第123話 ジュードと重ね見られている事に気付く

 アイザック達は、ウェルロッドに戻った。

 ランドルフも仕事に精を出しており、領主代理の代理としてアイザックの出番は必要ないようだった。

 お陰でアイザックには自由な時間ができる。

 だがしかし、その時間を有効活用するため、まずは父との対話が必要だった。

 領都に到着して数日。

 旅の疲れが取れた頃、アイザックは意を決してランドルフに話しかけた。


「お父様、僕もお手伝いをしたいです」

「何の手伝いだ?」

「お客様の応対です。今年はお母様がいませんから」


 アイザックが考えたのは、父の代わりに客の対応をする事だった。

 あらかじめ会う約束のある者なら、ランドルフが用意をできるのでいい。

 だが「近くを通ったから挨拶によった」という不意の来客も、毎月それなりの人数がいる。

 今年はルシアが王都に残っているので、来客の応対をする者がいない。

 その役割を自分が果たそうと考えていた。

 しかし、ランドルフの反応はよろしくない。


「しかし、お前はまだ子供だ。あまり仕事を押し付けるわけには……」

「それは今更です。僕はハンスさんの助けを得て、去年は領主代理を務めました。仕事がまったくわからないというわけではありません」

「でもな……。子供には子供らしい生活をさせてやりたい」


 ランドルフは彼なりの考えがあった。

 アイザックには苦労を掛けたので、よけいな仕事をさせずに子供らしい生活を過ごさせてやりたいと思っていた。

 だが、その考えは今更なもの。

 アイザックが納得できるものではなかった。

 さらに一歩踏み込んだ話題に触れる事にする。


「お父様、それは今更です。子供らしい生活を過ごせというのならば、なぜ兄上やメリンダ夫人に対応してくださらなかったのですか? そうすれば、僕はお父様の望み通り子供らしい生活していましたよ」

「それは……」


 アイザックの言葉に、ランドルフは言葉が詰まる。


「それは? なんですか?」

「ルシアが事を荒立てたくない。今のままでいいって言うから……」


 ランドルフの言葉に、アイザックはめまいを感じた。

 言葉をそのままに受け取っているからだ。


「お父様。その言葉をそのまま受け取ってどうするんですか。お母様の性格を考えれば、なんとかしてくれと言えるはずがないでしょう。そもそも、僕を後継者にするとお父様が決めた以上、メリンダ夫人を引っ叩いてでも大人しくさせるべきだったんじゃないですか?」

「確かにそうだったかもしれない……。でも――」

「でも、じゃないんです」


 アイザックはランドルフの言葉を遮った。


「お父様。今は何を聞いても言い訳にしか聞こえません。ですから、そういうのはやめましょう。その次のステップを目指しましょう」


 アイザックは適当なところで話を切り上げた。

 これはアイザック自身のためでもある。

 グチグチと責め立てるよりも、自分の望む結果を引き出すための話題なのだ。

 それに、深く追及し過ぎて、また心を病まれては困る。

 また領主代理になってしまったら、時間が大幅に制限されてしまう。

 今はまだ、アイザックは深く踏み込む事を避けていた。


「次のステップとは?」

「新しい関係の構築です。僕とお父様は以前の関係に戻る事はできないと思っています。関係の修復はできない。ですが、お父様のお手伝いを少しでもする事で、新しい家族としての関係を作れたらなと思っています」

