第106話 因縁のある友達候補

 パメラとの事を祖父に相談して一週間が過ぎた。

 その間、友達候補に会ったりしていたので、一週間はあっという間だった。

 今は庭でパトリックと遊んでいる。

 友達候補と会うせいで、パトリックと遊ぶ時間が減ってしまっているからだ。


「たかが犬」と言う者もいるかもしれないが、パトリックは長い間アイザックの友達だった。

 人間の友達ができたからと言って放置するつもりはない。

 合間を縫って、遊ぶ時間を作ってやっている。

 そこへモーガンがアイザックに結果を知らせに来た。


「三日後、ウィンザー侯爵家に連れていく」

「ありがとうございます!」


 アイザックは素直にこの知らせを喜んだ。

 パメラがアイザックの事を何とも思っていなければ、面会予約などできなかったはずだ。

 この知らせだけで、アイザックは心が弾む。

 その様子を見て、モーガンが慌てる。


「待て、会わせても良いと言われただけだ。パメラがどう思っているかは聞いていない。ぬか喜びになるかもしれんぞ」

「それでもです。会って話ができるだけで今は十分です」


 口ではそう言うが、内心は嬉しくて仕方が無い。

 さすがに学院に入学するまでは待てなかった。

 ちゃんとした理由があるとはいえ、こうして会う事ができるのは素直に嬉しい。


「いいか、パメラはジェイソン殿下の婚約者だ。どれだけ仲良くなろうとも友達止まり。殿下と婚約している以上は、絶対に結婚できないんだ。いや、それ以前に結婚しようと思う事すら許されない。それだけは忘れるなよ」

「はい、よくわかっています」


(ジェイソンが婚約を破棄するなら問題ないからな)


