第115話 ジュディス達との出会い

(さて、ジュディスはどこかな)


 アイザックはランカスター伯爵の孫娘を探していた。

 とりあえず、それで一通り挨拶しなければいけない相手との挨拶が終わる。

 だが、アイザックは一つ忘れていた事がある。


 ――自分自身が侯爵家の跡取り息子という事を。


「はじめまして、アイザックくんだよね。僕は――」


 初めて見る男の子に挨拶をされた。

 それから、男女関係無く入れ替わり立ち替わりに挨拶をされる。

 ジュディスを探すどころではなくなってしまった。

 だが、悪い事ばかりでもない。

 挨拶をしようとしているのは、アイザックだけではないという事。

 婚約者付きで、ジュディスの方から挨拶に来てくれた。


「はじめまして、ブランダー伯爵家ハロルドの息子、マイケルです」


 話しかけてきたのは、アイザックやフレッドほどではないが派手な服装をした少年だった。

 しかし、それは「これからウォリック侯爵家に代わって地下資源の販売で儲けようとしているブランダー伯爵家」という事で納得がいく。


 金が稼げるとなれば人が群がってくる。

 その群がってきた貴族を壁として使い、商品が同じ地下資源であるウォリック侯爵家からの嫌がらせを防ごうとしているのだろう。

 一人一人は弱くとも、数が集まれば力となる。

 マイケルに立派な服装をさせ、羽振りの良さを周囲にアピールして取り巻きを作ろうとしている。

 地味なやり方だが、効果はある。

 ハロルドも、なかなかの野心家のようだ。


「ウェルロッド侯爵家ランドルフの息子、アイザックです。そちらにおられるのはジュディスさんですか?」


 アイザックはマイケルの隣に立つ女の子に視線を移す。

 マイケルの婚約者といえばジュディス・ランカスターだ。

 彼女だとわかってはいるが、念のために聞いておいた。


 わかった理由は髪型だ。

 さすがに十歳式なので、前髪が顔を覆い隠しているという事はない。

 だが、全部顔を晒すというのは抵抗があったのだろう。

 顔の左半分を黒い髪の毛で覆い隠していた。

 彼女と家族の間で、髪型について話し合いをしている情景が目に浮かぶようだ。


(顔は整っているのに、もったいない)


 アイザックに見られて、ジュディスは一度うつむく。

 しかし、すぐに顔を上げた。

 それではいけないと思ったのだろう。


「はじめ……、ランカスター……家ダニエルの……ジュ……です」


 思わずアイザックは、鈍感系主人公でもないのに「えっ、なんだって?」と聞き返しそうになる。

 それだけ彼女の声は小さかった。

 もし、彼女がジュディスだと知らなければ「ジュさん」で脳にインプットされていただろう。


(貴族社会っていうか、日常生活にも支障をきたしそうだな……)


 それでも、彼女は世代を超えて人気がある。

 設定でそうなっているというのもあるだろうが、彼女の持つ高い的中率の占いという特徴のお陰だ。

 男女問わずに彼女に占ってもらいたいと望む者が多い。

 だが、彼女自身はその事を喜んでいない。

 会う人全てが占いを求めるからだ。


 ――自分と話したいのではなく、占いの力だけが求められている。


 幼いうちに、ジュディスはショックな事実に気付いた。

 その事に気付いて以来、人に対して心を閉ざし始める。

 時間が経つにつれて心だけではなく、前髪を伸ばして視線を合わせないようになっていった。

「占う事だけが求められているのなら、占いだけをする道具になろう」という、悲しい思いからだ。

 

(本来なら婚約者のマイケルが助けてやるべきなんだろうけど、攻略キャラの中でこいつが一番ダメなんだよなぁ……)


 マイケルの特徴は含み笑いだけだ。

 勉強も運動も人並み。

 タイミングよく含み笑いをする事で「何か凄い事を考えている」と周囲に思わせる事しかできない男だった。

 実際は何も考えていないのに。


 そんな彼は「占い」という唯一無二の才能を持つジュディスを妬んでいた。

 やがて、嫉妬が教会に密告するという形となって現れる。

 マイケルのトゥルーエンドで、ジュディスは「虚言によって人の心を惑わす魔女」として処刑されてしまう。

 彼女の占いは他人にのみ有効で、自分の未来までは占う事ができないせいで、その未来を避ける事ができなかった。


(彼女は助けてやりたいよなぁ……。爺ちゃんの友達の孫で巨乳に成長するし。……パメラの次に何としても守らねばならない)


 モーガンの友達の孫となれば、アイザックにとっても友達。

 何とか助けてやりたかった。

 決して胸が目的ではない。


 ――そう、胸だけが助ける理由ではないのだ。


「ジュディスさん。僕のお爺様がランカスター伯と友人関係にあるようです。僕達も良き友人として付き合いましょう」

「……ぃ」


 言葉が聞き取れなかったが、うなずいているので「はい」と言ったようだ。


「フフフッ」


 アイザックがジュディスに話していると、マイケルが含み笑いをした。


(おっと、マイケルをほったらかしはマズイよな)


 祖父同士の仲が良いという事情は考慮してくれるだろうが、婚約者とばかり話されていてはマイケルの立場が無い。

 こういう時にタイミングよく含み笑いをしてくれる分には助かった。


「失礼したね。ジュディスさんが可愛いからって口説いていたわけじゃないんだ。お爺様がジュディスさんに挨拶をしておくようにと言っていたんだよ。僕は他人の婚約者を奪ったりしないよ」


