第130話 エリアスへの報告
アイザックとブリジットが王都に着くと、挨拶もそこそこに着替えさせられた。
「話は伝令の手紙で知っているが、陛下がお前達をお待ちだ。疲れているだろうが、着替えが済んだら王宮に行くぞ」
アイザックは使用人によって着替えさせられている。
十歳にもなったから一人で着替えたいが、十五歳になるまでは使用人が手伝う事になっていた。
最初は恥ずかしいと思っていたが、いい加減慣れてきていた。
着替えているアイザックの横から、モーガンが話しかけた。
「はい、わかっています。今回はエルフと違って、友好的な接触ではありませんでしたから」
アイザックも少しは休みたかったが、急ぐ理由もわかるだけに文句は言わない。
黙って普段着から宮廷服に着替える。
他の部屋で、ブリジットも着替えさせられている。
きっと「少し休みたい」と、ぶつくさ言っているだろう。
「それにしても、エルフと交流を再開した事でこんな事になるとはな……」
「僕も驚きました」
今回の事はモーガンにとっても予想外の出来事だった。
モラーヌ村はドワーフの街から遠い。
それにエルフの数が少ない事から、経済的な影響は少ないと思われていた。
だが、ウォルフガングはその影響を受けた被害者の一人だった。
まさかその数少ない被害者が殴り込みに来ると、誰が予想できただろうか。
「やってきた理由は最悪ですが、ちゃんと話し合えばお互いに歩み寄る事はできそうでしたよ」
「だといいのだが……。お前が関わると物事が大きくなり過ぎる。まったく、もう少しなんとかならんのか」
「なんとかって言われても……」
(確かに騒動になるのは手柄を立てるチャンスだし歓迎だけど、完全に制御外の出来事でどうしようもないんだよなぁ……)
エルフに関しては、大体アイザックの想定の範囲内で行動してくれている。
だが、ドワーフに関しては完全に予想外の出来事だった。
まさかエルフと仲良くする事で、ドワーフに悪感情を持たせる事になるとは思わなかった。
せいぜいが、エルフと仲良くしたいと考えている貴族に「独占するな」と思われる程度だと考えていた。
そもそも、ブリジットと出会った事が偶然だったのだ。
ドワーフと接触する事など、アイザックは今まで考えもしなかった。
自分でどうこうしようと思っていた事ではないので「なんとかならんか」と言われても、どうしようもない事だった。
「今回の件は僕のあずかり知らぬ事ですよ」
「だろうな。我々も想定外だった。まさか、今になってドワーフが出てくるとはな。おそらく、今までの蓄えが無くなってというところだろう」
モーガンも本気で言ったわけではない。
ただ、アイザックの関わった事が国家ぐるみの騒動に繋がるので、少し愚痴をこぼしたかっただけだ。
「さすがにこれ以上の事は起きないと思いますよ」
「そう願いたいところだ」
二人は苦笑する。
誰だって予想外の出来事は勘弁してほしい。
一歩間違えれば戦争状態になるような事態ならなおさらだ。
「終わったようだな。では、リビングでブリジット殿の用意が終わるのを待とうか。女の着替えは時間が掛かる」
「そうですね。みんな、お疲れさま」
アイザックは着替えを手伝ってくれた使用人達に労いの言葉を掛ける。
彼らは笑顔で答えた。
こんな事を続けているのは「ネイサンを排除してから偉そうになった」なんて言われたくないからだ。
面倒ではあるが、良い評判を得るためには気長に行動を続ける必要がある。
「部下にも優しい」という評価が、最もお手軽で身近なものだったので続けていた。
絶対権力を手に入れるまではやめるつもりはなかった。
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王宮に着くと、応接室へ案内された。
カーマイン商会の時のように、謁見の間で報告するわけではないようだ。
「大勢に発表する前に、陛下が報告を聞いて検討するんだ。『対応策がない』などとは皆の前で言えんからな」
「なるほど」
――人の上に立つからこそ、無能であると気付かれてはならない。
その事はアイザックもわかっている。
もちろん「上司が無能だからこそ支えたい」という奇特な者もいるかもしれない。
だが、それには大前提として「人柄」という重要な要素が必要とされる。
地道に努力するエリアスに、アイザックは少し共感を覚えた。
