と変わり過ぎだね」

「そもそも、なんで一歳になったばかりの妹がこれを喜ぶと思ったの?」


 二人に読ませていたのは『ヤンデルとグレテル 二巻』だった。

『ヘンゼルとグレーテル』のオマージュ作品が一巻。

 二巻はアイザックのオリジナルで「魔女を倒した兄妹が成長し、過去の経験を活かして世界各地を旅しながら悪い魔女を狩る」というアクションホラーだった。

 有名作品をそのまま使うのはどこか気まずいと思い、自作に挑戦した意欲作だった。

 だが、レイモンドが言うように、一歳の妹のに読ませる絵本にとしては不適格だったかもしれない。


「くっ、ダメか……」


 アイザックは肩を落とす。


「ダメじゃないけど……」

「赤ちゃんに聞かせる話じゃないよねっていうだけだよ」


 二人は苦笑する。

 彼らも、アイザックが自作の絵本を作るほど妹思いだとは思わなかった。

 アイザックの意外な一面を見て、苦笑するしか反応できなかったのだ。


「そうか、そうだよな。面白そうな話だったら良いってわけじゃない」


 この世界の子供向けの本は、ほぼ全て騎士物か恋愛物ばかりだった。

 だから、アイザックはケンドラのために前世の童話を思い出して絵本にしていた。

 しかし、それは書けるものを書いただけ。

 相手の年齢を考えて内容を選別していなかった。

 その事をアイザックは反省する。


「まだ一歳なんだから、そんなに焦って本の読み聞かせなんてしなくていいんじゃない?」

「でも、お父様が今年はウェルロッドに残るから、代わりに何かしてやりたいし……」 

「すっかりお兄ちゃんになったね」

「いいじゃないか、可愛いんだし」


 アイザックは返事をしながら、こうして軽口を叩ける相手ができた事に感謝していた。

「子供が相手」という思いもあったが、それでも他愛のない話をできる――それも同性の――相手がいる事はありがたい。

 常に何かを考え続けるのも、かなり疲れる。

 人を陥れたりするような事は特にだ。

 彼らと話す事で、精神的にかなり助かっている。


 アイザックは彼らとケンドラにどんな絵本を読み聞かせるかを相談した。

 他愛ない会話だが、それは心を癒す効果はあった。

「ケンドラのために絵本を書く」というのも、アイザックの本能が心を休ませようとしているのかもしれない。

 しかし、そんなお喋りの時間もドアをノックする音で中断される。


「アイザック様、グレイ商会からラルフが新しい蒸留酒を持ってきました」


 知らせに来たのはノーマンだ。

 グレイ商会の相手は彼に任せていた。


「本人がまた来たの?」

「喉が焼けるような強い酒ができたそうですので、直接アイザック様に知らせたかったのでしょう。ですが、ご友人も来られているので帰しますか?」

「うん、そう――」


「そうだね」と言いそうになって、アイザックは言葉を止める。


(喉が焼けそうになる酒か……)


