第129話 ドワーフの生態
ウォルフガング達は、荒野を通って帰っていった。
食料だけではなく、ワインを片手にだ。
人間の酒をそれなりに気に入ったらしい。
アルスターは、塩を仕入れるために商人達が多く訪れる。
高級ホテルもあり、そこで取り扱う酒類も当然高級品。
マクスウェル子爵が明細書を確認して、一瞬顔をしかめた。
ランドルフがその表情を見て――
「ドワーフに関して必要な経費は、ウェルロッド侯爵家で支払おう」
――と申し出る。
それなりの規模の街を任される代官でも、予想外の出費は大きな負担となる。
ランドルフはマクスウェル子爵が支援を頼んでくる前に、彼の面子に配慮して申し出たのだ。
その姿を見て、さらにアイザックが「そういう配慮ができるなら、家族にしてくれたら良かったのに」と思ってしまうのも仕方がない事だった。
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アイザック達はウェルロッドの屋敷に戻った。
まずはランドルフが執務室に向かい、報告用の手紙を書き始める。
その間、ドワーフの事を気にしていた者が、少しでも早く聞こうとアイザックに話しかける。
「大丈夫。色々と行き違いはあったけど、ドワーフと交流の再開が行われるかもしれないってだけだから」
心配そうな顔をして尋ねてくる者に対して、アイザックは安心させるように答えた。
しかし、それはそれで官僚達は安心できない。
アイザックは知らないが、エルフとの交流を再開した時、彼らは急激に仕事が増えて死ぬような思いをしていた。
特に今年はランドルフが復帰したという事で、書式の統一も導入し始めた。
ドワーフとの交流が再開する事によって、どれだけ多くの仕事が増えるのかがわからない。
仲良くなる事は良い事だが、それが全ての者にとって良い事ではないという一例だった。
アイザックが立ち話をしているところへ、ランドルフが姿を現した。
「アイザック、この手紙を持って王都へ向かってくれ。早馬で済ませてもいいが、実際に立ち会った者の言葉を王都でも聞きたいだろうからな」
「わかりました。お父様はどうなさるのですか?」
「私はウェルロッドに残る。エルフと取引をしていたのはウォルフガング殿達だけではないとクロード殿から聞いている。ウォルフガング殿とすれ違いで他のドワーフが来るかもしれない。その時に武力衝突が起こるかもしれないだろ? 場を収める権限を持つ者が必要になるはずだ」
――ウォルフガング達以外のドワーフ。
これは会談前に想定しておくべき問題だった。
ウォルフガング達が帰る前に、その事に気付けただけまだマシだろう。
他のドワーフにも「春までは待っていただきたい」と伝えてほしいと頼んでおいた。
だが、ランドルフが言ったように、ウォルフガング達から話を聞く前に人間の街へ向かう者がいるかもしれない。
そういった者達への対応も必要だ。
領主代理のランドルフが残り、非常時に決断を下す必要がある。
衝突が起きる可能性を考えれば「まだ子供のアイザックをウェルロッドに残して決断させる」という事は考えられなかった。
「俺もここに残って争いにならないよう、口添えをするつもりだ。見知った顔は多いからな」
クロードはドワーフの街へ仕入れに行っていた経験がある。
顔見知りのドワーフも多いので、ランドルフの補佐をしてくれるようだ。
しかし、そうなると問題が一つ出てくる。
クロードはブリジットの顔を見る。
「エルフの大使として、エリアス陛下にもドワーフの基本的な事を伝えたいのだが……。俺はモラーヌ村から誰か来るのを待った方がいいと思う」
彼の言葉はランドルフに向けられていた。
これにはランドルフも難しい顔をする。
代わりを要請するのはブリジットに失礼だが、若いブリジットに任せるのも頼りない。
これもなかなか判断の難しい問題だった。
クロードにはアイザックと一緒に王都へ行ってもらい、モラーヌ村から誰か助けが来るまでブリジットにランドルフの補佐をしてもらうという案もある。
「速やかな報告」と「安全」
どちらを取るか悩ましいところだった。
「物作りに情熱を燃やしているとか、お酒が好きとかそれくらいでしょう? それくらい大丈夫よ」
ブリジットが胸を張って答える。
彼女が自信を持って言えば言うほど、クロードは言葉に表す事のできない不安を覚えた。
だが、ブリジットも人間と触れ合う事で成長しているところもある。
一言“ダメだ”と切り捨てるような事ができなかった。
「ブリジット、耳を貸せ」
クロードがブリジットに耳打ちする。
耳打ちされたブリジットは、怒りで顔を真っ赤にした。
「それくらい私だって言われなくてもわかってるわよ。何でもかんでもベラベラ喋ると思わないでよ」
「念のための確認だ。わかってるならいい」
「不都合がないなら、何の話か軽く教えてほしいのですが……」
二人は納得しているが、目の前でヒソヒソ話をされて気になってしまったアイザックが質問した。