「陛下がお越しになられました」
ドアをノックする音のあとに、外から声をかけられた。
モーガンが立ち上がると、アイザックとブリジットも立ち上がる。
さすがに一国の王を座ったまま出迎える事などできないからだ。
ドアが開けられると、国王のエリアス、宰相のウィンザー侯爵が入ってくる。
そして、もう一人。
初めて会う男もいた。
「久し振りだな。……初めて会った時は協定を結んだ時だったか」
「はい、陛下。その節は大変お騒がせ致しまして、誠に申し訳ございませんでした」
エリアスは、まずエルフの代表であるブリジットに笑顔で話しかけて握手を交わす。
(よく覚えて……、あぁ……)
「昔、一回会っただけなのによく覚えているな」とアイザックは思ったが、あの時はブリジットがギルモア子爵に顔面膝蹴りを決めたせいで騒動になった。
その元凶であるブリジットの事を、忘れられなかったのだと理解した。
ブリジットも忘れられない出来事だったのだろう。
借りてきた猫のように大人しくなっているようにアイザックには見えた。
だが実際は、彼女もちゃんと礼儀作法を学んでいるので、国王であるエリアスに対して相応しい対応をしているだけだった。
次にエリアスはアイザックに視線を向ける。
「アイザックは十歳式で見かけて以来か」
「はい。ご無沙汰しております」
アイザックはこのように答えたが、十歳になった子供が国王と会う機会など普通はない。
ご無沙汰になっていて当たり前だ。
あくまでもこれは社交辞令でしかない。
「ブリジット殿、アイザック。こちらは元帥のジュリアン・フィッツジェラルド伯だ」
モーガンが初顔の男を紹介する。
フィッツジェラルド伯爵は軍政畑の人間だけあって、先代のウィルメンテ侯爵のような迫力はない。
だが、そのたたずまいからは、鋭利な剃刀といった印象を与えられる。
年齢は四十前後に見えた。
「ウェルロッド侯爵家ランドルフの息子、アイザックです」
「モラーヌ村のブリジットです」
「フィッツジェラルド伯爵ジュリアンだ」
三人は挨拶を軽く済ませる。
その間にエリアスが椅子に座っていた。
他の者にも座るようにと、仕草で合図する。
「大体の事は手紙で理解した。まずは今のドワーフがどんな生活をしているのかを聞かせてもらおう」
「はい、陛下」
ブリジットが説明を始めた。
内容はクロードが話した内容とほぼ同じ。
ただ、火薬やバッテリーの事までは触れなかった。
話を聞いたエリアス達が考え込む。
その中で、最初に口を開いたのはウィンザー侯爵だった。
「彼らの生活ぶりを聞く限りでは、無理に交流を再開する必要はなさそうですな。エルフを通じて鉄や銅を友好の証とでも称して送って時間を稼げばいいでしょう。エルフとも強固な信頼関係があるとは言い難い状況なので、まずはエルフと上手く付き合えるようになってから取引を始めた方がいいと思われます」
彼は安全策をエリアスに進言する。
慌てて双方と交流を再開して、何らかの事件を引き起こす事になり、双方を敵に回すような事は避けなければならない。
急いでドワーフとの交流を再開するより「まずはエルフとの関係を強固なものにして、その次にドワーフと」という段階を踏むべきだと考えていた。
この発言にはアイザックが焦った。
確かにウィンザー侯爵の発言は理解できる。
無理に取引しようだとか考えずとも、相手が必要な物をくれてやって落ち着かせるという方法も悪くない。
アイザックもリード王国の忠臣であれば、似たような安全策を考えていただろう。
だが、アイザックは忠義に燃えてはいない。
自分の野心のためにも、ドワーフとの交流が再開された方が好都合だった。
ウィンザー侯爵の発言で「将来的にはドワーフと交流を再開するけど、今は積極的には接触しないでおこう」という流れを作られては困る。
その発言を否定しようとした。
「発言よろしいでしょうか?」
まずは、意見を言う許可をエリアスに求める。
「いいだろう」
意外なほどにあっさりと許可が出た。
これはアイザックがエルフとの協定を結ぶきっかけを作っていたからだ。
実のところ、エリアスが「意見を聞いてもいいだろう」と思う程度には期待され始めている。
これは彼が「国王としての実績を歴史に残したい」と思っていたからでもある。
「これは天啓というものではないでしょうか?」
「天啓?」
――ドワーフの話題で、なぜ神のお告げが関係あるというのか?