 一度ポールとレイモンドの方を見る。

 彼らも友人と呼べる程度の存在にはなっている。

 少し珍しい体験をさせてやってもいいかもしれない。


「いいよ、僕達は待ってるから」

「そうそう、新しいお酒って凄い大切なんだろ? 気にしなくていいよ」


 アイザックの視線を遠慮だと思い、二人は気にするなと告げる。


「いや、その逆。一緒に行こうよ。きっと驚くよ」


 だが、アイザックが考えていたのは、二人を連れていくという事だった。

 強い酒・・・という事は、ある事・・・ができるかもしれない。

 それはきっと、二人を良い意味で驚かせるだろう。

 友達へのサービス精神だ。


「ノーマン、ラルフさんを厨房に連れていってくれる? 僕達も向かうから」

「厨房ですか? もちろん、かまいませんが……」


 ノーマンだけではない。

 ポールとレイモンドも「なんで厨房に?」と不思議そうな顔をしている。


「ちょっとした実験……、というか確認だよ。多分驚くよ」


 対するアイザックは、笑顔を浮かべていた。



 ----------



 厨房に集まると、当然ながら仕込みをしている料理人達がアイザック達の存在を気にし始める。

 このままでは仕事に支障があるので、料理長が代表してアイザックに質問をする。


「アイザック様、何か御用ですか?」

「うん、ちょっとフライパンを貸してほしくてね。使ってないのある?」

「もちろん、あります。ご自分で料理でもされるのですか?」


 アイザックはお菓子作りに口出しをしている事は有名だ。

 しかも、最近はお酒作りまで手を出している。

「次は料理に?」と思うのも当然の流れだった。

 アイザックが何をするのか期待しながら、彼は小振りのフライパンを一つ調理台に置く。


「違うよ。ここに来たのは安全のためと火が使いたかったからだよ。ラルフさん、フライパンにちょっとだけお酒を入れてください」

「フライパンにですか?」


 コップではなくフライパンに酒を入れろという。

 アイザックの不思議な要求にラルフは首を傾げる。

 しかし、何をするのか気にもなるので、言われた通りに少し酒をフライパンに入れる。


「それじゃあ、かまどの火を使うよ」

「アイザック様、私がやります」


 ロウソクに火を付けようとしたアイザックをノーマンが止める。

 子供に火を使わせるのは危ないし、何よりもアイザックがヤケドでもしたら責任問題になる。

 代わりに自分がやると名乗り出た。


「この火をどうされるのですか?」

「まずはフライパンを温めて、そのあとお酒に当ててみて」

「火をですか?」

「やってみてくれたらすぐわかるよ」


 ――酒に火を当てる。


 何とも馬鹿げた行為だ。

 しかし、アイザックが「やれ」というので、首をひねりながらノーマンは指示に従う。

 フライパンの上にある蒸留酒にロウソクの火を当てる。

 すると、気化したアルコールがボッと燃えた。


「うわっ!」


 驚いたノーマンが手を慌てて引っ込める。


「火が付いた!」

「本当にそれお酒?」


 見学していたポールとレイモンドも驚く。


「お酒だよ。色々と手を加えているけどね」


(喉が焼けるほど強いっていうから試してみたけど、本当に燃えて良かった)


 周囲の驚きとは裏腹に、アイザックはホッと胸を撫で下ろす。

 熱で気化したアルコールに火が付いたからだ。

 これで火が付かなかったら、ただのマヌケでしかない。


「なるほど、だからフライパンを……」


 料理長も驚いていた。

 鉄のフライパンを使って火事にならないように気を使っている。

 アイザックは子供で、厨房に出入りするような事もない。

 普段、火を使わないのにちゃんと火の始末について気を付けている事に感心していた。


「ラルフさん。二回以上の蒸留を行う時は注意してください。火とお酒が出てくる場所は離しておいたほうが安全でしょう」

「ええ、そのようですね。引火したらたまりません。街中で坑道内で起きる爆発事故を起こしたくはありませんから」


 ラルフも酒が燃えるとは思っていなかったのだろう。

 両目を見開いてフライパンを凝視している。


「驚いた?」


 アイザックはポールとレイモンドに笑顔を向ける。


「そりゃあもう……」

「驚いたよ……」


 初めて見る光景に二人は驚いている。

 だが、驚いていたのは他の者も同じだ。

 中でも、ラルフが一番驚いている。

 フライパンに顔を近づけて見ているくらいだ。

 そして、彼が口を開いた。


「喉が焼けるほど熱い酒といいますが、火が付くとは……。これならアイザック様がおっしゃったように、ドワーフを驚かせられるでしょう。春までに作れるだけ作っておきましょうか」

「でも大量のお酒が必要だから、大量生産するには原料が足りなくなるんじゃない?」


 正確には酒はある。

 だが、それは人が飲む分を考えなければだ。

 さすがに酒をあるだけ使っては、不満を持つ者が出てくるだろう。


「お酒が一杯いるならドワーフから買ってもいいんじゃないの? お酒が好きなら一杯作ってるだろうし」


 アイザックが原料不足を心配するが、ポールが解決できる方法を提案する。


「なるほど、その考えはいいな。ドワーフから酒を仕入れて、加工してから販売する。これは商売の基本でもある。お互いに関わりも深くなるし悪くないかもしれない。今は交渉に来たドワーフを驚かせる分だけ作って、生産量を増やすのは今後の状況に合わせてという事にした方がいいでしょう」


 ラルフもポールの意見に賛同する。


 ――商品をあるところから仕入れる。


 単純な考えだが、それだけに解決も簡単だ。

 ドワーフとの交流が再開され、取引が始まれば解決する。

 酒を大量生産しているなら安く買って、蒸留した物を高く売るだけだ。

 もちろん、ドワーフが大量の酒を生産していればという大前提が崩れていなければではあるが。


「なんにせよ、交渉が上手くいかないとダメだね」


(考える事が増えたなぁ……)


 アイザックは目まいを感じた。

 今までは欲しい物を手に入れるバーター取引をする事しか考えていなかった。

 仲良くしようというだけならば、蒸留酒だけでいいかもしれない。

 だが、本格的に交易をするなら、もっと人間と取引をするメリットを明示する必要があるだろう。

 そうなると酒だけではなく、ついでに何か他の物も用意しておきたくなってくる。

 春までにドワーフが欲しがりそうな物を考え、用意しておかねばならない。

 

「友達を驚かせたい」という気持ちで、なんとなくとった行為。

 まさかそれが新たな問題を生んでしまい、アイザックは困る事になってしまった。

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