 ジェイソンが婚約を破棄してしまえばパメラはフリーになる。

 フリーになった彼女に告白しようが誰に止められる事もない。

 完全に自由だ。

 もっとも、その時に処刑を宣告されるので、彼女を守り切らねばならないという厳しい条件もある。

 その方法もいつかは考えなければならない。


「なぁ、アイザック」


 モーガンが真剣な表情で語りかける。


「やはり、ウォリック侯爵家のアマンダと婚約をしないか? 婚約者がいれば、色々と見える物も違ってくるはずだ。パメラだけが女ではないのだぞ」


 ――アイザックがパメラの事を想い続けている。


 その事を心配したモーガンが、アマンダとの婚約を切り出した。

 叶わぬ恋をし続けるよりも、前を向いて新しい恋を見つけてほしい。

 そう思ったモーガンは、アマンダの事を薦めたのだ。


「わかっています。心配してくれるのはありがたいですが、学院を卒業するまでは待っていてください」

「卒業までか……」


 モーガンは少し考え込む。


「一応言っておくが、ランドルフのように恋愛結婚のできる相手を探すというのは難しいぞ」

「わかっています」

「卒業する頃にはお前の発言力は大きくなっているだろう。もしかして、ブリジット殿を妻に――」

「それはないです」


 モーガンの危惧している事をアイザックはあっさりと否定した。


「……美しい娘だが」

「顔だけでは判断しませんよ。それに、人としては好意を持てますが、ブリジットさんを結婚相手としては見ていません。彼女が侯爵夫人となったら、きっと苦労するでしょう」

「うむ、まぁ……。そういった事を理解しているのならいい」


 最近、ブリジットと仲が良さそうなので「アイザックはブリジットを結婚相手の候補に考えているのではないか?」とモーガンは心配していた。

 さすがにエルフの娘と結婚するのは障害が大き過ぎる。

 まだ「平民の娘に惚れた」と言われた方がマシだ。

 妾として迎え入れたら良いだけだからだ。

 その気配がないのはいい事なのだが、それはそれでパメラにご執心という事。

 どうしても心配してしまう。


「パメラに会っても、熱くなり過ぎんようにな」

「はい」


 モーガンはアイザックの頭をポンと叩くと立ち去っていった。


「そうか、パメラと会えるのか……」


 彼女と会うのは五年ぶりだ。

 あのような感覚になった事は前世でもない。

 三日後が楽しみで仕方が無かった。


 パトリックが前足をアイザックの腹に掛けて、アイザックの顔を舐める。

 アイザックが久し振りに嬉しそうな顔をしていたからだ。


「まったく、顔がベチャベチャじゃないか」


 文句を言いつつも、アイザックはパトリックを抱き締めた。

 その間もパトリックが顔を舐め続ける。

 こうして一緒に喜んでくれる相手がいるのは嬉しい事だ。

 これから、人間の男の子の友達も増えていくはずだ。

 それでもきっと、パトリックが一番の友達だという事は変わらないだろう。



 ----------



 最高の友達と遊んだ後、アイザックは最悪の友達(候補)と出会う事になる。

 今回はネイサンの友達だった者で、同年代の子供だ。

 まとめて四人を相手にするので、アイザックの安全のためにノーマンも同席している。


「やぁ、よく来てくれたね。今日、みんなが来てくれるとは思わなかったから嬉しいよ」


 アイザックの顔は笑っているが目が笑っていない。

 正面に座る子供達が敵意のある視線を向けてくるからだ。


(まぁ、自分の友達が殺されたらそう思うよなぁ……)


 アイザックはそのように考えたが、それは彼らが睨む理由の半分ほどだ。

 まだ幼いが”ネイサンが後継者として有力だった”という事は理解している。

 そして「次々代の当主の友人」という立場がどれだけ美味しい立場だったのかも、親から説明されて理解していた。

 彼らは自分達の輝かしい未来を、ネイサンと共に葬り去ったアイザックの事を恨んでいた。


 しかし、アイザックは彼らの事情など知らない。

 友達を殺された事を恨んで、自分を睨んでいると思っている。

 だから、最初は優しい対応をしてあげようと思っていた。


「来たくなんかなかったよ」

「なんでお前なんかの友達にならなきゃいけないんだ」

「親に言われなきゃ来なかったよ」

「そうだ、そうだ」


 彼らは不満を口にする。

 その様子を見て、ノーマンが狼狽する。

 だが、アイザックは怒らない。


(子供に罪はない。親の育て方だもんな)


 ――ネイサンが偉い、アイザックは偉くない。

 ――そして、ネイサンの友達だった自分の方が立場は上。


 そんな風に思い込んでしまっていては、自分を軽んじても仕方ないと受け取っていた。

 ネイサンの方が上だったとしても、侯爵家の血を引くアイザックが彼らに劣るはずがない。

 まだしっかりと教育を受けていない子供相手に、目くじらを立てるのも大人げないと許してやっていた。


「まぁまぁ、そう言わないで。仲良くしようとまでは言わないけどさ、喧嘩するような事は避けたいんだよ」

「腰抜けが!」


 男の子の一人が吐き捨てるように言った。

 彼はアルスターで代官を務めるマクスウェル子爵の孫であるカイだ。

 そして、それだけではない。

 カイはかつてアイザックが「減点対象」とした男の子だ。


 今でも――


『ネイサン様とは鬼ごっこやったり、決闘ゴッコをしたりしているんだ。女とばっかり遊んでいるお前にはできないだろう?』


 ――と言われた事は覚えている。


 だが、それはそれ。

 今のアイザックは後継者としての地位を確固たる物にしている。

 これからは人の上に立つ者としての器を証明する段階に来ていた。

 子供相手にムキになっている場合ではない。

 余裕を持った対応をしようと、アイザックは彼らと会う前に決めていた。


「腰抜けかどうかは関係ないよ。死人は兄上とメリンダ夫人の二人だけで十分だ。争い事は避けたいんだよ」

「そう言って逃げようとしているだけだろ」

「口先だけの奴なんかと友達になんかならないよ」

「殺した奴が言っていい台詞じゃない」

「誠意を示せよ、誠意をさぁ」

「…………」


 アイザックは穏便に事を済ませようとした。

 しかし、残念ながらその思いは伝わらないようだ。


(子供だから穏便に済ませようと思ったけど、しょせんはガキか……。まずは立場をわからせる必要があるな)