「アイザック……」


 まだ十歳の子供が関係を元通りに戻そうとするのではなく、一緒に何かをする事で新しく家族としての関係を作り直そうとしている。

 その健気さに、ランドルフは今にも泣き出しそうな顔をする。


「何もしてやれず、すまなかった……。私はどうすればいい?」

「お父様のお手伝いをさせてください。まずはお客様の応対からで」

「わかった。自由にしていい。一緒にやっていこう。けど、無理はするなよ」

「はい。わかっています」


 ランドルフはアイザックを抱き締めた。

 家族の事は色々とあったが、まだ何も終わっていない。

 これからが始まりなのだと、ランドルフは実感した。

 自分が原因で引き起こしてしまった事件。

 その後始末をアイザックにばかり任せてもいられないと、彼も恐れずに一歩踏み出していこうと考えていた。



 ----------



 貴族達が王都から帰る途中に挨拶に訪れるのは毎年の事。

 そういう貴族が来るとわかっているので、最初はランドルフが応対していた。

 アイザックが貴族の応対をし始めたのは一ヵ月ほど経ってからだった。

 今日も父の手が空くまでの間、ノーマンを同席させて貴族の対応をしていた。


「リスゴー男爵、お久し振りです。お父様もまもなく来ると思いますので、今しばらくお待ちください」

「こちらこそご無沙汰しております。アイザック様もお元気そうで何よりです」


 アイザックが彼と最後に会ったのは、年末のパーティーの帰りに挨拶した時。

 その前は、デニスを使って脅した時以来だ。

 もっとも、ほとんどの貴族が似たようなもの。

 彼だけが特別だというわけではない。

 しばらくの間、雑談を交わす。

 何気ない話をして油断させてから、アイザックは本題を切り出す。


「ところで一つお聞きしたいのですが」

「何でしょうか?」


 普通の雑談をしていたので、リスゴー男爵はリラックスしている。

 穏やかな声で聞き返した。


「リスゴー男爵は僕と王家。どちらかを選ばなければいけなくなったら、どちらに忠誠を誓いますか?」

「えっ!?」


 あまりにも酷い不意打ち。

 リスゴー男爵は言葉が詰まった。


(これは何かのテストか? アイザック様だと答えれば『王家への忠誠』がないと殺され、王家だといえば『自分への忠誠がない』と殺される?)


