第105話 マーガレットはジュード似?
友達候補の子供達にブリジットを同席させるという方法は上手くいった。
アイザックだけだと緊張している子供も、ブリジットがいるだけで雰囲気が和らいだ。
これは「綺麗なお姉さん」というだけではなく、彼女のおおらかな性格が大きかった。
彼女が空気を読まないお陰で、重い空気が吹き飛んでしまうのだ。
もちろん、ブリジットにもメリットがある。
彼女もダンスや礼儀作法の勉強ばかりでは疲れてしまう。
気を使わずに話せる子供の相手をするのは良い気晴らしになっていた。
「ブリジットさん、ありがとう。助かったよ」
「いいわよ、これくらい。知ってる子もいたしね」
そこでブリジットは一つの事に気付いた。
「屋敷で見た事のある子がいたのに、あんたとは友達じゃなかったって事は……」
「兄上の友達だった子達です」
アイザックの答えでブリジットは合点がいく。
ネイサンの遊び相手として呼ばれていたから、屋敷で会った覚えがあったのだと。
「あぁ、そういう事ね。……貴族ってどうなっているのかまだ理解できないわ」
「さすがに、ここまで複雑なのは我が家だけだと思うけどね……。まぁ、良い経験だと思うといいですよ」
「
「さぁ?」
首を傾げるブリジットに、アイザックも首を傾げて答えた。
少なくとも「良い経験ができて最高です!」なんて事は言えるような思い出はなかった。
「人間の事は勉強中だけど、もう少し簡単な相手で勉強したかったわね」
「食い意地張って、一緒に松茸を食べようとするからですよ」
「本当にね。まぁ、今度から子供連れだからって気軽に話しかけないようにするわ。子供だからって、安心できるわけじゃないみたいだしね」
ブリジットが肩をすくめて”やれやれ”というジェスチャーをする。
「それじゃあ、私は軽く走ってくる」
「ありがとうございました」
アイザックはブリジットを見送ると、軽い溜息を吐く。
(今はまだネイサンと深い関係ではなかった子供達。でも、いつかはネイサンと仲が良かった奴等とも会わなきゃな……)
今、アイザックが抱えている大きな問題で、早めに解決しなくてはならないのは二つ。
――ランドルフとの話し合い。
――ネイサンの親友と向き合う事。
この二つだ。
王宮で開かれる十歳式には両親同伴で出席する。
大勢いる中、片親だけで出席する者もいる。
だが、侯爵家ともなれば見栄を張る事も必要だ。
可能な限り、両親揃って出席してもらった方が良い。
モーガンがランドルフの代役を務める事も少し考えられたが、それはできなかった。
彼は侯爵家の当主で外務大臣という要職にあるので、王の傍に控えて子供達を迎える側。
せめて大臣でなければアイザックの付き添いもできただろうが、今は大臣である以上無理であった。
ネイサンの親友に関しても早めに対処しなくてはならない。
普段ならともかく、十歳式などの式典の最中に問題を起こされたら大変だ。
別に全員と友達にまでなる必要はない。
大きくなった時に、不満を持っていてもビジネスライクに付き合える程度の関係になれればいい。
逆らいさえしなければいいのだ。
そして、身近でもっとも大きな問題――マーガレット――に関しては解決しようがなかった。
(婆ちゃんがなぁ……。死んでくれれば、きっとホッとする。けど、まだ居なくなられると困るんだよな)
アイザックにとって、マーガレットは今まで苦労させられてきた黒幕。
居なくなれば枕を高くして眠る事ができるだろう。
だが、アイザックはその能力を高く買っていた。
おそらく、王家に反旗を翻すのは八年後。
それまでにアイザックは傘下の貴族を「王家ではなく、アイザックに忠誠を誓わせる」ために行動するつもりだ。
しかし、それがどこまで上手くやれるかわからない。
今はまだ良い方法すら思いついていないからだ。
「メリンダとネイサンにウェルロッド侯爵家の未来を委ねる」という無茶な考えを傘下の貴族に認めさせ、実際に協力させた祖母の力が欲しい。
当主でもないのに、そんな無茶な考えで多くの貴族達を動かす方法をアイザックは知らないし、思い浮かばない。
祖母がアイザックのために動いてくれるのなら、今の段階ではもっとも頼り甲斐のある味方となるだろう。
(血の繋がってない婆ちゃんの方が、ひい爺さんに似てるんじゃねぇかな……)
そんな事をアイザックは考えてしまう。
「情」よりも他のものを優先するところなどそっくりだ。
もしかすると、モーガンの足りない部分を補おうと、ジュードがマーガレットを結婚相手に選んだのかもしれない。
頼り甲斐があるのは嬉しいが、あり過ぎるのも困る。
今のアイザックには他に頼れる相手がいないので、当面の間は祖母の処遇を「保留」にすると決めている。
(ひい爺さんは婆ちゃんよりもきつかったんだよな。そりゃあ、身内の人間も死んだと聞いて安堵するのもわかる気がする。それにしても、頼れる仲間が欲しいなぁ……)
同年代の子供達は年齢的に頼れない。
どうしても卒業時点に学生という事がネックになる。
ノーマンやその友人達が仲間になってくれれば頼り甲斐があるのだが、ノーマン自身“アイザックに忠誠を誓う”と言ってくれていない。
(まだまだ、前途多難だな)
とりあえず「今は目の前の事を片付けていこう」と、アイザックは考えていた。
(あっ、そうだ。あの事を相談しておかないと……)
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モーガンが寝る前に書斎で本を読んでいた。
そこへ、小さな訪問者が現れる。
「お爺様、大切なお話があるのですがよろしいですか?」
アイザックが上目遣いをしながら、祖父に話しかける。
「その話を聞かなかったら、後悔するような内容じゃないのか?」
溜息混じりにモーガンが答えた。
アイザックがこうやって話しかけてくる時はロクな話ではない。