 アイザックは早々と方針を転換した。


 ――最初にガツンと言って、その後に優しく話しかける。


 そういう方法でなければ、まともに話を聞いてもらえないと思ったからだ。

 今の状態のままではアイザックも困るが、彼らの将来にも影響する。

 彼らのために心を鬼にして、立場を教えてやろうと考えた。


「とりあえずさ、お菓子でも食べながらお話ししようよ。アレクシスがみんなのために作ったお菓子だよ」


 彼らが食べやすいよう、アイザックが先にお菓子を一つ食べる。

 それを見て、彼らも思い思いのお菓子に手を伸ばして食べ始めた。


「お菓子程度でごまかせると思うなよ」

「わかってるよ」


 アイザックはニコニコと彼らが食べるのを見ていた。

 そして、それぞれが一つ分のお菓子を食べ終えたのを見て口を開く。


「ところでさ、ウェルロッド侯爵家の先代当主だったジュードって知ってる?」

「当然だろ。王国史にも載るような御方だ」

「きっとネイサンも、ジュード様みたいに立派になってただろうさ」


 その言葉を聞いて、アイザックは安心した。

 やはり、曾祖父は良くも悪くも有名な人だった。

 そのお陰でやりやすくなる。


「それじゃあ、曽お爺様がいらない・・・・と思った相手を食事に招いて毒殺した事は知ってる?」


 これは有名な話だ。

 ジュードは王国に不利益をもたらす者に娘を嫁がせ、自分の娘諸共毒殺した。

 自分の娘ごと毒殺するというのはさすがに珍しく、広く知られている。

 問題は、その話を今なぜここでしたのかだった。


「オゲェェェ」


 まずはカイが反応した。

 喉に指を突っ込み、取り皿の上に食べた物をぶちまけた。

 それを見て、他の三人も同様に吐き出そうとする。


「やれやれ、汚いじゃないか」

「この野郎、殺す気だったな!」


 カイがアイザックを非難する。

 今にも殴り掛からん様子だ。

 しかし、大人のノーマンがいるので、殴り掛からない程度の冷静さもあるようだった。


「そんなつもりはないよ」

「毒入りのお菓子を食べさせておいて何を言ってる!」

「毒なんて入ってないよ」

「なんだと!」


 アイザックは努めて落ち着いた声を出して答えた。

 だが、カイは納得できないようだ。

 他の子供達は吐き出すかどうか、口に指を入れたままで迷っている。


「僕はただ曽お爺様の話をしただけだ。勝手に君が勘違いしただけじゃないか」

「あんな話をされたら毒が入っていると思うだろう!」

「なんで?」

「なんでって、そりゃあ……」


 ――自分達がアイザックを嫌っているから。


 その事にカイは気付いた。

 他の子供達もだ。

 つまりそれは「アイザックを嫌っている間は、命の危険を感じ続けなければならない」という事。

 アイザックの一挙手一投足に怯え、小さくなって生きていかなければならないという事である。


「今はまだいいよ。けど、大きくなって僕が領主代理になったりした時とかに、将来の事を考えて行動・・しなくてはならない事態にはなってほしくないな。あぁ、そうそう。君達の家がメリンダ夫人の起こした騒動で連座しなかったのは、僕の温情で見逃されているに過ぎないという事は忘れないでね」


 アイザックはニコリと笑う。

 本当に彼らの家を潰すつもりはない。

 連座した家はメリンダに非常に近い家だけだった。

 子供の仲が良かったというだけで潰した家はない。

 そこまですると、領内の統治が不安定になる恐れがあったからだ。

 なので、これはただの脅迫。

 しかし、彼らには十分効果的だった。


「ど、どうすれば……」


 そこでカイの言葉が詰まる。


 ――どうすれば許してもらえますか?