 その言葉に偽りはなかった。

 パメラは婚約を破棄される・・・・・・・・

 アイザックが求婚する時には婚約者ではなくなっているので、ジェイソンの婚約者を奪う事にはならない。

 だが、マイケルにはそんな未来の事などわからない。

 単純に「ジュディスと仲良くするとはいっても、奪うほど仲良くなるわけじゃない」という意味で受け取った。


「フフフ、そんな心配はしていないよ」


 マイケルが余裕ぶった笑みでそう言った。

 彼の本性を知らなければ「ジュディスとの絆が強いんだな」とか「何か対策があるんだろうな」と思ってしまいそうなくらい、自信に満ち溢れた表情だ。


(俳優の才能があるのかもしれない)


 アイザックもそう思ってしまうくらい堂々としたものだった。


「マイケルもこれからよろしくね。アイザックって気楽に呼んでよ」

「アイザック……か。フフフ、僕もマイケルと呼んでくれていいよ。これからよろしく、フフフッ」


 マイケルは最後に含み笑いをすると、ジュディスと共に次の挨拶へと向かった。


(それっぽく思えるから、演技の才能はあるんだろうな。確かに何か深い考えがあるように見える)


 ――実際に会ってみると、今まで思い込んでいた印象とは違って見える。


 それはジェイソンの時にも感じた事だった。

 設定ではダメな奴でも、実際に会うと自分よりも立派に見えてしまう。

 不思議なものだと、アイザックは思っていた。


(俺も堂々とした態度を取れるように頑張ろう)


 アイザックは、そのように決意を固める。

 人の印象は見た目が大きく影響する。

 中身は情けないとわかっているのに、姿だけでも立派に見えるのは凄い事だ。

「自分もあんな風に立派に見られるようになりたい」と思うのも自然の事だった。

 だが、アイザックは気付いていない。


 周囲の人物に――


「アイザックは侯爵家の跡取り息子にしては愛想が良い」

「子爵家や男爵家の子供相手にも偉ぶったりせずに、同じ対応をしている」


 ↓


「きっと、お前なんていつでも殺せるんだぞっていう心の余裕があるからだ!」


 ――と思われている事に。


 人の印象は見た目が大きく影響するとはいっても、一番影響を与えるのは「実際にどんな行動を取ってきたか」だ。

 アイザックは「実際に人を殺した」という事で、今まで会った事のない子供達には恐れられている。


 もし、アイザックがネイサンのように侯爵家の子供として堂々とした態度を取っていれば「あぁ、やっぱり侯爵家の人間なんだ」と思われるだけだった。

 しかし、アイザックは偉ぶったりしない。

 その事が子供達に安心感を与えたりするのではなく、逆に「得体の知れない怖さ」を強調してしまっていた。

 今更、堂々とした態度を取れるように頑張ろうと思う必要などなかった。

 十分に貴族としての威圧感を周囲に与えていたのだから。


 アイザックが丁寧な対応をすればするほど、周囲は恐怖感を増していく。

 自分のやった事が原因とはいえ、皮肉なものである。


「やあ、アイザック」


 今度はレイモンドが話しかけてきた。

 隣には女の子を連れている。


「この子はモーリス男爵家のアビゲイルだよ。アビー、彼がアイザックだ」

「はじめまして、アビゲイルです」

「はじめまして、アイザックです」


 笑顔で話しかけられたので、アイザックも笑顔で返す。


「本当に友達なの?」


 アビゲイルがレイモンドに聞く。


「まだ知り合って日が浅いけどね。仲良くしてもらってるよ」


 レイモンドが答える前にアイザックが答えた。

 それを聞いて、アビゲイルが驚いている。


「本当だったの!? てっきり話を盛っているものだとばっかり」


「あら、まぁ」と口元を手で覆い隠す。


「こんな嘘を吐く理由なんてないだろ」

「でも、侯爵家の跡取りの友達なんて……。これからもレイモンドをよろしくお願いします」

「なんでアビーがそんな事を言うんだよ!」


 アビゲイルは将来を見据えて、たくましく育っているようだ。

 アイザックの友達という立場が美味しい事に気付いているのだろう。

 まるでレイモンドの母親のような態度のアビゲイルを見て、思わず笑ってしまいそうになる。

 だが、友達を笑うのも悪い気がしたのでグッと堪える。


「二人は仲が良さそうだね。羨ましいよ」

「あー、そういえばアイザックは婚約者がいなかったね。どうするの?」

「良い子と出会えたらいいんだけどね。とりあえず、学院を卒業するまでには決めるよ」

「そうか、頑張って」


 レイモンドは挨拶を終わらせると、アビゲイルを連れてどこかへ去っていった。

 おそらく、他の挨拶周りを続けるのだろう。


 この時、アイザックは想像力が欠けていた。

 周囲に人がいる状況で「婚約者を学院を卒業するまでに選ぶ」という事を口にする前に、それがどういう結果を引き起こすのかを考えてから発言するべきだった。

 彼がうかつな発言をしてしまったと気付くのは、王立学院に入学してからとなる。

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レビューありがとうございました。

ご期待に答えられるかわかりませんが、頑張っていきたいと思います。

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