「前にもこんな事考えたな」と思いつつ、アイザックに視線を向ける。
「そうですね。とても後悔すると思います」
「ハァ……。来なさい」
モーガンは自分の隣の椅子を勧める。
アイザックは大人しくそこへ座った。
「それで、何の話だ?」
「十歳式の前にパメラと会わせてください」
「なにっ、それはダメだ! 約束しただろう」
モーガンはすぐに否定する。
アイザックとパメラ。
二人は初めての対面で尋常ではない様子だった。
それに――
『パメラと会わない事だ。もちろん、社交界で会う事があるだろうが、挨拶だけで必要以上に接触する事は許されん』
――という事を以前に言って、約束もしていた。
そもそも、アイザックが「パメラに会いたい」と言われても、双方のために会わせるわけにはいかない。
パメラはジェイソンの婚約者だ。
もし、彼女が万が一にもアイザックに真剣になり過ぎると大問題になる。
不用意に会わせるわけにはいかなかった。
「アイザック、それだけはダメだ。十歳式を前にしたこのような時期に会わせるわけにはいかない」
「いえ、このような時期だからですよ」
「どういうことだ?」
「簡単な事ですよ」
アイザックとてこのような事を言いたくない。
だが、自分が抑えきれる自信がないので、意を決して話し始める。
「十歳式で僕とパメラが再会するとしましょう。その時、どうなるかわかりません」
「おい、アイザック!」
聞き捨てならぬ言葉に、モーガンが待ったをかける。
「何をする気だ?」
「何もする気はありません。ただ、久し振りの再会で感極まって見つめ合ったりするかもしれませんよ。殿下の前でそんな事が起きなければいいのですが……」
「ぬぅ……」
アイザックの言葉をモーガンは無視できなかった。
ここでダメだと却下するには、問題になった場合の影響が大き過ぎる。
なんとも厄介な問題を持ち込まれてしまった。
「ですから、前もって一度会っておきたいのです。五年ぶりに再会するのが十歳式という場所ではなく、我が家かウィンザー侯爵家の屋敷なら、まだ取り返しのつく範囲で収まるでしょう」
アイザックの心配は「パメラと出会った時、自分がどう行動するかわからない」という事だった。
初めて会った時も「婚約させて欲しい」と、まさか自分があんな事を言うとは思わなかった。
五年ぶりに会った時、冷静でいられる自信が無かった。
そのため、一度会って心に余裕を持った状態で十歳式に挑みたかったのだ。
ただ「会いたいから」というだけの理由で頼みに来たわけではない。
――もし、ジェイソンの前でパメラと良い空気になったらどうなるか?
考えるまでもない。
アイザックだけではなく、パメラもなんらかの処罰を受けるだろう。
王子の婚約者なのに、他の男と良い空気になったのだから。
そんな事はアイザックも望んでいない。
まだジェイソンと事を構えるには早すぎる。
少なくとも、今はまだ。
アイザックもアイザックなりに周囲に配慮している。
しかし、そんな思いをモーガンの一言が打ち砕く。
「だが……。もう、あれから五年が経っている。パメラがお前の事を忘れて、殿下を本気で好きになっていたらどうする?」
「…………」
そう、アイザックの頼みは「両想い」という事が前提になっている。
もし、パメラが「アイザック? いたわね、そんなの」という状態だった場合、これ以上ないくらい切ない思いをする事になってしまうだろう。
(お互い一目惚れだと思ってたけど……。一回会っただけだし、五年も経ってる。爺ちゃんが言うように、心変わりしててもおかしくないよなぁ……)
考えたくない事だ。
しかし、考えねばならない事でもある。
(もしも、本気でジェイソンを好きになってたら辛いなぁ……)
パメラはジェイソンをニコルに奪われる。
だが、当然ながらパメラはその事を知らない。
本気でジェイソンの事を好きになる可能性があった。
その場合、パメラは辛い現実に晒される事になる。
「いえ、それでも会いたいです。ただ、その前にパメラに僕と会いたいかどうか聞いていただけるとありがたいですね」
「そうだな。あちらにも聞いてみないとわからん。とりあえず、ウィンザー侯と話をしてみる。もしも、パメラがお前に会いたいと考えているのなら会わせる事も考えんでもない。だが、あちらが会いたくないと言った時、どうしてほしい?」
モーガンも家の中だけで済む問題ではないと理解している。
まずはウィンザー侯爵と話し合うべきだろうと考えていた。
「会いたくないと言われたら会うのを諦めます。十歳式でも……、なんとか我慢しようと努力してみます。ですが、会いたくない理由だけでも聞いてくだされば助かります」
「わかった。まずは聞いてみよう」
「ありがとうございます」
パメラに関する事に進展があったので、アイザックはホッとする。
この問題は先送りにする事はできなかった。
十歳式までに一度会っておかなければ、公衆の面前で何を言いだすか自分でもわからない。
将来の企みを成功させるためにも、ジェイソン達にパメラへの想いを気付かれるわけにはいかないのだ。
「それにしても、まだ覚えていたのだな」
パメラとは五年前に一度あったきり。
なのに、アイザックはまだ覚えていた。
その事に、モーガンは呆れたような顔をしている。
「あの出会いは一生忘れられそうにありません」
「そうか……」
モーガンはアイザックの頭を撫でる。
――初恋の相手が王子の婚約者。
その初恋が叶わないという事はわかりきった事だった。
モーガンはアイザックが二人の仲を認めた時、どれだけ悲しむのだろうかと心配していた。
彼はアイザックがパメラの事を諦めるつもりなどないという事に、この時はまだ気付いていなかった。
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