 そんな言葉が聞こえてきそうだった。

 最後まで言えなかったのは、彼のプライドが許さなかったのだろう。

 アイザックは彼らの反抗心を砕いたと見て取り、今度は救いの手を差し伸べる。


「さっきも言ったように、仲良くする必要はないんだ。ただ、喧嘩するような事は避けたい。君達にも思うところがあるかもしれないけど、付かず離れず適度な距離を保ってくれればいい。媚びなくていい。人に聞かれないところでなら、仲間内で僕の悪口を言ってもいい。けど、露骨に敵意を示すような事だけはやめてほしい。それだけだ。できるかな?」


 いきなり「自分に従え」などという事は言わない。

 人前で「自分を嫌っているという態度を取るな」と、彼らに受け入れやすそうな範囲内で要求をする。


 この要求は悪くない内容だった。

 カイは他の子供達と顔を見合わせる。


「それくらいならまぁ……」

「俺も別に……」

「僕も……」

「仲良くしなくていいなら……」


 他の子供達も今回の条件に同意する。


 ――友達を殺された。

 ――ネイサンの友達という地位を失った。


 そういう感情で気に入らないところはあるが「自分の命を懸けてでも反アイザックのままでいるか?」と聞かれたら、意地を張るのが難しくなってしまう。

 ネイサンとメリンダが死ぬところを見たせいで「死」というものをなんとなく感じ取っていたからだ。


 それに、昔とは違いアイザックは強大な存在になっていた。

 その気になれば、彼らやその家族の命を奪う事など簡単にできる立場になっている。

 子供であっても、これ以上逆らうのは得策ではないと理解した。


「ありがとう。仲良くする分には拒絶しないから、これから考えていってほしい。お皿を取り換えてあげて」


 アイザックはメイドに皿の交換を命じる。

 幸い食べたお菓子の塊だけで、胃液までは出ていない。

 予備の皿に交換され、カイは口元を軽く拭かれる。


「さぁ、軽く話くらいはしようよ」


 場の空気を変えるように、アイザックは明るい声でそう言い放った。




 カイ達とは自己紹介と軽い雑談で終わった。

 彼らを見送り、屋敷に戻ろうとしたところでノーマンがアイザックに話しかけた。


「アイザック様、少しよろしいでしょうか?」

「なに?」


 ノーマンは真剣な表情をしている。

 大切な話があるのだろうと、アイザックも真剣な眼差しでノーマンの目を見つめる。


「今まではアイザック様のお役に立てるか不安でずっと迷っていました。しかし、本日同席させていただいた事で決心が付きました。アイザック様に忠誠を誓います」


 以前、彼に話していた「ウェルロッド侯爵家ではなく、自分に忠誠を誓え」という話の事だった。

 それはありがたい申し出である。


「ありがとう。でも、どうしてそう思ったのか教えてくれる?」

「反抗的な彼らを見事黙らせました。しかし、その方法はあまり褒められたものではありません。今のアイザック様に必要なのは、過激な言動をした時に『役目だから』ではなく『覚悟を決めて諫める者が必要だ』と感じました。何か素晴らしい提案はできないかもしれませんが、一般的にはどうするかなどは進言できます。そういった人物を必要とされているのではありませんか?」

「……そう、その通りだ」


 アイザックは過激な行動に出てしまう事がある。

 今日だってそうだ。

 子供相手なので穏便な話し合いをしようとして、結局は脅すという手段を使ってしまった。

 そんな時「それは間違いだ」と、過ちを指摘してくれる者が欲しかった。

 ノーマンがその役割を果たしてくれるというのなら、願ったり叶ったりだ。

 とはいえ、注意するのに覚悟が必要だと言われたところは引っかかった。


「頼めるかい?」

「お任せください」


 ノーマンが決心してくれた。

 その事をアイザックは喜び、二人は固い握手を交わした。

 パメラと会う約束も取り付ける事ができ、今日はアイザックにとって良い一日であった。

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