クロードが逡巡したあと、質問に答えた。
「ドワーフがどんな軍備をしているかを話すなと言っただけだ。もちろん、人間側の事をドワーフに話したりもしない。我々は取引をするし、魔法を使って道を作ったりもする。だが、スパイの真似事はしない。その事をブリジットに注意しただけだ」
「なるほど、そういう事でしたら納得です」
クロードの発言は、エルフの立場を考えれば納得できるものだった。
付き合いが長いか短いかは関係ない。
ベラベラと一方の情報を何もかも喋ってしまっては、もう一方からもいずれ信用されなくなる。
(そうなると……)
「念の為にクロードさんが先にドワーフの事を教えてくれませんか? 僕も聞いておけば、ブリジットさんが喋りそうになった時サポートできるかもしれません」
「そうだな。そうしようか」
「ちょっと! クロードは私を信用したんじゃないの!」
「念の為だ。お前がどうこうというものではない」
「それにほら。クロードさんの方が長くドワーフと付き合ってるから詳しそうだし、ブリジットさんも聞いておいて損はないよ」
「むー……」
ブリジットも納得したくないようだが、よく取引に出かけていたクロードの方が詳しいというのは事実。
強く否定するような事はできなかった。
「我々にも教えていただけると助かります。本で読むのとは違うでしょうから」
官僚の一人がクロードに話を頼む。
意図せずに、ブリジットが話を聞く事を受け入れやすいように助け舟を出した形となる。
「それじゃあ、落ち着いて話せるところに場所を変えよう。立ち話じゃあ集中できないしね」
ランドルフが場所の移動を勧める。
それに異論を口にする者はなく、会議室へと移動した。
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「……さて、どこから話そうかな」
会議室は執務室よりも広い。
だが、どこで小耳に挟んだのか、手隙の者達が大勢集まってきていた。
大勢の視線を受けて、クロードは少し気まずそうな素振りを見せる。
「まず、ドワーフは見ればわかる。身長は人間の八割程度の高さだが、ほぼ全員体の肉付きがいい。ぜい肉ではなく、筋肉で横幅があるんだ。そして、この筋肉が今回の問題に関係があると思われる」
「筋肉が?」
驚いたアイザックが質問する。
他の出席者も「筋肉がなぜ?」と疑問を抱いていた。
「大昔の事。リード王国ができる前の都市国家の時代よりずっと前。爺様のさらに爺様の時代、ドワーフは凶暴な種族だったそうだ。だが、ある時を境に大人しくなった。その理由は、物作りに目覚めたからだ。彼らは有り余る体力を全力で物作りに注ぎ込んだ。良い物を作り、それを肴に一杯やる事に喜びを見つけてから大人しくなった。というのが、昔爺様に聞いたドワーフに関する話だ」
「では、ウォルフガングさん達は、物作りができなくなったから抑えが利かずに行動に移したと?」
「岩塩を掘っているだけでも、生きていくには困らないはずだ。おそらくそうだろう」
アイザックは頭を抱える。
ドワーフといえば「頑固だが酒好きの陽気なおっさん」というイメージだった。
「やむにやまれぬわけがあって」という理由ではなく「物作りができなくなって、抑え込まれていた凶暴性が解き放たれた」という理由だけでアルスターを訪れたと思うと、ドワーフのイメージが崩壊してしまいそうだった。
「次は、そうだな……。爺様が『ドワーフは酒を与えておけば静かになる』と言っていたが、言葉通りに受け取らない方がいい。おそらく、殴り合いの喧嘩を始めて、結果的に静かになるっていう意味だと思うからな」
クロードは冗談めかしているが、内容はシャレにならない。
もしかすると、あの時ウォルフガング達が殴り掛かってきていたかもしれないからだ。
アイザックが「取引の話を持ち出す」という予想外の事を申し出なければ、話の流れ次第でそれが実際に起こっていた可能性もある。
少し暴走してしまったと反省していたが、結果的には良かったのかもしれない。
「ただ、普段接する分には不必要に怖がる必要はない。ちゃんと話が通じる相手だ。実直な人柄の者ばかりなので、誠実に話せば問題はない。回りくどい言い方はあまり好かれないから気を付けた方がいい」
「その事は先に聞きたかったな」
アイザックはそう呟いて「しまった」という顔をする。
周囲の者達が「なにかやったのか……」という目で見て来たからだ。
彼らの考えた事は正しい。
すでにアイザックは警戒されるような事を言ってしまっていた。
「そ、そういえば、ドワーフの街ってどうなの?」
アイザックは誤魔化すために、慌てて話を次に進める。
「ザルツシュタットの見た目は人間の街と変わらない。俺は行った事はないが、廃坑を街に作り直した地下都市なんかもあるらしい。人間の街と違うのは、至る所に工房があるから町全体が煙たかったり暑かったりするという事だな。石炭のコークス? とかいうものを使っているらしい。あそこにはあんまり近づきたいとは思わないな」