この場にいた者達全員が不思議に思った。
「きっと神様がエルフだけではなく、ドワーフとも仲良くするべきだと言われているのですよ。陛下は
「ふむ」
アイザックの言葉をエリアスは興味無さそうな顔で聞いているが、鼻の穴が大きく開いている。
内心ではかなり興味を引かれているのだろう。
その姿をして、この説得の仕方は間違っていなかったとアイザックは思った。
(やっぱりな。『神によって機会を与えられた』なんて言われたら興味を持つよな。事ある毎にパレードをしたりして、自分の功績をアピールしているんだ。よっぽど名声が欲しいんだろ? 名声をくれてやるよ)
何をするにも、まずはエリアスをその気にさせて交流を再開させなくてはならない。
アイザックは名声を得る事を捨てて、実利を得る事を選んだ。
名声は全てエリアスにくれてやるつもりだ。
これも将来国をもらうための前金だと思えば嫌な気にはならなかった。
「そういえば、エルフやドワーフと仲良くしている人間の国って聞いた事がないですね。両方と仲良くしている国って戦後初めてなんじゃないですか?」
――二百年前の種族間戦争以来、初めて異種族と友好的な関係を築いた人間の国。
エルフと交流を再開しただけでも大事だ。
ドワーフとも協定を結べば、間違いなく歴史に残る。
名声を欲しがっているエリアスにとって非常に魅力的な言葉だった。
ブリジットの言葉は、アイザックへの強力な援護射撃になっていた。
「天啓かどうかはさておき、軍としては交流を持っていただきたいところです。ドワーフと交流があるというだけで周辺諸国に睨みが利くので、できれば友好的な関係を築いていただきたいところです」
フィッツジェラルド伯爵もドワーフとの交流再開を推す。
これは元帥としての発言だ。
――ドワーフ製の剣や鎧を揃えている。
そう思われるだけで、兵数以上の圧力を掛けられる。
軍とは実際に戦う事だけを求められているわけではない。
「喧嘩を売ってくるなら痛い目に遭わすぞ」という抑止力として、戦争を起こさないために働く事を求められている。
ドワーフ製の武具はハッタリを強化するのに有効だった。
いつかは本当にドワーフ製の武具を輸入できればいいとも思っている。
そのためにも「少しは関係を持っておいてほしい」と考えていた。
「なるほど、それも一理あるな」
本当はドワーフとの交流再開に心が大きく傾いているが、ウィンザー侯爵の面子もあるのでエリアスは「一理ある」という程度の表現に留めた。
「ウェルロッド侯は外務大臣として、なにか意見はあるか?」
エリアスはモーガンに意見を求める。
何と言ってもアイザックの祖父だ。
ドワーフとの交流再開を勧めてくれると思っていた。
「私はウィンザー侯の意見に賛成です。まだエルフですら自由に王国内を旅ができる状況ではありませんし、エルフの領域に人間が自由に出入りできるわけでもありません。二百年もの間隔絶されてきたのです。異種族との接し方を時間をかけて学ぶべきでしょう。また戦争になったりしたら大変です」
だが、エリアスの望んでいた答えとは正反対の意見をモーガンは述べる。
彼も「まずは種族の異なる相手との接触は慎重に」と思っていたからだ。
しかし、エリアスは違う意味で受け取った。
(そうか、こやつらは貴族派。私に力を付けさせたくないのだな)
もし、ここでフィッツジェラルド伯爵も安全策を主張していれば違った。
だが、貴族派筆頭のウィンザー侯爵と同じ貴族派のモーガンが反対したという事が不味かった。
ドワーフとの交流再開を拒んだのは「王に名声を与え、王党派に勢いを与えたくないからだ」と思ってしまう。
理性ではなく、感情で反対しているのだと受け取ってしまった。
その考え自体が感情によるものだというのに。
「いや、まずは会談くらいは行うべきだろう。当然、友好的な関係を築く事を前提としてだ。こちらに呼び出す事が困難なら、国境まで私が出向いてもいい」
「陛下!」
ウィンザー侯爵が止めようとするが、エリアスが片手で制止する。
「どうせいつまでも棚上げにしておく事はできない。ならば、火種を我らの代で鎮めようではないか」
「はっ」
良い事を言っているようだが、実際にその火種を消す役目を任されるのは宰相や外務大臣だ。
だが、国王がここまで言うのであれば真っ向から否定はできない。
とりあえず「交流を再開し、取引できるようにする」という方向で動かざるを得ない。
ウィンザー侯爵は渋々命令に従わざるを得なかった。
「ブリジット殿にも頼む事だが……。アイザック、お前も会談を行う時は出席せよ」
「かしこまりました」
アイザックはモーガンの孫だが、エリアスに「天啓だ」とドワーフとの関係改善を勧めてくれた。
特別に今回の件に関わらせてやろうとエリアスは考えていた。
それにアイザックは「ジュード譲りの知謀を持つ」と噂されている。
なにかの役に立つかもしれないという期待もあった。
アイザックは、早速その期待に応えた。
「もし、取引を行うという時はグレイ商会などにお任せを。エルフとの取引実績があるので、他種族との取引を安心して任せられます」
「うむ、実績のある者に任せるというのは良い案だ」
エリアスは満足そうな笑みを浮かべてうなずく。
(まだ子供だから派閥の事を理解していないのだろう。貴族派の代表であるウィンザー侯爵やウェルロッド侯爵よりも、まだ派閥に関係のないアイザックの方が王家のための働きが期待できる)
エリアスはそのように思ってしまっていた。
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