 咄嗟にそのような考えが浮かんだ。

 これはジュードのせいだ。

 彼は王国に不利益をもたらすと判断した者達を殺した実績がある。

「自分もそのテストをされているのではないか?」と、リスゴー男爵は考えてしまうのも無理はない。


 実際、これはテストだ。

「王国に不利益をもたらす者かどうか」を調べるものでもある。

 ただ、これはジュードが行った事と対極の性質を持ったものだった。

 アイザックは「自分と王家を天秤にかけて、どの程度の時間をかけて答えを出すか」を見ようとしていた。


 即座に「アイザック様です」などという者は信用できないので、反乱を起こす前に排除するか力で頭から押さえつける。

 真剣に悩み「アイザック様です」と答える者は、味方にできるかもしれないので懐柔する方法を考える。

 もちろん、実際はそこまで単純に割り切れないが「一人一人の反応を見る事によって判断しよう」とアイザックは考えていた。


 父に「お手伝いしたい」と言いだしたのもこのためだ。

 これは祖母マーガレットのやり方を真似したもの。


 ――当主の知らぬ間に多くの貴族に根回しをする。


 そのためには、客人の応対をする事ができる立場が必要だった。

 だから、過去の事を掘り起こしてまで、アイザックはこの立場を確保したかった。

「自分で良い方法を考えられないなら、良い方法を真似すればいい」という考えに至ったからだ。

 かつて商人達に入札をさせる事を思いついたのも、祖父が贈り物を受け取るのを見ていたからだった。

 全て自分で考える必要などない。

 他人のいいところを吸収していけばいいのだ。


 アイザックの夢は、一個人が見るには壮大なものである。

 自分のやり方に固執するのではなく、良いと思った方法を取り込む。

 これは「自分には前世の記憶があり、文明が発展している世界で学んできた」と、自尊心ばかり大きい人間ではできない。

 優れた人間の考えた優れた手法を、プライドを捨てて取り込む。

 人間としては未熟なところもあるが、だからこそ成長もしていける。

 自分が凡人であると自覚しているからこそ、できる事だった。


 しばらく経っても、リスゴー男爵は考え込んだままだった。

 焦れたアイザックが先に口を開く。


「冗談ですよ、すみません。あまり大人と話す機会がなかったので、どの程度の冗談が通じるのか加減がわからなくて」


 リスゴー男爵は強張っていた頬の筋肉を緩める。


「ご冗談でしたか。アイザック様もお人が悪い」

「申し訳ありません」


 そう言って、リスゴー男爵が笑った。

 アイザックも合わせて笑う。

 ちょうど使用人がリスゴー男爵を呼びに来たので、アイザックとのお話もお開きとなった。

 アイザックは彼を見送ると、ノーマンに向き直った。


「リスゴー男爵は、あんな冗談を言ったのに笑って済ませた。つまり、僕の話など取るに足りないものだと思っていると考えていいのかな?」


 普通の貴族であれば「王家」と「一家臣の孫に過ぎないアイザック」とを天秤に掛けた時点で「不敬だ」と怒っていてもおかしくない。

 リスゴー男爵があのような反応をした事を「子供のたわごとなど答える必要などない」と思われたのだと受け取った。

 だから、怒ったりもせず、アイザックのご機嫌取りをしようともせず黙っていたのだと。


(やっぱり子供だから、まだまだ侮られるか……)


 ――まだ畏怖が足りない。


 アイザックはそのように考えていた。

 まだ実績が足りず、人に意見を聞いてもらえないのだと後ろ向きな考えをしてしまっていた。


「いえ、あれは『王家だ』と答えればアイザック様を軽んじているように思われるし、『アイザック様だ』と答えれば王家を軽んじているように思われると、真剣に悩んでいる表情でしたよ……。なんであんな意地悪な質問をされたのですか?」

「いやぁ、去年領主代理とかやっていたし、どれくらい評価されているのかと思ってさ。ハハハ」


 アイザックは笑って誤魔化した。

 それをノーマンが何とも言えない複雑な表情で見つめている。

 もし通報されたりしたら大変な事になると思ったからだ。

 しかし、その点は問題無い。

 通報されても「リスゴー男爵は兄上を応援していました。虚偽の通報で僕を陥れようとしています」と言い返すつもりだったからだ。


(そうか、少なくとも迷ってはくれているのか。ちゃんと俺に付いてくる利益と、裏切る恐怖を与えてやれば従ってくれるかな?)


 アイザックの考えも、そう間違ってはいない。

 間違っているところがあるとすれば、恐怖は十分に与えられているというところだろう。

 少なくとも、リスゴー男爵にはこれ以上の恐怖は必要ない。

 アイザックの自己評価と、周囲との感覚がズレがある事のせいで認識の違いが発生していた。

 これは多くの貴族と腰を据えて話をしていくうちに修正されていくと思われる。


 アイザックが本当は何を考えているのか知らないノーマンは、アイザックに評価を教える。


「アイザック様はよくやっておられます。特に去年、領主代理を務められた事は皆がよくやったと思っているでしょう。それよりも、あのような質問の仕方では良からぬ誤解をされかねません。貴族の方々がどのように思っているのか気になるのでしょうが、違う尋ね方をしてください」