「あそこ、なんだか煙たいのよね」
自然を愛するエルフだからか、ドワーフの工房とは相性が悪いようだ。
ブリジットも、訪れた時の事を思い出して嫌そうな顔をする。
だが、アイザックは違うところに目を付けた。
(石炭まで使っているのか。さすがドワーフとも言うべきか)
以前、鍛冶場の溶鉱炉では木炭を使っていると聞いていた。
それに対し、ドワーフ達はすでに石炭を燃料に使っているという。
アイザックも燃料の事を詳しくは知らないが、石炭が石油の前に使われていた主要燃料だという事は知っている。
石炭を使っているという事だけでも、人間とドワーフの技術力の差を感じさせられた。
「しかも、塩の採掘場からはうるさい音が聞こえるし。あんまりザルツシュタットには行きたくないのよね」
ブリジットが嫌そうな顔で呟く。
耳の良いエルフにとって、工房付近の作業音なども不快だった。
「遠いから」というだけではなく、うるさいドワーフの街を嫌っているようだ。
「あれは塩を掘り出すために爆破しているんだ」
「爆破?」
アイザックとランドルフが同時に質問する。
しかし、その意味は違う。
アイザックは「爆薬があるのか」という意味で、ランドルフは「爆破とはなんだ?」という意味だった。
クロードは二人がランドルフと同じ事を疑問に思っていると受け取った。
「爆破とは、火薬という物を地面に埋めて、一気に塩を掘り返す作業の事だ。つるはしで岩塩を掘り出すのは大変だが、爆破する事で簡単に掘り出せるようになるらしい。元々は鉱山を掘り進むために作られた物らしい」
「へー、採掘道具なら売ってもらえるかな?」
「それは話し合い次第だろう」
何気ない話。
だが、アイザックにとっては違う。
(ダイナマイトも最初は工事用に開発されたと本に書いていた。採掘用として輸入したあと武器に作り直せば、王国軍との兵力差もひっくり返せるかもしれない)
鉄砲のような複雑な機構の武器は必要ない。
とりあえずは、手榴弾のように鉄片を飛び散らす武器でいい。
それだけで、この世界の戦争は一変するはずだ。
ドワーフも採掘用の道具として使っているだけで、戦争利用の危険性に気付いていないのなら手に入れやすいだろう。
アイザックは思わず笑みがこぼれる。
「採掘道具の話で笑うようなところがあったか?」
ランドルフがアイザックの笑みを見て、不思議そうな顔で尋ねる。
「いえ、そういう不思議な物があるんだなって思うと……。なんだか楽しそうだなって」
「そうだな。ドワーフと仲良くなって、知らない物を一杯見られるといいな」
「はい」
ランドルフは息子の頭を撫でる。
未知の物に興味を示すなど、アイザックにも子供らしい一面もあると安心したからだ。
アイザックは、まもなく十一歳。
「機会があったら、エルフの村に出かけるくらいは許してやってもいいかもしれない」という考えが浮かぶ。
「エルフの魔力を貯める箱とかもあるぞ。貯めた魔力を使って、溶鉱炉に一気に火を付けたりするらしい」
クロードも同じ事を思ったのだろう。
少しばかりサービスする。
「魔力を貯める箱! 凄い!」
(バッテリーみたいなのまであるのか! でっかいコンロみたいな使い方をしてるみたいだけど、バッテリーがあるなら、他にも使い道はいくらでもあるじゃないか!)
予想以上に凄そうなドワーフの国に、アイザックは目を輝かせる。
こうして喜んでくれるのなら、クロードもサービスをした甲斐があったというものだ。
アイザックは確かに子供らしく喜んでいるが、クロードはその意味が思っているものとは違うという事までには考えられなかった。
「だが、そういう物を売ってもらえるかは別問題だ。さて、続きを話そうか」
「はい!」
他にも良い情報を期待して良い返事をしたが、この後は地味な情報ばかりだった。
寿命は人間の四倍程度だとか、食事は人間と変わらないとかだ。
それでも火薬とバッテリーの情報だけでも、予想外の収穫だったと言える。
――何が何でもドワーフと交流をしたい。
アイザックが以前よりも強くそう思ってしまうのも当然の流れだった。
(名声は捨てて、実利を得るか)
名と実の両方を手に入れようとするよりは、名を譲ってドワーフとの交流を再開できるような流れを作る方が良い。
エリアスに名声を譲って、交流を認めさせるようにした方がいいだろう。
だが、人間側の事だけを考えても意味がない。
ドワーフと話し合った際、交渉が決裂する可能性だってある。
なにか手土産があった方が良いだろう。
(問題が山積みだ。けど、希望のある悩みだ。悩ましいのに嬉しいって複雑な気分だな)
今まではパメラを助ける方法が思い浮かばなかった。
それに比べれば「未来に向かって希望のある問題に頭を悩ませられる」なんていうのは贅沢な悩みである。
アイザックはこの状況を無駄にしないため、今できる事を考え始めた。
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