「そうだね、気を付けるよ」


 ノーマンは一般論を語ってくれる。

 様々な意味でこの世界の一般的な感性を持たないアイザックにとって、彼は周囲の反応を測るバロメーターとして役立っていた。

 ベテランの秘書官達による彼の評価は「可もなく不可もなく」というもの。

 だが、だからこそアイザックは重用していた。


 ――知識の範囲が歪な自分を補佐してくれる普通の人物。


 優秀過ぎる者よりも、これくらいの物がそばにいてくれた方が安心できる。


 アイザック自身、自分一人で全てをこなそうと思っていない。

 だから、ノーマンにも全てを完璧にこなす事を求めてはいない。

 もし参謀役が必要なら、参謀役は別に用意すればいい。

 ノーマンには、ノーマンのできる役割を果たしてもらう。

 せっかく忠誠を誓ってくれたのだ。

 共に成長をしていけばいいと、アイザックは考えていた。



 ----------



 八月に入る頃。

 アイザックは、自室でぼーっとしながら天井を見つめ、考え事をしていた。

 この頃になると、さすがに理解できる事があったからだ。


 ――自分がジュードと重ね合わせて見られているという事。


 これは用件だけを話していた、今まででは気付かなかった事だった。

 接客中の何気ない雑談。

 言葉の節々に現れる恐怖を感じ取る事ができた。

 最初は「自分のやってきた効果かな?」と思っていたが、アイザックはそれ以上のものを感じ取っていた。


 疑問に思ったアイザックがノーマンに尋ねると――


「アイザック様にジュード様を重ねられているのではないでしょうか? もちろん、顔が似ているとかではありません。行動や思考が似ているという意味ですよ」


 ――という答えが返ってきた。


 それでようやくアイザックも気が付いた。

 曾祖父ジュードの威光は、自分の行動を「悪魔憑きだ」と言われないようにしていただけではない。


 ――人と交渉する。


 その全てで、誰もがアイザックにジュードの姿を重ね合わせていたから上手くいっていたのだと。


(そうだよな。いくら脅す材料があったからって、ガキの言う事を大人しく聞くほど貴族も甘くない。どうりでやけに上手く説得が進むわけだ)


 アイザックのやり方が悪かったわけではない。

 ジュードの影が関係した者の脳裏に色濃く残っており、絶大な影響を発揮していただけだ。

 影響がなくとも、そう遠くないうちにアイザックの才能は認められていただろう。

 それが早まったというだけだった。

 その事はアイザックにもわかっている。

 だからこそ、次のステップに前向きに取り組む事ができた。


(三代の法則があるから、俺を念のために警戒しているというだけじゃない。この年であれだけ凄い人物と同じだと勘違いしてくれているんだという事がわかった。自分の力じゃなかったと嘆くよりも、今後の活動がやりやすくなると喜ぼう。何と言っても、ハッタリの効果が凄い事になるだろう。ハッキリと言わなくてもいい。言葉に裏があると匂わせるだけで面白いように踊ってくれるはずだ)


 周囲が勝手に勘違いしてくれているのだ。

 それを上手く利用しない手はない。

 失敗した時に手痛いしっぺ返しを食らう可能性もあるが、リスクを恐れていては何もできない。

 今はこの曾祖父の七光りを有効活用するべきだと、アイザックは考えていた。


「フフフッ」


 気が付けば、アイザックは含み笑いをしていた。

 すぐに口を手で押さえる。


(ダメだ、ダメだ。こんな笑い方、まるでマイケルみたいじゃないか。俺はあいつとは違う)


 そうは思ってはいても、強力な武器を手に入れた事を知ったので、どうしてもにやにやしてしまう。


(今思えば、ウィルメンテ侯爵も子供相手に控えめだったな。上手く計画を立てれば、味方にできるかな?)


 アイザックの未来が一気にひらけたような気がした。

 リード王国の主だった者達に有効な切り札だ。


 ――どう使ってやろう。


 そんな事を考えていたアイザックの耳に、ドアをノックする音が聞こえる。


「アイザック様、大変です!」


 ドア越しにノーマンの声が聞こえる。


「開いてるよ」


 返事をすると、すぐにドアが開けられた。

 ノーマンの顔が青ざめている。


「どうしたの?」

「岩塩の採掘場の一つにドワーフが攻め寄せてきたそうです! 友好的な雰囲気ではなく、完全武装しているとの一報が!」

「なんだって!」


 せっかく手に入れた武器が効かない相手との、あまりにも予想外で突然の接触。

 ドワーフという新たな種族との出会いに、アイザックは驚きのあまりポカンと口を開いて固まってしまっていた。

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